●リプレイ本文
「や、こいつぁどうも急がないとやばいねぇ」
バグア習志野基地で陽気に振る舞う一人の男。
アロハシャツにカンカン帽、下駄を履いている。口髭と顎髭を貯えて、やや大きめな鼻が特徴的。実はこの男、バグア習志野基地の指揮官、松戸昏一郎という。
「東京の防衛力が低下した今、この習志野基地も戦力を増大させる必要があるねぇ。
UPC軍が目を付ける前に、さっさとやらねぇと‥‥この基地にも敵が殺到なんて事になるかもしれねぇな」
右手の扇子を仰ぎながら、冗談めかして言う松戸。
だが、この予想は見事に的中する事になる。
建設中の船橋前線基地を襲撃した精鋭部隊によって――。
●
「習志野か。‥‥懐かしいな」
船橋競馬場へ足を踏み入れた緑川安則(
ga4773)は、ぽつりと呟いた。。
かつて安則は空挺教育隊の幹部空挺レンジャー教育課程をこの地で過ごしていた。過酷な日々であったが、今となっては良い思い出だ。
「ヘビの皮を剥いで生肉を食うサバイバル訓練を思い出す。何もかも懐かしい」
「懐かしいのは分かりますがねぇ。今は‥‥任務を優先してもらえますかい?」
周囲を警戒しながら、古河 甚五郎(
ga6412)は小声で話す。
建築中のバグア前線基地を襲撃した傭兵達。成田街道を通り、前線基地のある船橋競馬場を東側から進入を開始。東側から襲撃を掛けたのは、敵が逃走した場合に習志野駐屯地へ待避するリスクを考えたためだ。
「へいへい。まあ、本番は習志野。この前線基地は前哨戦って訳だ」
「‥‥敵、早速発見だ」
瓦礫の影に隠れながら様子を窺っていた地堂球基(
ga1094)が、安則と甚五郎に警戒を促す。
視線の先には、二人のバグア兵がアサルトライフルを片手に警戒を強化。1周1400メートルの馬場をゆっくりと徘徊しているようだ。その奥にはサイ型キメラの姿も垣間見える。
「警備って奴ですかねぇ」
「だったら、仕事をしてもらうとするか」
その言葉を口にした安則は、瞬速縮地で一気にバグア兵へと詰め寄る。
バグア兵は倒せねばならぬ敵。
まして、安則達の任務は陽動。目の前の敵を倒して大騒ぎする事は作戦の想定内である。
「!?」
「そらよ!」
バグア兵の至近距離からSMG「スコール」の弾幕を形成。
バグア兵には傭兵が現れた事を知らせてもらわなければならない。弾丸は牽制でさえ出来れば問題ない。
だが、バグア兵は2体。
弾幕を形成する前に素早く反応できたバグア兵が、アサルトライフルを安則へ向ける。
「させない」
球基は、安則を狙っていたバグア兵に対して超機械「PB」を使用。
電磁波がバグア兵の付近に炸裂。バグア兵の射撃を妨害する事に成功した。
「悪いな」
「例は後にしよう。今は‥‥」
球基は超機械「PB」を再び構える。
眼前に居るバグア兵も距離を取りながら、再びアサルトライフルによる攻撃を再開した。
「古河君、そっちは?」
「ふふ、予定通りですよ」
獣の皮膚で防御力を上げた甚五郎は、安則と球基がバグア兵と戦っている隙にサイ型キメラへ接近。
サイを挑発するかのように、甚五郎はサイの眼前に躍り出る。
「ブォォォォ!」
怒りに任せて走り出すサイ。
一直線に甚五郎へ向かって突進してくる。それはまるでブレーキの壊れたダンプカーのような存在と化した。
「来ましたね」
怪しい笑みを浮かべる甚五郎。
タイミングを計って、横へ飛ぶ、
甚五郎の消えた空間を通過するサイ。しかし、サイの突進は尚も止まらない。
「!?」
サイの突進は、安則と戦闘していたバグア兵を後ろから弾き飛ばす。
突進を正面から受けたバグア兵。
宙を舞ったバグア兵は、地面へ落下後、無様に地面を転げ回っている。サイの突進が強すぎたようだ。
この隙を――安則は逃さない。
転がるバグア兵に馬乗りとなるかのように体を押さえつける。
「悪いがな、習志野第一空挺団の意地っていうのは、そう簡単に消せないんだよ。
――先に地獄へ逝ってろ」
安則は、SMG「スコール」の引き金を引いた。
バグア兵の顔面に叩き込まれる銃弾の雨。
顔面は蜂の巣へと変貌を遂げる。
「寿命か凶弾でくだばったら、地獄でまたやり合ってやるからな」
SMG「スコール」の銃口から、白い煙が立ち上っている。
●
安則、甚五郎、球基が行動を開始している頃。
もう一つの陽動班もまた、行動を開始していた。
「菖蒲よん、由羅ちん! 早く前にっ!」
狐月 銀子(
gb2552)は、そう叫びながらエネルギーキャノンを撃ち放つ。
元々千葉出身だった銀子。故郷というには、語弊があるが、バグアに取られたままというのは癪に触る。今回の依頼にも張り切って参加、エネルギーキャノンで派手に暴れるつもりのようだ。
「分かってる。由羅、行こう!」
拳銃「ラグエル」を片手に突撃を開始するのは、神楽 菖蒲(
gb8448)。
バグア兵が動けない事を確認、一気にサイ型キメラのところまで駆け抜ける。サイは既にこちらの存在に気付いているらしく、巨大な角はこちらへ向けられている。
「神楽さん、先に行きますよ」
鳳由羅(
gb4323)は、迅雷を使用。
驚嘆すべき脚力は、由羅の体をサイ近くまで一気に囲んでくれる。
サイも突進は強烈だが、小回りが効かない。突然横に現れた由羅の存在に気付いたものの、体の向きを変えるために巨体をゆっくりと動かしている。
「いただきますよっ!」
由羅は至近距離からショットガン20を発射。
ばら撒かれた弾丸は、サイの腹部を抉り取るような傷を負わせる。
見た目以上の痛みがサイに走っている事は間違いない。
「ブゥォォォォ!」
痛みに悶えるように、角を振り回すサイ。
付近の敵を蹴散らそうというのだろうが、由羅は一歩下がってサイの攻撃を回避する。
「なるほど。突進する事には長けているようですが、敵から接近される事は苦手のようですね」
普通ならば、一旦移動して距離を確保。その後で突進を開始するすれば良いのだが、サイの頭はそれ程賢くはないようだ。
――だが。
本能的に危険を察知したサイは距離を確保するのではなく、逃走という形で突進の開始を試みる。
「何処へ行くの? あたしが逃がすと思っていた?」
エネルギーキャノンから機械拳「クルセイド」へ持ち替えた銀子が、サイの下へ到達。
振りかぶった一撃をサイの右脇腹へ叩き叩き込んだ。
「!」
サイの体がズレる程の強烈な一打。
しかし、銀子の攻撃はまだ終わらない。
「内に秘めし竜の魂よ、正義の名の下に束え!」
竜の咆哮を発動する銀子。
打ち上げるように放たれた全力の第二打は、サイの体を上空へと浮き上がらせる。
「菖蒲!」
「了解」
神楽は手近の遮蔽物を使ってジャンプ。
神楽の体はサイの上空へと移動、同時に右手に握られていた紅が鞘から抜き放たれる。
「はっ!」
振り下ろされる紅の一撃。
重力が加わった渾身の一撃は、サイの体を地面へ叩き付けた。
サイは昏倒、泡を吹いて動かなくなった。
「あ、トドメは由羅にお願いしようとしていたんだけど‥‥」
「お気遣い感謝します。ですが、お楽しみはこれからですよ」
由羅は二人の視線をコース中央の方へ向けるよう促す。
そこには巨大な体を揺らしながら現れるサイ型キメラの存在があった。
後方からは先程釘付けにしていたバグア兵が走り寄ってくる。
「やれやれ、本当にこれからがお楽しみみたいね」
銀子はため息を吐くと、再び機械拳「クルセイド」を構えた。
●
二つの陽動班による進撃は、バグア側に大きな衝撃を与えた。
それはバグア側にも油断があった、という事なのだろう。
これ程早く千葉への進撃をUPC軍が見せるはずはない、という思い込みが引き起こした悲劇だ。
だが、UPC軍にとってはここがチャンス。
攻めるべきは、一気に攻めるべきだ。
「どーもぉ、ULT傭兵ですー。
なんであたしらがここにいるのかぁ、説明は必要ですかー?」
綾河 零音(
gb9784)は、バグア兵の前に余裕を見せて現れる。
余裕が出るのも無理はない。
眼前に居るバグア兵は、UPC軍登場から逃走を敢行。このまま船橋競馬場を西から抜けてららぽーと方面へ移動しようとしていたのだ。
いつの世も、逃げる兵に対する追撃戦は追う者が優位に立つ。
「‥‥逃がすと思ってた?」
慌てて走り去ろうとするバグア兵を、竜の翼を使って回り込む零音。
そのまま手にしていた炎斧「インフェルノ」を横に薙いだ。振り抜かれた刃は、バグア兵へと命中。無様に転げるバグア兵の体は、建設中の前線基地の方へ吹き飛ばされる。
「援護いっくよーっ!」
澄野・歌奏(
gc7584)も小銃「NL−014」を手に逃走を狙っていたバグア兵を前線基地の方へと追い込んでいく。
実は、今回の作戦は「バグア兵を逃がさずにこの場所へ押し止める事」になる。
少数精鋭で船橋競馬場を襲撃。バグア兵をこの場に留めている隙に、UPC軍本隊が合流。一気に敵を殲滅するのが狙いだ。
ここで本隊が合流できれば、そのまま船橋から習志野へ移動。敵拠点を叩くにも好都合という訳だ。
「松田ちゃん、敵を逃がしちゃダメだからね」
「‥‥‥‥」
歌奏の声に反応する事無く、黙ってベレッタでの牽制射撃を行う松田速雄。
作戦開始から一言も発しようとしない松田。見るからに融通が利かないという様子に、歌奏も少々やりにくそうな面持ちだ。
「もう、何か喋ってよ」
「‥‥‥‥任務中だ‥‥敵に集中しろ」
松田の口から漏れ出たのは、説教のような一言。
確かに正論なのだが、松田の素っ気なさにやや納得がいかない。
「むー」
「すみのん、そんなにむくれないの。
松田氏も仕事に一生懸命なんでしょ?」
零音は、歌奏の肩を叩いた。
松田の寡黙ぶりは今に始まった訳じゃない。ミスをして味方の足を引っ張るよりはましだ。
歌奏も頭では理解しているのだが、まだ割り切れていないようだ。
「そうなんだけどねぇ」
その時、零音の無線機から安則の声が漏れる。
「足止めが面倒だ。閃光手榴弾を使う!」
「え!?」
閃光手榴弾を使う場合は、無線機などで合図を送る事になっていた。
味方近くで炸裂すれば、強烈な閃光を浴びる事になるからだ。
安則の合図に慌てる零音
「え。歌奏、松田氏。目を塞いで‥‥」
零音は二人に目を塞ぐように促す。
だが、それよりも早く安則の閃光手榴弾投下は行われる。
「‥‥バグア諸君。コイツを冥土の土産に持って行け」
無線機からの言葉を同時に発せられる強烈な閃光。
周囲は一瞬、ホワイトアウト。白色だけの世界が広がっていく。
「きゃ!」
歌奏も腕で視界を遮る。
これだけの閃光だ。おそらく、安則眼前に居たバグア兵も昏倒している頃だろう。
「眩しい! 目ぇ逸らした、けど眩しい!!」
零音もしゃがみ込んで閃光を回避したようだ。
もっとも、それでも眩しかったらしく騒がずにはいられない。
慌てる二人。
そんな二人の肩を松田はゆっくりと手を置いた。
「‥‥‥‥いくぞ」
それは松田が二人を気遣っている証拠であった。
いくら寡黙でも、二人を無視している訳ではない。
話すべき言葉が見つからないからこそ、黙って任務を遂行して仲間を助ける。
歌奏の肩に乗せられた松田の大きく暖かい掌。
「ありがとう。一応、お礼は言っておくわ」
その温もりを感じながら、零音はすっと立ち上がった。
●
船橋競馬場攻撃開始からしばしの時間が経過した。
傭兵達は苦戦する事無く、サイ型キメラを撃破。生存したバグア兵を前線基地へ押し込める事に成功した。
そして――現在も膠着状態が続いている。
「狙い通りってところですね」
二階建てプレハブのような簡易的な建物を見つめる球基。
傷を負った傭兵達も見当たらず、一人胸を撫で下ろしていた。
一方、神楽は前線基地を見据えていた。
「やはり、全滅は厳しいか」
今回の任務はバグアを前線基地内部へ封じ込める事を主眼に置いていた。
だが、敵はあくまでもバグア。油断していればこちらが倒される可能性もある。だからこそ、神楽はこの前線基地に立て籠もるバグアを全滅させるつもりで戦いに望んでいた。「増援が来る前に前線基地へ突入した方が‥‥」
「無理はするな」
神楽の背後から、松田が声を掛ける。
「速雄から声を掛けるとは珍しいわね。歌奏が聞いたら羨ましがるのかしら?」
「‥‥‥‥」
神楽は冗談めかした言い方に、松田は沈黙で応える。
神楽も松田が言い返さないであろう事は予想できていた。ただ、沈黙続きの松田と会話するのだ。こちらからネタでも振らない限り、永遠とも思える沈黙が続く事になる。
「で、なに?」
「ここで無駄に戦力を浪費する事はない。
‥‥習志野まで取っておけ」
松田は前線基地から視線を逸らさないまま、大きく息を吐いた。
この戦いはあくまでも前哨戦。本当の戦いは、習志野駐屯地で待っている。
リスクを負うべき場所を見誤ってはいけない。
松田は、そう言いたいのだろう。
「ご忠告感謝するわ。だけど、私も今の戦いを‥‥」
――ブワンッ!
神楽がそう言い掛けた瞬間、数台の装甲車が船橋競馬場へ走り込んで来る。
瓦礫を踏み越えて突き進む装甲車。
それが運んでくる物に、神楽は予想がついていた。
「降車!」
装甲車から降りたブラウ・バーフィールド(gz0376)軍曹が叫ぶ。
習志野攻略の決定を受け、中国広州から召喚された軍曹。広州に残した無能な上司を案じながらの作戦参加となった。
「SirYesSir!」
その指令を受けたUPC軍の兵士達は、アサルトライフルを手に装甲車から降りてくる。
足早に決められた場所へと部隊を展開、兵士達が手にしているアサルトライフルの銃口は次々と前線基地へ向けられていく。
「任務、ご苦労だったな」
「へぇ、援軍のご到着って訳ね」
装甲車の到着で銀子は、素直に喜んだ。
「苦労を掛けたな。後は敵を一気に叩くだけだ」
軍曹は力強く言い放つ。
その言葉を受けて、傭兵達も突入準備を開始する――。
●
「え? 船橋が陥落?」
松戸は、そう聞き返した。
先程まで前線基地増強のために資材を運んでいたと思っていたが、気付けばUPC軍と傭兵達の活躍で前線基地は壊滅。
船橋が壊滅した、という事はこのバグア習志野基地へUPC軍が間近へ迫っているという事になる。
「ええ。これは紛れもない事実です」
丸メガネを掛け、白衣に身を包んだDr.エリアは淡々と答える。
バグア習志野基地の技術責任者のエリアだが、このニュースを語る口調には感情が感じられない。恐れもしていなければ、戦いを前に期待感も感じられない。
「や、こいつぁ面倒だなぁ」
エリアの報告に、松戸はぼさぼさの頭を掻きながら呟く。
面倒と口にしながらも――その視線は船橋競馬場の方を静かに見据えていた。