●リプレイ本文
香港の某高級ホテル。
いつもなら香港でも有数のセレブ達が宿泊する事で知られているが、今日に関しては勝手が違う。
UPC軍関係者と思われる人間が多数出入りし、一部では警備が厳重になっている。
その理由――それはこのホテルでUPC軍の若き士官の懇親会を開く事になっているからである。
「ついにこの日が来たっ!」
広州軍区司令部の曽徳鎮中尉は、短い足を大きく開いて胸を張った。
「閣下、お久しぶりです」
緑川 めぐみ(
ga8223)は、曽に微笑み掛けた。
普段は戦闘で支援する事ばかりなのだが、こうした落ち着いた席で出会うのは初めてかもしれない。
「おお、私を手助けする為に参ったか」
「はい。今回は大役を仰せつかりましたね。さすがです」
「今回の大役は、名族たる私だからこそ下った命だ。
貴様の力、存分に振るうが良い」
いつにも増してご機嫌な曽。
裏で「バ閣下」と称されているだけあり、煽てれば何処までも高いところへ登ってくれそうだ。
「閣下。今日は閣下の傍で士官の皆様をお持て成ししようと思います」
「うむ‥‥。
ところで、警備と料理の方は大丈夫なのか?」
「警備は俺が担当する」
秋月 愁矢(
gc1971)がゆっくりと歩み寄る。
普段なら曽のお守りなど願い下げだが、肝心のブラウ・バーフィールド(gz0376)軍曹が不在と知って馳せ参じた。
いつも軍曹と共に戦ってきた秋月だ。軍曹不在という穴を何とか埋めたいと必死のようだ。
「ホテル及び軍からの警備担当スタッフとのブリーフィングは終わっている。
受付での銃器刀剣類の持ち込みチェック、会場の規模に合わせての人員配置。小型インカムによる連携もチェックは完了している」
秋月の指示で、ホテルには警備担当以外の武装持込を厳禁とした。ここで騒ぎが起きればホテルへの被害だけでなく、一般市民への噂になる恐れもある。それだけは避けたいところだ。
「ならば、警備は万全だな。厨房はどうだ?」
「厨房は任せてもらうアルね」
R.R.(
ga5135)が葉巻を加えながら現れた。
いつもなら「沢山の人に沢山の美味しい物を食べてもらう」をポリシーに料理する中華料理人なのだが、今回はUPC軍の士官が歓待するパーティ。いつもより高い食材を使って腕を振るうつもりだ。
「既に仕込みも万全アルね。
閣下の要望に応え、英気の養える料理を待っているアルね」
「おお! これは頼もしい。
しかし、名族の威光が眩しい私にこれ以上英気を養えても良いのか?」
「問題ないアルね。閣下は喩えるならピータンみたいな名族アルね」
「ピータン? それはどういう意味だ?」
「それは‥‥」
その続きを言い掛けたR.R.だったが、言葉を無理矢理飲み込んだ。
ピータン――つまりアヒルの卵を発酵させた食材なのだが、言い換えれば「腐っている」。つまり、名族として腐っているという意味なのだが、ここで真実を話せば、パーティの間ふて腐れる恐れもある。
そうなれば、面倒この上ない。
「‥‥そう、熟成アルね。長い年月掛けて、良い名族となったという意味アルね」
「なるほど。古くからの名族も、長い年月なくして名族たり得ない。
ピータンとは良い喩えだ。ぶわっはっは!」
高笑いが止まらない曽。
R.R.の強引な言い訳をあっさり聞き入れてご満悦なのだから、操りやすい点だけは評価できる。
「そういえば、もう一人いなかったか?」
「ああ、それでしたら‥‥」
緑川は、曽を子供を諭すようにゆっくりとした口調で話した。
「司令部から電話に出ていますわ」
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「それは、どういう意味でしょうか?」
イエラナ(
gc7560)は、電話相手である李若思中佐へ問いかけた。
広州軍区司令部においてエリート派閥「青龍会」の中心人物が、突然パーティ会場まで電話をかけてきたのだ。
各部署の連絡調整係を務めていたイエラナが、その電話を取り次いだ事は当然の流れだろう。
「若い士官でも、魑魅魍魎の跋扈する中国大陸に身を置く軍人。なめて掛からない方がいいわよ」
李の言葉は、まるで何かを楽しんでいるかのように弾んでいる。
だが、それとは裏腹に警告にも等しい内容だ。
さらに、李は続ける。
「そのパーティには派閥に属している者も参加しているわ。私の青龍会だけじゃない。陳中佐相当官の白狼会に所属している軍人も多数居るの」
今、広州軍区では二つの派閥による勢力争いが激化していた。
一つは士官学校卒業のエリートが多く所属する青龍会。
もう一つは現場から叩き上げた軍人が多く所属する白狼会。
双方がいがみ合い、争い、地位を奪い合ってきた。
その事を李は、電話で伝えてきたようだ。
「李中佐。何故、その話をあたしに?」
「事態が変わったの。私は今から陳中佐と会わなければならないの。
本当なら私がそのパーティへ乗り込むべきなんでしょうけど‥‥」
「何をお考えなのかは分かりませんが、あたしの依頼はこのパーティを成功させる事。
‥‥それだけです」
イエラナは、はっきりとそう言い切った。
この仕事ができれば、戦う仕事に出る覚悟ができるかもしれない。
その自信を付けるためにも、この依頼を成功させたい。
その考えが、イエラナにその言葉を言わせたのだ。
「ふふ。思ったよりも強いのね、あなた。
いいわ。今はパーティを成功させる事に集中しなさい。そして、その目で多くの物を見てくるといいわ」
終始、その態度を崩さない李。
女性口調ながら、既に四十を越える男性。怪しい軍人に他ならないが、その裏に何を考えているのか計り知れない。
「パーティの成功、祈っているわよ」
イエラナは、電話相手に不安を覚えた。
●
パーティは、無事開催された。
それはつまり、傭兵達が裏で奮闘する時間が訪れた事を意味している。
「R.R.さん、次の料理はどれぐらい掛かりますか?」
悲鳴にも似たイエラナの言葉がインカムへ浴びせかけられる。
100人という士官達は、予想以上に料理を食べて、酒を飲み続けた。
R.R.が出した広東料理の評判が上々だった事もあるが、若い士官達の無限とも思える胃袋に驚かされるばかりだ。
「あと10分は掛かるアルね」
「すいません、前菜は既に空き皿となっています」
「アイヤー! こっちも五目炒めを最速でやっているアルね!
先に空き皿をスタッフに片付けさせて、紹興酒でも勧めるとイイね!」
R.R.の方も、厨房のスタッフへ指示を出しながらの料理である。いつもの違う環境に戸惑いながらも、最高の料理を出さなければならない。その重圧は、想像以上に大きい。
「了解しました。ホールスタッフの方へ連絡‥‥」
イエラナは、ホテルスタッフへ素早く指示を出す。
料理のタイミングを見計らいながら、次の準備を行う。イエラナが手配したインカムは想像以上に活躍しているようだ。
「‥‥ん?」
八面六臂の活躍を見せるイエラナは、会場の片隅で緑川の姿を発見した。
その傍らには、曽が礼服を着て若き士官と談笑している。
「うむ。今宵の宴は司令部も公認。たっぷりと楽しむが良い」
いつも以上に笑みが絶えない曽。
戦闘では無様な姿ばかりを晒しているが、終始偉そうに出来るのはこのような場だけかもしれない。
「緑川さん、閣下の方は大丈夫ですか?」
「ええ。こちらは問題ありませんわ」
緑川は曽の傍らでそっと微笑んでいる。
曽がバ閣下と称されようとも、今回の席では主賓。ならば、主賓らしく支える事も必要と傍らでそっとフォローを続けているのだ。緑川のおかげで曽も怒られたり、馬鹿にされたりする事もないため、天狗の鼻は伸び放題。
一部の士官は、緑川を曽の秘書官だと勘違いしている者もいるようだ。
「そうみたいですね。閣下の様子を見れば、よく分かります」
「ところで、さっき李中佐から電話があったそうですね」
「はい。よく分からないのですが、『その目で多くの者を見て来い』と言ってました」
イエラナは、先程李と話していた電話の内容を思い返していた。
未だ言葉の意味は分からないが、何らかの意図がある事だけは間違いない。
その言葉に耳を傾けていた緑川は、頭の中で考えを巡らせる。
「ずっと考えていました。
広州軍区司令部の派閥争いがなければ、広州はきっと守り抜ける。このパーティは、その事を若い士官に教えるためだと思ったのですが、その言葉を聞く限り違う気が致しますわ」
おそらく、このパーティの裏に何か意図がある。
緑川もそれが何かは分からない。
だが、無視する訳にもいかない。
そう考えた緑川は、イエラナへそっと囁く。
「秋月様とR.R.様にも、その話を伝えてください。
何かに、気付いてくれるかもしれません」
●
若き士官に、酒。
それは若気の至りを誘発し、多くの過ちを引き起こす。
今回のパーティでも例外ではない。
「お前ら青龍会が、スカしてんじゃねぇ!」
「だったら、白狼会のお前達が何か出来たのか?」
「なんだと!?」
数人の士官達が、軍服の襟を掴んでいがみ合っている。
大声が会場中に響き渡り、会場を一瞬騒然とさせる。明らかに広州軍区司令部内の派閥争いが原因と思われる争いだ。大量の酒が起因となって喧嘩まで発展しそうになっている。
だが、この事態は秋月の想定内だった。
「よせ」
Owl−Earへの連絡を受けて、士官達の間へ割って入る秋月。
異常、またはその兆候を感じた警備員は、秋月へ連絡するよう伝えてあった。もし、警備スタッフが青龍会もしくは白狼会に属していれば、ややこしい事態になっていたはずだ。その点、傭兵の秋月が喧嘩を仲裁する分には余計な事態は避けられるはずだ。
「いつ共に戦うかもしれない仲間と喧嘩するのは止めておけ。他部隊と如何に連携を取るか、それを考えるのも士官の仕事だ。喧嘩したらそれが出来るのか?」
「だけど、あいつらが難癖を‥‥」
「侮辱されたかもしれん。
だが、士官は耐える事も仕事だ。お前達の肩には直属の部下だけじゃない、多くの市民の命を預かる事になる。守るべき者を守る為には、耐える事も必要だ。
大事を成す為には何が必要なのかを考えろ」
この場に居る士官は、まだ戦場を経験していない者も居るだろう。
だからこそ、秋月は理想の士官を参加者に考えて貰いたい。
そして、バグアと戦う事の意味を考えて欲しい。
その考えから発した、言葉だった。
「‥‥‥‥」
秋月の言葉で沈黙する士官達。
言葉を反芻して噛み締めている。
「傭兵君に怒られたか、諸君」
秋月の前に一人の士官が現れた。
金髪で耳に赤いイヤリングを付けた男性。軍服を着ていなければ、UPC軍人には見えないホストのような男が軽いノリで割り込んできたのだ。
「喧嘩していたみたいだが、ここで暴れれば迷惑が掛かるだろう?
俺の顔に免じて手を引いて貰おうと思ったが‥‥先を越されちまったな」
「あんたは?」
唐突の登場に怪訝な表情を浮かべる秋月。
それに対して、軽く鼻で笑いながら金髪の男は自己紹介を始めた。
「俺はソルト・ロックス少尉。白狼会に身を置く者だ。これでも突撃部隊を率いているんだぜ?
で、お前は‥‥」
「秋月愁矢だ。この会場で警備を担当させてもらっている。
酒を飲むのは構わんが、あまり暴れるようなら容赦はしない」
秋月は腰に差した鬼刀「酒呑」に手を掛けた。
敢えて強行的な行動に出る事で、警備が厳しい事をアピールしておこうという魂胆だ。
その事を察したのか、ソルトは踵を返して歩き出した。
「分かってる、分かってる。野暮な事はしねぇよ。
戦うべき時に戦うのが俺の流儀だ。それに‥‥」
「それに?」
秋月は、聞き返した。
その言葉を待っていたかのように、ソルトは子供のような笑みを浮かべる。
「ここで暴れるのはロックじゃねぇ。違うか?」
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「もう少しで終わるアルね! 頑張るアルね!」
R.R.が厨房のスタッフへ叫んだ。
100人前の中華料理でも、出すタイミングや味付けに気を遣わなければならない。特にR.R.は酒やタバコ好きが災いして味覚が敏感ではない。
おまけにスタッフへ指示をしながらの調理は、骨が折れる事この上ない。
ホテルで料理を続けていたプライドを持っているものだから、下手な指示では動いてくれなかったりしていたのだ。
だが、その苦労ももうすぐ終わろうとしている。
「ふぅ、後はデザートで終わりアルね」
「ねぇ、そこのおじさん」
R.R.は、声を掛けられた。
しかも、高級ホテルの厨房では考えにくい甲高い声。
辛うじて女性の物と分かるが、言われなければ機械で作られた声と言われてしまうかもしれない。
「誰アルね?」
振り返るR.R.。
そこには、髪をリボンで結んだ小さな子供が立っていた。
「ねぇ、おじさん」
「誰がおじさんアルね。お兄さんというヨロし。
それより、子供がこんなところに来ちゃダメアルね」
「あー、あたし子供じゃないもん!
鐘田ちえっていう名前があるんだもん」
ちえ、と名乗った子供は頬を膨らませて不満を漏らしている。
人の事をおじさん呼ばわりしておいて、自分は子供扱いされると怒る。その理不尽さに納得がいかないが、いつまでもここへ居させる訳にもいかない。
「分かったアルね。
でも、子供は厨房に居ては‥‥」
そう言いながら、ちえを厨房から追い出そうとしたR.R.。
しかし、そこである事に気付く。
150センチ程度の身長で、外見は少女そのもの。しかし、着ている服はUPCの軍服なのだ。
「また子供扱いした!
ちえは少尉だもん! 青龍会の少尉さんなんだもん!」
R.R.は自分の小さな瞳を思い切り見開いて驚いた。
目の前に居た少女が軍人で、青龍会に所属していたエリートというのだから信じられない。口調も子供そのもので、性格も幼い子供のようだ。信じろという方が無理だろう。
「本当に少尉アルか?」
「そうだよ。これでも35歳だもん‥‥あ、小籠包いただき!」
皿の上に乗っていた小籠包を摘み食いするちえ。
あとで聞いた話だが、ちえは前線で戦う軍人ではなく広報部隊に所属している。UPC軍の活躍を報じたり、市民との触れ合いが重要視される。そのため、ちえのような存在が重宝されているのだろう。
呆気に取られるばかりのR.R.。
その傍らで、ちえは小籠包と格闘していた。
「‥‥あ、はふ。あふ‥‥あ、小籠包丸呑みしちゃった!」
●
傭兵達の奮戦もあり、パーティは無事終了となった。
傭兵達が居なければ、このような成功は迎えられなかっただろう。
緑川の傍らで寝息を立てている閣下も、夢の中では更に増長しているに違いない。
思い思いに一段落する傭兵達。
そこへ再びイエラナ宛に掛けられた電話。
相手は――李中佐。その第一声は、イエラナの予想を超えたものであった。
「パーティ、お疲れ様。
で、親バグアのスパイに目星は付いたの?」