タイトル:【AP】週間少年CTS大戦マスター:紀藤トキ
シナリオ形態: イベント |
難易度: 普通 |
参加人数: 60 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2010/05/03 01:39 |
●オープニング本文
「布陣は完了いたしました。しかし、奴ら、まさか正面から‥‥」
「もう手が無い、と言う事でしょう。怖れる事はありません、最後の足掻きです」
バグア帝国の将軍は鷹揚に頷いた。いや、頷いて見せた。内心の不安を押し殺すように。
これまで幾度も国境を侵してきた西のラストホープ国だが、決戦の構えを見せたのはこれが初めてだ。噂によれば、敵は国王自身が本陣まで出てきているとも言う。その事もあって、敵の戦意は高い。
「‥‥ククク、これは負けられぬのう」
扇を持った老軍師の声に、将軍は更に険しい顔で背後を仰ぎ見た。そこに翻るは帝国の皇帝旗。彼らの敬愛する皇帝もまた、自らこの戦場に出座していた。二つの国が覇を競う、これが最後の大戦になると彼我共に悟っていたが故に。
――その頃。
「作戦を述べます。いえ、その前に戦場の説明を」
ラストホープの陣幕では、優しげな声の軍師が地図を広げていた。国境をバグア帝国側にやや侵した位置の大平原に、東西から向かい合うような形で大軍が対峙している。正面軍の後方には砦を築いているが、お互いに長期戦の構えではないのは明らかだった。
「戦いは正攻法で、大きな策を弄する局面ではありません。正面を抜かれれば、王の居られる本陣が危ない」
無論、それは敵も同じ事だ。敵の大軍を突破し、皇帝を討てば戦は終わる。その決着までに流れる血は、いかほどになるだろうか。
「策は無いと言ったが、‥‥本当にないのか」
腕組みしていた武将が、ふと眉を上げた。その質問を予期していたように、軍師が扇を敵の後ろへ向ける。
「背後の砦に兵糧が蓄えられています。砦に手出しは無用ですが、ここからの輸送隊を叩けば敵の士気は落ちるでしょう。奇しくもこちらも同じ弱点を抱えているのですが」
守備の兵は無論いるだろう。が、こちらもそうであるように、敵の兵力も有限だ。輸送隊の守りが正面に比べて堅いとは思えなかった。いや、しかしあの敵であれば詐術のような手を打たないとも限らない。
「どうやって攻める」
「迂回すれば、南に間道があります」
一撃して、戻る。この繰り返しでじわじわと敵を叩く事が出来れば、勝機に繋がるやも知れない。補給隊も1つや2つではないだろうが。
「5回、焼き払えばおそらく荷駄が尽きます。もっとも‥‥」
「それはこちらも同じ事、か」
苦笑して、武将は大剣を手にした。軍の指揮よりも、剣でのし上がってきた身だ。最後の運もそれで掴むのが筋だろう。「勝利を王に!」
己が指揮や、智謀など、頼みにする者は多々あれど、とどろく声は一つ。そ知らぬ風に、草原を風が渡った。
●リプレイ本文
●幕前
嘗ての英雄も年齢には勝てぬ。 皇帝カッシングは本軍を皇女リノに委ね、少数の兵のみで陣中にあった。
「さて、戦況は如何かな?」
アンドレアスが告げる状況を、皇帝は楽しげに聞いた。決して良い知らせではない。
「表向きの兵数の差は僅かだが、質の面では我が方は大きく劣‥‥」
「ククク、面白いだろう」
話を遮られたアスはむっとしたように口を曲げたが、皇帝は頓着せずにUNKNOWNへ向き直る。2人は、西方から伝わったチェスという遊戯に興じていた。
「御茶が入りました」
天幕に入ってきたルクレツィアが、給仕をしていく。先日の戦で片腕を失った隊長に代わり、隊を指揮しているのが彼女だ。古参兵を失った部隊は数だけの烏合の衆となっており、アスが分析したように、戦力としては期待できない。
一方、LH軍では。
「案ずるに及びません。皇女と王妃を比べれば、どちらが勝つかは自明の理でしょう」
何を比べたのかはさておき、祐介は自信に溢れた口調でそう言った。細面のこの軍師は、女性を胸の大きさで差別しないという触れを出したカッシングを痛烈に面罵し、そのまま出奔したという経歴の持ち主だ。
「ここまで敵が来ても、僕がやっつけますよ!」
血気盛んに、コリングウッドが言う。新参の武将だが、やる気は人一倍のようだ。
「ふむ、実に頼もしいね」
玉座の上でにこやかに彼らの言葉を聞く青年が、LHの王カプロイアである。その隣に居る美女は、近隣にその名を知られる巨‥‥美姫であった。
(御観賞の前に:毅はエキストラです。多数出現しますが大勢に影響はありません)
●壱
寂寞たる風が頬を撫でる。肥沃な中原に吹く風とは似て非なる、乾いた風だ。その風に、アレックスはふと故郷を思った。大きく広がったLH軍の更に彼方の、西の辺土が彼の故郷なのだ。
「LHの輸送隊が来たわね。手はずどおりにやるわよ、アレックス」
ファルルは、10万とも80万とも称する青州兵と共に帰順した将である。皇帝が設置した胴弱台に新たな時代の幕開けを見たとか見ないとか、そんな理由らしい。
「今よ、鐘を」
ファルルの合図で、伏せていた弓兵が一斉に矢を放った。火矢だ。輸送兵が、燃え上がる荷の中で右往左往する。
「これは壮観ですね」
馬を進めてきたソウマに炎が迫った。が。
「風向きが何で今変わるのよ!?」
「勝利は時の運。私の方があなたより強運だった、という事ですよ」
炎に巻かれて兵を引くファルルへソウマが嘲笑を向ける。しかし、逆巻く炎の中を赤髪の少年が1人。
「まだだ!」
繰り出された槍がソウマの胸に刺さる。斃れる瞬間、ソウマは驚いたように目を開いた。
「私の運、まさかこんなに早く‥‥」
その向こうでは戦の華、武将同士の一騎打ちが起こっている。
「弱い弱い弱〜〜〜い! 手応え無さすぎて欠伸が出るわ!」
嘲笑と共に繰り出される昼寝の大斧の前に、レオは防戦一方だ。
「く、鯨井兄妹‥‥!」
その姿にざわつく輸送隊。悪逆非道の兄妹の名は、末端まで広がっている。
「心配は無用です!」
防備についていた真夜が声をあげた。
「もしもここで敵が出ても、私が守っちゃいますから!」
と、彼女が目を向けた岸辺の葦の中に。
「あ、敵だ」
「なっ!? 火に追われた敵を、川の中から叩く完璧な奇襲が‥‥!?」
鯨井の兄、起太が慌てて立ち上がった。策、破れたり。
「こんな真ん中に、ふてぇ野郎だ」
「俺達が輸送隊と思って馬鹿にしやがってっ!」
「やっちゃえー☆」
輸送隊の皆様と慈海が、よってたかって起太隊を袋叩きにする。青い鯨の旗が二度、大きく揺れてから川面に落ちた。
正面戦線では、双方名乗りを上げての一騎打ちが始まっていた。小細工はない。
「割って入る隙がない、か」
レティが苦笑する。彼女の助太刀を善しとしそうな顔ぶれではなかった。
「一騎打ちなど下らんな」
鼻で笑うアランも、中央から一歩引いている。その、中央。
「‥‥勢いのある軍だと思いましたが、人違いでしたか」
白いドレスを翻すロジーに、美汐が首を振った。彼女の探す相手は、黒装束の男だ。
「つれないですわ。アナタはどれだけ楽しませて下さいますかしら?」
ぶん、と仕込み傘を振るうロジーに、ワイルドな部下達が喚声を上げる。
「下がる敵を追い撃つ必要はない。正面を空けて陛下の御身にもしもの事があったらどうする」
近衛兵を率いて出陣していた神撫がそれを制した。皇帝はともかく皇女は守らなければ、とロジーは再び兵をまとめる。ちょうどそのタイミングで。
「健郎が来るまで、無理はしたくないな」
柏木隊の副官、エリザへ打ち掛かったユーリが馬首を返した。崩れた左陣を見て、神撫が舌打ちしながら兵を回す。
「全軍突撃! 前だけ見て進めば勝ちですわよ!」
エリザの声に気炎をあげた柏木隊の前に、神撫の近衛隊が整然と槍を並べた。
「さぁ。来い、西方の蛮族どもめ!」
「邪魔するなよ、おっさん!」
気勢を発した神撫へ、鎧姿の灯吾が斬り込む。そのまま、少数の手勢で神撫の勢いを殺しに掛かった。
「猪口才な。俺はまだ‥‥」
実は余り年齢が違わぬ二人だが、主に精神年齢に差があったようだ。遅れて現われたロジー隊の前面へは、単騎エリザが走り出た。
「私は柏木の副官、エリザ。良き敵と見ましたわ、勝負!」
「‥‥できますわね」
エリザの一撃の重さに、ロジーが笑う。
「攻め時じゃのう」
柏木の声に、攻め手の諸隊が続いた。
「弩兵構え! 狙わなくていい。味方の頭上を越せばよい」
後陣を指揮するローブ姿の少女、ファタの声は若かった。
「斉射!」
驟雨の如く矢音が連なる。しかし、二射を許すほど帝国も甘くない。
「せっかく待っていたのですもの、今度は楽しめますわね?」
一騎打ちを中断したロジーが、ファタへと矛先を向けた。歩兵隊のリセは、思わず身が竦む。が、すぐに自分へ叱咤した。
「どこまでやれるか‥‥分からないけど、やれるだけやってみる」
白い暴風を、リセが食い止める。まだいけるか、とファタが迷った瞬間。
「戦は漢の華舞台ってな! どけどけェ!」
逆側から、ブレイズが突進してきた。
「‥‥全隊、下がれ!」
迷いの分だけ指示は遅れ、ファタの隊列に真紅の鎧姿が切り込む。
「さて、報酬分は働かねぇと‥‥あ?」
切り込み役の兄の後に続こうとしたレイジの足元が揺れた。それが、発破の響きと気付くまでに寸秒。
「合図一つでドーンと、な」
「深追いは禁物ですよ」
含み笑いを浮かべる蒼志の横、妻の加奈が微笑する。副官として夫を支えるのが、加奈の選んだ生き方だ。
「奇襲とは卑怯です!」
振るわれた真琴の大斧に、追撃に出た蒼志の手勢が足を止める。しかし、ファタは蒼志隊が稼いだ時間を利用して、再び態勢を整えていた。
「敵だ。撃て!」
蒼志の兵に追われ、いつのまにか兄とはぐれたレイジの隊が、正面から矢の雨を受ける。
「くそッ‥‥俺達の天運もここまでか。‥‥ブレイズ、お前は‥‥」
最後まで言う事無く、レイジの身体から力が抜けた。かくて、初手合わせは両軍ともに痛みわけに終わる。
「僕、この大戦で手柄を挙げてリノ皇女に求婚するんだ‥‥」
そんな夢を見つつ、帝国軍後陣にて逆撃の構えをとっていた歩まで辿り着いた敵兵は、いなかった。
間道をゆくバグア輸送隊の正面に、信長らの軍が現われたのは夕刻だった。
「敵ですか。是非もありませんね」
こんな名前だが、信長は女性である。涼やかな声と共に、兵が輸送隊へ進軍を開始した。
「ち、案の定こっちにも来たか‥‥総員、方陣を組め!」
バグア輸送隊に付けられた護衛はクラークの傭兵隊のみだ。
「理乃皇女の旗印は無いか。まあいい、LH国武将、ノビル・ラグ此処にあり〜〜ッ!」
蛇矛を軽々と振るいながら突進してくる将に、クラークは覚えがあった。乱世において珍しいほどの固い絆で結ばれた、ピーチブラザーズの末弟に当たるのがノビルだ。長兄はカプロイア王、次兄は既に亡い。
「良い敵だ」
前列に切り込んでくる雄姿に目を細めてから、クラークは手を一振りする。一斉に轟いた銃声が突進を阻んだ。
「小細工しやがって」
即座に兵を立て直すノビル。兵力はほぼ同数、睨みあいになれば動きは止まる。
「横を失礼なのだ」
白虎がその脇を抜けた。しっとの国に生まれたしっと神拳の伝承者である少年は、教えに反して桃色イベントを発生させた事で国を追われているらしい。
「僕らの居場所の為に、死んでくれにゃ〜」
凄く理不尽な理由で、輸送兵が倒されていく。
「迂回だ、迂回し‥‥うわぁ!?」
「おし、トラップに掛かったな〜、は!」
雅人が仕掛けた爆薬に、毅の馬が棹立ちになる。その乱れた隊列に、横手から矢が降り注いだ。
「ふふっ、イライラしていただけてますかぁ?」
「どこだ!」
声に、別の兵が顔を向けるも、その先には既に誰も居ない。微笑み教団の礼二は、木々の間を縫うように弓兵を動かしていた。次々と仕掛けられるちょっかいに、長い隊列が乱れる。
「劣勢を装うまでも、ありませんね」
叢雲の隊が突入すると、混乱した毅らは荷駄を捨てて逃げ出した。
●弐
「昨日は半端でしたが、今日は雌雄を決しましょう」
「望む所ですわっ」
正面の戦いは、エリザとロジーの一騎打ちで幕を開けた。いずれ劣らぬ剛勇の麗人の姿は、舞の如く。灯吾と柏木も手を出そうとはしない。
「どちらが倒れても、丁重に保護しなければいけませんね」
アランも女性同士とあって無関心でいられないようだ。見守る視線は、どっちかというと危険人物のそれだったが。
「むう。うちは手持ち無沙汰‥‥。あ、強そうな人、発見っ」
出遅れた真琴が向かった先で、幼さの残る少年が不敵に笑う。
「また墓標のない墓穴をふやすつもりかにゃー」
構える白虎へ、横薙ぎの大斧が振るわれた。それを飛び越えざまに飛び蹴りを放つも、隠し武器の足刀が迎え撃つ。
「この子供‥‥」
「できるのにゃー!」
切り結ぶ両軍の武将達。その光景を他所に、美汐は微笑を浮かべていた。ようやく、待ち人の姿を敵中に見出したのだ。
「やっと見つけましたよ、エルンストさん‥‥」
単騎で馬を進める美汐に気付いて、黒鎧に身を包んだ青年も前へ出る。会いたかった、と言う美汐の声は、恋焦がれる少女の如き響きを帯びていた。
「行ける‥‥!」
3組の一騎打ちの間隙を突いて、ファタは自軍を進めた。しかし、帝国にも守りを崩さぬ者がいる。
「予想通りです。さあ、僕の新婚生活の為に!」
忽然と現われた歩の伏兵が、矢の雨を降らせた。
「王女様、危ない!」
ウーが歩に応射する隙に、ファタは隊を後退させる。
一方。
「アブネェッ!」
エリザ有利で進んでいた2度目の対決に、危うしと見たロジーの配下が割って入る。出過ぎた部下を咎めはせず、ロジーは矛先を左軍に転じた。
「こちらに来るか? しかし、あの鋭鋒は返せそうにないな」
レティが舌打ちをして、自軍を後退させる。退路を確保したロジーも深追いはしなかった。
「‥‥お前は誰だ。私の素性を知っていたのか?」
ウーはすまなそうにファタへ頭を下げていた。
「陣幕で、立ち聞きしちゃったんだ、悪気は無かったんだけどさ」
「そうか」
ファタは先王の娘、カプロイアにとっては腹違いの妹に当たる。何も知らぬ兄へ対面し、父が母を捨てた事の恨み言の一つも叩きつけてやろうと思っていた。その為に成り上がる手段として軍が手っ取り早かっただけだ。しかし、いつしかそれも忘れていた。
「ファタ様、新手です!」
リセの声が彼女の物思いを遮った。銅鑼の音が3つ鳴る。
「ここにも‥‥? 読まれていたのか」
「フン。アスの読みどおりか。いくぞ!」
高台から逆落としの神撫の攻撃を、ファタは傾斜陣で受け止めようとした。しかし、兵が薄すぎる。
「ここまで、ね。リセとウーは引きなさい。私が殿を‥‥!」
「‥‥ふむ?」
本陣にて、カプロイアが、ふと頭を上げる。東を遥かに見やってから。
「何事ですか、王。敵の気配はありませんが?」
「いや、誰かに呼ばれた気がしたのでね」
それは奇しくも、妹が戦地に斃れたのと同刻の事だった。
このままいけばファタの軍は全滅必至に見えたが、不意に攻撃が途切れる。歩の側面から、蒼志の隊が奇襲をしかけたのだ。
「フフフ、その程度ですか」
一撃を受けつつも、歩は流れに任せて部隊を二つに割り、そのまま挟み込む。今度は包囲されそうになった蒼志は、するすると引き、神撫隊の前方を抜けた。そのまま陣を抜ける王国軍を、神撫はあえて追撃せずに見送る。それだけの余力は、彼にも残っていなかった。そして。
「次で、最後にしましょう」
美汐は言う。長い、長い一騎打ち。明らかに敵は手を抜いていた。
「‥‥一つだけ。私が死んだら抱きしめて」
駆け出した美汐の言葉に、エルンストは僅かに目を細める。無心に突き出された槍先を、彼は避けようとしなかった。
「何故?」
エルンストの口元に血と微笑が浮ぶ。
「私はあの日、安らぎを得た。もう、私が居ずとも、あの方の望みは果たされる」
青年の顔は、穏やかだ。美汐の心に焼きついた、あの日のように。
「私の望みは。もうこの剣を、振るわずにすむ、事だからだ。‥‥最期に叶‥‥」
エルンストは馬上に崩れた。地に落ちる前に、美汐が抱きとめる。
「‥‥卑怯です。こんな‥‥」
腕の中、重みを増す遺体に語りかける少女に、兵は道を明けた。夕闇の荒野へ消え行く美汐を見送って、双方の軍はどちらからともなく兵を引く。
ブレイズはバグア輸送隊の護衛に回っていた。林に差し掛かった所で、礼二の矢が空を裂く。
「チッ。俺は‥‥」
弟を失ったのが響いたか、動きに精細のないブレイズ。次々と飛んでくる矢に、後続の輸送隊が一時停止する。それを待ち構えていたように、林の中に王国軍の旗が立ち上がった。
「死ぬは一定よ。進みなさい!」
信長の下知で、王国軍が突撃を開始する。礼二の矢が続けて放たれる中、車列へ雅人が斬り込んだ。
「またまたトラップ発動〜!」
荷駄へ火を放った雅人の声に続き、ノビルが雑兵を切り立てて行く。吼える彼を見ても、ブレイズは動かない。後詰に控えた叢雲が眺める前で、またも輸送隊が1つ壊滅した。
一方、王国の輸送隊もまた、強襲を受けていた。
「うふふっ。燃えなさい!」
ファルルの放った炎が再び猛威を振るう。
「あ、レオ!?」
火に巻かれたレオを、真夜が助けに向かった。今日も炎の壁に隔てられた逆側で、アレックスと昼寝が輸送隊へ切り込む。
「弱い弱い弱〜〜〜い! 手応え無さすぎて欠伸が出るわ!」
「あの、声‥‥?」
楽しげに弱者を蹂躙する昼寝を見て、アレックスは眉を顰めた。かつて、彼の家族が暴徒に殺された時に、聞いた声に似ている。王国軍の仕業だと聞いた故に、少年は帝国に志願したのだが‥‥。
「火が激しい、下がって」
部下の兵を庇って、悠季は後陣に下がった。そうだよ、危ないよ、などといいつつ慈海も自軍を下げる。護衛が手を拱いている間に帝国の兵に追われた王国軍の輸送隊が2隊、炎に巻かれて落ちた。
●参
とうとう護衛すらいなくなったバグア輸送隊は、礼二の襲撃によってあえなく壊滅した。間道を制圧した王国軍はそのまま峠を抜け、帝国軍の後背を脅かす。
「良くぞバグア帝国の本陣まで辿り着いたものよ」
隻眼の武将、レオンが楽しげに笑ってから、敵を見据えた。
「ここは任せた。俺は少し気がかりがある」
「は、はい!」
答えるルカだが、実の所、ルカの部隊は烏合の衆だ。
「兵力の少なさが戦力の決定的な差では無い事をお教えしましょう!」
「わ、攻撃‥‥、いえ、防いでください!」
おたおたしたルカの指示に新兵が応じるも、叢雲の鋭鋒を支えるには及ばず。
「下がれ、下郎」
信長の突進を受け、覇気のないブレイズもあっさりと兵を割る。その瞬間。
「あーっ! 何やってんのお兄ちゃん!」
甲高い少女の声が、不意に戦場を割いた。周囲の視線が集中する中、花はブレイズへずかずかと近寄っていく。
「バグア側に居るなんて‥‥どんなお給料で雇われたの!?」
「花か‥‥。レイジが」
事情を話す間も、戦争は進んでいた。
「LH国武将、ノビル・ラグ此処にあり〜〜ッ! 理乃皇女との一騎討ちを所望するぜ!」
「フン、性懲りも無くまた負けに来たか。よかろう」
ノビルの蛇矛とリノの槍斧が火花を散らし、絡み合う。三度打ち合って、ノビルの馬が足を折った。危うしと見た雅人がリノへと切りかかる。が、数合で叩き落された。一騎当千と称されるに相応しい働きである。
「どうした、2人同時でも構わぬぞ?」
高笑いするリノを、礼二が樹陰から弓で狙っていた。が、矢を番えようとした瞬間、鋭い声がその身を打つ。
「‥‥久しいな、微笑みの。待っていたぞ、この時を」
本陣の守備の要、レオンの片目をかつて奪ったのは礼二だった。弓を投げ捨て、腰に手をやるが、馬上のレオンが速い。
「微笑み万歳!」
叫んだ礼二の首が、笑顔のままで宙に飛んだ。守備を整えだした敵の様子を見て、叢雲が後退の鐘を鳴らす。引き上げる王国軍の中には、妹の説得で寝返ったブレイズの姿もあった。
王国の輸送隊は、道半ばを過ぎて最初の襲撃を受けた。駆けて来る騎影に真夜が目を凝らし、大声をあげる。
「アレックスだー!!!」
「アレックス、なの?」
隣で背伸びをしたレオが、信じられないように呟いた。
「知り合いかな?」
彼らと共に先鋒に出ていた慈海は、その様子に手出しを控え。
「おねえちゃんだよっ。覚えてる!?」
「‥‥レオとねーちんか!?」
手を振る知り合いの姿を見て、赤髪の少年は息を呑んだ。幼馴染たちが王国に居るということは、村を焼いた敵はやはり。
「俺が間違っていたのか‥‥分かった、帰ろう」
「おかえり」
レオが微笑む。
「後は来ないねぇ‥‥」
行く手を見ていた慈海が、のんびりと言う。この日、帝国軍の主力は騎馬で山を越えていた。
「また血を吐いてますの?」
なれぬ馬上でふらつくアスに、ロジーが笑う。
「軍師は戦場で指揮をとるだけの力を残しておればそれでよい」
ロジーがもう一度コロコロと笑ってから、一転した。
「私の力を預けて差し上げますから、リノのお役に立ってみせなさいな」
「フン、俺の策でお前の力を底まで絞りつくしてやるさ」
2手に別れたロジーとアスは、左右から輸送隊を揉み潰していく。
「ふふ。コイツは私達が頂いていくわね。弱者は草でも食べてなさい」
後から来た昼寝が、逃げ惑う毅を切り捨ててニヤリと笑った。奇襲の知らせに慈海とレオが取って返した時には、3人ともその場にはいない。代わりに、左右の断崖から見下ろしていたのは。
「貴方達の苦痛に歪む顔、楽しみね。今よ、一斉に火矢を放ちなさい!」
ファルルの炎が、再び王国軍を焼く。
昨日にファタの隊を失った正面の王国軍だが、士気は却って上がっている。それを知ってか、帝国側の多くは受けに回っていた。
「行きますわよ!」
柏木隊の先鋒、エリザは真琴に打ちかかり、その軍を半里後退させた。昨日の復仇に燃えるウーの隊が、その隙へキリキリとねじ込んでいく。が。
「残念でしたっ」
兵を返した真琴と呼応したユーリに挟まれた。
「援護‥‥は、難しいですか」
兵を回した蒼志はウーを後退させる時間は稼げたものの、勢いに乗った真琴とユーリに瞬く間に軍を崩される。後退しかかったところへ、更に激しい銃撃の追い討ちが掛けられた。
「百合の傭兵隊。クラークさんですか?」
加奈が唇を噛む。知らぬ相手ではない。
「本田か‥‥まったく、戦いたくない相手と」
舌打ちしたクラークが、大きな声で投降を促した。既に蒼志の隊は包囲されている。
「加奈だけなら助かるだろう」
「‥‥私は、最後まで貴方と共に」
微笑を交わし、2人は手勢をまとめて突撃を敢行した。
「ほ、本軍もずたずたなのかにゃー!?」
「余所見とは余裕だな。切り払え!」
白虎と交戦していた神撫も、一瞬の乱れに乗じて押し返す。王国軍は昨日に引き続いて更に将兵を失った。アランやリセ、レティらが固めた後陣に逃げ込んできた王国の兵は、出て行った時の5割ほどだという。大敗だった。
「酷い物だな」
レティが呟く中、やはり当初の半分ほどに減った輸送隊が物資を運び入れていく。
●幕間
「あら、何でしょう?」
夜半、本陣にて。駆け込んできた一団の騎馬が騒々しく嘶き声を上げた。
「父上、勝つ手はあるのか」
馬上から声を投げる娘に、皇帝は浮かせていた手を下ろした。
「待った、かね?」
肘を突いていたUNKNOWNが、チラリと対戦相手を見る。2人は、戦場にありながらいまだのんびりとチェスの対戦をしていた。
「そうだな、しばし待ってもらおう。このような機会はもう無かろう故な」
カッシングは娘へ向き直る。下馬したリノの横で、追いついてきた歩が胸を張った。
「僕に策があります。うまく行けば、その、皇女と‥‥」
歩の言葉を最後まで聞きもせず、皇帝はニヤッと笑う。
「リノの策はお前たちで考えろ。私の策はある。ここに、だ」
ポン、と杖でアスの肩を叩いてから。
「あるのだろう?」
首を傾げてみせる皇帝に、青年軍師は僅かに言葉につまり。
「フン。俺の目に見通せぬ展開など無い」
長身を逸らすように胸を張った。リノは苦笑してから。
「お前の策が役に立てば考えてやる。どうせ、好いてもおらぬ誰かに娶わせられるのなら、景品になってやるも悪くはない」
せいぜい頑張れ、と硬直した歩の肩を叩いた。
軍師・祐介は、戦の進み具合に満足していた。敵の糧道は絶ち、あとは待つだけでも勝利が手に入るはずだ。
「うー、僕の出番は無いのかっ」
王の天幕を護衛していたコリングウッドが、ブツブツと呟く。何度か持ち場を離れて飛び出しかけては止められていた彼には、罰として夜の当番が当てられた。正面と輸送隊が不覚を取ったこの日、先を見る軍師はともかく将兵の士気は最悪だ。
「いつまで、このような事を続ければ良いのでしょう」
溜息をついて夜空を見上げたジャンヌの肩へ、ハンナが外套をかける。
「姫様。この乱世を鎮めるのは、貴女様の慈しみの心こそ」
「仕方ないわね。明日は私がもう一度出るわよ」
悠季が肩を竦めた。名目上、輸送の責任者はジャンヌという事になっている。せめて、直属の者が現地に出向かねば年寄り達が納得しないらしい。
「僕も連れて行ってくれませんか!」
会話を聞きつけそう言ったコリングウッドへ、ジャンヌは首を振る。
「私には、ハンナさんと悠季さんがいます。ですが‥‥」
祐介では、危急の際には立たない。
「危急の時、兄上を守ってくれる方は貴方しかいないのです」
「そ、そうまで言われちゃ、しょうがないけどさ」
姫君の視線に、少年は照れたように横を向いた。
●肆・伍
昨日に本陣まで抜かれた帝国はこの日、輸送隊のいない間道へ守備を割いた。
「フン、厄介な場所に陣取りやがって」
ノビルが言うように、ユーリは堅実に陣を固めている。
「やばっ‥‥!」
先手で打ちかった雅人は、暫しの交戦で逆に壊走させられた。ユーリはこの日よく守り、最後に信長の手勢の突撃で僅かに損害を出すも、見事に間道を守りきった。
それとは逆に、王国側の輸送隊はこの日、これまでになく激しい戦いを繰り広げる事となる。一つには、帝国から寝返った武将の存在があった。
「しゃあねぇな、妹の頼みとあれば‥‥ノってやるか」
覇気を取り戻したブレイズを見上げて、花は楽しげに笑う。
「これまでの間違いを取り返さないとな」
真面目に言うアレックスの背を、真夜は能天気に叩いた。その陣容をみて、ファルルが薄く笑う。
「燃やし甲斐がありそうね。綺麗に踊ってくれるかしら」
この戦で、彼女はすっかり炎に憑かれていた。肩を竦める昼寝と、興味が無さそうなロジーの2将に挟撃を支持し、ファルル自身は罠の用意に掛かる。
「来たか!」
右の昼寝にアレックスが向かい、左のロジーとはレオが切り結ぶ。本陣から回った悠季と慈海は輸送車を護衛して谷を抜けた。
「この匂いは何?」
「んあ? ‥‥まずいっ」
鼻をひくひくさせた花の様子に、ブレイズは鼻の頭に皺を寄せる。口を開いた瞬間に。
「掛かったわね! 今日はこれまでで一番豪華な仕込みよ、楽しんでいきなさい」
周囲の草原が炎に包まれた。
「わわ!?」
慈海があっさりと火に包まれる。衣装を叩いて消そうとしていた花を、生きているかのような猛火が覆った。
「‥‥くそっ!」
ブレイズが吼える。炎に巻かれながら周囲を睨む彼の横で、消火に務めていた真夜が声をあげた。
「あっち、火がありません!」
聞いた悠季が、手を打つ。
「火をかけた相手がいるはずだわね」
その言葉に、ブレイズが顔を上げた。他を制して、青年は火中を駆け抜ける。ファルルは火計を仕掛ける為に兵を散らせ、手元は寡兵となっていた。
「ちょ、どうしてここが‥‥!」
「炎の使い方を教えてやる。行くぜ、紅龍覇ァ!」
ブレイズが振りぬいた剣先から、竜の如き炎がファルルを捉える。
「こんな所が死に場所になるの‥‥? くっ‥‥」
この戦を通じて、最も多くの者を死に追いやった軍師のそれが最期の声だった。
激しかった間道とは裏腹に、正面での動きは少ない。戦力的には優勢の王国が昨日の大敗に慎重になったのか、叢雲、レティ、それにリセらが受け手に回ったためだ。そんな中、攻めに出た部隊はエリザらの柏木隊と白虎だった。
「道を空けなさい!」
「それは出来ない相談だな」
エリザの激しい攻めに耐えるだけでなく、神撫は小技でその兵力を削っても居る。本道の守備を歩に委ね、クラークが柏木の部隊へと動き出したが。
「隙だらけに見えたかよ?」
「中々、やる」
その面に立ったのは灯吾だった。すぐには崩せぬと見切って、クラークは早々に兵をまとめる。
「逃がさないよ!」
側面から果敢に攻めかかったウーだが、守勢に転じたクラークを攻め切れなかった。その間に、白虎と真琴が再び熾烈な戦いを始めている。二人の動きは互角に見えたが、今日の真琴には僅かに動きの乱れがあった。
「‥‥そこ!」
白虎の拳が真琴の肘を払う。飛び退った所へ、横合いから鍵手が伸びてきた。
「よし、捕えろ!」
割り込むタイミングを計っていたアランの捕縛隊だ。しかし、真琴も黙って捕まる気はない。
「面倒です!」
戦斧が一閃し、縄と熊手が叩ききられた。辛うじて虎口を逃れた真琴を、アランは残念そうに見送る。
ノビルと信長は、バグアの間道を利用して一昨日のような本陣への奇襲を目論んでいた。
「敵は、クラーク。傭兵の銃兵部隊だ」
「で、ありますか」
関を守るクラークの軍勢を、信長は遠目に見る。ややあってから、彼女は進軍を下知した。銃が立て続けに火を吹き、信長隊を釘付けにする。だが、少ない手勢ではそれが限界だ。
「総員着剣。銃剣は研いであるな? 正面へ突‥‥」
「正面から突撃すると思わせてー、実際はこうだ!」
良将なればこそ、読む機は時を同じくする。迂回したノビルの隊が斬り込んできたのは、彼の隊が動こうとする寸前だった。
「一手、遅かったか」
軍帽を被りなおしてから、クラークは拳銃を手に新手へ向かう。タダで名を上げさせる気は、さらさら無い。
「クラーク・エアハルト、討ち取ったり〜っ!!」
ノビルが声をあげた時には、日は随分傾いている。乱戦の渦中で、信長が撃たれていたと判明したのは後刻の事だった。
裏からの奇襲隊が失敗したと知り、正面の王国軍は士気を失った。ウーとリセは神撫によく抗していたが、歩の隊を攻めた叢雲は押し切れず、ブレイズの応援を得てようやく持ち直した形だ。自らへの苛立ちを戦に向けたかのようなブレイズの攻めは果敢であり、柏木隊のエリザと共同して歩に痛打を与えたが、結果からすれば勝利には程遠い。
「自軍が攻めに入っている間は、なかなか働きどころがないな」
自陣にて罠を張っていたレティが言うように、王国側に遊兵が出来ていたこともその原因ではある。が、帝国軍の残る将兵の士気をこそ褒めるべきなのはいうまでもない。
王国の輸送隊は帝国の強襲を受けていた。
「邪魔よ。死になさい!」
昼寝の振り回す異形の大斧は、名を屑鉄という。一合してレオが弾き飛ばされた。アレックスが助太刀に入ったが、それでも劣勢だ。
「‥‥皆の仇なのに」
「仇? 先約が多すぎて覚えてないな」
歯噛みする少年を、昼寝は嘲弄する。他方、ユーリは王国騎士の篠畑と対峙していた。
「一度、健郎と勝負してみたいと思ってさ」
「分かりにくい挑戦状を書きやがって‥‥」
方天画戟を斜めに構えたユーリへ、篠畑は大剣で向かう。しかし、飛竜騎士である篠畑は地上ではあまり強くない。数度、刃を交わしたところで篠畑の手を大剣が離れた。
「うし、勝っ‥‥」
言いかけたユーリが、言葉を切る。篠畑と打ち合っている間に、知り合いがピンチになっているのに気付いたのだ。
「真夜姉、あぶない!」
「なっ!? お前はどっちの味方だ!」
昼寝の横合いから、方天画戟が振り下ろされる。昼寝がたまらず斧で受け止めた隙に、アレックスとレオが切りつけた。
「‥‥ぐっ、ちょっと‥‥そう、ちょっと油断しただけなんだから!」
逃げ去る昼寝を見送ってから、少年少女はホッと胸をなでおろした。あの様子ではもう戻ってはくるまい。同じくホッと息を吐いたユーリを、篠畑がジト目で睨む。
「お前、敵じゃないのか?」
「‥‥あー、真夜姉だけは、特別」
篠畑が目を白黒させている間に、ユーリは踵を返した。
●陸・漆・捌
「つまらねぇな‥‥。俺は何のために、ここにいるんだ」
ロジーの一撃を受け損ねて、ブレイズが呟く。彼は、弟を殺した軍に所属して、妹を焼いた軍へ敵対していた。この肩の痛みは、どちらを恨めばいいのか。どちらを憎めばいいのか。
「こちらこそ、つまらないですわ!」
言い捨てて、ロジーは止めも刺さずに踵を返す。そうだよなあ、と頭上を見上げたブレイズへ、神撫の指揮する槍兵隊が殺到した。「これは厳しいな。相手は一騎当千の武将揃いか」
ユーリと真琴に攻められたレティは敗勢を悟り、赤と黒の自らの軍装を囮に駆け出した。
「女でも手加減は無し。行くぞ」
風で膨らんだ肩掛けと朱一文字の旗に、ユーリ隊が喰らい付く。彼女を先鋒がその槍先に掛けるかと思えた瞬間。
「掛かったな!」
彼女は微笑する。側面に、知らせを受けた柏木隊が回りこんでいた。
「あちゃあ。やられたか」
軽く言いつつも、ユーリは手勢を集めてレティの残兵を追い撃つ。逃げ場がなくば、一兵でも道連れにしようと言う事だろう。雅な草色の鎧の青年もまた、帝国の武将だった。
この日、帝国の間道を守る兵は無く、本陣への攻め口となっていた。正面に主力を集める編成ゆえに、だ。
「理乃ーっっ! その首級、このノビル・ラグが貰い受けるぜ‥‥!!」
蛇矛を振るって切り込んできたノビルの大音声に、リノは八重歯を見せた。
「また来たのか」
「こっちは僕に任せるのにゃー」
一騎打ちの邪魔が入らぬよう、目に付いたルカの大軍へ、白虎が牽制をかける。烏合の衆の兵はあっさりと崩れたが、少年がそこに付け込む前に、新手が回ってきた。
「弱い衆を叩いて何とする。俺が相手をしよう」
隻眼の武将が馬を前に進めるのに、白虎は油断無く身構えた。
「小田切レオン‥‥、いざ、参る!!」
両手に余る大曲刀をレオンは軽々と振るい、白虎はそれを上回る身軽さで飛び回る。その間に、皇帝旗へはアスの手勢が守備に入った。中央、ノビルとリノの一騎打ちは互角のまま推移している。だが、得物はそうではない。
「ぬぅ!?」
激しい音と共に、蛇矛が折れた。帝国伝来の槍斧に打ち負けたのだ。
「殺せっ。二度も破れては兄者に合わす顔がないわっ」
どかり、と胡坐をかいたノビルの襟を、リノは片手で掴み上げる。しげしげと眺めてから。
「一昨日もあわせて三度だ」
にやっと笑ってから手を離した。彼女が指をくるくると回すと、部下が手際よく縛り上げていく。
「気に入りましたか、皇女」
「うむ。私の前に三度立つ馬鹿も珍しいのでな」
白虎を見逃して戻ってきたレオンに、リノは晴れやかに笑い返した。
帝国の輸送は絶え、対陣はもはや長くは続けられない。アスは、王国軍の兵站を切る事で振り出しに戻そうと目論み、ロジーと共に再び敵陣の後方へ向かっていた。王国の輸送隊も残りは少なく、守備についているのは真夜ら三人組だけだ。
「行くぞ!」
騎馬隊が傾斜を駆け下り、左右から挟むように切り込む。一瞬早く気付いた真夜が、その行く手に回った。
「危ない、真夜ーっ!」
突入したロジーは、騎兵の速度を活かして敵を2つに断ち割る。最後の瞬間、レオの援護の為に壊走を免れたものの、真夜の隊は一撃で混乱の極みにあった。
「いけますわよ。アンドレ‥‥アス?」
ロジーが絶句する。奇襲は完璧だった。最後に彼を裏切ったのは、身体に巣食う病魔である。アレックスの部隊を叩いた所で、アスは落馬していた。馬首を巡らせたロジーはアレックス隊を蹴散らし、友の身体を拾い上げる。
「俺の‥‥策は」
何事か呟いてから、アスの身体が力を失った。朋友の遺体を回収する事で奇襲の有利を失ったロジーも、速やかに兵を返す。勝機は、去った。
正面の帝国兵はもはや、戦線を維持するのが限界だ。守勢を神撫に任せて、真琴が果敢に切り込む。
「ここから先へ進みたかったら、うちを倒してから、ですよっ」
討ちかかった白虎を押し返した所で、エリザが長柄斧を向けてきた。二合、打ち合わせた所で真琴の得物が折れる。構わず、踵の仕込み刀を振るった。相打ちというには真琴に分が悪い。
「くっ、死兵ということですの?」
エリザが引く。激しい一騎打ちの間に真琴の兵は壊滅していた。
「誰か我こそと言う人は、いないのですかっ」
丘の上の彼女の衣装だけが朱に染まっていく。有象無象の王国兵は瀕死の将を十重二十重に囲んだまま、動けなかった。
「自分が、相手をしますっ」
「ま、待てよ」
毅の制止を振り切って、ウーが名乗りを上げる。感謝するように真琴が微笑んだ。
「行きますよ!」
帝国の猛将、真琴を討ち取ったのは田舎から出てきた若き無名の兵と、史書には記されている。
最後の日に語るべき史実はさほどない。王国軍輸送部隊へ、ロジーは単独での攻撃をしかけている。真夜ら3人と悠季の軍を、たった一人で食い止めた彼女と同様に、正面は神撫の近衛隊のみが、本陣への道を塞ぐように布陣していた。突っ込んできたエリザを鶴翼で迎え撃ち、出血を強いたがそこまで。続く白虎の突進に耐え切るだけの兵は残されていない。
「後は頼んだぞ‥‥。必ず‥‥陛下に勝利を」
神撫を討った勢いのままに進んだ兵は、リノとレオンの隊に遭遇する。ウーの隊が兵にあたり、突破してきたリノの相手には白虎が名乗りを上げる。レオンがアランの部隊に突っ込んで後退させたが、それが最後の足掻きだった。
「ここまで、か。楽しい一幕だったよ」
「そうだな」
本陣で皇帝が腰を上げ、黒装束の男も立ち上がる。盤面のチェスは、まだ途中だった。糧道を絶たれた帝国軍にこれ以上の戦いを続ける余力は無く、皇帝カッシングはこの夜、和議を申し入れる事となる。天下を統一したカプロイア王の治世は、この後長く続く王朝の礎となった。
●後日談
「で、生き残っちゃったりして」
乾いた笑いを浮かべる歩にリノは鼻を鳴らす。
「で、私の前に立つ気概は出来たのか? 状況が変わったのでな。そう長くは待たぬぞ」
「ん? 何だ?」
挑むような視線を受けて、ノビルが口をへの字にした。‥‥この後、彼らはジャンヌ姫の騎士ハンナや悠季と共に、二国の和平が末永く続くように尽力したと言う。
「‥‥お守り、できませんでした」
リセは、ファタの墓に手を合わせていた。ウーも粛然と目を伏せている。そんな2人を、レティが遠くから呼んだ。親衛隊に抜擢されたコリングウッドや彼らが、平和となった王国軍の次代を担っていくのだ。そして、文官は。
「まず、巨乳を優遇する必要がある」
「は」
力説する祐介に、アランは感服したように頷く。これでどうして成り立つのか分らないが、王国の治世は民にも歓呼の声を持って迎えられた、らしい。
「ふむ、ここはこうではないかね?」
「いやいや」
王国内で隠居地を与えられたカッシングの元には、UNKNOWNが時折通ってきていた。皇帝の脇以外に居場所は無い、と言うレオンも、惜しまれつつも一線を引いて同じ地にいる。
「お茶が入りましたよ」
ルカが明るい声をかけた。
中央をあとにして、西の辺境へ向かう隊列もある。
「いやぁ、死ぬかと思った」
最後の突撃で加奈を庇って倒れた蒼志も、その中にいた。偽装であったらしい。
「‥‥どうせ戦死扱いなら、どっか平和な地にでも移住するか?」
貴方とならどこへでも、とか微笑む加奈。遠くの街道で、放浪の旅に出た白虎がなにやら呟いたらしいが、それはそれ。
「じゃあ、一緒に私たちの村へ行きませんか?」
真夜の声に、蒼志はなにやら考え込んだ
「俺達の‥‥、か」
西方から中原に覇を競う国家が出現するのは、彼らの遠い子孫の代となる。