●リプレイ本文
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「な〜んで、パイロットがMPのまねごとなんぞ、せんといかんのかねえ?」
パイロットスーツにかぼちゃを被った伊藤 毅(
ga2610)の姿では、悲壮感より先に失笑が起きそうだ。この日、野外ハロウィンパーティが開かれたラストホープ中央公園は、雨天にも関わらず楽しげなカップルや親子連れで賑わっていた。
「こういうのは向き不向きがあるだろうに。ま、連中がおたおたしてるのを見るのは楽しいけど」
愛想がないとはいえ女性や、子供好きしそうな面々のいる篠畑隊、隊長含めて意外と若い三枝隊はまだしも、毅の隊は歴戦の強面揃いだ。今もトランプの衛兵姿の部下が、迷子らしい女の子に泣かれている。戦場では動じた様子など見せぬ古参兵はおろおろと周囲を見回し――。
「い、伊藤少佐。増援を要請します」
「何ィ!?」
少女の手を引いたまま駆け寄ってきた。
「あ、伊藤先輩が子供に泣かれてるっす、写真撮っておくっす」
カメラ片手に笑う三枝 雄二(ga9107)に、救いの手は期待できそうにない。そんな光景を、セシリア・D・篠畑(
ga0475)はチラリと一瞥した。
(篠畑大尉はいないようですね‥‥。今日は邪魔をさせません)
なお、この世界ではセシリアと篠畑は敵である。前述の名字は見なかったことにするのが夢の世界のたしなみだ。
「お待たせ、セシリアさん。一つどう?」
商魂たくましい屋台商人が売っていた綿飴を手に、加奈が戻ってくる。セシリアはほんのりと頬を染め、頷いた。
「ん、美味しいね」
「‥‥そうですね‥‥。でも」
でもの後に『美味しいのは2人で食べているからです』と続けるべきか。いやいっそのこと『加奈さんの方が美味しそうです』と直球に攻めるべきか。無表情の裏で、セシリアの百合百合しい煩悩がうごめいていた。
「あ、射的ありますよ。‥‥ハヤブサのぬいぐるみ、取れないかな」
篠畑さんにおみやげ、と屈託なく笑う加奈には、きっと見えないのだろう。加奈の一言で、セシリアの中で揺らめく黒い炎が。
「‥‥おみやげなら彼氏さんに、の方がいいと思います」
「えへへ‥‥」
照れたように俯く加奈。セシリアの中で、その組み合わせは許せるらしい。が、篠畑、てめーはだめだ。
「トリックオアトリート♪ ふふっ、お待たせしました」
声をかけた望月 美汐(
gb6693)に、振り返ったエルンスト・バラシュは見るからにうろたえた。
「望月‥‥か? いや、分っている。すまない、混乱したようだ」
「あ、そういえば防具を着ないで会うのは初めてでしたっけ?」
レースのついたスカートをちょっと摘んで、首を傾げる美汐。コホン、と咳払い一つして、青年は横を向く。
「‥‥確かに、不意を打たれたのは認める」
美汐はくすっと笑った。依頼で出会い、心惹かれるようになったのはいつ頃からだろう。思いの丈を告げたのは、夏。返事はまだ聞いていない。
「ダンスパーティの会場にすぐに向かうのか?」
「そうですね‥‥」
美汐は少し考え込む。青年が、恩人であるULTのカッシング教授の下から離れたがらない事は、良く知っていた。一刻も早く戻りたいのだろうか、と少し寂しくも思う。――が。
「特に問題がなければ、少し歩きたい、な」
もう一度咳払いして、青年は正面へ向き直った。
「え? ‥‥あ、はい。そうですね」
今度は、美汐が不意を打たれた形で瞬きする。
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別の入り口から会場入りした鯨井昼寝(
ga0488)は、恋人の煉条トヲイ(ga0236)と一緒にぶらぶらと歩いていた。
「大したことないと思ってたけど、結構賑やかね」
「そうだな。少し冷えるが」
振り返った昼寝に、トヲイが頷く。能力者として戦う昼寝に合わせてこの島に移り住んだが、彼自身はただの一般人だ。茶道家という仕事柄、普段から着慣れているので仮装と言うわけではないが、和装は道行く人の目を引いてはいた。
「あっ、あれ何かしら?」
昼寝が声を上げるのも数度目で、彼女を追うトヲイも悠揚なもので。入り口で配られていたクッキー、小雨の中頑張る大道芸、そして可愛らしいアクセサリーまで、彼女の興味を引く物は1つや2つではない。早く、と言うように振り返った昼寝を、ゆっくり追いかける。手にした重箱を揺らしては、後に差し支えようというものだ。
「ほら、これ。カボチャのキーホルダー」
2つセットなら色を合わせたのがお勧めですよ、などと店主も商魂たくましい。毎度あり、と営業スマイルを向ける相手に頭を下げ、昼寝を探す。彼女の新しい興味の対象は、ベンチの上にちょこっと座った猫だった。白と黒のブチ猫で、やや気だるげな雰囲気なのはまだ日がある時間だからだろう。
「ねーこねこねこ♪ ふふ、ぷにぷにっと」
相手が鷹揚なのを良い事に、思うさま肉球を堪能している昼寝。実は、その猫がレティ・クリムゾン(
ga8679)である事を、彼女は知りはしない。
「あ、トヲイ。猫だよ、猫」
嬉しそうに報告してくる昼寝に、トヲイは笑みを返す。
ふと、猫と視線が合った。視界が不意に狭くなる。湿った土と火の匂いと、喧騒。
『そっち、行ったぞ昼寝!』
自分の口が動き、
『任せる』
背中を向けたまま、言う少女。彼女と自分の関係は、小隊の仲間以上でも以下でもない。丘を駆け上がってきたキメラに、トヲイは爪を叩きつける。仲間の背を守り、そして――。
『甘い!』
背後、飛来した鳥のようなキメラを、昼寝が撃ち落とす気配がした。
「――ッ」
気がつけば、そこは中央公園だった。
「どうか、した?」
見上げてくる昼寝の向こう、猫があくびをしながら歩み去っていく。
「‥‥いや。少し疲れたのかな」
トヲイは気づかなかった。昼寝の唇が少し震えていた事を。
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「どうして‥‥お義兄様がまだいらっしゃっていないのですか!!」
月神陽子(
ga5549)は、怒っていた。任務で生死の境を彷徨いつつも生還し、今日こそは義兄であるカプロイア伯爵に再会できると思って来たのに、当の相手が席にいないとあっては怒るのも無理はない。赤のカクテルドレスと相まって、烈火のごとく、という形容が実に似合う。
「‥‥あ、いや。僕に言われても」
うろたえる毅から、部下も雄二も距離をとっていた。この警備任務、あわよくば可愛い女の子とお近づきに、などと下心を胸に抱いていなかったとは言わない。言わないが、もう少し普通の相手が良かったと、毅は思う。
「ひょっとしてあの乳おばけに捕まって‥‥。いえ、そんな事は許されませんわ」
「どんな事かは知らんが、伯爵ならさっきあっちにいたぞ?」
助け舟は、ペンギンからもたらされた。
「あちらですわね。ありがとうございます」
急ぎでも優雅に一礼して、陽子は走り出す。
「篠畑、助かったよ‥‥っていうか、僕らってパイロットだよね」
毅のパイロットスーツには子供サイズの靴跡がついていたり、ソフトクリーム辺りがぶつかったらしい染みがついたりと散々な有様だった。子供に配る為に、と持っていたお菓子が1つも減っていないのも哀愁を誘う。篠畑も虐待の跡こそ少なめだが、疲労具合は似たり寄ったりだった。
「まあ。仕事だ、諦め‥‥ん?」
「にゃあ」
寄ってきたレティが、前肢でぽん、と足の甲を叩いている。何となく、元気だせといっているような風情に相好を崩す中年2人。
「あ〜ぬこはいいねえ〜、ほれ、これ食うか?」
「道に出て蹴られたら危ないぞ。隅の方を歩いた方がいい」
「にゃ」
カボチャ頭とペンギンが猫と会話している光景は、雄二がニヤニヤしながら録画していた。
「あの人の仮装こってますね〜。あ、あっちの人もすごいですよ」
はしゃいだ美汐に、エルンストも釣られてそちらを見る。仮面の騎士へ駆け寄る真紅のドレスの少女が目に入った。
「お義兄様‥‥!」
振り返った男の顔には、金の仮面。戸惑った陽子に、男は口元だけで笑みを浮かべる。
「どなたかと間違えたのかな、可愛らしいお嬢さん。私はナイト・ゴールド。一介の騎士だ」
「ご、ごめんなさい」
人違いを詫びる陽子に、青年は鷹揚に首を振った。どうしたのか、という優しい声に、陽子は堰を切ったように喋り始める。義兄の事、彼に迫る悪女の罠、それ以外の危険など。それはかなり主観的な物だったが。
「ふむ、おそらく彼は人の多さに辟易しているだけだろう。心配せずとも、主催の挨拶の時間には戻ると思うよ」
「で、ですが‥‥」
なおも憂いを含んだ陽子に、、謎の男は微笑を向ける。
「それに、ミユく‥‥その、悪女についても心配は無用だ。彼女は今日はこの島にいない筈だからね。それより、君も楽しんでいくといい」
伯爵もきっとそう望んでいる筈だ、と付け加えてから、立ち去る仮面の男を陽子はぼーっと見送った。
「何て素敵な方‥‥はっ、だ、駄目です。わたくしにはお義兄様が居るのですから」
ふるふると首を振ってから、広場へと踵を返す。
「確かに大勢仮装客がいるな。だが‥‥」
何かを言いかけて止めた青年を、美汐が見上げた。彼はやや躊躇ってから、
「最初に味わった以上の驚きは、今日は無いだろうと思う」
「どういう意味でしょうか」
にこやかに笑いつつ、ぐぐっと押し込んでくる圧力。
「‥‥随分可愛らしかったので、見違えた」
小声に、笑顔が更に深くなった。
「どこみてるの?」
弁当を突付いていた昼寝が、ジト目でトヲイを睨む。
「あ、いや。色々な格好の者がいるな、と」
そう、とそっぽを向いた昼寝に、トヲイは苦笑する。正直に言えば、美汐達が羨ましかった。夢の中の自分には力があった。恋人同士ではなくとも、仲間として昼寝を守る力が――。
「夢を見たんだ」
ぽつり、と呟く。
「その夢では俺も能力者なんだが、昼寝とは恋人じゃ無い。‥‥けど、夢の中の自分が羨ましかった」
言葉を続けるトヲイの顔に、昼寝が掌を押し付ける。
「むぐ!?」
「そこまで。――そんなの、夢の中だけよ」
彼女は言わない。自分も同じ幻想を見て、惹かれた事を。それは、今の幸せを否定する事だ。それは何処にもない、ただの夢。そうすぐに割り切れる分、昼寝の方が強いのかもしれない。
「‥‥それより、あーん、とかしてみる?」
頭を一つ振ってから、昼寝は楽しそうに箸を動かした。
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「‥‥こうしていると、恋人同士みたいに見えますね‥‥」
不意に、セシリアがそう呟く。加奈はきょとんとしてから吹き出した。
「ふふ、そういうのだったら、ピシッとしたスーツとか着てくれば良かったかな」
ゴシックワンピースのセシリアに、メイド服の加奈の組み合わせはどちらかといえば主従関係だ。加奈の彼氏が贈ったものだと、セシリアは聞いている。
「踊ってくれますか、ご主人様」
「‥‥特に許します」
などと答えつつ、セシリアは加奈の彼氏に内心で喝采を送っていた。
「では、お付き合いいただけます?」
手を伸べた美汐に、エルンストは優雅に腰を折る。
「喜んで、お相手させて頂きます」
少し素っ気のない普段とこうして時折見せる丁重な仕草と、どちらが本当の青年なのか。主が軽んじられぬように、後者は意識して作っているとエルンストは言う。
「そういえば、カッシングさんは?」
「今夜は帰ってくるな、と」
苦笑しつつ、青年は言う。一つの事しか見ないと、自分のように融通の効かない人間になってしまう、と笑って彼を送り出した老人の顔を思い出しながら。
「あ、あの。それって‥‥」
ふと見下ろすと、美汐がどぎまぎしたような上目遣いで青年を見ていた。自身の発言を回想した青年も、固まる。
「‥‥あ、いや。違‥‥」
足を止めてしまった二人に、どすんと加奈がぶつかってよろけた。
「あ、ごめんなさい」
てへ、と舌を出す加奈を抱きとめたセシリアに不満などあろう筈もなく、動かぬ表情の裏側では、不慣れっぽい二人の踊り手を激賞している。
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賑わう会場を眺めていた陽子の耳に、にゃあという声が届いた。
「‥‥あ、レティ猫さん」
ふわっと陽子が笑む。よく広場に来ていた陽子にとっては馴染みの友人だ。その周囲が、うっすらと蒼く光っているような気がして、彼女は瞬きした。
『うん。私の声が聞こえるか。自身の身に何が起こったかは理解しているだろうか?』
その声は、突然脳裏に響く。陽子は周囲を見渡して、しかし直感でそれが誰の声なのかを理解した。視線の先で、落ち着き払って尻尾を揺らしているレティが、頷いたような気がする。
『‥‥レティ猫さん? 何故、猫である貴方が喋れるのですか!?』
正確に言えば、言葉ではないのだろう。周囲の人間に聞こえた風はない。
『残念ながら君はもう人間ではない。なんとなく理解できているだろう? 一度ヨリシロ化し、そして戻ってきたのだ』
そのような事がありえるのか、と思う。思うが、疑念を否定するようにゆらり、ゆらりと尻尾が揺れていた。風には、髭がそよぐ。
『問おう。人では無くなったけれど、まだ人を護ろうと思うかい?』
『詳しくは覚えておりませんが、この身がすでに人では無くなった事は理解しています』
そう、既に死んだと、陽子は自覚していた。人の中で感じる微かな違和感が、レティの言葉で腑に落ちた気がする。変異を疑う気は起きなかった。彼女は息を一つついて、誓約の言葉を述べる。
『それでも、わたくしは人として、この世界を守りたい‥‥』
一人と一匹を包む蒼い光が、祝福するように暖かく輝いた。
踊りつかれた二人は、噴水の縁に座っていた。冷たい水が心地よいと美汐は笑う。首筋を覆うマフラーを外して、ふっと息を吐いた。
「お互いこんなお仕事ですから、いつか逢えなくなる日が来ると思います」
そう言う美汐に、エルンストは応えない。
「でも、あなたを想った日々があればそれでまた歩いて行けるから」
隣の肩に頭を預けて、目を閉じる。
「だから、お願い。今だけは少しこのままで‥‥」
ふと青年がつぶやいた。
「私は、生き方を変えれぬ人間だ。この生命はあの方の為に。‥‥だが、もし許されるなら」
眠ったと思った美汐が、身じろぎする。上げた視線が、ぶつかった。
「‥‥許されるなら?」
青年は少し躊躇ってから、彼女にぎこちなく笑う。
「貴女と交わした言葉を胸に、歩む事を許してほしい」
小雨の中、レティが通り過ぎていく。守るべき日常をその目と耳に収めながら。
「また、デート‥‥して下さいです」
公園の出口で、セシリアが言う。加奈は屈託なく笑い返した。
「うん。今度は衣装合わせもしっかりしよう?」
という事は服を買いに行く訳で。似合うかな、とか更衣室でキャッキャする訳で。
「セ、セシリアさん?」
「‥‥いえ。少しめまいが。‥‥大好きです‥‥今日は幸せでした‥‥」
ふらついたついでに、ぎゅっとハグするセシリア。
「私も、楽しかった」
『親友』の告白に加奈もそう微笑する。セシリアは現状に甘んじるつもりはない。いつか、必ず。決意と共に見上げた夜空は、少しずつ雲が切れ始めていた。