タイトル:新兵は霧笛に消えたマスター:近藤豊

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/07 13:17

●オープニング本文


 夜の帳も落ち、潮風が心地よい空気を運んでくれる。
 山では感じる事のできない、風に含まれた塩の香りが肌を優しく包む。貨物船が自らの存在を示す霧笛が、空気を目一杯に振るわせる。その空気を胸一杯に吸い込みながら、兵士は今も緊迫した面持ちで周囲を警戒していた。

 広州の某港には――大剣を手にした怪物が深夜に徘徊。出会った人間をその大剣の餌食としている・・・・という噂が広まりつつあった。中国海上流通の要であり、UPC軍として広州の港でこのような怪物が発生したという噂が広まれば物資運搬に大きな影響を及ぼす。事実、この怪物騒ぎのために港湾業者が夜間での運搬業務を拒否する者も現れ、徐々に問題は拡大化している。
 UPC軍では、この怪物は人型のキメラの仕業と確定。問題が大規模化する前に早急な排除を行うよう、能力者を派遣したという訳だ。
「だ、大丈夫。訓練通りにやれば・・・・」
 兵士は愛銃とも言うべきアサルトライフルを強く握りしめた。
 今まで辛い訓練を受けてきたのも、今日のような対キメラ戦闘のためだ。
 今日、活躍できなくて・・・・何が、UPC軍だ。何が、人類を救うだ。
 基地へ逃げ帰る負け犬兵士ではなく、最前線でKVを駆る英雄になるんだ。
 故郷のため。
 愛する人のため。
 自分が戦う事で多くの人々が救われる事になるんだ。
 何度も何度も自分に言い聞かせる新兵。
 言い聞かせていなければ、緊張で自分の魂が何処かへ飛んでいってしまいそうになる。恐怖と戦いながらも兵士は必死で周囲を何度も見回してみる。
「異常はない・・・・」
 そう言いかけた瞬間、兵士の体が浮き上がる。
 まるで空中浮遊の如く兵士の足は地面から離れ、さらに軍服が後方へと引っ張られる。重力に逆らう力が兵士へと加えられ、襟元が兵士の首を締め上げる。
「うっ」
 兵士は真っ赤な顔で必死に振り返る。
 そこには麻袋を被り、左目の穴から赤い瞳を覘かせた大男が居た。左腕一本で兵士の軍服を持ち上げ、右手には2メートルを越える程の巨大な大剣が生えている。
 体は鋼色に包まれ、右腕から直接大剣を生やした大男――間違いない、こいつは人間じゃない。バグアに関与する者としか考えられない!
「こちらアルファ! 目標を発見・・・・!?」
 兵士は辛うじて掴み取った無線機に向かって大声を張り上げた。
 だが、言い終わらないうちに大男は大剣を兵士の背中から突き刺した。兵士の体を貫通した剣先は、鮮血に塗れて地面へ赤い滴を落としている。
 必死に足掻く兵士。
 しかし、深く突き刺さった大剣を自力で引き抜く事は不可能。足掻けば足掻くほど、剣を重力に従い兵士の体を柄に向かって引っ張り続ける。
「・・・・お、お母さん・・・・」
 死を予見した事による不安の絶望の中、涙と共に家族を思いやる言葉を口にする兵士。刹那、力を失い、無線機を取り落とす。
 大剣に貫かれたまま痙攣をする兵士を、大男は黙って見守っていた。


「ふざけるなっ! もう一度読み上げろっ!!」
 ブラウ・バーフィールド軍曹(gz0376)はいつも以上に激高していた。
 軍曹の留守中に広州軍区司令部が教育課程中の新兵で特別小隊を編成。この小隊を軍曹の許可無くキメラ退治に駆り出した事に怒り心頭なのだ。
 恐怖に怯える准尉は、軍曹の指示に従い広州軍司令部からの伝達事項を再び読み上げる。
「は、はい。
 『軍曹殿の意見は正論である。
 だが、今は対バグア戦の最中である。人類存亡の危機である。最前線では常に人材を求められており、早急にこの要望へ答える義務が我々にある。そこで、軍曹殿が教育中の新兵に実戦経験を・・・・』」
「ふざけるなっ! 奴らは新兵ではないっ! 汚物塗れの微生物だっ! 微生物のクソにも満たない奴らの正義感を呷って前線へ送り込んだに違いない」
 額に欠陥を浮かせ、奥歯を噛みしめる軍曹。
「しかしながら新兵は司令部によって分隊分けも行われ・・・・」
「KV飛行時間は20時間に満たず、敵を見た事もない新兵にいきなり実戦経験だぞっ!」
 軍曹は机を思い切り叩いた。
 軍曹は広州軍司令部から快く思われていない人物だ。現場から叩き上げて教育指導官の地位についているが、事ある如く司令部へ楯突き怒鳴り散らすは司令部にとっては扱いにくい人物として認識されている。
 今回の行動についても司令部側の影響力を明確化させる事が目的なのかもしれない。
「制服組は現場の兵を駒程度にしか考えていない! あいつらが思いつきで考えた作戦に、如何ほどの血が流れ、死が席巻するかを知らんのだ! 
 我々軍人は死ぬ事が仕事だ。だが、それは人類に貢献するための死だ。しかし、これは・・・・ただの無駄死だっ!」
 戦う事が仕事の兵士にとって、司令部の作戦ミスによる無駄死を軍曹は嫌っていた。
 軍という組織の中には、愛国心や正義感を捨て保身や虚栄心に走る者も少なくはない。 だが、その保身が前線の兵士を殺し、様々な負の感情を引き起こす事を彼らは知らないのだろう。
「分かった、もういい。こちらで何とかする」
 諦めの表情で視線を落とす軍曹。
「軍曹殿。本作戦は司令部から決定事項であり、これ以上の増援は禁止するとの連絡があります」
 援軍の禁止。
 建前上、司令部は派遣した小隊で遂行可能な任務であり、これ以上の無駄な増援は作戦遂行上相応しくないという事だろう。だが、実際には軍曹を基地へ縛り付け、新兵が基地へ逃げ帰るのを狙っているのかもしれない。
 そう考えるだけで、軍曹の機嫌は更に一層悪くなる。
「ふんっ!! 司令部の馬鹿者共め・・・・。
 『偶然通りかかった傭兵が勝手にキメラを倒す』のは増援とは言わん!」

●参加者一覧

叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
柊 理(ga8731
17歳・♂・GD
加賀 弓(ga8749
31歳・♀・AA
鈴木悠司(gc1251
20歳・♂・BM
ジリオン・L・C(gc1321
24歳・♂・CA
ユウ・ターナー(gc2715
12歳・♀・JG
朱鳳院 耀麗(gc4489
28歳・♀・HG
ホープ(gc5231
15歳・♀・FC

●リプレイ本文

●救世主
「どうしよう‥‥どうしよう」
 広州の港でUPC軍人の1人が不安げに呟いた。
 軍人、といっても彼らはまだ駆け出しの新兵。訓練期間もまだ残っている上、キメラを目視した事もない。
 そんな新兵に下ったのは広州の港に現れたキメラの撃破。
 教育指導官ブラウ・バーフィールド軍曹(gz0376)からの命令ではなく、広州軍区司令部から直々の指令を受けであるため、新兵たちに拒否権などあるはずもない。そもそも、新兵たちは志願してUPC軍と戦うために入ったのだ。バグアとはいずれ戦わなければならない。それが少しばかり早まっただけだ。
 新兵は自分にそう言い聞かせていたが‥‥。
「おい、どうする? 様子を見に行った方がいいんじゃないか?」
 チャーリー分隊として支援任務に携わる同じ新兵が話しかけてきた。
「だ、ダメだ。それは任務を放棄しているのと同じだ」
「けど、さっきからアルファ分隊から連絡が入らないじゃないか」
 今の現実を突きつけられ、新兵は押し黙るしかなかった。
 16名の新兵達は自分たちを近接偵察任務のアルファ分隊、主力部隊のブラボー分隊、支援及び予備兵であるチャーリー分隊と3つに分けて任務にあたる事にした。だが、偵察をおこなっているはずのアルファ分隊から定時連絡が入らない。
「あの、失礼ですが‥‥こちらで何をされているのでしょうか」
 唐突に新兵は声をかけられた。
 振り返る新兵。
 そこには肩まで伸びた黒髪が印象的な男性が立っている。
「すいません、現在UPC軍の作戦任務中です。一般人の方は退避願います」
「任務‥‥もしかして、広州の港に出るキメラ退治ですか?」
「え?」
「私は『偶然』通りかかった傭兵です。大丈夫ですか?」
 叢雲(ga2494)は新兵に対して改めて挨拶をする。
 『偶然』といっているが、実際には軍曹からの依頼だ。ただ、広州軍区司令部から増援の必要なしという判断が下っている以上、軍曹は動けない。そこで傭兵が偶然現場に遭遇したという体を装って支援する事となったのだ。
「あ、傭兵の方でしたか‥‥」
「キメラが現れたとあっては、見過ごす訳には参りません。支援させていただけないでしょうか?」
 支援を申し出たのは加賀 弓(ga8749)。
 実際、戦場でUPC軍が現地で傭兵に支援要請する事は多々ある。だが、応対しているのはあくまでも新兵。彼に判断するだけの権限はない。
「しかし、我々には皆様に支払う給金を準備する権限がありません。司令部へ相談する必要があります」
「許可が下りるのを待っていたら、他の新兵さんはどうなるんですか?」 柊 理(ga8731) は心配そうな面持ちだ。
 確かに司令部へ打診している間にアルファ分隊もブラボー分隊も全滅する可能性がある。傭兵へ協力を打診するなら、一刻も早く判断をする必要があるだろう。
「司令部には『現地にて傭兵が事件に巻き込まれたため、やむを得ず傭兵もキメラへ応戦した』と報告すれば良いと思います」
 鈴木悠司(gc1251)は助け船を出した。
 現地を知らない、ましてや新兵だけでキメラ退治をさせるような司令部だ。それらしい理由をつけて結果を出せば問題はない。
「わ、分かりました。偶然の出会いとなりましたが、支援をお願い致します」
「うむ。すべてはこの勇者とその仲間達に任せておけ。彷徨える魂達はこの俺様が必ず救ってみせる!」
 拳を握って力説するのはジリオン・L・C(gc1321)。
 自称『未来の勇者』の傭兵で、出立はゲームに登場する勇者のような姿だ。ジリオンの姿を目撃した新兵は一瞬呆気に取られるが、支援要請する以上はあまり下手な事は言えない。
「じゃあ、早速状況を教えてくれる?」
 ユウ・ターナー(gc2715)は新兵に対して詳細な状況を確認する。
 新兵によれば、部隊はアルファ分隊6名、ブラボー分隊6名、チャーリー分隊4名で構成されており、現在偵察任務中のアルファ分隊から定時連絡が途絶えているという。
「じゃあ、ユウはアルファ分隊の助けに行こうかな。耀麗はどうするの?」
 ユウに声を掛けられた朱鳳院 耀麗(gc4489)。
 胸の大きく空いた赤い戦闘用メイド服は夜の港でも目立っている。
「わしはブラボー分隊の支援をしようかのう」
「私はキメラを倒しに行くよ。難しく考えないで、目の前の敵に集中っと」
 戦場でも元気いっぱいのホープ(gc5231)。
 簡単な状況確認の上、傭兵達はそれぞれ新兵達の護衛とキメラ退治に分かれて行動する事となった。
 一刻も早く新兵達を救わなければならない。彼らはこのようなところで死ぬべき存在ではないのだから。
「行きましょう。そして、戦いの後で新兵さんたちと美味しいビールを飲みましょう!」
 悠司は手に握られる予定のジョッキを脳裏に描きながら、拳を高らかに上げた。

●遭遇
「‥‥う、うわーー!」
 新兵の悲鳴と同時に人型キメラ『ジェネレーションX』の大剣が振り降ろされる。
 切れ味が失われた大剣ではあるが、異常な怪力から産み出される剣撃は相手を斬るのではなく叩き潰している。実際、港にあったコンテナが一撃で吹き飛んでいるが、斬られたというよりは殴られたに等しい。
 だが、そんな一撃を頭から受けた新兵が生き残る可能性は皆無だ。
 ぐしゃっ、と西瓜が潰れる音と同時に、新兵の頭から溢れ出す血液。顔面は顎だけ残し四散。吹き出す赤い血を浴びながら、ジェネレーションXは向き直る。
 そこにはアルファ分隊生き残りの新兵2人が立っていた。
「く、来るな!」
 膝が震えたままアサルトライフルの引き金を引いた。
 照準を合わる余裕もない心配。撃ち出された弾はジェネレーションXを掠めただけで、当る気配もない。
 目の前の新兵を敵と認識したジェネレーションX。
 右腕の大剣を再び振り上げ、震える新兵に向かって走り寄る。
 一足飛びにジャンプしたジェネレーションXは、そのまま重力を受けた大剣を新兵へ振り降ろす。
「このくらい、耐えてみせるっ!」
 ――ガンッ!
 覚醒して血色の良くなった柊のバックラーが大剣を防いだ。
 電気が流れたように腕が痺れる。辛うじて防いでいるが、ジェネレーションXの怪力ぶりが十分伝わってくる。
「受けてみなさい、私の速さを!」
 柊のバックラーから大剣が離れないうちに、叢雲はジェネレーションXの頭部に蹴りを見舞った。
 瞬天速で近寄り、機械脚甲「スコル」から繰り出された一撃はジェネレーションXの巨体を退かせる事に成功。アルファ部隊とジェネレーションXの間に距離を置く事ができた。
 そこにジリオンのジーザリオが走り込んでくる。
「行くぜ、未来勇者号!」
 港の倉庫街でタイヤを滑らせる未来勇者号。
 運転席からジリオンが転がり出てくる。
「改! 激! 烈!
 俺様はジリオン! ラヴ! クラフトゥ!」
 自身演出の荒ぶる勇者のポーズでジェネレーションXを威嚇するジリオン。
 勇者はいつでも格好良く、優雅でなければならない。
 荒ぶる勇者のポーズは、そうしたジリオンの想いが込められたものなのだ。
「大丈夫か、少年! 俺様のパーティが『偶然』とはいえ、やってきたからにはもう安心‥‥」
 ――ブンッ!
 長口上の最中でもジェネレーションXはジリオンへ攻撃を仕掛ける。
「う、うぉぉぉぉ!?」
 だが、瞬時の判断で瞬天速を発動。
 30メートル後方まで一気に移動していた。
「‥‥あ、危ないな、貴様!? ‥‥俺様が勇者の必殺技、勇者避けを発動していなかったら怪我をしていたぞ!」
「1人でバカやっている暇はないよ」
 未来勇者号の助手席から降りたユウ。
 瞬天速の最大距離まで一気に逃げたジリオンを一瞥して、新兵たちへ向き直る。
「アルファ分隊のみんなね。
 敵は1体なの! 皆の力を合わせれば、絶対に倒せちゃうんだから!」
 ユウの特殊銃【ヴァルハラ】が抜かれ、ジェネレーションXに向かって火を噴いた。
 ジリオンへの攻撃を失敗したジェネレーションXに避ける術はなく、マガジン内の銃弾を撃ち尽くす。
「皆、今なの!」
 ユウに促され、新兵たちもアサルトライフルで攻撃。
 ユウの弾丸の嵐に合わさる形で斉射される攻撃は、ジェネレーションXが防ぐ術がない。体に弾丸の雨を受け、ゆっくりと後退りしていく。
「‥‥失礼」
 攻撃の機会と見た叢雲は、スコルを操りジェネレーションXの体を一気に駆け上がる。 肩まで上がった叢雲の手には機甲「暴食者ベルゼブブ」。指や掌にチェーンソーが装備された大型手甲のベルゼブブは、ジェネレーションXの首に食らい付き肉を食い散らかす。
「グギャァァ!!」
「この子は少々悪食でしてね。いつも喚きながら食い散らかして、優雅さの欠片もない。
 本当に‥‥悪い子です!」
 ジェネレーションXの悲鳴を聞きながら、叢雲は呟いた。
 ベルゼブブの食事はジェネレーションXの首から体液が噴き出し、痛みに悶えて必死に暴れている。
「仕留めます!」
「俺様の、神秘なる直接攻撃をくらいやがれぇぇぇ!」
 痛みに苦しむジェネレーションXの腹部に目掛け、柊の洒涙雨、ジリオンの炎剣「ゼフォン」が突き刺さる。
 思わぬ反撃の連続に見舞われるジェネレーションX。
 しかし、これでもまだ倒れる素振りはない。
「グォォォ!」
 怪力に身を任せて傭兵達を振り払ったジェネレーションXは、手傷を負ったまま倉庫の屋根へ駆け上がり逃走を開始。
 漏れ出る体液を足跡にして、奧の倉庫へ姿を消してしまった。
「あっちは、ブラボー分隊がいるはずだよね」
「そうです。うまくいけば待ち伏せができるかもしれません」
 ユウの言葉に応えながら、叢雲は生き残った新兵の姿を見て一息をついた。

●伏兵
 ジェネレーションXは腹部の傷を押さえながら走り続けていた。
 今まで殺してきた人間はこのような行動をする事はなかった。だから、自分は一方的に狩るだけの存在で居られた。
 だが、今日は違う。
 獲物が自分に牙を向け、手傷を負わせた。
 知能が低いジェネレーションXであっても、これが危機的状況である事は理解出来ていた。
 必死で走り、倉庫の角を曲がる。
 先程の場所から一刻も早く離れたいという気持ちを抱えながら。
「‥‥来たようじゃのう」
 目標の姿を確認した朱鳳院は、笑みを浮かべた。
 ジェネレーションXが角を曲がった先に居たのは傭兵たちとブラボー分隊。
 既に無線連絡を受けていたブラボー分隊はジェネレーションXが訪れるのを待ち構えており、到着を待ち続けていた。
「撃てっ!!」
 ブラボー分隊の軍人が叫んだ。
 命令を受けて構えていたアサルトライフルが唸りを上げる。
「さて、わしも頑張るとするかのう」 
 朱鳳院も新兵たちに合わせる形でガトリング砲「AterIgnis」で攻撃。
 再び浴びせられる弾丸の雨。しかも、アルファ分隊のそれと異なり、更なる激しさを増した暴風の前にジェネレーションXは痛みを堪えて必死で反転を試みる。
「どちらへ行かれるのですか? お戻り下さい」
 ジェネレーションXの背後に回り込んでいたのは弓。
 出現地点が予測できていれば、退路を断つ事は容易である。
「いけません。隙を見せては‥‥」
 弓の鬼蛍がジェネレーションXの腹部にあった傷へ差し込まれる。
 赤く色づく刀身は、覚醒して敵対者に容赦のない弓の心を反映しているかのようだ。
「グギャァァァ!」
 一度斬られた傷を更に深くされたジェネレーションX。
 先程よりも激しい痛みが襲う。この痛みを断ち切らんと、右腕の大剣で弓への反撃に出ようとする。
「ダメですよ、レディーは大切に扱って下さい」
 紅蓮衝撃を使った悠司は、ジェネレーションXの右腕目掛けて炎剣「ゼフォン」を振り降ろした。
 既に弾丸の嵐で傷だらけとなっていた右腕は、ゼフォンの刃をあっさりと受け入れる。食い込んだ刃から伝わる熱気が、更なる痛みをジェネレーションXへ与える。
 弓と悠司の攻撃から逃げ出すように来た道を引き返すジェネレーションX。
 それは、再び雨音が近づく事を意味していた。
「おや、またやって来るとは。忙しい奴じゃのう」
 引き返した先に待っているのは再び吹き荒れる弾丸の嵐。
 朱鳳院の「AterIgnis」とブラボー分隊のアサルトライフルから撃ち出される弾丸が、ジェネレーションXに向かって次々と撃ち出される。
 逃げ場を失ったジェネレーションX。
 何処へ行っても自分を傷つける者しか居ない。
 どうすればいい‥‥。
「もう、何処にも行けないよ」
 ジェネレーションXの心を読んだかのようにホープは呟いた。
 瀕死のジェネレーションXの傍らでホープは傭兵刀を引き抜き、すれ違うかのように刹那で強烈な一撃を叩き込む。
 一撃を浴びたジェネレーションX。
 完全に逃げ場――否、居場所を失ったジェネレーションXは、地面へと倒れ込んだ。
 溢れ出る体液の海に体を浸し、命の終焉を迎えていた。

●帰還
「生きている事に乾杯!」
 ジェネレーションXを倒し、無事に基地へ帰還する事のできた新兵たち。
 危機を救ってくれた事に対して、新兵たちは基地近くの居酒屋でささやかな祝宴を催してくれた。
 待ちに待ったビールの登場に悠司は、大ジョッキへと口を付ける。喉に流し込まれるビールがもたらす刺激が、悠司の魂を洗濯する。
「‥‥くぅ〜、最高っ! おまけにこのジャーキーがあれば言う事はないね!」
 至福の時を迎える悠司。
 生きて再びビールに出会えた喜び。
 酒の刺激を存分に味わい、生の実感を楽しむ。
「大、お代わり!」
 悠司の元気いっぱいな声が居酒屋中に木霊する。

 その居酒屋の外では。
「新兵だけで構成された任務とは、軍事常識的にはあり得ません」
 今回の依頼者である軍曹を前に弓は、本音を語った。
 本来傭兵である弓がこのような事を軍曹にぶつけるのは間違っているのかもしれない。しかし、新兵の一部は死亡。この被害も広州軍区司令部の誤った判断かもしれない。
 政争の愚により、新兵が死亡した。
 これは変えようのない事実である。
「‥‥分かっている。このままで終わらせるつもりはない」
 弓に対して、軍曹はたった一言そう言った。
 普段から怒りを見せる軍曹だが、今回の怒りは種類が違う。
 踵を返して弓に背を向ける軍曹は、基地に向かって歩き出した。今回の祝宴でも欠席を申し出た軍曹。新兵の死という結果を受け、酒を飲む気分ではないのだろう。
「自由である傭兵と‥‥組織に縛られる軍、ですか」
 弓は己と軍曹の置かれた境遇の差を思い描きながら、再び居酒屋の扉を潜った。