●リプレイ本文
南昌市郊外、化学工場。
「獲物が餌に掛かった。情報通りだ」
化学工場から少し離れた地点で男が呟いた。
赤い髪を後ろで束ね、右目に大きな傷を負っている。
クリーム色のコートを羽織り、口に咥えたタバコから煙が立ち上る。
「連中は三班に分かれた。つまり、三体のグラッパを三班それぞれが追う、か」
風が強くなってきた。
これから起こる新たなる戦いを前に、高ぶる気持ちを抑え込む。
感情は強さを喚起させるが、状況判断を鈍らせる。
戦場という特殊環境で生き残るためには、冷静さは必要不可欠。それを手に入れた知識から彼は入手していた。
「今から奴らに奇襲を掛ける。状況開始だ」
●キメラの存在
南昌市郊外の化学工場にキメラが現れたという情報をキャッチしたUPC軍は、ブラウ・バーフィールド(gz0376)軍曹を始めとする新兵の部隊にキメラ退治を命じた。
明らかに無謀とも思える作戦だが、立案者であるドゥンガバル・クリシュナ少尉は『最前線で戦う能力があるのならば、新兵であっても戦うべきだ』という主張から作戦をゴリ押し。最終的に軍曹が割を食う形となっていた。
「こちらB班、ターゲット捕捉」
秋月 愁矢(
gc1971)がOwl−Earで状況を報告した。
倒すべきキメラ――機械化キメラ『グラッパ』は全部で三体。
傭兵たちも三班に分かれてキメラを捜索。B班は屋外のタイプが入り組んだ地点で周囲を見回すグラッパを発見していた。
「一番乗りか。バイブレーションセンターのおかげだな」
グラッパ捜索に一役買ったのはウィリ(
gc6720)だ。
地面や壁などに伝わる振動を捉え、対象の大きさと距離や数を知る事ができる。100メートル以内が対象範囲となるが、今回のような狭い空間であれば移動距離も限られてくる。
「サー、ウィリ。今回の任務、大丈夫でしょうか‥‥」
ウィリの傍らに居た新兵が小声で話しかけてくる。
未だ訓練中ながら、キメラ退治に放り込まれたのだ。ましてや、化学工場という場所で背中にロケットランチャーを搭載したキメラである。薬品タンクに引火して爆発するというリスクが常に付きまとっている。
「心配するな。鼻歌でも歌いながら、楽にすればいい。いつもの訓練と考えるんだ」
ウィリは優しく微笑んだ。
新兵を不安がらせれば、浮き足だって失敗を起こす可能性がある。この失敗が部隊全滅を引き起こす事も十分に考えられる。だから、ウィリは表面だけでも余裕を見せる事にした。傭兵である自分たちの不安は新兵たちへ簡単に伝播するからだ。
「周囲の地形は頭に入っていますね?
では――水無月神楽、推して参る!」
未だこちらに気づいていないグラッパに向かって水無月 神楽(
gb4304)は駆け出した。
新兵たちを前衛へ立てれば被害が拡大する恐れもある。
ここは新兵達を後衛へ下げ、飛び道具の使えない距離で格闘戦へ持ち込むべきだと考えた。
「水無月流『旋』変化の1、『疾風迅雷』!」
グラッパが水無月の存在を気づいた瞬間、迅雷で加速。
肉薄した距離から体を回転。遠心力を乗せてツインブレイドを振り下ろす。
「ギャッ!」
グラッパの肩から脇腹にかけて派手な血飛沫が舞う。
だが、グラッパを絶命するには至らない。
グラッパは体を新兵たちに向けると、前屈みの体勢を取る。
背中にはロケットランチャー。
「こいつ、狙いは新兵か!」
水無月が慌てて止めようとするが、ロケットランチャーからロケットが発射される。
新兵に当たれば被害は出る。仮に当たらなくとも、周囲には化学工場らしく様々なパイプが張り巡らされている。ロケットがパイプに当たり、有害物質を撒き散らす可能性も高い。
ロケット発射だけは阻止しなければならなかったのだが、それを見越していた愁矢がいち早く動く。
「やらせるかっ!」
光を放つプロテクトシールドを片手に、ロケットに向かってぶつかる愁矢。
ロケットは愁矢を巻き込んで爆発。衝撃で愁矢は地面へはじき飛ばされる。
「くっ、まだだ! まだ残っている!」
愁矢が叫ぶ。
グラッパが放ったロケットは一つ。その背中には残りの一つが搭載されたままだ。
それを受けてウィリが動き出す。
「いい歌を聞かせてやる。俺の歌を聴いてリズムを崩さないでくれよ?」
ウィリは呪歌でグラッパの動きを封じる。
歌声を聞いたグラッパはその場で縛り付けられたかのように身動きがとれないようだ。「この機会、逃しません!」
再び水無月のツインブレイドが振るわれる。
刃はグラッパの胸部へ突き刺さる。その刃が引き抜かれると同時に、グラッパの体は地面へと倒れ込んだ。
「まずは、一体。残りは二体か。
‥‥コントロール。こちらB班、ターゲット撃破」
愁矢はOwl−Earで戦果を伝えた。
●会敵
同時刻。工場北の職員宿泊施設付近。
A班の戦闘に入っていた。
「無理に狙うな! 弾幕だけ張れ! 撃て!」
エティシャ・ズィーゲン(
gc3727)は新兵へ援護射撃を促す。
この場所には薬品タンク等の危険な物は置かれていない。新兵が味方に銃を当てない限り、跳弾による引火の可能性はないだろう。
味方への練成強化、グラッパへの練成弱体を行っているのだが‥‥。
「あらら。意外にしぶとい、かな」
スキュータムを片手に那月 ケイ(
gc4469)が前進する。
先手必勝で攻撃を仕掛けてグラッパを追い詰めているが、決定的な一撃を加えられずに居た。これは単純な火力不足が原因なだけで、確実にグラッパは追い詰めている。
「倒れて!」
天羽 恵(
gc6280)の雲隠が下から上に切り上げられる。
片足を吹き飛ばし、二足歩行だったグラッパは倒れ込む。
「奴を逃すな、間合いを詰めろ!」
エティシャの指示を受けた傭兵たちは、間合いを詰めながらグラッパへ接近していく。
その間もアサルトライフルから放たれた弾丸はグラッパへ向かって放たれる。
のたうち回るグラッパ。だが、その痛みから逃れる術はない。
「これで、終わり」
恵は地面に転がるグラッパの首目掛けて雲隠を突き立てる。
藻掻くグラッパ。
爪が何度も空を切り、網膜に恵の姿が刻まれる。
その瞬間、グラッパの手は支える力を失って地面へと放り出される。
「‥‥終わったか。銃を撃てたのはよかったが、狭い場所での戦闘は厳しかったか」
グラッパへ盾を片手に近づき、爪による攻撃を盾で防いだ那月。
ある程度の怪我を覚悟で前進していたが、他の者に大した傷がなかったのも那月のおかげだろう。
「さて。あとは怪しい一団とやらを捜すとしますか」
「怪しい一団とは、俺の事か?」
那月の声に促されるように、部屋から一人の男が現れる。
迷彩服にクリーム色のコートを羽織り、長い赤い髪を背中で束ねている。
男は扉を閉めると、ゆっくりと傭兵たちへ向かって歩み寄る。
「どーも。こんなところにいたら危ないですよ?」
那月は男に向かって話しかける。
情報では、工場の職員は既に待避完了済み。ならば、この男は職員であるはずがない。それを承知で那月は敢えて接触を試みたのだ。
もし、抵抗するようであれば、死なない程度に大人しくさせればいい。
だが、男は那月達に不敵な笑みを浮かべる。
「ふふ、傭兵か」
「お前、何故ここに居る? この工場の職員ではないな?」
エティシャが叫ぶ。
それに対しても男は動じる気配はない。
「俺は任務でここに居る。そして、俺は貴様らに用がある」
男は右手を上げる。
それに反応して、隠れていたバグア兵が銃を片手に顔を出す。
おそらく、エティシャ達が戦っている隙に男はバグア兵を使って周囲を取り囲んでいたのだろう。廊下という場所もあって、逃げ出す事は容易ではない。
「キメラを放ったのはあなたですか。
私達を殺すつもりですか?」
恵は毅然と対峙する。
仮に反抗しても、自らの体が蜂の巣になるのは目に見えている。
それでもそのような態度で臨むのは仲間を護ろうとする想いからなのだろうか。
「貴様らを殺すのは簡単だ。
だが、今回の任務に貴様らの殲滅は入っていない」
「ほぅ、随分と余裕なんだな」
那月は軽口を叩く。
その言葉を口にしながら、新兵を隠すように男の前に立つ。
少しでも新兵を護るために間に入るためだ。
もっとも、男がその気を出せば新兵が死ぬのは数秒遅れる程度なのだが。
「任務が下れば、貴様らも殺す。
それよりも下されている任務を遂行する。黙って無線機を出してもらおう」
男は右手を差し出した。
一体、無線機で何をするのかは分からない。
ただ、この男の考えるように話が進むのは気にくわない。
そう考えて舌打ちをしたエティシャは、懐から無線機を取り出した。
●ミッション
「総員、ターゲットを捕捉! ウジ虫の意地を見せてみろ!」
軍曹は新兵達へ攻撃指示を出す。
工場南部の倉庫へ追い詰めた軍曹たちは、一斉掃射を開始。
跳弾による被害拡大の可能性もあるが、遮蔽物の少ないこの場所ならば確実にグラッパへ当てる事ができる。グラッパの肉体へ確実に弾丸を叩き込めるならば、跳弾の心配もないだろう。
「ガゥ!」
反撃とばかりにグラッパは前屈みの姿勢を取る。
ロケットランチャーで軍曹達を吹き飛ばすつもりのようだ。
「その物騒な物、下ろしてくれない?」
ロングボウでグラッパを狙うユウ・ターナー(
gc2715)。
番った矢は、グラッパの背負ったロケットランチャーに飛び込んだ。
刹那、爆発。
ロケットランチャーは砕け散り、砲撃を行う事はできない。
それ以上に背中での爆発はグラッパの頭部までも巻き込んで、炎を包む。
堪らず俯せで倒れ込むグラッパ。
眼前には大剣を片手に立ちはだかる番 朝(
ga7743)の姿があった。
「朝お姉ちゃん、今なのっ!」
「‥‥ここだ」
紅蓮衝撃で最大限に引き出された力を樹に乗せて振り下ろす。
樹は刃を包帯で包まれているため、切れ味は期待できないが、その巨大な刀身は相手を叩きつぶすには十分過ぎる重量だ。
振るわれた樹は、グラッパの顔面へと下ろされる。
斬るというよりも潰すという状態に近い形で、顔面に圧力を加えられるいグラッパ。
その力に抗う事は出来ず、地面に落とされたスイカのように拉げる頭部。
体だった肉塊を痙攣させながら、グラッパは息絶えた。
「ふぅ、片付いたか」
番は一息をついた。
前衛として戦うために前に出続けていたが、場所が化学工場というだけに予期せぬ爆発がいつ起こるとも限らない。ある程度はユウに頼る形ではあったが、グラッパを無事できた事は幸いだった。
「番お姉ちゃん、流石だね!」
元気一杯に走り寄ってくるユウ。
ユウも戦闘が無事に終わり一安心のようだ。
その満面の笑顔に疲れた体が癒されるかのような感覚を覚える。
「あ、ああ。ありが‥‥」
「貴様、何者だっ!」
番の言葉を遮るように、軍曹の怒号が響く。
見れば、軍曹が無線機を握りしめがら怒りに震えている。
「どうしたの?」
ユウは軍曹へ近づいた。
それを見た軍曹は、ユウと番にも聞こえるように無線機のボリュームを上げた。
『そう怒鳴るな。貴様らの仲間は、現在こちらの監視下にある』
ひび割れた音声の中で、確かに仲間が捕らわれたような言葉が耳に入る。
その時、番の脳裏では報告書内に記載されていた怪しい一団の存在が思い浮かんだ。
「ふざけるな!」
「ふざけてはいない。俺は事実を言ったまでだ」
無線機から通る声。
比較的年齢は上、軍曹と同じぐらいだろうか。
その声から余裕を感じるのは、傭兵を捉えたからなのだろうか。
「俺は番、傭兵だ。
君は俺達を殺す気なのか?」
「殺す気ならば、足下の女から殺している。
今回の任務は貴様らの殲滅じゃない。会敵そのものが任務だ」
「会敵が任務?」
番は聞き返した。
敵と出会う事が任務だという。
一体、何故?
出会う事で任務が達成など、聞いた事がない。
だが、無線機の先に居る男は間違いなくそう言い放った。
「本来、敵対相手に自己紹介などすべきではないのだが‥‥。
俺はキーオ・タイテム。バグア軍遊撃部隊所属だ」
バグア。
その言葉を聞いた段階で、無線機の先に居る男――タイテムが化学工場にキメラを放った人物だと察知した。
「バ、バグアだと!?」
軍曹は思わず声を上げる。
それに対してもタイテムは落ち着き払った様子だ。
「そうだ。貴様らUPC軍内でも資料が残っているはずだ」
タイテムの資料はUPC軍内に残されている。
もし、それが真実であればタイテムは元々UPC軍人だったという事になる。
軍曹たちの沈黙を無視するかのように、タイテムは一方的に通信を続ける。
「これで、今回の任務は終わりだ。
人質は工場北の職員宿舎だ。任務が殲滅でなかった事を感謝するのだな」
その言葉を最後にタイテムは無線機の電源を切った。
●残される謎
タイテムとの通信の後、軍曹たちはB班救出へ向かった。
そこで職員宿舎の一室に閉じ込められていたB班を発見。軍曹たちはB班の面々が無事であった事を確認する。
「今回のバグアは囮だ。俺達が隊を分断した隙に襲撃してきやがった‥‥」
悔しさを滲ませる那月。
無事だった、というよりも生かされたという想いが那月の心を荒立たせる。
「計画的な行動‥‥。おそらく、私達がここへ来る事を知らなければ難しい‥‥」
恵は那月の傍らで冷静に情報を分析している。
キメラを追い詰めてから襲撃までのタイミングがあまりにも良すぎる。タイテムに予知能力があった‥‥否、そのような能力があるならば、北京解放戦で有意義に使うべきだ。
そして、タイテムに下っていたという任務。バグアの中でタイテムに作戦を下した者がいるはずだ。
「軍曹。今回の任務、一体なんだ?
情報が欠如し過ぎていてはっきりとは分からんが‥‥」
エティシャは軍曹へ話しかけた。
タイテムという敵の登場で浮き足立つ気持ちも理解できるが、それ以上に何か違和感がある。
これはタイテムが張った罠のせいなのか。
それとも傭兵達が知らない何かが隠されているのだろうか。
「俺にも分からん。だが、この事件はこれで終わらん。
必ず何かがあるはずだ。何かが‥‥」
言いしれる不安を抱えながら、軍曹はそう呟いた。