●リプレイ本文
●氷原を這うモノ
――見渡す限りの白銀の世界。
極寒の空気が遠くまでその白い光景を見せてくれる、そんな雪山に彼等はいた。
「‥‥しかし、ゼンラの旦那もさすがに脱ぎださなかったな」
「さすがに、この寒さではな」
食事をしながらしみじみと呟いた那月 ケイ(
gc4469)に、秋月 愁矢(
gc1971)も同じように暖かいスープを飲みながら苦笑した。
外は氷点下の世界。それこそ、息さえ白く凍りそうな世界だ。さすがに、防寒具なしでは寒いではすむまい。暖かいスープが胃に落ちる心地よさを感じながらケイは目を細める。
「今日で三日目だが‥‥」
「やはり、持久戦になるな」
ケイの言葉に、愁矢も静かにそう言い捨てる。いつ、どこから襲ってくるのか――定かではない相手への警戒は、確かに彼等の精神をすり減らしていっていた。
「――おのれ、雪山めぃ‥‥いつか、打ち倒してくれるんだよぅ」
「ああ、勝負の対象なんですね、自然も‥‥」
即席で組み上げた見張り台の上、胡坐をかいて険しい表情で吐き捨てるゼンラー(
gb8572)の言葉に平野 等(
gb4090)が小さく苦笑する。
ほぼ全方位を見張らなくてはいけないこの状況では、この見張り台はありがたい。しかし、白一色のこの世界で保護色を施した相手を探し出す、というのはそれだけで至難の技だ。
それでも、等はスタイリッシュグラス越しに目を凝らす。雪原や地面の不自然な隆起や振動、雪の不自然な動き――だからこそ、等はそれに気付く事が出来た。岩に積もっていた雪、それが不自然にそこだけ崩れたのを。
「‥‥A班、南側の方へ回って確認願います」
「了解〜」
無線機越しの指示に月森 花(
ga0053)が答えた。口元まで覆ったマフラーを直しながら、しみじみと呟く。
「‥‥寒い‥‥迷惑キメラはさっさと片付けて、あったかいお風呂に入りたいよぅ」
「何の、これもノブレスオブリージュじゃ」
隣を歩く美具・ザム・ツバイ(
gc0857)がそう凛と告げれば、コクリと花もうなずいた。
「南側、南側っと」
花と美具がそう指示のあった方へと向かえば、それは起こった。
ボコリ、と雪が隆起する。それはやがてくねるように広がっていき、雪の中を高速でこちらへと向かってきた――!
「来たぞ、キメラじゃ!」
美具がそう無線機に叫んだ瞬間、カランカランと鳴子がなりいくつかの鳴子が宙を舞う。鳴子の紐を牙で口千切った巨大な純白のムカデが姿を現した。
「‥‥ッ!!!!」
和槍を片手に仮眠用の小屋から飛び出したテトラ=フォイルナー(
gc2841)が一瞬だけそのキメラの姿に嫌悪の表情を見せた。しかし、半瞬遅れで綾野 断真(
ga6621)が出て来た時にはいつものポーカーフェイスに戻っている。
「気をつけろ! 他にもまだ二体いるはずだ!」
ライフルを構えてそういう断真に、同じく食事をしていた小屋から出て来た愁矢が叫ぶ。
「南東方向だ! 二体はそっちから来ている!」
「ひぃ‥‥ふぅ‥‥みぃ‥‥っとねぃ! ようやっと出て来たねぃ!」
見張り台の上から飛び降りて、ゼンラーが吼える。
準備は万態、整っている――三体のムカデ型キメラを迎え撃ち、戦いの火蓋が切って落とされた。
●雪上の戦い
キメラ達は雪上でありながら素早く間合いを詰めてくる。待ち受けている間にいくらかの雪かきを終えていたために、足場による不利はない。
「ふふん、櫓を崩すぐらいの芸は期待したんだがねぃ!」
「まずは、先手必勝といかせてもらいましょう」
ぬん、と気合と共にゼンラーが動き、断真が素早くライフルを構え射撃した。だが、ゼンラーの攻撃をムカデはその長い身をくねらせ回避し、断真の銃弾はその外皮を削るに留まる。
「新たな犠牲を生まぬため、きっりりと引導を渡してやるのじゃ!」
「貫け‥‥氷葬六花!」
ザシュ、と雪を蹴り美具がキメラへと踊りかかり、花の回転式拳銃が火を噴いた。ギ、イン! と美具の大太刀がその足を数本切り落とし、花の銃弾が外皮の薄い関節部を撃ち抜くが、キメラの動きは鈍らない。
「本当、洒落になってませんね!」
「雪原は、向こうの領域と言うわけか」
一蹴りで一気にキメラとの間合いを詰めた等がキメラの関節部分を三本の爪で切り裂き、金色の瞳で睨み付けたケイの練成弱体によりキメラの防御が弱体化される。
そこへ、愁矢とテトラが駆け込んだ。愁矢はその片手剣で薙ぎ払い、テトラは側面へと回り込み鋭い突きを繰り出す。
だが、それを受けたキメラは傷つきながらもその体をくねらせて愁矢へと牙を向けた。
それを愁矢は地面を強く蹴り後方へ跳躍、回避に成功する。
「さすがに、簡単には落とさせてくれないか」
「そちらにも行ったんだよぅ!」
「――ッ!」
ゼンラーの声に、今度は真横から襲い来るキメラの牙をテトラが和槍を前に突き出して盾にして受け流した。
「速度だけではないの、体がでかいから角度もある‥‥なかなかに厄介な攻撃じゃ」
美具も大太刀でキメラの牙を火花を散らしながら受け流し、言い捨てる。息が凍りつくほど寒いのに、その身には嫌な汗が流れた。
『キチキチ‥‥』
キメラ達がその歯を鳴らし、体をくねらせる。その動きによって雪煙のように雪が周囲を舞い、その身を隠した。
●雪上の決着
「ぬぅん! ゼンラの神の裁きをくらえェい!」
ドンッ! とゼンラーの一撃にキメラが外皮を砕かれながら身を震わせながらゆっくりと雪原に倒れ伏した。
「まずは、一体――!」
断真が素早く目標を変え、そのライフルを射撃する。チュインッ! と着弾してその衝撃にキメラの動きが鈍ると、そこへ等が踏み込み、花が小気味のいいステップと共に攻撃を放った。
「ここです!」
「その腹‥‥かっ捌いてあげますよ」
幾度となく斬りつけたそこを等が三つの爪で切り裂き、振り上げた花の片手剣が文字通りキメラの腹部を斬り刻む。
「こっちも負けてはおれぬのじゃ!」
そこへ、美具が振り下ろした大太刀の斬撃が重なった。グラリ、とぐらつきはするもののそれでもキメラは耐え抜く。
「――ッ!」
「止めだ‥‥!」
そして、そこへ真横へと回り込んだテトラの渾身の突きを放ち、高速で踏み込んだ愁矢が鋭い斬撃を繰り出した。その連撃がキメラの外皮が貫いて切り裂き、止めを刺す。
『キチキチ‥‥』
自分の仲間が次々と倒された、それを見たキメラが振り返り雪の中へと消えようとする――しかし、そこへケイの一撃が炸裂する。
「――逃がさん」
普段の軽い口調はなりを潜め、ケイはのたうち回るキメラへと低く言い捨てた。
――戦闘は、能力者達の有利に進んでいた。
外皮は硬く牙は鋭くとももっとも危険であったキメラの隠密性を破った状態からならば、難しい相手ではない。一体一体を確実に潰していき、追い込んでいく――そして、最後の一体も終わりの時を迎えようとしていた。
「ぬぅん!」
ドゥッ! とゼンラーの一撃にキメラがグラリとその身を揺らした。そこへ、断真が銃撃を重ね等が続く。
「行け!」
「はいっ!」
ガギンッ! と鈍い破壊音と共に銃弾が外皮を撃ち抜き、そこを等の刃の爪が切り裂いた。バラバラ‥‥、と白い外皮が雪のように周囲へ飛び散る中、花がその銃口を関節部分へと押し当て美具がその大太刀を薙ぎ払う。
「ここ‥‥」
「やああああああ!!」
――銃声と斬撃音が重なる。体液を撒き散らしながら身悶えるキメラへ、テトラが回り込み愁矢が踏み込んだ。
「寄るな! 気色悪いんだよ!」
「円閃――!」
雪を踏みつける鋭いテトラの突きと横回転による遠心力を利用した愁矢の斬撃に、キメラが外皮を粉々に砕かれた。もはや、かろうじて動くキメラへとケイが追撃する――!
「止めだ」
その一撃に、キメラが大きく身を震わせた。そして、ついにその巨体を戦闘で荒れ果てた雪原へと横たえた‥‥。
●そして、今日も雪は降る
「また降ってきやがったな」
戦闘を終えてしばし、チラホラと降り始めた雪を見上げてケイがこぼした。
「死んでいった者には気の毒であるが新たな犠牲を出さずにすんだ‥‥無駄ではなかった、そう思うのじゃ」
「そうだな、これで弔いになればいいんだが」
美具の憂いの表情に、愁矢も静かにうなずく。その横で黙祷を捧げていたゼンラーも目を開け、呟いた。
「うむ、これ以上の悲劇が起きない。それだけが、我々に出来る事だろうねぃ」
「ええ‥‥しかし、戦闘の後だと言うのに体の芯まで冷えますね」
一つ身震いして言う花に、断真も一つ苦笑をこぼす。
「これで、ようやく一杯ありつけそうだ‥‥」
その言葉には、全員が安堵の笑みを浮かべた。三日間と言う緊張を強いられた日々が終わる、それは純粋な喜びになる。
「‥‥‥‥」
もう二度とこんな依頼は受けたくない‥‥、そう心の中で誓いつつ、テトラはあのキメラ達の姿を脳裏から打ち消した。
――雪が、音もなく降る。それは、この場に起きた悲劇を覆い隠すように、静かに静かに降り続けた‥‥。