●リプレイ本文
「ぶわっはっは!
我々はマグロへ自由と平和をもたらすべく、世界へ独立戦争を仕掛けるにゃー!
マグロは食われるばかりではない、地球最強の優良種である事をこの戦いで証明してみせるにゃー」
バグア側強化人間タッチーナ・バルデス三世は、築地市場脇の廃ビル屋上で高笑いを響かせていた。
ガリガリの体にカイゼル髭が特徴的。紳士の嗜みとやらでビキニと紙おむつを愛用する残念な強化人間であるが、今回マグロをテーマに様々なキメラを生み出した張本人である。
ちなみに今回は紙おむつをギリギリまで切り詰めてVの字に近付けている。本人曰く、ハイグレードクールビズという格好らしい。
「行け、おっさんマグロ!
この築地市場を酢味噌と納豆の香りでいっぱいにするのだ」
タッチーナの視界には、巨大化したマグロが手足を生やして徘徊している。
腕は二の腕がタプタプと波打ち、足は臑毛でジャングル。挙げ句、黒い靴下からは納豆のような香りを放っている。
この異様な生物こそ、タッチーナが投入したおっさんマグロである。
既に巨大化しているため、生身の傭兵では太刀打ちできない状態だ。
「mULT!
昼間は侵略活動、夜は基地でアルバイトして貯めた資金をすべて投入して作ったおっさんマグロは? どうだ、手も足も出まい‥‥」
そう言い掛けた瞬間、タッチーナの体が何かの影に入った。
付近には今居るビルより高いビルは存在していない。
ならば、この影は一体‥‥。
「絶対に、絶〜〜っ! 対! に許さんぞ〜〜〜」
龍深城・我斬(
ga8283)は、叫びながら剛覇で登場。
タッチーナが居た付近に強行着陸した。
剛覇の重みで廃ビルは崩壊。タッチーナを巻き込みながら、廃ビルは一瞬にして瓦礫の山へと変化した。
しかし、当の龍深城は怒りのあまりタッチーナの存在に気付いていない。
「不味いマグロなんて、そんな馬鹿な話があるか! 海産物キメラと言ったら美味いのが当たり前だろうが!!」
どうやら、龍深城は海産物キメラを楽しみにしていたようだ。だが、当のマグロが酢味噌臭くて食べられないと聞いて、怒りは最高潮に達している。
「出てこいっ! 目の前で徘徊する不味いマグロを作った奴!」
「‥‥ごめん。このマグロっぽい奴を作った奴、あなたの足下で潰れているわよ」「なにぃ!?」
mULT隊長メアリー・エッセンバル(
ga0194)の指摘で、龍深城は思わず飛び退いた。
そこには壁にめり込む形で血だらけになったタッチーナの姿があった。
「‥‥あー、死ぬかと思った」
鼻血を垂らしながら起き上がるタッチーナ。
普通、ブーストで加速したKVで潰されたら死ぬはずなのだが、残念過ぎる強化人間のタッチーナは回復力だけは天下一品なのだ。
「ん? さっきの声は‥‥mULTの隊長だにゃー!?
ロボットとは卑怯な! さては、朕のハイグレードクールビスに嫉妬したにゃ?」
「何、言っているの! あんたが勝手に巨大化させるから、KV乗らなければならないじゃない!」
龍深城とはまた違う形で、メアリーも怒っていた。
タッチーナはマグロ愛を貫き通していると思っていたが、実はマグロそのものを勘違いしていたのも確かに怒り原因だ。だが、それ以上に怒っている原因があった。
「タッチーナ! なんで巨大化させたのよ!
巨大化させたら、KVに乗らなくちゃならないじゃない。そしたら‥‥そしたら‥‥あのマグロの美しい流線型を肉眼で見られないのよ!?」
メアリーの怒りは、マグロを肉眼で見られなかった事にあるらしい。
確かにあの美しい流線型におっさんの腕や足を生やした事は許し難い。しかし、あの肌の質感はマグロそのまま。それを見ながらどんぶり飯三杯は食べられたメアリーだったのだが、今回はモニター越しで見る他ない。
その事に怒っているようだ。
「だ、大丈夫ですか。メアリーさん」
夏 炎西(
ga4178)が梅花の操縦席から声をかける。
炎西も酢味噌和えにする他ないマグロキメラをKVサイズにした時点で水産資源の浪費として怒っていたのだが、メアリーの怒り具合に思わず心配してしまったようだ。
「マグロを巨大化したのなら、あなたもマグロと合体するとかしなさいよ!」
メアリーはKVでタッチーナの体を掴むと、近くに居たおっさんマグロに向かって投げつけた。
タッチーナは、おっさんマグロの顔面に直撃。おっさんマグロは派手に転倒、足下にあった家屋を破壊する。
「‥‥くっ。そんな事が出来る能力があったら、既にやっているにゃー。
しかし、それ程の力があるなら、朕は愛らしい漆黒のネズミとなって子供達のアイドルになるにゃー。甲高い声で『ハーイ、僕ミ‥‥』」
「いくぞっ、タッチーナ!」
それ以上、タッチーナに言わせてはいけない。
そう直感した炎西は、梅花をタッチーナに向かって走らせていた。
●
「このような醜悪な物体を1分1秒でも存在させてはいけませんね」
乾 幸香(
ga8460)はバロールの強化型ショルダーキャノンで、攻撃を開始。
砲撃は比較的密集していたマグロの一団を、完全に分断。おっさんマグロを分散させる事に成功していた。
(‥‥聞いてはいましたが、本当に‥‥醜い)
噂でマグロを台無しにしているバグアが居るとは聞いていたのだが、眼前でおっさんマグロを見た段階で怒りは更に増した。
この生物は早々に倒さなければならない。
幸香は、そう心に強く誓っていた。
「‥‥速やかに排除しましょう」
幸香は、はぐれたおっさんマグロに向かってGPSh−30mm重機関砲を連射しながら接近。
相手のおっさんマグロは、手に持った槍以外は体を使った技とプロトン砲のみである。つまり、攻撃の隙を与えないようにすれば反撃される事はほとんどない。
「‥‥汚物は熱消毒しないといけませんからね。
幸い、メアリー隊長から許可を貰っていますし、容赦なくいかせて貰います」
機関砲を受けてのたうち回るおっさんマグロに対して、幸香はヒートディフェンダーを突き立てる。
顔面に突き立てられたヒートディフェンダーは、マグロの顔面を焼く。
焼いても酢味噌臭の方が強いのは、タッチーナの生み出した怪生物だからだろうか。
「せっちゃん、もう少し右を向いて。そう、そう‥‥その角度、最高だ」
戦闘の最中、常 雲雁(
gb3000)は玄兎に搭乗しながら撮影に勤しんでいた。
雲雁は、セツナ・オオトリ(
gb9539)の兄から「弟の雄志をビデオで撮影してくれ」と頼まれていたのだ。可能な限り良いアングルで撮影するように頼まれていたため、セツナの乗り込むオージェ・オオトリスペシャルの周囲を回り続けている。
そして――当のセツナだが。
「うう、兄さん‥‥」
セツナは、瞳から溢れる涙でモニターを見ることができなかった。
親代わりであり師でもある兄自身の手によって「mULT大漁祈願デコKVマグロペイント仕様」に改装されてしまっていたのだ。随所に「mULT」、「大漁祈願」、「うほっ、いいマグロ!」と謎のメッセージが書き込まれている。
「せっちゃん、立派に成長して‥‥」
遠目からセツナのKVを見ていたメアリーも感激。
ビンタしたり、首を絞めた事もあったが、ここまでセツナがマグロを愛してくれていると考えたメアリーは一人で感動している。
「に、兄さん‥‥。
『機体を特別しようにしておいたよ。宣伝用に撮影も頼んでおいたから依頼頑張れ』って‥‥。ボクを励ましているつもりなの?」
mULT隊長のメアリーに強制的に拉致されてほぼ強制的に協力させられている事実を知らない兄にとって、セツナを応援した結果なのだろう。
しかし、当のセツナの心は限界に近づいていた。
「‥‥ふ、ふふふ。ボクは、このKVで狂ったマグロをすべて破壊する。
すべてのマグロを破壊する事が、ボクのやるべき事なんだ。
タッチーナもある意味、マグロだよね? だから! ボクはタッチーナも破壊するんだ!」
オージェは、ブーストで急発進。
一気に、眼前のおっさんマグロへ詰め寄った。
「それ、壊れろっ!」
オージェの輝くブレイブソードが激しく振り回される。
咄嗟の動きに対応できなかったおっさんマグロは、反撃もできない。
オージェが攻撃を終えてバックステップした後、おっさんマグロの体は三枚に下ろされたようにバラバラになっていた。
「兄さん、あなたの改装でこの活躍ですよ!」
半ば自暴自棄となっているセツナ。
さすがにいつもと違う様子に、雲雁は少々不安を覚えていた。
「やばいか?
‥‥まあ、戦闘が終わった後でフォローすればいいか。なら、さっさと仕事を終わらせるとしよう」
雲雁は、玄兎をおっさんマグロに向けて動き出す。
雲雁の目についてのは、おっさんマグロの醜い臑毛。そして、黒い靴下。
最早、不気味な要素でしかないそれらの存在を雲雁はこの世に残す気はまったくなかった。
「そいつを焼き払ってやる」
雲雁はフォトニック・クラスターを発射。
高熱線のフラッシュを浴びせかけて、臑毛と靴下を中心に焼き尽くす。
焼かれたおっさんキメラは足に力を入れる事ができず、その場へと倒れ込んだ。
「こうなったらマグロも捌かれるだけ、か」
ウィップランス「スコルピオ」をしならせながら、玄兎はゆっくりとマグロへ近づいていく‥‥。
●
「炎西さん、私を守って‥‥」
「は、は、は、はいーー!!!!」
桃色空気を醸し出したメアリーの言葉に惑わされる炎西。
鼻息を荒げながら、マグロアルティメットバスターを機刀「白双羽」で受け止める。
なにせ、あのメアリーからの嘆願だ。守らなければ男が廃る。
(マグロを愛するメアリーさんの為にも‥‥そう、いつの日か、平和を取り戻した築地市場で二人きりでマグロの競り市を見学できるように‥‥)
メアリーの一言でそこまで妄想を広げる炎西。
幸せな夢のまっただ中なのだが、おっさんマグロは未だ健在であった。
「炎西さん!?」
メアリーは慌てて声をかける。
その間に、おっさんマグロはマグロファイナルデッドスクリームを実行。飛び上がって一気に間合いを詰める。
「不味いマグロの吐く光線など、俺の剛覇には無力!」
間に割って入った龍深城は、カウンターでフライングアッパーを敢行。
顔面を捉えた一撃は、おっさんマグロの着地点を逸らして地面へ激突させる。
「不味い海産物に用は‥‥ん?」
龍深城は剛覇のモニター上で、タッチーナが傍に居る事を確認した。
ここでタッチーナに怒りをぶつける絶好の機会だ。
「待てよ、タッチーナ!」
タッチーナを剛覇で捕まえた龍深城。
「は、離すにゃー。貴様も朕のソーセージが目当てかにゃー?」
「訳の分からない事を言うな。
それより、俺がお前を不味いマグロと一体化させてやるよ」
そう言うなり、龍深城は足下で転がっているおっさんマグロの頭にタッチーナを顔面から突き刺した。おっさんマグロの頭からおむつと細長い二本の足が蠢いているように見える。
「ほれ、これで巨大化だの合体だの好きにしろ」
じたばたと足をばたつかせるタッチーナ。
おっさんマグロの方もまだ完全に絶命してはおらず、ゆっくりと立ち上がろうとしている。
「こいつで終わりだ、ぶっ飛べ拳〜!」
剛覇は簡易型バニシング・ナックルを発射。
飛び出した拳は、おっさんマグロの顔面を半分抉り取った。肉塊は遠くへと弾け飛び、地面に激突。ぐちゃ、という潰れる音が周囲へと響き渡る。
顔面を半分失ったおっさんマグロはその場へと倒れ込む。
「‥‥ちっ、小僧。いい気になりおって」
潰されても死ななかったタッチーナは、簡易型バニシング・ナックルを喰らっても生きていたようだ。幸い、おっさんマグロの肉塊がクッションの役割を果たしたようだ。
しぶとく生きているタッチーナ。
しかし、不幸はこれで終わらない。
「諸悪の根源に与える慈悲はありません。
とにかく滅んで下さい」
起き上がったタッチーナの目の前には、バロールの姿があった。
幸香は、タッチーナを許す気は毛頭無い。
重機関砲の照準を合わせる幸香。
「ちょっと待って!」
「あ、メアリーさん」
幸香の前にメアリーが割り込んできた。
「こいつは私に任せてくれないかな? タッチーナとはちょっとした因縁があるのよ」
「‥‥そうですか。なら、メアリーさんにお任せします」
そう言って、その場を譲る幸香。
mULT隊長として、マグロを愛する者としてメアリーはタッチーナと対峙する。
「タッチーナ、マグロを釣り上げた時は、恵比寿様にお礼を込めてマグロの頭を拳で突くんだけどね。今からでも拳で突いて良いかしら、あなたごと‥‥」
既にKVは拳を握りしめて殴る準備を完了している。
「‥‥所詮人はマグロを単なる食べ物としてしか知らぬ。
マグロは絶滅する。これは予言、確実に来る未来だにゃー」
タッチーナの緊張感のない台詞だが、意外にもまともな台詞を吐いている。
戦争の中で食料を確保する事が難しくなっている。マグロも大切な食料源として乱獲。これではいつか絶滅する日が来るのは避けられない。
「タ、タッチーナのくせに‥‥」
「分かったかね、mULT。マグロを救うには、捕食者である人類を滅亡させるしかないにゃー。共にマグロの絶滅を阻止するために人類を滅亡させるにゃー」
タッチーナは、メアリーのKVに向かって微笑みかける。
人類が滅亡すれば、マグロ絶滅の危機は脱するだろう。
マグロは絶滅させたくない。それはメアリーの切なる願いの一つだ。
だが、メアリーは――KVの拳を振りかぶる。
「にゃ!? マ、マグロが絶滅してもいいのかにゃ!?」
「マグロも人も、mULTが守る。
たとえ、世界がマグロを悪と決めつけたとしても‥‥それでも、私には守りたいマグロがあるのよ!」
メアリーはタッチーナの脳天目掛けて拳を振り下ろした。
再びマグロの肉塊へ押し込められ、地面と衝突。そのまま潰れた大福のようにひしゃげるタッチーナ。度重なる肉体のダメージで、さすがに簡単には回復する事はなかった。
「これで、二度とマグロを侮辱する存在が出ない事を祈るわ」
メアリーは潰れたタッチーナを見つめながら、そう言い放った。
●
――その後。
タッチーナはUPC軍が到着する前に逃走。
残念ながら、捕縛する事はできなかった。
だが、mULTはタッチーナへ大きな一撃を与える事に成功した。タッチーナも資金が底を突いてすぐにはマグロ型キメラを生み出す事はできないだろう。
「これで‥‥終わったのか?」
隅田川を見つめながら、雲雁は一人呟く。
mULTとしての活動はこれで終わるのだろうか。
「いや、油断は出来ないな。何れ、第二、第三のタッチーナが出るかもしれない‥‥!」
マグロと人類を救うべく、mULTが出動する。
マグロと人が居る限り、戦いはいつまでも続く。
戦え、mULT!
負けるな、mULT!