●リプレイ本文
北京解放作戦が成功。人類側へ大きな希望がもたらされた事は比較的記憶に新しい。
バグアという支配者を失った北京。これですべてが平穏な生活へ戻っていく‥‥と思われていたが、現実はそう甘くない。
この街では紛れもなく、戦争があったのだ。
それはバグアやUPC軍だけではない。
作戦に参加した傭兵も、加害者だった。
建物や舗装された道、何より多くの人々の心に傷を生み出した事は紛れもない事実だ。
――それでも。
人々は復興しようとしている。
立ち上がろうとしている。
それに手を貸す事もまた、傭兵の義務なのかもしれない。
「さて、始めましょうか」
傭兵兼料理人の平沢裕貴は、腕まくりをしながら気合いを入れる。
目の前にあるのは様々なスパイスの山。
復興支援としてスパイス業者から大量に持ち込まれたスパイスで料理を作る。そして、北京市民に振る舞う事で復興支援する事が今回の任務だった。
「これだけのスパイスですからね。やっぱりカレーを作るべきでしょうね」
年齢不相応の童顔な顔で気合いを入れる平沢。
端から見れば、少年が空回りしているようにも見えてしまう。
本当に平沢がカレーを作る事ができるのだろうか。
任せてみたものの、UPC軍人の中には不安を覚えるものも少なくない。
そんな中――。
「‥‥ん。カレーなら。私に。任せて。全力で。味見するよ?」
指を咥えて物欲しげな眼差しをしているのは最上 憐(
gb0002)。
一日に最低一回はカレーを食しているというカレー好きでもある最上。彼女の信条は『カレーは飲み物』。まさに今回の試食役にはうってつけだ。
「はは、それは光栄ですね。でも、みんなに振る舞うカレーを一人で食べたりはしないですよね?」
「分からんぞ。憐なら味見と称して全部食われるかもしれん」
國盛(
gc4513)が腕を組みながら話しかけてきた。
國盛は喫茶店を経営しているのだが、常連客である最上をよく知っている。特に最上の異常なまでの食欲については嫌という程思い知らされている。
「‥‥ん。私は。ちゃんと。自重する。酷い事。言わない」
「そうですよ。俺も何か作るので、最上さんもいかがですか?」
もう一人の常連客である立花 零次(
gc6227)が、準備されているスパイスをチェックしている。
立花は子供たちにいつでも笑顔で居て欲しいと願っている。
子供たちの笑顔が見られるように、今日の作成する料理に精一杯の努力を行うつもりだ。
「あの〜、いいですか?」
ほわほわした雰囲気を醸し出しながら、白虎(
ga9191)が平沢に対して話しかけてきた。
「どうしました?」
「北京の皆さんに楽しんでいただけるならと思いまして、ちょっと企画を考えてみたんです」
白虎から提案された企画。
世界一大きなカレー鍋と料理対決だった。世界一大きなカレー鍋は、巨大な鍋でカレーを一気に作成してしまおうというものだ。必要資材をKVで作成し、巨大さを自慢できるような鍋でカレーを作る。市民と一緒に祭り騒ぎができるだろう。
料理対決とは、カレー連合とスパイス料理連合と称して料理コンテストを開く。バリエーション豊かなカレーとカレー以外のスパイス料理を対決という形でぶつける事でイベントを盛り上げようというものだ。
「‥‥たとえば、最強カレー軍団から『スパイシー激辛本場カレー』。それに対して究極スパイス料理連合から『四千年の歴史を見よ激辛麻婆豆腐』をぶつけると言った具合です。どうでしょうか?」
「うーん、鍋の方は鍋が準備できても、それを温めるが大変かもね。それ程巨大な鍋を温めるなら、かなりの火力が必要になるよ。KVの兵器を使ったとしても、鍋を長時間温め続けるには厳しいんじゃないかな」
大鍋を温める場合、火力は重要になる。
復興中の北京市で火力を期待するのは厳しい。仮にKVを借りたとしても、鍋を煮込むにはどうすれば良いかという問題をクリアするのは難しいだろう。
白虎は残念そうな顔を浮かべる。
「‥‥そうですか」
「でも、こっちの料理対決はいいんじゃないかな。みんなと協力すれば、何とかなるかもしれない。企画の方は軍人さんの方に話しておくよ」
「ありがとうございます」
再びほんわかした空気を復活させる白虎。
この企画を通してみんなを何としても元気づけたい。
流した涙の分だけ、恵の雨になってくれる。復興という種を蒔けば、きっと北京市にも綺麗な花を咲かせる事ができるはずだ。
それこそが、しっと団総帥としての使命と信じていた。
「そうと決まれば、料理に取りかかりましょう。皆さん、よろしくお願いします」
手伝ってくれる傭兵達に深々と頭を下げる平沢。
復興のための料理、という新たな戦いが始まろうとしている。
●
傭兵たちは、調理に取りかかった。
ストイックに調理を望む者もいるが、中には調理そのもので市民の注意を惹こうとしている者もいる。
「さぁ、カリブの海賊風燻製肉の焙り焼きだ。食べる前に、見ていってくれ!」
ビリティス・カニンガム(
gc6900)は、大声で叫んだ。
大海賊の末裔の自称するビリティスらしく、肉を使った豪快な料理を準備していた。
肉をバルディッシュの長柄に幾つもぶら下げて登場。それだけでもインパクトは十分なのだが、ビリティスはバルディッシュを看板代わりに立てた上で金網の上に燻製肉を並べて下から火で焙る。
この肉は60センチ程度の大きさで、事前に香辛料と塩をすり込んである。それを木製の網で燻製肉にしてあるのだから、火が通った瞬間香りが周囲へと広がる仕掛けをしてあるのだ。カリブの海賊を指すバッカニアという単語の語源になったブカンという調理方法からヒントを得ているようだ。。
「あ、いい匂い!」
こうした仕掛けに対して真っ先に反応するのは子供達。
邪心がない分、素直に反応してくれる子供達。こうした存在が良い反応をしてくれるのは、調理する側のやる気にも繋がってくる。
「ねぇ、これもう食べられるの?」
「まだまだ! これからだ!」
ビリティスは、肉をマシェットで豪快に切り分けていく。
目の前で豪快に切られた肉は、子供たちの興味をさらに引き出す。被災して輝きを失っていた子供達の目に、輝きを取り戻すには十分だった。
「わぁ! 凄い!」
驚嘆する子供たち。
それをよそにビリティスは切られた肉を袋に入れて子供達の前へと突き出した。
「これがあたし‥‥キャプテン・ビリィのカリブ風海賊燻製肉の焙り焼きだ。食べてみな」
「本当、やったね!」
子供たちはビリティスから袋を受け取ると、肉に向かってかぶりつく。
燻製肉の仄かな香り、子供には少々刺激が強いと思われたスパイスの香り。それぞれが口の中で広がり、肉の旨味を上手に引き出している。
「美味しい、これ美味しいよ」
「そうだろう。キャプテン・ビリィは料理でも一流だ。食べたければ、もっと焼いてやるぜ」
もっと焼いてやる。
その一言が、付近の市民の心を突き動かした。
ただでさえ、旨そうに食べる子供たちの姿を見せつけられたのだ。我慢にも限度というものがある。
「お、俺にも食わせてくれ!」
「あたしにも!」
周囲に居た大人達がビリティスへ殺到する。
次々と押し寄せる大人を見る限り、ビリティスの思惑は的中。そしてその事は、他の場所で調理している傭兵達への客引きにもなっている。
「いいだろう。キャプテン・ビリィの料理、たっぷりと食わせてやるよ!」
肉を使う、という方針はビリティスだけではなかった。
相賀翡翠(
gb6789)も肉を使っているが、コンセプトは大きく異なっている。
「これ、鶏肉でしょうか?」
里見・さやか(
ga0153)の前にあるのは、何らかの液体に漬かった鶏肉らしき物だった。肉に掛かっているのはスパイスを調合されたものだろうが、里見にはそれが何なのか分からない。
「クミン、ターメリック、オレガノ‥‥。まあ、秘伝のスパイスで鶏肉を漬け込んだものだ。こいつを一晩寝かせてある」
「やはりそうですか。そうでなければ、鶏肉に味が染み込みませんからね」
「そうだ。あとはこいつを揚げればカレーにも合うトッピングが出来上がり、という寸法だ」
タンドリーチキンの場合でも、スパイスとヨーグルトを混ぜた漬け汁に一晩置く。相賀のトッピングも同様の調理方法だが、敢えてここで揚げるという手法を取る事によってタンドリーチキンとは大きく異なる。あくまでも、トッピングという主役を引き立てるための脇役であるべきという考えなのだ。
「野菜スープも準備万端。後はカレーなんだが‥‥カレーは大丈夫か?」
相賀は里見の方へ視線を送る。
「大丈夫、順調ですよ」
里見は元海上自衛隊3等海尉。毎週金曜日は必ずカレーを食す文化を持つ海上自衛隊だからこそ、カレーには秘伝のレシピが存在する。今回、料理の腕に自信のある相賀へレシピを渡してカレーの作成を依頼していたのだ。
「具材はシンプルに、じゃがいも、人参、タマネギのみ。だが、ルーにコクを出すために隠し味がかなり使われている。こいつぁ、結構手間がかかる。お前が居た海上自衛隊では、こいつを毎週作っているのか?」
「はい。海軍カレーと総称で呼ばれていますが、実際には艦や部隊によって調理方法が違います。これは私が勤務していた補給艦の海軍カレーレシピです」
レシピによれば、鷹の爪油、ニンニク醤油、白桃、赤ワイン、コーヒー、福神漬けの汁等が隠し味に使われている。隠し味は分量を間違えれば、隠し味と呼べなくなる。それはカレーとして失敗に繋がるため、分量は細かく記載されている。
「ふぅん、海上自衛隊も大変だな」
「毎週金曜が楽しみだって人も結構いるんですよ」
里見は笑顔で微笑んだ。
懐かしい海上自衛隊での生活。家族や友人を守る為に退官して能力者となっている今でも、海上自衛隊での思い出は大切だ。こうした大切な思い出が、バグアとの戦いという辛い日々の中でも里見を支え続けている。
「さて、サラダを作ってしまいましょう。海上自衛隊ではカレーに必ず牛乳とサラダが付いていたんです。北京市の皆さんに、是非海軍カレーを食べていただきましょう」
●
「日本風のカレーはイギリス料理とも言える、な」
パールホワイトの立襟カフスシャツの上から、不似合いのひよこ柄エプロンを着用しているのはUNKNOWN(
ga4276)。
今日は煙草ではなく、咥えシナモンでダンディズムを維持しているが、エプロンに書かれた『PIYOPIYO』の言葉が異様さを醸し出している。
「そうなんですか?」
UNKNOWNを手伝いにきた白虎は素直に聞き返した。
「そもそも、インドにはカレー粉と呼ばれる物はない」
「え? 知りませんでした」
「カレーに使われるスパイスは各家庭によって調合している。そして、その調合は各家庭によって異なる。つまり、カレーの味は家によって異なる」
「では、どうしてカレー粉が出来たんですか?」
「カレー粉を作ったのはイギリス人だ。カレーを食べる度にスパイスを調合するのは大変な手間だ。スパイスをすべてすり潰して粉にするのは、一苦労だからな。だから、既に調合されたカレー粉が店に売り出された時、民衆は歓迎した訳だ」
「あ、そのカレー粉が日本へ入ってきた訳ですね」
UNKNOWNの説明で納得する白虎。
カレー粉が日本へ到来した後、日本でも独自の文化発展があって今の形式へ落ち着いたという訳だ。
「そういう事だ。合理的な話だが、イギリス人らしい発想だ。
反面、カレー粉を使ったカレーは味が画一的になりやすい。同じカレー粉を使っているのだから、味はどの家庭でも同じになる」
「インドにカレー粉はないってそういう意味なんですね」
「そう。インドで同じ味はそうある物ではない。だが、ここに注目すべき点がある。
生まれ育った環境が異なれば、好まれる味も異なる。それはこの中国でも同じ事だ」
中国でも四大料理と呼ばれる物がある。
四川料理、北京料理、上海料理、広東料理。これは各地方によって味付けや調理法が異なっているのだが、生まれ育った味を人々が好むのであればカレーの好みが異なるのも事実だ。
そのため、UNKNOWNはカレーの鍋を5つ用意していた。
豚や羊をメインとして味が濃く塩辛い北方系。
豚や鶏、大豆を使ったスパイシーな西方系。
魚介系を使った薄味で素材を活かした南方系。
甘みがある魚介や豚を使った東方系。
日本風のダシを使った和風カレー。
それぞれがそれぞれの好みに合わせて食せばいい。
UNKNOWNはそこまで計算していたのだ。
「ナンや米は好きな方を選べばいい。
チーズやほうれん草、揚げニンニクなどのトッピングも準備する必要があるな」
「なるほど、では私はトッピングの野菜を切るところからお手伝いしますね」
白虎は手近にあったほうれん草を切り始める。
傭兵を介しているとはいえ、UPC軍が市民へ復興支援するという事は希にある。だが、定期的に行う事がUPC軍と市民の市民調和へと繋がる。
未だUPC軍内部での派閥争いが聞こえる昨今、北京市民の中には親バグア派も存在している。再び大きな火種にならなければ良いのだが‥‥。
「UPCは何処まで北京市民の復興を願っているのか」
UNKNOWNは煙草の代わりにシナモンスティックの香りを肺いっぱいに吸い込んだ。
「憐の奴はどうした?」
「平沢さんの手伝いをすると言っていました。まあ、いつものように摘み食いでしょうが‥‥」
國盛は、ドライカレーを作りながら立花へ声を掛けた。
自ら経営する珈琲喫茶でも出されるドライカレーが、店と同じように鍋の中で踊っている。普段は辛めに作成しているが、今回は復興支援。老若男女を楽しませなければならないため、激辛から激甘まで準備している。
「そうだな。やはり、多めに作っておいて正解だ。
作ったドライカレーの大半を食われる事は間違いない」
最上対策として、國盛は想定以上のドライカレーを作成していた。
最上の食べっぷりを見ていて周囲の食欲が湧いてくる‥‥と信じたいが、一抹の不安も抱えている。
「多めに作って正解です。他の方も具材を大きめにした専用カレーを準備されているみたいです。最上さん、そこまで警戒されているのですね」
最上への警戒振りを目の当たりにした立花は、改めて最上への知名度を再確認する。もっとも、傭兵としての腕ではなく、食欲の方が注目されているだけな気もするが‥‥。
「國盛さんはドライカレーがメインですか」
「そうだ。それ以外にも自家製のカレースナックやじゃがいものザブジも出す予定だ。
零次も何か出すのか? さっきから何かやっていたようだが」
「私の方はスパイスハニーケーキを。これなら、子供達も安心して食べられるのではないかと思いまして」
立花の手には皿の上に乗ったケーキがあった。
オールスパイス、シナモン、ナツメグ等のスパイスに蜂蜜を加えてホットケーキとして焼き上げる。オールスパイスの香りで精神的なリラックス効果を狙っている。
「あまり大量生産はできませんが、子供たちのために焼きたてを食べていただければと思います。もう一品はマレーシアの揚げタマカレーを作っています」
揚げタマカレーはコリダンダー、スターアニス、クミン、ターメリック等にココナツミルク、ブイヨン、トマトソースを加えて作られたカレーだ。揚げたゆで卵ががトッピングされて子供でも安心して食べられる味に仕上げている。
「子供のため、か。零次らしいな」
國盛は呟いた。
誰かを守るという行為は、常に護衛対象だけに影響を及ぼす物ではない。
時には護衛する側にも良い意味で作用する。
その証拠が立花だ。
以前はそのような人間ではなかったが、今では子供達のために何かをしてあげたいと考えている。
人は、自らを環境へ適応させながら変わる事が出来るのではないか。
國盛はそう考えていた。
「はい、ありがとうございます」
「‥‥ん。しかし。カレーは。もう少し。刺激が。あった方が。いい」
「憐!」
二人のやり取りの横で、最上が揚げタマカレーに舌鼓を打っている。
「最上さん、いつの間に‥‥」
「‥‥ん。子供でも。刺激は。必要。甘さばかりは。駄目」
「お前、さっきまで平沢のところへ行っていたのではないのか?」
「‥‥ん。味見は。終わった。次は。こっち」
味見と称しながら、最上はしっかり揚げタマカレーを完食。
今は國盛のドライカレーへと手を伸ばしている。
「まったくお前という奴は‥‥」
呆れ顔の國盛。
きっと最上だけは何があっても変わらないのだろう。
●
時間は数十分前へ遡る。
「‥‥ん。このカレー。旨い」
「ああっ! 最上さん、味見と言っていたのに‥‥」
「‥‥ん。そう。これは。味見」
平沢が作っていたカレーは、既に九割を最上に食されていた。
市民へ配るという事から寸胴鍋を用意していたが、最上の前ではその量でも『味見』に他ならない。
再び作り直しを余儀なくされる平沢ががっくりと肩を落としている。
「‥‥ん。でも。このカレー。今までと。少し違う」
「あ、ああ。皆さんの中には北インドのカレーを意識されている方も居ましたので、僕は南インドのカレーを作っていました。ココナツを使ったフィッシュカレーだったんですが‥‥」
平沢によれば、カレーは地方によって異なる。気候や民族も異なるのだから、当然と言えるだろう。
インドカレーと一口にいっても、北と南で大きく異なる。日本で良く見かけるインドカレーは北インドやネパールが多い。北インドは南インドと比較した場合、辛さは控えめ。逆に南インドはスパイス全体で辛みを引き出している。
「それに南インドは面白い特徴があるんですよ。
これ、食べてみて下さい」
平沢が取り出したのはスプーン。その上には赤いペースト状の物が乗っている。
「‥‥ん。これ。梅干し」
「実は梅干しじゃないんです。アチャール、具体的にはマンゴーのピクルスです。カレーの付け合わせに使われるのですが、梅干しに似た味がしますよね? 他にもカレーに使われる物の中には日本に近い味もあるんですよ」
平沢は最上にほとんど食べされたにも関わらず、カレーについて楽しそうに話している。
それは傭兵というより、料理を楽しんでいる者の顔つきだった。
「‥‥ん。カレーと。一緒に出す。ナンと。米は。どうする?」
「米はバスマティライスを使います。
ナンについてですが、いつもナンとは限らないんです。そもそも、インドにはカレーと共に食されるパンが数多くあります。今回は、フライパンでも焼けるチャパティというパンにしようと思います」
移動用タンドリーも準備されていたのだが、平沢は敢えてチャパティを選択していた。復興中の北京市でも簡単に作れると考えての選択だろう。
平沢の様子を見ていた最上は、平沢なら美味しいカレーを何も言わなくても作ってくれるはず。これならば、黙っていても安心だという完食を得ていた。
何より、他のカレーも食べたい。
「‥‥ん。平沢なら。安心。他の。カレーを。食べに。行く」
「あ、はい。皆さんに頑張るようお伝え下さい」
足早に立ち去る最上。
その様子を見つめながら、平沢は再び香辛料をすり潰し始めた。
●
「今日は、皆さんありがとうございました!」
平沢は傭兵たちへ深々と頭を下げた。
それぞれの料理が完成後、白虎の提案通りカレーとスパイスの対決を実施。
北京市民が見たことある料理、見たことがない料理も登場。子供も大人も傭兵達が作った料理に驚かされ、味わっていた。
スパイスも相当量使用していたが、何物にも代え難き北京市民の笑顔を取り戻せた事は大成功と言っても差し支えないだろう。
「ふ、感謝は不要じゃないかな。俺たちはそれぞれ想うところがあって料理を振る舞った。それだけだ」
シナモンスティックからいつもの煙草へ切り替えたUNKNOWN。
その横ではビリティスがミルクをジョッキで飲んでいる。
本人曰く、ラム酒に変えたかったらしいが、齢10歳ではそうもいかないのだろう。
「そうだ。キャプテン・ビリィは、みんなにうめぇもんを食わせてやりたかっただけだ」
「ですが、僕一人ではここまで喜んでもらえなかったと思います。だから感謝させて下さい」
平沢は再び感謝した。
集まった傭兵が作ってくれた料理に新たな刺激を受けると同時に、料理人としてまだまだ頑張らなければならない。きっと平沢自身が、今回の料理を通してそう感じたのだろう。
「それで、あなたはどうするのですか?」
優しい笑顔を浮かべる里見。
目の前に居る料理人の将来が気になっているといった様子である。
「分かりません。ただ、僕の料理が必要となっている人のところへ行きたい。そう考えています」
純粋な気持ちで応える平沢。
今まで傭兵としてバグアと戦う事もあっただろう。
その際、平沢は人々を守るために戦っていた。
料理も戦闘も、人々のためという点では同義だ。
きっと平沢は、これからも人々のために全力を尽くしていくのだろう。
そう思った瞬間、里見の右腕が上がる。
「‥‥大丈夫。あなたならきっとできますよ」
海上自衛隊仕込みの力強い敬礼が、平沢へ向けて送られた。