タイトル:【Gr】誘いの毒蛇マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 12 人
サポート人数: 6 人
リプレイ完成日時:
2008/08/20 03:49

●オープニング本文


前回のリプレイを見る


 画面には、急角度で降下する3機のKVが映っていた。機種はS−01だろう。相当の速度で飛びながらも、決して単調にならぬ機動を維持しつつワームの上方からミサイルを叩き込む。引き起こしのタイミングを一瞬間違えば、砕けるワームの破片に突っ込みそうなギリギリの角度でKV隊は再び高空へと舞い上がった。

「‥‥私の部下だった若者の飛行記録だ。先日の音波塔攻撃作戦で未帰還となった。詳しい説明に入る前に、見てもらいたくてな」
 任務の重要性を示すゆえか、今回の説明は細目までモース少将が直々に行うらしい。席についた傭兵達の手元には、今回の任務の説明書類が既に置かれていた。『マドリード南方・敵航空戦力の逓減を企図した反攻作戦案』という長いタイトルだが、やる事は極めて単純だ。グラナダ周辺の敵を、空から叩く。少将の指揮下の可動航空戦力は過日の半数程度であり、その補充を待つ間の時間稼ぎの意味でも、反撃は必須だった。
「先の作戦において、マドリードで取り逃がした鹵獲バイパー3機、及びそれと組んでいると思われる真紅の小型ワーム3機を、君達には殲滅して欲しい」
 少将の声と共に、前方スクリーンの映像が切り替わる。先のマドリード上空での交戦記録のようだ。KV6機が鹵獲バイパー3機を引き付け、12機の主力KV隊がファームライドを含む敵戦力を追い払うと言う戦果をもたらしたあの作戦だが、逆の見方をすれば鹵獲バイパー3機で倍の数の精鋭KVの動きを封じていたと言う見方もできる。その視点で見れば、敵は実にいい動きをしていた。

「‥‥あ」
 誰かが小さく声を漏らす。鹵獲バイパーの編隊が思い切りよく急降下を試み、味方KVを脅かした瞬間。その機動は明らかに、最初の動画にあった物と同じだった。
「前回、君達が撃墜した鹵獲機体は、そのほとんどが原型を留めぬほど破壊されている。しかし、一機の中枢部分が比較的損傷の低い状態で回収された」
 傭兵達の間にざわめきがよぎる。バグア側の機体技術を手に入れる機会はほとんど無いのだ。しかし、その興奮に水をさすように少将は首を振る。他方面で見られた鹵獲改造機と異なり、この敵のデータには慣性制御技術もフォースフィールドも確認されていない、と。機体各所に見られる生体部品こそ異質だが、それは理解不能なほど飛躍した技術の産物ではない。機体の操作機構にも、バグアの技術が使われた形跡は無かった。
「‥‥プロトン砲などの武装も含め、敵性技術と思しき部分は全て自壊している。つまるところこれは、敵がこちらに見せる為に残したものなのだろう」

 画面が再び切り替わる。今度の映像は、ハンディカメラによるもののようだった。手ぶれ補正が追いつかない程に揺れる映像は、撮影者の動揺を伝えてくるような臨場感に溢れている。熱で歪み、内部の様子が伺えぬコクピットへと旋盤が向けられた。切断された内部にあったのは。
「人間。いや、人間だったモノ‥‥か」
 高熱で焦げて黒くなった頭蓋骨と胴部。四肢は無い。無数のコードや管が刺さったそれは、人間というよりもそれを模したオブジェのようだった。おそらくは、バイパー3機の操縦者も、同様の姿なのだろう。三たび、画面が切り替わった。今度は、既に見慣れた者も多いグラナダの戦域地図である。
「鹵獲機を含む編隊は、敵の制空圏外縁で邀撃任務に当たっているようだ」
 現地では、大型ワームが時折ばら撒いていくキューブワームのせいで、索敵状況は極めて劣悪になっている。その辺りで見せ付けるような鹵獲機の戦闘行動。人類側が精鋭部隊で反撃を試みる事を見越しているのやもしれない。ゆえに、行動は慎重に。初手で相手をする6機に増援が加わる事も考慮するべきだ、と少将は言う。
「以前と同程度の警戒態勢ならば、哨戒している別のワーム隊の到着まで早ければ交戦開始後1〜2分といった所だ。キューブの配置状況は不明。おそらく、バイパー隊が前面に出てくる時であれば、付近に半ダース程は浮いていると思われる」
 場所は、前回のマドリード上空と違って完全な敵地になる。しかも、バイパー隊を前面に出すタイミングは敵次第だ。罠の可能性は高い、だが、例え罠であり、今までと敵の備えが違うとしても。
「‥‥あの3人は、空を愛していた。しかし、もう巣に帰る頃合だ。奴らを、解放してやってくれ」
 そう告げる少将の声は淡々としていたが、どこか懇願の色を帯びていた。

●参加者一覧

吾妻 大和(ga0175
16歳・♂・FT
エミール・ゲイジ(ga0181
20歳・♂・SN
藤田あやこ(ga0204
21歳・♀・ST
霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
獄門・Y・グナイゼナウ(ga1166
15歳・♀・ST
南部 祐希(ga4390
28歳・♀・SF
アルヴァイム(ga5051
28歳・♂・ER
シエラ・フルフレンド(ga5622
16歳・♀・SN
リーゼロッテ・御剣(ga5669
20歳・♀・SN
緋沼 京夜(ga6138
33歳・♂・AA
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG
ソード(ga6675
20歳・♂・JG

●リプレイ本文

●戦いの前に
「個体であっても群れであっても、地球の高等生物の急所は限られているのだがね。バグアはそれを理解しない。あるいは、理解した上で遊んでいるのやもしれんが」
 グラナダの地の底で、老人は低く笑う。目前の研究以外に時を割かれるのは不本意とはいえ、レンズの入手遅れは即ち作業の遅延に繋がっていた。時間は今しばらく稼がねばならない。スペイン戦線を俯瞰しながら、カッシングは摘むべき芽の数を数えていた。まずは、反攻の中心になっているらしいマドリードの空軍。
「さて、見え透いた挑発だが‥‥、無視は出来まい? まずは手足から潰させて貰おうかね」

 グラナダの空を飛ぶのもこれで5度目。すっかり馴染みになった作戦部の士官は、アルヴァイム(ga5051)が室内に入ってくるや、用意の書類を差し出した。書類の内容は、作戦予定空域周辺の味方の配置、及び作戦部で想定した撤収ルートだ。
「今回の予定配置図はこれだよ。毎度、念の入ったことだ」
「性分ですので」
 これを元に、アルヴァイム達は当日の退路を決定する。回数を重ねて慣れてくるのは傭兵達だけではなく、サポートに回る地上要員もだった。
「今回はもう一つ、お願いしたいことがあるのですが」
 無言で頷く士官へ、アルヴァイムは敵地の電子妨害の濃密さの情報を要求した。当日のそれがわかれば、キューブワームの配置がある程度逆算できるのではないか、という狙いである。
「了解。親爺を上げておくよ」
 作戦支援については全力を傾けるように指示が出ているのだろう。士官は大型管制機による情報支援を約束した。大規模な作戦では少将自らも搭乗するそれは、よんどころない事情でヴァルチャーと呼ばれている。KV開発以前の機体だが、ジャミング下に無い後方から全体の作戦指揮を取る際には未だに出番があるのだ。

「俺も元は空の軍人だからな」
 小隊規模での想定パターンや動きなどの打ち合わせの後、緋沼 京夜(ga6138)は心中を吐露した。望まずして飛ばされ続ける魂を解き放ってやりたい。その為ならば、例え傷を負うとも構わない、と青年は強く思う。
「‥‥京夜」
 声に振り返れば、消せぬ不安を眼差しに込めたラシード・アル・ラハル(ga6190)が彼を見上げていた。この作戦、京夜の弟分のこの少年が彼の右翼を務めている。大丈夫、というように頷く青年に、ラシードが向けた笑顔は少し強張っていた。グラナダの空を幾度も飛んだ少年は、今回の作戦が何事も無く終わるとは思っていない。
「大丈夫だ、ラス。フォルも、藍紗もいる」
 必勝を期すべく後顧の憂いを絶とうと企図した京夜の呼びかけに応えたのは、その2人以外に千影と叢雲がいた。戦場においても、それ以外でも気心の知れた相手の名前にラシードも小さく頷く。
「だから安心して、普段通りで、な」
 軽く頭を撫でる京夜に、少年はようやく不安を湛えた青い目を閉じた。
「はい。普段通り、いつもの私でいきますよ〜っ♪」
 京夜の右翼を飛ぶシエラ・フルフレンド(ga5622)は、あえて気負いを無くすように元気な声をあげる。自己のコントロールも、戦士には必要なことだ。少女をサポートする為に来ていた煉威の方がどちらかと言えば肩に力が入っている。

 霞澄 セラフィエル(ga0495)は待機中、繰り返しビデオを見ていた。空を己の意思で飛んでいた頃の、『彼ら』の映像だ。敵の手に落ち、利用されている者の無念を思うと眉根が寄る。しかし、彼女はそれ以上、怒りを露わにすることなく映像を見続けていた。動きのタイミング、それに癖。何かのイベント映像だったのだろう。ビデオは機体を背に笑顔で肩を組む青年達の姿で終わっていた。
「貴方達の無念は私達が受け取ります‥‥」
 静かな呟きは、映像の中のパイロット達へ届いただろうか。獄門・Y・グナイゼナウ(ga1166)はその映像を静かに見据えていた。
「‥‥ユウコ、大丈夫?」
「ああ、もう平気なんだよ。心配をかけたねェ〜」
 同年輩の少年に、獄門は頷いてみせる。
「シエラさんも、セフィさんも‥‥。みんな、無事に帰れますように」
 笑顔のシエラと画面の前の霞澄へ目をやってから、手にした小さなメダルへとリーゼロッテ・御剣(ga5669)が祈りを捧げた。戦いに赴く前、かつては自分の事で精一杯だった彼女の、小さな進歩。幾つかの戦いを通じて、リーゼは自分の心が強くなったことを自覚している。

●罠
 バグアの手に落ちる以前より、ファームライドはステルス機として設計されていた。開発段階から電子的・光学的、のみならず放射熱量においても可能な限りのステルス性を保持していた機体だ。異なる形態の科学技術の洗礼を受けた今、早期発見はきわめて困難であると言わざるを得ない。
 能力者達の機体が、あるいは武器が、長足の進歩を遂げつつある今であっても。無警戒であれば一方的な蹂躙すら覚悟せねばならない難敵だ。
「せっかく用意した舞台ですが、お気に召さなかったのかな。‥‥それとも、一度だけ僕を追い返してそれで安心したのですか? フフフ、残念ながら‥‥」
 この僕は甘くない。そう遥かな高みより呟いた仮面の青年の視線に気づくことなく、傭兵達は敵地へと分け入った。

『キューブの予想配置は密集隊形、低高度で半径200m程の空間に固まってるようだ。ちなみに、情報の予想精度は92%』
 ハエン上空を過ぎ、はるか彼方に敵地を望む頃。アルヴァイムからの依頼で、敵情の解析を行っていた後方機が結果を送ってきた。ジャミングの濃度から想像される数は、事前情報で聞いたように、半ダース程度だという。
 それからしばしの時をおいて、遠距離通信が途絶した。岩龍を伴わない編成ゆえ、別働隊との通信もすぐに届かなくなるだろう。
「藍紗――離れていても、お前が守ってくれると信じてるぜ」
 京夜の視線は、視界の彼方にいるだろう愛する者へと向いていた。本隊の為に、敵の増援部隊を足止めする別働部隊は6機。周辺を遊弋している敵の哨戒部隊は7機編成のはずだ。数でこそ劣るが、絆では勝る。彼らが無事、貴重な時間を稼いでくれることを本隊の面々は誰一人疑ってはいない。
『哨戒部隊を見つけたわ。30秒後にエンゲ‥‥、返り討ち‥‥る‥‥』
 まだクリアに聞こえていたシャロンの声が、不意に乱れた。
「お出ましか」
 エミール・ゲイジ(ga0181)の声が鋭さを増す。彼の左を飛ぶ南部 祐希(ga4390)は青く光を帯びた目を凝らした。確かに、低い高度に漂うような立方体の群れが彼方に見える。
「前の戦いで逃したバイパーは‥‥」
 右翼を固めるソード(ga6675)は、雲ひとつ無い空をチラリと見上げた。そこに漂う3つの機影がキラリと日の光を反射する。決着をつけたい想いはあれど、ソード達の小隊はヘルメットワームの相手が任務だ。
「毒蛇毒蛇と仰いますが毒蛇に一体何が出来ますか〜」
 古そうな替え歌を歌っていた藤田あやこ(ga0204)も、自ら敵を討ちたい思いはソードに劣らないだろう。彼女は鹵獲改造機と同じく重装備のバイパーを駆っていた。さしずめ蛇蛇戦争と言ったところだろうか。敵に回っている中の一機は、彼女にとっても知らぬ機体ではない。義理の娘のかつての愛機が敵の三角編隊の一角を埋めていた。
「‥‥ま、仇を討ったトコで死んだ奴が帰って来る訳じゃないけど、それでモースのおっさんの気が少しは晴れるんなら、意味もあるかね」
 吾妻 大和(ga0175)は、ワームを相手取る班に回ったことをそのように考えている。回線を流れるのはいつもの飄々とした口調だが、モニターを見据える深淵の闇は常よりもやや深いようだった。低空をそのまま遷移するのは彼らダガー隊の5機。そしてその左を進む京夜とシエラ、ラシードのスリング隊3機だ。高速機からなるスリング隊の役目は、キューブワームの排除。
「敵の配置が手前で判ったのは良かったですよっ」
「‥‥そうだね。それで、‥‥分担できる、かな」
 事前に判明した情報から、自分達の狙うべき敵を調整する。妨害でちらちらと見づらいが、敵中の真紅は目立っていた。突入方向からすると右が手前、左が奥と言うような斜め直線状に均等に並んだキューブ編隊。右寄り前方に3機のワームがいるようだ。
「こちらスリング1。ダガーは向かって右側3つを頼む。左奥は任せてくれ」
 京夜の声に、ソードが頷く。彼の機体と後ろにつく大和機に搭載されたK−01ミサイルの範囲攻撃に巻き込むことを考えれば、その分担が妥当だ。

●1つ目の罠
 更に敵までの距離が詰まる。青っぽいキューブワームの放射光を背景にした、赤い豆粒のようなワームに動きはまだ無い。キューブの支援下から出る気はないようだ。それについては、傭兵達も織り込み済だった。
「死者を冒涜するとどういう目に遭うか、キッチリ教えてやる」
 不意に襲ってきた頭痛と吐き気を堪えながら、エミールが啖呵を切る。左側から、密集隊形中央のワームめがけて南部機がロケット弾を発射した。密集したキューブの撹乱のせいで激しく手が震えるが、据え物同然のキューブ相手に外すほどではない。青い発光は1発目でぐらつき、2発目で砕けて消えた。
「ターゲットの全ロック完了。吾妻さんそちらの準備はどうですか?」
「こっちも準備完了。いっちょ派手に行こうかっ」
 先を行くソードからの声に応えながら、大和はトリガーボタンに指をかけた。目標は敵ワーム3、及び効果範囲のキューブ2つ。まずは撹乱が目的だ。
「了解。カプロイアミサイル発射します。」
 静かに言うソード機が一瞬早くミサイルを発射した。それまで動きを見せていなかったワームが予備動作も無く横に滑る。
「‥‥素敵な贈り物ご馳走さん。ささやかながら御返しをどうぞってなぁ!」
 ほぼ同時にトリガーを押した大和のミサイルと合わせて、500発。もう1斉射を放つには、大量のミサイルと発射装置を積んだ機体の反応が鈍い。執拗な電子妨害が続く中ではワームへの必中を期すべくも無い攻撃ゆえ、特殊能力は加味されていなかった。
「これでどうだ!」
 エミールのG放電装置が放たれる。距離も近く、命中精度は折り紙つきの放電攻撃は見事に敵を捉えた。だが、ワームの赤い装甲にはさほどの傷が見えない。まだ残るキューブの妨害波がその威力を弱めているようだ。しかし、それは見せ技。まだ残るミサイルの爆煙を突っ切ってエミールは敵への間合いを詰める。
「ならばこっちはどうだい。雷電推奨メニュー、たっぷりご馳走するよ」
 エミールに追随したあやこ機の翼下から8式螺旋弾頭ミサイルが飛び出した。高速旋回する弾頭部は直撃すればタダではすまない。スタビライザーで安定性を保ちつつ、更に追撃。まだ残る頭痛のせいで、狙いは甘い。機動性のみならば余裕を持って避わしきるはずのミサイルだが、仲間達の攻撃で退路を狭められていたワームは避けきれずに1発を受けていた。
「‥‥これなら、いけるかな」
 深紅のワームがトップエースクラスである事を怖れていたソードがほっとしたように呟く。確かに、敵の動きはこれまでにグラナダで遭遇した小型ワームに比べれば格段に良いが、追随しきれない動きでは無い。緩む、と言えるほどでもない僅かな安堵。
「っと、しまった」
 着弾の衝撃に、機体がはねる。敵機は、いつの間にか側面にいた。
「‥‥チッ、後ろか!」
 突っ込んだエミールが舌打ちする。回りこまれたはずはないのに、後方からの一撃が機体を揺さぶっていた。
「伏兵、ですか」
 最初に異常に気付いたのは、距離を置いて砲撃戦を挑んだ祐希。砕けたキューブの残骸脇に、ワームの姿がじわりと現われる。施していたのは、ファームライドの光学迷彩とは比べるべくもない、単なる偽装だろう。キューブの直近で無ければ、気付かなかったはずもない子供だまし。
「たっはー、こっちにも! 3機じゃ無かったとはね‥‥」
 青っぽく欺瞞していた機体がじんわりと赤に転じる。獲物が罠に掛かった以上、もはや手の内を隠すつもりは無いのだろう。チラチラと色調を変化させて視覚をごまかしながら、6機に増えたワームは最初の敵機に目が向いた傭兵達を襲った。大和機アメノムラクモのダメージランプが一気に赤く染まる。
「この私を、無視するって? 後悔するよっ」
 何故か、あやこ機に向かう敵はいない。敵の動きには、これまでの哨戒部隊とは違う意志があった。キューブの支援下で優勢なうちに高回避機、高火力機から叩こうと言う意図が透けて見える。この罠は他でも無い、マドリードでバグアに、というよりはある男に煮え湯を飲ませた傭兵隊を狙って仕組まれていたのだ。
「6対5‥‥、これでそっちも打ち止めなら、やってやる」
 不意を打たれて機体耐久度は半ば近くまで持っていかれたが、エミールはまだ勝機を見ていた。確かに強敵だが、音波妨害が消えれば、互角にやりあえる相手のようだ。
「悪い、こっちは限界っ‥‥」
 後方にいたにもかかわらず狙われた大和機は、プロトン砲の直撃で飛行すら危ぶまれる状況だった。ならば6対4で時間を稼がねばならない。そう考えた傭兵達の視界で、損傷の大きい2機のワームが少し機位を下げた。
「これでも勝てるっていう余裕、か。それとも失うには貴重すぎるって事かもね‥‥」
 あやこの分析は、そのいずれもが正しい。その事は、すぐ後に判明した。

●2つ目の罠
 ダガー隊の苦境を耳にしながらも、スリング隊は前へ。2機のワイバーンに先行して進む京夜のディアブロは、ブーストを起動していた。見えないラインを超えた瞬間、怪音波が3人の耳を打つ。打撃力に長けた京夜が、手前の立方体をレンジに捉え、ロケット弾を射ちこんだ。
「‥‥消えて。僕らの戦いに、こんな玩具、要らない‥‥!」
 唇を噛むラシードの声と。
「ゼリーは大人しく食べられればいいのですっ♪」
 陽気さを見せるシエラの声が、最後のキューブワームを粉砕する。
「よし、すぐに支援に‥‥」
 僚機へ告げた京夜が見たのは、予想外の光景だった。

 見せ付けるようにいまだ高空を舞う敵機へは、傭兵側からはアルヴァイム、リーゼ、霞澄、獄門の4機が舞い上がっていた。機首を上げて斜めに先頭をアルヴァイム機、ほんの少し下がって3機が追う形だ。
「君といるといつも心が落ち着く‥‥想いを翼に‥‥飛ぼう、イシュタル♪」
 リーゼが愛機に声を投げる。もう、戦い前に震えることも無い。
「久しぶりの南欧の空‥‥さあ、行きましょう!」
 掛け声と共に、霞澄の身体もシートに押し付けられた。高度を引き上げると共に、キャノピーの外の蒼が深くなる。
「彼らの魂に安らぎを。我々が、与えるんだ」
 獄門のバイパーもぴたりと僚機に追随していた。無言のまま飛ぶアルヴァイム機の後方で、火力の集中を企図した逆デルタを組む。狙いは、敵がアルヴァイム機に仕掛けた瞬間だ。鹵獲バイパーの攻撃力を決して甘く見た訳ではないが、アルヴァイムのディスタンは空中要塞の如き防衛能力を誇っている。あえて攻撃を己にひきつけようと言う戦術は裏づけのある自信によるものだった。

『‥‥隊を分けましたか。要注意な相手は、以前の交戦記録によれば‥‥』
 天空の高みより睥睨する仮面の目が、傍若無人に傭兵達の機体を品定めする。低空を飛ぶソードと祐希の2機のディアブロに視線を止めることは無かった。エミールのナイチンゲールに一瞬だけ目を止めたが、すぐに視線を転じる。
『そうですね、この2機が邪魔でしょうか。矛と盾を初手で潰しておきましょう。‥‥ハハハ、己の無力を味わうといい』
 ファームライドが急角度で高度を落とした。獲物へと舞い降りる猛禽類のように。

 視界の中、大きさを増す敵影を見つめながら、引き金にかけた指はそのままに。先頭のアルヴァイムも、続く3人も。注意は完全に前へ向いていた。瞬間、機内にロックオンアラートが響く。
「ファーム‥‥ライド」
 幾度も飛んだ危険な戦場で、幾度も聞いた音。アルヴァイムの声が震えたのは一瞬だった。冗談のような近距離に姿を現したファームライドは、剣呑な赤い燐光を纏っている。視線を向けた時には、多弾頭ミサイルは既に放たれた後だった。総計500発の小型ミサイルが危険な花の如く、咲く。
「‥‥パパ‥‥あたしを護って!」
 愛機イシュタルに緊急回避機動を取らせようと試みながら、リーゼが祈るように呟いた。しかし、無数のミサイルは彼女の機体が反応する前にイシュタルを爆発の渦へと叩き込む。
「まさか、一矢も報いることが出来ないなんて、そんな結末は‥‥ッ」
 認められない、認めたくない。しかし、獄門の機体も防御行動を取るより早く直撃を受けていた。彼女達の機体とて、正面から敵に対すればここまでもろくは無かったかもしれない。
「私にも負けられない理由が出来ましたから‥‥、まだ落ちるわけにはいきません!」
 上下左右に揺さぶられつつも、まだアンジェリカは霞澄の操作に応えていた。満身創痍の姿で爆光を抜けた霞澄がほっと息をつく。機内に響く吐息の音。いや、それだけではないと、彼女は気がついてしまった。アラートがまだ鳴り響いている。直接声をかければ聞こえそうな程の距離に、ファームライドが追随していた。
『さようなら、お嬢さん』
 ロケット弾が、かろうじて持ちこたえていたアンジェリカの翼を、機体を、蹂躙する。更なる攻撃に耐え切ることは、不可能だった。
「‥‥やってくれたな。貴様の一人勝ち、か」
 堅牢な防護を誇るアルヴァイムのディスタンとはいえ、予想外の方向、タイミングからの攻撃に十全の備えが出来るわけではない。一瞬の間に、彼の機体も耐久の過半を失っていた。そして、そこへバイパーが一糸乱れぬ見事な連携で襲い掛かる。
「2度と‥‥汝を忘れん」
 3機からの連続攻撃に、ディスタンは良く耐えた。怨嗟の如く呟きながら、青年は猛攻を続ける毒蛇ではなく赤い蠍を睨む。彼のディスタンの翼がついに力を失い、引力に捕らえられたのは実に5発もの砲撃をその身で受けてからだった。

●撤退の決断
 キューブを叩き終えたスリング隊が見たのは、事前情報の倍のワームに善戦するダガー隊と、上空へ向かった4機の落ち行く黒煙。そして。
「ファームライド‥‥」
 ダガー隊の上から、今まさに襲い掛からんとする赤い悪魔の姿だった。
「くっ、‥‥撤退だ。信号を上げてくれ」
 京夜の判断は早かった。失った機体は4、撤退に追い込まれたのは1。事前に策定していた半数には及ばないが、この状況で交戦を継続する危険を、彼は理解している。
「‥‥損害許容オーバーですっ、全機帰還してくださいっ!」

「撤退‥‥? 京夜は無事なのか?」
 僅か10秒での発光信号は、吉報ではありえない。陽動部隊の藍紗の薄い胸が不吉にざわめいた。数に勝る敵へ優勢に戦いを進めていたが、かといって背を向けてかけつけるわけにはいかない。
「‥‥シエラ、無事でいろよ」
 初めての空戦に手間取りながらも、煉威は少女の事を気にかけていた。

「二段構え‥‥とは」
 頭上の赤い機体に、祐希は蠍の紋章を視認する。前門の強化ワーム、後門の赤い悪魔。
「確かにこれは無理、ですね」
 予想外の事態が起きうるとまでは、ソードは予測していた。それが故に驚愕は少なかったかもしれない。とはいえ、撤収を告げる発光信号は、彼の思考に次の難題をぶつけていた。この状況で、どうやって引くか。
「祐希よりは俺のほうがまし、だなぁ」
 前に出ていたにもかかわらず、祐希よりもエミールの方が若干被弾が少なかった。半壊したソードの愛機フレイアや、無傷のあやこの駆る猛打雌蛇よりもエミールのナイチンゲールの方が生残性は高いかもしれない。
「‥‥次は潰す。絶対にね!」
 中指を立ててから、あやこ機は機首を転じた。ソード機も、彼女に並ぶように転回する。低高度を離脱して行く大和機よりやや高く、カバーするように飛ぶ2機。
「煙幕を撃ち込む。使ってくれ」
 支援に回った京夜の声を確認するよりも早く、黒い煙が乱戦地帯を覆った。動き出した祐希とエミールへ、ワームからの砲撃が飛ぶ。キューブの支援がない状況下で煙幕越しとあってはあたりはしない。近接攻撃を狙って突っ込んだワームの衝角も虚しく空を切った。
「だが、ファームライドは?」
 赤い軌跡が、視野を覆う。その数は2機だった。

 シエラ機が発光信号を上げる中、煙幕を打ち込んだ京夜は、愛機をそのまま前進させていた。その軌道は、ファームライドの前を遮るように。
「これ以上、落とさせはしない!」
『見た事の無い顔ですが‥‥、自己犠牲ですか? フフフ』
 声は笑いつつも、仮面の下の視線は険しい。
『死んでどこかに名を刻むのが望みならば、いいでしょう。殺して差し上げます』
 ギラリ、とファームライドの翼が輝く。圧倒的な速度と機動で迫る死神の刃を見ながら、京夜はそれでも二兎を追うつもりだった。仲間を助け、そして自分も帰る。それが、彼の中の過去と現在の誓いだから。
「‥‥彼らの、開放は。僕らの‥‥義務、だけど」
 天空を舞う毒蛇へ一瞬だけ視線を送る。あの機体を操る者が敵の手に落ちた作戦に、少年は責任を感じていた。銀の瞳は謝罪の色を込めて、もう一度だけ頭上を仰ぎ。彼のジブリールIIは急加速を開始した。
「後ろにいるのはサボってるわけじゃないのですっ」
 シエラもそれに追随する。いまは死者の為よりも、仲間の為に。退路を確保するには何が最善かを判断した結果だった。
『‥‥賢しいですね』
 京夜のディアブロを、エルリッヒのファームライドが切り刻む。コンソールは全て赤。京夜の視界で、悪魔が再度鋭角に軌道を変えた。もう一撃を受ければ空中分解も免れぬ、その瞬間に青い機影が割り込む。
「‥‥やらせない」
「邪魔させてもらうのですよっ」
 スリング隊の2機の僚機が、身を挺して必殺の一撃を防いでいた。

●苦い後味
 損害の少ない陽動隊と合流した部隊は敵の追撃を警戒したが、ワームもファームライドも深追いしてはこなかった。撃墜された4機の搭乗者も生命に別状は無い。しかし、場所は敵地。機体の回収は不可能だった。
「ごめんなさい。敵に、ファームライドがいる可能性を思いつかなかった」
 生還した傭兵達を前に、うなだれるエレン。少将は、報告された偽装ワームについての対策を練るために同席はしていない。ただ、傭兵達を慮ったのか、機体の損耗については止むを得ない事だと判断しているという連絡はいち早く届いている。
「1人も、還るべき場所に帰してあげられなかった。私達は‥‥」
 リーゼが呟いた。
「泣けないねェ。悔しい思いは、涙では晴れないんだよ」
 歯を食いしばり、敗北を受け止める獄門。泣いても構わない時があるとしたら、今では無い。
「まだ次がある。‥‥ありがたい事です」
 表面は淡々と言うアルヴァイムだが、その眼差しはずっと南へ向いていた。
「彼らの魂を天へ‥‥送ってあげたかった」
 霞澄も静かに窓の外を見つめる。仲間達も、そっと視線をあげた。

 彼らの視線の彼方、遠い南の空で、呪われた毒蛇はまだ飛んでいる。