●リプレイ本文
「ダメだ!」
政府側SPのプーラン・プシュパダンタが大声を張り上げる。
インド政府と民族側を和解させ、バグアと共闘路線を歩ませようとするランジット・ダルダ(gz0194)。彼が狙われる状況を察した政府と軍は大ダルダの元へSPを護衛のために派遣した。
だが、政府側SP、軍側SPは他者を認める事はなかった。
それが大ダルダを護衛しているMaha・Karaや傭兵達にも影響し始める。
「へぇ、いきなり読まずに却下ですかい」
古河 甚五郎(
ga6412)は呆れ顔だ。
古河は大ダルダ護衛案を提示していた。護衛場所を三つに分けてそれぞれ担当を決めて護衛するというものだ。
一階及び外周は傭兵4名を中心とした能力者を含むSP。
二階から屋上は傭兵2名とAndhaka隊、SP。
大ダルダ自身を傭兵2名とtripuraantaka隊、SP。
だが、これに対してプーランは案が書かれた書類を見る前に却下している。
「傭兵など邪魔なだけだ」
「仰いますねぇ。では、何か良い案でも?」
「ふん、私に任せておけ。私は護衛の専門家だからな」
胸を張って威張るプーラン。
しかし、古河はこういう手合いが口だけで何もできない事を直感的に感じ取っていた。「おまえが軍側のSPか?」
軍側SPのI.H.ラークシャサへ話しかけるのは、エティシャ・ズィーゲン(
gc3727)。
「キミにもプライドがあるだろう? ならば、警備をやり通すのが最も愛を貫いたという誇りを示せると思わないか?」
「ふむ、私に愛を語ろうと言うのか」
「私や仲間と手を組めば、より強い愛を示せるはずだ。手を貸してくれないか?」
エティシャは傭兵達を高く売り込もうとしていた。
売り込む事で協力関係を一度でも築ければ、護衛任務は楽になる。
「手を組む事が愛を貫くというが、愛は貫く物なのかな?」
「は?」
「愛は愛するという事。それは宇宙を包む偉大なる感情。さぁ、宇宙の真理を理解するのだ」
「な、なんだ‥‥」
後退りするエティシャ。
後で聞いた話だが、ラクシャーサは愛の持論を語り出すと『宇宙人』だと思い込む事があるらしい。愛を語らなければ真面目に任務を遂行できるために送り込まれたようだが‥‥。
少々気色悪い気分を味わったが、軍側SPはエティシャへ協力する事を約束してくれた。
「ダルダおじい様‥‥あの、アジドお兄様のことを教えてください」
大ダルダへ懇願するのはInnocence(
ga8305)。
「ん? 何故わしに?」
「共通の話題があれば仲良くできるかな、と思って‥‥」
「ぶわっはっは! わしで良ければ教えてやろう。だが、話は後じゃ。今は警護がうるさくてな」
そう言いながら、大ダルダはトリプランタカに視線を送る。
下手な事をすれば、その都度トリプランタカが口うるさく怒るので大ダルダは少々げんなりしている。
「だが‥‥尻は若さの秘訣じゃからのう。辞められんわい」
そう言いながら、大ダルダは通りすがるミルヒ(
gc7084)の尻を撫でる。
一瞬のうちにミルヒの尻を流れるように撫でる。
その手つきはまさに熟練の技と言えるだろう。
しかし、当のミルヒはその尻撫を気にする度振りもない。
「私は肉薄いけど楽しい? それでお仕事がはかどるならいーよ」
天然爆発なミルヒ。
その様子に悲しくなる大ダルダ。尻を撫でるのは感触を楽しむだけではない。触られて恥ずかしがって拒否する態度を見て満足するのだ。
「大ダルダ!」
笑いながらInnocenceの尻を撫でようとした大ダルダを諫めるかのように、声を張り上げるトリプランタカ。
「今はそのような時ではありません。少しは緊張感を持っていただかないと」
トリプランタカは少し苛ついていた。
エティシャのおかげで軍側SPの協力は得られるようになったが、それでもこの建物を護りきる事は難しい。Maha・Karaがをもっと戦力投入できれば万全だったのだが、SP達へ配慮した結果だ。傭兵と組んで何とかしなければ‥‥。
「トリプランタカさん‥‥」
そう言って話しかけたのは沖田 護(
gc0208)だ。
「なんでしょう?」
「あの、あまりこのような言い方をするのもおかしいのですが‥‥もし、大ダルダの命を狙う側に居たとしたら、トリプランタカさんは何処から攻めますか?」
沖田は初対面ながら、トリプランタカを経験豊富な先輩として敬意を払っている。
そんな先輩から沖田は、アドヴァイスを受けようというのだ。
不謹慎であるとは思っていた。
だが、任務は護衛。少しでも危険を減らすためには可能性を潰さなければならない。
「私なら‥‥ここで大ダルダを狙ったりはしません。準備を行って機会を待ちます」
●
「これは!?」
ウィリ(
gc6720)は思わず声を出した。
エティシャと共に1階の見回りを開始したのだが、MSI支社駐車場の一角にまったく警備が居ないのだ。仲違いの結果なのか、それとも‥‥。
「おかしい。政府SPの話では、ここは軍のSPが警護するはず‥‥誰もいないとはどういう事だ?」
「おまけに犬が通れる程の壁に小さなが空いています。‥‥ん?」
その穴からゆっくりと顔を出したのは大型の蜘蛛。
この蜘蛛、エティシャには見覚えがあった。
「こ、こいつ、確か寿光市で‥‥」
「うわっと!」
ウィリは手にしていた棍棒を下から振り上げる。
宙に舞う蜘蛛。見た目よりも軽く、簡単に吹き飛ばされる。
「ウィリ、シールドだ!」
「なんだって?」
ウィリはエティシャに言われるがまま、シールドを構える。
――ドンッ!
瞬間、蜘蛛は地面へ落下する前に爆発。
軽い地響きを起こしながら、舗装されていた駐車場の地面を抉った。
「爆発したぞ」
「蜘蛛型キメラだ。こいつ自体は大した力はないが、周囲を巻き込んで自爆する以前、見たことがある」
「やり合った事があるのか。それは助かるな」
「私は無線機で他の仲間へ連絡する。建物内を銃で撃てば厄介な事になるぞ」
慌ててトランシーバーを取り出すエティシャ。
SP達へこの事を知らせなければ、被害は拡大するばかりだ。
「じゃあ、俺は蜘蛛捜しと行きますか」
ウィリはバイブレーションセンサーで周囲を索敵する。
子犬程の蜘蛛ならばすぐに分かるはず‥‥。
「なっ!?」
ウィリは再び声を上げた。
バイブレーションセンターは、ウィリに蜘蛛らしき存在の数を教えていた。
既にビルの中に数匹入り込み、壁を伝って屋上へ向かう奴もいる。
また、駐車場と道路を隔てる壁の向こうに数十匹の蜘蛛らしき物が確認できた。
「なんてこった。祭りは既に始まっていて、本番がこれからなんてよ‥‥」
蜘蛛型キメラ『ギーグ』との戦闘は、既に始まっていた。
「はぁ!」
鷹司 小雛(
ga1008)の月詠がギーグの体を切り裂く。
鷹司の後方でその身を爆発させるギーグ。
生まれる爆風が鷹司の着物を揺らしている。
「かぁ、キリがないねぇ」
古河は小銃「ブラッディローズ」で、手前の蜘蛛を弾けさせる。
「能力者の奴は前に出て蜘蛛を狙ってくれ。中に入れちゃならねぇ」
Maha・Karaと能力者の軍SPは手にしていた銃で蜘蛛を次々と破裂させる。防衛側に戦力がさえ居れば片付けるのは簡単だ。
一方、自称『護衛の専門家』が指揮を執る政府側のSPは、まったく役に立たない。しゃがみ込んで小便を漏らす始末だ。
「まったく、プライド捨てて言う事を聞いてくれれば警備も簡単だったんですがねぇ」
傭兵を見下す人間が居る事を古河は知っていた。
そして、それらの人間が事態を混乱させる事もよく知っていた。
「今は出来る限りの事をするべきです」
鷹司は、月詠を薙いだ。
走り寄る蜘蛛が爆発。その爆発に巻き込まれる形で傍らに居た蜘蛛も同時に爆発する。
「へぇ、スプリットかい?」
「冗談を言っている場合ではありません。この状態なら既にビル内部で潜入している可能性もあります。他の班へ連絡をお願い致します」
「へいへい」
古河はトランシーバーで屋上の班へ連絡を取った。
「‥‥今、みんなで駆除している最中よ」
春夏秋冬 立花(
gc3009)はトランシーバーへ向かって泣き声にも似た声を上げる。
機械本「ダンタリオン」で何匹かの蜘蛛を爆発させているが、地面に穴を開けてしまう事から何度も利用する事ができない。そこで立花は瞬天速を使って建物から放り投げる作戦に出ていた。
放り投げた後で小銃「S−01」を使って攻撃。空中に居る間に爆破しようというのだ。
この作戦は功を奏しているが、何より蜘蛛を素手で触らなければならない。
あの堅い毛を感触がいつまでも掌に残るのだ。
立花の背筋に寒気が走る。
「無駄な事は考えるな。今は目の前に集中しろ」
Andhaka隊隊長中山 梓は眉一つ動かさずに蜘蛛を次々始末していく。
蜘蛛を蹴り飛ばして小銃で撃ち抜いているのだが、そこに感情らしきものは感じられない。
『Kali』と呼ばれて恐れられる梓が蜘蛛で狼狽える事などなかった。
「梓さん、やっぱり凄い」
機械剣「サザンクロス」で蜘蛛を掬い上げながら始末するミルヒ。
今回の任務中、ミルヒは梓の後をずっとついて回っていた。
どうすれば、梓のように強くなれるのか。
強くなれば何かが変わるのか。
ずっと病院で生きてきたミルヒにとって、中山梓という存在は特別な存在だった。
「梓さん‥‥」
見惚れるミルヒ。
だが、その背後に一匹の蜘蛛が迫る。
「危ない!」
梓が叫ぶ。
その瞬間、ミルヒは回転。
迫る蜘蛛に対して竜の咆哮。
飛ばされた練力が蜘蛛を直撃。蜘蛛は遙か後方へ吹き飛ばされて爆発する。
「何をしている? さっきも言ったはずだ。無駄な事は考えるな、と」
「はい」
心配かけた事に対して素直に謝るミルヒ。
「ふぅ、蜘蛛はこれで終わりみたいね」
周囲を見回しながら立花がため息をついた。
先程までMSI支社を取り囲むかのように蜘蛛が襲っていたが、それが今はピタリと止んでいる。
「止んだ?」
「梓さん」
考え込んでいる梓に対してミルヒは覗き込むように見つめる。
あれだけ押し寄せていた蜘蛛が、今はまったく居ない。
蜘蛛の狙いは大ダルダではなかったのか。
もしかすると他に別の狙いが――。
そう考えた瞬間、梓の脳裏に一つの可能性が浮かぶ。
「おい、大ダルダへ繋げ‥‥」
「ひ、ヒヤァァァァ! ‥‥‥‥バシュッ!!」
立花のトランシーバーから聞こえる男の悲鳴と爆発音。
誰かが蜘蛛の爆発に巻き込まれた事を示している。
そして、敵は外部から押し寄せている気配はない。
ならば、答えは一つだ。
梓は立花とミルヒへ叫んだ。
「敵は大ダルダを狙っている! 救援に向かうぞ!」
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その男は、頭を失ったSPの傍らをゆっくりと歩く。
着物から見え隠れする鎖骨、首筋から怪しい色気が漂っている。
「‥‥お、お前は‥‥」
プーランが声を振るわせている。
その原因は男の足下で蠢く蜘蛛の存在だった。SPが身を決して男に銃を構えた瞬間、数匹の蜘蛛が同時に殺到。顔に張り付いた蜘蛛が自爆して、SPの顔を吹き飛ばしたシーンを目撃したのだから無理もない。
「この方がいけないのですよ?
ですが、命を散らす最期に美しさがありません」
「あ、あなたは誰ですか?」
Innocenceは小型超機械α、沖田はプロテクトシールドを構えて男を警戒している。だが、男は二人に臆することなくゆっくりと近づいてくる。
「私は上水流(gz0418)。大ダルダに恐怖と絶望を届けに来た者です」
上水流は、そう呟いて立ち止まる。
明らかに人間や能力者には見えない。
Innocenceは大ダルダの盾になるべく、クッションを握りながらその姿を隠した。
「大ダルダは護ります!」
沖田は超機械「ヘスペリデス」を構える。
しかし、それにも上水流は動じない。
「おや、それであなたは俺俺を殺そうというのかい?」
「そうだ! 大ダルダに手を出すならば、容赦はしません」
沖田にならぶように小銃を構えるトリプランタカ。
銃口は男の顔面へと向けられ、引き金に指はかけられている。
「ふ、ふふふ‥‥」
真剣な沖田に反して上水流は、肩を振るわせて静かに笑う。
「何が可笑しい!」
「死と絶望。消えゆく命がこの世で一番美しい‥‥。
あなたは俺に最高の輝きを引き出す事ができるのかい?」
色っぽい口調で静かに微笑む上水流。
正直、沖田には上水流が何を言っているのか分からない。
だが、上水流は大ダルダの命を狙っている。ならば、好き勝手はさせない。
「さぁ、見せてください。あなたは俺を美しく散らせるか。
できなければ、あなたが散る事になります」
蜘蛛が沖田に狙いを定める。
ゆっくりにじり寄る蜘蛛。
――だが。
「たぁ!」
扉を破壊しながら、鷹司は月詠を片手に現れる。
月詠の切っ先は上水流へと向けられている。
上水流は上体を反らしながら、刃をそっと躱す。
「Innocenceちゃん、沖田ちゃん!」
息を切らせながら立花が走り込んで来た。
ビルの外部を護っていた傭兵達が梓の号令で戻ってきたようだ。
「‥‥って、なんだこいつ!」
ウィリは部屋の中に居た上水流を目撃して呆気に取られる。
インドという場所に不似合いな和服姿の男。汗一つ流す事無く佇むその姿は人外以外の何もでもない。
「無粋ですねぇ。邪魔をしようという訳ですか?」
「当たり前、です」
ミルヒはサザンクロスを構えて立ちはだかる。
上水流は完全に取り囲まれる。
だが、動じる様子はまったくない。
「なるほど。今は命の輝きを楽しませる時ではありませんか。
ならば、退くとしましょう」
そう言った瞬間、上水流は腕をすっと上げる。
それを受けて足下に居た蜘蛛は一斉に爆発。
爆風と共に上がる粉塵。
地面に大きな穴を開けて粉塵が床に落ち切る頃には、上水流の姿は何処かへと消え去っていた。
●
「上水流、ですか。また面倒な奴に狙われましたねぇ、大ダルダ」
古河は頭を掻きながら呟いた。
あの場で消えたという事は強化人間ではない。
おそらく、バグアでも幹部クラスである可能性が高い。その幹部が大ダルダの命を狙っているという事は、インド政府と民族側の団結を邪魔したいのだろう。
「‥‥うむ。敵も本腰を入れてきたという訳じゃな。悩みの種は尽きぬのう」
腕を組み頷く大ダルダ。
上水流も面倒なのだが、プーランとラクシャーサも悩みの種となりつつあった。バグアの幹部を撃退したのは自分だと政府や軍に伝えたのだから、その有頂天ぶりは理解できるだろう。騒げば騒ぐほど、大ダルダが狙われた事がインド全土へ流れる事を理解していないのだろう。
「はう〜、でもおじい様が無事でよかったですの〜」
大ダルダの首に手を回しながら、恋する子供のように甘えるInnocence。
しかし、団結式が終わるまでには幾つもの障壁がある。
上水流は、間違いなく大ダルダを狙って再び現れる。
傭兵たちは、上水流の凶行を止める事ができるのだろうか――。