●リプレイ本文
●戦前
世界では絶滅を危惧されている種類も存在しているが、この香港郊外の漁港に棲み着いたヤツは普通じゃない。水中を魚雷の如く猛スピードで泳ぎ、通常の数倍近い巨体から繰り出される体当たりは漁船を一撃で沈める事ができる。しかも、漁船を発見すれば確実に攻撃を仕掛けてくるのだから、漁師から見れば邪魔者でしかない。
早く、このマグロ型キメラを駆除しなければ。
そう考えた漁師達はULTへキメラ退治を依頼。
こうして集められた傭兵達は、マグロ型キメラ捕獲に乗り出した。
マグロの好物であるネギを握りしめて‥‥。
「‥‥腹減った‥‥」
ラリー・デントン(gz0383)の腹が鳴った。
マカオのカジノで大負けした事は自業自得だが、そのおかげでここ数日まともな食事をしていない。そこへ舞い込んできたマグロ型キメラ退治の依頼。ラリーの死神が下した試練を見事乗り越える事ができるのだろうか。
「ああ、ラリーたん!」
ラリーの背後から声を掛けたのは、紅月・焔(
gb1386)。
その背後には、夜十字・信人(
ga8235)とシルバー(
ga0480)の姿もある。
三人の姿を見たラリーは、一瞬焦った様子を見せる。
「あっ! お前ら!」
「ちょうど良い所に。ラリーたん、お金貸してくれない?」
「は?」
焔の話によれば、焔と夜十字の財布をシルバーが略奪。その金をすべてマカオのルーレットで一発勝負して、二分で消滅させてしまったという。結果、ラリー同様有り金をほとんど失っていた。もっとも、焔と夜十字はカジノの清掃係までやらされるという罰ゲーム付きだったのだが‥‥。
「ハードラック‥‥いや。ブルータス、お前もか‥‥」
夜十字はラリーの状況を聞いてぽつりと呟いた。
「おいっ、一緒にするな! 俺は掃除までさせられる程、負けてない!」
ラリー、焔、夜十字も有り金すべて失った段階で同じ立場なのだが、自らの立場向上の為には蹴落とし合いも厭わないようだ。
「まったく、折角の観光が台無しではないか。嘆かわしい。貴様らは淑女のエスコートも出来ぬのか」
夜十字の背後でシルバーがあきれ果てる。
焔と夜十字の二人に清掃バイトをさせている最中も、シルバーは香港島の高級ホテルで宿泊。きっとピンヒールをプレゼントすれば、喜んで二人の背中を踏みつけてくれるはずだ。血が出たって気にしない、ちょっと放送できないだけだ。
「ラリー、お前と会ってから元々薄い幸が更に薄くなった気がするよ」
「ふざけるな。それはこっちの台詞だ。おかげで今も空腹で‥‥」
「ぶわっはっは! 腹が減っているのか? ならば、俺に任せておけっ!」
ラリーの腹の音を聞きつけたのか、桃代 龍牙(
gc4290)が歩み寄ってきた。
エンジニアを名乗る桃代。しかし、2メートルを超える巨体とタラコよりも太い指で豪快に笑う様に猜疑心が生まれても不思議ではない。
豪快なのは体だけじゃない。
今回の依頼を受けなければ日本人じゃない! と言い切らんばかりの気合いの入れようは、まさに血が騒ぐと言った状況だろうか。
「マグロ型キメラを仕留めるのだろう? だったら、俺に任せておけ。とびっきりの料理を振る舞ってやろう!」
北海の海で育った海人を名乗る桃代にとって、マグロ型キメラは逃す手はない絶好の機会。既に空腹を通り越して腹の虫が反政府デモを始めかねない三人にとって桃代は救世主のような存在だ。
「なに、従兄弟がキメラを食したが、何の変化もない。
キメラであっても同じマグロだ」
「な、なんですって! なんという事だ。」
桃代の情報でショックを受けるのはドクター・ウェスト(
ga0241)。
ウェストは、キメラを食した能力者に何が起こるのかを調べるために訪れた。
だが、既に桃代から変化がないという情報が入ってしまった。
口から魂が抜けるような思いのウェスト。
「だが、まだだ。まだ、終わっていない。
桃代君の言葉は伝聞。つまり、資料としては二次資料。真に重視されるのは一次資料、やはりこの目で確かめぬ限り、研究は終わらん。そう、まだ終わらんよ!」
ウェスト自身でショックを受けながらも、再起動。
切り替えの速さも研究者として一流だ。
そこへ事情が理解できないシルバーが口を挟む。
「なに? マグロ型キメラって」
「この漁港でマグロキメラが出現したのよ!」
『マグロ』という単語を聞きつけたメアリー・エッセンバル(
ga0194)は、滑るように走り込む。
その背中には生臭い臭いを放つカジキランスが存在感をアピールしている。
「どういう事?」
「この漁港ではマグロキメラが棲み着いて漁港の船を沈めまくっているって訳。だから、ULTを通して漁師がマグロキメラ退治を依頼してきたのよ。
捕まえた後は、みんなで宴会なんだっけ、ラリーさん?」
「え、マグロ?」
メアリーの言葉にシルバーは目を輝かせて反応。
こっそり夜十字と焔が逃げだそうとするが、もう遅い。
「マグロ? 食べたいですっ! すぐ食べたいっ!
信人、焔‥‥それから、ラリー。すぐにそのキメラを持ってきて。早く、すぐ、超特急で」
「え、俺も?」
二人の予想通り、シルバーはだだをこね始める。
知らない間にラリーも下僕の一人へと参入しているのだが、シルバーにとっては些細なこと。それでも地球は回っている。
「頼んだぜ、みんな。マグロキメラを持ってきたら、俺も全力を尽くす。
‥‥ちょっと気になる事があるが」
志羽・翔流(
ga8872)が意味ありげな台詞を呟く。
調理専門学校を主席で卒業しながらも大衆食堂で腕を振るっている志羽。本来であれば高級店への就職も可能であったが、己の腕を多方面へと磨くために敢えて大衆食堂を選んだかもしれない。
それにメアリーがすかさず反応する。
「え? 気になる事って?」
「まあ、まずはマグロキメラを捕まえてからだな。
すべてはそこからだ」
「‥‥ネギ‥‥全部積み込んだ‥‥」
マグロキメラの好物を西島 百白(
ga2123)は、マグロ型キメラ捕獲のための漁船へ積み込んでいた。
どういう訳かマグロ型キメラは長ネギが好物だった。別に尻へ刺してみたり、それで空を飛ぼうとする訳ではないのだが、貝や魚を食べずにネギばかり食べているのだから、本当に好きなのだろう。
「‥‥船舶免許、取得中なのですがよろしいのでしょうか」
夏 炎西(
ga4178)は船の操縦席で心配そうな表情を浮かべる。
マグロ型キメラ捕獲のため、夏は借り受けた漁船の操縦を試みていたが、未だ取得中であるため、失敗を拭えずにいる。
「アハーハー! 漁師さんを脅かすマグロ君は、僕が変わって退治差し上げます。炎西君は、僕の華麗なる操船術に惚れるといいでしょう」
白鳥沢 優雅(
gc1255) は身を震わせながら叫んだ。
予想外にマグロ型キメラ確保の傭兵が多かった事から、漁師へ頼み込んで二隻での確保へに成功した。
「行きましょう。彼のマグロが如何様な物か‥‥見極めさせていただきます」
試作型水陸両用アサルトライフルのマガジンを勢いよく装着しながら、 マグローン(
gb3046)は海を見つめる。
マグロ対傭兵の戦いは、今から始まろうとしていた。
●マグロとの出会い
「本当にネギでマグロが釣れるのでしょうか?」
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)は今も懐疑的だ。
相手がキメラであってもネギ好きなマグロなど聞いた事がない。一体、何故そのような物体がこの世に存在するのかが理解できない。
「仕方ねぇ! それが事実なんだ!」
マグロ型キメラ駆除に同行した漁師がユーリへ叫ぶ。
漁師にとってはあのマグロ型キメラが居れば、漁に出る事もできない。
そのマグロが居なくなってくれれば、それが好物が何であろうと関係ない。
その悲痛な叫びを訴えかけられたかのように感じたユーリは押し黙った。
「‥‥ん。ネギも準備万端。後は捕獲だけ」
山盛りのネギを前に、最上 憐(
gb0002)は呟く。
マグロがどのぐらいの量を食すのかは不明だが、既に二隻の漁船には山のようなネギは積載されている。
山の圧迫感は、必ずネギを釣り上げなければという圧迫感を船へと乗り込んだメンバーへと与えている。
「しかし、漁港の中といっても結構広いぞ。待つだけでいいのか?」
「いいの。別の方法もあるけど、この一本釣りが一番身を痛めない方法なのよ」
ラリーの問いにメアリーが間髪入れずに答えた。
マグロを釣り上げる漁は複数ある。定置網や延縄という手もあるが、船上へ釣り上げた段階で暴れて身焼け、つまり体温が50度以上に達して身が黒くなる現象を恐れたメアリーは一本釣りという手法を提案していた。
既にユーリとウェストが二隻の漁船へと分譲して乗り込んでいる。
「ふむ、それで釣りという訳か」
興味津々という感じのウェスト。
マグロの一本釣りには、相当な勘と経験も必要となる。
だが、ウェストはマグロとの遭遇機会は少なくとも、バグアとの遭遇機会は段違い。仮に猿型キメラを一本釣りしろと言われれば、釣り上げる自信は心の中にしっかりとある。「一本釣りねぇ‥‥」
「相手は海の中だ。慌てても仕方ない」
海を覗き込むラリーに対して、夜十字も同じように覗き込む。
腐れ縁の二人は船の縁に寄り添ってじっと海を見据える。
並一つ無い海面が、己の身を引き込むかのように深い色を脳裏に焼き付けようとする。「ねぇ、どしたの?
おっさん二人でいちゃついて、腐女子へのサービスカット?」
突如、ガスマスクを装着した焔が勢いよく押しつける。
途端にバランスを崩す二人。
「え?」
「は?」
漁船が大きく揺れたかのようにバランスを崩す。
次の瞬間、海面に大きな水柱を立てる。
「はっはーっ! 二人とも元気だな!」
豪快な笑い声を上げる桃代。
その言葉が聞こえたかは分からないが、海面から顔を出す二人。
「おい、焔っ! お前、わざとだろ!」
「い、嫌だな。濡れ衣だよ。ふっふふーん」
ラリーの怒号に対して、焔はわざとらしい口笛を吹く。
「‥‥ほ、本当。お前と一緒だと幸が薄くなる」
「なんだとっ!」
「二人とも、早く上がってっ!」
ラリーと夜十字に、メアリーが声を上げる。
その声に込められた感情を感じ取った二人。
瞬時に空気が凍り付く。
「‥‥現れた」
百白がぽつりと呟く。
見れば、水面を切り裂くように進む謎の魚影。
「‥‥ん。来たか」
最上の言葉は、船に乗り込んだ傭兵の意識を統一した。
イルカ‥‥いや、もっと大きい。
巨大な魚影がラリーと夜中に向かって忍び寄っていた。
(‥‥現れた)
同時刻、船上に居た傭兵たちと同じ想いをマグローン(
gb3046)は海中で抱いていた。
眼前から一直線に、猛スピードで現れた影。
漆黒、ともいうべき影は自動車並のスピードで海原を移動する。魚雷、否、あのスピードで衝突されればただでは済まない。
人間よりもマグロに近い、と揶揄されるマグローンだからこそ、マグロ型キメラの異様さを体で感じ取っていた。
(牽制すべきか)
マグローンは試作型水陸両用アサルトライフルを反射的に撃つ。
これでマグロ型キメラが仕留められるとは思っていない。
だが、放っておけば水上に浮かぶ男性らしき影を餌と思って食いつきかねない。マグロの歯は小さいが、その歯を持って水中へ引き込まれればただでは済まない。
マグローンの撃ち放った弾丸を巧みに躱すマグロ。
その反射神経は、キメラだから故なのか。
(海中での待機は危険だったか。だが、あの背中は‥‥)
軽い後悔を脳裏に浮かべながら、マグローンは腰の袋からネギの山をばらまいた。
瞬間、マグロ型キメラは好物へと食らい付く。
その中に、巨大な釣り針の含まれた餌があるとは気づかずに。
「きた、きましたよ!」
ユーリの竿にどっしりとした重量。
釣り経験が豊富とはいえないが、明らかに異常な引きが両腕へとかかる。
「来たかっ! 逃がすな、魚と人の戦いの始まりだっ!」
ユーリの背後へ付くように、桃代が竿を握りしめる。
「こっちの船に来るとは、何とエレガンスな!
マグロキメラも美しさを理解する感性を持っていたとは驚きです」
船を操縦する白鳥沢は興奮しながら、舵を握る。
「ラリー、上がれ! ヤツがきた!」
「あん!?」
夜十字たちは焦りながら、漁船へ向かって泳ぎ出す。
その焦りは、竿を握るユーリにも伝わったのだろうか。
ユーリが不安そうな一言を呟く。
「‥‥は、初めての一本釣りで、こんな大物とは‥‥」
ビギナーズラックというヤツなのか。
こんな簡単にマグロ型キメラが自分の垂らした針に掛かるとは思っていなかった。
実際には、水中でマグロ型キメラを誘導したマグローンの存在が多いのだが。
「竿をもっと立てろ! マグロに合わせるんだ」
煙管刀を咥えながら、桃代がユーリの背後から竿を握る。
桃代本人も長弓「桜姫」にリールを付けてマグロを釣り上げようとしていたが、ユーリにマグロが掛かったと知るや、海人の血が騒いで仕方ない。
我慢できずにユーリの手助けを始めたという訳だ。
「本当に来た‥‥ネギを食べるって本当だったんだ‥‥」
ネギを片手に的場・彩音(
ga1084)が驚いた様子を見せる。
その向こうでは、反射的にユーリは思いきり竿を立てる。桃代と二人がかりではあるが、腕に伝わる感触は尋常ではない。
「みんな、気をつけて。
ここからが本当の勝負だから!」
メアリーにカジキランスを片手に動き出す。
竿に伝わる力は、マグロ型キメラの生に対する執着なのか。
巨大な針に掛かったマグロは、水中で必死な抵抗を見せる。
「くっ、誰か手を貸してくれ。二人でも厳しい」
「‥‥了解した」
ユーリの言葉に西島が従う。
軍手で手を護ってはいるが、強烈な引きに海へ引き込まれそうになる。
だが、三人がかりで釣り上げようという熱意が、マグロ型キメラを水上付近まで浮上させる。
「このマグロキメラ‥‥今まで出会ったマグロキメラに比べて動きが鈍い‥‥。
これなら、一撃で!」
メアリーは船縁を蹴って海へと飛び出す。
握られたカジキランスの槍は、マグロの脳天目掛けて突き出される。
――ザクッ!
肉が切り裂かれる音と同時に、メアリーの手に衝撃が走る。
脳天を貫かれたマグロ型キメラは、つい数分前まで大暴れしていた姿を忘れ去れるかのように力を失う。
「‥‥ん。マグロ型キメラ。仕留めた。これで。いっぱい。食べられる」
カジキランスと共に海中へ落ちたメアリーを引き上げながら、憐はこれから始まる宴会に心を躍らせていた。
●育てられたマグロ
港へ持ち込まれたマグロ型キメラ。
既に多くの者が空腹とあって、マグロの解体を今か今かと待ち望んでいる。
「解体開始します。
炎西さん、手伝ってもらえるか?」
マグロ型キメラは通常のマグロよりも大型だ。
さすがに独りで解体するには無理がある。
「はい。お手伝いしましょう。まずは何から致しましょうか」
「まず、ヒレと内臓を切るんだ」
本来であれば、船上でヒレと内臓を落としておきたかった。
だが、巨大過ぎるマグロ型キメラを漁船に乗せるだけでも一苦労だ。そのため、最速スピードで港までマグロ型キメラを牽引しなければならなかった。
「あ、解体始まったんだ」
濡れた作業着を脱ぎながら、メアリーは声をかけた。
その瞬間、思わず炎西が目を逸らした。
「め、メアリーさん! 何故、いきなりここで‥‥」
「何って? 濡れた作業服を脱いでいるんだけど‥‥。
あ、下はダイバースーツ仕様の水着だから大丈夫」
「そうですか‥‥冬の漁場で真夏の浜辺のような格好はできませんね」
何処か寂しそうに呟く炎西。
その傍らでは志羽が手慣れた手つきでマグロの包丁を入れていく。
「こいつは‥‥」
「どうしたの?」
宴会の準備を進めていたトゥリム(
gc6022)が、志羽へ話しかける。
「いや、このキメラが気になってな」
「気になったって何が? 新鮮なマグロでしょ?」
「そう、その新鮮なところが問題なんだ。
釣り上げたばかりのマグロと冷蔵庫で数日経過したマグロ。どっちが旨いと思う?」
「そりゃ、釣り上げたばかりのマグロでしょ? だって、新鮮なんだもん」
Letia Bar(
ga6313)が元気一杯に答える。
だが、傍らに居た張 天莉(
gc3344)はLetiaと異なる答えを出す。
「ねーさん、それは違います。答えは数日経過したマグロですね」
「そう、天莉さんが正解。釣り上げたばかりじゃ駄目なんだ」
「え!? なんで、釣ったばかりじゃ駄目なの?」
Letiaが思わず聞き返した。
そこへ海から上がったばかりのマグローンが現れる。
「熟成‥‥ですね」
「そういう事だ。マグロは牛肉と同じく熟成させた方が旨い。メバチマグロなんかは釣ったばかりでは筋が多くて味も薄いが、熟成させる事で旨くなるんだ。
ところが、この釣ったばかりのマグロキメラは違うんだ」
「違うってどういう事ですか?」
志羽が二つに割ったマグロの頭にアルミホイルを巻ながら、小笠原 恋(
gb4844)は志羽に聞いてみた。
「こいつは‥‥もう熟成している」
「やはりそうか。この柔らかい感触は、釣ったばかりの本マグロでも無理だ」
赤身を煙管刀で切り分ける桃代。
本マグロ等は熟成をしなくても柔らかく旨いが、煙管刀から伝わる柔らかさは熟成された物のようだ。
「ま、まさか。バグアの連中、マグロを戦闘用より食料化した方が有効と思い始めて、食用マグロキメラの養殖でも始めたとか!?」
メアリーが脳裏にあった推理を披露した。
「そんな馬鹿な。食料化をバグアが考えたというのですか?」
「いや、案外間違いとは言い切れません」
彩音の言葉に、マグローンが口を挟む。
「背中を見て下さい。海で出会った時に気づいたのですが、日焼けして黒くなっています。これは、養殖されている証拠です。天然であればこのような日焼けはできません」
「ふむ、つまり何処かにマグロキメラの養殖場が存在する。このマグロキメラはそこから逃げ出してこの漁港に棲み着いた。
‥‥そう言いたいのかね?」
ウェストの問いに、マグローンは首を大きく縦に振った。
(もし、仲間がキメラにされて養殖されているのであれば、私は許せません。
ましてや、ネギが好物なマグロ‥‥最早マグロと名乗る事もできない。マグロという名までもバグアは仲間から奪ったのですか)
心の中で仲間の身を案じるマグローンであった。
●宴会開始
「食事前には『いただきます』よ? 作ってくれた調理班のみんなに感謝しないと」
マグロ解体も終わり、調理班の面々が製作した料理の数々がテーブルの上に並べられている。
今か今かと待ち望まれた宴会は、彩音の号令で開始されようとしている。
「いただきます!」
元気一杯に叫ぶ彩音。
それに続く傭兵達。
ここから、バグアとの戦いを一時的に忘れられる宴会の時間が始まる。
「まずは、刺盛り。それからネギとろ、軍艦巻きだ」
志羽の包丁さばきが生み出した、刺身や寿司の数々。
マグロ料理は部位によって味わいが変わる。それに伴い、様々な調理方法が存在している。それをどのように使うのかが料理人にとって重要なポイントだ。
「ラリーさんも腹一杯食ってくれ!」
威勢良く叫ぶ志羽。
しかし、当のラリーは言われるまでもなく口にマグロを放り込んでいる。
「くっ〜、まともな飯が胃に染みる。最高だな!」
「ラリーさん、約束の通り作ったぞ。こいつは山掛け丼。こっちは中落ち丼だ」
ラリーに約束通り、どんぶりを手渡す桃代。
その傍らではマグロの内臓の煮物など、挑戦的な創作料理のある。
それらの料理を次々とラリーに勧める桃代。
まるで、ラリーを豚にするかのような勢いだ。
「ん〜、この竜田揚げが美味しい!」
念願のマグロが登場してご満悦のシルバー。
その竜田揚げを作った小笠原は、初めての大トロに顔が綻んでいる。
「はぅ〜、口の中でとろけますぅ〜。
あ、シルバーさん。こっちのカブト焼きも食べて下さいね」
「え、頭よね?」
「でも、ここが油の乗った部分なんです。カマもいいですが、頭も美味しいですよ」
小笠原に言われるがまま箸を伸ばすシルバー。
口に広がる油分が、甘さを引き立たせる。
「あら? 結構いけるじゃない」
「でしょ? 喜んでいただけてよかったです」
満面の笑みを浮かべる小笠原。
その傍らでは、マグロを食べずに傭兵達を見守るウェストの姿があった。
「食事後十五分が経過。今のところ異常なし。
やはり、食用可能なキメラが能力者へ及ぼす影響はなし、か」
ウェストは周囲を見回しながら、時折ペンを走らせてメモをとり続けている。
「紹興酒も美味しいなりぃ〜」
Letiaは注がれた紹興酒を一気に飲み干した。
宴会を彩るのはマグロだけではない。
マグロ型キメラを退治されたとあって、漁師たちから酒の差し入れがあった。
多数のアルコールが宴会をさらに盛り上げていく。
「ねーさん、飲み過ぎじゃない?」
Letiaを案じた天莉が、Letiaの傍までやってきた。
「天ちゃん。ねーさん、ちょっと酔ってきたみたい‥‥」
「あ、ねーさん!」
バランスを崩して倒れそうになるLetia。
天莉が慌ててLetiaの体を支える。
近づく二人。Letiaの熱い吐息が、天莉の胸に当たる。
「ね、ねーさん?」
「ねぇ、この前の続き‥‥しようか?」
熱を帯びた視線を天莉へ投げかける。
「ねーさん、駄目です。周りに人も‥‥」
焦りながらLetiaを止めようとする天莉。
だが、アルコールで思考が天莉の声は届かない。
頬に手を当て、天莉の額にそっと口づけをする。
唇はゆっくりと首元へ下がり、もう一度熱い口づけをする。
「ちょっと‥‥ねーさん‥‥」
「ん、天ちゃん‥‥だーいすきーっ」
そう叫んだLetiaを力一杯抱きしめる。
次の瞬間、天莉はLetiaと共に地面へ倒れ込んだ。
「わっ! ‥‥ねーさん、大丈夫?」
Letiaの身を案じて問いかける天莉。
しかし、当のLetiaは天莉の上で寝息を立てて熟睡していた。
「‥‥ん。とろとろ。噛まずに。飲める。食感。至福」
憐は大トロを口へ頬張りながら呟いた。
トゥリムも並べられた料理を確保するために奔走している。
「本当です。このマグロ料理がこんなにも多くの人を楽しませているんですね」
トゥリムの視界に飛び込んできたのは、付近の住民や漁師たちの姿。
巨体のマグロを傭兵たちだけで食べ尽くすのは不可能。ヅケにしても限界はある。そこで、付近の住民にも声をかけて大宴会が催される事になった。
「そう。この笑顔。護るのは。傭兵の仕事」
憐は淡々と呟く。
今日、この場に集まってくれた市民のためにも、バグアと戦っていかなければならない。
「‥‥‥‥護るために戦う。原動力の一つか」
西島はぽつりと呟いた。
戦うための理由。
様々な理由はあるが、この笑顔を護っていくという事も大きな理由になる。
今日の宴会を忘れず、人々の笑顔を護るために戦う。
「そう、そうですね」
ゆっくりと流れる時間の中、トゥリムはそっと笑顔を見せた。
「いやぁ、爽やかな一時に素晴らしいトッピングのマグロ。実にエレガントだね」
宴会の端で白鳥沢は優雅な時間を送っていた。
段ボールにテーブルクロスをかけ、持参したティーカップに紅茶を注ぐ。さらにラジカセでクラシックを掛けている。マグロと酒の大宴会の最中、独特の空間を演出している。
そんな異空間に召喚されたのは、ラリー、夜十字、焔の三人だ。
「え、エレガントたってお前‥‥」
早速ラリーが文句を付ける。
なにせ、テーブルの真ん中には天莉が作った葱鮪鍋。
しかし、白鳥が用意した食器はナイフとフォーク。
つまり、鍋をナイフとフォークで食べろという訳だ。
「先程、マグロを初めて食べたのだが、この鍋はナイフとフォークで食べるのか?」
夜十字はラリーに聞いてみた。
「そんな訳ねぇだろ? 完全に白鳥沢の暴走だろ」
「何をぶつぶつ言っているんだい? 彼のようにもっと沢山食べるといい」
白鳥沢に促されるまま、夜十字とラリーは焔の方を見る。
そこには、ナイフとフォークを器用に使い、マグロとネギを猛然と食べる焔が居た。
「よっちー、これ旨いよ!」
どうやら、焔にとっては食べられさえすれば、後はどうでも良いようだ。
なにせ、ラリー同様数日間まともに食事していなかったのだから、細かい事には気にしていられない。
「白鳥沢。ナイフとフォークしかないのか? 箸とか‥‥」
「ノン。僕の用意した物はすべてパーフェクト。優雅にそして華麗に料理を堪能するがいいさ」
ラリーの言葉を遮るように白鳥沢は、叫んだ。
手を振りかざしてポーズを付けながら喋っているためか、ラリーの言葉は何も伝わっていないようだ。
「愉快な食卓だな」
背後からユーリが顔を出す。
その手には野菜とマグロが盛られたカルパッチョがあった。
「和食が基本みたいなので、ちょっと目先を変えた物を作ってみた。どうだ?」
「お、これからナイフとフォークでも食べられそうだ」
喜んで受け取るラリー。
ユーリのカルパッチョは、甘酢にハーブソルトを混ぜて作ったドレッシングが掛かっている。マグロの素材を活かしながらも、洋風に仕立てた一品だ。
夜十字も早速ユーリのカルパッチョを口に運ぶ。
「旨い。やはり、マグロは旨いものなんだな」
「喜んでもらえて何よりだ」
「これなら、ラリーと一緒に帰りの旅費を稼ぐためにもう一働き出来そうだ」
「はぁ? なんだって?」
夜十字の一言に、ラリーは引っかかった。
「だから、お前も働くんだ。この漁港で」
夜十字の話によれば、マグロ型キメラと格闘している隙にシルバーが漁港関係者へ仕事を受注していたようだ。帰りの旅費を稼ぐために働くのだが、シルバーはしっかりラリーも下僕のように扱っている。
「なんで俺もなんだよ!」
「文句は姉に言え。俺もさっき知ったんだ」
終始シルバーに振り回されっぱなしの夜十字。
巻き込まれる不幸にラリーは思い切り頭を抱える。
そこへ夜十字がトドメの一言を放つ。
「焔のように泳いで帰ると言い出さないだけましだが‥‥下手に逆らえば、姉は余計事態が悪化させる。今は諦めて酒でも飲んで、その事は忘れろ」