●リプレイ本文
青龍会の李若思中佐。
白狼会の陳世昌中佐相当官。
彼らが派閥争いを続けている中で、ある事件が発生する。
河源市郊外にてUPC軍斥候部隊がバグア部隊と交戦。兵士達が白狼会に所属している事を知った陳は、部下を現地へと出発させる。
しかし、李は先手を打って「ある部隊」を現場へと急行させていた。
「くっ、救援はまだか」
斥候部隊の隊長は茂みに隠れながら呟いた。
既に部下の数名は死亡、傍らでは負傷した物が痛みに耐えている。
時間を稼いで救援を待たなければならない。
敬愛する陳中佐相当官のためにも。
「‥‥やってみるか」
部隊長はゆっくりと体を起こす。
敵をこちらへ引き付ければ、少しでも時間を稼げる。
それが危険な行為である事は分かっているが、これ以上部下を危険に晒すわけにはいかない。
――その時、部隊長は複数の足音がこちらへ向かって来る事に気付く。
「作戦開始! 斥候部隊と合流しろ!」
前方に対してアサルトライフルの牽制射撃を加えながら、ブラウ・バーフィールド(gz0376) 軍曹が部隊長へ近づいてきた。
滑り込むようにして木の幹に背中を預けている。
「貴様が斥候部隊の隊長か」
「あなたは?」
「救援に来た」
緊張感を維持したまま、軍曹は吐き捨てるように言い放つ。
その軍曹とは対照的に、後方からゆっくりと歩いてくる一人の小男。
「皆の者。曽徳鎮のため、身を粉にして働くのだ」
銃撃戦の最中、戦場で身を隠すことなくゆっくりと歩く徳鎮。
おまけに銃を手にする事無く、センスで自分の顔を仰ぎ続けている。
部隊長もこの男の無能さは、聞き及んでいた。
「曽中尉‥‥?」
「おお、お前は私を知っているのか。
さすがは我が威光。広州軍区司令部に轟いているか」
名前を呼んだだけで勝手にご機嫌になる徳鎮。
馬鹿っぷりは相変わらずのようだ。
「あ、どもっ! 馬閣下! 久しぶりでございまする」
徳鎮の登場に、紅月・焔(
gb1386)が元気に挨拶している。
ちなみに、焔は以前の依頼で徳鎮を「馬閣下」と呼んでいる。馬鹿にされている事に当の本人はまったく気にしていない。
「おお、お前は‥‥思い出せないが、とりあえず覚えているという事で頼む」
「あっはっは。ありがとうございます。馬閣下」
高笑いを決め込む徳鎮と焔。
二人のやり取りで、周囲の緊張感が掻き消されていくような気がする。
「軍内の派閥争い絡みの依頼で面倒になると思ったが‥‥ば閣下と焔で一気に緊張感がなくなったな」
二人のやり取りを見ていた夜十字・信人(
ga8235)がそっと呟く。
「ん? お前も私に尊敬の念を込めて「ば」と付けて呼んでいるのか?」
「Sir、自分も焔に習い尊敬する御方の名前には、『ば』を付ける事にしたのであります。Sir」
閣下の前で慌てて畏まる夜十字。
しかし、その目は死んだマグロのように焦点が定まらず、何処か遠くを見つめている。
もっとも、当の徳鎮は敬われたと思い込んでご満悦だ。
「よしっ! この勢いに乗って全員私に続け!」
「お待ち下さい、閣下」
走り出そうとする徳鎮を緑川 めぐみ(
ga8223)が引き留めた。
「なんだ? 今から私が突撃して憎きバグアの先兵を叩き潰してやるのだ」
「閣下。ここで敵が指揮官らしき人物を見かけたらどうすると思います?」
「どうするって‥‥」
徳鎮が呟きかけた瞬間、徳鎮の耳に甲高い音が響く。
一瞬だけ響いた音ではあったが、徳鎮にはその音が自分の傍を弾丸が通過した音である事にすぐ気付いた。
「ひぇぇ!」
先程の威厳も消え失せ、徳鎮はその場で尻餅をついた。
「早く私を護れ! 全員私を護衛しろ!」
震えた声で叫ぶ徳鎮。
自分がバグアに狙われたと知った時点で、心は既にへし折られているようだ。
「私がバグアなら、敵士官である閣下――貴方を狙います」
「何でもいいから早く、何とかしろ!」
計算通りに事が進んだ事を感じ取っためぐみ。
そのまま振り返り、軍曹に向かって首を縦に振って合図を送る。
「作戦を開始だ」
身を屈めていた傭兵達へ軍曹は指示を出す。
徳鎮を黙らせるというめぐみの狙いは、成功したようだ。
「軍曹」
エティシャ・ズィーゲン(
gc3727)が軍曹に歩み寄ってきた。
「エティシャか。久しいな」
「挨拶は後だ。怪我人は?」
軍曹が指し示す先には横たわる兵士が数名。
皆、足や腕を怪我している。手にしていた救急セットで治療したと思われる者も居るが、中には止血処理をされていない者も存在している。
「あなたは‥‥」
傷口を見ていた兵士がエティシャへ声を掛ける。
「私は衛生兵、医者だ。目の前に怪我人が居る。なら放っておける訳ないだろう」
「だが‥‥あなた達は誰の依頼で来たんだ?
陳中佐の依頼じゃないのか?」
「‥‥」
エティシャは沈黙を守った。
広州軍区司令部の派閥争いには興味がない。何より治療に派閥は関係ない。誰であろうとエティシャは、自分の役割を果たす事に注力するだけだ。
だが、その沈黙は白狼会からの依頼でない事を兵士は察知した。
「もしかして‥‥青龍会なのか? だったら治療は‥‥」
身を捩る兵士。
しかし、エティシャは強引に体の位置を引き戻した。
「‥‥黙れ。現場の人間が、そんなつまらん理由で生き死を勝手に決めるな。
事を為したいのであれば、この治療が終わった後でゆっくりと考えろ」
エティシャは語気を強めた。
戦場には様々な意志が渦巻く。
集中して治療をさせてくれるケースは多くない。
それでも、エティシャは目の前の怪我人を治療する。
それが医者である自分の使命であるからだ。
「生きろ。それが答えを導き出す唯一の鍵だ」
エティシャは兵士に練成治療を施した。
●
「発砲した直後の銃身や体の熱ってぇのは隠し難い上にサーマルだと丸見えだ‥‥」
秋月 愁矢(
gc1971)は、木陰に身を隠しながらOwl−Eyeで対岸を調べていた。
スナイパーと思われる存在が居る場所に熱源反応。さらにその者が手にしていたと思われる銃器が高い熱を帯びている。おそらく、先程徳鎮を狙った際の熱なのだろう。
「スナイパーは湖の対岸だ。スナイパーの排除が目標ってところだろうな」
「なら、私も行きます」
風鳥を手にしたシクル・ハーツ(
gc1986)が、小声で秋月に話しかける。
シクルは仲間の支援を得ながらスナイパーの背後へ回り込み、襲撃をかけるつもりのようだ。
「頼もしいな。当てにさせてもらう」
プロテクトシールドを手に、二人は湖から大きく離れるように迂回を開始する。
●
「突撃馬鹿に正面から立ち向かっていけるかっての」
サイ型キメラの突進を、リック・オルコット(
gc4548)は横へ飛ぶようにして躱す。
傭兵達を発見したサイは、鼻息荒くこちらへ突進。リックが攻撃を躱した今でも、木々をなぎ倒しながら進んでいる。
「あ、あれ!?
あのサイ、こっちに来るんじゃね?」
徳鎮の護衛として行動を共にしていた焔。
馬鹿でも自分の危機的状況を理解した徳鎮は、焔の袖に縋り付く。
「は、早く何とかするのだ!
い、いや、まずは私を護るのだ!」
「ちょ、ちょっと!
ここで袖を引っ張られたら、銃の狙いが‥‥」
カプロイアM2007を構えていた焔だが、徳鎮が邪魔をして狙いが定まらない。
こうしている間にも近づいてくるサイ。
さっきまで馬閣下に女の子にモテるためには素性を隠して派閥を立てるように進言。徳鎮自身もかなり乗り気だったのだが、その時のテンションは既に何処かへ吹き飛んで行ってしまった。
「あ、やばいかも」
「あなたの想い、届くこと無く、私達の希望は駆け抜けていく。そう勝利へと向かって、ひたすらに駆け出していく」
横からめぐみが呪歌でサイの動きを止めた。
突進していたサイだったが、その場で突然停止。
体が動かなくなったサイは、必死に藻掻いているようだ。
「この距離で大口径ガトリングを放ったらどうなるか。
‥‥お前には分かるか?」
サイの眼前で、夜十字は大口径ガトリング砲を構えた。
サイとの間は数十センチ、銃口はサイの額へと向けられている。
放たれる銃弾。
夜十字へ浴びせかけられる返り血。
脳天へ大量の弾丸が叩き込まれたサイは、その場へ倒れ込んだ。
「ふぅ〜、何とか無事のようだな」
徳鎮は冷や汗を拭っている。
しかし、夜十字は一休みする気はないようだ。
「次に行くぞ!」
夜十字は少し離れた場所に居たサイに対して仁王咆哮を使用。
サイはこちらへ向かって突進を開始。
「みんな、もう一度やるぞ」
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「ここからなら‥‥」
秋月はスナイパーが目視出来た地点からブラッティローズを撃った。
草むらに着弾する弾丸。
この一撃でスナイパーは秋月が近づいている事を察知。
慌てて、銃口を秋月の方へ向ける。
「座射か。腕が良ければ当たるだろうがな」
スナイパーの体が一瞬後方へぶれる。
次の瞬間、秋月のプロテクトシールドに衝撃が走る。
スナイパーが放った弾丸は、シールドによって阻まれた。
「残念だな。だが、一番の失敗は――俺にだけ注意を向けていた事だ。
行け、シクル!」
秋月が囮となって作り出した機会。
この機会を逃す訳にはいかない。
「後ろ‥‥もらった!」
迅雷で一気に間合いを詰めるシクル。
ここで異変に気付いたスナイパー。
振り返ったものの、既にシクルの手には風鳥が振り上げられている。
――ザシュ!
肉を切る音が周囲に響く。
さらに、風鳥は別の軌道を描いてもう一度襲い掛かる。
放たれた二撃は、確実にスナイパーの体を捉えた。
だが、倒しきる事はできず、銃口がシクルへと向けられる。
「!? まだか‥‥なら!」
秋月は、走り出す。
その手には、シールドから鬼刀「酒呑」へ持ち替えられている。
「仲間を傷つけさせはしない!」
真紅の大太刀は、横へと薙ぎ払われてバグアの側面を強襲。
握っていたスナイパーライフルを弾き飛ばし、バグアの体は地面へと転がった。
「大丈夫か?」
「ええ」
シクルは風鳥を鞘へと収める。
「戻ろう。仲間は、まだ戦っているはずだ」
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「こりゃ、報酬上乗せしてもらわないと割に合わねぇな」
クルメタルP−56を手に、バグア兵と交戦するリック。
サイの後方から来るバグア兵を相手にしていたのだが、アサルトライフルを手に銃剣突撃を狙っているのだから立ち止まる訳にもいかない。
「狙っていやがるな? 分かりやすい連中だな」
眼前のバグア兵に向かって杜若 トガ(
gc4987)は、練成弱体を使っていた。
残る敵はバグア兵一人ではない。早々に倒して次を相手しなければ同時に残るバグア兵と交戦する羽目になる。多少火力が心細くとも、練成弱体でバグア兵の戦力をそぎ落とせる事は重要な事だ。
「!!」
バグア兵はアサルトライフルでリックを狙い撃つ。
軽快な音が鳴り響く。
しかし、弾丸はエルガードによって阻まれる。
金属音が木霊し、攻撃が失敗した事を知らせている。
「俺も仕事熱心、ってところだな!」
リックは、クルメタルP−56で反撃。
再びアサルトライフルを構えようとしていたバグア兵に対して牽制射撃を仕掛ける。
一瞬、バグア兵がアサルトライフルの銃口を逸らした。
その瞬間、トガはバグア兵との距離を縮める。
「その首、俺がへし折ってやるよ」
電波増幅を使用したトガは、ジャンプしながら機械脚甲「スコル」の一撃を頸部へ叩き込んだ。
首に加わった衝撃はバグア兵を後方へと吹き飛ばし、太い木の幹へ衝突させる。
木々に伝わる衝撃が、枝葉を激しく揺らす。
「へっ、これでどうだ?」
「‥‥いや、まだ生きているようだな。本当、しぶといねぇ」
リックの目には地面から立ち上がろうとするバグア兵の姿が飛び込んできた。
離してしまったアサルトライフルへ手を伸ばすバグア兵。
――だが。
「させません」
バグア兵が倒れた木の裏から、シクルが風鳥をバグア兵へと突き立てる。
突き刺さった風鳥は、バグア兵の確実に仕留める事に成功していた。
「あれ? 美味しいところ、持って行かれちゃったかな?」
軽口を叩くリック。
しかし、シクルは冷気を纏いながら呟いた。
「チャンスはまだあります。バグア兵はまだ残っているのですから」
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その後、傭兵達の活躍で斥候部隊に被害が出る事無くバグア部隊を撃破。
まずは一安心、というところだが、新たな火種は30分後にやって来た。
「貴様自身がこの戦場へ来たか」
白狼会の援軍と共に陳中佐相当官も現場へ訪れていた。
軍服ではなくタキシードを着用、僅かばかりアルコール臭が漂っている。おそらく、何処かのパーティへ参加していたのだろう。
「上官に対してのその口調、変わらんな」
「二人は、お知り合いでしょうか?」
陳と軍曹の間に、秋月が口を挟んだ。
「軍曹は私の部下だった男だ。
上官に対して反抗的な態度をとり続けるから、未だに軍曹という地位に甘んじている」 陳は秋月の問いにため息混じりで答えた。
「ふん、貴様は変わったようだな
部下が前線で生と死の狭間で戦っている最中、貴様は暢気にパーティとは」
陳は軍曹の言葉に応えなかった。
否、答えられなかった。
「権力を維持するためのパーティってところかな?」
「最悪だな。いっその事、お前らみんな居なくなれば解決するんじゃね?」
リックの軽口に、トガはタバコに火を付けながら乗った。
この言葉に、白狼会の兵士は我慢できない。
「おい、陳中佐の悪口は止めろ!
白狼会は軍以外からの支援が無ければ青龍会には勝てない。だから、中佐は‥‥」
白狼会の兵士と思しき男が怒鳴りつけてきた。
士官学校出のエリートが集まる青龍会と違い、白狼会は現場から叩き上げて来た者が多い。昔から能力だけではなく政財界等の繋がりも社会地位に影響する中国では、白狼会が勢力を伸ばす事は難しい。そのため、陳が中心となって政財界への関与を強めている。
だが、傭兵達の見方はもう少し現実的だ。
「志はどちらの派閥にもある。きっと双方で歩み寄れるはずだ。そのためには、鍵となる人物が必要だろう」
夜十字は鍵となる人物という言葉を敢えて強く口調で言い放った。
それは、陳の前に立つかつての部下以外にいない。
夜十字はそう考えていた。
●
「陳と軍曹の再会ね」
広州軍区司令部で軍曹達が斥候部隊の救出成功の一報を聞いた李若思。
そう呟きながら、一人ほくそ笑む。
「あの二人が出会えば、間違いなく白狼会の足並みは乱れる。クリシュナ少尉の失点で付け入ろうとした白狼会も、これで少しは大人しくなるはずね。
ここで立ち止まる訳にはいかないの。
北京が解放されただけじゃ駄目。来るべき戦いのため、早くこの司令部をまとめなきゃならないわ」
李はそっと天井を見上げた。