●リプレイ本文
●集合時間前
本格的に寝息を立て始めたエレンの横顔に、無骨なジーザリオが影を落とす。開いた窓から覗いたのは、たおやかな外見のシスター、ハンナ・ルーベンス(
ga5138)の顔だった。
「あら」
「どうしました?」
後続の車から顔を出した鏑木 硯(
ga0280)に、人差し指をあててから、ハンナはバス停の時刻表を見る。彼女の知る欧米とは違い、それはかなり信用できる物の筈だ。
「フフ、今起こすのは無粋ですね‥‥。王子様の到着を待つ事に致しましょうか」
「じゃあ、様子は見ていますから先に車を回しちゃってください」
いくら田舎道とはいえ、ジーザリオが二台も三台も停留所付近を占拠してはまずかろう、と硯。再び掛かったエンジン音にも、エレンは目を覚ます気配を見せない。
「――それにしてもまぁ、起こすのが悪いと思うくらい幸せな寝顔だこと」
脇の野原に車を入れてきたリン=アスターナ(
ga4615)が苦笑する。車で寝そべっていた愛犬のユーリが、同意を示すかのようにオン、と一声だけ鳴いた。バスがつくのは、あと20分くらいは後だろうか。
一方、そのバスの車内では。
「エレンさんに会うの、久しぶりだなぁ‥‥。元気にしてるかな」
夢姫(
gb5094)が年長の知人に思いを馳せる。
「ん‥‥」
その向かいで、エレシア・ハートネス(
gc3040)がこくりと頷いた。少女がエレンに会うのは初夏のカシハラの清掃以来になる。大人よりも、子供の時間は長い。
「そうだね。随分会っていない気がするよ」
囁く国谷 真彼(
ga2331)の装いは、任務で見慣れた服装ではなく、眼鏡もかけていない。御互い多忙ですれ違ってばかりだから、せめて会える機会は大切にしたい、という気持ちだろうか。
「エレンさん、初めての日本なんですね」
たまに間違いが混じるにしろ、驚くくらい日本を良く知っている彼女がまだ日本の土を踏んだ事が無い、というのは柚井 ソラ(
ga0187)には驚きだった。
「意外な感じよね。あ、でも世界各国飛び回ってる私達の方が普通じゃないのかも」
というシャロン・エイヴァリー(
ga1843)の膝の上には菊の花束。駅前の花屋に立ち寄ったところでソラ達に会い、日本の墓参に相応しい花を教わったのだ。
「お墓参りの準備、エレンさんもちゃんとしてるかもですけど‥‥」
夢姫の荷物の中には、線香やらお供え、水をやる為のバケツやひしゃくまで入っている。残る一行は顔を見合わせてから。
「無いわね」
「忘れていると思うよ」
「ん‥‥、多分、駄目‥‥」
「え、えと。エレンさんも忙しいですし」
満場一致だった。
●眠り姫を起こすのは?
バスが去り、一同は揃った。が、エレンはますます熟睡し、もう丸くなってすやすやと寝息を立てている。
「エレンさん、可愛い寝顔だなぁ‥‥」
夢姫が楽しげに笑い。
「ふふ、もう疲れて居眠りかい、エレン君?」
寝顔を覗きこんだ真彼は、ハンナや硯の期待交じりの視線に気付きもしない。放っておけばいつまででも飽きずに眺めていそうな様子だ。
「でも、起こさないわけにもいかないわよね」
溜息をついたリンにも動く様子は無く。
「こんな所で寝てると風邪引いちゃいますよっ」
「ちょっと待った」
わたわたと寄り掛けたソラの肩を、シャロンが引き止めた。その手には、路傍から折り取ったススキが一本。かく、と首を傾げたソラに悪戯っぽく笑ってから、彼女はエレンの鼻を、その先でこしょこしょと。
「ふぁ、‥‥くしゅんっ。あ、あれ?」
「ん‥‥、おはよう」
まだ寝ぼけた様子のエレンへ、エレシアが静かに言い、
「おはよう、エレン。良い夢は見れたかしら?」
手にしたススキをくるくる回すシャロンに、エレンは現状をようやく把握したらしい。
「ちょ、皆して人の寝顔‥‥!」
「こんな所で寝るのが悪いと思うわ。それより、村までナビゲートお願いね」
いつものように火の無い煙草を咥えたリンの、目元が穏やかに笑っている。エレンは、溜息をついた。ハンナと硯とあわせれば3台、村まで歩く必要は無さそうだ。
●キャンプ準備は手分けして
人の気配は無い廃村といえど、まだ自然に飲み込まれるまでは数十年を要するのだろう。焼けた住居は半ば崩れたりもしていたが、火を免れた建物はまだ健在だ。一同は小学校の校庭だった場所をキャンプの設営場所に決めた。
「私が加わると、どうしても形式ばってしまいますから」
そう言うハンナとリン、エレシアの三人は村に残って今夜の準備をするというが、
「車を出してもらったお陰でまだ日は高い。男手でテントだけでも設営していきましょうか」
真彼がそう言った。男手カウントにさらっとシャロンが入っている辺りは気にしてはいけない。
「ん‥‥私は、薪を取りにいく」
林を見ながらエレシアが言い、地図を見ていた夢姫も、林の辺りにあるらしい池へ水を汲みに行く事を提案する。無論飲み水ではなく、墓掃除用の物だ。なお、エレンがその辺の手配を失念していたのは言うまでも無い。
「じゃ、私もつきあうわね」
女の子だけの山歩きは危ないから、とエレンは笑う。その三人ではまだ不安と感じたか、ユーリがのっそりと立ち上がった。
「まるでガールスカウトみたいですね、国谷さ‥‥ん?」
ソラは、視界から消えるまで彼女を目で追っている真彼に気がついた。少し、心が落ち着かない。だが
「夜は結構、冷えそうね。何人かずつ集まって寝ましょ」
1つ目のテントを立て終えたシャロンの声に、振り返った真彼は普段通りで、
「シャロン君と硯君はどこまですすんだのかな?」
「え、何でそういう話題になるんですか!?」
硯をからかいながら、2つ目を設営していく。
「あ、俺こっち持ちます」
不安を振り払うように、ソラは2人に駆け寄った。
「ハンナ、オーブンを下ろすの手伝ってもらえるかしら」
「ふふ、本格的ですね」
そんな事を言いながらリンに手を貸すハンナも、車には前日から仕込んだビーフシチューを乗せている。今日を楽しみにしていた度合いでは負けていない。
「大人数の食事を作るのはLHに来て以来‥‥。修道院での日々を思い出します」
手を止めた彼女の視線は少し遠く、リンも軍属時代の事を思い出す。二人の時を動かしたのは、短い吼え声だった。
「あら? 早いわね」
ユーリの声に目を向ければ、出かけていた面々が戻ってきたようだ。
「平気?」
「ん‥‥大丈夫、体力には自信あるから‥‥」
薪をどっさりと背負ったエレシアは、小学校にある銅像のような姿だった。夢姫とエレンも手には持っているので、一晩で使う分には十分以上だ。
「ん‥‥これだけあれば足りる‥‥?」
「ありがとうございます。火は、もうつけても良さそうですね」
ハンナの礼に、頷いたエレシアの頬が少し染まる。
●墓参
「では道中気をつけて‥‥。エレンさん。以前お貸しした修道服、入り用なら言って下さいね」
「フフフ、お父さんが勘違いしたら困るから、この格好で行くわ」
そういうエレンは、任務の時同様の軍服に衛生兵の腕章をつけていた。代わりに供えてきて欲しい、とリンから託された花を右手に。
「せっかくデート向きの格好してきてくれたのに、ごめんね」
「あ、うん」
笑って、左腕を絡めてくるエレンに、真彼は生返事しか返せない。
「もっと自然体でいればいいのに」
「ですよね」
少し後ろを並んで歩くシャロンと硯の言葉には、
「君たちに言われるのは心外だ」
などと返し。先のほうから聞こえてくるのは、
「早く来ないと置いていきますよ」
などと元気一杯な夢姫の声。ソラは行く手の枝を落として、歩きやすいように先導している。
(これくらいしか、できないけど)
2人の為に、何かできる事をしていたい、という少年の気持ちまでは見えないだろうけれど、合った視線がふっと微笑んだ。
「これ‥‥かな?」
崖の脇にひっそりと立つ樹が一本。その根元に、小さな石積みがあった。簡素な墓標だが、1人や2人の手では運べなかっただろう、村人の心づくし。
「村の人が作ってくれたんですね。お父さんの為に」
ぽつり、と言ったソラに、エレンが無言で頷く。ぎゅ、と腕に掛かった力が強くなったのを真彼だけが感じた。
「まず、埃を取って綺麗にしてから、お参りしましょう」
「あ、先に掃除するのが作法なのね? OK、じゃあ雑草とか抜いていくわよ」
夢姫がひしゃくに水を汲み、丁寧に石を磨いていく。シャロンがてきぱきと手を動かし、硯は風を避けつつ線香に火を灯した。
「エレンさん、水を上げてください」
「あ‥‥うん」
ひしゃくを手に戸惑うエレンへ、夢姫がやり方を教える。日本を愛したエレンの父の墓参りだから、日本のやり方で――、という彼女。硯に手渡された線香を置き、菊の花を両脇に立てた墓へと手を合わせるエレン。
「‥‥不思議ね。殆ど覚えて無いんだけど、泣けてきちゃった」
照れたように、目元を拭った。隣で手を合わせていた真彼がふと首を傾げる。
「お父さんは、君が僕の墓に入っても、寂しがらないかな?」
「‥‥え? あ、そうか。日本だと家のお墓なのよね」
今度、国谷の家のお墓にも連れて行って欲しい、というエレンに真彼は笑う。困った時に反射的に浮かべる笑顔で。
「合わせる顔がないんだ、本当は」
「‥‥そう」
何かを察したのか、そのうちね、とウィンクしたエレンの向こうで、シャロンが手を合わせている。
「初めまして、エレンの友達でシャロンと言います」
挨拶の後で、自己紹介を続けるシャロン。エレンと知り合ってから今日までの事が、言葉と共に浮かぶ。
「これからも彼女の友達として、一緒に頑張ろうと思ってます。エレンのお父さんも、彼女を見守ってあげてください」
先に拝み終えた硯は、崖の方へ土を見に行っていた。
「へぇ‥‥、赤土か」
「明日にでも、皆で陶芸しませんか?」
ニコニコと言う夢姫に、即席講師を引き受けさせられる硯。素人遊びですよ、等と言うがこの場の全員そんなような物だ。
「こういうのは、大勢で何か作ってみたって経験がいいのよ」
シャロンが力説するのは、別に失敗を見越してではない、と思う。
●晩餐と、その後
ハンナのビーフシチューと、硯が用意していた栗御飯はあっという間に食べつくされた。焚き火の近くでは、エレシアがしゃがみ込んでいる。
「ん‥‥最後に焼き芋しよう‥‥」
最後の高カロリーは女子的にどうなのか、などという疑問は、エレン辺りには無意味なようだ。
「お花屋さんの隣で、良い物が売ってたわよ♪」
あちらでは、シャロンが梨を幾つか剥いて、皿の上に並べていた。まだまだ食べられる面々が嬉しそうに笑う。
「日本では冠婚葬祭時には、お酒を飲みます」
夢姫が持参の日本酒を注いで回っている。あ、とか言っている間に、ソラの手元にも。
「あ、もう少し位は飲めるのよね?」
そんな風には思えないけれど、などと真顔で言うエレン。慣れない酒は、喉元に熱い。
「柚井君も見ないうちに少し男らしくなったかな?」
フフ、などと笑って、真彼が隣に座る。まだ中身の残る杯からちょっと目を逸らしたら、硯とシャロンが連れ立って歩いているのが見えた。夕食の時に、二人がそんな約束をしていたのを思い出す。
「星、綺麗に見えるといいですね」
見送って、ソラが呟く。エレンの父も、同じ星空を見上げたのだろうか。異郷の地で、家族の無事を祈って。
「ん‥‥。エレンは、何が、好き?」
エレシアが首をかしげたのは、彼女の事をもっとよく知りたいと思ってのことだろう。この場に集まった面々の中では一番エレンとの付き合いは、短い。
「何が好き、かあ。改まって言われると困るわね」
首を傾げるエレン。食べる事も好きだし、遊びに行くのも嫌いじゃない。祖父の影響で日本の古い映画やアニメーションも好きなのだと言う。
「でも、こうして話をするのは好き、かな」
ややあってから、彼女はそう付け足した。エレシア位の年には、勉強ばかりで友人と語らう余裕も無かったから、と。
「人里が遠いせいかしら。ここは星が良く見えるわね」
二人がいたのは、エレンの父の墓に向かって少し歩いた先。夏場なら何か出るのかもしれないが、今は時期外れの虫の声がする程度だ。
「たまには、のんびりするのもいいですよね」
少し開けた場所を歩きながら、上を指差す。青い星、赤い星、黄色い星。名前が出てきたり、出なかったり。同じ方角を並んで見ながら、こうして夜道を歩いて星座の話をするのが懐かしいのは、幼いころ、誰かと同じようにした事があるからだろうか。
「‥‥私もラスト・ホープに帰ったら、家族に手紙、書こうかな」
ぽつりと、シャロンが言った。
「こうして話をするのは初めてかしら」
蝋燭の灯を見ながら、リンが言う。同じ部隊に属するハンナと、差し向かいで何かを語るような事が、今までは無かった。
「そういえばそうですね‥‥。では、今宵はゆっくり話しましょうか」
何について、と言うわけでもなく。話題はといえば自然と、自分達の小隊の仲間の事や、エレンのような共通の知り合いになっていた。地球の未来や明日の夢、昨日の残照のような重いものではなく。語り合ううちに、蝋燭が消える。クーン、と問うようにユーリが鼻を鳴らした。
「‥‥寝ましょうか」
「ええ、もう遅いわね」
――もう一本つけようか迷ってから、眠る事にする。きっと、またこういう機会はあるのだから。
●明日へ
「おはようございます!」
女性テントその2は、夢姫の元気な声で目を覚ました。
「ん‥‥、おはよう」
寝相が悪かったのか、エレンに抱きつくように寝ていたエレシアが無表情のまま起き上がる。
「じゃ、起きましょうか」
少し前から目を覚ましていたらしいエレンも、伸びを一つしてから寝袋を後にした。もっと早起きだったハンナとリンは、朝食の準備を始めている。匂いに釣られたのか、男性テントもおきだす気配だった。一同は、昨日の残りの焼き芋を朝御飯に土をこねる。
「乾かさないといけないんで、ここで焼いたりはできないんですけどね」
持ってかえって、窯に持っていってみようと硯が、言う。素人の作る物だし、割れたりするかもしれないが。
「楽しみですね」
泥の跳ねた顔でニコニコしながら、夢姫が言った。
「じゃあ俺達は先に」
「またね、エレン」
乗せて貰う事にしたシャロンと硯がまず最初に道を行き、ユーリの吼え声を後に残してリンの車も後を追った。
「私も未来へ進みます‥‥今を、掛け替えのないこの時を生きているのですもの、ね」
微笑したハンナをやはり笑顔で見送って、エレンはバスの時刻表を見る。
「ああ、寝ても構わないよ?」
「ん‥‥。起こす、から」
明らかにからかいの表情で言う真彼と、意図は読めないエレシアと。ソラも大丈夫です、というように頷いた。
「‥‥もう寝ません」
言ったエレンの肩に、ぽふっと重みが掛かる。疲れたのだろう、今度は夢姫が睡魔に囚われていた。