タイトル:だから俺はKが食べたいマスター:近藤豊

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/13 19:34

●オープニング本文


 紹興酒を常温で飲む。
 中にはザラメや話梅を入れる者もいるが、紹興酒独特の旨味が消えてしまう気がする。器の縁に口をつけ、一気にぐいっと飲み込む。喉越しを味わいながら、舌の上に残る紹興酒の臭気を楽しむ。
「・・・・くぅ〜、やはりこれだねぇ」
 ラリー・デントンは飲み干した紹興酒の器をテーブルの上に置いた。
 香港まで一仕事終えた後、遅い食事を楽しんでいたラリーは久しぶりに人生を満喫していた。他人が仕事に汗して働く傍らで、一人食堂の表に出されたテーブルで酒を飲む。希に恨めしそうな労働者の眼差しを感じるだけで、優越感に浸る事ができる。
「カンボジアではセスナが落ちて大変だったが、こういうご褒美があるから楽しい人生を送る気になるってもんだ」
 テーブルの上には香港で決まって食べる事にしているハムユイの炒飯。
 ハムユイとは塩漬けにした魚を発酵させて干した物で、独特の臭気を放つ事で有名である。別名、中国のくさやとも呼ばれる代物だが、ラリーはこのハムユイが好物の一つなのだ。
 レンゲで掬った炒飯を、ラリーは口いっぱいに放り込んだ。
「うーん、この香りが堪らない。
 でも・・・・やはり、日本で食べたくさやが最高だったなぁ。あれを七輪で焼いて囓った時の香りは唯一無二のものだ。その後に熱燗で締めれば言う事ないねぇ」
 ラリーの口内に唾液がたっぷりと溜まる。
 かつて日本で食べたくさやを思い出しているようだ。ラリーはハムユイだけではなく、ピータンといったある種のツマミを好物としている。その中でも、特に日本のくさやについては「食育」と称して給食に出す方法を本気で考えようとする程の好物でもあった。
 それ程くさやが好きなラリーだったが、実際に食べられる機会は少ない。
 その理由は二つある。
 一つは日本へ行く機会が少ない事。
 もう一つは・・・・。
「な、なんだ!?」
 炒飯に夢中になっていたラリーだったが、周囲の騒がしさに気付いた。
 付近の市民が大声で叫び、何かから逃げ回っている。中には車道を横切り建物の中へ逃げ込む者もいるようだ。明らかに日常からかけ離れた事件が発生した事は間違いない。
 そして、その騒ぎはいつものようにラリーの元にも降り懸かる。

 ――パパパパっ−−−!
 
 突如鳴らされるクラクション。
 コントロールを失って蛇行を繰り返すトラックが一台、ラリーが酒を飲んでいたテーブルに向かって迫ってくる。スピードを落とす気配もない。それどころか、更にスピードは上がり続けている。
「あ、危ねぇ!」
 反射的に立ち上がり、椅子を蹴り飛ばして横へ飛ぶラリー。
 直後、住人が不在となったテーブルをはね飛ばして食堂へ突っ込むトラック。ラリーの炒飯は数分前まで鍋の上で舞っていた時のように空中へ放り出され、無残にも地面へと散乱する。
「ああっ!!」
 ラリーは悲鳴にも似た声を上げる。
 散乱する炒飯を目の当たりにして、絶望感がラリーの心を満たす。
 トラブルを招きやすいラリーの体質だからなのか、ラリーが酒とツマミを楽しむ時には必ずと言って良いほどトラブルが発生する。そのため、毎回好物を食べようとする度にトラブルが発生して食べ損ねてしまう。
 まるで、ラリーが至福の時を送るのを邪魔するかのように。
「・・・・ついてねぇ。ついてねぇ。本当に・・・・ついてねぇ・・・・」
 愕然とするラリー。
 だが、絶望感は次第に怒りへと変わっていく。
「誰だ、トラックの運転手は。
 今すぐ降りてきて炒飯を弁償しろ。
 いや、さらに八丈島産くさやと日本酒熱燗もセットで用意しろ。そんでもって、美人のお姉さんにお酌してもらいたい!」
 ラリーは、心の中に潜んでいた本音が思わず口から漏れ出した。
 しかし、ラリーの叫びとは裏腹に運転席には誰も座っていない。
 その代わりに、トラックの下から現れたのは子供サイズの小さな鬼。体は赤く、犬歯も鋭い。顔は老けており、老人のようだ。
「くくく・・・・」
 トラックの下から現れた小鬼は、ラリーに向かって怪しく笑い掛けると裸足のまま駆けだした。
 逃げ去る小鬼に向かって再びラリーの怒声が木霊する。
「おい、待て! トラブルでいつも邪魔しやがって。
 だから俺は・・・・くさやが食べたいんだっ!!」

●参加者一覧

煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
御巫 雫(ga8942
19歳・♀・SN
鷹谷 隼人(gb6184
21歳・♂・SN
ジョゼット・レヴィナス(gb9207
23歳・♀・EL
八葉 白珠(gc0899
10歳・♀・ST
八葉 白夜(gc3296
26歳・♂・GD
エティシャ・ズィーゲン(gc3727
15歳・♀・ER

●リプレイ本文

●食い物の恨みは恐ろしい
 地面に蒔かれた米粒は、派手に散らばって無残な姿を曝す。
 本来口へ放り込まれる予定だったのだが、ある事件によって哀れ米粒は砂を被って生ゴミへと変化してしまった。
 その事件とは‥‥。
「てめぇら、許さねぇぞ!」
 ラリー・デントン(gz0383)は目の前を走り回るトラックに怒りをぶつけていた。
 実はこのトラック、小鬼型キメラ「バッドエッグ」によって操られている。バッドエッグは紹興酒を呷りながら食事を満喫するラリーに対してトラックで突っ込んできた。間一髪躱したラリーだったが、テーブルにあった炒飯を救う事ができなかった。
 だが、同じように至福を壊された者がもう一人居た。
「ああ!? 私の桃饅が‥‥」
 隣の店でエティシャ・ズィーゲン(gc3727)が、トラックに轢かれて拉げた桃饅を見つめて震えていた。
 どうやら、ラリーとまったく同じ境遇になってしまったようだ。
「おのれ! 桃饅の仇!
 ‥‥キミ、危ないぞ。すぐに避難を」
 エティシャは背後からラリーに声をかける。
「あん? お前は確か野菜スティックの‥‥」
「あ、ラリーじゃないか」
 ラリーは以前の依頼でエティシャに傷を治療してもらった事があった。
 その際、禁煙中だったために野菜スティックを咥えるエティシャをラリーは覚えていたようだ。
「ちょうどいい。お前の桃饅と俺の炒飯を潰したキメラをぶっ倒す! 手ぇ貸してくれ」
「分かった。なら、すぐに始末するぞ!」
「‥‥誰かと思えば、ミスター・ハードラックじゃないか」
 再び別の方向から発せられた声に反応して、ラリーは振り返る。
 そこには十字架剣を刀剣袋から引き抜き、肩に担いだ夜十字・信人(ga8235)の姿があった。夜十字もエティシャと共にラリーの危機を救った者の一人である。
「ああ? お前は赤いアフロの‥‥」
「また会えて、実に残念だ。金髪アフロ。再会を祝って緊急任務といこうじゃないか」
「おい、信人。そいつは知り合いか? 酔っ払いにまで知り合いがいるとは思わなかったぞ」
 夜十字の背後から御巫 雫(ga8942)が顔を出す。
「お嬢ちゃん。初対面で酔っ払い呼ばわりとは心外だな」
「違うか?」
「酔いなんか、とっくの昔に炒飯の恨みで吹っ飛んだ」
 語気を強めるラリー。
 炒飯一杯でそこまで怒りを出せる辺り、まともな人間じゃない。
 雫はラリーの第一印象をそう感じ取っていた。
「あれ? 白夜兄さま。能力者の方々がいらっしゃいますよ」
 八葉 白珠(gc0899)と八葉 白夜(gc3296)が三人に向かって歩み寄ってきた。
 どうやら、白珠も白夜も暴走するキメラを倒そうとしていたらしい。
「それはよかった。二人だけでは骨が折れますからね。協力して事に当るとしましょう」「僕も協力します。騒ぎは早めに終えた方が良いですから」
 集団を見かけた鷹谷 隼人(gb6184)は煉条トヲイ(ga0236)歩み寄る。
「住民の避難が完了しているとはいえ、被害は最小限に抑えたいところだな」
 煉条は周囲を警戒しながら呟く。
 既にキメラが暴れ出して三十分近くは経過している。付近の住民は避難しているが、被害は間違いなく拡大の一途を辿っている。
「そうですね。ごはんの件は残念ですが‥‥すぐにキメラを倒さないといけませんよね。」
 長弓「百鬼夜行」を手にするジョゼット・レヴィナス(gb9207)。
 今回は極力被害を押さえながら戦う必要がある。
 つまり――時間との戦い。
「よし! これだけ居れば何とかなるだろう。俺の炒飯と桃饅のために力を貸してくれ!」
 ちゃっかりエティシャの桃饅まで自分のものにしていたラリーは、気合いを入れるように思い切り叫んだ。

●誘き寄せれば‥‥
 けたたましくクラクションを鳴らしながら、無人の自動車が通り過ぎていく。
「さて。始めるか‥‥ラリー、探査の目で探れるか?」
 黒鎧「ベリアル」に身を包んだ煉条は言った。
 ラリーを含めた傭兵達は3人組のチームに分かれる事となった。探査の目を使える者を軸に3人チームとなって手分けして目標を捜索。発見次第、チームの総力を上げて倒すという作戦だが‥‥。
「待て。少なくとも一匹は目の前を走っていた自動車のはずだ。だったら俺が誘き寄せる」
 夜十字は停車していた車の屋根に乗って仁王咆哮を発動。
 鋭い眼光で走り去っていく自動車の背後を捉える。次の瞬間、自動車は急ターンしてこちらに向かって走ってくる。
「見ろ。俺が居れば探査の目なんて不要だ」
 威張るように勝ち誇る夜十字。
 そこへ煉条が鋭いツッコミを入れる。
「で‥‥この後はどうするんだ?」
「走って車を誘導する。広めのスペースがある場所へ連れて行くんだ」
 夜十字は既に数百メートル先のロータリーに目を付けていた。
「だが、それまでに追い付かれないか?」
 一瞬、呆気に取られる夜十字。
 こうしている間にも自動車は3人に向かって迫ってくる。
「走れっ!」
 夜十字は屋根から飛び降りて走り出す。
「ラリー、銃を持っているか? 俺が引きつけている間にタイヤを打ち抜け」
「悪いな。俺の獲物はこいつだけだ」
 ラリーが取り出したのは一本のメイス。
 どうやら銃器は手にしていなかったようだ。
「さすがはミスター・ハードラック。相変わらずで感心する」
「ご丁寧にどうも」
 夜十字の嫌味にラリーは溜息つく暇もなく走る。
 その中で煉条は1人転進。迫る車両に向かって走り出す。
「多少の無茶は避けられない、か」
 自動車が限界まで迫る瞬間、煉条は横へ飛んだ。
 重力に従い地面へと引き寄せられる。
 だが、同時に自動車のタイヤをシュナイザーで切り裂く。自動車のタイヤは抉られ、路上脇の商店に前面から衝突した。
「止まった‥‥か?」
 ラリーは呟いた。
 自動車からは白い煙が上がり、店の軒先から天に向かって立ち上る。
 その店先の傍らから顔出すのは一匹の小鬼。
 どうやら、自動車が故障したためバッドエッグが次の憑依体を探すべく飛び出してきたようだ。
 ――この機会を逃す手はない。
 夜十字は力任せに小鬼を掴んで地面に叩き付ける。
 胸部を思い切り踏みつけて、フォルトゥナ・マヨールーの銃口を小鬼の頭部へ押しつけた。
「子供を虐待しているようで、気が引けるが‥‥」
 そう言いながらも夜十字はフォルトゥナ・マヨールーの引き金を引いた。
 乾いた音と共に小鬼の頭を弾丸が貫通する。バッドエッグは糸が切れた人形にように力が抜け、己の死骸を路上に曝した。
「見事だね、お二人さん」
「まだだ。標的は他にも存在している」
 ラリーの言葉をよそに、周囲を警戒する煉条。
「俺が誘き寄せれば済む話‥‥」
 夜十字がクールに言い放とうとする言葉を激しい破壊音が遮った。
 狭い路地を破壊しながら一台のタンクローリーが向かってくる。
「なんだ!?」
「また走るぞ!」
 ラリーが驚きの声を上げる横で、煉条と夜十字は再び走り出す。
 先程はまだ自動車だったが、今度は大型のタンクローリー。停車している自動車を吹き飛ばしながらこちらへと向かって来る。
「おい! 自慢の能力はあんなもんまで呼び寄せたのか? 大した能力だ」
 走りながら、ラリーは夜十字に話しかけてきた。
「違うな。あれを呼んだのはミスター・ハードラックの死神だ。俺じゃない」
 不運を押しつけ合う二人。
 その様子を背後から見ていた煉条は独り言を呟く。
「なるほど。似たもの同士、か」

●探索すれば‥‥
「機械に仇なすキメラ‥‥ですか。随分機械に詳しいのでしょうね」
 白夜は倒したバッドエッグを見つめていた。
「機械にイタズラするキメラ、きっと賢いんですね!」
 妹の白珠も兄譲りの機械音痴。
 機械を操る、それだけで賢いと判断してしている辺りにどれ程の音痴なのかが分かるだろう。
「で、キメラはもう1体いるはずなんだっけ?」
「あ、はい! 確かにこの辺りにもう1体居ます」
 エティシャの言葉に促され、白珠は元気に答える。
 その言葉を聞いて周囲を見渡すエティシャ。おそらく、先程1体バッドエッグを倒した事から息を潜めて様子を伺っているようだ。
「白珠、もう一度索敵をお願いします」
 白夜は白珠に探索の目を使うよう促した。
「はい、わかりました!」
 再び意識を集中して探索の目を発動する白珠。
 少しでもおかしな動きをしている機械を逃さず発見しなければならない。もしかするとこちらの隙を突いて攻撃を仕掛けてくる可能性もある。
「白夜兄さま! 後ろです!」
 白珠の悲鳴にも似た声が木霊する。
 反射的に振り返る白夜。
 そこには一台のバイクが無人であるにも関わらず、ハンドルが切られる。
 エンジン音が周囲に響き、白夜を弾き飛ばさんと走り始めた。
「くっ!」
 間一髪で避ける白夜。
 白珠が発見していなければ、白夜は衝突していたかもしれない。
 逃げ去ろうとするバイク。
 何としても止めなければならない。
「調子に乗るなぁ!」
 エティシャは虚実空間を発動した。
 次の瞬間、走っていたバイクはバランスを崩しながら地面へ派手に転倒する。バッドエッグの機械を操る能力はエティシャの虚実空間によって無効化されられていた。
 突如自らの能力が無効化した事に状況を飲み込めないバッドエッグ。
 慌てて逃げだそうとするが、能力を失ったバッドエッグはただの子供同然。白夜が追い付く事は造作もない事だった。
「八葉流壱の型‥‥萌芽」
 超機械「扇嵐」を振るい、目にも止まらぬ一撃を放つ白夜。
 小鬼は振り返る暇すら与えられず、首を切り離される。頭を失った小鬼は、慣性の法則に従い派手に地面へと転がっている。
「借りは‥‥返しましたよ」
 倒したバッドエッグに目もくれず、白夜は踵を返した。
 
●狙えば‥‥
「こら、信人! いつまで酔っ払いと遊んでいるんだ!」
 タンクローリーとの鬼ごっこに興じる夜十字に向かって雫は大声で叫んだ。
 雫、ジョゼット、鷹谷の3人は既にバッドエッグ1体を倒しており、残りを探していたところで夜十字達を発見したという訳だ。
「別に遊んでいる訳じゃない」
「その酔っ払いを任せると言っておいたのに‥‥これでは意味がないぞ」
「お嬢ちゃん、誰のお守りだって? 俺はガキじゃねぇぞ!」
 ラリーは雫に言い返した。
「うるさい! それより、このタンクローリーを止めなければ被害は拡大するばかりだ」
 ただ、敵を倒すだけではない。
 長引かせれば人々の生活に支障が出る。それでけは避けなければならない。
 雫は己にそう言い聞かせて今回に任務へ臨んでいた。
「さて‥‥やってみますか」
 鷹谷は愛用のアラスカ454で走るタンクローリーに狙いを定める。
「タンクローリーが運んでいた内容物が分からん。下手に狙わない方がいいだろう」
「分かってますよ‥‥狙うは、タイヤです」
 雫のアドヴァイスに鷹谷は答える。
 燃料を狙う事も考えたが、下手に跳弾すれば後部のタンクへ直撃する可能性がある。タイヤは横転する可能性もあるが、爆発を避ける事はできるはずだ。
 タンクローリーのタイヤは大きい。
 アラスカ454の照準で捉える事は容易だった。
 肘を回し、呼吸を整え――引き金を引く。
 撃ち出された弾丸は、タイヤに直撃。
 だが、大きなタイヤである事からその一撃で止める事はできなかったようだ。
「なら、これで如何でしょう?」
 布斬逆刃を使ったジョゼットは、百鬼夜行で同じタイヤを狙った。
 左目が紫に染まり、幾何学模様が浮かび上がった目がタイヤをじっと見据える。力一杯に引かれた弓は矢を携え、力を蓄えている。
 そして、矢は放たれる。
 
 ――バスッ!

 矢はタイヤへ突き刺さり、更なる穴を開く。
 空気の漏れる音が響き、タンクローリーの速度が明らかに遅くなった。
「これ以上、被害を拡大させる訳にはいかない‥‥速攻で倒すっ!」
 速度低下へ即座に反応した煉条は、大きな傷を負ったタイヤに向かってシュナイザーを薙いだ。先程の自動車と変わって速度が落ちているだけに、今回の攻撃は容易だった。
 タイヤはバースト、ゴムの凹む音を立てながら更に速度を落としていく。
 バス停と側にあったベンチをはじき飛ばし、自販機を踏みつぶしたタンクローリーは、壁に衝突してようやく停車。
 次の瞬間、車体の下よりバッドエッグがいそいそと這い出てくる。
「あの世への渡し賃だ。鉛玉をたっぷり持って行け!」
 雫は逃げ出すバッドエッグに向かって小銃「バロック」を放つ。
 弾丸は逃げるバッドエッグを捉え、強烈な一撃となって頭を撃ち抜く。
 ゆっくりと倒れていくバッドエッグを遠くで見つめた雫は、今回の騒動の決着を感じ取っていた。

「いやー、久しぶりのくさやは最高だなっ!」
 事件後、ラリーは再び上機嫌となった。
 煉条が初対面という事で土産に『くさや』を進呈。さらに鷹谷が差し入れに『日本酒』を持ち込んでいた。
 『くさや』と『日本酒』。
 ラリーにとってゴールデンコンビの差し入れが現れたのだ。
「そう言ってくれると有り難い」
「日本酒とセットで揃うなんてラッキーですね」
 差し入れした煉条と鷹谷もラリーの笑顔を見て一安心。 
 炒飯の恨みは何処へやら、網で焼かれるくさやの香りに心躍るのも無理からぬ事だった。
「く、臭い。た、たまりません‥‥」
「わ、私‥‥食べられません‥‥」
 ジョゼットと白珠はくさやの香りが察知した途端、匂いのしない場所へと逃げ出している。その様子をラリーは毒づいてみせる。
「へっ、この匂いの良さが分からないとは」
「まあ、いいんじゃないか? 酒もある事だし」
 鷹谷の酒をいただくエティシャ。
 ハイペースで日本酒を飲み干していく。
「ほう、良い飲みっぷりだ。ならば、くさや以外にも肴が必要だろう。どれ、私が‥‥」
「ぶっ!」
 雫の言葉に、夜十字は缶コーヒーを吹き出した。
「おい、汚ねぇなぁ。くさやに掛かったらどうするんだ?」
 ラリーが夜十字が吐き出したコーヒーを布巾で拭く。
 その傍らでラリーの顔面が青くなっていく。
「やばい‥‥」
「何がだ?」
「雫の料理は暗黒料理だ。本人は美味いと思っているが」
 夜十字の言葉から察するに、今から雫が出そうとしている肴は危険だという事が分かる。
「さて。私は行かなければなりません。白珠、帰りますよ」
 危険を察知してその場を去ろうとする白夜。
「ま、待て」
 慌てて自分も一緒に逃げだそうとする夜十字。
 しかし、背後から雫の手が夜十字の肩を掴んだ。
「何処へ行く?」
「何処って‥‥」
「私の料理が食せるのだ。何処かへ行くなら食べてから行け」
 逃げられない。
 夜十字の脳裏にその言葉が浮かび上がる。
 上機嫌で厨房へ戻る雫の後ろ姿を見ながら、夜十字はそっと呟いた。
「‥‥やっぱり、ラリーには死神が憑いているな」