●リプレイ本文
かつて漁業と観光で平穏な日々を送る者達は存在しない。
今や――新島は、バグアの補給拠点として活用されている。
島民の存在はなく、島の主はバグア兵とキメラのみ。
傭兵達は、この我が物顔で闊歩するバグアを一掃して新島を奪還しなければならない。
「‥‥よし、みんな上陸したな」
新島南端の岬、神渡鼻付近に上陸したラリー・デントン(gz0383)。
何故か手には日本酒の瓶が握りしめられている。
「おい、なんだそれは?
これから奇襲するというのに、酒盛りでもする気か?」
ラリーの酒瓶を目撃して、追儺(
gc5241)は怪訝そうな顔を浮かべる。
当初の予定では、敵の拠点である新島港と新島空港を宵闇に紛れて奇襲。少数精鋭で一気に制圧してしまう作戦なのだが、酒盛りする暇など考えられない。
「‥‥あ、あー、こいつの事は忘れてくれ。
それより、今回の作戦はあまり時間を費やす事はできねぇ。早急に終わらせる必要があるんだ」
追儺の追求をはぐらかすように、ラリーは作戦について触れる。
「なんだかよくわからないけれど、凄い気迫ですっ。
これは私も負けていられませんねっ!」
気合いの入るラリーを見ていたララ・スティレット(
gc6703)は、自分に気合いを込める。
だが、ラリーの気合いの裏に何かを感じ取った者も居る。
「何か事情でもあるのか?」
一人焦るラリーを見つめるイサギ(
gc7325)。
新島に上陸してから、落ち着かない様子のラリーが気になっていたのだ。まるで、今から単身港へ走り出してしまうのではないかという程の焦りぶりだ。
「まあな」
イサギの言葉にラリーは、そう答えた。
だが、明らかにイサギの言葉が届いているようには見えない。戦いに影響がなければ良いが‥‥。
「拙者、佐賀重吾郎(
gb7331)と申す者。今回は宜しく」
古風な物言いで頭を下げる重吾郎。
重い甲冑を装備してこの作戦に参加しているようだが、見るからに大きな音を立てそうな雰囲気だ。これで隠密活動ができるのだろうか。
「私、ジョン・ポール・ミュンヒハウゼン。とある紳士に仕えます執事に御座います」
重吾郎の傍らでは、J・ミュンヒハウゼン(
gc7115)が丁寧な物腰で挨拶をしている。
ミュンヒハウゼンの視線は、ラリーの手にしていた酒瓶へと移る。
「こいつは駄目だ」
「ええ、分かっています。無粋な真似は致しません」
微笑みを浮かべるミュンヒハウゼン。同時に、顎に手を当てて何か思案しているようだ。
一方、島民が不在となった島でお土産屋の存在を気にしているのは水無月 蒼依(
gb4278)だ。
「お土産を買う場所はあるのでしょうか? お父様にお土産を買いたいのですが‥‥あ、島を開放する事は忘れていませんよ」
バグアの事を忘れて悩む辺り、天然ぶりが感じられる。だが、こう見えても居合いを得意としている少女なのだ。家事は一切出来ないのが玉に瑕だが‥‥。
「時間が無いのであれば、急がなければ‥‥」
シクル・ハーツ(
gc1986)は、自らが向かう空港の方へ向き直った。
ラリーが何を焦っているのかは知らないが、バグアの補給拠点に奇襲を掛けるのであれば時間を掛ける事はできない。闇に乗じて動き、確実に敵を屠る。無駄な動きは極力避けなければならないだろう。
空港へ向かって歩き出すシクルを見つめながら、フードで顔を隠した滝沢タキトゥス(
gc4659)はそっと呟いた。
「‥‥さて、夜の『お仕事』を始めますか」
●
空港近くの林で、重吾郎は犬型キメラ「シェーファー」に囲まれていた。
何せ、全身鎧がガシャガシャと音が響くように進んできたのだ。さらにチェンソードを機動させて派手な音を周囲に響き渡らせる。
ここまで大きくすれば他の犬型キメラもこちらへ向かってくるのは間違いない。
「此だけ派手に音を出せば、敵も気付くのは当然だろう」
重吾郎は、己の目論み通りに事が進んだ事にほくそ笑んだ。
わざわざ音を立ててまで敵を呼び寄せたのは、すべて敵の目を惹き付けるため。
今頃、仲間の傭兵が空港制圧に向かって動き出しているはずだ。
「今宵は久しぶりに血が騒ぐ‥‥絶頂撃砕流、参る!」
重吾郎は、チェーンソードを横に薙いだ。
足下で吼えるだけだった犬は、重吾郎の思わぬ逆襲にその身を一歩後退させた。
だが、重吾郎は単にチェーンソードを薙いだだけではなかった。
ソニックブームを使用した一撃は、シェーファーの体を捉える。幾ら目が良くとも、重吾郎の一撃を避けられなければ意味がない。
「絶頂撃砕流秘奥義、木端微塵斬りをその身で味わうが良い」
ソニックブームの一撃でたじろいだシェーファーに対して、重吾郎は脳天から強烈な一撃を振り下ろす。
チェーンソードは刃を高速回転させながら、シェーファーの脳天を斬り開いていく。周囲に飛び散る肉片と体液。見れば、重吾郎の顔にも返り血が降り注いでいた。
だが、こうしている間に後続のシェーファーは重吾郎に向かって走り寄ってくる。
「対応する前に潰す‥‥行くぞっ!」
後続のシェーファーを横から強襲する形で追儺が迫る。
瞬天速で一気に距離を詰め、薙刀「舞姫」の一撃を振り下ろす。
だが、シェーファーはキメラであると同時に獣。獣の本能が追儺の存在を気付かせたのか、飛び上がるようにその場からバックステップする。
「攻撃が見えた、とでも思ったか?」
舞姫の一撃が空振り――と見せかけ、追儺はシェーファーの顔面に強烈な蹴りを叩き込む。
目が良い事は万能ではない。
見えるからこそ、対応しようとする。
その一撃がフェイクであったとしても。
怯んだシェーファーの足を払って転倒させた追儺。
「目が良い、だけじゃ生き残れない‥‥キメラに言っても無駄か」
追儺は全体重を掛けてシェーファーの顔面を踏み抜いた。
足跡がシェーファーの顔にくっきりと残り、拉げている。
「残りの犬も退治する、か」
追儺は重吾郎へ殺到する別のシェーファーに視線を向けて動き出す。
この重吾郎と追儺の戦闘は、空港を防衛する戦力を引き出す事に成功。バグア兵が異変にシェーファーの異変に気付いて慌ただしく動き出したのだ。
このタイミングをシクルは狙っていた。
(陽動は成功か。なら、この機会を逃す訳にはいかない)
シクルはナイトビジョンで索敵しながら前進。狙撃しやすい茂みを発見、その身を茂みの中へ隠した。陽動が成功すれば、バグア兵はそちらへ気を取られるはず。
その瞬間を待って、シクルは雷上動の弓を引く。
(この位置なら‥‥!)
シクルは弾頭矢を放った。
放たれた弾頭矢は、一人離れていたバグア兵の背中へ突き刺さる。
そして――爆発。
バグア兵は背後からの衝撃を受け、吹き飛ばされるかのように地面へと転がった。
(命中‥‥次)
シクルは次なる弾頭矢を番える。
敵はまだこちらの場所を掴んでいない。ならば、可能な限り弾頭矢を撃ち続けるしかない。
シクルの計算通り、弾頭矢の攻撃でバグア兵も浮き足立っているようだ。
そして、この瞬間に新たなる隙が生まれる。
「‥‥安らかに、逝け!」
空港へ戻ろうとしていたバグア兵を、滝沢は背後から強襲。
隠れていた茂みから一気に飛び出し、ガントレットダガーの一撃をバグア兵の脇腹へねじ込んだ。
「!?」
突然の痛みに慌てるバグア兵。
だが、これで滝沢もこの一撃だけで倒せるとは思っていない。それでもかなりの手傷を負わせる事に成功したのは間違いない。
バグア兵の脇腹をねじ上げながら、次の一撃を放つ事の出来る間合いまで滝沢は身を退いた。
「こいつは手にする者の任務を、確実に完遂される為だけに作られた。
こいつで殺されるなんて‥‥光栄だろう?」
●
同時刻。
新島港へ向かった傭兵達も行動を開始していた。
「反応ありました。えっと‥‥あっちですっ!」
ララのバイブレーションセンサーが、港付近を徘徊するシェーファーの存在を感知した。その数は6体。このまま進めば、確実に遭遇するのは間違いない。
「犬はともなく、面倒なのはバグア兵の方か」
ラリーは舌打ちする。
戦闘力として考えた場合、シェーファーは敵にならない。
面倒なのは、犬が騒いだ事に気付いてやってくるバグア兵の存在だ。あちらはご丁寧にサーチライトまで準備して警戒を強化している。
「強行突破しかねぇのか?」
「ここは俺に任せておけ。囮になってやるよ」
イサギは、ランタンを片手に前へ出る。
「おい‥‥」
「心配はいらない」
小声で呼び止めようとするラリーに振り返ることなく、イサギは手を振ってみせる。
危険だ、と言いたいのだろうが、作戦に時間が掛けられない事も事実。だったら、誰かが敵の目を惹き付けた方が早い。
「主の命を叶えるため、己の身を差し出す。
献身的な態度、実に好意的です」
イサギの背後から、ミュンヒハウゼンが追いかけてきた。
「囮は俺だけで十分だと思うけど?」
「いえ、わたくしはご主人様の命に従っただけです。お気になさらずに‥‥。
それにわたくしの目的は囮ではありません」
暗闇の中で、ミュンヒハウゼンは微笑み掛ける。
一体、この男の主人とは誰なのか。
イサギはほんの少しだけミュンヒハウゼンという男に興味を持った。
だが、その思考はすぐに遮られる事になる。
「!?」
一匹のシェーファーが二人の存在に気付いて走り寄る。
赤い瞳を揺らしながら、こちらに向かって一直線。その様子に気付いた残りのシェーファーもイサギ達の姿を見つけてやってくる。
「うまく引っかかってくれよ‥‥」
イサギは地面に向けて照明弾を発射した。
激しい炎と共に強い光が周囲を包む。
シェーファーはナイトゴーグル同様弱い光を増幅して認識していたようだ。このため、突然強い光を浴びせられたのだから堪らない。イサギの近くに居たシェーファーはショックのために昏倒。他のシェーファーもホワイトアウトした視界に驚いて困惑している。
「不意打ちのチャンス、ですね。いきましょう」
蒼依は、菫を片手に困惑したシェーファーを強襲。
視界を取り戻す前に、シェーファーを確実に仕留めていく。
「よし。後はサーチライトだ。あれを何とかしねぇと‥‥」
ラリーは、港の中枢へ視線を伸ばした。
そこには幾つかのサーチライトとバグア兵の姿があった。おそらく、シェーファーの異変に気付けば、バグア兵が挙ってやってくる。できる事であれば、バグア兵を奇襲して倒したところだが‥‥。
「ああ、それでしたら仕掛けをさせていただきました。間もなくサーチライトは消えます」
「なに?」
ラリーはミュンヒハウゼンに聞き返した瞬間、海面を動きながら照らしていたサーチライトの光が消えた。
突然の出来事で、バグア兵は暗闇の中で慌てふためいている。
「施設をそのまま利用しているのであれば、発電設備もそのまま利用している可能性が高い。そう考えてわたくしは、付近にあった発電設備を破壊させていただきました」
ミュンヒハウゼンは超機械「マジックステッキ」を加減して使用する事で、サーチライトの電源供給元を破壊したのだ。
「‥‥手加減はしません、お覚悟を‥‥」
暗闇でパニックになるバグア兵。
対して、可能な限り闇に紛れていた蒼依。
その差は歴然。宵闇の中、迅雷で近づいた蒼依は、バグア兵の首筋を狙って居合い抜き。菫の刃がバグア兵の首に派手な傷を作り出す。
蒼依は、返り血から逃れるように体を反転。バグア兵を蹴って距離を取ると、残るバグア兵に向けて菫を構えた。
「あまねく星屑の海に呑まれ、自身も失くして見惚れなさい‥‥」
バグア兵が動くよりも先に、ララがほしくずの唄を使ってバグア兵を混乱させる。
先程のシェーファー同様、バグア兵は視界を再度失って狼狽えている。この状態ならば、いくらバグア兵でも倒す事は簡単だ。
「本当、役に立つ事‥‥恐い傭兵さん達だ」
勝利を確信したラリーは、ガラティーンを身構えた。
●
傭兵達の活躍により、新島のバグア補給拠点は陥落。
新島港、新島空港は無事UPC軍の元へ奪還された。
しかし、ラリーの目的は未だに達成されていない。
「‥‥ちっ、ここがラストか!?」
息を切らせながら、廃屋の中へ突入していくラリー。先程から、何件もの建物へ突入しては見つからない、と大騒ぎしている。一緒に行動している傭兵たちも少々呆れ気味だ。「できる事なら、その手にしている酒で勝利の美酒に酔いしれたいんだがなぁ」
「うるせぇ! 酒は後だ!」
追儺に怒鳴るラリー。
捜し物が見つからないらしく、苛立ちは最高潮のようだ。
「これだけ鬼気迫る捜し物‥‥もしや、武の極みに関する物で御座ろうか?」
「いや、そうではない。ただ、彼にとっては大事なものだ」
首を捻る重吾郎にシクルはそっと答える。
シクルには、予想がついているようだ。
「ふぅん、そうか。
大事なものなら、見つかればいいけど‥‥」
「あーっ!」
イサギの声を遮るように、ラリーの叫び声が木霊する。
その声に歓喜の感情を感じ取った傭兵達は、意を決して廃墟と化した旅館へ足を踏み入れる。
「‥‥く、臭っ! 何ですか、この臭いっ!!」
ララの鼻に刺激臭が突き刺さる。
明らかに普通じゃない臭い。何かが腐ったような臭いに、ララは呼吸を激しく乱した。「臭いとはなんだ! 今や貴重になった新島くさやの原液だ。
旅館によっては自作していると読んで探し回った甲斐があったな」
「なるほど。これがお目当ての原液ですか。
どうして、そんなに重要なのやら‥‥?」
滝沢がぽつりと呟いた一言。
その一言にラリーが戦闘中にも見せなかった反応速度で反論を開始する。
「馬鹿野郎、くさやの原液ってぇのは簡単に作れねぇんだ。
最高の原液は何百年にも渡って繰り返し使われているぐらいだ。別の言い方すりゃ、原液が無くなっちまえば、新島くさやの歴史も途絶えるって訳だ」
ラリーは力説する。
仮に原液を枯渇した場合、別の島から原液を運んできても新島くさやの原液にはならない。それは別の島のくさやでしかないのだ。つまり、一度くさやの原液が枯渇するという事は、その島のくさやが失われた事に同義なのだ。
「しかし、よく無事だったな。もしかしたら、新島でギリギリまでくさやを作り続けた職人が居たのかもしれねぇな。何にしてもラッキーだった」
「私もお父様のお土産が何とかなりそうで、万々歳です」
満面の笑みを浮かべるラリー。
その傍らで蒼依が胸を撫で下ろしている。
それに対して当てが外れたミュンヒハウゼンは、がっくりと項垂れる。
「最高級ワインではなかったのですか‥‥。ご主人様に申し訳が立ちません」
「なんだ、落ち込むな。
酒だったら、近くの島に隠れた芋焼酎があったはずだ。そいつを持っていってやんな」
くさやの原液を見つけてご満悦のラリーだった。