●リプレイ本文
東京という都市の治安を守り続けてきた警視庁。
日本、そして桜田門に忠誠を者達の中に松田速雄は居た。
彼が身を置いていた部隊。それは――警視庁警備部第四機動隊。
通称『鬼』と呼ばれたその部隊は、ヘルメット、シールド、警棒を手にして治安維持に努めてきた。場合によっては命の危険もあるが、銃使用許可が下りる事は数える程度のみ。すべて体一つで守り通してきた。
鬼たちは何故東京の治安を維持できたのか。
それは、勇気と賞賛――そして、自らが東京の守護者だという『プライド』だ。
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――ドドドドドッ!
猿型キメラ強化版「ワーエイプ」の群れに対して、松田速雄は大口径ガトリング砲を撃ち込んだ。数匹のワーエイプを負傷させる事はできたものの、相手は猿。危険を察知して蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げる。
松田もこの攻撃が当たるとは思っていない。
ワーエイプの群れが一斉に襲い掛かって来る事を警戒して牽制攻撃を行ったのだ。ガト大口径リング砲の攻撃のおかげで、ワーエイプの群れは朽ちた家屋等に身を隠している。
(‥‥奇襲へ切り替えたか)
松田は大口径ガトリング砲を地面へと置き、小銃「M92F」とアーミーナイフに握りしめる。大口径ガトリング砲では、奇襲攻撃への対応が遅れると判断したのだ。
廃墟の壁を背にして曲がり角でカットパイ。
警視庁時代の松田にはこのような戦い方をするとは思っても見なかっただろう。
あの頃と変わらないのは、右腕の「四機」と書かれた腕章だけだ。
(前方に敵影確認できず。残存敵兵力16‥‥残弾から考えれば白兵戦は回避不能か)
脳内で分泌されるアドレナリンを押さえ込むように、ゆっくりと息を吐き出す。
この戦いで命を散らすつもりはない。
かつて同じ釜の飯を食べた仲間達の待つ東京へ戻るまでは‥‥。
「お待たせしたのですよーっ!!」
突如、周囲に響き渡る声。
キメラと交戦中の最中、戦場に響き渡る少女の声。
民間人が迷い込んだのでないとすれば、答えは一つしかない。
(救援、傭兵か。本当に来るとは‥‥)
松田は救援の存在を信じてはいなかった。
幾度も殿を勤めたが、本当に救援が来たのはこれが二度目だからだ。最初はラリーと名乗る金髪の傭兵だっただろうか。もっとも、救援に頼る気はないが‥‥。
松田はそう考えた後、単独で任務を再開した。
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「あっれーっ、見当たらないなぁ」
「意地を張っているのか。良い事もないのに‥‥」
周囲を見回すヨダカ(
gc2990)の傍らで、トゥリム(
gc6022)はため息をついた。
いざとなれば恨まれるのを覚悟で松田を応急手当するつもりだったが、当の松田は見当たらない以上、捜す他ない。
「予定通り戦力を二分しましょう。松田を支援する班は、彼の捜索。別班はワーエイプ掃討です」
周囲を警戒しながら、レオーネ・スキュータム(
gc3244)が仲間達に言った。
松田を救援する事も重要だが、ワーエイプを一掃する事が今回の任務だ。
このままワーエイプが南下すれば、近隣の村が襲撃される。民間人へ被害を及ぼす訳にはいかない。
「了解。我は、キメラの方を倒す」
魔剣「ティルフィング」を手のしているのは漸 王零(
ga2930)。
王零は松田を過去に拘りすぎた人物と見ていた。その過去のプライドに拘って仲間の連携を乱すのならば、そのようなプライドは不要と考えている。だが、その一方でそのプライドが松田の生きる力にもなっている。
だから、王零は敢えて松田の戦い振りを見守ろうとしていた。
「僕は松田君を手助けするとしよう。脳筋には行動で説得するのが一番だ」
錦織・長郎(
ga8268)は探査の眼を用いて松田を捜し始めていた。
銃声が聞こえないところを見れば、松田が重傷を負ったのか。
それとも――。
「私も行こう。もし、負傷しているのならば衛生兵として助けなければ」
エティシャ・ズィーゲン(
gc3727)は咥えていたタバコを携帯灰皿へ放り込んだ。
禁煙していたのだが、それも先日から解禁。再びヘヴィースモーカーへ逆戻りしてしまったようだ。
「そうと決まったら任務開始といきますの。キメラを倒してピンチを脱出ですの」
蒼唯 雛菊(
gc4693)は気合十分、蒼剣【氷牙】を握りしめて戦場に向かって歩き出す。
最悪、松田はキメラをすべて倒してから捜してもいい。
今は任務を集中しよう。
その考えを察したのか、傍らに居たユキメ・フローズン(
gc6915)はそっと微笑みを浮かべる。
「では、咲かせるとしましょう。狂い咲く戦場の華を」
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討伐目標となっていたワーエイプを捜す事は、難しい事ではなかった。
廃村へ足を踏み入れた途端、廃屋の屋根から数匹が同時に飛び掛かってきた。
身を隠し、タイミングを見計らっての攻撃。
つまり、傭兵達は奇襲を受けていたのだ。
「我に奇襲とは‥‥キメラも賢くなったか?」
そう呟く王零ではあったが、奇襲を事前に察知した際に発動。
体より闇を放ちながら、魔剣「ティルフィング」が抜き放たれる。その結果、屋根から飛び掛かってきたワーエイプは、ティルフィングの刀身によって切り裂かれて地面を転がり回っていた。
痛みに悶えるワーエイプ。
その傍らにゆっくりと歩み寄る王零。
「‥‥いや、奇襲が見破られていた事も気付かない時点で凡愚か」
ワーエイプの瞳へティルフィングを突き立てる。
痛みに暴れていたワーエイプだったが、その体から力が抜けるのに時間は掛からなかった。
「でも、こいつら同時に攻撃を仕掛けてくるですの!」
雛菊は蒼剣【氷牙】の突きを繰り出す。
だが、猿だけあって身軽なワーエイプは大剣を巧みに躱していく。
「ヨダカが強化をかけるです!」
ヨダカは雛菊の武器に練成強化を施す。
一時的に蒼剣【氷牙】の攻撃力が上がる。
「ありがとうですの!」
「ふふ、私も負けられません。
咲かせましょう、咲き誇る真紅の華を」
薙刀「舞姫」を片手に間合いを詰めるユキノ。
振るわれた舞姫の刃は、バックステップするワーエイプの体を捉える。
――しかし。
周囲に響く金属音。
ユキメの手に激しい振動が伝わる。
「っ! 堅い。甲冑を着た見た目は、伊達ではありませんか」
一歩身を引くユキメ。
そこを狙ったかのように、もう一匹のワーエイプが飛び掛かる。
「!?」
気付くユキメ。
だが、舞姫も二刀小太刀「小夜時雨」を懐から取り出す暇もない。
襲われる。
そう考えた瞬間、後方から風が吹いた。
「させませんの!」
蒼剣【氷牙】の突きがワーエイプの体を捉えて、胴体を串刺しにする。
ワーエイプ自慢の甲冑は、ヨダカによって強化された雛菊の突きには通用しなかったようだ。
「ありがとう」
「感謝は後ですの。今は敵を倒すのみですの!」
蒼剣【氷牙】を構える雛菊。
敵に当たれば倒せる。
そう察した瞬間、雛菊の心に光明が芽生えた。
「ふん、どうやらお誂え向きな展開になったようだ」
王零の言葉に釣られたのだろうか、ワーエイプが続々と集まってくる。
いずれは掃討しなければならない相手、ならば束になって掛かってきてもらった方がやりやすい。
「わわっ、お猿さんがいっぱいっ!」
ヨダカは興奮する。これが動物園の猿山ならば安全なのだが、相手がキメラとなればそうはいかない。ヨダカも奮戦を強いられるだろう。
「来い。力の差という物を見せてやる」
王零は落ち着いた様子で手招きをする。
それを受けたワーエイプ達は、地面と屋根から同時に襲い掛かる。
「馬鹿の一つ覚えか」
王零は超機械「シャドウオーブ」を前方に向かって撃ち出した。
黒色のエネルギー弾が、地面を走るワーエイプ近くの地面を直撃。だが、王零もエネルギー弾が当たるとは思っていない。重要なのはステップでエネルギー弾を避けさせる事になった。
一気に間合いを詰める王零。
「消えろ」
振り下ろされるティルフィング。
刃はワーエイプの体を引き裂く。避けた隙を狙えば、倒せない相手ではない。王零にとって、眼前の敵は脅威ではなくなっていた。
「ならば、私も‥‥」
ユキメは迅雷で間合いを詰める。
そして、ワーエイプの足関節部分を狙って切り裂く。返す刀で舞姫を切り上げた。
反動と重力に従って、地面を派手に転倒するワーエイプ。
「円舞・迅雷閃‥‥」
倒れたワーエイプの胸部に向かって、体を回転させて生み出した遠心力を利用した一撃を叩き込んだ。切り裂くことは難しくとも、強烈な衝撃を与えれば内蔵が無事はない。事実、強烈な一撃を胸部に受けたワーエイプは泡を吹いて痙攣を起こしている。
「ユキメさん、やるですの! 私も負けてられないですの!」
逸る雛菊。
傭兵達はワーエイプ殲滅に向かって動き出す。
おそらく周囲のワーエイプを倒しきるのに、そう時間は掛からないだろう。
●
「‥‥!?」
松田がM92F片手に振り返る。
そこに立っていたのは錦織。探査の眼は、見事救援目標の松田を発見する事ができたのだ。
もっとも、厄介なのがこれからなのは錦織自身も把握していた。
「今までご苦労だったね、君の援護をするので宜しく頼むね」
「‥‥‥‥」
錦織の言葉に対して松田は無言を貫いた。
まるでその場へ誰もいないかの如く、無視を決め込んでいる。
(やれやれ。機動隊の連中が堅物なのは聞いてましたが、これは筋金入りだな)
肩を竦める錦織。
「松田君が無視するのは構わない。
だけど、他の傭兵たちは僕のように君の同意を求めるとは限りませんよ?」
錦織が言った言葉の真意が気になって振り返る松田。
そこに居たのは、クルメタルP−56を手にしたレオーネの姿があった。。
「錦織、探査の眼で周囲は調べたのだろう。確認した敵の数は?」
「レオーネ君。良い勘をしてますねぇ、関心します」
「私も同じ立場ならばそうしたから。それで数は?」
「一匹、3時方向。物陰に隠れています」
「そう」
松田を通り過ぎて前方へ歩み出るレオーネ。
ワーエイプが潜んでいるとされた場所に向かってクルメタルP−56を撃ち込んだ。
銃声と弾丸を撃ち込む事でこちらの存在をアピール。ワーエイプを炙り出そうという作戦だ。
そして――案の定。
ワーエイプが撃ち込んだ地点から飛び出してきた。
「目標確認。援護射撃します」
M−121ガトリング砲を手にしたトゥリム。
眼前に迫るワーエイプに向かって掃射を開始。
高速の弾丸が撃ち出され、周囲は火薬の香りで包まれる。
ワーエイプはステップで弾丸を避けながら近寄ろうとする。だが、近づけば近づく程弾速は向上、全弾を避けきる事は難しい。
「ありがとう。さて‥‥」
レオーネはクルメタルP−56でステップするワーエイプを狙う。
甲冑のように硬質化した皮膚で覆われた猿。手持ちの弾丸で貫通させる事は難しい。
ならば、隙間を狙うしかない。
具体的には眼や口といった柔らかいと思われる場所。
――ドンッ!
周囲に響く銃声。
その刹那、金属音。
弾丸は甲冑に弾かれたようだ。
「くっ、やはり難しいか」
「‥‥」
黙り込んでいた松田は、M92Fを構える。
ステップするワーエイプに向かって照準を合わせる。
狙うはステップした後に出来る一瞬‥‥。
再び鳴り響く銃声。
だが、今度は金属音が響かない。
後方へ吹き飛ばされるワーエイプ。弾丸は頭部を貫通、右目は吹き飛ばされているようだ。
「見事な腕だ」
「俺は‥‥」
(救援を頼んでいない。何より、お前らの指揮下に入った覚えもない)
松田はそう言おうとしていた。
自分を助けてくれるという傭兵達に感謝している。だが、今までも共に戦った傭兵は戦況が悪くなると常にその場から逃げ出していた。残されて殿を勤めるのはいつも松田だった。
それでも、松田に不満はない。
松田も東京陥落の際に、殿を勤める事ができれば。
最後まで戦い続ける事ができれば。第四機動隊、つまり鬼としてのプライドは戦い続けるべき東京で今も松田の帰還を待っている。
松田には後悔していた。
だからこそ、警視庁警備部第四機動隊であり続けようとしているのだ。
自分の意志で勝手な行動はできない。
独自判断で共闘はできない。
松田は傭兵たちにそう伝えようとしていた。
――だが、その言葉はエティシャによって遮られてしまう。
「まずは、怪我だ。時間はない、返事を求めていないからな」
「‥‥」
強引に松田の腕を自分の方へ引っ張るエティシャ。
表情に変化は見られないが、松田は呆気に取られているようだ。
「見たところ、重傷は負っていないな。
かすり傷や切り傷は多数あるようだが、命に別状があるものは一つもない。この状況下でよく一人で生き延びたもんだ」
「‥‥俺は」
「言ったはずだ。返事は求めていない、と」
傷を向かっていた視線を松田へと向けるエティシャ。
松田が治療を求めていない事は察していた。
しかし、負傷した者を放っておける程、エティシャは寂しい人間ではない。
「‥‥」
「キミにもプライドはあるな? だが、私だってある。
医者として、衛生兵として――最前線の戦友を見殺しにはせんよ」
少々語気を強めながら、エティシャは言い切った。
松田に第四機動隊をプライドとするならば、エティシャは衛生兵としてのプライドがある。エティシャは意地で松田を治療する。
そこには嘘や虚像といった物はない。
あるのは純然たる癒し手としてのプライドだけだ。
「だから、勝手についていく。問題ないな?」
練成治療を施しながら、エティシャは呟いた。
「‥‥」
エティシャの言葉に松田は黙って頷いた。
●
その後。
傭兵達の活躍によってワーエイプはすべて撃破。
近隣の村に被害が及ぶことはなかった。
「一本吸うか?」
エティシャは帰りの車中で、松田に煙草を勧めた。
松田はエティシャに視線を移した後、黙って煙草を一本引き抜いた。
「ふふ、キミも吸うか。
だが、吸い過ぎは駄目だ。これは医者として忠告だ」
そういうエティシャだったが、既にこれで三箱目。
煙草を控えるように言える立場ではないが、医者として忠告しない訳にもいかない。
「ところで、松田君」
エティシャに煙草の火をもらっていた松田に対して、錦織は話しかけた。
「‥‥」
「立川の‥‥緑町近くにあった旨い焼き肉屋。覚えているかい?」
「!?」
錦織の言葉を聞いて、松田の瞳孔が開く。
驚いても表情を変えて来なかった松田だったが、ここに来て感情を初めて露わにする。「あんたはキャリアか?」
「さぁ、どうだろうねぇ? くっくっく‥‥」
答えをはぐらかす錦織。
東京陥落する際、最後まで抗おうとしたのは警察や自衛隊ばかりではない。
東京を、日本を護ろうとしていたのは鬼以外にも居たのだ。
だが、敢えて錦織は言葉にしない。
もう少し困惑する松田を見ていても、悪くはないだろう。