●リプレイ本文
憎まれっ子 世にはばかる。
人に憎まれるような物に限って、世間では幅をきかせている。
それは世の中の仕組みを恨むべきか。
それとも、憎まれている事を知って態度をさらに大きくする小者を恨むべきか。
「‥‥あ、なら自分が調整やりますよ」
古河 甚五郎(
ga6412)は軍がマンガロールに用意したキャンプ内でぽつりと呟いた。
政府側SPのプーラン・プシュパダンタ、軍側SPのI.H.ラークシャサ、Mahakaraの中山 梓、傭兵達を交えてランジット・ダルダ(gz0194)の護衛方針について打ち合わせを行っていた。大ダルダは、ムンバイで行われる政府と民族の団結出席のために、リムジンによる移動していた。
プーランとラクシャーサはバグアの上水流(gz0418)が大ダルダの命を知った途端に大量のSPを招集。進行ルート上を規制して他の車が入れないように手を打った。誇らしげに自慢するプーランとラクシャーサだったが、おかげで大ダルダとSPは大名行列のように目立つ存在となってしまった。
「貴様が調整だと? 護衛のアマチュアの分際で‥‥」
プーランは古河を睨み付ける。
大ダルダ護衛が難しい点はここにある。政府側SP、軍側SPは互いに犬猿の仲だが、同時に傭兵達を見下している。そのため、警備体制について傭兵側へ協力的に動く事は皆無に等しい。
しかし、古河はある一手を試みる。
「ええ。皆さんは専門の護衛でお忙しそうですから、自分が調整しようと‥‥」
「待て」
古河に割って入ったのは梓だった。
古河は大ダルダの方をちらりと見ながら、梓に話しかける。
「あら? 何か問題でも?」
「大ダルダの護衛は警備体制も含め総合的に見る必要がある。それならばお前より私が行った方がいい」
「いえ、自分がやります!」
すっと手を上げる古河。
それに負けじと梓も手を上げる。
「私がやる」
譲る気配のない二人。
ここでプーランの心は揺れる。傭兵、Mahakaraに任せたままで良いのだろうか。大ダルダの手前、政府側SPの立場もある。
プーランは二人に負けじと手を上げた。
「待てっ! 貴様らに配置調整と連絡徹底をさせる訳にはいかん!
この私がすべて取り計らうっ!」
怒声の如き声を上げるプーラン。
古河や梓に負けないために張り上げた声だったが、これがプーランにとって裏目に出た。
「どうぞどうぞ」
「なに?」
古河の言葉にプーランは耳を疑った。
「そこまでプーランさんがやっていただけるというなら、譲らない訳にはいきませんよ。ねぇ、梓さん」
「うむ、そうだろうな」
古河はプーランの性格を読んで手を上げさせた。
大ダルダの前であれだけはっきり言い切ったのだ。今更できないとは言い出せるはずもない。
「き、貴様‥‥」
「ぶわっはっは!」
黙って聞いていた大ダルダの高笑いが部屋に響き渡る。
「プーラン、してやられたのう。これはお前が配置調整と連絡徹底をせねばならん。
ラクシャーサ、ワシの顔に免じて今回は政府に協力してやってくれ」
「大ダルダの依頼ならば仕方ありません。愛のために従いましょう」
恭しく頭を下げるラクシャーサ。
その傍らでプーランは古河を睨み付ける。
だが、それよりも厄介な視線を古河は感じていた。
「‥‥もう、二度とやらんからな。こんな事」
梓はぽつりと呟いた。
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「一番最後尾でドライブですか」
ヨダカ(
gc2990)は窓から顔を出して、前方に連なる車列を見つめていた。
確かに古河はプーランを嵌める形で護衛の配置調整や連絡徹底を行った。能力者SPと一般人SPが固まらないように配置してはいたのだが、古河のジーザリオと梓の乗る車は車列の最後尾に回された。おそらくプーランにしてみれば仕返しのつもりなのだろう。
「有事の際には、大ダルダの車に同乗した仲間を信じるしかない」
周囲を警戒するシクル・ハーツ(
gc1986)は、そっと呟く。
何事もなくムンバイへ到着する事が何よりだが、それはおそらく難しい。大ダルダの車が襲撃を受けたとすれば、まず盾となるのは大ダルダの車に同乗した者達。最後尾に居るシクルが到着するまで持ってくれれば良いが‥‥。
「だが、護衛の数が多すぎる。
これじゃあ、入り込んでくれと言っているようなもの。厄介な点だな」
滝沢タキトゥス(
gc4659)は、敵が潜入している可能性を危惧していた。
襲撃してくるのはキメラばかりではない、上水流と呼ばれるバグアの存在がある。得体の知れない相手だけにかなり危険な相手と見るべきだ。
「先行している黒木が先手を打てるかどうかが鍵か」
シクルはSE−445Rで先行する黒木 敬介(
gc5024)を思い出していた。
黒木は一人バイクを飛ばして視界の悪い場所や待ち伏せに適した場所を探している。進行ルートを閉鎖した政府や軍が事前に行っているのかも知れないが、相手はバグア。警戒しておいて悪いという事はない。
「心配ばかりしても仕方ないです。今は一生懸命大ダルダさんを護るのですよ」
厳しい現状を前にしてもヨダカは、懸命に任務を全うしようと頑張っていた。
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「今のところ、異常なしか。ここまでは安心な旅だったな」
ラトナギリの休憩所で黒木が体を思い切り伸ばす。
長時間の運転、特に大ダルダの高齢に配慮して軍と政府は休憩ポイントを多めに準備していた。都市部付近で休憩を取るようにしているようだが、これだけ多ければムンバイ到着までに時間が掛かりすぎてしまう。
「油断は禁物です。大事なのは大ダルダの護衛。時間が掛かってもかすり傷一つ負わせないようにしないといけません」
プロ意識を敢えて強調するのは、大ダルダのリムジンへ同乗するソウマ(
gc0505)。
移動中も政府側SPや軍側SPへ声を掛けてプロ意識を再確認させてきた。傭兵やMahakaraが人数的、配置的に護りきれない場合はSP達が体を張る事になる。
「そうです。人間同士が仲間割れしていたら、護衛対象を護りきれません」
市川良一(
gc3644)もソウマと同意見だった。
そういう意味では古河の工作は成功と言えるだろう。プーランは文句を言いながらも各組織の連携を都度確認、ラクシャーサも特に反抗の意志を見せていないために護衛任務そのものは順調と言えるだろう。
唯一の問題は、大ダルダの車に女性が同乗していない事を大ダルダ自信が嘆いている事だ。触る尻のない状況が長時間続いているためか、大ダルダも心なしか元気がない。
「護衛体制もいいが‥‥最期に信じられるのは自分自身だ」
壁に寄りかかり、タバコで一服しているのはL・エルドリッジ(
gc6878)。
元米軍一等軍曹という経歴を持つエルドリッジの言葉は、ソウマや市川の心を引き締めた。幾ら体制を取り繕っても、最期に大ダルダを護るのは大ダルダの車に同乗する傭兵達。最悪、自らの体を盾にしてでも大ダルダを護らなければならない。
任務を遂行する行為そのものに対して、エルドリッジは真摯に望んでいる。
「トリプランタカさん」
ソウマは進行ルートから戻ってくるトリプランタカに声を掛けた。
「傭兵の皆さん、どうかされましたか?」
「どんな状況になろうとも、大ダルダの護衛を優先しましょう。大ダルダに直接の危害が及ばない限り、護衛に徹しましょう」
ソウマ自身、上水流に対抗しうるのはMahakaraと傭兵だけと考えていた。
だからこそ、tripuraantaka隊隊長を預かるトリプランタカに、ソウマは自らの意志を伝えたかったのだ。
「当然です。私も全力を尽くします」
強く頷くトリプランタカ。
それは自らの立場から来る責任感だけではない力強さを、ソウマは感じ取っていた。
「‥‥ところで、さっきまで何処へ?」
エルドリッチはトリプランタカに背後から声を掛けた。
「何処とは?」
「進行方向から現れたのが気になった。大ダルダが狙われている状況で単独行動とは関心しないな」
「すいません、じっとしている事ができず伏兵が居ないか確認していました」
トリプランタカは振り返ってそう答えた。
エルドリッチも失礼な物言いである事は理解している。だが、エルドリッジは敢えて言葉を続ける。
「迂闊だな。部下を持つ者である以上、単独行動は控えるべきだ」
「そうですね。以後、気をつけます」
頭を下げたトリプランタカは、その場から立ち去った。
「エルドリッジ、あの言い方はないんじゃないですか?」
心配した市川が、エルドリッジへ問いかける。
だが、エルドリッジは即答しない。
タバコの煙を肺に流し込んだ後、一言だけ呟いた。
「‥‥全力を尽くす、か」
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「‥‥通行止め?」
黒木は先頭を走るSPへ聞き返した。
「ああ、進行方向に瓦礫の山が出来上がっているんだ。道沿いの建物が壊れて道が塞がったって寸法だ」
呆れた口調のSP。
だが、黒木の脳裏には別の物が浮かぶ。
(敵の襲撃? でも、何故このルートを‥‥)
ラトナギリの休憩所で進行ルートの変更を申し出たのだ。もし、敵が襲撃するならば変更前のルートで待ち伏せをしているはず。しかし、現実は変更したルートで都合良く瓦礫の山が出来上がった。
何故、このルートを知っている?
いや、それよりもこれが敵の仕業なら‥‥。
黒木はSE−445Rに飛び乗った。
「敵の襲撃かもしれん。俺は大ダルダの車へ向かう!」
黒木の予想は的中していた。
動かなくなった車に側面から攻撃を仕掛ける形で、蜘蛛型キメラの群れが一斉に襲い掛かっていた。
「うわっ!」
突如上がる悲鳴。
その直後に起こる爆発音。
奇襲の形となった攻撃は、SP達を浮き足立たせる。
「くらえ」
割られた窓ガラスから伸びた二丁のフォルトゥナ・マヨールーが、蜘蛛を撃ち抜く。
的確に狙われた弾丸が蜘蛛の体を爆散させ、地面を少しばかり抉った。
「12時方向、ブッシュから5匹!」
アサルトライフルで目前の蜘蛛を始末しながら、探査の眼で探った情報を口にする。
有事となれば、能力者SPにも働いてもらう。死にたくなければ、1匹でも多く蜘蛛をす始末しなければならない。
「大丈夫ですか? 治療します」
蜘蛛の爆発に巻き込まれた女性SPに練成治療を施すソウマ。
倒れたSPも放っておく訳にはいかない。傷ついたSPを治療して被害を最小限に食い止めなければ‥‥。
「傷がこんなに‥‥」
腹部の傷を治療するため、スーツを脱がすソウマ。
そこで露わになるのは胸を覆うシンプルなブラジャー。
ソウマの脳裏にいかがわしい考えが浮かぶ。
(‥‥だ、駄目だ。怪我人を治療しなきゃ‥‥)
顔を赤くしながら練成治療に集中しようとするソウマ。
だが、そのいかがわしい思考は直ぐに打ち消される事になる。
「ランジット・ダルダ。またお会いしましたね」
蜘蛛の群れをゆっくり追うようにして現れたのは和服を着た男。
インドの林から現れた男が問題の上水流である事は、その場に居た者は感じ取っていた。
「またお前か」
車中に居た大ダルダは呟く。
「冷たいですね。俺がここまで足を運んだ事、労ってくれても良いでしょうに‥‥」
「この身は絶対守護の盾! 大ダルダには傷つけさせません」
残念そうな上水流の言葉を打ち切るように、ソウマは二人の間に割って入った。
いざとなればボディーガードと自身障壁で大ダルダを護る。その間に他の仲間が助けに来てくれるはずだ。
「ふふ、威勢の良い方。あなたも絶望の刻には美しく輝くのでしょうね」
「どうやらボスが来た、という事でしょうが‥‥大ダルダの事は諦めてもらえません?」
二丁のフォルトゥナ・マヨールーを構えながら、市川は冗談交じりに言い放つ。
「駄目です。インド最後のマハラジャが死の間際にどんな輝きを放つのか。俺はそれが見たいのですから‥‥。
さぁ、俺に輝きを見せてくれ!」
上水流の足下に集っていたのは無数の蜘蛛。
先程よりも圧倒的な数。これが一斉に襲い掛かってきたなら、今の戦力では防ぎ切れない。
「大ダルダ、至福の時間です」
上水流はすっと腕を上げる。
その合図を待って蜘蛛は一斉に動き出す。
――だが。
「させないのです!」
車列後方からヨダカが走り込んで来る。
バイブレーションセンターで大まかな位置を掴んでいたヨダカは、呪歌で蜘蛛の群れの動きを封じ込める。
「動かないなら、これでっ!」
シクルは雷上動で弾頭矢を放った。
放たれた矢は1匹の蜘蛛に突き刺さり、爆発。この爆発に巻き込まれる形で周囲の蜘蛛は誘爆していく。さらにシクルは弾頭矢を連射。蜘蛛が大きな爆発を生み出していく。
「ハッ、これで一網打尽というわけだな! だったら、自分も!」
滝沢もライフルで上水流の足下に居た蜘蛛を撃ち抜いた。
数が多いため、1匹が爆発すると次々と誘爆してしまうようだ。
「花火、にしては風情がないねぇ」
古河も小銃「ブラッディローズ」で蜘蛛を狙い撃つ。
辛うじて間に合った後方の傭兵達。
「間に合った!」
SE−445Rに乗った黒木が小銃「DF−700」で蜘蛛の攻撃を仕掛ける。
あっという間に消えていく蜘蛛の群れ。
最後尾から徒歩で駆けつけた滝沢たち。
車列の先頭からSE−445Rで走り込んだ黒木。
大ダルダの危機を感じ取って、自力でここまで向かってきたようだ。
「くっ、時間を取られすぎましたか」
上水流の周りに居た蜘蛛は大半が爆発に巻き込まれて倒されたようだ。
残りも傭兵たちが奮闘すれば、あっさり片付く程度にまで減っている。
「してやったりと思わない事だな」
ライフルの照準を上水流に合わせる滝沢。
強弾撃の一撃で倒せるとは思っていないが、この一撃が脅しになる事は十分理解している。
「これだけの相手、無傷で逃げられると思うか?」
風鳥へ持ち替えたシクルが必殺の間合いに向かって距離を縮めている。
接近戦、後方支援を考えたフォーメーションで上水流を追い詰めようという訳だ。
「貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いなのです、だから首おいてけなのですよ」
追い詰めた感触を得たヨダカが、上水流へ言い放つ。
だが、予想外に上水流は微笑みを浮かべる。
「ふふっ」
「何がおかしいのですか?」
「事はすべて順調。その感触を得ただけでも今回は良しとしよう」
そう言った瞬間、上水流の足下に残りの蜘蛛が集う。
次の瞬間――。
「自爆っ!?」
蜘蛛たちは爆発。
上水流が居た場所を巻き込んで、地面に穴を開ける。
しかし、その場所にはあるべき上水流の死体はなかった。
「‥‥逃げられたか」
息を切らせながら走ってきた梓。その傍らにはトリプランタカの姿もある。
「瞬間移動という奴でしょう。
前回の襲撃もこれで逃げたのでしょう」
トリプランタカはため息をついた。
その後。
SPや傭兵達の力で大ダルダの護衛に成功。無事ムンバイへ到着する事ができた。
だが、安心するのは――まだ早い。
団結式が終わるまでは、大ダルダの気苦労が終わる事はないのだ。