●リプレイ本文
マグロ型キメラとmULTと呼ばれる傭兵達の抗争。
端から見ればあまりにも奇妙で不可解な抗争なのだが、当の本人達は真剣そのもの。
そう――誰がマグロを一番愛しているのか。
マグロを巡る愛憎劇が繰り広げられる中、次なる戦いの幕が上がろうとしていた。
「勝負だ、この野郎!」
ラリー・デントン(gz0383)は、普段の無気力な姿など思いつかない程怒りに燃えていた。
原因はマグロの伝道師を名乗るタッチーナ・バルデス三世が、ラリーの持っていたくさやを貶した事だ。先日、新島まで行ってくさやの原液を保護する程のくさや好きであるラリーに「魚が腐っている」は禁句だったのである。
「あの城ヶ島大橋を墓標にするといいにゃー」
タッチーナは城ヶ崎大橋を指差した。
既に陸上適用マグロ型キメラの一部が城ヶ島大橋へ爆弾設置に向かっている。あの城ヶ島大橋が落ちれば、三崎港としての機能も停止。補給路としての影響も危ぶまれている。
「面白ぇ!」
「黙れ、小僧っ!
朕を簡単に止められると‥‥痛っ!」
タッチーナが喋っている最中、突然頭部に衝撃が走る。
見れば地面に金属製の物体が転がっている。
「‥‥ん? なんだこれ?」
投げつけられた物体を凝視するタッチーナ。
次の瞬間、金属が強烈な閃光と音を発生させる。その光と音に、タッチーナだけでなくマグロ達の間に衝撃が走る。
「うぉっ、まぶし!」
「なんだ!?」
ラリーも何が起こったのか理解できていない様子だ。
おそらく、閃光手榴弾が投げ込まれたのだろう。
だが、誰が一体何のために?
その疑問は、早々に解決する事になる。
「何だかんだと聞かれたら、答えてあげるのが地球の情け」
閃光が収まり出すと同時に、メアリー・エッセンバル(
ga0194)がゆっくりと姿を現した。その傍らには薔薇の花を手にした夏 炎西(
ga4178)も立っている。
「マグロのキメラ化防ぐ為、漁師の豊漁を願う為」
「愛と真実のマグロ道を貫く、パワフルシュートな能力者」
「メアリー」
「炎西」
「世界をかける二人には、EastSea 日本海が待ってるぜ」
メアリーと炎西の前口上が決まり、背後には日本海の荒波が見えるかのような錯覚に陥る。
そんな二人の間からセツナ・オオトリ(
gb9539)が顔に猫髭を書いて顔を出す。
「‥‥にゃ、にゃーんてにゃ‥‥」
顔を真っ赤にしながら、小声で呟くセツナ。
これにはメアリーも声を荒げずには居られない。
「せっちゃん! ここはmULTでも決めのところなんだから、はっきり言わないと駄目でしょ!」
「‥‥だって、姉様。この登場の仕方はやっぱり恥ずかしいと思います」
「ええぃ、まだそんな温い事を! ここでバシっと決まれば、我がmULT株も急上昇のストップ高。全マグロから賞賛が‥‥」
怒りに任せてセツナの首を絞めるメアリー。
これもマグロ愛が織りなす情熱なのだろうか。
だが、マグロ愛と聞いてタッチーナが黙っているはずがない。
「おおう、出たなmULT。
しかし優良種たるマグロの指導者はこのタッチーナが相応しい。貴様らは港の端っこで『マグロ王に、俺はなる』と夢を見続けているが良いにゃー」
タッチーナはmULTの登場を予想していたようだ。
既にマグロを巡る腐れ縁となりつつある関係だが、ここでタッチーナは予想外の相手と遭遇する事になる。
「おお、そなたはたっちーな!」
正木・らいむ(
gb6252)が驚嘆の声を上げる。
どうやら、mULTと一緒に今回の依頼を受けていたようだ。
「ん? 確か以前中国で会ったような‥‥」
「いつぞやくれると約束したソーセージ、まだ貰うておらぬぞ。
いつになったらくれるのじゃ?」
「ソーセージ? ‥‥あっ」
ソーセージを早く寄越せと大騒ぎするらいむ。
当のタッチーナもすっかり忘れていたようだが、らいむと遭遇する事でソーセージの事を思い出したようだ。
「ちょっと! こんな可愛い娘にソーセージを上げる約束して忘れてたというの?
酢味噌の匂いなどが付いていなければ、この場で炎西さんが美味しい魚肉ソーセージを作ってくれただろうに‥‥今すぐソーセージをあげなさい! 炎西さんにフライパンでさっと焙って調理してもらうから」
らいむの約束をすっぽかしたと考えたメアリーは、さらに怒り爆発。一方的に捲し立てる。
しかし、当のタッチーナは何故か股間を押さえて叫ぶ。
何故か目には軽く涙が溢れている。
「朕の一本しかないソーセージをフライパンでさっと焙る!?
いくら朕の肉体が魅力的だからって‥‥。やはり、mULTの狙いは朕の蒼い果実であったにゃー。
こうなったら、橋に居るマグロの皆さん! さっさと橋を爆破しちゃってくださいっ!」
身の危険を感じたタッチーナは、爆弾設置へ向かったマグロ達に爆破指示を出す。
だが、それに対して炎西が軽い笑みを浮かべながらそっと呟いた。
「さぁ、そう簡単に爆破できるでしょうか?」
●
「どうやら、総長と夏さんが登場シーンをバシっと決めてくれたようだな」
城ヶ島大橋の上から、常 雲雁(
gb3000)が三崎港を見つめていた。
マグロ型キメラが城ヶ島大橋に爆弾を仕掛けると聞いたmULT。
既に班を二つに分けて一部を城ヶ島大橋へ向かわせていたという訳だ。
「うん、まあ、自分でやるよりはいいか‥‥ねぇ、ファルルさん?」
雲雁はファルル・キーリア(
ga4815)の方を向き直る。
当のファルルは、眼前で爆弾を仕掛けようとするマグロ型キメラに注視していた。
「うわ、何アレ。きも‥‥。
でも、マグロには変わりがないのよね。手足削いで捌けば美味しいのかしら‥‥?」
ファルルの意識は、食の方へ向かっているようだ。
確かに酢味噌臭もする上に、おっさんの手足が生えている時点で気色悪い。しかし、それがなければ単なるマグロ食べられるはずだ。前回、同じ発想でメアリーが試して撃沈した事を知らないファルルは、マグロが食べられると思って燃え上がる。
空腹のあまりなのだろうか、ファルルの中で入ってはいけないスイッチがONになってしまたようだ。
「行きますわ、舎弟さん!」
「え? ファルルさん?」
マグロに向かって走り出すファルル。
雲雁もまったく予想外の行動に、焦りと不安を感じ始める。
その不安は見事的中する事になる。
「全国の漁師達のため!
今日も魅せます、食の指南。
命短し食せよマグロ!
マグロ番長、参上!」
「マグロ番長!?」
ファルルが突如行った前口上に、雲雁は驚いた。
マグロ番長という存在が何なのかは不明だが、三崎港に居るメアリーが聞けば興奮する事は間違いない。
「!?」
マグロ番長を名乗ったファルルを敵と判断したマグロ達。
手にした銛を片手に二人を取り囲み始める。
「マグロを巡る紛争‥‥。これより、介入行動に入りますわ」
ファルルはマグロ達に囲まれる事を気にする事無く、腕を高々と上げる。
「レコシェ・サンクチュアリ!」
叫ぶファルル。
振り下ろした腕から放たれた投擲用ナイフが、地面を跳ねながらマグロを強襲。眼前に居た二匹のマグロは脳天やエラなどの急所を貫かれてその場で倒れ込む。
「ファルルさん、やるねぇ!」
「‥‥‥‥」
ファルルは雲雁へ振り向く事無く、腕を振り下ろす。
雲雁の頬を投擲用ナイフによって生まれ出でた風が撫で下ろす。
「そこは、私の距離ですわ」
雲雁を振り返って見れば、銛を構えたマグロに投擲用ナイフが突き刺さっている。
空腹によりいつも以上に力を発揮しているのだろうか。
圧倒的なファルルの戦闘力に、雲雁も驚きを隠せない。
「マグロ番長というよりマグロマイ‥‥まあ、いい。俺も自分の仕事をするか」
雲雁はマグロたちに向けて小銃「ドラド」を構える。
ファルルと二人で戦えば、目の前のマグロは烏合の衆。
全滅する前に、雲雁はマグロ達へ伝えておくべき言葉があった。
「手足生えている時点でマグロじゃない訳だが‥‥食えないマグロは、ただの、雑魚だ!!」
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「それっ!」
炎西が冷刀「鮪」を振るってマグロの手足を切り落とす。
基本的に戦力としては最下層に近いマグロ型キメラなのだが、セツナによって練成弱体が施されている。このため、マグロは呆気ない程の弱さぶりを発揮。傭兵達に蹂躙されている状況であった。
「らりー、こっちにくるな! 手にもっておる変なもも、クサイのじゃ!」
「なんだとっ!」
戦闘中、らいむはラリーへ苦情を申し立てる。
どうやら、ラリーが手にしているくさやの匂いが気にくわないらしい。
「お前、この匂いの良さが分からないのか。
本来であれば学校給食にもくさやを出して食育を推し進めてだな‥‥」
「言っていることが分からんのじゃ! とにかく、そのくさいものを持ってくるな!」
もの凄い剣幕で叱るらいむ。
傭兵にもくさやの良さが伝わらない事に、ラリーはがっくりと項垂れている。
「しかし、今回もソーセージがもらえそうにないのじゃ」
唐突にらいむもソーセージを思い出すらいむ。
タッチーナが居ると聞いてわざわざ足を運んだのだが、ソーセージを入手できないと聞いて残念そうだ。もっとも、そのソーセージを入手するのはかなり困難なのだが‥‥。
「おまけに、このマグロも酢味噌臭いのじゃ。
これではせっかくの刺身も‥‥」
「らいむ、待て」
待ったを掛けたのは炎西だった。
「確かに刺身や魚肉ソーセージには不向き。
だが、その程度で諦める人類ではない!
知っているか‥‥マグロの酢味噌和えは実在するっ! ‥‥ですよね、セツナさん?」「え、ボク!?」
炎西に無茶振りをされるセツナ。
当のセツナは扇嵐の風にくさやの香りを乗せる必殺の『クサヤ・フレグランス・トルネード』を実行するため、項垂れるラリーの持っていたくさやを奪い取ろうとしていた最中であった。
「あ、お前! そのクサイものを開けるなっ!」
らいむが堪らずセツナを攻める。
当のセツナもクサヤの匂いを我慢して実行しようとしていたのだが、指摘された事でくさやの匂いを意識してしまう。
「く、臭っ! やっぱり駄目です〜」
あまりの臭さで涙目のセツナ。
慌てて袋の口を縛り、新鮮な空気を肺の中へ送り込む。
「マグロの方はほとんど片付いた。後はメアリーさんの方か」
炎西はメアリーの方へ向き直る。
マグロ愛を自負するメアリーとタッチーナ。その二人の愛、どちらが上なのかを決するというのだが‥‥。
「タッチーナ、マグロクイズバトルで勝負よ!」
メアリー曰く、タッチーナはマグロを愛した行為なのかが怪しい。どれだけマグロを愛しているのかクイズで勝負するらしい。
「いつ如何なる挑戦でも朕は受けるにゃー。
しかし、このマグロと女将の隠し子と呼ばれた朕にマグロの知識で勝負とは‥‥愚かだにゃー」
「いくぞっ、問題!
マグロが長距離を高速で泳ぎ続けられる理由を述べよ!」
「ふん‥‥その程度の問題だとはがっかりだにゃー」
「なに!?」
余裕の笑みを浮かべるタッチーナ。
本当にマグロ愛はタッチーナの方が上なのか。メアリーの額に冷や汗がにじみ出る。
「答えはプロトン兄弟のおかげだにゃー」
「‥‥え?」
「プロトン兄弟の口から吐き出される薄茶色の光線は、お口で溶けて手で溶けない。スパイシーかつまろやかな舌触りがマグロをさらに加速させるという仕組みにゃー」
タッチーナは強化人間だが、残念な部類でもトップクラス。
ガリガリの肉体に加え、頭の方も相当残念な状態だ。そんなタッチーナにクイズバトルへ持ち込んだところで成立するはずもない。
「そんな答えが認められる訳‥‥」
メアリーの叫び。
だが、その言葉を遮るように城ヶ島大橋よりファルルと雲雁が帰還する。
「マグロ番長、参上!
見つけたましたわ、マグロの歪みを! この私が断ち切ります!」
「マ、マグロ番長!?」
ファルルの登場に驚くメアリー。
一体、何があったのか。それ以上に、mULTに続いてマグロを名乗る存在に驚きを隠せない。
「狙い撃つ!」
ファルルは投擲用ナイフ投げつける。
タッチーナは本能で危機を察したのか、その場で身を翻して逃走を試みる。
「いきなりマヂな奴が現れたから逃走する‥‥」
「おっとっ!」
逃げようとするタッチーナの横から、ラリーがエルガード片手に体当たりを敢行。
タッチーナは顔面から衝突、派手に弾き飛ばされる。
「ぶべらっ!」
「くさやを馬鹿にしたお礼、まだしてなかったよな?」
派手に転げ回るタッチーナ。
鼻からは滝のような鼻血が溢れ出ている。
「‥‥そうだ、これはお前に返しておくぞ」
雲雁は地面に寝転ぶタッチーナの腹部に、城ヶ島大橋で手に入れた爆弾を置いた。
タッチーナへ返すためにわざわざ持参したようだ。
「あっ! これは朕が夜なべして作った爆弾っ!」
「確かにお前に返したからな」
爆弾は今も時を刻み続けている。
タッチーナの顔色を見る限り、爆発の時間はまもなくのようだ。
「クイズもまともに解けないタッチーナ。
愛は本物かもしれないけど。私は‥‥mULTは、マグロを守ってみせる!
成敗!!」
メアリーはタッチーナを爆弾ごと掬い上げるように、冷刀「鮪」でゴルフスイング。
放物線を描きながら、三崎の海へたたき落とされるタッチーナ。
その数分後、海から大きな水柱が上がって爆弾が爆発した事を傭兵達に知らせてくれる。
その水柱を見つめながら、ファルルはそっと呟く。
「私はマグロ番長。マグロ紛争根絶を目指す者。
たとえマグロが敵に回ろうと、私はマグロと対峙し続ける‥‥」
●
「!?」
ファルルは、瞳孔を開いたまま倒れ込んだ。
戦闘後、マグロ型キメラを使った料理を試みるが、身まで酢味噌の香りがする代物。
炎西はファルルのために味噌汁を作ったが、一口食べてファルルは昏倒。マグロ番長まで名乗って頑張った結果が酢味噌の香りがきつい味噌汁だったのだから、ショックも大きいだろう。
だが、これで終わる炎西ではなかった。
「はい、マグロの酢味噌和えです」
宣言通りの料理を作った炎西は、傭兵達に差し出した。
元々酢味噌の香りがするのだから、酢味噌で和えれば分からなくなる。
その予想は見事に的中、食べられる料理を作り出す事に成功した。
「うん。これなら何とか‥‥」
酢味噌和えを食するセツナ。
だが、セツナの鼻は酢味噌とは別の香りをかぎ取った。
「うわ、臭っ! この匂いは!」
「らりー、クサイものをそこで焼くな! もっと遠くで焼け!」
どうやら、傭兵たちの横でラリーがくさやを焼き始めていたようだ。
「馬鹿野郎! くさやが臭いのは当たり前だ!
炎西が白飯を用意してくれたんだ。ここでくさやを食べなくてどうする?」
既に丼飯と日本酒をスタンバイして焼き上がりを待つラリー。
酢味噌臭の後は、くさやの臭い。
臭い責めばかりに遭う傭兵達だった。