●リプレイ本文
――数年前。
UPC極東アジアを中心に活躍した遊撃部隊『ベオウルフ』。
味方部隊の支援から、敵地への潜入任務、敵物資輸送妨害など、様々な危険任務が下される部隊。だが、同時に他の部隊と比較して兵士の死亡率が異常に高く、多くの兵士から配属を嫌がられていた、
『習うより慣れろ』という極東の国にある諺だが、この言葉はベオウルフでは意味を成さない。兵士が慣れる前に死亡してしまうからだ。
「照準を定める前に肘を回すな」
新たにベオウルフへ着任した兵士の射撃訓練を視察していたキーオ・タイテム(gz0408)は、ある兵士の前で足を止めた。
筋は、悪くない。
この部隊へ配属されたにも関わらず、瞳に絶望の色を宿していない。
だが、同時に心を閉ざして機械的な応対をする様子もない。もし、この部隊で生き残る事ができれば、面白い兵士へ育つ可能性を感じさせる。
「肘、回してますか?」
「ああ。ほんの僅かだが時計回りに、な」
キーオの言葉に、兵士は驚いていた。
新兵時代から20代後半となった今まで、そのような癖がある事は誰も指摘していなかった。
しかし、キーオはその癖を一度で見抜き、兵士へ伝えていた。
(この部隊長、ただ者じゃないな)
兵士は心の中でそう呟いた。
「俺は別に大した人間じゃない。
ただ、兵士一人一人の生存確率を上げてやりたいだけだ」
兵士の心を読んだかのように、キーオは言葉を口にする。
おそらく、多くの兵士に射撃アドヴァイスを繰り返す中で、同じようなやり取りがあったのだろう。
「戦場では肘を回す時間も惜しい。
生き残りたければ、その癖を改める事だ」
「了解しました」
兵士は素直に答えた。
キーオは不器用であるが、所属する兵士一人一人を考えるタイプだ。それは死亡率の高いベオウルフという部隊でありながら、想像もつかない仲間想いの隊長である事を意味ししている。
以前の部隊長と喧嘩してこの部隊へ送られてきたが、この部隊なら案外上手くやっていけるかもしれない。
淡い期待を抱きながら、兵士はキーオを見つめていた。
「ところで、お前の名前は?」
「ラリー。
ラリー・デントン(gz0383) と申します」
●
時間は、現在へと戻る。
アラビア半島で行われている『砂漠の月作戦』は、順調に進行していた。
アラビア半島の上陸へ成功したUPC軍は、本隊をバグア前線基地のあるアルカルジへと進ませる。この前線基地を越えれば、敵本拠地と目されるリヤドへ駒を進める事ができる。
言い換えれば、この前線基地を抜かない限りはUPC軍がリヤドへ進軍する事は難しい。つまり、アルカルジ攻略は必要不可欠な作戦となっている。
「今回も‥‥やっぱり‥‥暑い」
イビルアイズの中で、館山 西土朗(
gb8573)は滝のような汗を流していた。
バーレーンの作戦で視界に入った砂漠の海は、人間に必要以上の気温を感じさせる。
空気が歪み、容赦なく照りつける紫外線。イビルアイズの中に居なければ、既に行き倒れていた可能性もある。
「こう暑いと喉が渇いて仕方ない。やはり、ビールが‥‥」
「おいっ、お前またその話か!?」
館山の声に、ラリーは声を上げた。
先日の上陸作戦に似たような会話を繰り広げたばかりなのだ。
だが、砂漠のど真ん中で行軍しているのだ。喉が渇くというのも頷ける話だ。本当はラリーだって酒が欲しくて堪らないのだ。
「二人とも、喧嘩は止めるんだ」
館山とラリーの間に、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)が割って入る。
アルコールが切れてイラついているのかもしれないが、戦闘中に揉められても迷惑な話だ。
「‥‥ちっ、しょうがねぇなぁ」
ラリーは舌打ちしてみせた。
もっとも、ラリーが本気で館山に怒りを持っている訳でない事は、ユーリも理解していた。
「ラリー」
「なんだよ。まだ何かあるのか?」
「今回、俺と西土朗はラリーのサポートに徹する。
やらなければならない事があるんだろう?」
ユーリの言葉に、ラリーは雰囲気を一変させる。
ラリーがこのアラビア半島までやってきたのは、かつての上官でもあり部隊を裏切ったキーオ・タイテムを殺すため。その事を知ったユーリと館山はラリーの決着を手助けする事を決めたのだ。
「最初に砲撃支援をしてくれればいい。
あとは俺達が勝手に合わせる。ラリーは目標に向かって走り続ければいい」
ユーリの脳裏には上陸作戦で単独突撃を敢行したラリーの姿があった。
今回、二人は単独突撃を止めるのではなく、他の傭兵達と連携しながらラリーに決着付けさせたいと願ったのだろう。
しばしの沈黙の後、ラリーは小声で答えた。
「‥‥分かった。二人を信じる」
「そう言ってもらえると助かる」
「かぁ、辛気くさい空気を出すな、二人とも。
戦いの前ってぇのは、もっと気持ちを高ぶらせるもんだ。
この依頼が終わったら酒盛りが待っているぞ!」
館山の豪快な声が響き渡る。
手には純米大吟醸「白山羊」が握りしめられている。
「あ、いいじゃねぇか!
‥‥でも、なんで日本酒なんだ? さっきまでビールが飲みたかったんだろう?」
「こいつはもらいもんだ。砂漠じゃビールは手に入らないからな。
日本酒もビールも、酒である事には変わりない。
さっさと片付けて宴会と洒落込もうじゃねぇか!」
宴会に希望を馳せながら、傭兵達の戦いは――今から始まろうとしている。
●
「敵基地の戦力は、そう多くないはず。問題は遮蔽物が無い事、増援がいつ来るか分からない事ですね。
‥‥早く終わらせないと」
アルカルジ上空をフェイルノートIIで飛ぶのは、緑川 めぐみ(
ga8223)。
今回では低空による空挺部隊と地上による突撃部隊に分かれて前線基地を攻める。空と陸からの攻撃で敵部隊を翻弄、一気に制圧する作戦である。
既に別部隊が敵増援部隊や対空砲破壊に乗り出している。
長期戦は苦戦必至。
ならば、敵主力部隊を早期に叩き、UPC軍優勢の流れを生み出す。
それが緑川に課せられた任務でもある。
「各機、目標を捕捉。地上部隊の進路を形成致しましょう」
「うむ、了解じゃ。
スカラムーシュ・オメガの初陣であるのじゃ。人類最新鋭機の力でバグアに目に物見せてくれるわ」
スカラムーシュ・オメガと名付けられた天を駈るのは美具・ザム・ツバイ(
gc0857)。 最新鋭KVに一目惚れした美具。
その相手と、待望の初陣がこの中東の大空である。美具はいつにも増して気合いが入っている。
「強襲、オメガホワイトなのじゃ」
美具は仲間との距離を念頭に置きながら、低空でタートルワームへ肉薄。
K−02小型ホーミングミサイルの雨を一気に叩き込む。
「刮目してみるのじゃ。英知の結晶を」
眼前のタートルワームに叩き込まれる炎の矢。
地上から見ていれば空を覆い尽くすかのようなホーミングミサイルが襲い掛かって来るのだ。タートルワームでは躱す事は難しいだろう。
「ボクの翼、簡単に折れると思いますか。
自由な翼は思ったよりも――強くしなやかですよ」
美具の後続に続く形で、ソーニャ(
gb5824)のエルシアンが飛ぶ。
制空権を握る。
その事の意味をバグアへ知らしめるため、ソーニャは自由の翼を羽ばたかせる。
美具が攻撃したタートルワームにGP−02Sミサイルポッドを発射。間なく続く炎の雨に、タートルワームは悲鳴を上げる。
「お楽しみはこれからですよ」
エルシアンは、上空を旋回。
大きく弧を描きながら、レーザーライフルWR−01Cで地上への攪乱作戦を敢行。
最前線に鎮座するタートルワームへ初撃を加えて敵戦線の崩壊を狙う。
しかし、傭兵達の攻撃はこれだけでは留まらない。
「はいは〜い。アルもそろそろいっくよ〜」
「あ、カメさんとあそぶの? チルもあっそぶぞーっ!」
元気いっぱいの双子、アメール(
gc6923)とチナール(
gc6924)も別のタートルワームへと向かって行く。
このような戦場でも元気を失わずに戦うのは、戦闘に身を焦がす者なのか。
KVの無線機に二人の無邪気な声が木霊する。
「ほらほら、早く避けてね」
アメールは、80mm輪胴式火砲を連射。
至近距離からの一撃は、タートルワームに激しく突き刺さる。
そして、歩行形態となってタートルワームへ走り寄る。
「ずっる〜い! チルも亀さんと遊ぶんだ〜!」
チナールも、後を追うようにしてThe Ordinanceを空を走る。
アメールの攻撃に続き、強化型ショルダーキャノンを打ち出す。
地面を抉りながら降り注ぐ炎は、確実に地上の敵を大きく揺さぶり続けている。
「ふ、二人とも!
勝手に先行しては駄目だ!」
アメールとチナールの二人を追いかけるように、鹿嶋 悠(
gb1333)が追いかけてくる。
二人の護衛役として任務へ参加した鹿嶋だったが、二人の自由気ままな行動に振り回されるばかり。仲間との連携に肝を冷やしながらの参加となった。
「こら、勝手に動き回ると危ないだろう?」
「だって、一番にならなきゃ駄目じゃん?
『あたいせんきん』というのを手に入れるんでしょ?」
「なにそれ?
ご褒美もらえるって事?」
鹿嶋が声を掛けても双子のテンションは上がり続けるばかり。
しかし、双子は未だ子供。
周囲への注意力は散漫になりやすい。その隙に乗じて、ブーストで空へ上がったゴーレムが強化サーベルを片手に間合いを詰める。
「二人に手を、出させるかっ!」
鹿嶋は、上空のゴーレムに向けて試作型「スラスターライフル」を発射する。
強化サーベルを振りかぶっていたゴーレムは、鹿嶋が直撃。後方へ弾き飛ばされるように地面へと落ちていく。
その姿を見つめながら、鹿嶋は吐き捨てるように言い放つ。
「俺は、二人を護らなきゃならないんだ」
アルカルジへの第一波は、目論み通り進んでいた。
地上部隊に波風を立てながら、突撃部隊の道を築く。
あとは地上部隊と連携しながら、攻撃を続ければいい。
「順調に進む作戦ほど、楽しいものはありません。
ですが、油断する訳にはいきません。敵の増援に注意を向けなければ‥‥」
緑川は眼前の敵に味方が集中できるよう、周囲の警戒を怠っていなかった。
敵が現れなければそれでよし。
しかし、もし増援が現れるようであれば、早急に察知して仲間に知らせなければならない。
「目標は明確です。
ならば、何をすべきかは各々が考えるべき事。
仲間を考えて動かれる事を期待します」
仲間への通信を入れた緑川は、期待を大きく旋回させた。
●
空挺部隊の攻撃を確認した突撃部隊は、ついに行動を開始する。
「皆さん、攻撃開始ですっ!」
諌山美雲(
gb5758)は、前進する仲間への支援とばかりにスナイパーライフルSG−01を撃ち続ける。
既に空挺部隊が上空からの攻撃を仕掛けているものの、後方に控えるゴーレムは三機編成で攻撃する可能性もある。少しでも突撃部隊を前に進ませるために、諫山の支援射撃は留まる事はない。
「正義は〜、我にありです〜。
皆さんの奮戦、期待してますよ〜」
櫻小路・なでしこ(
ga3607)も、位置を変えながらDR−M高出力荷電粒子砲でタートルワームを狙い撃つ。
開戦を知らせるかのように放った藤姫のM−12強化型帯電粒子加速砲は、ゴーレムの体を直撃して吹き飛ばす。それは三機編成で攻撃するはずのゴーレム達に不協和音を引き起こしていた。
間合いを詰めながら、敵に対して攻撃を確実に当てていく。
未だ増援の気配はないものの、周囲を警戒しながら敵を少しずつ前へと進んでいく。敵の数は無限じゃない。
「少々場違いですが、やはり機体の操縦は奥が深いですねぇ‥‥」
櫻小路の傍らから、テスタストレッタを進入させるのはエクリプス・アルフ(
gc2636)。
櫻小路の支援射撃から逃れるように姿を現したゴーレムに対して、M−MG60で弾丸の雨を降らせる。
櫻小路の荷電粒子砲を逃れたと思った瞬間、エクリプスのM−MG60による攻撃が行われるのだ。ゴーレムからすればたまったものではない。
「支援射撃、感謝しますよ。櫻小路さん」
「いえ〜、こちらこそ〜。
でも、支援はこれで終わりじゃないですよ〜」
そう呟いた櫻小路は、再び支援射撃に戻っていく。
真面目ぶりを感じさせるその姿は、やはり『お嬢様』だからなのだろうか。
「龍ちゃん、前は任せるよ!」
リュウナ・セルフィン(
gb4746)は、共に地上を進む東青 龍牙(
gb5019)へ声を掛ける。
その声に応えるように、龍牙のミカガミは、ウィンドナイフを眼前に居る三機編成のゴーレムに向かって構える。
「!!」
ゴーレムは、龍牙に対して走り寄りながら強化サーベルを横に薙ぎ払う。龍牙のミカガミはウィンドナイフでサーベルの刃を受け流すと、傍らに居たゴーレムの体をレリークトシールドで突き押した。
「リュウナ様! 今です!」
龍牙は叫ぶ。
三体編成のゴーレムだったが、龍牙の活躍でゴーレム一体に隙が出来上がる。
素早い龍牙の動きに取り残されたゴーレムは、無防備のまま立っていたのだ。
「マリアン、行くよ!」
龍牙に息を合わせたリュウナは、スナイパーレーザーの照準を無防備なゴーレムに合わせる。
鈍いゴーレムが動き出す前に、全ての『事』を終わらせなければならない。
ここで時間を掛ける事は許されないのだ。
「いっっけぇ!」
リュウナはスナイパーレーザーの引き金を引く。
放たれたエネルギー弾は、ゴーレムの足を直撃。ゴーレムの体を砂の海へと放り投げる。
「やったっ!」
「まだです、リュウナ様。
敵は未だ残っていますよ!」
リュウナが油断しないように釘を刺す龍牙。
ここで油断する訳にはいかないのだ。
敵は殲滅した訳ではない。
安心するのは、この戦いが終わってからでも遅くはない。
●
「おや、これは愉しそうですねぇ」
上水流(gz0418)は、前線基地の外で行われる戦いに注視していた。
客人であったドレアドル(gz0391)は、『この地に敵が居なければ留まる理由はない』という言葉を残して、アラビア半島を去っていた。
残された戦力は上水流とキーオが率いる部隊のみ。
果たしてバグアはUPC軍を押し止められるのだろうか。
他のバグアの心配をよそに、一人笑みが止まらない上水流。
「いいですよ、戦場で咲き乱れる滅びの光。
掛け値なしの美しさは体を震えさせます。
そして、あなたはどんな光を放ってくれるのでしょう。
――キーオ・タイテム」
●
アルカルジ前で防衛するバグア部隊は、想定以上の戦力差を付けられていた。
傭兵側の戦力が高い事もあるが、中東という場所に十分な戦力を割り振れなかったバグア側のミスが大きい。
アフリカ戦線やデリーへの戦力分散した結果、アラビア半島のバグア戦力は低下。
メインとなるワームがゴーレムである事からもその辺りは十分類推する事ができる。
「砂埃で多少の視界不良‥‥ならば」
立花 零次(
gc6227)は、機盾「ウル」を構えながら夜桜を前線基地右側面へ展開。
RA.1.25in.レーザーカノンで牽制射撃を加えながら、タートルワームとの距離を詰めていく。
「初めての砂漠でも、夜桜の動きに支障はなさそうですね。
とはいえ、帰ったら念入りに手入れをしてあげないとな」
戦闘の最中、愛機の心配をする立花。
それだけこの戦闘で余裕が生まれているという事なのだろう。
「この距離なら!」
夜桜はレーザーカノンから素早くBCランス「ゲイルスケグル」へ持ち替える。
そして、手負いとなっていたタートルワームの首元目掛けて一気に飛び込んだ。
突き刺さる刃。
数々の爆撃に加え、遠距離からの砲撃を受け続けたタートルワーム。
抵抗するだけの力は残っていなかったようだ。
しかし、最前線で戦っていた夜桜を見逃す程、バグアも馬鹿ではない。
「!!
12時方向からゴーレム、ですか」
夜桜へ三機編成のゴーレムが走り寄ってくる。
そのうちの一機は前進するゴーレムを支援するつもりなのだろう、プロトン砲を発射して援護射撃を加えている。
「同時に三機、問題ありませんよね」
夜桜へ優しく話しかける立花。
BCランス「ゲイルスケグル」を片手に機体の向きを変えて、ゴーレムの到着を待ち構える。
だが、近づいてくるゴーレムを獲物として捕捉した者が居た。
「狩りの‥‥時間だ‥‥。
喰らうぞ‥‥徹底的に‥‥な」
西島 百白(
ga2123)の虎白が、立花とゴーレムの間に割り込んだ。
そして、近づいてくるゴーレムに対してストライクファングの一撃。
転倒するゴーレムに飛び掛かり、虎白の尻尾がゴーレムの胸部に突き刺した。
尻尾から流れ込む強力な電磁パルスが、ゴーレムを内部から破壊する。
「!
‥‥まだ‥‥残っている‥‥」
虎白は向きを変え、残るゴーレムへ向かって歩き出す。
野生の虎を彷彿とさせる虎白の躍動は、ゴーレムにとって脅威以外の何物でもない。
「頼もしい虎の援軍。ありがたいですね」
立花は虎白を援護するため、夜桜を再び前進させた。
●
「増援が来る前に、一気にカタを付けるぞ!」
前線基地中央部では、堺・清四郎(
gb3564)の剣虎が機刀「建御雷」を片手に突撃。
剣虎の存在に気付いたタートルワームは、大型プロトン砲で迎撃を試みる。
しかし、接近する剣虎は巧みに進行方向を変えながら間合いを詰めていく。
「俺達の任務は、舗装工事だ! リヤドまでの道を作るぞ!」
清四郎は、叫ぶ。
この戦いは、あくまでも敵本拠地リヤドへと繋がる戦い。
UPC軍と共にこの前線基地を通過して、砂漠の月作戦を成功させなければならない。
そう、この戦いは清四郎の言うように舗装工事と表現できる。
「ここが落ちれば、次は敵本拠地。敵も必死という訳か‥‥」
剣虎を追いかけるように、黒羽 拓海(
gc7335)のHresvelgrが後追う。
LRM−1マシンガンによる牽制射撃を加えながら、タートルワームの動きを封じる。
ここでタートルワームを落とし、ゴーレムを一気に屠る。そうしなければ、敵本拠地の姿を見る事はできない。
「随分と手洗い歓迎だな。‥‥だがっ!」
黒羽は剣虎から離れてタートルワームの右側へ回り込む。
もし、タートルワームがこちらへ向いてくれれば、剣虎が必殺の間合いへ持ち込む事ができる。
その予想は的中、牽制射撃を加えながら近づいてくる黒羽の方に向かってタートルワームは体を向ける。剣虎に向けて側面を晒す形となる。
「邪魔する者は、すべて排除する!」
極東の国にかつてあった「幕末」と呼ばれた時代。
その時代に滅んだはずの存在――侍。
しかし、眼前で敵に向かって走り続ける剣虎の姿は、紛れもなく侍そのものであった。「斬っ!」
タートルワームの傍らまで到着した剣虎は、機体内蔵『雪村』を発動。
腕から高出力のエネルギーを噴出させ、タートルワームの体を引き裂いた。
力強く振るわれる雪村は、タートルワームを腹部から体液を流れ出させる。
――さらに。
「もらったっ!」
Hresvelgrの機刀「雪影」がタートルワームの首を切り落とす。
行動不能となったタートルワームは、その巨体を地面へと転がす他なかった。
「悪いな。切り札は切れる時に切る主義だ」
横たわるタートルワームに声を掛ける黒羽。
一方、剣虎は再び前に向かって走り始める。
「お、おい!」
「戦いは、未だ続いている。邪魔者を斬るまで、俺は止まらん!」
慌てて後を追いかける黒羽。
二人の眼前にはゴーレム3機が迫りつつあった。
●
「さてさて‥‥怖い怖いオオカミさんですよ、赤頭巾は何処ですかね〜」
前線基地左側面では、住吉(
gc6879)のフェンリルが突撃を開始。
既に瀕死であるタートルワームの頭部を双機槍「センチネル」で貫き、障害物を排除する。
本命はタートルワームの先にいるゴーレム3機。
眼前のゴーレムを片付ける事が作戦成功の要である事を住吉は熟知していた。
「住吉君、私が助けてあげる」
ミリハナク(
gc4008)は、ぎゃおちゃんの8.8cm高分子レーザーライフルを放つ。
照準に収められていたのは、3機のゴーレムの中に居た1機。
遠距離からの狙撃を繰り返して突撃部隊の進撃を手助けしようというのだ。
「ここの辺りは偵察もした土地。
ここでの戦いを心待ちしていたんですもの。楽しませてもらわなきゃ」
「ミリハナク様! 支援、ありがとうございます。
よぉし、オオカミさんは赤頭巾ちゃん目指して走りますよ」
センチネルを引き抜いた住吉は、タートルワームの巨体を回り込みながら一気に走り始める。
「支援射撃、ボクもお手伝いします」
地上に降りたエルシアンを操るソーニャは、中距離に陣取ってレーザーライフルWR−01Cの援護射撃を開始する。
甲斐甲斐しく働くソーニャに対して、ミリハナクは思わず笑みを溢した。
「あら、私を手伝ってくれるの?
でも、ここは戦場‥‥訪れたなら自分から楽しまないと駄目よ」
「楽しむ‥‥。
よく分からないけど、頑張ります」
ソーニャは、眼前のゴーレムに向けて援護射撃を続ける。
中東の空を護る為に、この戦いは絶対に落とせない。
自然とソーニャの手に、力が込められていく。
一方、ゴーレムへと接近する住吉。
「3機同時に相手できるかは分かりませんが、いきますよ!」
CA−04Sチェーンガンを撃ちながら、ゴーレムとの間合いを詰めていくフェンリル。
3機同時に襲い掛かられたら危険かもしれないが、後方でミリハナク達が支援射撃をしてくれている。
きっと、何とかなるはず――そう考えていた矢先、一機のKVがゴーレムを強襲する。
「俺も加勢するっ! 一気に敵をぶっ潰すっ!」
須佐 武流(
ga1461)のシラヌイ改は、ゴーレムの中央に飛び込むとソードウィングでゴーレムに一撃。
さらに体を回転させながら、エナジーウィングで追撃。
軽やかな動きから繰り出される攻撃は、ゴーレム達を翻弄する。
「わっ、須佐様!」
「止まるなっ! そのまま敵をぶっ倒せっ!」
須佐は、叫ぶ。
既に突撃部隊のおかげで中央の敵部隊は壊滅状態。
しかし、ここで敵を逃がせば本拠地の戦力が強化される恐れもある。
倒せるべき時に、眼前の敵を倒す。
それが、須佐の抱える信念でもあった。
「いっっけぇ!」
フェンリルは、機牙「グレイプニル」でゴーレムの喉元に食らい付く。
地面へ引き倒し、獲物を貪るオオカミの如く引き千切る。
「いいねぇ。その戦いぶり。
だが、俺も負けていられねぇなぁ」
ゴーレムの胸部へ突き刺さったソードウィングを引き抜きながら、須佐は残る一体へ向かって歩き出した。
傭兵達の活躍で、前線基地付近のゴーレムは全滅。
残るは指揮官機のみ――ラリーの戦いに、決着が付く瞬間が近づいていた。
●
「どうした!」
キーオのゴーレムに対してゼカリアの150mm対戦車砲で狙い撃つラリー。
しかし、キーオは着弾前にステップで砲弾を避けてしまう。
「‥‥くそっ」
「銃が撃てないばかりか、敵を捕捉する事もできないか?」
「ラリー!」
苦戦するラリーに、ユーリは思わず声を掛ける。
既にキーオの周囲に居たゴーレムは館山と共に倒している。
キーオとラリーの戦いに手出しをしないように見守っているのだが、ゴーレムとゼカリア改では機動力が違い過ぎる。いや、キーオがゴーレムとは思えない動きを見せている、と表現するべきだろうか。
「やはり、俺達も参加した方がいいんじゃないか?」
ユーリ同様心配する館山。
このままではいつまで経ってもキーオを倒す事はできない。
その考えはユーリにも痛い程理解できる。
「だが‥‥」
「来るなら来い」
迷うユーリに声を掛けたのは、キーオだった。
キーオは言葉を続ける。
「それがお前達に課せられた任務なのだろう。
任務は果たすためにある」
任務。
キーオは、間違いなくそう口にした。
与えられた責務を忠実に遂行する軍人。ユーリはキーオの事をそう感じていたが、その予感は的中していたようだ。
「任務、か。
敵に塩を送るっているつもりか?」
「当然の話をしたまでだ
戦場に身を置く者ならば、躊躇する必要はない。
一方的な蹂躙であろうと、それが任務ならば遂行しろ。軍人ならば、な」
ラリーの攻撃を交わしながら、キーオは返答する。
それが自らを劣勢に追い込む事になる訳だが‥‥。
「敵もああいっているんだ。ラリーを助けるために、一丁やるか!」
館山はイビルアイズに機槌「明けの明星」を構えさせる。
少しでもキーオに隙を作るためには、多少の無茶も致し方ない。
酒飲みの友人のため、命を賭ける事は悪い事じゃない。
「‥‥そうだな」
ユーリのディースも機刀「新月」を握った。
追い込めばきっと、キーオを攻撃するチャンスが訪れるはずだ。
「構えるのはいいが、もう少し先を読んで動く事だ。
たとえば退路を‥‥」
「断つんだろ?」
キーオの言葉を遮って、榊 兵衛(
ga0388)が割って入る。
見れば、ユーリ達の反対側で忠勝が機槍「千鳥十文字」を構えて立ちはだかっている。
ちょうど、キーオを取り囲むような形で退路を塞いでいる。
「バーレーンでは世話になったな。
だが、今回も易々と逃げられると思ったか?
舐めてもらっては困るな。後顧の憂いは、ここで断たせて貰おう」
「貴様、単機でここまで来たのか?」
「まさか。
俺だって、馬鹿じゃないさ」
――ドンッ!
大きな爆発音と共に、地面が揺れる。
見れば、前線基地の正面は派手に破壊されて巨大な穴が開いている。
その穴を見据えるように、一機のKVがひっそりと立っていた。
「籠城戦、という案も却下だ。
残念ながらバグアに付き合ってやれるほどの時間は、俺達には無いらしいからな」
愛機UNKNOWNの中で、タバコに火を付けるのはUNKNOWN(
ga4276)。
キーオを取り囲んだ上、前線基地を攻撃。
キーオの退路を完全に断つ事を念頭に置いた傭兵達の作戦だ。
実は空挺部隊、突撃部隊とは別に指揮官機を狙った迂回部隊が存在していた。
戦場を大きく迂回しながら、指揮官機を攻撃する。
リヤドを前に指揮官を倒す事ができれば、本拠地の戦いは軽減される。ならば、指揮官機をこのアルカルジで屠る事ができれば、バグアに大きな一撃を与えられるはずだ。
「‥‥くっ、抜かったか」
怯みように下がるキーオのゴーレム。
別部隊を見落としていた事が問題だが、それ以上に敵が近づくまで気付かなかったのは大きな失点だろう。
「!?」
突然、何かに気付いたキーオは機体を大きくジャンプさせる。
キーオが通過した後、大量の弾丸が雨のように振り注ぐ。
「銃撃か?」
「近接戦闘ばかりが戦場の華じゃないって事を、狙撃屋さんが証明してあげるよ〜」
キーオを取り囲む壁の間を縫って、アルテミス(
gc6467)のオリオンがクァルテットガン「マルコキアス」を構えている。
接近戦闘を得意とする面々だけではなく、中遠距離からの狙撃を得意とするアルテミスまでキーオに詰め寄った。
逃げ場を失ったキーオ。
傭兵達は距離を縮めるように、KVをゆっくりと歩かせる。
「どうした? 限界突破は使わないのか?」
榊はキーオに問いかけた。
戦ってきたバグアの中には、限界突破を使って戦力を向上させた者も居た。
だが、眼前のキーオは取り囲まれているにも関わらず、戦力を向上させる様子はない。
「俺の任務は、ここで死ぬ事じゃない。
生きて戻る事も任務の一つ――ならば、押し通るっ!」
キーオは、取り囲む壁の一つだったUNKNOWNへと斬りかかる。
振り下ろす強化サーベルを、UNKNOWNは機槍「グングニル」で受け止める。
「堅物の軍人さんが力業とは‥‥。スマートなやり方じゃないな」
「戦場でやり方を選べる程、余裕ある戦いはしてきていない」
金属同士が擦れ合い、悲鳴のような声が上がる。
キーオが今までスマートな戦いを選んでいない。
それはつまり、現状の戦力で十二分な働きを期待されてきたという事だ。
旧式のゴーレムを指揮官機として戦ってきたのも、中東という地域にバグアが最新鋭機を回せなかった事を意味している。
それでも、キーオはゴーレムの能力を引き出して戦わなければならなかった。
「戦場である以上、敵のやり方は恨まない。
軍人ならば、そういう考え方なのかな?」
迫る刃にも、余裕の顔を崩さないUKNOWN。
相手のタイプが軍人であるならば、その扱いは心得ている。
その問いに答えるように、キーオは力強く答える。
「無論っ!」
「なら、恨まないで欲しいな」
UKNOWNは、キーオの腹部を蹴り上げた。
一瞬、動きが止まるゴーレム。
そこへ、一機のKVが迫る。
「御覚悟を‥‥」
終夜・無月(
ga3084)の白皇 月牙極式が飛び上がり、練剣「雪村」を振りかぶっている。
迂回部隊としてキーオへ迫る最中、鬼気迫る戦いを見せた終夜。
だが、キーオに対する一撃を加えるため、敢えて機会を窺っていたのだ。
「くっ!」
キーオは、体を翻す。
しかし、終夜の雪村を躱しきれない。
雪村の刃は、ゴーレムの片腕と胸部を激しく切り裂いた。
反動で、ゴーレムの体は大きくバランスを崩す。
「今だ、ラリー!」
終夜はラリーを呼ぶ。
このチャンスを逃せば、キーオは何をするか分からない。
ラリーはゼカリア改を前進させ、ゴーレムへ肉薄する。
「うぉぉぉぉ!」
ラリーは終夜の作り出した傷へゼカリア改の主砲を押し込んだ。
尚も前進、ゴーレムを前線基地の壁へと押しつける。
「どうだ、キーオ!
ここから徹甲散弾を打てば、逃げられないだろう?」
「ここで撃てばお前も‥‥」
キーオの言葉は、真実だ。
この至近距離で徹甲散弾を放てば、ゼカリア改も無事では済まない。
しかし、ラリーには覚悟があった。
「そうだ。俺も傷つくあろうな。
だが‥‥傷つく事から逃げる訳にはいかねぇんだよ!」
ラリーは徹甲散弾を放った。
至近距離で炸裂する散弾。
ゴーレムは爆発。
そして、ラリーが乗るゼカリアも砲塔を含めて爆発の炎に巻き込まれていく。
●
バグア前線基地「アルカルジ」は陥落した。
主要部隊は崩壊。
既にUPC軍はリヤドに向けて動き出していた。
しかし、傭兵達の一部は未だアルカルジの地に留まっていた。
「‥‥何をしている」
砂漠で俯せに倒れるキーオ。
片腕を失い、足の付近にある砂は赤く染まっている。
ラリーが放った一撃から運良く逃れる事が出来たキーオ。
しかし、既に傭兵達と戦うだけの力は持ち合わせていない。
むしろ、瀕死の重傷を負って身動き一つできない。
「‥‥‥‥‥‥」
その傍らでは、ラリーがアサルトライフルを手にして立ち尽くしていた。
握りしめられているアサルトライフルの銃口は、手から伝わる振動で揺れ動いている。「なになに? どうしたの?」
本来であれば空挺部隊から巡回部隊へ移動して活躍する予定だったが、距離的な問題で間に合わなかったアメールが顔を出した。
傭兵達が集まる様子が気になったらしい。
だが、アメールの眼前へ立ちはだかるように終夜が立ち塞がる。
「なんだよー。アルにも見せてくれよー」
「そうだよ。チルも見たいー」
後を追いかけてきたチナールも終夜の傍で喚き立てる。
しかし、終夜はその身を動かす素振りはまったくない。
「‥‥駄目だ」
「えー、ケチぃ!」
むくれるチナール。
その頭に、そっとUNKNOWNの手が置かれる。
「アメールとチナールと言ったか。
あっちでやっている事は、俺達が口出し出来る話じゃない。あれはラリーが自分で始末を付けないといけない話だ」
「始末?」
首を傾げるアメール。
UKNOWNは再びタバコに火を灯し、空を見上げながら煙を吐き出した。
「そうだ。起こってしまった事は、どんな形でも始末を付けなければならない。
そして、その結果を受け入れなければならない。分かるか?」
「うーん‥‥よく分からない‥‥」
アメールに屈託のない笑顔が浮かぶ。
その様子を見ていたユーリが、小声で鹿嶋に声を掛ける。
「鹿嶋、悪いが二人を‥‥」
「その方が良さそうだな。
アル、チル。向こうへ行こう」
「えー、なんで?」
「あそこで、何やっているの?」
鹿嶋に対して文句を言う二人。
事情を察した鹿嶋なら、上手く二人をなだめてくれるだろう。
「‥‥‥‥」
そんな傭兵達の騒ぎも耳に入っていないラリー。
未だ引き金に手を掛けたまま、動けずにいた。
怯えている。
自分でもよく分かっている。
過去、キーオに裏切られて部隊がキメラに全滅。それ以降銃を撃てなくなってしまった。それでも、ラリーは今までキーオを追って戦ってきた。
だが、キーオを前にしてもその引き金は堅く、引く事ができない。
「‥‥ラリー」
キーオは、ゆっくりと話し始めた。
「任務を受け戦場に立つ以上、軍人は命令から‥‥逃げる事はできない。
任務を成功させる者以外に、存在価値はない」
「何言ってやがる。お前は俺達を裏切って‥‥」
「任務を下す者が変わった。俺に取ってはそれだけの事だ。
そして――任務を達成できなかった者は消えていく。それが戦場では当たり前の事だ」
キーオの言葉を噛み締めながら、ラリーは今までの思い出が脳裏に浮かんでいた。
初めて部隊へ配属されてキーオと出会い、共に戦い、裏切られた。
それでも、体験した多くの出来事は紛れもない事実であり、その事が引き金を堅くしている事に気付いた。
「あんたは、いつもそうだ。
自分勝手で‥‥」
「‥‥‥‥」
悲鳴のような言葉を上げるラリー。
しかし、キーオは何も答えない。
長き沈黙を経て、キーオは一言だけ呟いた。
「照準を定める前に肘を回すな」
「!」
「お前の悪い癖だ」
ラリーがキーオと初めて交わした会話だ。
目の前で倒れる男は軍人として生き、軍人として死ぬ事を望んでいる。
そのシーンが蘇った瞬間、一瞬だけ引き金が甘くなる。
「あんたを殺すのが俺の役目‥‥本当、ツイてねぇ」
「違うな。俺を軍人として終わらせる、幸運な役目だ」
そう言った後、キーオはそっと瞳を閉じる。
ラリーは銃口を再びキーオに向ける。
今度は銃口に震えが走らない。
アサルトライフルの照準がキーオの額を捉えた瞬間――中東の空に一発の銃声が木霊する。
「館山」
「おう。約束の酒盛りか?」
すべてが終わった後、ラリーは館山の元を訪れていた。
キーオとの決着を付けたにも関わらず、心は晴れやかにならない。
仇討ちなんてこんなもの。
頭では分かっていたのだが、実際に体験すると心身共に脱力感でいっぱいだ。
「‥‥ああ。
だが、悪いが一杯目はキーオにやってくれないか」
「!!」
一瞬、驚く館山。
しかし、それがラリーがキーオに対する献杯である事に気付く。
「‥‥そうか。
俺達の酒盛りにバグアが参加とはな。
まあ、戦いの後だ。それも悪くないか」
館山は純米大吟醸「白山羊」の封を開け、ぐい飲みに酒を注ぎ込んだ。
注がれた酒の水面は揺れ動く。
そして、気付けば何事もなかったかのように静けさを取り戻していた。