タイトル:【Gr】再訪の日マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/07 11:14

●オープニング本文


前回のリプレイを見る


「‥‥で、俺達に尻拭いをしろっていうのか」
 じろりと睨めあげるベイツ大佐の前で、悠然と腕を組む士官はまだ若い。軍服には皺どころか汚れひとつ無かった。
「我々は可能な限りの譲歩をしています。考えても頂きたい。諜報部が情報を開示するなど通常はありえないことです。この状況を打開したいのは同じだと、私は思うのですがねぇ」
 恩に着せるような口ぶりに、横に控えていたエレンの眉がピクピク震える。
「それに、実際に危険な仕事をするのは私達UPCじゃない。傭兵でしょう?」
 それで万事解決だ、と言わんばかりに両手を広げて笑う青年士官。
「‥‥話は判った。帰れ」
 こめかみに血管を浮かせながら、ベイツは低い声をあげた。
「そうですね。いい会合でした。お嬢さん、扉をお願いできますかね」
 無言でエレンが執務室の扉を開ける。横に立った青年からは、香水の匂いがした。
「クククク‥‥いいですね、路傍の花を身近に置くと言うのも。前線士官の役得ですか」
 部屋から出際に、青年士官がそんな言葉を投げていく。彼が退出してから数分後、執務室からは何かの壊れる音が盛大に響いた。

「‥‥先に言っておきます。ごめんなさい。今回は、私達の失敗の尻拭いです」
 そう言うエレンの口調は疲れたように平板だった。スクリーンに映っているのは、幾人かは見慣れたイベリア南部の地図だ。俗にグラナダ要塞と呼称されているバグア占領下の一角へは、北と南からの細い線が伸びている。かつて、傭兵達が苦労して突破した山中のコースだ。
「先日、皆さんの報告を参考に、南側のルートを使って軍の特殊部隊が現地に向かったそうです。徒歩だったので支援物資の持込は出来ず、情報交換が主目的だったようですね」

 前面スクリーンが切り替わる。薄暗い、洞窟。もしかしたら傭兵の中には訪れた事がある者もいただろう。グラナダ要塞の裏側にある無数の小洞窟の1つが映っていた。
『今、多くの仲間達は働きに出ています』
 やはり、一部の傭兵にとっては聞き覚えのある声。カメラが声の方を向くと、メガネをかけた青年が頷いていた。確か、ラウルと言う名のはずだ。エレンが微かに眉を顰める中、会話は進んで行く。
『食料に関しては、奴隷の振りをして手に入れるのが確実でしたから。仕事から戻ったら皆喜びますよ。まだ私達は見捨てられて無かったんだ、って』
 画面が切り替わる。ラウル青年へと低い男の声が細々と説明を要求している内容は、主に要塞の内部構造のようだった。今は分からないが、その情報が必要ならば調査をすると、青年は答える。映像の下に見える日時は、7月の半ばのものだった。

「そして、この一ヵ月後。つい先日ですね。再び特殊部隊が現地に向かいました。目的は、要塞の内部調査という事でしたが‥‥」
 消息を絶ったらしい、とエレンは言う。
「皆さんにお願いしたいのは、再びグラナダへの潜入方法を確保する事と、現地の方とのコンタクトを再確立する事。それと、可能ならば特殊部隊の消息も、ですね」
 今までに安全だったルートが潰れたのには、何か訳があるはずだ。少なくとも、配置されているキメラやワームの巡回には変化が見えないと言う。
「特殊部隊の人たちは、皆が潜入するのに使った方法を繰り返していたはずよ。1回目はそれでうまくいったけど、2度目はダメだった‥‥」
 最初の潜入時に何かを気付かれ、対処されたと予想される、とエレンは言う。それがどこなのかを知る事が、作戦の成否を分ける鍵になるだろう。
「現地へは、最初の移動と同じく潜水艦で移動してもらいます。移動時間と、逆算して現地で行動できる時間も同じよ」
 アルメリアの西へ上陸し、回収は18時間後。前回同様ならば6時間づつの移動時間を見込んでおり、現地で動けるのは6時間という事になる。
「ただ、今回は慎重に移動する必要があると思うの。場合によっては現地で過ごす時間は余りなくなっちゃうかもしれないけど、それでも構わないわ」
 現地へ繋ぎを取る事自体が、今回の主目的なのだ。
「‥‥こっちの失敗の事後処理を押し付けて、すまんな。右手のやってる事を左手は知らない、っていうのは軍では良くある事だが」
 大佐がため息をつきながら立ち上がる。
「どんな事態であれ、取り残されている一般人へ繋がる糸をなくすわけにはいかん」
 宜しく頼む、と大佐は頭を下げた。

●参加者一覧

稲葉 徹二(ga0163
17歳・♂・FT
柚井 ソラ(ga0187
18歳・♂・JG
御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
OZ(ga4015
28歳・♂・JG
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
リン=アスターナ(ga4615
24歳・♀・PN
美海(ga7630
13歳・♀・HD
リュウセイ(ga8181
24歳・♂・PN

●リプレイ本文

●再会へ向けて
 今回もOZ(ga4015)はげんなりしていた。
「6時間も野郎の顔見て過ごして、その後は男と行軍とか、マジありえねー‥‥」
 狭い潜水艦の艦内は男所帯。そして上陸後は本隊から離れて動く別働隊に彼は属していた。
「男同士の道中と言うのも、な。たまにはいい物だよ」
 UNKNOWN(ga4276)が囁く。
「旦那が言うと冗談じゃねー気がする」
「さーて、蛇がでるか鬼がでるか」
 OZの嘆きは聞こえぬ風で、山岳の走破に備えて、荷物をコンパクトにまとめてたリュウセイ(ga8181)がニッと笑う。彼らは、以前に用いたルートを敢えて再利用する予定だった。罠が仕掛けられていたのが道中だとすれば、一番危険なはずの道程だ。
「さて、急ごうか」
 UNKNOWNの視線は、北へ。
「そーだなー。もたついてちゃ旨みも少ねーし」
 抜け駆けする気満々のOZ。何事もなくば、迂回路を取る面々よりも早くに現地へ到着できるはずだった。
「はなはだ危険ではありますが、従来ルートの安全確認は必要なのですよ」
 3人の背中を、美海(ga7630)はそう言って見送る。従来のルートの再調査の重要性を思いつつも、自分が別働隊へ参加すれば足を引く可能性も彼女は理解していた。
「‥‥また、か」
 やや前を行く御影・朔夜(ga0240)は軽く目を閉じる。この場所に立つ事も、美海の言葉の中身も。全て以前にも経験した気がする。しかし、既知感は予言ではない。
「‥‥既知感など、先に感じる事が出来ねば何の意味もない、か」
 感じる無力感を振り払うように、朔夜は頭を振った。
「確かに、聞いた事があるような話の流れだけどね」
 軍組織のやり方を良く知っているはずのリン=アスターナ(ga4615)にしてみても、今回のケースは最悪の部類に思える。勝手に動かれた挙句の後始末で、泣くのはいつも、現場に近い者。今回も、傭兵達にしわ寄せが来る構図だ。
「――愚痴ってても仕方ないわね。あの少年との『約束』は、まだ果たせていないもの‥‥ね」
 火の無い咥え煙草のリンへ目を向けて、ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)も小さく首肯した。
「‥‥無事だといいんだがな」
 再会を約した小さな戦友は、今どうしているだろうか。自分に捕獲されても怯えた様子も見せなかった少年を思い、ホアキンの口元が僅かに綻んだ。
「全力を、尽くさねばな」
「ええ。彼らと僕達という不確定要素が、きっとこのグラナダの天秤を傾ける。そう思うんですよ」
 国谷 真彼(ga2331)は、カッシングの事を考えていた。相手の手札の読めぬ探り合いは不利だが、予想する事は出来る。老人にとって、渡したくない情報がここにあったからこそ、特殊部隊は全滅させられた、と彼は分析していた。
「状況がわからん以上、有効だった注意事項は継続して留意が得策でしょうな」
 腕組みをして、稲葉 徹二(ga0163)が呟く。飛行キメラ、偽装センサーといった警戒対象と、移動する時の偽装や後始末などを数え上げる少年に、今回が初めてのグラナダ行となる柚井 ソラ(ga0187)は真面目な表情で逐一頷いていた。それ以外にも、羽織っている迷彩柄の上衣など、以前の経験は随所に生かされている。
「まぁ、3度目にもなればちっとは進歩しないといかんでしょう」
 徹二をはじめ、一同の手にある地図は、事前申請で全員分を確保した道中の広域図だ。一度西へ回り込んでから北へと向かうルートは、前回の道のりと被らない事を第一に選ばれている。
「エレンさんの役に立てるように、頑張らないと」
 朔夜と共に先行偵察にあたるソラの心中に、エレンの心配げな顔が浮かんでいた。そんな少年の様子を見て、真彼が少しだけ微笑む。
「さて、行こうか」
 先に立った朔夜が、一同にそう促した。

●道中の明暗
「相変わらず砂の音、か」
 時折手にした無線機に耳を当てていたリュウセイが、首を振る。誰かの交信を傍受する可能性にかけてはみたが、どうやら無線が通る環境ではないようだ。
「急ぐぞ、2人とも。巧遅よりも拙速を重んじるべきときだから、ね」
 UNKNOWNの提案で、従来ルートを通った3人は覚醒を維持していた。疲労は蓄積するが、感覚が鋭くなる分、敵との無用な交戦を避けることが出来る。敵との遭遇回数が少なかったのは、他にも理由があった。
「あったぜ。また分解済みだ」
 別働隊の眼を担うリュウセイは、帰還しなかった特殊部隊の痕跡を既に幾つか見つけている。ルート上のセンサー群の何割かは、丁寧に無力化されていた。全てでは無いと言うところを見ると、時々は何らかの手段で補充されているのだろう。
「ま、楽できるってのはいいよなー。‥‥ん? なんだあれ」
 先方の様子を窺っていたOZが、首を傾げる。緑を基調にした柄物の布切れ。おそらくは喰われたのだろう。遺体は原形を留めていなかった。
「ふむ。‥‥これだけではわからんな」
 斃れたのが往路か、復路か。美海から託された疑問の答えは、警戒しながら進む先で明らかになった。
「‥‥激戦の跡、だな」
 リュウセイが神妙に眼を閉じる。10人ほどの兵士の遺体と、キメラの遺骸がいくつか転がっていた。その戦場の中心には、何の跡かは判らないが爆発痕が残っている。
「発破か。私も持って来れたら良かったのだが」
 UNKNOWNが申請していた爆薬の類は、期間が短かった事もあり用意が間に合わなかった。
「チッ。しけてやがるぜ」
 遺品を文字通り漁っていたOZが舌打ちする。装備品の類は壊れていたし、糧食類は跡形も無い。そして、何よりも彼が求めていた『要塞の情報』に相当するものもなかった。
「こちらにも、何も無いな」
 同じように探っていたUNKNOWNも首を振る。リュウセイの眼にも、隠された何かは見出せなかった。
「ここまで何も残って無い、と言う事は。往路でやられた、のだろうな」
「それ以上判らない事を悩んでもしょうがないぜ」
 先を急ごう、というリュウセイに頷くUNKNOWN。これだから熱血君は、と口をへの字にしながらOZは再び先に立つ。

「国谷さんを守るのは、初めてですね」
 センサー無力化作業を進める真彼に、ソラはそう呟いた。これで数回目の解除作業だ。慣れがあった、というのは酷だろうか。
「‥‥しまった! これは」
 差し迫った声に、ソラが振り向く。瞬間、少年の視界を小爆発が埋めた。白衣の青年が飛ばされ、地面に落ちる。
「国谷さん!?」
「‥‥ッ、またこの展開か‥‥」
 手遅れになってからもたらされるヴィジョンに苛まれ、朔夜が吐き捨てるように呟いた。
「来るわよ、稲葉君」
「でしょうな。爆発の規模の割にえらいデカイ音でした」
 リンと徹二が得物を構える。急いでこの場所を去りたいところだが、周囲からの気配はそれを許しそうに無かった。

●要塞へ
「これで、終わりかな?」
 肩で息をしながら、ホアキンが言う。
「随分手荒い歓迎だったが」
 朔夜にも、普段ほどの余裕はなかった。敵は、実に数十体に及ぶ。以前に交戦した狼型のキメラや飛行キメラばかりだが、個体戦力は上がっているようだ。
「応急手当をすませたら、急いでここを離れるべきだと美海は思います」
 ホアキンをはじめ、卓越した戦闘力を持つ彼らであればこそ、辛うじて撃退できた襲撃だった。しかし、2度、3度と繰り返されれば持ちこたえるのは不可能だろう。
「前回同様のやり方で来れば、いずれ引っかかる罠、ですか。やられたね」
 呟く真彼の負った傷は、自らの手でほぼ治癒されていた。
「せっかくの罠も、こうなっては意味が無い。むしろ、手の内が割れた敵の方が痛手だろう」
 ホアキンが低く呟く。確かに2度引っかかるような罠ではない。特殊部隊の遺体状況からして、観察に来てもいないのだろう。その意味で言えば、まだ先へ向えるだけの余力を残して切り抜け、罠の内容を知った彼らの勝利だった。
「まだ他にも何かあるかもしれませんね‥‥」
「その為に、私達が先に立つ」
 不安げなソラに、朔夜が頷きかける。
「頼りにしているわよ、2人とも」
 リンの言葉に送り出され、斥候達は再び進路の確認へ出た。

 一方、別働隊は短い時間で要塞にたどり着いていた。隠密行に向いた少数。避けえぬ数度の戦いは奇襲で終わった為、無傷だ。
「さて、我々が着いた事がわかるようにせねば、ね」
 目立たぬ場所へとUNKNOWNが黄色いハンカチを結わえて目印にする。
「だな。‥‥って、OZはどこ行ったんだ?」
 OZは仲間達の前から姿を消していた。
「UNKNOWNの奴、付き合い悪ぃな。ま、いいけど」
 隠れて要塞へ向かうOZの目的は、高く売れそうな情報か賞金首。だが、前回に奥まで行ったUNKNOWNは、今回は外部からの観察に徹するようだった。リュウセイとは、気が合わない。とするとカッシングを狙うのはまたの機会にすべきだろう。
「じゃあ、ラウルを探そうかね」
 何かの情報を持っているかもしれない。直接の接触は後続の仲間に任せて起きたい所だが、OZは必要とあれば荒事も考慮に入れるつもりだった。

 遅れて、迂回路を取った仲間達が山地にたどり着く。残された時間は多くない。幸いな事に、先発したUNKNOWNとリュウセイが後着を待つ間、現地の変化を観察していた。主にUNKNOWNが概略を見、彼が不審に思った点をリュウセイが調査する形だ。
「まず、アリによる洗脳はなさそうだぜ」
 働く人々からはやる気こそ感じられないが、無駄話や無駄な動きは見て取れる。
「それと、見張ってるっぽいのがいるな」
 それっぽい人影が時折巡回していると、リュウセイは続けた。身ごなしからすれば一般人で、気付かれずに行動するのは容易だ、と付け加える。その情報をもたらしたUNKNOWNは、この間も観察を続けているようだ。
「新手か、あるいは元からいた中の内通者か」
 キメラの配置が変化なしであれば、考えられる変化はヒューマンファクターのみと感じていた朔夜はそう言う。
「‥‥別の可能性も、ありませんかね」
 希望的観測かもしれないが、徹二はその監視者が自発的に内通したとは考えたくなかった。カッシングによる新手の洗脳の可能性を、少年は指摘する。
「洗脳ならば、全員に施せばいいんじゃないかな? できない理由でもあるのだろうか」
 真彼が最初に気に掛かったのは、以前の潜入でUNKNOWN達が耳にした音波塔について。同時期に航空隊が爆撃に成功したグラナダ郊外の装置の事だ。それに代わる様な何らかの手段があった、のだろうか。
「時間がない。まずは誰かと接触を図ろう」
 できれば、以前に会った少年とラウル。そう願うホアキンに、リンと徹二、真彼、ソラが同道した。だが、双方と会うには時間が無い。短い意見交換の後で、まずは少年を探す方向で意思をまとめる。ラウルへの接触は事前調査を終えてからという計画だったが、事前調査に回す時間がなくなっていたのだから仕方が無いだろう。
「特殊部隊の人は全滅でしたか‥‥」
 リュウセイに状況を聞き、俯く美海。死者を詰るつもりにはなれず、彼女は複雑な思いで要塞へと向かう。表層の観察と共に、洗脳の恐れのない普通の作業者に話を聞くのが彼女の狙いだった。彼女の援護は、朔夜が買って出る。

●接触と、別れ
「遅かったな、兄ちゃん達」
 少年は日に焼け、青い服は擦り切れていたが、その目の輝きは変わっていなかった。
「約束、したからね」
 ホアキンに鼻を鳴らしてみせながら、彼は一行を案内する。行く先は、野外。前回に遭遇したときのような、要塞から少しはなれた辺りをねぐらにしているようだった。説明は向こうで、とだけ言う彼に、再会の4人が応じる。面識の無いソラが、罠に注意を払う役回りだった。
「良く無事に来れたのう」
 やはり、前回に顔をあわせた老人が相好を崩す。外部での生活はせいぜいが10人少し。自給自足のようだった。
「何があったの?」
「ラウルの指示、なんじゃよ」
 前に傭兵達が訪れてから少しして、作業者達に通告が突きつけられたのだと言う。作業に戻らねば、ガスを撒くと。代表者との面会を望むバグアの要求に、ラウルは応じた。
「戻ってきた時、もしも自分が変わっちゃってたら、俺達だけ外に出ろ、って。兄ちゃん達に知らせるのが俺達の役さ」
 淡々と言う、少年。老人も頷く。どうやら、隠密行動で潜入した特殊部隊には、彼らは気づかなかったようだ。
「何か、彼が変わった原因は思い当たりますか? 妙な装置とか」
 徹二の言葉に、2人は顔を見合わせた。
「‥‥関係あるのかどうかわからないけど、戻ってきた兄ちゃんは、眼鏡をかけてたよ」

 完成に近づいた要塞を、美海が行く。彼女が観察に回る間の警戒は朔夜が担当していた。前回は仮作りの装いだった壁や床も滑らかになっている。おそらく、有事には何かが高速で通るが故の突起物排除だろう。
「ま、しょうがねぇさぁ」
 ラウルの指示だからな、と初老の男は言う。美海が出会った小グループの一員だ。衣食のために、そして来るべき日のために今は敢えて敵への協力を、とラウルは告げているらしい。サボタージュも無し、破壊工作も無し。そう指示されれば、考えずに従う事は容易だ。

「‥‥何だ」
 朔夜が眉をひそめたのはその時だった。わずかに香る、血の匂い。
「ちっ、しくじったぜ!」
 ラウルに不審な動きが無いか慎重につけていたOZが、いつの間にか現れていた。1人では警戒が行き届かない瞬間もある。そして、気づかれたと判った瞬間、彼の勘が危険を告げた。
「何があったのですか」
 美海が瞬きする。
「銃を隠し持ってやがったんで。こーなったんだけど、な」
 事のついでに懐を探ったが、何もめぼしい物は無かった。そう悪びれずに言う青年のライフルストックはわずかに赤く。それは彼の血ではない。余計な事が起きる前に、一撃で昏倒させた、と彼は言う。急いでいたので相手が生きているか、死んでいるかは判らない。
「また、こうなったか。敵が気づく前に、引き上げるべきだな」
 いつもの感覚を振り払いながら、朔夜は冷静に告げる。下手をすれば、空中からワームが追跡に加わるやもしれない。
「大丈夫だろ、さすがに。ぶっ放しちゃいねぇし?」
 楽天的にOZが言う。単なる仲間割れ、と思われる可能性も大きいだろう。いずれにせよ、制限時間は尽きようとしている。更に悪い状況も想定においていた傭兵達の、引き際は鮮やかだった。現地の住人達の状況もある程度は判明したし、力任せの結果とはいえ特殊部隊の全滅理由や状況も無事に把握できたのだから、上出来だろう。

「‥‥チッ、あの眼鏡か。気づかなかったぜ」
 帰路を急ぎつつ、取って来ればよかったとOZが舌打ちする。
「それは仕方が無い。今回も、誰一人欠けずに帰れそうだ」
 真彼がそう呟いた。危地へと挑む任務だ。先の特殊部隊の全滅を思えば、悪くは無い結果と言えるだろう。
「まったく面倒な依頼だったぜ」
 そう言うリュウセイの心は、無事の帰還を待ちながらエレンが焼いているだろうパインケーキへと飛んでいた。