●リプレイ本文
敵の編隊に合わせ、傭兵と篠畑達は戦力を数の上で等分した。戦力的には劣る学生達も各班に2名ずつ散っている。敵は小型HW1機を後ろに、前に2機を並べたやや縦に細長い逆三角形の編隊が2組。中央部、2つの三角に挟まれる位置に中型がいるという形だ。
――会敵は3グループほぼ同時だった。
●本星
「兵装2、3、4、5発射準備完了。PRM『アインス』Aモード起動。マルチロックオン開始、ブースト作動」
ヘッドオン位置から、先手を取ったのは傭兵側。急進したソード(
ga6675)の『フレイア』が本星以外の敵を射程に収めた所で制動を掛ける。
「ロックオン、全て完了! 『レギオンバスター』、――――発射ッ!!」
フレイアの外装が開き、ミサイルの一斉発射が空中を埋めた。
「まずは数を減らします! リミッター解除、ターゲットマルチロック。全弾発射!」
『メフィストフェレス』と名づけられた望月 美汐(
gb6693)の破暁も、K−02ミサイルを解き放つ。ソード機が狙いきれていない小型HWを叩くべく、やや西からのアプローチだ。前側の4機がミサイルの嵐に飲まれ、赤い閃光と共に砕け散る。後方の小型HWはファランクスで迎撃を行ったようだが――。
「凄い‥‥」
加奈のイビルアイズのモニター上で、迎撃を飽和された敵機がそのまま押し潰された。残るはソードの目標から外れた1機と、無傷の本星型のみ。
「‥‥加奈、無理するなよ。戦場だとあまり特別視も出来ないからな」
恋人に一声かけてから、鋼 蒼志(
ga0165)の『Bicorn』が残る小型機へと追撃のミサイルを放つ。美汐も引き続き攻撃を重ねていた。
「弐番艦はやらせない‥‥。必ず、護ってみせる」
優勢な戦況の中、秋月 愁矢(
gc1971)は油断していない。彼は自身の技量が、本星型を仕留めるに足る『エース』では無いと自覚していた。
「弐番艦を救助するぞ、兄弟!」
『天之尾羽張』の操縦桿を叩いて、孫六 兼元(
gb5331)が本星型に切り込む。そのタイミングにあわせて、愁矢は敵の動きを狙撃で阻害した。回避地点を狙った兼元機の斬撃を受け、本星型が真紅に輝く。
『ふむ、なかなか‥‥』
声が、通信回線に割り込んだ。この敵もバグアの例に漏れず、自己顕示欲が旺盛らしい。
●α
中型HWが指揮する編隊の一つを担当した隊の戦場は、そこまで優位ではなかった。
「二機で一機を食い止めればいいです。無理はしないで下さいね」
ヤヨイ・T・カーディル(
ga8532)の指示に、間垣と沙織は言葉を返す余裕も無い。ヘッドオンからの鏑木 硯(
ga0280)のマルチロックミサイルで削れた前衛機に、篠畑の部下が追撃を加え。
「ビンゴ!」
騒々しく叫ぶボブの声と共に、前衛のHWが1機四散した。
「こいつは任せろ。抑えてみせる」
指揮機と思しき中型へは、篠畑が右翼から斬り込む。まずは攻勢で小型を減らし、数的優位を確保するというのは硯の策だ。
「お願いします。すぐに向かいますから」
いまや3機となった敵前衛は、硯が単独で、サラとボブはペアで1機を叩く。残る1機も、間垣達が2対1で相手をしていた。
「まだ敵には余裕がありますから。気を抜かないでください」
生徒達への支援射撃の傍ら、後方に控えた2機の動向を目の端で押さえたヤヨイが言う。
●β
最後の戦線も、K−02の乱舞から幕を開けた。まず榊 兵衛(
ga0388)の『忠勝』、ついで須磨井 礼二(
gb2034)の『煌星』がタイミングをずらして攻撃をおこなう。
「まだまだ‥‥よし!」
ラウラ・ブレイク(
gb1395)の合図で、一斉に敵へと切り込む前衛。その中には、彼女や礼二らの指示でこの瞬間まで後ろに控えていた生徒の2名も含まれていた。練度に劣る2人にはできればペアで相手をさせたいが、数は同数。その余裕は無い。
「俺にお前等の意地がどのくらいのモノかきちんと見せてくれよ」
ミサイルを撃ち放した兵衛が、ニッと笑う。
「大体‥‥1分くらいです‥‥、この間に、大勢を決めてください‥‥」
静かな明星 那由他(
ga4081)の声は、自身のイビルアイズで支援をしかけられる時間の事だ。
「この艦まで墜とされる訳にゃイカねぇ‥‥。全力で護りきるっ!!」
「応!」
「了解ッス!」
フィーリングが合うのか、聖・真琴(
ga1622)の檄に柏木と田中は間髪いれずに返す。ドッグファイトへと突入した生徒達は、持ちこたえる為に初手から幻霧を展開する。その右側を、ラウラの『Merizim』が突っ込んだ。
(大尉の部下だけでも守らないと‥‥キーロフの時みたいにはもう‥‥)
心中に過ぎる悔恨。敵のフェザー砲が針のように乱射される中、不死鳥が人の形を取る。練剣『雪村』の抜き打ちは、既にミサイルでボロボロだった敵機を真っ二つに引き裂いた。
「そちらのHWを一機引き受ける、二人で組みなさい」
「す、すげぇ‥‥」
あんぐりと口をあけた田中にそう告げて、ラウラは2機目の注意を自身へ向ける。
●β2
敵のプロトン砲は、後方に控えた那由他を休ませはしない。なまじ前線でドッグファイト中の機体よりも、中型からすれば狙いやすいようだ。しかし、前衛同士の潰しあいは、人類側に分があった。
「っしゃあ、次!」
担当機を撃破した真琴が、ようやく一息ついて周囲をみる。気にかけていた生徒達は、2対1の差を生かして手負いの敵に善戦していた。
「良いぞ。その調子だ。‥‥今度は俺が根性を見せる番か」
迎撃の砲火を受けつつ、兵衛は正面から中型へ近接する。忠勝の装甲を赤い光線が撃つが、貫くには至らない。一気に詰めた間合いから、スラスターライフルを叩き込むと割れた装甲から赤い炎が吹き上げた。
「聖さん、押さえは任せますよ」
礼二も同様に、中型へ向かう。フェザー砲の紫が視界を埋め、煌星の装甲を焦がした。
「あの数で弐番艦を獲ろうなんて、ただの機体じゃないかもね」
まだ撤退の動きを見せぬ敵をみて、ラウラが呟く。デルタの後ろにいる2機はミサイル迎撃のファランクスを展開しつつ、戦闘から慎重に距離を置いていた。シルエットからして、耐久性は高そうだ。
「あの下部の膨らみは‥‥まさか?」
その瞬間、2機が動いた。
「‥‥敵、突破を狙ってます‥‥。気を、つけて」
那由他がロケット弾を撃ち、味方に告げる。即座に反応したのは、真琴と礼二。しかし、中型と交戦中の礼二にその余裕は無く。
「聖さん、お願いします」
頷く間も惜しんで、真琴の『OGRE』が回頭した。ブーストの余波で軽くなった旋回性を存分に活かして、離脱しかけた一機へ追いつき、対空ミサイルを放つ。迎撃砲火に撃ち落されたが、その間に更に肉薄し――。
「喰らえ!」
スラスターライフルを叩き込んだ。木っ端微塵に砕けた敵機が、眩い光球に変わる。
「やはり、爆装しているわね」
「全隊に連絡、‥‥敵の一部は爆弾を抱えています。突破を‥‥、阻止しないと」
那由他が他班へと警戒を呼びかけた。
「お待たせ、兵衛さん。援護するわ。礼二さんは‥‥」
「ええ、明星さんの援護に回ります」
ラウラと交代した礼二も、ブーストを作動し明星が抑える敵へと向かう。反撃せずに突破に専念する敵を2機がかりで追い込み、逃さない。と、不意に大型プロトン砲が2人の交戦域を薙ぎ払った。一撃、二撃。しかし、三撃目は無い。
「目の前の俺を無視するとは、甘く見られたな」
無理やりに放った支援攻撃の代償は大きい。兵衛が砲塔へ螺旋弾頭を叩き込む。ラウラが再び切り札を切るまでも無く、中型は内部から炎を吹き上げてから真っ二つに折れた。ほぼ同時に不良ズが担当の敵機を撃墜する。もはや大勢は決していた。
「こっちも‥‥、逃さない」
礼二のスラスターライフルが砕いた厚い装甲の隙間へ、那由他のロケットランチャーが刺さる。今度は誘爆しなかったのか、敵はそのまま地表へ落ちていった。
●本星2
「攻撃が来るっ! PRMシステム起動!」
本星型の放ったプロトン砲が、愁矢機をかすめた。やや下がった位置の生徒達を狙った物らしい。最後に残った爆装HWは既に落ち、残るは1機なのだが。
「さすがに硬い‥‥本星型は伊達ではないと言う所ですか」
美汐が呆れたように言う。硬いだけではない。彼女のメフィストフェレスより一回り大きいHWは、有人機特有の小刻みな動きで集中攻撃の多くを回避していた。
「一気にいきます!」
照準を定めたソード機からの砲弾を赤い障壁が弾く。あの輝きが失せるまで、有効なダメージを与えられぬと傭兵達は知っていた。
「FFだって無限に張り続けられるわけじゃ無いでしょう!」
美汐の声に、低い男性の声が返る。
『左様。しかしこの場を切り抜けるには充分だ』
「ならばこれだ! KV兵法・隼鷹!」
数を利して頭上を取った兼元が、急降下しつつ更に二段ブーストの圧を加え、切り裂く。――虚空を。
「ガッハッハ!! 敵ながら、やるな!」
『不意をつく意図は良い。が、予備動作が大きすぎる。突撃とは‥‥こうやるのだよ』
兼元機の攻撃を回避した動きが、囲みを食い破る為の突進に繋がる。
「ハッ!」
敵機の先端に、白く輝く一角を認めた蒼志は呼気を漏らした。衝突の衝撃がコクピットを揺さぶり、恋人の悲鳴が遠くで聞こえる。しかし、計器は見ずとも、撃墜されるほどのダメージでは無いと判っていた。
「‥‥面白い」
そのまま遁走する敵機の後姿を見送って、彼は笑う。追撃しかけた兼元を、篠畑からの通信が止めた。
●α2
「β班より入電。後方の2機は爆装しています。注意‥‥!」
その声が聞こえるが早いか、HWが動いた。やや下がり気味に支援と警戒に務めていたヤヨイがブーストで回り込み、1機の頭をイビルアイズで押さえ込むが、逆側から突破を図るもう1機までは手が回らない。
「爆装、だと‥‥!?」
舌打ちする篠畑だが、中型との交戦を放棄する訳にも行かなかった。硯か、あるいは篠畑でなくば抑えきれそうに無いのだ。
「ここは俺が‥‥いや、篠畑さんのハヤブサの方が早い、か?」
硯が一瞬迷う。その迷いは、こうした事態に備えていなかった篠畑も同様だ。
「止むを得ん。全機、目の前の敵へ集中しろ。これ以上突破を許すな」
篠畑の声が、回線を渡った。硯のディアブロが、猛然と中型に攻撃を加える。
「このっ!」
憤りをぶつけるように、硯の放った重機関砲弾がヘルメットワームの尾部を貫いた。2対1という数の差は大きく、残る小型機もほぼ同時に始末されている。その間、ヤヨイの守りを突破しきれずにいた爆装機は、集中攻撃を受けて落とされた。――しかし。
『クソッ、間に合わない――ッ!』
取って返したα班の真琴から、悲痛な声が聞こえる。弐番艦の左舷へと敵機が突っ込んだのは、残る敵機を始末し終えたのとほぼ同じタイミングだった。
●戦い終えて
「敵は撃退した。着艦は可能か?」
篠畑が問う。洋上の母艦へ戻るだけの燃料はまだあるが、可能ならば補充しておきたい所だった。
「就航したてのピカピカの時を知る身としては悲しい物がありますね‥‥」
ヤヨイの悲しげな独白に、那由他も頷く。彼女達が護衛した時には無かった無数の傷が痛々しい。今まさに煙を上げている左舷の大穴が、取り逃がした敵機による物だろう。幸い、航行に支障は無いらしいが。
『敵機は君達と同数。この程度の損害で済んで良かったよ』
弐番艦のオペレーターが言う。突破した敵の情報をヤヨイが弐番艦へも通知していた為、被害は最小限に抑えられたらしい。
「戦死した方はいないそうですよ。敵が爆弾持ちと聞いて、外装区画から作業員の退避命令が出たそうです」
良かったですね、と笑う礼二の報告は一同の空気を少し明るくした。
「敵の指揮官機を逃したのは、残念だな‥‥」
愁矢は、名前のごとく愁い顔を見せていた。今回の作戦の事もあるが、先を考えても倒しておきたかった、と思う。思ってから、我に返って首を振った。
「オレはまだ先頭で戦って戦果を得られるほど強くはない‥‥」
『まだ』という部分に力を込めつつ、彼は今日の仲間たちを見る。誰一人欠けていないのは、胸を張るべき戦果だった。
「これからのキミ達の戦いには期待しとるが、くれぐれも無茶はするなよ! お互いに助け合い、生残ることを第一としろ!」
兼元が豪快に笑う。間垣と沙織のように、学生達の中にはKVでの空戦が初めてだった者もいた。愁矢のように自身の実力を把握し、その中で出来ることを考えるよりもまだ前の段階だ。
「戦場の先輩として、いいところ見せられたかな?」
「ふふ、鋼さん、かっこよかったですよ」
微笑する加奈は、白系の戦闘服だ。もじもじしているのは、体にぴったりしたラインが少し恥ずかしいらしい。
「お疲れ様。学生って聞いたけど‥‥ひょっとして僕と歳、近いのかな‥‥?」
「え? ‥‥あ、ううん。私、覚醒すると小さくなるから‥‥」
那由他の声にきょとんとしてから、加奈は笑いながら首を振った。他の学生達も10代後半以上とあって、那由他は少し寂しげだ。
「誰も無理するような事がなくって、良かったです」
そんな加奈と、奥で兼元となにやら会話している不良達を等分に見て、美汐が微笑した。先輩傭兵として同じ気分だった面々も、コクリと頷く。
「訓練部隊の初陣がこれって‥‥試金石? 宣伝?」
「随分と早い実戦投入だったからな。良い糧になればいいが‥‥」
ラウラの声に、蒼志の眉がひそめられた。「いずれにせよ、華々しいデビューにはならなかったようだ」と篠畑は苦笑交じりに返す。
「‥‥すみません。俺の作戦がまずったみたいで‥‥。今度教習を受けに行きます」
真面目に言う硯に、篠畑は首を振った。
「事前に意見を聞かれたのに、気づかなかった俺が悪い」
作戦前のブリーフィングで攻勢策を提案した硯に、篠畑は賛成している。
「どうにも、目の前の敵を倒す事ばかり考えてしまうなぁ、俺は」
前に出ずに遊撃に回る事も覚えるべきか、と彼は苦笑した。
「北海道以来、俺と『忠勝』がどれくらい成長したかその目で確かめて欲しかったが‥‥。また機会はあるだろう」
「ああ、そうだな。まだ、やり直す機会はある」
男臭く笑う兵衛に、篠畑は遠い目で頷いた。その言葉に、硯がハッとする。サラ・ボブと共に配属された少年の死は、篠畑にとって折りにつけて思い出される事だった。
「まあ、弐番艦は守れたんだし結果オーライさ」
真紅の愛機のチェックを終えた真琴も、務めて明るく言う。作戦がパッとしない結果に終わった時の部隊長の気持ちがわかるのは、彼女だけではない。蒼志、兵衛の2人も、小隊を率いる立場だった。
「結果オーライ、良い言葉ネ」
「ですが、反省は必要です」
笑顔と渋面のボブとサラだが、おそらく考えている事は篠畑と同じだろう。二度と、同じミスは繰り返すまいと。
「反省はいいけど、沈むのは無しですよ」
ヤヨイが、茶目っ気たっぷりの笑顔でウインクした。