タイトル:餓狼がその牙を剥くマスター:古賀 師堂

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/03 20:54

●オープニング本文



 ――オ、オオオオオオオオオオ……。
「……何、この音」
 ゾクリ、と女は背筋に走るものを感じて周囲を見回した。
 深夜のオフィス街。ただ、帰るのにここを通るのが近道だと選んだ場所――音が出るような物もなければ、音を出すような者もいない。
「単なるビル風……?」
 女はそう小首を傾げながらも、不気味さに後押しされるかのように歩く速度を速めた。

 女は気付かなかった――見るべきは周囲ではなく、その足元なのだと。
『グル……』
 喉を鳴らし、ソレが首を巡らす。
 体長は三メートルはあるだろう、巨大な漆黒の狼だ。だが、狼には本来ないだろう蠍のもののような長い尾が伸びている。
 その異形の狼が進むのは終電が終えた地下鉄、その線路だった。鈍く輝く赤い瞳で暗闇の中をゆったりと歩きながら時折頭上を仰ぎ雄叫びを上げる。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオッ――!』
 闇を振るわせる獣の咆哮は、人々が眠る街へとかすかにながら届く――だが、時間の問題だろう。その咆哮が、人々の恐怖の声と重なるのは……。


「キメラが一体、地下鉄の線路へと逃げ込みました」
 深夜。ブリーフィングルームに集められた者達の前で女オペレーターは事務的な口調を崩す事なく言葉を続けた。
「現在、終電が終わっているため人的被害はありませんが早急な対処が求められます。キメラがいつ街へと出るかもわかりません、叩くのなら今です。キメラは体長は三メートルほどの漆黒の狼の姿に蠍のような尾を持っています。幸い、その尾には毒などはないようですが薙ぎ払いによる強力な打撃力と突き刺す貫通力があります。その鋭い牙に加え、十分な注意が必要でしょう」
 そのキメラのおおまかな進行ルートは判明している。地下鉄という地形が幸いしてだろう、迅速に現場に向かえばキメラの補足は簡単だ。
「ただ、キメラも自分が不利な状況となれば逃走する可能性もあります。ですので、この二つの駅――」
 そういって、女オペレーターはスクリーンに映し出された地下鉄の路線を指し示す。
「――この二点から挟撃するのが最適かと思われます。振り分けられる戦力、陣形、戦術、詳しい現場の判断はあなた方にお任せします。なお、地下鉄という場所のため暗闇のために視界がききません。光源等、対処が必須でしょう」
 女オペレーターはそこまで告げると真っ直ぐに全員を見回すと少し言葉に熱を込めて告げた。
「この作戦は確実性が求められます。このまま被害を出さぬよう、最大限の努力を――どうか、ご武運を」

●参加者一覧

セフィリア・アッシュ(gb2541
19歳・♀・HG
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
相澤 真夜(gb8203
24歳・♀・JG
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
安原 小鳥(gc4826
21歳・♀・ER
峯月 ココナ(gc4931
12歳・♀・DF
月代 悠美(gc5040
14歳・♀・EL
景倉恭治(gc5842
25歳・♂・DF

●リプレイ本文

●深く静かに
 ――それは、闇の底へと進んでいく、そんな道だった。
「地の底ってわけじゃあねぇけど‥‥闇ん中ってのがらしいっちゃらしいんかな?」
 ボソリ、と景倉恭治(gc5842)が呟く。初めての依頼、そのための緊張だろう――だが、その表情には慎重さを忘れない余裕がある。
「夜の駅って‥‥ちょっとこわいねー‥‥?」
 小さな声で周囲を見回しながら相澤 真夜(gb8203)が漏らす。それにヤナギ・エリューナク(gb5107)が吐き捨てた。
「最近のキメラは何処にでも潜伏するね‥‥ま、ちゃちゃっとヤっちまおうゼ」
「――いました。ここから約二十メートル先です」
 探査の目で注意深く警戒していた安原 小鳥(gc4826)がそう告げれば、共にいた者も息を潜める。
「きーこーえーるー? はいはい、うん、りょーかい。待ってるから追い込んで来てー」
 一方その頃、別の班でそのキメラ発見の報告を受けた夢守 ルキア(gb9436)が首から提げた無線機での通話を終えると仲間達を見やった。
「どうやら、向こうは発見したみたい」
「ふむ、被害が出ないうちに倒してしまわないとの」
 そう凛とした声でうなずき、月代 悠美(gc5040)が破魔の弓を手にする。そして、峯月 ココナ(gc4931)も大鎌を手に身構えた。
「さぁ、頑張っていこっか!」
 その瞬間、地下鉄内の闇が白く塗り潰された――照明弾による合図だ。
 そして、その異形の獣が姿を現す。体長は三メートルと巨大。その狼の毛並みはいっそ美しいほどに闇色の漆黒。そして、その尾から伸びるのは血の様に赤い蠍の尾だ。
 そのキメラが追い立てられるように駆けてきたが、その途中で動きを止める。背後から追い立てる敵ではなく、前方で待ち構える敵にも気付いたからだ。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――!!』
 キメラが威嚇の咆哮を上げる。それを真正面から受けながら手足の延長のように斧槍を滑らかに振るったセフィリア・アッシュ(gb2541)が言い放った。
「後悔しろ‥‥私は今機嫌が悪い‥‥」
 逃げる事を諦めて立ち向かう事を覚悟した獣と追い詰めた狩人達の戦いが、今ここに幕をあげる。

●その牙と尾が猛威を振るう
「動きを封じて流れを掴む‥‥っ!」
「いっくよー!」
 セフィリアとココナが地面を蹴ってキメラへと挑みかかった。斧槍と大鎌、その二つがキメラの両前足へと振り回される。
『オオオオオオッ!!』
 だが、その斧の刃と鎌の刃が振り切れずに止まった。キメラの足にめり込んだ刃が止まっている――硬さではなく、その発達した筋肉に刃が食い止められたからだ。
「さすがにキメラじゃな」
 そこへ悠美が引き絞った矢を射る。ヒュオッ! と鋭い風切り音と共に放たれた矢は、しかし、キメラの蠍の尾によって叩き落された。
「せえのっ!」
「待たせたな!」
 そこへ背後から追いついた真夜のクロッカスによる一撃と恭治の片刃の曲刀による斬撃が重ねられる。
「あなたの相手はこちらです‥‥」
 エンジェルシールドを手に自身障壁で強化しながら小鳥が静かに言い放つ――そして、キメラがその尾を振り回した。
『オオオオオオオオオオオオッ!!』
 振り払われる強靭な尾の一撃。それを小鳥は頭上で構えたシールドでかろうじて軌道を逸らし、受け流した。
「‥‥ッ、やはり一撃が重いですね‥‥」
 小鳥がそう息を飲んだ瞬間、その攻撃の間隙を狙ってルキアとヤナギが動く。
「獲物を狙うトキ、どうしても防御が甘くなる」
「おらァッ!!」
 ルキアの射撃とヤナギがその場の横回転の遠心力をこめた直刀がキメラへと放たれた。その射撃と斬撃をキメラは回避が間に合わず受けはするもののその強靭な肉体は銃弾を受け止め、刃を食い止める。
「うっわー、じょうぶだなー」
「上等だ、押し切ってやるよ」
 その光景に思わず真夜が目を丸くし、恭治が直刀を握る手に力を込めた。

●狼の狩人の円舞
「あぶないっ!」
「――ッ!?」
 真夜の言葉にヤナギが息を呑んだ。頭上から一直線に振り下ろされる蠍の尾による刺突――それに対して、回り込んだ小鳥がヤナギの代わりに肩口を貫かれる。
「すまねぇ!」
「‥‥いえ、これが役目ですから」
 ヤナギの斬撃と共に放たれる謝罪に、小鳥は小さな笑みで返した。そして、セフィリアとココナが前方からキメラへと襲い掛かる。
「ヘヴィガンナーだからって接近戦が出来ないわけじゃない‥‥」
「こんにゃろ!」
 キメラの頭へとセフィリアが斧槍を振り下ろし、ココナの大鎌が振り払われた。それに対してキメラはセフィリアの斧槍を牙で文字通り食い止め、ココナの大鎌の薙ぎ払いを前足で受け止める。
「援護は任せてくれの」
 悠美が破魔の弓で矢を射て、キメラの背に矢が突き刺さった。それにキメラが身をよじった瞬間、真夜がその拳を振りかぶり、恭治が曲刀を切り上げる。
「えいっ!」
「おらよっ!」
 ズンッ! とキメラの体がわずかに揺らいだ。だが、キメラは素早く体勢を立て直すとその牙をココナへと向ける。
「っとと、危なかったー」
 紙一重でココナがその牙をかわす――そこへ、タイミングを合わせてルキアが銃の引き金を引いた。
「――そこ!」
『オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
 その射撃は、正確にキメラの眉間へと命中する。その痛みにのた打ち回りながらもキメラは低く身構えた。
 ――キメラと能力者達の戦いは一進一退の攻防となっていた。
 キメラのその一撃一撃の攻撃力を丁寧に防御して耐え抜き、後衛からの援護を受けながら前衛が攻撃を叩き込んでいく。その場でクルクルと横回転して戦うキメラの姿は、さながら円舞のごとく――そして、その踊りもやがて終わりが近付いていた。
 ブンッ! とキメラがその尾を振り回す――その尾の薙ぎ払いを小鳥は渾身の力で踏み止まり、受け流す!
「攻撃‥‥お願いします‥‥!」
 キメラがバランスを崩したその瞬間、ヤナギが跳躍してルキアが銃口を向けた。
「その尻尾、邪魔だぜェ!!」
「そこ――!」
 ヤナギの体が横回転して直刀を振るい、その斬撃の箇所へルキアの銃撃が命中する。バキンッ! と硬い物が砕け散る音と共に、キメラの蠍の尾が千切れて宙を舞った。
『オ、オオオオオオオオオオオオッ!!』
 キメラが痛みにその身を暴れさせる。そこへ、真夜と恭治がそれぞれ大きく踏み込んだ。
「やっ!」
「お、おおおおおおおおっ!」
 素早く踏み込んだ真夜の一撃にキメラが殴打され、側面へと低い体勢で回り込んだ恭治がその曲刀をキメラの腹へと振り上げた。
 そして、キメラが踏ん張ろうと力を込めたその足へ、狙いを違わず一本の矢が突き刺さる――悠美だ。
「――今じゃ!」
 その言葉を受けて、セフィリアとココナが己の武器を手に踊りかかった。セフィリアはその斧槍を突き出し真っ直ぐに胴体を、ココナは上半身のひねりをいかして振りかぶった大鎌をその喉元へと振り払う!
『ガ、ア、アアア――ッ!』
 キメラがかすれた断末魔の叫びを上げてる。胴を深々と刺し貫かれ、その喉元を切り裂かれ――ついに、キメラはその巨体を地面へと転がした‥‥。

●そして、街は目を覚ます
「任務完了‥‥あとは、お願いします」
 セフィリアが通信でキメラの死体の回収処理を依頼しているその横で、ヤナギがしみじみと呟いた。
「ああ、駅の構外で一服してェもんだ‥‥なかなか、きたぜ」
 その言葉には、仲間達にもチラホラと息がこぼれる。大なり小なり、この激しい戦いで疲労したのは誰もが同じだからだろう。
「怪我したから、手当てしてー」
 そう言うルキアの仮病を装った冗談に、みんなから笑いが漏れる。
 そして、ふと恭治が周囲へと視線を向けて呟いた。
「このことで‥‥少しは何かを守るって事につながってるんかなぁ?」
 この地の底での戦いで、少しでも悲劇が減らせたのであれば――そう、願いながら彼等はその場を後にする。
 日はまだ、昇っていない。しかし、街はすでに新しい朝のために目覚め始めていた‥‥。