●リプレイ本文
イスラマバード近郊――A集落。
既に夜の帳が落ち、辺りは闇に包まれている。そんな最中、村の中央に駐車していたジーザリオへ数人の男女が慌てて乗り込んでいた。
「みんな乗った? すぐに出すわよ!」
百地・悠季(
ga8270)は、アクセルを踏み込み、ハンドルを大きく右へ回転させる。
タイヤが滑り、車体が大きく揺れ動く。
「痛ぇ!」
頭を抑えながら、 ラリー・デントン(gz0383)は寂しさ混じりに呟いた。
どうして、こんな展開になってしまったのだろうか。
「みんな、ちょっとだけ我慢してね。
ほんと、人同士が傷つけ合う時代になっちゃっうのは勘弁してもらいたいわ」
B集落で戦う仲間の身を案じながら、赤崎羽矢子(
gb2140)は人類の未来を案じていた。
地球でもバグアが消えていく昨今。戦争は終わると思っていたが、新たなる戦いの火種を感じて頭を抱えてしまう。
何故、人は争うのだろうか。
「飛ばせっ! アイツ等に好き勝手させるか!」
漢女メイドのニーマント・ヘル(
gc6494)は、ジーザリオのシートを握り締めながら悠季を急かす。
ニーマントは、未だ正体不明の集団を見たことがない。しかし、前線から遠く離れた民間人の住む集落を全滅させている行為は決して許されない。
一秒でも早く現場へ駆け付け、敵を一掃しなければ――。
「分かってる! 捕まって!」
悠季は、更に深くアクセルを踏み込んだ。
●
一方、B集落では。
「これで集落の者すべてです。
流れ者も居たようですが、夕方頃に村を出ています」
「ありがとう。あとは、おねーたま達に任せた方がいいよ」
少年のような出で立ちで集落の長と話す夢守 ルキア(
gb9436)。
集落の人々に歌を聴かせる名目で、集落の一番大きな建物へ集まってもらった。既に集落を離れた者が内通者である可能性もあるが――今は仲間が得た情報を信じるべきだろう。
「みんな、集まってくれてありがとう。外が騒がしいかもしれないけど‥‥心配しなくてもいい。みんなは、必ず私が守るから」
不安に駆られる人々の前で、微笑みかけるルキア。
先程から建物の外で激しい物音が聞こえてくる。おそらく、仲間が敵と交戦しているのだろう。
「でも‥‥」
外から飛び込んでくる音。
その普段聞き慣れない音が鳴り響く度、子供達の目には涙が溢れてくる。
恐怖と不安により、頭の中がパニックになりかけているようだ。
「大丈夫。大丈夫、だから‥‥」
ルキアは、今にも泣きそうな子供をそっと抱きしめた。
ルキアの存在が、子供を何処まで安心させられるのかは分からない。
だが、ルキアには子供達を敵に殺させないという覚悟があった。
今まで襲撃された村のような惨劇は絶対に起こさせない。
奴らの暴挙は、起こさせてはいけない。
(おねーたま、クレミア君。集落のみんなは絶対に守るから。
だから――他のみんなが到着するまで、もう少し頑張って)
子供の肩を抱きかかえていたルキアの手には、自然と力が込められていた。
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「きゃー!」
ブルカを被った女の悲鳴が、闇の中で木霊する。恐怖に満ちた声が追跡者の心を否応無しに駆り立てる。
「うへへ、メリーゴーランドの飾り付けに頭が一つ足りなかったんだぁ〜」
闇から現れた男は、上半身裸で白地に黒髭のマスクを被っている。棍棒片手に意味不明な言葉を吐き散らしながら、ゆっくりと女へ近づいている。
「やめて‥‥来ないで」
女は弱々しく、息を吐いた。
残念だが、男は女の願いを聞き入れるつもりはない。
この時点で男は、女を自分の影響下おけると確信していただろう。
――しかし。
「近づくな、って聞こえなかったかしら?」
先程まで怯えていた様子の女――ミリハナク(
gc4008)は、その態度を一変。
妖艶な空気を纏いながら、男の頸動脈目掛けて苦無を振り上げる。刹那、男の首から吹き出す鮮血。激しい勢いで男の命は失われていく。己の馬鹿な行いの報いだ。
「あれ?」
男は、何が起こったのか理解できなかったようだ。
それでも、男はマスクの下で怪しい笑いを絶やさない。
「なら、一緒に死んでくれよ〜」
次の瞬間、男から微かに聞こえる金属音。その音がなんであるかは、ミリハナクにも想像がついていた。
(まったく。単純な奴らは、考えることもみんな一緒ね)
「させないわよ」
ミリハナクの傍らから、クレミア・ストレイカー(
gb7450)の援護射撃が発動。拳銃「ヘリオドール」の銃弾が男の上半身へ突き刺さる。
そして、銃弾の一発が男の眉間を捉えた瞬間、男の手から手榴弾が零れ落ちる。
――ドンっ!
地響きを伴いながら、男は爆発。
無惨にも肉塊となった男の一部が、地面に転がった。
「ルキアがもう一班へ連絡を入れてくれたわ」
「そう。なら、あたし達はゲスな男達を出迎えるとしましょう」
クレミアとミリハナクは、既に感じ取っていた。
複数の気配が闇の中から近付いている事に。
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時間は、同日昼間にまで遡る。
傭兵たちはイスラマバード近郊で頻発する集落全滅事件について、調査及び事件を引き起こす集団の排除に乗り出す。
手始めに羽矢子は、襲撃を受けた集落へ赴いた。
幸いにも、その集落は車両で行くことのできる距離。既に証拠は失われているかもしれないが、行ってみる価値はある。
「派手にやってくれたみたいね」
羽矢子の眼前に広がるのは、かつて集落だった場所。
人々が小さなコミュニティを形成してささやかながらも幸せな時間を過ごしていた場所。
しかし、今は黒く焼け焦げた家屋と、死体が放つ死臭に覆われている。
羽矢子は足を止めて、膝を折った。
「車両は四輪が二台ってところね。建物に付いた傷から、獲物はアサルトライフルとハンドガン、それに鈍器かしら‥‥。それに弾痕の付き方も気になるわね」
弾痕は弾を発射した地点から90度扇状の範囲に集中して付けられていた。
僅かな痕跡から、敵の正体を探る羽矢子。謎という闇に包まれた敵を炙り出すには、少しでも情報を集めておきたい。
「あれは?」
羽矢子の目に飛び込んできたのは、黒こげになった死体。その死体に残された傷は、銃によるものでも、鈍器によるものでもなかった。
「歯型、かしら。キメラもいるみたいね」
羽矢子は、ため息をついた。
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羽矢子同様、他の傭兵達も調査を開始していた。
「あの大樹を目印にするならば、襲撃報告は南かしら」
日が傾き始めた頃、A集落の広場で悠季が周辺状況を調査。
仮に敵が集団で現れるならば、大方の襲撃方向を推理。その前提を持って優位性を保てるよう守備を検討している。
「真面目だねぇ」
忙しそうにする悠季をラリーは大樹の下で見つめていた。
悠季と違いラリーは余裕たっぷり。おそらく目の前の敵を叩けばいい程度の発想なのだろう。
「あんた、よくそれで今まで生きてこられたわね」
「まあな」
悠季はラリーが単なる怠け者ではない事を察していた。
そうでなければバグアとの戦いで生き残れるはずもない。
戦闘でそれなりに働いてくれさえすればいい。
但し、それを許すのはあくまでも悠季個人だけだ。
「暇そうだな」
ラリーの背後からニーマントが姿を現す。
ソトト家のメイドらしいが、その体躯は筋肉質で男性に間違われる程。自然と女性らしい色気から男性特有のマッシヴな雰囲気が漂っている。
「なんだよ」
「向こうで商人の荷物運びを頼まれてんだ。ラリーさんも暇なら手伝ってくれ」
「ちょっと待て! なんで俺が!」
ラリーの来たジャケットを掴み、引き摺るように連れて行くニーマント。
商人達を手伝いながら入ってくる噂を調査しているニーマントだったが、気付けば肉体労働のお手伝いが殺到しいた。
「戦いが始まる前のウォーミングアップと思って諦めなさい」
遠ざかっていくラリーを軽く見つめた悠季は、再び集落防衛に対して智恵を絞り始めた。
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A集落のメンバー同様、B集落の方でも敵の情報を調べていた。
ルキアは襲撃された集落の調査や少年になりすまして村の馴染みを中心に聞き込み。ミリハナクはブルカを着用してNPOを名乗り支援物資配給。その最中に不審者捜索を行っていた。
そして――その調査の結果に成果が出るのは太陽が地平線に差し掛かった頃だった。
「奴らが内通者を使ってる? 奴らはそんな頭を使う連中じゃない。
目の前にある獲物にまっすぐ向かって好きなだけ暴れる無法者だ」
ルキアとミリハナクが出会ったのは、正体不明の集団が襲撃した集落の生き残りだ。
「随分と事情通だね」
「そりゃそうだろ。村を潰した奴らの事は知りたかったし、何より情報を知っていれば危険を回避できるからな。必死で調べたよ」
ルキアの言葉に、生き残りの男性はため息をついて見せた。
聞けば村の外れに住んでいた為、襲撃の手が遅れたらしい。男の話が真実ならば、敵は目の前の村に向かって暴れるだけの無法者らしい。
「情報では村は全滅って聞いたけど?」
「UPCに生きていた事を伝えてないからな」
男はミリハナクの問いに対して、少しの間を置いてから答えた。
その少しばかりの沈黙に、男の感情が混じった事をミリハナクは見逃さない。
「何故?」
「奴らは――リベルタ・ファミリアは自分達の欲望のまま、好き勝手に暴れていったよ。
強奪、破壊‥‥女子供も容赦なく殺して殺戮の限りだ」
「答えになってないわね。何故、UPCに生きていた事を言わなかったの?」
ミリハナクは、敢えて聞き返した。
ルキアもその答えがこの事件に深い関わりを持っている事を予感していた。
――数秒後。
重く閉ざされた男の口がゆっくりと開く。
「信用できなかったんだ。村を襲った強化人間の中に、能力者が居たから」
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そして、時間は再び夜へ――。
「キリがないわね」
闇から現れたのは、先程の男同様仮面を付けた男達。異なっているのは、手に握られた獲物が棍棒ではなく、ハンドガンやアサルトライフルである事だ。
クレミアは、仲間が倒れても向かってくる敵のしつこさに辟易していた。
「馬鹿な子」
ミリハナクも、前から駆け寄ってくる犬型キメラにクルメタルP−56の弾丸を叩き込んでいた。
大きさは通常の犬程度だが、体の脇に括り付けられたガトリングガンが目の前の敵を穴だらけにする。
もっとも、バグアと戦い続けた傭兵達にとっては苦もない相手なのだが。
「これで終わり?」
期待したよりも手応えを感じないミリハナクは、地面に倒された仮面の男を一瞥していた。
その態度に腹を立てた男は、無理矢理立ち上がろうする。
「まだだ! こんなもんじゃ俺は‥‥」
「到着っ!」
「ぎゃ!」
立ち上がろうとしていた男を跳ね飛ばして現れたのは、A集落にいた仲間を載せたジーザリオだ。
既に敵の情報は無線によってルキアから受けている。
ジーザリオから降りる仲間達は、早々に戦闘態勢へ移る。
「お前達は許さん」
ジーザリオの登場で戸惑う男がハンドガンを構えるよりも早く、ニーマントの左フックが炸裂する。
ディガイアの爪が男を引き裂き、体をよろめかせる。
「ウリィィィ」
その隙をつく形でニーマントが豪破斬撃。左ストレートが男の顔面を捉えた。
「ぐふっ」
反撃の隙も与えられず、男はハンドガンを取り落とす。それでも、ニーマントの勢いは止まらない。
「シィィィ」
紅蓮衝撃を発動したニーマントは、男の上半身をメッタ打ち。まさに荒れ狂うメイド。オーガのような風体が、敵を萎縮させる。
「みんな、前に出過ぎて分断されないようにね」
「分かってるって!」
近寄ってきた男を機械脚甲「スコル」で蹴り飛ばす悠季の脇から、エルガードを構えて敵に向かっていくラリー。
個々の戦力では傭兵側の方が上、さらにすべて傭兵達がこの集落へ集結した状況では圧倒的有利に立っている。
「敵の中にはぐれ能力者も混じっているわ。気をつけて」
悠季がルキアから得た情報を敢えて繰り返した。目の前の敵が強化人間なのか、はぐれ能力者なのかを瞬時に見分けるのは難しい。
有利とはいえ――判断に迷えば、隙を突かれて負傷するかもしれない。
「!」
悠季が叫ぶ傍らから、両手にハンドガンを握る男の姿。銃口は悠季へ向けられている。
その瞬間、敵のバイクを破壊していた羽矢子の脳裏に、昼間の弾痕が思い浮かんだ。
「制圧射撃!」
「くそっ!」
羽矢子の声を受け、ラリーは盾を構えて悠季を守る。
男のハンドガンから放たれる銃弾の雨。衝撃が盾を通して腕へと伝わってくる。
それでも、この悠季を守るために、盾を決して下げる事はない。
「もういいでしょ」
瞬速縮地で近付いた羽矢子。
ハミングバードでハンドガンを弾き飛ばすと、男の眼前に切っ先を突き付けた。
「一般人を襲う小者に後れを取る様な鍛え方はしてないの。大人しく武器を捨てて下さる?」
羽矢子は、敵を殺すつもりはなかった。捕まえて警察なりULTへ突き出して終わらせるつもりだった。
戦争は終わったのだから、人間同士で傷つけ合う必要はない。
だが――その慈愛に満ちた想いは、簡単に踏みにじられる。
「♪刺される感じって〜 気持ちいいのかな〜‥‥ラン、ラン、ランっ♪」
仮面の下で笑いながら、男はハミングバードの切っ先に自ら顔を突き出した。
羽矢子の腕に加わる衝撃。
突き刺さった顔面から流れ落ちる血液。男の体は僅かに痙攣し、まだ生きているような錯覚を覚える。
「自殺‥‥でも、なんで?」
悠季も羽矢子も理解できなかった。
まだロシアでは一部続いているが、バグアとの戦争は終わったのだ。
なのに、何故彼らは簡単に命を投げ出せるのだろう。
「なんなんだよ‥‥こいつら」
ラリーもまた、苦々しげに男の亡骸を見つめていた。
その後。
傭兵達の活躍もあり、集落から敵を撃退。集落の民を守る事ができた。
敵の中には載ってきた車で逃げ出す者も居たが、その点は抜かりない。
「OK、追跡は任せて」
クレミアは隠密潜行で逃げた敵の後を追いかけた。彼らが集団で行動している以上、何処かにアジトがあると考えたのだ。
その結果、敵はパキスタンとアフガニスタン国境の山岳地帯へ逃げ込んだ事を掴んだ。敵の素性が判明している訳ではない為、単身突入を断念したクリミアはULTへ情報を渡して事件の更なる調査を依頼した。
「このままじゃ終われないわよね、やっぱり」
●
「なに!? 連絡がつかなくなった?」
リベルタ・ファミリア首領エヴァ・フォールの唸るような低い声が室内に木霊する。
その声には明らかに負の感情が込められていた。
この世は、弱肉強食。
綺麗事を吐いて自分を正当化したところで、そんなものは自己満足に過ぎない。
それをあの戦争の中で学んだ。
なら、手に入れた能力で自由を謳歌する。俺達にだってその権利はあるはずだ。
「なるほど、俺達の邪魔をしようって馬鹿が現れたか」
エヴァはまだ見ぬ敵を思い浮かべ、心を躍らせていた。