タイトル:【CB】内通者を追え・星マスター:近藤豊

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/03/14 09:11

●オープニング本文


 裏切りという行為を好意的に感じる人は少ない。
 かつての味方からは、問答無用で恨まれる。
 かつての敵からは要注意人物として扱われる。
 裏切りという行為に手を染めなければならない理由は様々だが、その末路は総じて平坦なものではない。むしろ、茨の道が待ち受けていると言っても過言ではない。

 ――だが。
 それでも選ばなければならない者たちも、確実に存在する。

「士官学校出のエリートと思っていましたが‥‥」
 広州軍区司令部にて、UPC軍人達が囁き合っている。
 話の中心は常に広州軍区司令部付事務補佐官ドゥンガバル・クリシュナ少尉である。
 『新兵であっても銃を取って戦う事ができるならば、前線へ出て戦うべきだ』と司令部内で主張してきたクリシュナだが、今やその声も聞くことはできない。
 何故なら、クリシュナは突然失踪してしまったからだ。
「やはりな。信用できないヤツだとは思っていた」
「それより、姿を消した理由は知っているか?」
「知らん。何だというのだ?」
 小声で噂話をする軍人達。
 理由を語ろうとする軍人は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「それがな。あいつはバグアに通じる内通者だったらしい」
「なに!? それが原因で姿を消したというのか‥‥」
 聞いた軍人が思わず大声を上げた。
 この情報が既にUPCの各拠点で囁かれるようになり、本部も本腰を上げてクリシュナの素性を調べ始めた。その結果、士官学校入学時に裏金を使って出自を偽っていた事が判明。この裏金の出所も親バグア派から供給された物である事が分かり、情報は真実味を帯び始める。

 では、姿を消したクリシュナは何処へ行ってしまったのだろうか。
 誰もがその行方を気にしている最中、上海から数キロ南下した漁港が中国大陸の残党バグアに占拠されたという情報が入った。
 陸戦兵器を導入してまで占拠したバグア達の目的は不明。
 だが、占拠したバグアの一団にクリシュナの姿があったという。

 行方不明だった裏切り者が姿を現した。
 この情報を入手したUPC軍は、ULTへ協力要請。
 裏切り者のクリシュナ捕縛に向けて、UPC軍は大きく動き出そうとしていた。



「索敵を怠るな! 必ずこの付近に潜んでいるはずだ!」
 ブラウ・バーフィールド(gz0376)軍曹は、部隊員へ命令を下す。
 軍曹は先発索敵部隊として行動を開始していた。九頭龍玲子中尉と共に、クリシュナの潜伏先を絞りつつ敵戦力を減らす任務だ。
 このため、今回は新兵ばかりの急造部隊ではない。
 下された任務を遂行するために特別組織された、歴戦の戦士ばかりだ。
(あの馬鹿が居るという事は、キーオというバグアもここに居るだろうな)
 軍曹は心の中でそっと呟く。
 クリシュナを追うという事は、先日出会った赤髪のバグアもこの地にいるはずだ。
 出会えば交戦は避けられない。
「周囲を警戒しながら進軍を開始する。
 αは右、βは左から行け。残りは俺と共に移動する」

「必ず‥‥」
 傭兵としてラリー・デントン(gz0383)は、この場を訪れていた。
 あいつを殺す事だけが苦悩なる日々から解放される唯一の方法。
 本来の任務は敵戦力の撃破する事。だが、ラリーの中でその目的はかつての上官を殺す事にすり替わっていた。
 あいつがバグアに体を奪われていようと関係ない。
 あいつを殺す事が、全滅した部隊の無念を晴らす事に繋がる。
 そう考えたラリーは、警戒しながら倉庫街を進んでいく。



「‥‥来たか」
 UPC軍の到来を察知したキーオ・タイテム(gz0408)。
 陸戦兵器に攻撃が仕掛けられた事を知ったキーオはすぐに行動を移す。
 必ず白兵戦を想定してUPCは部隊を進めているはずだ。
 バグア側の立場としては、クリシュナを狙ってくるUPC軍をそのまま素通りさせる訳にはいかない。
「馬鹿正直に進軍するとは‥‥まさにマニュアル通りの動きだ。
 どうやら、あの教官殿もこの戦場へ来たか」
 潜んでいた建物の2階から進軍する部隊の様子を窺う。
 以前出会った教官が相手。
 あの男も下された任務を従順に遂行するタイプの軍人。
 ならば、同じタイプの軍人が相手にしなければならない。
 キーオは、すっと立ち上がる。
「やる事は一つだ。
 ‥‥港へ繋がる通路を封鎖。予定通り部隊を分けて持ち場につけ。奴らの侵攻を止めるぞ」

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
サクリファイス(gc0015
28歳・♂・HG
クアッド・封(gc0779
28歳・♂・HD
秋月 愁矢(gc1971
20歳・♂・GD
エティシャ・ズィーゲン(gc3727
15歳・♀・ER
那月 ケイ(gc4469
24歳・♂・GD

●リプレイ本文

●1200
「こちら支援部隊。キメラから攻撃を受けている。救援を請う!」
 無線機に向かってブラウ・バーフィールド(gz0376)軍曹が怒鳴った。
 物陰に隠れて人馬型キメラの放つ矢をやり過ごす。
 先発索敵部隊の任務は、倉庫街に潜むバグアを殲滅。投入部隊の進路を開ける事。相手が元上司であっても、一度命令は下されたのだから、戦う以外に選択肢はない。
「弓矢ねぇ。悪い武器じゃないけど、場違いなのは間違いないな」
 軍曹の背後から現れたのはクアッド・封(gc0779)。
 人馬型キメラを前面へ見据え、プロテクトシールドで立ちはだかる。
 かなりの重量だが、弓矢で破壊する事は難しいだろう。
「悪いが‥‥邪魔しないでくれるかい?」
 倉庫の上から、龍深城・我斬(ga8283)がSMG「スコール」で人馬型ケンタウロスを狙い撃つ。撒き散らされる銃弾が、人馬型キメラに向かって雨のように降り注ぐ。
 鉛の雨が人馬型キメラの体へ突き刺さる。
「そうだ、死の武闘を踊りながら死ぬがいい」
 サクリファイス(gc0015)の アサルトライフルがフルオートで火を噴いた。
 上空と前方から浴びせかけられた弾丸の前に、人馬型キメラは為す術もない。
 地面へと倒れ込み、キメラはただの肉塊へと姿を変える。
「傭兵か。助かったぞ」
 軍曹は倉庫の上にいる龍深城とサクリファイスに礼を述べた。
 傭兵たちは軍曹と共に地上を制圧する班と倉庫の上に登って遊撃を行う班に戦力を分割していた。ターゲットを確実に捕捉するためには時間との勝負になる。多少リスクを負っても時間を掛けずに敵を殲滅しなければ、突入班へ影響を及ぼすことになる。
「軍曹さん、感謝は戦闘後にいただきます。今は進軍を」
「そう、話は後で聞く。今は、バグアを殲滅する事が最優先だ」
 龍深城とサクリファイスは、軍曹にそう言い残してその場を去った。
 同時刻、九頭龍中尉と孫少尉もこの作戦で奮闘しているのだ。
 今、感謝は言葉で示すべきではない。
 手に握りしめたアサルトライフルこそが己の口であり、牙である。
 ならば――今行うべき事は一つ。
「道は開けた!
 α、βの両班は警戒しながら前進! キメラを確実に撃破せよ!」

●1210
「くそっ!」
 ラリー・デントン(gz0383)のガラティーンを振るう。
 だが、鋭き刃は虚空を斬るのみ。
 バグアに傷の一つも追わせる事ができない。
 やはり、自棄になった攻撃は当たらない。
 逆に、刀を手にしたバグアはラリーの体をいたぶるように傷つけている。
「やべぇな」
 傷だらけとなったラリーは肩で息をしている。
 裏切り者の存在を聞きつけ、軍曹の傭兵募集に参加。隙を見て単独行動を開始したのだが、バグア兵に発見されて応戦中という訳だ。
(単身突撃なんからしくないってか? だが、今こいつを倒さなければ、あいつは‥‥)「退け、ハードラック!」
 ラリーの後方から声が掛かる。
 振り返れば、夜十字・信人(ga8235)が大口径ガトリング砲を抱えている。
「夜十字‥‥」
「退けと言っている!」
 名を呟いたラリーを、夜十字は一喝した。
 銃口は既にバグア兵へ向けられている。
「消えろ」
 ガトリングの引き金が引かれると同時に、撃ち出される弾丸。
 全弾すべてが命中するとは思っていない。ラリーが待避する時間が稼げればいい。
「そのまま牽制してくれ。こちらは前進する!」
 秋月 愁矢(gc1971)は、プロテクトシールドを片手に前進。
 夜十字の牽制攻撃を受け、ゆっくりとバグア兵との間を詰めていく。
「あー、傷だらけになっちまって。一人は楽じゃないのに」
 ラリーへ練成治療を施すクアッド・封(gc0779)。
 プロテクトシールドを片手に駆け寄って、ラリーの傷を癒す。
 地上班の進軍ルートを検討していたのはクアッドだ。白兵戦が行われている最中、別の場所ではKV戦も繰り広げられている。フレンドリーファイヤーを回避するためには、どのようなルートを通るべきか。歩兵の位置や瓦礫を確認しながら進軍する最中、バグア兵と交戦中のラリーを発見したという訳だ。
「‥‥」
 身を隠すバグア兵。
 しかし、傭兵は夜十字だけではない。
「事前に敵の進路先を制圧、これも立派なセオリーです」
 バグア兵が身を隠した場所を背後から狙撃するサクリファイス。
 プローンポジションで的確にバグアを狙う撃つ。
 サクリファイスの弾丸は、バグア兵が隠れていた木製の箱を貫いて二の腕に突き刺さる。クアッドの挟撃作戦が功を奏したという訳だ。
 痛みに転がるバグア兵。
「忘れ物だ」
 至近距離まで近づいていた秋月。
 手にしていた月詠を抜き放ち、刀身を切り上げる。
 尻餅をついた形のバグア兵は、手足を切りつけられながら後方へと投げ出される。
 それでも致命傷には達しておらず、ゆっくりと立ち上がるが‥‥。
「ガトリングばかり撃っている男ではないぞ。ガン&ソートが本来のスタンスでね」
 夜十字はカトラスでバグア兵を斬りつけた後、四肢挫きでバグア兵を跪かせる。
 そして、フォルトゥナ・マヨールーの銃口をバグア兵の脳天へと押しつけた。
「いや、全部嘘だがな」
 乾いた銃声。
 頭を貫かれたバグア兵はその場で転がった。
「‥‥倒したか」
 グアッドの治療を受けながら、ラリーは呟く。
 これで終わりとは思っていないが、少なくともキーオに向かう道は切り開かれたと考えるべきだろう。
 バグア兵を倒した事を確認したのか、夜十字はラリーに向かって歩み寄った。
「夜十字‥‥いや、よっちーと呼ぶべきか? わざわざ俺を助けに‥‥」
 ラリーが言い終わる前に、夜十字の拳はラリーの顔面にめり込んでいた。
「あー、治療中に怪我増やされても困るんだけどねぇ」
 頬を押さえるラリーを見ながら、クアッドが呟く。
 クアッドもこうなる事が分かっていたという口ぶりだ。
 だが、唯一自体が把握できないラリーが怒りを露わにする。
「てめぇ! なにしやがる!」
「その有り余る憎しみのパワー、使い方が間違っているぞ」
「パワー? 俺は」
「‥‥仲間の無念の上に立っている命だ。無駄遣いが許される程、お前は長く生きたのか?」
 夜十字の言葉に、ラリーは押し黙った。
 キーオの裏切りで、部隊で生き残ったのはラリー一人。
 この命はラリー一人の命ではない。一緒に戦っていた仲間の分ももらった命だ。無駄にして良いはずはない。
「俺は仲間を守る為に戦う。それだけしか出来ない男だ。守られた命は自分で考えろ」
「ここで倒れられては、今までの努力は水の泡。引き際は慎重であるべきです」
 秋月とサクリファイスはラリーへ声を掛ける。
 命はもっと大事に扱うべきだ。
 重量な目的があるからこそ、無駄にしてはいけない。
 救ってくれた傭兵達の言葉がラリーの身に染みる。
 ――しかし、戦闘が終わっただけではない。
「秋月、前だっ!!」
 ラリーの叫びが木霊する。
 その声を受けて反射敵に秋月は盾を構える。
 そこへ滑り込むようにサイ型キメラが角を構えて突進する。
 盾は鈍い音を立てながらも、サイ型キメラを後方へと退かせる。
 バグア兵は倒したものの、地上のキメラは存在するという訳だ。
「みんな、悪いがちょっと付き合ってもらうぜ」
 ラリーはサイ型キメラに向かってガラティーンを構えた。

●1215
「報いだ。弁えろ、自分を‥‥ラリーにそう伝えてくれ」
 地上班と通信していたエティシャ・ズィーゲン(gc3727)は、無線機にそう伝えた。
 遊撃班は、地上班を支援しながら倉庫の天井を移動。地上班を支援しながら、確実に前進を続けていた。だが、これは非常にリスクの大きい。遮蔽物は少なく、敵に発見される恐れもある。
 つまり、傭兵そのもの強さが重要になる。
「こちらで減らしておけば下も楽にはなるだろう」
 白鐘剣一郎(ga0184)は、バグア兵に刺さった紅炎を引き抜きながら言った。
 キメラの数は予想以上よりも多い。それだけクリシュナへの道を阻む障害は大きい。だからこそ、白鐘の古流剣術「天都神影流」が振るわれるべき時期と言えるだろう。
「そうだな。だが、戦闘を終わらせるならキーオを見つける事が先決だ」
 小銃「WM−79」に那月 ケイ(gc4469)は、進行方向へ向き直った。
 この白兵戦を操っているのは、バグアであり元ラリーの上官であるキーオ・タイテム(gz0408)。この戦い、キーオを退かせねば終わらない事は、2度遭遇している那月だからこそ言える台詞だろうか。
「そう言っても、何処に‥‥」
 龍深城が口にした瞬間、目の前数センチを何かが飛んでいった。
 反射的に身を隠す龍深城。
 普通、ここで何かが飛んできたであろう方向に視線を送る。しかし、この状況は何かがおかしい。おそらく敵の攻撃に違いない。そう考えた龍深城は身を伏せて攻撃を凌ごうとしていているのだ。
「最後の司令塔という訳だな」
 龍深城の動きに呼応して身を隠していたエティシャ。
「さっさと倒して、キーオとご対面しようか」
 SMG「スコール」のマガジンを交換しながら、仲間を見回す龍深城。
 倉庫の上は少々動きにくい部分もあるが、バグア兵を倒さなければ先には進めない。邪魔なバグア兵を押しのけて、傭兵達は全身しなければならない。
「影を捉えた。行くぞ」
 再び紅炎を握りしめる白鐘。
 敵はライフルを手したバグア兵。弾切れまで待っていては、突入班に影響を及ぼす事になる。遊撃班となった時点で、多少の無理は覚悟の上。自分たちも友軍も手は出させない。ここで討たせてもらう。
「たくっ、景品がバグア兵でなくてチョコレートだったらなぁ。
 ‥‥って、現実はそう甘くないか」
 突入する傭兵たちを那月は小銃「WM−79」で援護する。
 短期決戦。一秒でも早く戦いを終わらせるためにはバグア兵を片付けるためには、傭兵同士の動きを読んで連携する他ない。即席だろうが、熟練だろうが、仲間を信じて戦い抜いてみせる。
「これでっ!」
 射程距離まで近づいたエティシャ。
 バグア兵に練成弱体を施した後、倉庫の屋根に身を滑らす。
 機動衛生兵の面目躍如という訳か。
「龍深城、白鐘! 行けっ!」
「任せろっ!」
 エティシャへ意識を向けていたバグア兵の虚を突く形で、龍深城が肉薄。
 ライガークローを下から上へと振り抜いた。威力のあまり、体が持ち上がるバグア兵。
 そこへ白鐘の一撃が放たれる。
「天都神影流・虚空閃っ」
  紅炎より生み出されし、輝きは眼前の獲物を狙う龍の如く貫き殲滅する。
 反撃のチャンスすら与えられぬバグア兵は、屋根から落ちて無様な死骸を地面へと晒した。
「急ごう、敵はこの付近に潜んでいるに違いない」
 作戦の大詰めである事を感じ取った白鐘は、紅炎を鞘へとそっと納める。

●1230
 UPC軍及び傭兵達の戦闘は熾烈を極める。
 しかし、バグア兵という司令塔を失ったキメラたちは、解き放たれたかのように周囲への破壊活動を開始。UPC軍はバラバラに行動するキメラを一体ずつ倒していく。
 そんな最中、遊撃班が倉庫二階の小部屋へと到達する。
「‥‥ここは?」
 周囲を警戒しながら、白鐘がゆっくりと部屋を入る。
 誰もいない。
 バグアもUPC軍も、キメラらしき気配もない。
 部屋の中央にはテーブルが一つ。そこには無線機が一台だけ置かれていた。
「無線機ねぇ。だとしたら、やったのはあいつか」
 那月にはこの無線機を置いたであろう人間に覚えがあった。
 クリシュナと共にこの戦いを仕組んだ者の一人――。
「聞こえるか? 傭兵の諸君」
 置かれていた無線機からは男性の声。
 聞き覚えのある声に、龍深城が応える。
「ふん、キーオだったか?
 クリシュナをあっさり見捨てた男だったよなぁ。そして、今回もクリシュナは見捨てられだ。これでは、あまりにもクリシュナが惨めだ」
「その声は以前にも居た男だな。
 お前は分かっていない。クリシュナは望んでこの状況を招いたのだ」
「なに?」
 龍深城は聞き返す。
 バグアにとって人間は使い捨ての道具でしかない。ならば、クリシュナはバグアに裏切られて捨てられたと考えられていた。
 だが、キーオは違うという。
「俺は任務に従っただけだ。クリシュナの名を教えたのも、『それが任務だったから』だ」
「どういう事だ? クリシュナの名を語る事に何の意味がある?」
 エティシャが割ってはいるように叫ぶ。
 だが、無線機から明確な応えはない。
 どうやら、キーオもそれ以上は語るつもりもないようだ。
「‥‥すべてが終わった後に分かるはずだ」
「おいおい、これで終わりってぇのかい。俺はまだ‥‥借りを返してないぞ?」
 語気を強める那月。
 これですべてを終わらせるつもりはない。
 その想いは白鐘も同じだ。
「当然だ。貴様は、その命を持って報いるべきだ。
 ラリーという男の遺恨も忘れた訳ではないだろう?」
 白鐘はラリーの名前を敢えて出した。
 他の傭兵から、ラリーとキーオに因縁がある事は知っていた。
 挑発になるかは分からないが、キーオの興味が惹ければ何らかの情報を引き出せるかもしれない。
「ラリー、そんな子犬が居たな。あいつは銃を握れるようになったか?」
「分からない。気になるなら、自分で調べたらどうだ?」
 白鐘は言った。
 キーオは鼻で笑う。
「ふん、しぶとく生きているか。
 ならば、戦場で会う事もあろう」
「何?」
「貴様らも俺を倒したいか? ならば、戦い続けるがいい。
 戦いこそが、戦場こそが我が故国。俺に会いたければ戦う以外に術はない。
 ――ラリーという男にも、そう伝えろ」
 その言葉を最後に無線機は一方的に切られた。

●1300
「‥‥そうか」
 突入班からの通信に、軍曹はそう応えた。
 キーオが戦場から消えた後も、漁港では戦闘が続いていた。
 すべてが終わった後、軍曹へ連絡が入る。
 この結果をどう受け取って良いのか分からない。
 その想いからか、軍曹はずっと空に浮かぶ雲を見つめていた。

「‥‥ライター湿気ったかな? ラリー、火を頂戴」
 指に挟んだ煙草を差し出したエティシャ。
「お前、禁煙中じゃなかったか?」
「たまには、いいだろう?」
 そう言ったエティシャに促されるように、ラリーは煙草に火を付ける。
 その煙草を咥えて思い切り吸い込むエティシャ。
 久しぶりに肺へ巡るニコチン混じりの煙。
 我慢していた分だけ、体を煙が駆け巡る。
 ――しかし。
「‥‥‥‥‥‥まずい。
 こんなに、まずい煙草‥‥‥‥生まれて初めてだよ」
 紫煙をはき出しながら、エティシャは言った。
 この味、決して忘れる事はできない。
 否、忘れてはいけない。
 紫煙が目に染みたのか、ゆっくりと瞼を閉じる。
「本当‥‥まずい、煙草だ」