●リプレイ本文
横浜で激戦が繰り広げられている最中、もう一つの戦いがひっそりと行われていた。
バグアとUPCが、「ある生物」を中心に熾烈なる先頭を繰り広げる。
何故、その生物が中心でならなければならないのか。それは多くの者に疑問として心に残るだろう。
だが、当の本人達は命を賭けるに値する理由が厳然と存在していた。。
――これは、マグロに情熱を燃やす漢達の死闘を描いた物語である。
●
「マグロも陸に上がって最終進化形ですか? でも、むしろ劣化してません?」
小田原へ向かう高速ボートの船上で、緑川 めぐみ(
ga8223)がため息をつく。
情報によれば、陸戦対応を狙ったマグロ型キメラらしい。しかし、既存のマグロ型キメラは水中高速戦闘を売りにしていた。この長所を捨ててマッシヴなおっさんの手足を生やしてしまったのだから、コンセプトから間違っている。
「まあ所詮魚類だし‥‥」
長所が失われたマグロ型キメラが相手と知り、暢気に語るのはセツナ・オオトリ(
gb9539)。数は少々多いのだろうが、情報を聞く限り負ける気が全くしない。
セツナは、そう考えていた。
――その時。
「この、バカ弟がぁーっ!」
突然、メアリー・エッセンバル(
ga0194)がセツナの頬を叩いた。
「痛っ!」
だが、叩いた張本人のメアリーは息を切らせながら鬼のような形相でセツナを見つめている。
「何処かの報告官ですら間違えていたようだけど‥‥本マグロの最高時速は80キロっ! カジキマグロについでの水中最速スピードで及び、硬い皮膚を持ち、3メートル以上にも成長する巨大魚‥‥マグロが所詮魚類なら、能力者も所詮ほ乳類って事よ!」
息継ぎする事無く、一気に捲し立てるメアリー。
弟分のセツナがマグロを侮っている事に我慢ならなかったようだ。
「メアリー姉様、分かったよ。
相手はマグロでもキメラ。油断しては駄目って事だよね?」
「くっ‥‥我が弟ながら情けない」
「え?」
「だから、あんたは駄目なのよーッ!」
再び炸裂するビンタ。今度は反対側の頬に炸裂。左の頬を叩かれたら、右の頬を‥‥と思う前に叩かれるセツナ。
「メ、メアリーさん、落ち着いて‥‥」
興奮するメアリーを夏 炎西(
ga4178)が必死になだめる。
メアリーとは良い仲なのだが、マグロが絡んだ時のメアリーに関しては常に真剣。下手な冗談が通じない事を熟知していた。
「セツナ、この戦いはマグロを理解しなければ‥‥最悪、死ぬかもしれない」
「え!?」
メアリーの一言で驚くセツナ。
実際、死ぬような依頼でない事は既にULTから報告されているのだが、メアリーの中で脳内変換したようだ。
「ラリーたん、やばいの?」
二日酔いのラリー・デントン(gz0383)を回収しにきた芹架・セロリ(
ga8801)は驚く。すっかり忘れ去られているラリーだが、既にタッチーナ・バルデス三世と陸上適用マグロ型キメラ10体に取り込まれている状況。おまけにラリー本人は立つ事もままならない状態なのだから、一刻も早く救出する必要がある。
「ラリーたん、死神の玩具からマグロの玩具になってしまったのね。そのままマグロと前や後に強制合体されるんですね。あ、でも兄達と出会った時に『あなたと合体したい』とか言い出さないでね」
セロリも十分別方向に妄想が流れ始める。
既に高速ボートの上は大騒ぎ。他の状況が居ないから良いものの、居れば一発退場間違いなしだ。
そんな最中、常 雲雁(
gb3000)がもっともな一言を呟いた。
「‥‥で。
mULTなんて、いつの間に作ったんです、曹長?」
●
「ぶわっはっは!」
小田原の片隅に、タッチーナの笑い声が木霊する。
陸上適用マグロ型キメラを率いたタッチーナに、二日酔いで歩くこともままならないラリーが勝てるはずもなかった。
地面に対して俯せに倒れるラリー。
その背中を裸足で踏みつけて完全勝利宣言のタッチーナ。
「朕を相手にするには、君はまだ‥‥未熟!!」
顎に手を当てながら、タッチーナはご満悦だ。
(くそっ‥‥いつもだったら、こんな奴‥‥うぇっぷ)
ラリーはマグロやタッチーナよりも吐き気と頭痛に戦っていた。
「マグロの恐ろしさ、分かったか!
では、皆の衆。このまま一気に攻め上がり北京を再びバグアの手に‥‥」
――シュッ!
何処からともなく飛んでくる扇子。
扇子はタッチーナの額に的中。額は既に軽く赤身を帯びている。
「だ、誰だ!?」
周囲を見回すタッチーナ。
この登場の仕方が既にお約束なのだが、タッチーナでもその辺りはしっかり心得ている。
「ひと〜つ、本マグロの生き血を啜り‥‥」
ビルの影からそっと現れる炎西。
マグロ型キメラも自然と炎西の方へ視線を送る。
「ふた〜つ、不埒な悪行三昧‥‥」
雲雁とセツナが、マグロ達を取り囲むようにそれぞれ背後から登場。
さらに。
「みっつ、この世の醜いバグアを」
緑川とセロリも現れる。
マグロが絡んだメアリーに逆らわない方が身のためと察したのだろうか‥‥。
そして――。
「退治してくれよう、mULT!」
最後に登場するのは、メアリー。
三階建てビルの屋上から颯爽と飛び降りる。
次の瞬間、各々が高速ボートで練習させられた戦隊者ポーズを取り始める。
「mULT、参上!」
一同が高らかに登場を宣言。
そもそも、mULTは香港で流行った噂話。本当にmULTを名乗る傭兵が出るとは、タッチーナ以外誰も考えていなかった。
「‥‥くっ、耐えろ。俺‥‥」
雲雁は両手を上げながら遠い目を浮かべる。
これもメアリーが発案した事。今は従うしかないのだ。
必死に自分に言い聞かせる雲雁。
これが功を奏したのか、タッチーナは完全にmULTの存在を信じ切っていた。
「出たにゃ、mULT!」
「マグロを愚弄するのはそこまでよ!」
冷刀「鮪」でタッチーナを差すメアリー。
だが、当のタッチーナの顔は余裕で満ちている。
「朕が貴様らの登場を予想しなかったとでも言うつもりかにゃー?」
「なに!?」
――ピーッ!
タッチーナは首から下げていた笛を吹いた。
次の瞬間、おっさんの手足が生えた酢味噌臭いマグロは四つん這いになる。
ここから数珠繋ぎに合体‥‥するのではなく、組体操のピラミッドの要領で次々とマグロの背中に別のマグロが乗る。その高さはビルで言えば二階程度。そこへ最上段目指してタッチーナが一気に駆け上がる。
「どうだ、このマグロ達の仕込まれ具合。そしてっ!」
マグロのピラミッドで仁王立ちするタッチーナ。
眼下に居た緑川に狙いを定めると、タッチーナは膝を立てながらダイブする。
「喰らえ、タッチーナドロップ!」
高らかに宣言して飛びだったタッチーナ。
だが、緑川は呆れた目で上空のタッチーナを一瞥すると、一歩後方へ下がる。
「‥‥ッ!
痛っ! 朕の膝のお皿がっ!!!」
ビルの二階から片膝建ててダイブしたのだ、失敗すれば自爆する事は誰の目にも明らかだ。
「はぁ。このマグロ型キメラにして、この強化人間ですか」
地面で転げ回るタッチーナに呆れるばかりの緑川。
だが、ここは忘れさわれた負傷者の救出チャンスでもあった。
「陸ではノロマだぞ、キメラっ!」
セロリは瞬天速でラリーの元へ近づくと、路地の壁を伝ってビルの屋上へ駆け上がる。「や、疫病神か‥‥」
「あ、ラリーたん。そんな事言っちゃうの? 助けてあげたのに‥‥」
「‥‥悪い。それより‥‥酔い止め、持ってないか?」
吐き気が止まらないラリーが息も絶え絶えに、セロリに薬を懇願する。
だが、残念ながらセロリは薬を持っていない。
「二日酔いなんて言い訳です。ちょっとは役に立ってもらわないと困りますよ‥‥それに、今退屈なんですよね、俺」
そう言うと、セロリはラリーを盾のようにしてビルの縁へ立つ。
「ちょ、お前っ!」
危険を感じて騒ぎラリー。
だが、当のセロリはビルの高さにも、マグロ型キメラにも臆する様子はなかった。
セロリは小銃「クリムゾンローズ」を構えて高らかに宣言する。
「‥‥さぁ、来い!
お前の相手はこっちだ、マグロ野郎!」
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「‥‥あなたの手足に枷を、我が的となりたるあなたに枷を。我らが友を遮るあなたに‥‥」
緑川の呪歌がマグロ型キメラに炸裂。
マグロはその場から身動きが取れない。
「行きます!」
炎西がファング・バックルで強化された冷刀「鮪」 を振るい、的確にマグロの手足を切り落とす。鮮やかな切り口を目指すのは、料理を志す者にとって当然なのだろうか。
当のマグロは切られた手足で体を支える事ができず、血まみれになりながら地面を転げ回っている。
「そらよっ!」
路地裏に誘い込まれたマグロ達は雲雁の疾風脚で側面から蹴られ、炎剣「ゼフォン」で手足を切り落とされている。
炎西にしても、雲雁にしても、マグロの手足を集中して狙うにも理由がある。
メアリーが「マグロに手足を生やすなんて、マグロの一番武器であるあの美しい流線型の体を自らの封じ込めているのは屈辱だ」という思想が原因となっている。
「その見苦しいデザイン、見たくないよ。出直しておいでっ!」
セツナが超機械「扇嵐」で巻き起こされた竜巻で、数匹のマグロが風の中に消えていく。これで見苦しい腕毛や臑毛が消えるかも、と期待したセツナだったが、マッシブな腕に生えた剛毛は必死に竜巻の中もその身をそよがせている。
その事がセツナの怒りを更に向上させる。
「こ、こっちに来るなっ!」
超機械「扇嵐」でもう一つの竜巻を生み出す。
高らかに舞い上がるマグロ。普段、海の中ならば自由に水中を泳ぐのだが、陸に上がって宙に舞上げられてしまったのではどうしようもない。高く上がったマグロ達は重力に引かれて地面へ激突。頭部から落ちたマグロ達は痙攣しながらその場で動かなくなってしまった。
「楽勝だね」
高速ボートの船上で予想したように、マグロ型キメラには苦戦する事は皆無だった。
ほとんどのマグロ型キメラは討ち取られて地面にその身を転がすか、手足をもがれて血の海でのたうち回っている。
「問題は‥‥あっちか」
雲雁は視線を移す。
そこでは血まみれのタッチーナとメアリーが相対していた。
「‥‥UPCはマグロの事を考えていない! だから抹殺すると宣言した!」
「そんな事っ!」」
「朕、タッチーナ・バルデス三世が粛正しようというのだ!」
「そんな事っ!」
先程からメアリーの冷刀「鮪」で叩き飛ばされるタッチーナ。
だが、その強化人間の能力故に何度でも立ち上がってくる。既にメアリーは体力的に限界が近づいていた。
「タッチーナ」
「当然のように陸上を闊歩する貴様らは、勝手に海を自由と決めつける。だが、海は熾烈な生存競争。成魚となるマグロが如何ほどか、貴様らは知っているのか!?」
叫ぶタッチーナ。
強化人間であってもマグロへの想いは本物ようだ。
マグロを愛するが故に、タッチーナの一言で行動が遅れるメアリー。
心の迷い、否相手のマグロ愛の存在を意識した為だ。
マグロを愛する者に悪人はいない。
だが、傭兵である以上、バグアの蛮行を見過ごす訳にはいかない。
「マグロ愛は分かりますが‥‥貴方に、これ以上マグロを弄らせる訳にはいきません。弄られるマグロの気持ち、考えた事はありますか?」
緑川はタッチーナに対して呪歌を使った。
瞬間、走り寄るタッチーナがその場で固定されてしまう。
その位置は冷刀「鮪」の届く絶好の距離。
「如何に言葉を取り繕うと、真実は変えられない。
地球のマグロは――私達、mULTが護る!」
メアリーはフルスイング。
冷刀「マグロ」がタッチーナの顔面にクリーンヒット。衝撃を受けたタッチーナは後方へ吹き飛ばされる。
「ぶげぇ!!!」
無様な叫び声と共に投げ出されるタッチーナ。
ビルの壁を破壊しながら吹き飛んでいくタッチーナの意識は、既に虚空の彼方へ消え失せていく‥‥。
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「ま、まずいっ!!」
炎西は、思わず叫んだ。
陸上適応マグロ型キメラを倒し、タッチーナを撃退。あとはメアリーと二人きりでマグロ型キメラを切り分けるまでは良かった。だが、実際切り分けてみると異常な酸味に気付いた。
「すいません、メアリーさん」
謝罪する炎西。
本当であれば、メアリーに美味しいマグロ料理を提供するつもりだったのだが、このような味では仕方ない。もっとも、最初から酢味噌の体臭がする上におっさんの手足が生えたマグロを食べようと思うのはこの二人ぐらいなのだろうが‥‥。
落ち込む炎西。
だが、、それに対してメアリーは以外にもあっさりしている。
「まあ、しょうがないよ。
今日は炎西さんに裁き方を教えてもらえたし‥‥。次に役立てればいいよね?」
満面の笑みを浮かべるメアリー。
炎西は、この笑顔をおかげで最高の一日を見返る事ができた。
「助かったぞ!」
戦闘でも盾かお荷物にしかならなかったラリー。
緑川が施したキュアのおかげで二日酔い状態から復帰したようだ。
「理論通りですね。キュアで重度の二日酔いに効果はある、と‥‥」
さらさらとメモ帳にペンを走らせる。
緑川はラリーの体を使って実証実験を試みていたようだ。
「知らなかったのか?」
「そうです。まあ、何事も経験ですわ」
すぱっと言い切る緑川。
少し気圧された感があるラリーだったが、二日酔いを治してくれたからにはお礼しなければならない。
「お礼に飯奢ってやるよ」
「食事、ですか?」
一瞬、戸惑う緑川。
その理由を察したラリーは、笑顔を浮かべる。
「勘違いするな。あくまで、お礼だ」
「本当!? ラリーたん、食事を奢ってくれるんだって?」
そこに居たのはセロリ。
以前、セロリはラリーの財布が空になっても延々食べ続けたという実績がある。
「お前は駄目‥‥」
「俺もしっかりラリーたんを助けたんだから権利あるよね?
じゃあ、さっそく横浜へ行こうっ! 中華街が解放されたんだから、どっかで中華料理出ているよね?」
脳天気な笑顔とは裏腹に、ラリーはセロリに引き摺られていく‥‥。
ラリーが財布の中身を確認している頃。
メアリー達から数メートル離れた場所に、静かに見守る二人の存在があった。
「メアリー姉様ってマグロが絡むといつもああなの?」
メアリーと炎西を影から見ていたセツナと雲雁。
酢味噌臭のするマグロのせいで二人きりのラブい時間が邪魔されて、ギャラリー的にはがっかり。だが、それ以上にmULTを自称するメアリーを見る限り、マグロ愛が炎西を勝る事は無さそうだとセツナは考えていた。
もどかしく思うセツナ。
そんなため息混じりのセツナに、雲雁は飴を差し出しながらこう告げた。
「‥‥マグロとなるといつもの事だから、気にしちゃ駄目だ。
特に、あの二人は放っておくんだ。きっとマグロが巧くまとめてくれるさ」