●リプレイ本文
「そうか、もうすぐ関帝誕神事か‥‥」
未だ瓦礫が残る中華街で緋沼 京夜(
ga6138)は、ぽつりと呟いた。
この場所を訪れるのは、二度目。
最初は横浜本営と呼ばれたバグアの拠点を襲撃した時だ。多くの傭兵が横須賀基地、厚木基地同時攻撃、この横浜本営にも奇襲を仕掛けた。数名の重傷者を出したものの、辛うじて敵指揮官も撃破。
この戦いが東京解放の初戦となった訳だが――実は京夜も、その戦いに身を投じていたのだ。
あの時、道に転がっていた瓦礫を、今はせっせと片付けている。
「関帝誕神事ってなんですの?」
京夜の呟きを耳にしたクリスティン・ノール(
gc6632)が、声を掛ける。
殺し屋のような風体で周囲を威圧する事を危惧した京夜は、クリスティンと共に行動する事で威圧感低減を狙っていた。不良軍人程度に見えれば良いのだが‥‥。
「ああ、それは‥‥」
「中華街に神様としてまつられる関聖帝君の誕生日を祝いお祭り、だよね? 京夜おにーちゃん」
笑顔いっぱいのユウ・ターナー(
gc2715)が姿を見せる。
ユウはクリスティンの姉であり、京夜を兄として慕っていた。この中華街を楽しみにしていたユウは、事前に中華街の事を調べていたらしい。
「良く知っているな、ユウ」
「えへへ。実はみんなで屋台を回れる事を楽しみにしてたんだ〜」
屈託のない笑顔のユウ。
時折、その純粋さが京夜には眩しく感じる時がある。
できれば、このままのユウで居て欲しい――。
「京夜さま、どうされましたの?」
京夜が黙っていた事を心配したクリスティンが、顔を覗き込みながら話しかけてきた。
「あ、いや。何でもない。
もし、三人で屋台を回るなら、屋台設営の方を手伝う必要があるな」
「そうだよね。だったら、早く終わらせちゃおう。
クリスちゃん、手伝って!」
「え、ユウねーさま。走ったら危ないですの」
設営中の屋台へ向かって走り出すユウ。それを追いかけるクリスティン。
二人の走る姿を見れば、この横浜に平和が訪れつつある事が実感できる。
(東京、いや関東の復興もいずれは‥‥)
京夜は、再び眼前の瓦礫へと挑む。
この撤去が平和への一歩だと信じて。
●
廃墟と瓦礫ばかりの横浜中華街に、多くの露天が立ち並ぶ。
食料品、雑貨、生活用品。
様々な物資が露天へと並べられ、それを求める客達の手に渡っていく。
かつて、この国は同じ風景を経験していた。
戦後直後、焼け野原となった東京で路傍に市を開き、収益を得た者達――香具師、テキ屋が集った闇市。
欲望に塗れ、生き抜いた時代。
すべてが壊れて混沌と化した時代。
しかし、その混沌からすべてが生まれた。
そして、中華街もまたこの路傍の市から再出発する。
「いらっしゃいませ〜」
鉄板の前で大量の麺を混ぜながら、立花 零次(
gc6227)は客を屋台へ招き入れる。
鉄板の上で踊る大量の麺。そこへ流し込まれるソースが、鉄板の熱に焙られて心地よい香りを放っている。
「わっ、美味しそうな焼きそばですね!」
「お一つどうで‥‥あれ?
カレーの人‥‥じゃなかった平沢さん?」
顔を上げた立花の前に立っていたのは平沢裕貴。
以前、北京でスパイスを使った料理を皆で振る舞う依頼で一緒になった事がある。
「えへへ。焼きそばの匂いに釣られて来ちゃいました」
照れ笑いする裕貴。
どうやら、最初から立花の焼きそばが目当てだったようだ。
「はい。焼きそば一つですね。
ついでにたこ焼きやお好み焼きはいかがです?」
「え?」
立花に促されて鉄板を見回す裕貴。
そこでは大きな鉄板のスペースを利用して、広島風お好み焼きとたこ焼きが製造されていた。
立花はその3種類を素早い動きで焼き続けている。
その器用な動きに多くの客が反応。既に周囲には人集りができはじめている。
「うわぁ、3種類も作成なんて凄いですねぇ」
「なるべく多くの人に食べていただきたいですからね。
それにお金がない方にはキャベツのみにしたお好み焼きに換えたり、皿洗い付の焼きそばを用意したりしています」
説明しながらではあるが、立花の手は休まず料理を作り続けている。
舞を舞うかのような手捌きは、見る者を圧倒する。
「ところで、平沢さんはどうしてここに?」
「あ、実はこの中華街のお祭りを手伝う事になりまして」
「なんか、北京と同じように巻き込まれたんですね」
事件に巻き込まれる。
少年のような顔つきと中性的な声を持つ裕貴は、どういう訳か何かに巻き込まれやすい性質のようだ。
「ええ。今は中華居酒屋で広州料理を振る舞っているんですよ。
センマイの炒め物や湯葉の揚げ物は結構好評で‥‥」
「もしかしてその店、この屋台の少し先にある大きな居酒屋ですか?」
「そうです。どうして分かったんですか?」
首を傾げる裕貴。
実は先程立花も気になって、その居酒屋で焼きそばを食していたのだ。立花の作るソース焼きそばとは異なり、餡が掛かった五目焼きそばだったが、味は絶品。限られた調理環境で作られたとは思えない味わいに驚嘆していたのだ。
(平沢さん、見掛けに寄らずやるようですね)
「?
ボクの顔に何か付いてます?」
「あ、いや何でもありません。これ、焼きそばです」
立花はパックに入った焼きそばを勇気に手渡した。
「ありがとうございます。日本風の焼きそば、久しぶりですね。
ネパールのチャオミンも美味しいですけど、ソース焼きそばは日本独特で美味しいです」
とびきりの笑顔を浮かべる裕貴。
本当に料理が好きなんだと感じさせる笑顔。
しかし、単なる料理人で終わらないのが裕貴の困ったところ。
「食い逃げだー!」
突然響き渡る声。
振り返れば、裕貴の店から走り去ろうとする男が一人。
「ああ、うちの店ですよ!
お金払わないとダメですよ!」
慌てて叫ぶ裕貴。
しかし、食い逃げは止まる素振りをまったく見せない。
「叫んでもダメですよ。
しかし、またですか。困ったものです」
立花はため息をついた。
路傍に屋台が並ぶ中華街の治安は、人々の流入を反比例して低下。今でも食い逃げに加えて強盗、スリ、喧嘩や酔っ払いと枚挙に暇がない。こうしている間にも人々は大勢訪れ、中華街の治安は低下していく。
しかし、中華街は己の汚れを振り払うかのように、自浄作用が働いている。
「食い逃げは俺らに任せろ!」
本郷 勤(
gc7613)が裕貴に声を掛けながら走り抜ける。
中華街の祭りが人手不足になる事を懸念していた本郷は、周囲の街へ赴いて人手集めに貢献。さらに治安低下している事に気付いた本郷は、中華街治安維持に動いていた終望系友緋士組に身を置いて中華街をパトロールしていたのだ。
「待てっ!」
人混みを掻き分けながら進む本郷。
人と人の間に体を滑り込ませて道を突き進む。
しかし、食い逃げ犯は食事をしたばかりとは思えないスピードで移動している。
少しでも離されれば、人混みに紛れて発見できなくなる恐れもある。
「くそっ‥‥どいてくれ! 頼む!」
このままでは、取り逃がしてしまう。
目の前で道を塞ぐのは一般人。弾き飛ばす訳にはいかない。
焦る、本郷。
しかし、救世主は意外なところから現れる。
「‥‥うわっ!」
突然、食い逃げ犯の体が空中で一回転。
顔面が激しく地面へと擦れ合う。
「な、なんだ?」
何が起こったのか理解できない本郷。
その答えは食い逃げ犯が転んだ横の屋台にあった。
「食い逃げは関心できないな。
金がないなら働く事もできるだろう?」
屋台の暖簾を掻き分けて出てきたのはUNKNOWN(
ga4276)。
ラーメン丼を片手に食い逃げ犯へ話しかけている。
どうやら、逃げ去ろうとする食い逃げ犯に一撃加えて捕まえたようだ。
「UNKNOWNさん!」
「本郷か。後を頼んでいいか?」
駆け寄ってきた本郷に食い逃げ犯を託すUNKNOWN。
実は、終望系友緋士組を立ち上げたのはUNKNOWNだ。
小さな集団を組織して狼藉を押さえる。その後、裏社会を形成して中華街の自治を確立する。具体的には治安悪化を促す要員を力でねじ伏せながら、仕事を斡旋。その仲介料を徴収。また、市井の店を護る代わりにみかじめ料をもらい、組織の資金源としていく算段だ。
「しかし、次から次へと‥‥。
バグアの相手をしていた方が楽だな」
「仕方ないですねぇ。
なんたって、中華街は周囲にあった他の組織に狙われてますから」
本郷の言う通り、終望系友緋士組を含めて中華街は同じような組織に狙われていた。
横浜本牧方面を根城にしていたアプレ愚連隊、さらに中国方面から紛れ込んだ親バグア派の暗躍。終望系友緋士組の存在は、自警団であると同時にトラブルを呼び込む存在として認識され始めていた。
「裏社会‥‥そう簡単な話じゃなさそうだな」
肩を竦めながら、UNKNOWNは再びラーメンを食べ始めた。
●
「残飯と言わずにカレーを召し上がっていただいて結構ですから」
海上自衛隊補給艦の給養員長直伝の海軍カレー屋台を出していた里見・さやか(
ga0153)は、眼前の汚らしい男に話しかけていた。
何週間も入っていないと思われるきつい体臭。
見るからに泥だらけで不潔極まりない男。聞けば、好んで残飯を漁って食べている男らしいのだが‥‥。
「特別だ。こっちのカレーまんも付けてやるよ」
蒸籠からカレーまんを取り出して男の目の前に出したのは、さやかの恋人である龍鱗
(
gb5585)。
中華街でカレー屋台というのも珍しいが、炊き出しが行われる際に多く登場するのがカレー。暖かい飯の上に掛けられる和風のカレーは、日本人の心を突き動かす。しかも、あの秘密のレシピを持つ海軍のカレーと聞いては興味を持つのは当然と言えるだろう。
しかし、目の前の男――残飯漁りの武人と呼ばれた男は少々勝手が違うようだ。
「お嬢さん。そいつぁ、あっしの流儀に反しまさぁ」
「流儀、ですか?」
「そう。
誰もが捨てるゴミの中にこそ、お宝がある。あっしが求めるのは、そのお宝。目の前の豪華なディナーに混ぜられた偽物のキャビアよりも、ポリバケツに放り混まれた本物のイクラの方がいいんでさぁ」
武人は、堂々と残飯の良さを語り続ける。
しかし、要求しているのは他人の食べかけ。他人が残した者を食べる姿を店先で晒されるのは、どう考えても客商売として致命的。それも見るからに汚らしい姿の男なのだから、流儀を通されるのは店にとって迷惑でしかない。
「なら、このカレーとカレーまんはタダにしてやってもいい」
「龍鱗さん?」
心配そうな表情を浮かべるさやか。
それに対して「任せてくれ」という意図を込めて、龍鱗は首を縦に振る。
「へぇ、タダねぇ。
タダより怖いものは無いっていうけど、やっぱりそうなのかい?」
「察しがいいな。
簡易組み立てシャワーセットを用意してやった。そこで汚い体を洗い流して‥‥」
「そいつぁ、無理だ」
龍鱗が言い切る前に断った武人。
「何故だ?」
「あっしは残飯喰って生きている男ですぜ?
なのに、身綺麗にしたらおかしいでさぁ。タキシード着ている奴に残飯施してくれる奴がいると思いますかい?
タダのカレーは食いたいが、そいつが条件なら諦めるしかねぇですね」
タダという言葉にも食いつかない武人。
やはり、流儀を口にするだけあって武人は信念を持って残飯を漁っているようだ。店側の迷惑も少しは考えてくれるとありがたいのだが‥‥。
しかし、そんな武人の信念を力でねじ伏せようとする者が現れる。
「何、訳の分からない事を言っているんですの?」
武人の背後から現れたのはミリハナク(
gc4008)。
武人の体臭があまりにもきついためか、少々距離を置いている。
「訳の分からないって、あっしは‥‥」
「綺麗になっていれば祭りに迷惑にはならないのですから、シャワーを浴びる以外に選択肢はないでしょう?
それに、汚らしい男なんて許せませんわ」
ゴシック風のロングドレスに身を包むミリハナク。
その妖艶さに紛れて発せられる殺気は、武人の心を激しく貫く。
怒らせると危険。武人の本能が警鐘を鳴らし続けている。
――さらに。
「あ、居た」
武人の姿を見かけたイエラナ(
gc7560)が、こちらへ駆け寄ってきた。
「あっしに何かようですかい?」
「ゴミ、いっぱいあるんです‥‥手伝ってくれますか?」
イエラナは、小首を傾げながら問いかけた。
大勢の人が集まる中華街だったが、そこから生み出されるゴミが無造作に捨てられる事は許し難い。そこで、イエラナはボランティアを組織してゴミの清掃活動を取り仕切っていた。
「なんであっしがそんな事をしないといけねぇんですかい?」
「だって‥‥残飯もゴミでしょ?
各屋台で分別回収してもらえば、残飯も出る」
「‥‥‥‥」
武人が普段から「残飯は宝」とうそぶいているのなら、ゴミも宝と言える。
ならば、武人が手伝わなければ嘘である。
思わぬ形で論破された武人は、押し黙るしかなかった。
「じゃあ、シャワー浴びてゴミ掃除に決定。
龍鱗君。その汚いのをシャワーに放り混んでくれる?」
「分かった。そうするとしよう」
龍鱗は武人を摘むように連れ出すと、簡易組み立てシャワーセットの方へと連れて行く。
武人も観念したかのように、抵抗らしい抵抗もなく連れられていく。
「ミリハナクさん、イエラナさん。
ありがとうございます」
さやかは感謝の言葉を述べながら、二人の前にカレーを差し出した。
正直、さやかも武人の体臭に手を焼いていたようだ。
「ありがとう。
ところで、UNKNOWNが何か始めたみたいだけど知ってる?」
「え? 私は分かりません。
ただ、強面な人達と一緒に何かやっているみたいですが‥‥」
ミリハナクの問いに、さやかは戸惑いながら答える。
噂でUNKNOWNが中華街の治安維持の為に何か始めたと聞いていたミリハナクは、UNKNOWNの行動に興味を示していた。
そして、ミリハナクはミリハナクらしい答えを持って行動を開始する。
「屋台の平和を守るのに、政治は不要よ。
必要なのは純然たる暴力。それを教えてあげるわ」
●
多くの屋台が並ぶ中華街。
そこは香具師、テキ屋といった者達が集う場所でもある。
彼らはボランティアではなく、純然とした商売人として食べ物を振る舞っている。
そんな彼らは恐怖する者。
それは食い逃げでも、終望系友緋士組でもなかった。
「来たぞ! ヒューマンタイフーンだ!」
「最上だ! 最上が来たぞ!」
屋台の男達が、悲鳴にも似た声を上げる。
それは最上 憐(
gb0002)がこの中華街で活動を開始した事を現していた。訪れる屋台を食い潰して回り、すべての料理を平らげていく。最上が訪れた屋台は、例外なく店終い。本人はサクラのつもりで手加減をしているらしいのだが‥‥。
「ちょっと! うちの焼売を全部食べたのかい!」
「‥‥ん。全部。じゃない。ちゃんと。残っている。ほら」
最上が指差す先には、蒸籠の中を転がるグリンピース。
どうやら、焼売に乗せられていたグリンピースだけを残して食べ続けていたようだ。グリンピースだけ残されては、屋台としても商売はできない。店の親父はほんのり涙目になっている。
もっとも、最上の食べっぷりは大道芸の域に達しているらしく、気付けば最上の後ろを見物客がついて回る始末だ。
「‥‥ん。小腹が。空いた。次の。屋台」
3秒前まで焼売を食べていたのだが、もう空腹感が襲う最上。
実は、その前に立花の屋台でお好み焼き10枚重ねも食べているのだが、腹の虫は一向に収まる気配を見せない。
「次は。この。屋台‥‥」
「‥‥旨い匂いに誘われてきたか?」
最上が訪れたのは威龍(
ga3859)の屋台。
今回の祭りが転機になってくれる事を願って、肉まんをメインにした屋台だ。それも奇をてらわず、スタンダードに蒸籠で蒸し上げて作りたてを提供する屋台。餡と肉汁と皮のハーモニーを楽しめるように一つずつ手作りで作った肉まんは好評を受けていた。
「‥‥ん。早速。肉まん。食べる。
美味しかったら。沢山。いくらでも。食べられるよ」
「宣伝料代わりにこれをやるから、他の売り物は勘弁してくれ」
そう言って手渡したのは、超巨大肉まん。
最上の頭よりもずっと大きい肉まんは、見る者を圧倒する。威龍は最上が現れる事を見越してこの超巨大肉まんを準備していた。蒸籠で蒸かすのに苦労したが、最上を屋台から追い払うには致し方ない。
「‥‥ん。肉まん。もらったから。これで。勘弁する」
「味は俺が保証するから、旨いと思ったらみんなに宣伝してくれよな」
威龍から受け取った瞬間から、肉まんにかぶりつく最上。
肉まん片手に次の屋台を探して放浪する。
しかし、ある屋台だけは逃げるように通過していく。
「憐さん、うちによって行かないアルか?」
R.R.(
ga5135)は、自分の屋台から遠ざかるように歩く最上へ声を掛ける。
切麺の屋台――具体的には茹でた麺を水で冷やしてチキンスープにゴマや黒酢を合わせ、玉子とハムとキュウリの細切りを上に乗せた冷麺を販売していた。
何処から見ても冷やし中華なのだが、R.R.は切麺と言って憚らない。
「‥‥ん。行かない」
炎の料理人を自認するR.R.が作った切麺を、最上は手を出そうとしない。
その理由は、いたって簡単だった。
「緑の悪魔。キュウリが。ある。
だから。行かない」
最上にとってキュウリは避けるべき食材。
R.R.の店にキュウリがある事から、屋台に近づく事を避けているようだ。
「憐さん、キュウリ抜きも出来る‥‥って、あれ?」
「ふぉあぐら、たくさんたべるのねー」
R.R.の手にしていた切麺を引ったくるように、フォア・グラ(
gc0718)は切麺を自分の元へと引き寄せた。
最上同様、大食い大会のように屋台を襲撃して食べ続けるフォア・グラ。次なる店をR.R.の店へと定め、襲撃を掛けたようだ。
「あ、お客さん! それキュウリなしアルよ?」
「大丈夫。ふぉあぐら、頑張るから!」
この日の為に朝カレーも300gに抑えておいたのだ。
まだまだふぉあぐらは戦い続けなければならない。
なにせ、屋台はまだまだあるのだから。
●
「アシタ、人多いからさ。手をしっかり繋いでいこうねっ」
Letia Bar(
ga6313)は、番 朝(
ga7743)の手を引きながら人混みの中を進んでいた。
どの屋台からも良い匂いが漂い、腹の虫に刺激を与えてくれる。
先程、威龍の店で肉まんを分け合って食べた二人だったが、腹の虫は肉まん半分で済ませてくれる様子はない。
何処か空腹を満たせてくれる屋台を見つけなければならない。
「レティア君、あれは?」
「お、ユーリじゃない? ユーリも屋台出していたんだ!」
ユーリ――ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)は、この中華街でクレープ屋台を出店していた。
調理用鉄板と冷凍庫付冷蔵庫を設備として借り、甘いクレープにアイスクリームを付けている。この暑さの最中、甘く冷たいクレープは大好評。買い求める客は多数という状況だ。
「ユーリ、私とアシタにも一つ‥‥え?」
屋台を覗き込むように現れたLetiaだったが、そこに飛び込んできたには椅子をベットのように並べて横たわる金髪の男性だった。
男の顔は青白く、明らかに体調が悪そうに見える。
「ああ、Letiaに番。来てくれたのか」
「ええ。ところで、ユーリ。この人は?」
「ULTオペレーターのジョシュ・オーガスタス(gz0427)。
冷凍庫付冷蔵庫を届けてくれたのだが、ここへ着いた途端に‥‥この調子だ」
横たわるジョシュを尻目に、二人のクレープを焼き始めるユーリ。
屋台を設営して最初に行った仕事がジョシュの看病だったのだから、さすがのユーリも出鼻を挫かれた格好だ。
「すまない、迷惑をかけた」
ゆっくりと体を起こすジョシュ。
太陽の光から逃れるように、屋台の中で休んでいた為に少しは体力も回復したようだ。
「何かあったのか?」
ジョシュの顔を見ながら、怪訝そうな番。
冷蔵庫を届けに来たところから考えれば、最初から体が悪かった訳ではなさそうだ。ならば、何故ここで倒れたのだろうか。
興味を持った番は、ジョシュへ思い切って聞いてみたようだ。
「ああ。元々人混みは得意じゃないんだ。
暑さと人混みで体調を崩しただけだ。心配は要らないよ」
「心配は要らないって‥‥。そんな調子じゃ倒れてばかりだろう?」
「そうだよ。僕はULTのオペレーター。業務に必要な体力があればそれでいい」
Letiaは一瞬、その身を退いた。
ジョシュと会話して、居心地の悪さを感じた為だ。
「ジョシュ。心配してくれていたLetiaに冷たい言い方は良くない」
「‥‥そうか。それは申し訳ない事をしたね。
一人が多かったから、慣れていなくて」
「オペレーターなら、傭兵と話す事もあるでしょ?
それに他のオペレーターとは仲が悪いの?」
ユーリからクレープを受け取る番。
「傭兵とのコミュニケーションは業務だからね。
他のオペレーターとも業務が無ければ話す必要はないね。そもそも、業務外でコミュニケーションを取る必要はあるのかい?」
(オペレーター業務以外に、興味はないのか?)
次なるクレープを焼きながら、ユーリはジョシュの事を考えていた。
もし、業務以外にないならそれ程寂しい事はない。
それは、Letiaも考えていたようだ。
「ダメよ、それじゃ。
人との繋がりを大事にしなきゃ」
「では、どうすればいいんだい?」
「それは‥‥見せた方が早いかな。
ほら、アシタ! あーんっ」
Letiaは傍らに居た番に向けて、スプーンで掬ったクリームを差し出した。
「食べて良いのか?」
「もちろん。ほら、あーんっ」
首を傾げる番に、再度食べるよう促すLetia。
それに受けて差し出されたクリームを頬張る番。
口の中に広がる甘い味。
思わずにぱっと笑顔になる。
「ありがとな」
「ほら、こういうコミュニケーションって楽しいでしょ。
大事なのは相手と心から意志疎通する事なの。絆って言えばいいのかな」
恥ずかしいシーンをしながら、Letiaはジョシュに説明する。
これで本当に分かってくれるといいのだが‥‥。
「理解した」
「本当?」
「ユーリ。僕が君にクレープを食べさせれば、それが絆らしい。クレープを一つくれるかい?」
どうやらジョシュは、少々変わった人間のようだ。
●
「ダメね! これ以上はダメね!」
R.R.が武人を屋台から叩き出した。
残飯を漁ろうとR.R.の屋台を訪れたのだが、残飯片手に蘊蓄を垂れ流されては商売にならない。さすがにR.R.も我慢の限界だったようだ。
「ひでぇなぁ。何も突き押さなくても‥‥。
こっちはイエラナさんの目を盗んで来たんですぜ?」
「関係ないネ。これじゃ、商売にならないネ。ここへ来るならお客として来るとイイネ!」
語気を荒げるR.R.。
そんな修羅場の屋台に、ある人物が近づいてくる。
「‥‥客なら、いいのか。
親父、キュウリ抜きの切麺を二つだ」
武人の傍らに立ったその男――警視庁警備部第四機動隊の松田速雄は、R.R.に注文を告げた。
「旦那、そろそろ来る事だと思ってましたよ」
「‥‥‥‥」
にやけた顔をして屋台の椅子に座る武人。
それに対して一言も喋らず、R.R.の差し出した切麺を食べ始める松田。
相対する雰囲気の二人は、知り合いのようだ。
「この騒ぎ、お前の仕業か?」
「ええ。旦那がすぐに情報を知りたいってんで、慌てて報告し易い環境を作りやしたよ。人間、群衆になれば他人の会話なんか気にしやせん。大規模な祭りとなれば、尚更だ。仮に親バグアの奴が居ても、ここの会話は聞けないでしょうねぇ」
自信満々の笑みを浮かべる武人。
「‥‥で。調べた内容を教えてもらおうか?」
「ええ。旦那の依頼で調べましたがね。
新宿での敗北を見越していた連中は、援軍も送らずに防御を固めていたみたいでさぁ。奴ら、船橋に前線基地を築くつもりですぜ。もっとも、作り始めたばかりですから、攻勢に出ればKVを使わずに陥落させられるでしょうねぇ」
「習志野は?」
「変わったバグアが指揮取っているらしいですが、武力で押すタイプじゃねぇみてぇです。船橋を前線基地したのも、そいつの指示らしいですぜ」
「あのー」
二人の会話に割って入ったR.R.。
「‥‥なんだ?」
「残飯漁ってた人、何者ネ?」
先程まで残飯漁っていた武人が、バグアに詳しい事から思わず口を挟んだようだ。
「こいつは情報屋だ。形は汚いが、腕は確かだ」
そう言いながら、松田は立ち上がる。
手の傍には二杯分の切麺の代金が置かれてる。
「依頼料だ」
「へぇ。習志野のバグア情報に対する依頼料、確かに頂戴しましたよ」
武人は、松田は口を付けた切麺を手繰り始めた。
●
「あそこのお店、お勧めですよー。お送りしましょうー」
パイドロスの上からメイド服姿の功刀 元(
gc2818)は、瓦礫撤去に目処を付けた京夜達を案内していた。
功刀も横浜本営攻略作戦へ参加、この地にて重傷を負った経験を持つ。それでも不屈の闘志で東京奪還を目指してきた。言ってみれば、この横浜は功刀にとって東京奪還始まりの土地であり、様々な思い出が詰まっている。
横浜の復興話を聞いた功刀が、奉仕として案内役を買って出たのは自然な行動だろう。「いらっしゃい。
美味しいジク・カワープは如何でしょう?」
招き猫が目印となっているソウマ(
gc0505)の屋台。
京夜達の目の前では、串に刺さった肉が焼かれて香ばしい匂いを放っている。
「これ、なんですの?」
「ジーク・カワープという羊の串焼きです。タマネギや香辛料、卵黄を入れた汁につけ込んでから焼いた肉に胡椒、クミン、唐辛子等の香辛料を掛けて食べます」
クリスティンの問いに、ソウマは慣れた口調で答える。
この串焼きは日本人には馴染みが薄いかもしれないが、中国北部では似た料理が存在する。このため、日本人よりも中国人が好んで注文していく事が多いようだ。
「如何です?
辛みが苦手ならば、抑えた串焼きもできますよ?」
「美味しそうですの。
ユウねーさま、京夜さまもお食べになりますの?」
食欲を抑えながら、振り返るクリスティン。
だが、そこでは思わぬやり取りが行われていた。
「ユウ。街並みが見えないなら、肩車でもするか?」
「え? 京夜おにーちゃんが肩車してくれるの?」
京夜の思わぬ申し出に、心躍るユウ。
実は人混みが多く、中華街の様子を自分の目で知る事ができなかった。そんなユウにとって京夜の申し出はあまりにも魅力的であった。ましてや、慕う京夜からの申し出なのだから断る理由はない。
「それっ」
「高い高いっ! 京夜おにーちゃん! 人がいっぱい居るよっ!」
京夜の肩車で大はしゃぎするユウ。
自分の視線よりもずっと高い位置から見渡せる視界。中華街を抜けた先には、京夜やユウも戦った横浜本営の姿が鎮座している。
「あー、危ないですよー。倒れたらー怪我しますよー」
京夜の横では功刀が心配そうな態度を見せていた。
京夜の事だから転ぶことはないだろうが、他の客は京夜の事を知らない。ただでさえ、治安悪化で警戒されているのだから、目立つような事をすれば‥‥。
「ああ! 危ないですよ!」
治安維持のため、パトロールをしていた住吉(
gc6879)が、京夜とユウの姿を見かけて走り寄ってきた。
「危なくないよ。京夜おにーちゃんなら、転んだりしないから」
「転ぶだけじゃないですよ。他のお客さんにも迷惑が掛かっちゃいますからね」
会場内の巡回警備を続けていた住吉は、熱心に説明する。
このままユウを乗せて歩き出せば、他の客が良い感情を抱かない。もっとも、京夜自身はここのまま歩き出すつもりはなかったのだが、住吉の心配は当然と言えるだろう。
「ユウ。これで終わりだ」
「えー、もう?」
残念そうな顔を浮かべるユウ。
その横で首を縦に振る住吉。
「うん。それでOKですね。警備としても安心ですね?」
「‥‥ところで、本当に警備してたの?」
住吉を指差すユウ。
実は住吉の両手には肉まんとチマキが握りしめられていた。警備の傍ら屋台に顔を出して祭りを満喫していたのだ。食べ物を沢山持った住吉に注意されたとあって、ユウは複雑な感情を見せる。
「そ、そりゃ警備はしてましたよ‥‥あ、美味しそうな串焼き!
一つ下さいな!」
ユウの追求から逃れるように、ソウマの串焼きに食いついた住吉。
ソウマは微笑みを浮かべながら、焼きたての串焼きを住吉へと手渡す。
「はい、どうぞ」
「うわー、スパイシーな香りで美味しそうですね」
「そうだ。これ、皆さんでどうぞ」
ソウマが取り出したのは唐辛子を象ったお守りである。
ソウマによれば、先程串焼きを所望した中国人に代金代わりともらった物である。こういうやり取りがあるから、ソウマも祭りを楽しむ事ができる。
「このお守り、思い出になりますの」
クリスティンは唐辛子のお守りを配る。
このお守りは、身代わりのお守り。何か悪い事があったら、代わりに壊れてくれる。もし全部壊れれば良い事があるとされている物だ。
「壊れると良い、ですかー。変わったお守りですね」
お守りを手に落ちながら眺める功刀。
その横でユウは、ぽつりと呟いた。
「でも、思い出のお守りだから‥‥ずっと壊れない方がいいな」
●
「一人で酒盛りか?」
UNKNOWNは、横浜本営の前で杯に酒を注ぐミリハナク。
横浜本営の前には屋台は並べられておらず、人も疎ら。人目を避けるかのようにひっそりとした佇まいのミリハナクに声を掛けずには居られなかったようだ。
「違うわ。敵だったとはいえ、ここで死んだ奴に酒でも飲ませてやろうと思ったの」
ミリハナクの言う敵――朱胡楓と呼ばれた指揮官はこの地で没した。
横浜本営攻撃の際、ミリハナクがこの手で撃ち倒した指揮官。バグアの中でも義を重んじ、義の為に殉じた男。その不器用な生き方にミリハナクは何かを感じ取ったようだ。
「珍しいな。過去の戦いをミリハナクが振り返るとは、な」
「そうね。
‥‥地獄で会えたら、次は一対一で戦いたい。そう思ったのは事実だわ」
ミリハナクは、立ち上がる。
その顔は、先程まで死者を慈しんむ顔から凶暴さを好む戦士の顔へと変貌していた。
「聞いたわよ、UNKNOWN。裏社会を作っているんですってね」
「裏社会そのものを作る訳じゃない。だが、基礎を作ろうとしている事は事実は。この街を守り続ける為には自治が必要だ。
自分たちの意志で動き、問題を解決するシステム。
俺は、その手伝いをしたに過ぎない」
咥えたタバコにそっと火を付けるUNKNOWN。
煙が、夕暮れになった横浜の空へと登っていく。
「ややこしいわね」
「ほう」
「UNKNOWNが何をしようと、最終的には暴力がすべて。
強い者が弱い者を喰らう。それだけでしょ?」
UNKNOWNが作ろうとする裏組織も人と人との繋がりを重視している。
しかし、ミリハナクは強さだけがすべてだと言い切る。
二人の意見は真っ向から対立する。
「ミリハナク。友緋士組に手を出そうというなら、こちらも退けなくなる。いいのか?」
「いいじゃない。
私はこの横浜で義を完全否定した。その筋を通す事が、私の正義。最もシンプルな答えよ」
ミリハナクの答えに、UNKNOWNは思わず笑みを浮かべた。
UNKNOWNにとって、ミリハナクという存在はこうでなくてはいけない。
そして、ミリハナクという恐竜の牙は――UNKNOWNに向けられる。
「行くよっ!」
ドレスの裾を翻して走り出すミリハナク。
既に二人のやり取りで見物客も多く集まり、宛ら大道芸のような様相を呈している。
UNKNOWNもミリハナク相手では手加減する事が難しい。
「やれやれ。今日一番の大仕事、だな」
UNKNOWNはタバコを吐き捨てると、拳を握って構える。
能力者二人の戦いが――今、始まった。
死者へ捧げられる舞のように。
●
こうして、中華街の一日は終了した。
日が沈む前までは多くの人が行き交っていた大通りも、今は人も疎ら。
屋台の店主達は片付け始めている。
「今日はお疲れ様〜」
忍衣「菫帯」姿の湊 雪乃(
gc0029)は、希崎 十夜(
gb9800)と共に善隣門の前に居た。
会場警備を兼ねてパトロール。時にはごろつきを排除したりと大忙しの一日。今思い返しても、喧噪と雑踏塗れの一日が脳裏にリフレインする。
「雪之さん、大丈夫でした?」
「もちろん! 十夜と一緒だったからね。何だって平気よ」
元気をアピールする雪乃。
実は体は疲労感たっぷりなのだが、精神的にはまったく疲れがない。むしろ、まだ警備できるといった状態だ。
「元気ですね。雪乃さん。
それなら‥‥」
「ん? 実は無理しているんじゃないの?」
二人の間へ入るかのように、はる(
gc7623)が顔を覗かせる。
端から見れば良い雰囲気だった二人。
はるは、ちょっかいを出さずには居られなかったようだ。
「もう! いい雰囲気だったのに」
「あはは、ごめんごめん。
見ているこっちが恥ずかしくなっちゃって‥‥」
むくれる雪乃。
十夜とカップルのような雰囲気だったのだが、思わぬ闖入者に邪魔されてしまったのだから仕方ない。
「ふふ。これで機嫌を直してもらえますか?」
雪乃に差し出されたのは、串焼き。
ソウマが残った串焼きを焼いて3人へ持ってきてくれたのだ。
「ありがとう。お言葉に甘えよう。
雪乃さん、どうぞ」
ソウマから受け取った串焼きを、十夜は雪乃へと手渡した。
食べた瞬間、スパイスの効いた串焼きが疲れた体に染み渡っていくのが感じられる。
「美味しいっ!」
「そう言っていただけると嬉しいですね。
そして、その笑顔――東京という場所を取り戻すために戦った人達への報酬だと思います」
雪乃の浮かべた笑顔。
その笑顔が、今日の祭りに溢れていた。
バグアが占拠していた中華街に、これ程の笑顔が溢れていただろうか。
戦いを経て取り戻したのは、土地だけではない。
多くの人々の笑顔を取り戻したのだ。
「あ、流れ星!」
雪乃が指差した先には、星空に走る一筋の光。
復興の兆しを見せた中華街を祝福するかのような流れ星。
ソウマ達は、心が癒されていくような気持ちに包まれる。
笑顔が呼んだ流星は――強い輝きを放ちながら何処までも走り抜けていく。