●リプレイ本文
軍において階級は絶対的な物の象徴である。
仮に無能な上官が存在した場合、部下は逆らう事が可能か。
答えは否、である。
それは社会的地位の喪失とは意味合いが異なり、組織内部に大きな禍根を生み出す事になるからだ。
では、部下はその誤りをどうすれば良いか。
それは――部下の軍人としての生き様によって左右される。
「‥‥そう、脇を締めて。もっと力を入れるんだ」
新兵に指導するのは天空橋 雅(
gc0864)。
アサルトライフルの取り扱いを短時間で叩き込む事は、簡単な事ではない。
本来であれば十分な訓練を行った上で、前線へ赴くべきだ。
だが、現実はもう少し残酷だ。
司令部からの命令で銃も握った事がない新兵三名と共にキメラ退治をしなければならない。あまりにも無謀かつ無茶な命令である。
「指導者としての素養があるようだな」
「軍曹殿」
新兵の指導をしている様子を窺っているのはブラウ・バーフィールド(gz0376) 軍曹。
新兵の指導をするのは軍曹の役目なのだが、軍曹にはデスクワークを含めて様々な仕事が降り掛かっていた。新兵達に十分な指導を行えないという状況下を苦々しく思っているはずだ。
「私には、彼らの生存確率を上げてやる事しかできません」
雅は昔の任務を思い出していた。
自分の目の前で兵士3名が命を散らした。
だからこそ、今回も同じ愚を繰り返す訳にはいかない。
雅にとって新兵達を守る事は非常に重要な意味を持っているのだ。
「それは俺も同じだ。いくらクソ以下の存在を一人前のUPC軍人へ変えたとしても、戦うのは俺じゃない。これは指導力の有無とは別問題だ」
「そうですわ。少しずつ経験を積むのも悪くはないと思いますの」
傍らから祈宮 沙紅良(
gc6714)が姿を見せる。
経験を積む事もまた、戦場において生存確率を引き上げる。
死んでは元も子もないのだ。
「軍曹のためにも、最良の結果を物にしたいです」
緋蜂(
gc7107)が別の新兵をレクチャーしながら言った。
しかし、緋蜂にとって今回の依頼には別の不安要素がある。
否、緋蜂だけではない。
今回の依頼に参加した傭兵たちは、すべからく同じ不安要素を抱えているのだ。
「我が読んだ本によれば、『拳措において簡素、言語において細心、熱狂において慎重、絶望において堅忍』というのが紳士の条件らしい。その全てに該当せぬな、あの男は」
シリウス・ガーランド(
ga5113)は、周囲に聞こえるようにわざと大きな声で叫んだ。
シリウスの言うあの男――それは、この部隊の指揮官である曽徳鎮中尉の事である。
軍曹を含めて四人の兵士を持って『曽徳鎮戦闘大隊』を名乗り、銃を握った事もない新兵と一線交えようというのだから正気とは思えない。おまけに妄想癖があるためか、自らの名族と称し、閣下と呼ばせている。
シリウスが閣下を無視しながらも、嫌味を言いたくなるのは当然だ。
――だが。
「‥‥ん、なんだ? きょそ? 何を言っているんだ」
閣下はシリウスの言葉をまったく理解できなかったようだ。
無能な上に無知。そんな閣下の態度に、シリウスは一層不機嫌になった。
その様子を見ていたレベッカ・マーエン(
gb4204)も、我慢の限界に達したようだ。
「黙れチョビ髭、本当に名家の人間であるならその勤めを果たしてもらおう。ノブレス・オブリージュという奴だ」
「トップレス? 私はブラジャーなど着けてはおらん。
それよりチョビ髭とはなんだ! 閣下と呼べと言っておるだろう!」
どうやら閣下はノブレス・オブリージュを理解できなかったようだ。
その言葉を理解できない者が名族の責任を果たすなぞ到底無理だ。
「なんや、ちゅーいさんは‥‥あったま、悪いん、やろうか‥‥?」
閣下と二人のやり取りを見ていた泉(
gc4069)は、横に居たシン・サギヤ(
gb7742)へ話かける。
「バーフィールド氏が軍曹で、閣下が中尉。まったく理解できません」
無愛想なサギヤの口から思わず本音が漏れ出でる。
実は閣下が上官なのも無能が故に発生した事象だ。
保身が強い上官が部下を一人昇進させなければならない場合、有能な部下を昇進させない。下手をすれば自分の立場が危険になるかもしれないからだ。だから、無能でも無害な部下を昇進させる事になる。腐敗した組織では多々見られる自称だが、閣下もそうして中尉となったのだ。
「お久しぶりです、閣下。今度は大変ですね」
緑川 めぐみ(
ga8223)がにこやかに挨拶した。
緑川は以前の依頼で閣下と面識があった。その時、閣下を思いきり説教したのだが、当の閣下は説教の内容が理解できなかったようだ。そのため、緑川に出会っても畏怖などの感情はまったく見られない。
「おお。お前は以前、私のチョコレートを奪還するために戦ったものではないか。再び我が名族の威光に導かれたか」
閣下は満足そうに頷いているが、閣下の妄言はいつもの事。
緑川は閣下の言葉を半ば無視して、話し始める。
「熊型キメラですか。定番と言えば定番ですが、閣下は下がっていてくださいね」
「なに? 私が先陣を切らねば部隊の士気に関わるではないか」
「指揮官戦死は迷惑なんです。混戦となれば、コレの誤射もありますから」
緑川はデヴァステイターを閣下に見せつけながらスライドを引いてみせる。
「うっ、痛いのは嫌だ」
「そうでしょう。それに、指揮官は後方でどっしり構えて部隊を指揮した方が部下は安心します。指揮官の戦死は部隊にとって重大な問題ですよ」
緑川は敢えて安心する、という言葉を強調した。
そうする事で、暗に後方で指揮を執った方が上官らしいという事を伝えようとしているのだ。
「‥‥ふむ。確かにその方が格好良いな。
分かった。今回は私が後方へ下がり、貴様らを直々に指揮してやろう」
閣下の指揮など誰も期待していないのだが、それで厄介事が一つ減るなら好きにすればいい。
白い目で見られている事にも気付かず、閣下は愛用の踏み台『ガイア』へ飛び乗り号令を下す。
「曽徳鎮戦闘大隊、出陣である!」
●
「行きますっ!」
緑川はイアリス片手に熊へ肉薄。近接戦闘へ持ち込んでいた。
サッカー場へ迷い込んでいた熊型キメラを発見する事は簡単。問題は、熊型キメラ2体を早々に撃破しなければならない事だ。新兵3人にとって初めての戦闘、長期戦に持ち込む事は出来るだけ避けたい。
間近に迫る緑川を前に、熊は腕に生えた鋭い棘を振り下ろそうとする。
「ふん、所詮はキメラか」
緑川を支援する形でシリウスのアサルトライフルで熊を狙う撃つ。
突然飛来した弾丸に驚く熊。
一度振り上げた腕を思わず顔面付近へと引き戻す。
「そこっ!」
一瞬の隙をつき、緑川はイアリスの刃を熊の体へ押し込んだ。
柔らかい肉の感触が刃から手へと伝わる。
噴き出す血液。
熊は痛みに叫び声を上げているが、絶命には至らない。
「今だっ! 撃てっ!」
雅は新兵3人に向かって指示を飛ばす。
新兵たち3人は能力者ではない。アサルトライフルも通常兵器であるため、キメラを倒す事はできない。だが、戦場で敵と退治して銃を撃ったという事は経験上大きな意味合いを持つ。
雅自身もエネルギーガンを使って熊援護攻撃を試みる。
「怯むな、撃ち続けろ! だが、味方には当てるなよ!」
軍曹もアサルトライフルを手に狙撃を敢行。
銃弾は、雨のように手負いの熊へと降り注ぐ。
「ガウッ!!」
ここで熊は逆上したのか、体に銃撃を受けながらも突進を開始。手負いの熊は邪魔な弾丸を撃ち出す新兵に向かって攻撃を仕掛けるつもりだ。
「行かせるか、ボケェ!」
サギヤは超機械「ヘスペリデス」で攻撃。
大きな体を揺らしながら移動していた熊の周囲を電磁波が包み込む。
体から煙を発し、動きが鈍る熊。
「消えなさい!」
両断剣を施された緑川のイアリスが熊の脳天目掛けて振り下ろされる。
――ザシュッ!
熊は脳天を割られて昏倒。前のめりで地面へと倒れ込み、そのまま動かなくなった。
「思った程、キメラは強くないな。司令部はこの事を知っていたのか?」
アサルトライフルの弾倉を交換しながら、シリウスは呟いた。
熊は見掛けよりもずっと弱い。
「それはないでしょう。幾ら弱くても一般人を派遣する訳ありません。
考えられるとすれば、この任務を失敗させて軍曹と閣下を処分したかったのではないでしょうか」
緑川は己の推理を口にした。
司令部が何を考えているのかは分からないが、このような無謀なやり方に憤りを隠せない。
「そういえば、閣下は? やけに静かだが‥‥」
「そりゃそうだろうな」
雅の問いに、サギヤは指差しながら答えた。
そこには沙紅良の傍らで眠る閣下の姿があった。
「‥‥安国と平けく知食せと 事依さし奉りき‥‥」
「‥‥うーん‥‥全軍‥‥私に、着いて‥‥参れ‥‥」
寝言を呟く閣下。
つい先程まで後方で叫んでいたのだが、騒音で戦闘に集中できなくなりそうになったため、沙紅良が子守歌で眠らせてしまったのだ。眠ってくれた方が邪魔をされなくて済む。閣下はきっと夢の中で大活躍でもしているだろう。
「眠らせるとは良い手だ。あとは‥‥残りの熊退治だな」
軍曹は残る一匹に視線を移す。
「これでさっさと終わらせてこいっ!」
レベッカは緋蜂のセリアティスへ練成強化を施した。
先程倒された熊同様、こちらの熊も見た目以上に強くない。
反応速度も鈍ければ、動くも早くない。
「ほらぁ、こっちがお留守だぜ!」
緋蜂は熊の足に向かって、セリアティスを振るった。
熊の注意を左右に振った上で、機動力をそぎ落とすために熊の足を狙う。定石ではあるが、確実な先方だ。事実、熊の足はセリアティスで傷つき、動きは鈍化する。
「‥‥ちっ。楽勝だな」
敵の弱さに落胆気味の緋蜂。
もっと熱い戦いを欲しているのだが、相手の熊は緋蜂を追い込む事ができない。
おまけに足が傷ついて思うように動けないのだから、熱い戦いになる訳がなかった。
「残念そうだな、もっと強い相手と戦いたいのか?」
「そりゃそうだろ。こいつじゃ、不完全燃焼だ」
覚醒時のためか、緋蜂は好戦的だった。
レベッカからの問いかけに、軽く笑みが出る。
「‥‥とっげとげ、ちっくちっく‥‥かわいくない、くまさん‥‥。
‥‥くまさん、おつかれ‥‥おやすみ」
泉は迅雷で熊との間合いを詰め、二刀小太刀「松風水月」を一瞬で抜き放つ。
レベッカの練成強化が加わった小太刀は、目にも留まらぬ一撃を熊の胴体へ叩き込まれていた。
小太刀が引き抜かれると同時に、熊は足から崩れ落ちる。
腹から噴き出した血液が、地面に赤い泉を作り出していた。
足下へ横たわる熊に対して、泉はそっと呟いた。
「‥‥くまさん、おつかれ、さまー‥‥」
●
――広州軍区司令部。
「中佐」
自室にて小説を読み耽っていた李若思中佐に対して部下は、恐る恐る話しかけた。
李は、広州軍区司令部において士官学校卒業者の中でもエリートとされる者達が属する派閥『青龍会』の中心人物でもあり、今回曽徳鎮戦闘大隊へキメラ討伐の指示を出した人物でもある。男性ながら女性口調なのが玉に瑕だが‥‥。
「なに? 今は休憩時間のはずじゃないかしら」
「報告がございます。先日、曽徳鎮中尉へ下した命令ですが‥‥」
「ああ、例のキメラ退治ね。予定通り、鬼軍曹は謝ってきたのかしら?」
李には曽徳鎮戦闘大隊にキメラ退治が無理な事は承知していた。その上でキメラ討伐を下していたのである。
その理由は、軍曹に任務遂行は困難であるという報告を司令部へ上げさせる為であった。バグア内通者ドゥンガバル・クリシュナの部下が、何の処分もなく軍へ在籍している事に不満を漏らす者が青龍会内部に居る事を李は知っていた。そこで李は派閥内部の不満を解消するために軍曹を左遷、さらに無茶な任務を下した。
あの無能な閣下に、何もできない新兵。
今まで派閥にも属さず独自路線を歩み続けてきた軍曹が司令部へ救援要請を行ってくれれば、青龍会は軍曹へ恩を売るができる。
厳しい事で知られる軍曹だが、慕う軍人は前線に多い。軍曹を青龍会へ取り込む事ができれば、軍人系派閥『白狼会』との勢力図に大きな変革を期待できる。
李はそう考えていた。
「強引な手である事は分かっているの。でも、この司令部を一つにまとめてバグアに対抗するには強引な手も時には必要なの。
‥‥それで、手筈通りに救援部隊は出発したの?」
「それが‥‥目標のキメラを撃破したとの事です」
「え? あの部隊が? 鬼軍曹が一人で頑張っちゃったって事?」
「ULTの傭兵へ依頼要請していたようです。今回のキメラ撃破も傭兵たちの活躍があっての事でしょう」
傭兵。
能力者としてバグアに対抗する。
軍曹が傭兵との関係を深めている事は知っていた。だが、傭兵を使ってでも下された任務を遂行しようとする軍曹の軍人らしさに、李は改めて驚かされていた。
「なるほどね。
‥‥ULTへ連絡して参加した傭兵のプロフィールを入手しておいてちょうだい。あの無能な閣下の部隊、役に立つかもしれないわ」
李は軽い笑みを浮かべながら、手にしていた本を閉じた。