●リプレイ本文
快晴。
晴れ渡ったペルシャ湾上空を、坂本勘兵衛はUPC艦隊旗艦のブリッジより見上げていた。
「今日も快晴、か」
バグアが襲ってきたあの時から、空は何事もなかったかの如くその姿を晒している。
だが、アラビア半島はバグア支配地域となり、人類にとっては大航海時代以前の暗黒地帯となってしまった。
雄大に広がる大空は、その暗黒地帯の上で何も変わらず広がっている。
「提督、各機偵察の準備が完了したという連絡が入りました」
ブリッジのオペレーターが提督に声をかける。
UPC軍は暗黒地帯となったアラビア半島を奪取するため、強行偵察を決定。
ダンマムからハイファへ抜ける地中海コース。
同じくダンマムからジッタへ向かう紅海コース。
そして、かつてサウジアラビアの首都となっていたリヤド周辺。
この三コースを傭兵達が命をかけて偵察する事になっている。
「‥‥そうか」
坂本はそう呟いた後、再び上空へ視線を戻した。
一体何があるか分からないアラビア半島。そのアラビア半島を調査するべく、傭兵達にすべてを託す。
本来ならば、UPC軍がこの任務を行わなければならない。
だが、能力者不足の折、それを行えるだけの能力者を軍から集める事は叶わない。傭兵達の帰還を座して待つ他ないのだ。
「それから、バーレーン上陸を敢行する部隊より入電。
『我、これより冥府へと足を踏み入れん。貴艦の海上支援を期待している』、以上です」
UPC軍は強行偵察の支援を兼ねて上陸作戦を準備していた。
上陸地点をバーレーンへと定め、KV部隊による上陸を決行。敵の目を釘付けにし、上陸作戦の橋頭堡を手に入れようというのだ。
坂本率いるUPC艦隊は海上より砲撃支援を行う予定となっている。
「上陸部隊へ返電。『了解。貴軍の無事を祈る』、と」
「了解しました」
「それから‥‥」
坂本はゆっくりと振り返る。
そこには我が子を想う親にも似た表情が浮かんでいた。
「強行偵察の各機へ電信。『各機全機の帰還を心待ちしている』」
●
「‥‥上空に敵影‥‥見えず‥‥」
菱美 雫(
ga7479)の骸龍は各機へ連絡を入れる。
ダンマムから地中海コースを飛行しているM2の眼下には、延々と思える程広がる砂の海。拠点らしき物の姿は現段階では見当たらない。
「アリ・アル・サーレム空軍基地も廃墟でした。敵もかつての基地をすべて使っている訳ではないようです」
クラーク・エアハルト(
ga4961)は、事前に入手していた地図を確認しながら拠点を確かめていた。
クウェート国際空港は砂の海の飲まれ、基地として機能している節はなかった。
広がり続ける砂漠がすべてを飲み込んでいく。
まさに砂の海――そこに住民が居るようにはとても思えない。
「! ‥‥地上から‥‥飛来物あり‥‥」
雫の骸龍が、地上から飛来する物体を捉える。
暗黒地帯と称されるアラビア半島において、味方機が地上から支援するはずはない。ならば、この物体は――。
「‥‥これがレーダーの誤作動ならどれだけ平和な事か〜。‥‥はぁ」
住吉(
gc6879)は、シュテルン・Gの機首を地上へと向ける。
雫から受け取った情報を元に、飛来物の側面を強襲する形で飛行する。
予定通りならば、まもなく住吉の肉眼でも飛来物が見えるはずだ。
「‥‥飛来物‥‥ミサイル‥‥と判明‥‥」
近づいてくる飛来物を調べ、雫はミサイルと特定した。
放たれたと思われる地上には敵拠点らしき場所は見当たらない。おそらく、認識シグナルを持たない飛行物体を自動的に撃ち落とすアグリッパが存在しているのだろう。
「これですね!」
住吉の目にもはっきりとミサイルが見える。
シュテルン・Gを旋回させ、住吉はミサイルの脇へ回り込む。
ミサイルの側面が徐々に近づいてくる。
「墜とします」
住吉は十式高性能長距離バルカンをミサイルへ叩き込んだ。
シュルテン・Gが脇をすり抜けた後、ミサイルは空中で爆発。
大空に大きな花火が広がっていく。
「上空の敵から逃れて低空飛行すれば、地上のアグリッパが仕掛ける。これは厄介です」
ガリナ・ウリザ(
gc7067)は、Noir(ノワール)の中で状況を分析する。
今回のようなアグリッパによる攻撃は初めてではない。
おそらく、バグアは要所にアグリッパを設置。バグア以外の飛行物体を容赦なく撃墜しているのだろう。言い方を変えれば、バグアの拠点が無い場所をアグリッパで補填していると表現しても差し支えない。
「すべてのアグリッパを潰していては、強行偵察に差し支えます。今回は可能な限り飛行を続けてアラビア半島の情報を入手するべきです」
クラークは、アグリッパの砲火を回避するよう提案していた。
もし、バグアの拠点が近い場所ならばアグリッパを殲滅しても良い。だが、バグアの拠点がない場所でアグリッパを潰していては練力切れを早める事になる。少しでも偵察を続ける為には、無用な戦闘は避けたいところだ。
「問題は何処まで敵がそれを許してくれるか、ですか」
「アラビアのバグアは他の地区に比べて間抜け‥‥という事はないでしょうね」
クラークの言葉にガリナは言葉を返した。
要所にアグリッパを設置して防衛する相手。
アグリッパを設置しただけで後は何もしない、という事であれば強行偵察も楽なのだろうが‥‥。
「‥‥9時方向より‥‥小型ヘルメットワーム。
‥‥敵影3‥‥おそらく‥‥偵察部隊‥‥」
雫の骸龍が飛来する敵を捉えた。
その数から偵察部隊と推察、アグリッパが作動した事を受けて付近のヘルメットワームが集まってきたのだろう。
「こちらペインブラッド、了解。即時迎撃態勢に入る!」
カークウッド・五月雨(
gc4556)は、ヘルメットワームへ初撃を加えるべくRA.0.8in.レーザーバルカンを連射。しかし、多少距離があり過ぎたのだろう。ヘルメットワームは散開してバルカンを回避する。
「へっ、避けられるのみ織り込み済みだっ!」
カークウッドは、ペインブラッドをヘルメットワームへ接近させる。
ドッグファイトへ持ち込み、一機を確実に撃墜するのが目的だ。
絶対に他の仲間には手を出させやしない。
「食い足りないだろう? これでも受け取っておけ!」
ヘルメットワームの後方へ食らい付いたペインブラッド。
後方から容赦なくレーザーバルカンで追い立てる。ヘルメットワームの機体に何発かの風穴が空いている。おそらく、撃墜するのは時間の問題だろう。
「やるようですね。では、わたくしも頑張ると致しましょう」
カークウッドの戦闘を目にしたガリナは、Noirで前進。
飛び回るヘルメットワームに向かってMM−20ミサイルポッドを発射する。弾幕を張る事で、少しでも雫の骸龍から敵の目を逸らす事が目的だ。
「あ、三時のおやつを食べようとしたのに‥‥」
住吉は食べようとしていたマシュマロを慌てて袋に戻した。
腹が減っては戦は出来ぬ、という古人の言葉を実践して腹を満たそうとしていた住吉。
慌てながらもシュテルン・Gの操縦桿を握りしめる。
「ゆっくり、まったり遊覧飛行って訳にはいかないのですね。‥‥ふぅ」
ため息をつきながら、住吉は再びシュテルン・Gを旋回させた。
●
クラークの提案の提案していた偵察優先の方針。
それとは別のアプローチから強行偵察を推進する部隊もあった。
「こちら、Rote Empress。アグリッパ、撃破」
ルノア・アラバスター(
gb5133)は、Rote Empressを低空で飛行させてアグリッパを装 KA−01試作型エネルギー集積砲で撃破していた。
ダンマムから紅海コースを飛行する部隊は、地中海を偵察する部隊とまったく異なる偵察方法を採用していた。先行部隊が可能な限り敵勢力を叩き、後続の偵察機が詳細なデータを集めるという方法だ。
「!?
九時‥‥ヘルメットワーム‥‥」
ルノアはアラビア半島南部から飛来したと思われるヘルメットワームの一団を発見。
各機へその旨を伝える。
「こちらHervor。接近し次第迎撃に移ります」
御崎 緋音(
ga8646)は、Hervorの機首を南へと向けた。
進行路のバグアを殲滅していけば、敵の注目はどうしても集まってしまう。このため、ヘルメットワームの登場は頻繁に発生している。
「せっちゃん。行きましょうか」
「ふぇぇ、リゼ姉様。
ケーキバイキングの件、忘れないでくださいね?」
リゼット・ランドルフ(
ga5171)の呼びかけに泣き言で返すセツナ・オオトリ(
gb9539)。
ケーキバイキングに釣られて今回の強行偵察に参加したセツナだったが、実際の任務がここまで過酷だとは思っていなかった。既に半べそを掻いている状態だ。
「せっちゃん、ここまで来たら戦う他ありませんわよ?」
セツナを優しく励ますリゼット。
しかし、その一方では弾幕代わりにEdainよりMM−20ミサイルポッドを発射させる。
一団として飛来したヘルメットワームは、飛散してこれを躱した。
「油断、でしょうか。そんな風に逃げるなんて‥‥」
ミサイルを躱したヘルメットワームだったが、逃げた先はHervorの射程範囲。
KA−01試作型エネルギー集積砲の照準はしっかりとヘルメットワームを捉えている。
「後悔しても遅いですよ」
緋音は、KA−01試作型エネルギー集積砲を放った。
エネルギー砲は一直線に伸び、ヘルメットワームの側面に直撃。
大きな風穴を作り出した。
ゆっくりと地表へと落下を開始するヘルメットワーム。
「この程度の、敵‥‥蹴散らす」
Rote Empressを地上から急上昇させるルノア。
上昇しながら、眼前のヘルメットワームに向けて十式高性能長距離バルカンを発射。
ヘルメットワームとすれ違う一瞬に、無数の弾痕を作り出す。
手負いとなるヘルメットワーム。微妙に揺れながらも、未だ飛行を続けている。
「せっちゃん、今よ。撃って」
「え、え!?」
リゼットの呼びかけに焦るセツナ。
戦いの最中、敵戦力の情報収集に勤しんでいたセツナ。地上に敵施設等が存在していないか捜していたのだが、気付けばルノアが攻撃したヘルメットワームが眼前へ近づいていた。
「わわっ! こ、攻撃しなきゃ!」
慌ててシュヴァルツェア・オージェから十式高性能長距離バルカンを撃ち出した。
追撃を受けた形となったヘルメットワーム。
黒い煙を吐きながら、地表スレスレで爆発した。
「ふぅ」
「せっちゃん、お見事ね」
冷や汗を拭うセツナに、リゼットはモニター越しに微笑み掛ける。
「リゼ姉様、本当に敵の基地はあるのでしょうか?
砂漠にはアグリッパばかり。それらしい基地はまったく見当たりません」
セツナの言葉は、リゼットの脳裏にも浮かんでいた事だ。
後続の偵察機が何かを発見したという情報はない。
しかし、自分の目で確認する限り、敵の拠点らしき物はまったく見当たらない。このまま行けば紅海付近まで到達するだろうが、このコースに敵の基地はあるのだろうか。
「詳しい調査は後続の偵察機に任せましょう。
今は、可能な限り敵を叩く事が先決ですわ」
今は自分の信じたやり方を貫き通すしかない。
セツナへ行った言葉を、リゼットは自分自身にも言い聞かせた。
●
「セレウコス朝、バルディア王国、ローマ‥‥支配者が何度も変わり、戦争が絶えない地域でもあった。イスラム帝国が支配するまでには多くの血が流れた事は紛れもない事実だ。
だが、それ以上に興味深いのは、価値観や宗教が欧州に隣接しているにも関わらず異なっている事だ。
独自の文化は、時に飛躍的な発展を見せる。その時、他地域の人々は魅了されるような不思議な感覚に襲われるものだ」
UNKNOWN(
ga4276)はペルシャ湾沿岸を飛行しながら、この半島の歴史を講釈していた。
今から自分たちが足を踏み入れる場所は、人類にとって如何様な場所であったのか。
知っておいて損はないはずだ。
「残念ながら、その素晴らしい文化も今は砂の海に沈んでしまったようだ」
UNKNOWNは操縦席で、煙を吐き出した。
タバコを咥えたままの授業ではあったが、眼前に広がる光景を前にしては説得力も欠けてしまう。地平線の先まで続くかのような砂の海を前にしては、文化の影すら砂の下に沈んでしまったように感じられてしまう。
植物すら存在しない死の砂漠。
アラビア半島はそう表現しても差し支えない地域になってしまったのだろうか。
「授業はそこまでかい、シャイな旅人さん?」
リック・オルコット(
gc4548)は、UNKNOWNへ軽口を叩いた。
任務では強行偵察となっているのだが、目下広がるのは砂漠。時折ヘルメットワームが飛来しているが、敵の拠点発見に繋がるようなものではなかった。
何か発見できれば、報酬がアップするかもしれない。
その考えがリックの脳裏には存在していた。
「授業って程じゃない。俺の私的な考察だ」
「考察ねぇ。
その考察も一緒にUPCへ報告して報酬を上乗せして欲しいもんだね」
「‥‥ふっ」
UNKNOWNは、鼻で笑った。
報酬が欲しい、という想いは単純ではあるが、純粋である。
まっすぐなリックにUNKNOWNは、何処か憎めない部分を感じていた。
「けっひゃっひゃっ。我が輩にはそのような考察は出来ないのでね〜。出来ることをやるだけだ〜」
オロチの操縦席で独特な笑い声を上げるのは、ドクター・ウェスト(
ga0241)。
研究対象は様々な分野に及ぶ、異種生物対策研究所の所長である。今回、オロチの水空両用撮影演算システムのカメラで地上設備の撮影を試みている。しかし、今のところ撮影できたのは砂に埋もれた廃墟ばかり。ペルシャ湾の方は時折キメラやワームらしき存在を確認しているが、敵拠点の発見は行えていない。
「強行偵察ではあるが、できればサンプル採取が出来ればいいねぇ〜。
アラビア半島のバグアに独特な特徴があるかもしれないからね〜」
ウェストの主張する独特な特徴が本当にあるのかは不明だが、少なくとも敵の拠点を発見できなければ意味はない。その事はウェスト自身も理解しているようだ。
「現在‥‥カタールを‥‥飛行中です。
やはり‥‥確認できるのは‥‥砂に埋もれた‥‥廃墟のみです」
ハミル・ジャウザール(
gb4773)は、UPC軍から借り受けたボイスレコーダーに己の声を吹き込んでいた。
可能な限り、アラビア半島の情報を入手したいと考えたハミルは、時間と座標を書き記しながらボイスレコーダーに情報を吹き込んでいる。だが、先程から入手できる情報は人間が住んでいるようには見受けられないという事のみだ。
砂漠の変化無い風景を前に、気が緩む傭兵達。
しかし、ここは暗黒地帯。
変化は突然やってくる。
「0時方向、敵影確認。場所は‥‥地上だ!」
リックのサヴァーに搭載された索敵装備が敵影を捉えた。
今度はヘルメットワームのように上空ではない。地上、それも沿岸部のようだ。この地点ならば敵拠点である可能性も高い。もし、そうであるならば急行して情報を入手しなければならない。
「あ、あれは!?」
ハミルはボイスレコーダーのスイッチを入れたまま、驚嘆の声を上げた。
眼下に広がる光景は、上陸せんとするKV部隊をトーチカのように設置された複数のプロトン砲が蹂躙する光景であった。
次々と砂漠へ倒れゆくKV達。
その光景は、あまりにも一方的な戦闘だ。
「UPC軍が強行偵察の支援を兼ねて上陸作戦を敢行すると聞いていたが‥‥バーレーンで決行されていたか」
UNKNOWNは、呟いた。
出撃前に聞いていた情報では、強行偵察の支援も兼ねていると聞いていた。だが、上陸した途端にプロトン砲が次々と放たれている状況では、KV部隊も対応しようがない。UPC艦隊の砲撃支援を行っているのだが、それだけではどうしても火力不足が否めないようだ。
「た‥‥助けなければ‥‥」
ハミルは地上のKV部隊を救うべく、ナイトリィを前進させる。
既に生き残ったKVは残り僅かとなっているが、一機でも撤退させたいと思うのは当然だろう。
――しかし。
「待ちなよ、世話好きのお節介好きさん」
リックはハミルを呼び止めた。
「なんですか? 早く彼らを救わなければ‥‥」
リックがそう言い掛けた瞬間、眼前の計器からけたたましい警告音が鳴り響く。
「これは‥‥地上からの攻撃?」
ハミルは、慌ててレーダーを確認する。
そこにはプロトン砲の後方に設置されたアグリッパの存在があった。KV部隊が空から攻撃を仕掛けられなかった理由がここにある。
「‥‥やれやれ」
UNKNOWNは機体と同じ漆黒の帽子を被り直しながら、旋回。
打ち上げられたミサイルに対して側面から機槍「グングニル」を突き立てる。
ブーストする最中にミサイルは爆発、UNKNOWNは爆発する炎の中から黒い機体のまま飛び出してきた。
「Coolになるんだ、ハミル。
ここで上陸を阻止する設備があるという事は、ザフラーン辺りにバグアの基地があると考えるのが自然だ。今、ここで派手な花火をぶち上げれば敵の増援が来るだろうな」
今回の任務はあくまでも偵察。
ここで戦闘するよりも、今回上陸作戦の情報をUPC軍へ届ける事を最優先すべきだ。「‥‥くっ」
ハミルは奥歯を噛み締める。
悔しさが溢れ出すのは不条理な任務のためか。
それとも、己の未熟さのためか。
地上では最後のKVが――真下より現れたアースクエイクの口によって無残にも引き裂かれていた。
空へ掲げられた腕は、まるでハミル達へ助けを求めるかのように。
「UPC艦隊に連絡を入れるとするかねぇ〜。
KV部隊が全滅した以上、敵は海上の艦隊を狙うだろうからねぇ〜」
ウェストは砲撃支援していたと思われる坂本へ連絡を取った。
上陸部隊は壊滅。この場より早急に立ち去る事を手短に伝える。
(あのゴーレム‥‥)
ウェストが連絡を入れている頃、UNKNOWNは地上から見上げるゴーレムの存在に気付いた。
右肩に描かれたドラゴンを貫く剣。
隊長機なのかもしれないが、それならばゴーレムである事は不自然だ。
何故ゴーレムなのか。
些細な事がUNKNOWNの心に引っかかっていた。
(敵だとすれば‥‥厄介な相手になるかもしれない。
ここは任務に徹するのが正解、か)
UNKNOWNは灰皿にねじ込まれていたタバコを手にし、そっと火を灯した。
●
「‥‥偵察機か」
漆黒のKVを見上げながら、キーオ・タイテム(gz0408)は呟いた。
おそらく、上陸作戦を敢行したKV部隊の様子を窺っていたのだろう。だが、壊滅寸前のKV部隊を助ける素振りがまったく見られない。アグリッパの対空攻撃を撃破した事から、攻撃できないという事はなさそうだ。
「どうやら、上空の敵は無能ではないようだ」
キーオは懐から取り出したタバコに火を付けた。
もし、上空の敵が攻撃を仕掛けるならば増援を呼んで一気に叩いているところだ。
だが、攻撃をしてこないという事は今回の戦闘結果をUPC軍へもたらすつもりだ。
ならば、せいぜいKV部隊全滅の様子をドラマチックに報告してもらえればいい。再度上陸作戦があるのであれば、容赦なく叩き潰すだけだ。
「‥‥さて、帰還するか。
雇い主に代わって客人を出迎えという任務が待っているからな」
●
「タイガー1、ポイント通過。現在イルビド上空を飛行中。
最後のウェイポイント、ハイファへ向かう」
三枝 雄二(
ga9107)は、イルビド付近を飛行していた。
電子戦機を護衛する形でアグリッパやヘルメットワームと交戦してきた三枝。しかし、その任務も間もなく終わりを告げようとしている。
「現在、特に異常なし。
このコースに敵の拠点は存在しないようだ」
M2(
ga8024)は、ココペリの操縦席から各機へ情報を伝達する。
今回、ペルシャ湾から地中海へ強行偵察を行ったが、地上は砂と廃墟ばかり。特に敵拠点と思しき存在は発見できなかった。
「かつての都市も、みんな砂に埋もれちゃっているみたいだねぇ」
マリアンデールの中で、樹・籐子(
gc0214)はため息をついた。
籐子は、地図を手にしながら都市をチェック。さらに植生や人影の行き来を調べていたのだが、一面砂の海。植物も存在せず、人影はまったくない。あるのはバグアが放ったキメラやワームばかり。まるで砂の惑星にやってきたかのような錯覚を覚える。
「えへへ、もうすぐハイファです。地中海が見えてきます」
楽しそうにソーニャ(
gb5824)が呟いた。
既に水着を着用してエルシアンへ乗り込んでいた程、地中海を楽しみにしていたようだ。
それに対して籐子も別の意味で楽しみを隠せないようだ。
「うんうん。お姉ちゃん、楽しみだわー」
「え? 籐子さんも楽しみなの?」
「そう。とーーーっても楽しみよ。特にソーニャちゃんの水着姿」
そう返答しながら、籐子は怪しい微笑みを浮かべる。
ソーニャに対して何を期待しているのかは不明だが、楽しみである事は間違いないようだ。
だが、それも任務が間もなく終わるという事を意味している。
その事が少しばかり緊張感を解し、ソーニャと籐子に笑顔をもたらしたのかもしれない。
「敵施設確認できず。これも立派な報告っすよ」
三枝はM2に対してそう言い放った。
敵の拠点が存在しない、という事はそれだけでも重要な情報だ。アラビア半島はUPC軍にとって何の情報も存在していない。つまり、敵の拠点がないという事はUPC軍が進軍する上で重要な情報という事になるのだ。元航空自衛官の三枝らしい言葉だ。
「なるほどねぇ。
ま、全員無事に帰還できるというところはありがたいね」
M2は軽口を叩くように答える。
このまま無事に帰還できる事は、重要な事だ。少なくとも今まで目にしてきた情報をUPC軍へ持ち帰る事ができる。
「さて、そろそろ潮時っすね。
タイガー1、偵察行動終了、リターントゥベース」
三枝はUPC軍へ連絡を入れる。
敵の拠点を他のコースで偵察する仲間が発見する事を祈って。
●
地中海コースは、予定の偵察を終える事に成功していた。
しかし、他のコースは大きな難関が立ちはだかっていた。
「敵拠点発見! 場所はアルカルジ!」
Anbar(
ga9009)は、ハナシュの中で一人叫んでいた。
Anbarにとって父祖の地とされるアラビア半島。一刻も早く同胞のためにバグアの手から解放してやらなければならない。
今回の偵察はそのための第一歩、重大な任務と覚悟していたのだが‥‥。
「何も起こらなければいいと思ったのですが‥‥これ、当たりですよね?」
ワイバーンの機上で苦笑いを浮かべるルミネラ・チャギム(
gc7384)。
まさかの大当たりに、自らの運命を恨む他なかった。
だが、当たったからには全力で任務を全うする責任がある。
ルミネラはその事を十分に理解していた。
「‥‥くっ、先行していた部隊はどうした?」
眼前のヘルメットワームを撃墜しながら、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)が無線に話かけた。
アルカルジは前線基地として機能しているらしく、眼下からゴーレムの対空砲火を受けている。もし、先行部隊がここに到達しているならば、ユーリ達が到達する前に情報が入っていたはずだ。
「す、すいません! 砂嵐のせいで、コースを変更しました。
現在、そちらへ向かっています」
無線からセツナの言葉が聞こえてくる。
実は、ユーリ達もリヤド付近で突発的な砂嵐に襲われてジッタへの直線飛行を断念。迂回する形で飛行したところで前線基地となったアルカルジを発見したという訳だ。
「先行部隊と合流して窮地を切り抜けるしかない、か」
ユーリは、覚悟を決める。
今回は偵察。あの前線基地をAnbarがハナシュから調査するだけの時間を稼いで撤退しなければならない。そのためには可能な限り、敵を倒し続ける必要がある。
「たかがキョウ運と侮るなかれ、されどキョウ運と心得よ!
‥‥僕の『キョウ運』は凶器ですよ」
ウィズウォーカーのソウマ(
gc0505)』は不敵な笑みを浮かべる。
次の瞬間、放たれるはスナイパーライフルD−02。
その一撃がヘルメットワームの側面を貫き、穴を開ける。
黒い煙を吹き出しながら、爆散する。
「ですが、こうも敵が多いとちょっと厳しいです‥‥」
敵を倒しながらも、ソウマは苦笑いする。
敵は上空のヘルメットワームだけではない。こうしている間にも、ゴーレムやタートルワームが対空砲火を繰り返している。それを避けながら、前線基地調査までの時間を稼がなければならないのだ。
「佐賀殿、そちらでは何か分からんのか!」
佐賀十蔵(
gb5442) を怒鳴りつけるかのように、美具・ザム・ツバイ(
gc0857)は叫ぶ。
幸い、電子戦機はAnbarのナルシュだけではなく、佐賀のサヴァーも同行していたのだ。
「焦るな!」
佐賀もツバイへ怒りを突き返すように怒鳴った。
可動シールドを起動しながら、可能な限り敵前線基地の情報をかき集める。それは決して簡単な事ではなかった。
「バグアめ、サヴァーの索敵をなめるなよ」
佐賀は計器に注視する。
確認できた敵は、ゴーレム5機とタートルワームが3体。
しかし、前線基地からの砲火が行われないところを見る限り、プロトン砲などは装備されていない模様だ。
「しかし、まずいのじゃ。
今回は偵察という事でここへ赴いているが、これだけ敵を刺激したのだ。UPC軍が進軍する頃には、警備は強化されているだろうな」
ツバイは冷静に分析する。
現段階、ここで偵察が行われた事はバグアにも理解できるはずだ。ここが前線基地という事であれば、確実に防衛戦力を増強する事になる。
「佐賀さん、これ前線基地ですかね?」
ルミネラが声をかけた。
「戦力から考えて、これが敵の本隊とは思えない。
前線基地で間違いないと思うが、どうしてだ?」
「前線基地という事は、何処かに本拠地があるという事ですよね?
案外、あの砂嵐が本拠地を守っているって事ないですか?」
ルミネラは、紅海へ向かう予定を邪魔した砂嵐の中に本拠地があるのではないかと考えたようだ。
――しかし。
「可能性はある。だが、そうだとすればここから砂嵐に近づくのは危険だ。何が起こるか分かったものではない」
佐賀自身、この不自然な砂嵐が気になっていた。
突発的に発生した砂嵐が、まるで飛行を阻む物のように感じられたからだ。ルミネラの予想も強ち間違っていないのかもしれない。
だからこそ、ここで危険を冒す訳にはいかない。
入手した情報をもって帰還しなければならないのだから。
「先行部隊合流まで、何とか持ちこたえて下さい!」
ユーリは仲間を鼓舞した。
もう少しで、仲間達が到着する。
そう信じて戦わなければ、生き残る事は難しい。
前線基地とはいえ、ここはバグアの拠点なのだから。
●
「アルカルジまで偵察機が現れるとはな」
ドレアドル(gz0391)は、上空に飛び交うKV達を見つめていた。
ゾディアック12にして、バグア軍アジア・オセアニア副総司令の立場にある大物だ。
バグア占領地域であるアラビア半島に現れたKV。これはUPC軍の侵攻を意味している。あの偵察機が必死に情報を集めてUPC軍に届ければ、ここへ現れる可能性もグッと高くなる。
「あの偵察機を墜とすべきではないのか?」
ドレアドルは、背後にいたキーオに問いかけた。
この場所をUPC軍に知られれば、厄介な事になるのは目に見えている。
だが、キーオは慌てる様子もない。
「それは任務として下されていない。
俺の任務は、本拠地の防衛。そして――客人としてドレアドル、おまえを出迎える事だ。偵察機撃墜の命令は聞いていない」
任務として下されていない。
キーオはそう言い切った。任務が下されなければ動く必要はない、そう考えているのだろうか。ドレアドルはキーオという存在に明確な違和感を覚えていた。
「そうか。なら、俺が‥‥」
「おまえは客人だ。客人なら客人らしくする事だ」
歩きだそうとするドレアドルを、キーオは強引に押し止めた。
客人。
つまり、ここへ赴く事は歓迎するが、余計な口出しは無用。
そう言いたいようだ。
「‥‥それも、任務なのか?」
ドレアドルは嫌味を込めて質問をぶつける。
その問いかけに、キーオは眉を潜める事無く言い返した。
「そうだ。雇い主からの任務だ」
●
ユーリ達がアルカルジで交戦している頃、別部隊は砂嵐付近の偵察を行っていた。
「この砂嵐、危険ですわ。
陸上を進むのであれば問題ないでしょうけど、飛行形態で砂嵐に近づけばあっという間にバランスを崩しそうですわ」
ぎゃおちゃんに乗り込む砂嵐を遠目に見つめるミリハナク(
gc4008)。
地上からならば何とか進む事は可能だが、飛行形態で砂嵐に巻き込まれればバランスを崩して墜落という事もあり得そうだ。
「カグヤ、あの砂嵐に近づいては駄目よ」
「はい、おねー様」
ミリハナクの言葉を忠実に聞くのはカグヤ(
gc4333)。
ミリハナクの護衛を受けながら、UPC軍を手伝う為に必死になって偵察を続けている。
少しでも情報を入手できれば‥‥。
その想いが、カグヤを必死に突き動かす。
「目視確認、変化を確認できず。継続して調査を行う」
Phoenix955の伊藤 毅(
ga2610)も眼前の砂嵐を警戒していた。
砂嵐に近づくまではヘルメットワームの襲撃もあった。しかし、砂嵐に近づいた途端、ヘルメットワームの襲撃は無くなった。おそらく、この砂嵐はヘルメットワームにとっても厄介な存在なのだろう。
「この不自然な砂嵐‥‥白狐も怪しいって言っているな」
愛機「WHITE SKY FOXES」に乗る吹雪 蒼牙(
gc0781)。
今日は白狐のコンディションも絶好調、良い仕事が出来ると息巻いて来た。しかし、この怪しい砂嵐のおかげで調査は難航。もっとも、敵も現れていない状況の為、悪い事ばかりではないのだが‥‥。
「まるで、砂嵐が何かを守っているような感じもある」
「え? なんですって?」
吹雪の言葉に、ミリハナクが反応した。
「砂嵐が護衛‥‥可能性はある」
伊藤も吹雪の言葉に可能性を感じたようだ。
ならば、やるべき事はたった一つ。
「カグヤ、この砂嵐の奥を調べてみなさい」
「おねー様、お任せください」
カグヤは砂嵐に向けて水空両用撮影演算システムを発動した。
カメラは砂嵐を捉えて高速演算を開始。
その結果――。
「おねー様、この砂嵐の向こうに何らかの建造物があります」
「やっぱりね」
ミリハナクは納得した。
やはり、この砂嵐は敵の拠点を防衛する為の装置なのだ。もし、ここを攻め落とすならば、陸上から進む他ないだろう。
「おねー様。建物の城壁を調べたところ、何かあります。
これは‥‥砲門?」
カグヤがそう呟いた瞬間、砂嵐の向こうで光が生まれる。
「攻撃視認。光学兵器と想定、回避行動」
伊藤はその場から急上昇、吹雪もそれに続く形でこの場から撤退を開始する。
「なるほどね。
この砂嵐も単なる虚仮威しじゃないって事かしら?
何にしても、私を楽しませてくれれば良いのだけど‥‥」
カグヤと共に撤退を開始するミリハナク。
その表情は何処か名残惜しそうにも見えた。
●
「到着‥‥撤退‥‥支援‥‥」
アルカルジで奮戦するユーリ達の元へ、先行部隊が到着。
Rote Empressが巧みに対空砲火を躱しながら、ヘルメットワームに試作型「スラスターライフルを叩き込む。
「来たか!」
ツバイが思わず歓喜と安堵の声を上げる。
待ち望んだ増援に、心の底から新たな力の誕生を感じずにはいられない。
「ならば、退路を斬り開くのみ!」
増援の到着とあって、スカラムーシュ・ラムダは再び息を吹き返したように攻撃を開始する。発射されたK−02小型ホーミングミサイルは、ヘルメットワームのプロトン砲を擦り抜けながら直撃。
ヘルメットワームの撃墜させていく。
「こちらHervor、退路を形成します。
撤退可能な各機はペルシャ湾方面へ向かってください」
緋音は各機へ伝達。
手に入れた情報を可能な限り、UPC軍へ届けて初めて任務が達成となる。
ならば、ここは何としてもアルカルジの状況を伝えなければならない。
「Anbarさん、佐賀さんの両機を護衛します。
お二人とも、急いでください」
ソウマはコックピット内に流れる祝福の風を感じながら、電子戦機に乗る二人を護衛する。この二人が集めた情報を、確実に届けなければ‥‥。
「敵の対空砲火、少々邪魔ですね」
リゼットのEdainは低空飛行でアルカルジへ接近。
対空砲火に集中していたタートルワームへMM−20ミサイルポッドを叩き込む。
一時的にでもリゼットへ目が向いてくれれば、対空砲火は収まるはず。その間に電子戦機を逃がそうという算段だ。
「お前達の相手は来るべき奪還作戦で、思う存分してやるぜ。
その時まで待っているんだな」
アルカルジから飛び去るハナシュの中で、Anbarはこの場への帰還を誓っていた。
●
こうして、傭兵達の活躍によりアラビア半島の情報を入手する事に成功した。
バーレーンにおいてKV部隊の犠牲を出したものの、今回入手した情報はアラビア半島奪還のための大きな一歩と言えるだろう。
そして、UPC軍は次なる一手を打ち出した。
砂漠の月作戦。
ペルシャ湾からの上陸作戦を経て、アルカルジ・リヤドの攻略作戦。
その上陸作戦の初戦に選ばれた場所は――バーレーン、ザフラーン。
バーレーンはあのKV部隊が命を賭し、そして散らした宿命の場所。その場所を奪取し、ザフラーンまでを一気に攻めてアラビア半島攻略の橋頭堡とするのが狙いだ。
太陽に熱せられた砂が、風で舞い上がる。
アラビア半島を賭けたUPC軍とバグアの戦いは、今始まろうとしている。