●オープニング本文
前回のリプレイを見る「頼みの矛は折れた。そうすると次の手は、総力戦だろう? 親愛なる好敵手君諸君」
要塞の地下で、老人は薄く笑う。反攻の機にはもてる限りの戦力を投入するのが、人類側の指揮官の好む手だと彼は分析していた。エース部隊が壊滅した後のマドリードも、音波塔の爆撃も。止めの一手こそ傭兵達だが、マドリードの駐留部隊はその支援に文字通り総力を尽くしている。
「あちらが全部隊挙げてならば、こちらも出し惜しみしては失礼に当たる。そうではないかね、スコルピオ」
「この僕の邪魔にさえならなければ構いませんよ。貴方が何をしようと、ね」
つれない素振りを見せる仮面の青年に、カッシングは肩をすくめる。エルリッヒのFRの前に並ぶのは、バイパー4機。そしてディアブロとディスタンが1機づつだった。前回、新たに加わった鹵獲機4機のうち、残る1機はふらっと立ち寄った乙女座が老人から巻き上げていったのだと言う。
「形が気に入ったので欲しい、というのも直截な理由だがな。将来に備えて貸しを作っておくのも我々にとって悪く無い、だろう?」
「興味はありませんね。貴方の計略も、彼女の美意識にも。この僕が楽しめるのは目の前の戦い、それだけです」
過去の自分があるいは苦汁を飲まされ、またあるいは手痛い教訓を与えてやった、敵。彼らは今回も手強いだろうか。
「願わくば、この僕に運命の出会いを、さもなくば渇きを癒す戦いの舞台を」
仮面の青年は静かにそう呟いた。
会議室では、数度目のグラナダ空戦の為に集った傭兵達へブリーフィングが行われていた。
「以上の通り、前回確認された光学迷彩型のHWの性能はFRに大きく劣るようです」
エレンの言葉に合わせて、空戦の様子が模擬図で表示される。CWの至近でいた時には発見が困難だが、そうでもなければチラチラして多少見えにくい程度のようだ。もっとも、KVとワームの有視界戦闘では『多少見えにくい』の意味する所はそれなりに大きいのだが。
「確認されたのは6機。以後、それよりも多数が確認された事はありません」
前回の状況で出し惜しみする理由は無い。おそらくはそれが現在の総数だろう。
「実戦においては、2機1組での行動を行うようです。連携精度も高く強力なワームである事は間違いありませんが、それ単体では超エースと呼ばれる程の戦闘力ではない、と分析班は判断しています」
その観測は、手強いが相手が出来ない敵ではない、という前回の交戦者の判断にも裏打ちされていた。
「‥‥のように、こちらは敵を相応に分析しているが、それはあちらも同じだろうな」
横の扉からふらっと入ってきたモース少将へ、エレンが慌てたように敬礼を送る。構うな、と彼は身振りで示した。
「前回の敵の対応からすれば、グラナダ付近で飛んだことのある友軍機は、パターンを収集されている可能性が高い。もっとも、それを逆用することも可能ではあろう」
見えているメリットと、デメリット。それを示すように両手の平を軽く上向きにして見せてから、少将はエレンに代わって中央を占める。
「そういえば、挨拶をしていなかったな。久しぶりだ、傭兵諸君。早速状況を説明する」
少将の声にあわせて、会議室のスクリーンがスペイン南部を映し出した。局地的にマドリードで押し返してはいるものの、PN作戦前夜に比べれば、バグアを示す赤い領域が多い。
「前回は情報不足のまま諸君に出撃をさせてしまい敵にしてやられたが、今回は詐術の余裕を与えるつもりは無い。奴らには忙しい一日を過ごしてもらうつもりだ」
少将達も、この一ヶ月怠けていたわけではないようだ。アフリカ方面からの輸送、それに外部への戦力移動の情報を総合すると、グラナダ周辺の敵ワーム部隊は以前の予想よりも少ない、と彼は言う。
「あるいはAW作戦の為に予備戦力を移動中なのかもしれん。敵の移動パターンからして、数日後が戦力移動のピークと予想される」
グラナダ近郊から出て行く赤い矢印に比べて、流れ込む矢印は細い。グラナダ要塞の兵器生産能力予想まで考慮に入れてもなお、敵は減少を続けていると予想された。前回同様、明白かつ露骨な誘いだが、敵の過信にはつけいるべきだと幕僚達は判断したらしい。
「最も減少した状態の敵想定戦力は、例のサイコロこそ数が多いが哨戒部隊は通常編成のみ。後は鹵獲機の飛行部隊とFR。それ以外の戦力はおそらくグラナダ市や要塞自体の防衛編隊のみという所まで低下するだろう」
少将の言葉に合わせて、戦域図に敵を示すマーカーが並んだ。マドリードと敵要塞の中間に、鹵獲機を示す灰色の表示。敵の警戒ラインに中型1と6機の小型HWからなる哨戒部隊が3つ。グラナダと要塞上空にに中型HWの4機編隊が3つづつ。それ以外に所在不明の戦力として蠍座のFRと6機の迷彩ワームが図示されている。その背景に、数えるのも嫌なほどのCWの青マーカーが撒き散らされた。
「重要なのは、敵が戦力の低下にも拘らず配置を変えていない事だ」
明確に増強された戦力は、鹵獲機隊の3機追加のみ。以前に確認された同系の機体と同様の武装、改造をしていると思われる。見えているのが全てであるのならば、少将の指揮下の戦力に傭兵の援護を加える事で、一時的に敵を圧倒する事が可能だと、幕僚は判断していた。過度に踏み込まない限り、要塞や市の防衛部隊が前線へ回る事はおそらく無い。アフリカの援軍を考慮しても10分はかかる。その時間の為に、軍は危険を冒すつもりだった。
「諸君にはいつも通り最も困難なポジションを担当して貰う。担当は、正面の鹵獲機部隊、そして蠍座のFR。優先目標は蠍座の無力化だ。撃墜は困難でも、インドの友軍にちょっかいを出せないようにはできるだろう」
会議室を過ぎる、一瞬のざわつき。
「敵の哨戒部隊は私の部下が食い止める。サイコロも可能な限り排除する予定だ。あれがいなくなれば、『禿鷹の目』で迷彩ワームの居場所も割れるだろう」
現在の少将の手持ちの戦力は、Vultureと名付けられた電子管制機とKVが2隊24機に通常戦闘機が8隊96機。彼はKV全機をもって哨戒部隊を牽制し、通常機で各所のCWを排除すると言う。自由に動かせるわけではないが、リスボンからも友軍戦力の陽動支援を受けられるようだ。側面から動きがあることで、敵はグラナダ市や要塞の防衛戦力を動かせなくなるはずだ。
「全体の作戦指揮と監視、同期の為、当日はハエン上空へVultureを上げる予定だ。無論、諸君への電子支援も行う」
そう言ってから、少将は口ひげを少し気取った仕草でしごいた。
「ここまで共に戦った戦友諸君を、我々は信頼している。作戦への意見があれば遠慮なく申し出てくれ」
そう言って少将は席に着く。今回に限らず、傭兵への説明を指揮官自ら行う辺りが彼の信頼の表れなのだろう。
「支援は行われるといっても、いつも以上に危険な作戦だから。皆、気をつけて、ね」
エレンが傭兵達へとそう声をかけた。
●リプレイ本文
●開演のベル
「‥‥おいおい、大丈夫か?」
壇上に立つ少年の姿に、ブリーフィングルームに集まった軍人達からざわめきが漏れる。少年へ向ける視線は、懸念に満ちていた。その少年が、余りに痛々しい姿だった故に。
「‥‥ん。大丈夫、だよ‥‥」
ラシード・アル・ラハル(
ga6190)の能力に疑問を差し挟む者はこの場にはいない。古株にしてみれば、既に半年以上のつきあいだ。だが、いまだAW作戦で負った傷の癒えぬ身で立つラシードは、彼らが見知っているよりもなお小さく見えた。
「僕たちは‥‥、今まで、迷彩と、‥‥戦ってきたから」
少年は、大勢の兵士達へとゆっくりした口調で語る。知りえた対処法、警戒すべき点。そして何よりも、大事な事を。少年は、ロックオンアラートが鳴ったら即座に脱出するように、と兵士達に助言した。FRも強化型ワームも、通常戦闘機で対処できる敵ではない。
「もう、誰の命も‥‥消えて欲しくないんだ‥‥」
その胸にあるのは、初夏の作戦の事だろう。あの日、傭兵達の陽動に飛んだ軍のパイロットの多くは、戦塵に消えた。幾人かの遺体は敵の手に落ち、その魂は今も鹵獲機と共にグラナダの空を飛んでいる。悔恨の想いは、時を経ても消えはしない。
作戦室にて、検討を続ける者も居る。
「あれだけのCWの下、僕らは何故その情報を知りえたのでしょう?」
騙されているのではないか、と懸念を示す真彼の元へ、エレンは地中海の沿岸図を持って来た。一面にびっしりと人名や日付の書かれたそれは、地道な諜報活動の一部だと言う。ワームを見た日は漁師が帆を1枚にしたり、街の住人は洗濯物を表に干したり。自分たちのしている事の全容は知らず、危険は承知で行っていた少しづつの抵抗が、今日の作戦を可能としていた。
「もしも、FRとやりあわなきゃいけなくなった時は、俺達の策を参考にしてみて欲しい」
緋沼 京夜(
ga6138)の図示した連携攻撃を、少将は真剣な面持ちで見つめていた。敵の気の緩みをつくというコンセプトはシンプルだが、実際に行う為に必要とされる空戦技術は高度なものだ。傭兵の中でもトップクラスの力量を持ち、互いの気心も癖も知った京夜達だからこそ出来た作戦ではある。
「今のワシの部下には無理な動きだがな。目標が出来るのは悪い事じゃない。この作戦が終わったら、しごいてやらにゃいかんなぁ」
初老の軍人はそう言ってニヤリと笑った。
事前準備は、格納庫でも行われていた。
「うーん、やはり急場では難しいようなのだよー」
受話器を片手に、お手上げのポーズを取る獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)。カプロイアの誇る多弾頭ミサイルをアンチミサイル・ミサイルに流用しようと言うアイデアは、ソード(
ga6675)の発案による物だった。しかし、直撃以外は意味がないSES武器の性質上、近接信管や時限信管の組み込みスペースは考えていなかったのだと、カプロイア側の担当は言う。
『面白い、とは思うのですがね。こちらでも考えてみます』
等と言う返事は貰えたが、直近の出撃には間に合いそうも無かった。
「無理ならしょうがない。敵の炙りだしに全部使いますよ」
「すまないねェー」
発案者のソードよりも、改造を買って出た獄門の方が残念そうに唇を噛む。提案内容の斬新さに敬意を払っていただけに、落胆も一入のようだ。
少将の執務室を後にした京夜と、会議室から出てきたラシードはそのまま医務室に入る。AW作戦での傷が深いラシードと京夜はマドリード上空で哨戒と後詰につく事になっていた。2人とも、本格的な空中戦に耐えられる体調ではなかったが、地上で待つ事などできはしない。
「まったく、傷ついた身体で無茶しおって‥‥」
口を尖らせつつも、藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)は京夜の顔色を伺う。自分の体の事はわかっているという青年と無言で頷く少年に、灯吾が手早く応急処置をしていった。
「終わったら、絶対安静じゃからな‥‥。付きっ切りで看ているから覚悟するのじゃ京夜」
それでも、京夜が飛ぶのを彼女は止めようとはしない。心配と信頼、そして伴侶への誇らしい気持ちが藍紗の胸中を占めている。
「怪我をおした京兄の負担が少しでも減れば‥‥」
そんな2人を背に、ハバキは常よりも鋭い目を窓の外の空へ向けた。グラナダの地を巡る戦いの経緯などは知らない。ただ、友を守るために、彼はここにいる。
「‥‥ボクがいるから、大丈夫」
待機所では、リーゼロッテ・御剣(
ga5669)を、古い友であり、担当科学者でもあるサーシャがそっと抱きしめていた。背の低いサーシャを見下ろす旧友は、以前のように震えては居ない。
「この前撃墜されたとき自分の弱さを痛感した‥‥。だけど、私は夢をあきらめたくない」
一方的に撃墜された恐怖が無い訳では無かった。ただ、それよりも強い信念がリーゼに芽生えていたのだろう。ひょっとしたら、送り出すサーシャの方が不安げに見えたのかもしれない。こつん、と額をあわせてから黒髪の少女はそっと身を離す。
「サーシャ‥‥、行ってきます。あたしの大好きな人たちの為に」
さっと綺麗な敬礼を残して、リーゼは駆け出していった。作戦開始時刻はすぐだ。
「どうか、みんな、無事で。インシャラー‥‥」
神へ祈る、それしか出来ない自分の無力さと、失うことへの不安。全ては、神の御心のままに。自分にできる事は全て尽くした今、後は天に任せるしかない。
「エレンもいつも、こんな心細くて、もどかしい気持ちだったのかな‥‥」
先発していく友軍機を見送りながら、ラシードはそう呟く。生真面目な少年の隣をタキシングする京夜が、『祈る以外にできる事』をそっと告げた。
「戻ってきたら、ありがとうって言わなくちゃな。その為に、俺たちも無事でいないとダメだ」
彼らの為に集まってくれた仲間に、感謝を。皆が無事に戻ってくれる事を、今はただ、祈ろう。
●そして、幕は開き
『‥‥なるほど、マドリードでの記録と同じ、ですね』
空域へと迫る傭兵達の陣形を一瞥して、エルリッヒは口元をゆがめた。2隊5機づつに分かれた横一列隊形は、射程内に入ると同時の一斉射撃を目論んでいる形だ。かつて、傭兵達が蠍座のFRを追い返した際の策。
『同じ遣り口でならば勝てると思われましたか。この僕も甘く見られたものです』
ならば、その思い上がりを叩き潰してやろう。そう呟いた仮面の男は鹵獲機の編隊の中へと自機を向けた。カッシングの手になる狂気の産物を、彼は盾程度の役割にしか思っては居ない。以前と同様に。
鹵獲機の空域へと侵入する直前に、主力部隊のレーダーがやや鮮明さを取り戻した。宗太郎がCWへと先制攻撃に入ったのだ。
「あの野郎に一泡吹かせる手伝いなら、喜んでやってやる」
慣れぬ空戦とはいえ、彼も歴戦の傭兵だ。CW如きに後れを取るはずは無い。宗太郎に続いて切り込んだ航三郎の岩龍とシャレムのウーフーが、中央の味方を支援していた。
「エンゲージまで10秒‥‥。そろそろですね」
鏑木 硯(
ga0280)の言葉と共に、後方に控えていた大型管制機からの電子支援が途絶する。まるで撃墜されたかのような唐突の中断に驚いたが如く、横列が乱れた。全てが演技なのだが、観衆は見事に騙されたようだ。
『‥‥老人め、無粋な真似を』
吐き捨てるエルリッヒ。隙を見て取った鹵獲機部隊が自分から距離を詰める。
「予想通り‥‥!」
硯が会心の笑みを浮かべた。相手の攻撃タイミングさえ読めていれば、奇襲を受けても反応は早い。それどころか相手の不意をつくことすら可能だ。あえて味方中枢の管制支援を中断させ、動揺を見せる事で敵の攻撃を誘発するという策はこの相手には有効だった。
「今回こそは一矢報いたいとは思いますが‥‥」
何も出来ずに落とされた前回の無力感を思いながら、霞澄 セラフィエル(
ga0495)は照明弾を撃ち込んだ。再び手も足も出ない事があれば、この空から身を引く事も覚悟して彼女はこの場に挑んでいた。南部 祐希(
ga4390)も、タイミングを合わせる。
「それでは、歓迎の準備を」
アルヴァイム(
ga5051)機と藍紗機も煙幕を投射した。煙幕に落ちる敵の機影へと一同の目が向く。高速戦闘において、数を数える余裕などは無い。だが、単機の影が見えなければ敵の所在はおのずと知れるというものだ。照明弾の外か、上空、真下。あるいは敵編隊の中。
「今だ。ブースト起動!」
三島玲奈(
ga3848)の声を合図に、両翼から5機が前進、急旋回して包囲隊形を作り上げる。彼女達にソードを加えた6人は鹵獲機の相手が担当だ。中央に残った4機がFRと正面切って交戦する事になる。
「毒をもって毒を制すってね。こういう使い方はどうです?」
敵のない中央を射撃範囲に収めてミサイルを斉射するソード。幾ばくかは敵の鹵獲機を捉え、一部のミサイルは何も見えぬ場所で軌跡を変え、爆発した。
『‥‥いいでしょう。お望みとあらば、叩き潰して差し上げましょう。この僕がね!』
既に見慣れた赤い影が、爆煙の中から姿を現す。
「今回は雪辱戦だ‥‥。前回の分も暴れさせて貰いますかね」
エミール・ゲイジ(
ga0181)が飄々とそう口にした。ステルス機の特性にしてやられた前回の教訓から、エミールは2機目の存在を忘れてはいない。グラナダには、蠍以外にもう1人、天秤座もいるはずだ。その所在は‥‥。
●オフステージ
いかに高度なステルス機と言えど、臨戦態勢の電子管制機のレーダー波から逃れ続けることはできない。カッシング機は、近距離で欺瞞を暴かれていた。
「俺達だけじゃ防ぎきれません。下がったほうがいい」
フォルの声に従い、機首を北へと転じるVulture。アフリカ方面へ警戒を向けていたファルルが二段構えの襲撃の可能性を示唆していたのも、素早い決断への一助となっただろう。
『5‥‥いや、7機か』
カッシングが数え直したのは、マドリードから南進する京夜とラシード機の分だ。アジアでの参戦と引き換えに、老人の機体はブライトンの手で強化されている。7機ならば交戦して蹴散らすのは十分可能だ。
『その間に大将は逃げ切る、か。なかなか、良く考えているようだが‥‥、そううまく行くかな?』
身を挺して庇う位置に入る灯吾、フォル。間合いを詰めてくる徹二とバックスの真彼を、ファルルが支援する。
『さて、では採点に入ろうかね』
カッシングが楽しげに笑った瞬間、彼の耳に重々しい老人の声が響いた。地球上のバグア軍で、彼よりも上位に居る数少ない存在。
『邪魔をせんで貰おうか、ブライトン』
苛立たしげに言うカッシングの言葉を意に介さず、ブライトンは淡々と用件のみを告げていく。
『‥‥デリーで手が足りぬ。至急そちらに向かうのだ』
『何? 予定より随分と早いではないか』
舌打ちしつつも、カッシングは素早く計算した。7機を無理やり突破して管制機を沈めれば、相応の損傷は受けるだろう。その状態でインドに向かうのは、愚だ。
『良いな、天秤座』
念をおすブライトンの声に、老人はもう一度舌打ちする。だが、彼は逃した魚に拘泥はしなかった。
「‥‥FR、後退。再びロスト」
「機会を窺っているのかもしれない。警戒を怠らないようにね」
素早く声を交わしながら、傭兵達は他の仲間たちの事を思う。作戦通りならばすぐに電子支援を再開するべきだが、管制機を再び前面に出すのは危険だ。混乱が起きなければ良いのだが、と。
途絶については、事前に予告があった分、前線での混乱は皆無だった。事前通告の時間を過ぎても指揮系統が回復しない事がわかった時点での混乱も、最小限にとどまっている。その、理由は。
「皆さんは、CWに向かってください。潜む敵の相手は、‥‥俺達がします」
傭兵内で最大規模の部隊を率いている無月が、一時的にとはいえ指示を代替していた。管制機が消えた穴は、真琴の岩龍が可能な限り埋めようとしている。
「よし、命は預けたぜ、若いの!」
一般兵のラファール改がCWへの攻撃を加えようとした瞬間、姿を見せた迷彩ワーム。その側面に直撃弾が赤い花を咲かせた。
「まず私たちで、空を覆う暗雲を払うわよ! 攻撃開始!」
シャロンの号令が空を割る。迷彩ワームへ注意を払っていたメアリーが、ほっとしたように微笑んだ。乗機がやや旧式になろうと、彼女の目は十分以上に役目を果たしている。
「こちらも負けてはいられないな、悠」
微笑してから、レティがミサイルを撃ち込んだ。その爆発にあぶりだされた別のワームへ、悠と叢雲が攻めかかる。中央に回る予定だった彼らが周縁援護に回ったのは、迷彩ワームが一般機への奇襲を狙っている可能性を指摘したシャレムのお陰だ。
「このまま、追い返してやろう」
「了解です」
ワームにいち早く先制攻撃を加えた南斗に、サーシャが続く。
「行くよ、まこちゃ!」
一般機への支援補助を行う真琴をカバーするようにハバキが正面に回った。奇襲が破れた迷彩ワームと傭兵達が各所で交戦に入る中、CWが次々に撃墜されていく。天を覆う黒雲が切れるように、じわじわとイベリアの空は晴れようとしていた。
●第一幕
『フフフ。雑魚は任せますよ。この僕の相手は正面のようだ』
蠍の声。ブーストで突進してきた傭兵を迎え撃つように、鹵獲機編隊が左右に別れる。その編成は、3機づつの傭兵達に対するには明らかに歪だった。右翼の藍紗、玲奈の2機に対するのはバイパー3機とディアブロだ。一手目をミサイル発射に費やしたソード機は、僅かに仲間より出遅れていた。
「‥‥こやつら、動きがワームとは違うぞ、気をつけい!」
さっと分かれた3本の矢が、藍紗機へ直撃弾を送り込む。大砲を抱えたバイパー隊の一斉攻撃は、巧みに計算された連携で彼女の逃げ道を断っていた。その間に、ディアブロが上部のハッチからミサイルをばら撒く。初手で移動を主とした傭兵達を、手荒な歓迎が迎えていた。
「こっちがお留守‥‥!」
玲奈のバイパーがミサイルの雨の中を突っ切り、ディアブロへと反撃の牙をむく。ドロームの誇る空戦スタビライザーは爆風の只中でも機体を揺らさない。至近距離からのリニア砲の直撃に、敵機がぐらつく。相変わらず、ここの鹵獲機は慣性制御を搭載していないようだった。
「さて、亡霊退治といくかの。美人な巫女さんが冥府へと送ってやろう」
バイパー隊の迎撃を受けつつも、それを突破した藍紗機のG放電装置がディアブロを巻き込んだ。真っ直ぐな進路はそのままに、通り過ぎざまの粒子加速砲を叩き込む。彼女の愛機は、定評のある瞬間火力の大きさを存分に活かしていた。ソードのミサイルで手傷を負っていたディアブロの細い機体が2つに折れる。
「イシュタル‥‥、ごめん」
左翼側から、爆散するかつての愛機へ向けるリーゼの目は、悲しみに満ちつつも感情に振り回されてはいない。彼女の属する左翼側へ回った敵機はたった2機、ディスタンとバイパーだった。
「‥‥KVも矜持も、これ以上は譲れないんだよー」
失った愛機の変わり果てた姿へそう囁いた獄門にも、リーゼ同様に拘泥はない。雷電に乗り換えた少女と、グラナダの空を飛ぶのは初めてである硯の2人は、敵にデータを取られていないという強みがある。それを最大限に活かせるかどうか。様子を見るようなディスタンの赤い火線は、3機に1発づつ伸びる。
「‥‥プロトン砲!」
硯が熟読した過去の報告書でも、ディスタンには大火力のプロトン砲が搭載されていた。その斉射を援護に、単機のバイパーが肉薄する。機首に備え付けられた大口径砲が吐き出した砲弾を、リーゼ機は機首を右に捻って回避した。
「宇宙への夢をかなえるまで、この空は‥‥。私が守る!」」
交差気味の進路はそのままに。同じく空を愛したであろう敵パイロットを悼む気持ちを込めて、リーゼは短距離用のAAMを放り込む。
「上を取らせてもらいました‥‥!」
硯はリーゼからの被弾で煙を吹いたバイパーを、斜め上からターゲットスコープに収めていた。シートの背に沈み込むようなG。トリガーボタンを軽く叩くと、衝撃が翼下から伝わってきた。誘導に切り替わるまでもなく、2発のミサイルがバイパーの後部に刺さる。燃料に引火したのだろうか、一気に膨れ上がった火球はバイパーの本体までも巻き込んだ。積載していた弾薬が誘爆し、更なる二次爆発を引き起こす。
「ダンケ、我が愛機。安らかに眠れ。‥‥すぐに兄弟を送るから、待っていてくれたまェー」
幾つかの破片に別れて堕ち行く敵機を、獄門がそう見送った。
『‥‥まずはその目障りな機体から狙わせてもらいましょう』
FRが慣性制御機特有の滑るような動きで前進を開始する。エルリッヒの迎撃に当たった4機は、いずれ劣らぬエース機だった。祐希のディアブロ、グレーの制空迷彩を施されたアルヴァイムのディスタン。霞澄のアンジェリカとエミールのナイチンゲール。強いて言えば、攻撃に偏った設計のアンジェリカを、FRは狙っていた。が、その動きを読んでいた祐希が進路へと割り込む。
「二度も素通りされたのでは立つ瀬がありませんから。傭兵としても、女としても」
笑顔も見せぬ彼女の台詞は冗談なのか、それとも一握の本心が含まれていたのか。翼端をギラつかせるバグアの赤い悪魔に、同じく悪魔の名を持つ機体が正面から挑む。狙いは、ソードウィングによる相討ちだった。
『覚悟はお見事、ですが‥‥』
相手の目論見を見破ったという、自信。そしてそれを叩き潰したいと言う過信。エルリッヒは口元を醜く歪めて嘲笑する。
「‥‥ぐっ!」
衝撃と、ダメージコンソールに灯るレッドサイン。
『ハハハハハ、これで終わるわけではない!』
機体を立て直しかけた祐希の機体に、今しがた交差したばかりのFRが翼を叩きつける。その姿は、無傷。
「‥‥有り難い、そちらから来てくれましたか」
機体を引き起こし、再度の攻撃に祐希は再び刃を合わせる。激突の瞬間、FRを深紅の輝きが覆っていた。ディアブロの細い機体が再び悲鳴を上げるが、敵機に損傷は見えない。
『何度やっても、結果は同じです。格の差が理解できた所で‥‥』
言い差したエルリッヒの横顔を、眩い輝きが照らす。反射的に捻った機体の脇を、高分子レーザーが擦過していった。
「相変わらず出鱈目な機動だな‥‥」
「合わせます‥‥。そこ!」
エミールのぼやきに、霞澄の凛とした声が被さった。
『小賢しい‥‥!』
絶大な命中力を誇るG放電装置の連続射撃を、FRはダンスを踊るように避けていく。だが、間断無き砲火は空間的な制約をFRに課していた。3発目の雷が赤い悪魔の左翼を捉える。一瞬、深紅の輝きが色を失った。
「当た‥‥った」
小さい呟きは、これまでの無力感を覆す。勝てない相手ではない。マドリードの時も、あと一歩まで追い詰めたのだから。
『クッ、あの女の報告どおり、危険な機体ですね‥‥。だが、まぐれは続かない!』
向き直ったFRの機体下部が音も無く開いた。無数のミサイルが蜘蛛の子を散らすように撒き散らされる。
「その攻撃も、見飽きました」
2射目、タイミングを見計らっていたアルヴァイムが機体を滑り込ませた。散開する前のミサイルの塊が彼の堅牢な機体を叩く。巨人の手で打ち据えるが如き破壊の嵐を、装甲を硬化させた彼の愛機は耐え抜いた。ゲージが示すのは、8割を超える損傷。まだ、飛べる。
『全く、邪魔な敵だよ、君は!』
余裕の失せた口調で叫ぶ蠍座の機内で、警報が響いた。
「‥‥後ろが留守ですよ、スコルピオ」
祐希の螺旋ミサイルが、後部に刺さる。刹那、FRの機体が深紅に輝いた。先端のドリルは刺さる事無く装甲を舐め、虚空へと消えて行く。
●第二幕
このまま隊を分けて担当の敵と戦うのが正道とすれば、玲奈は敢えて奇策を選ぶつもりだった。元より彼女の機体は仲間程の決定力が無い。エルリッヒの性格からすれば無視されると、彼女は思っていた。だからこそ、死角からの攻撃が意味を持つ、とも。
「10秒、持てばいい!」
しかし、玲奈の機体は軽快さとは無縁だ。正面のバイパー隊の攻撃が途切れる事が無くば、彼女の目論みは潰えていたかもしれない。
「援護します。力を貸してください、フレイア」
青く塗られたソードのディアブロが、3匹の毒蛇へとロケット弾を放つ。決して、打撃戦に向いた機体ではないソード機は3対1の短いが激しい応酬の後に、バイパーの1機に止めを刺した。
「‥‥相討ちとは、みっともないですね」
苦笑するソード機も、交戦限界に近い損害を受けている。役目を果たした青い機体は高度を下げ、戦線を離脱していった。
『それ位の仕事はして頂きましょう、この僕の為に、ね』
鹵獲機の戦況を一瞥したエルリッヒが、言う。しかし、ソードが稼いだ時間は、蠍も気付かぬ場所で戦況に転機をもたらしていた。
「そやつは任せるがいい。食い止めて見せよう」
不気味な威圧感を放つディスタンへ、藍紗が向かう。2機の毒蛇の相手は、彼女とスイッチした硯と獄門だ。
「イシュタル‥‥、思いっきりいくよ‥‥」
そして、リーゼは霞澄の援護の為にエルリッヒへと向かっていた。バイパー隊を突破した玲奈機と、期せずしてタイミングが一致する。
「貰った!」
「マニューバ! いっけぇぇぇ!!」
側面からFRを挟む2人。敵の失速やオーバーシュートを狙う古典的な空戦技は、相手が慣性制御機で無ければ物を言ったかもしれない。だが。
『脇役は舞台に上がらないで貰いましょうか!』
航空機ではありえぬ鋭角にターンし、そのまま2人へとロケット弾を撃ち込むFR。派手な囮へとエルリッヒの注意が逸れた隙に、霞澄機が静かに機位をずらしていた。
鹵獲機隊から玲奈が抜けた位置には、アルヴァイムが入れ替わっている。だが、彼はバイパー2機の攻撃範囲へ入りつつも、応射は抑えて再び機首を引き戻した。狙うのは鹵獲機の撃墜ではなく、FRの注意が己から逸れる事。目まぐるしい機体の入れ替えは移動のタイムロスこそあれど、蠍座のように視野の狭い敵に対しては有効だ。
「そちらの相手は俺たちです」
硯のディアブロが、攻撃後の引き起こしに入ったバイパーを捉える。小爆発を起こしながらも、敵機は硯機へ相対した。残るもう1機が後方警戒へ回る。教科書どおりのロッテ戦術だ。
「こっちも2機だ。忘れると、大怪我するんだよー」
雷電からの大型ミサイルがペア機へと直撃する。回避と耐久に難のあるバイパーを相手に、2人はやや優勢に戦いを進めていた。
『無粋の代償は、その血で購ってもらいましょう』
黒い煙を吹くリーゼ、翼が半ばで折れた玲奈へ更に追撃を送ろうとしたエルリッヒの視野を、紫の輝きが覆う。
「そっちこそ、相手を間違えちゃいませんか? ってな」
エミール取っておきのG放電装置は、滑るような回避機動を取るFRに苦もなく追随した。
『この男、できる‥‥! 何故僕の記録に無い? この僕と踊るために、今まで待っていたのか』
「前回は好き勝手暴れてくれやがって‥‥。そう毎度毎度好きに出来ると思うなよ!?」
損傷はさほどではない、とエルリッヒが確認した瞬間。
「2人が作ってくれた好機‥‥、無駄にはできませんね。射抜きます!」
死角から霞澄の本命が放たれた。エミール機のそれとは比較にならぬ太さの雷がFRを貫く。更に、もう一度。
『小細工を!』
一瞬あがった炎は、瞬時に消し止められた。醜く溶けた翼を傾け、エルリッヒは霞澄へ向かう。
「通せないと言った筈です」
『!』
正面を遮る、ディアブロの影。二機の悪魔の翼が3度、打ち合わされた。深紅の翼がもげ落ち、機体が空中分解する。射出されたコクピットブロックが閉鎖される前に、祐希はFRの翼からも流れる黒煙を見た。相討ち、だ。
蠍の深紅の輝きは色褪せ、動きも明らかに鈍っていた。だが、人類側も僚機の半ばを空から喪失している。
「くっ‥‥、引き際を誤ったか。これでは京夜を叱れぬのう」
改造ディスタンを単機で抑えていた藍紗のアンジェリカが、激しい撃ち合いの末に大破していた。失速寸前に辛うじて機を離れた彼女の下、数箇所から火を吹きながら愛機が真っ直ぐに落ちていく。撃墜された味方機が鹵獲されるくらいならば、攻撃と破壊を考えていた彼女だが、目の前を堕ち行く自機にしてやれる事はない。
しかし、彼女が稼いだ時間は勝利に直結していた。貴重な攻撃機会を生んだリーゼと玲奈の横撃は、彼女の奮戦無くば不可能だったろう。
●メインステージ:後
『‥‥決着をつけましょうか』
エルリッヒは、霞澄とエミールを視野から外しはしない。現在の空で、警戒に値するのはその2人だけだ、と彼は認識していた。バイパー2機を辛うじて下した獄門、硯はFRの動きにはついて来れまい。とすれば、せいぜい牽制程度。
『良くやりましたが、やはり私の勝‥‥』
そこまで考えた所で、見慣れてしまったG放電装置の輝きがFRを包む。
『まだ、伏兵ですか!?』
斜め下の死角。反射的に機体を切り返した。スコープに捉えたのはボロボロのディスタンだ。
『この死に損ないめ‥‥!』
まだ飛んでいるのが不思議だったアルヴァイムの機体が、今度こそ重力のくびきに囚われる。その最後の機会をエミールと霞澄は見逃さなかった。
「野郎にプレゼントする趣味は無いんだけど‥‥。ま、遠慮せず受け取りやがれ!」
最後の紫電を打ち込みながら、一直線にFRを目指すエミール。霞澄も、それに直交するように自機を走らせながらトリガーを引く。グラナダの空を、青天の霹靂が覆った。
『くっ‥‥、この』
モーメントを打ち消して強引な機首の引き起こし。FRが放ったロケット弾が、2人の機体に刺さる。
「もう少し‥‥、耐えてください!」
もはや放電装置は撃ち尽した。だが、赤い悪魔も瀕死のはずだ。もう一撃。エンハンサーで強化したレーザーを叩き込めれば。願いを嘲笑うように、FRが宙を踊る。
『舐めてもらっては困りますね! 近接戦でこの僕の‥‥』
「これで最後だ。出し惜しみは無しでいく!」
エミールが最後の練力を機体に注ぎ込んだ。英国の誇る万能機がその力を出し尽くす。レーザーが虚空を撃った。続いて、もう1射。赤い装甲が、融解した。
『なっ‥‥』
推力が消える。FR後部から流れる数流の黒煙が、赤の混じる太い筋となっていた。自動消火装置は既に死んでいる。
『馬鹿な‥‥、この僕が。敗れる、だって‥‥!?』
ゴン、と激しい衝撃にコクピットが揺れた。振り返れば、右側のエンジンブロックがごっそりと吹き飛んでいる。もはや、地上と赤い悪魔の間を隔てる物は時間以外に何もなかった。
『ハハ‥‥ハハハハハッ。そうですか、この僕が。他の誰でもない、この僕が敗北を刻むのですか』
高く笑い出したエルリッヒの真意は何処にあるのか。
『ならばそれも良いでしょう。運命は僕を闇から救いはしな‥‥』
地表に小さな赤い瞬きが生まれ、消えた。
●終幕のベル。そして次の舞台
『無様、だな。スコルピオ』
その老人の声は、低い。そして、常のような楽しげな口調ではなかった。
『‥‥私も、君の事は笑えんがね。こんなに早く、切り札を切るハメになるとは思わなかったよ』
グラナダの方角で、何かが光った。それが何であるかなど理解する前に、傭兵達は各個に機体を動かす。戦闘には参加せず、脱出した3人を回収していた航三郎達も同様に。
「なんだ‥‥、曲がる光線?」
現実味の無い光景だった。地平線の彼方から、曲射してくる赤い無数の光。それが現実のものと知れたのは、その光条が地表を一閃した瞬間。火線は、眼下へ真っ赤な筋を刻む事で現実の破壊力を証明した。
『揮下の全部隊、並びに傭兵諸君へ告ぐ。直ちに後退せよ。敵の新兵器の射程外まで、直ちにだ』
後退したValtureから、モース少将の声が聞こえる。戦域のCWはその多くが撃破されていた。クリアになった通信状況は、リスボンからの援軍が調子に乗ってグラナダ市上空へ攻め込み、甚大な被害を受けた事を告げる。囁かれた名は一同の背筋に冷たい物を生じさせた。
全長500mほどの、小型ギガワーム。外部から運び込まれたものではない。とすれば、グラナダ要塞の地下にあるのは。
『‥‥繰り返す。直ちに全機後退せよ』
作戦目標は達成した。しかし、新たに表に向けられたカードは道化師の顔で笑う。傭兵達は、激戦の地を背に後退を開始した。それを見届けてから、唯一生き残ったディスタンが重々しく南へと回頭する。
「帰って、来た‥‥ね。エレンとの約束、皆が果たしてくれた‥‥」
基地の滑走路脇で、ラシードが呟いた。その横で京夜は無言で唇を噛む。愛する人の撃墜報告は、既に彼の元へと届いていた。
「君たちのお陰で、今回は完勝といっていい戦果だ。君たちの尽力と、払ってくれた代償に、感謝する」
2人と同様、戦士たちの帰還を待つ少将が頭を垂れた。被撃墜機は、傭兵達の3機を含めても7機。そのいずれもパイロットの生命に別状はない。少将配下のパイロットたちに犠牲が無かったのは、交戦域であるにもかかわらず、回収に気を払っていた南斗やメアリー達のおかげだ。
「ダメよ、2人とも。今日みたいな日は笑って出迎えなきゃ。‥‥辛くても、ね」
自分も戦えれば。痛みを分かち合えれば。そう思う辛さは内に秘めて、エレンはいつものように笑う。彼女や少将だけではない。マドリードの基地要員で手すきの者は、全員が空を見上げていた。
グラナダを巡る長かった戦いは、次の、そして最後の局面へ入ろうとしている。
●追記
エミール・ゲイジ
アルヴァイム
南部 祐希
霞澄 セラフィエル
三島玲奈
リーゼロッテ・御剣
藍紗・T・ディートリヒ
ソード
鏑木 硯
獄門・Y・グナイゼナウ
以上の者、FR撃墜への貢献につき、褒賞する物とする。
緋沼 京夜
ラシード・アル・ラハル
以上の者、友軍の損耗を軽減した事を賞し、褒賞する物とする。