●リプレイ本文
クソッタレな砂漠に舞い戻ったのは、数日前だ。
ついこの間まで、アラビア半島を覆う砂漠の真ん中でゼカリア改によってバグア拠点「クウト」を攻撃していたのだ。
耳の穴にまで入り込む忌々しい砂から解放されたと思っていたのも、ほんの僅かな時間だけ。
ラリー・デントン(gz0383)は、再び砂の海を踏みしめていた。
「‥‥不機嫌そうだな、ラリーの旦那」
停車する二台のジーザリオ。
その前で休憩するラリーに向かって、荊信(
gc3542)は煙草を差し出した。
一服したいと思っていたラリーにとって、この煙草は渡りに船。自然とラリーの指が煙草へと引き寄せられていく。
「出来れば、この砂漠には来たくなかったんだけどなぁ」
ラリーは視線を外しながらも、荊信の差し出した煙草を一本つまみ上げる。
噂でラリーの関係者がバグアとなって現れ、この砂漠で死んだ事を荊信は聞いていた。 出来ればこの砂漠へ足を踏み入れたくなかったのだろうが、これも傭兵の運命。受けた依頼は遂行する他選択肢はない。
「仕方ねぇさ、俺らは傭兵だ。
さて、作戦の再確認をさせてもらうか」
煙草の煙を燻らせながら、荊信は今後の作戦について説明を始める。
まず、傭兵の戦力を2班に分ける。
一方はアラビア半島南岸にて西進を続けるバグア部隊を追撃。
もう一方はそのバグア部隊の進行方向を先行して調査。
敵の目的地が分かった段階でバグア部隊を挟撃しようというものだ。
「‥‥敵を泳がせるだけじゃなく、先行偵察しようって案だったな」
「それについてですが、提案がありますわ」
緑川 めぐみ(
ga8223)が歩み寄ってきた。
「提案ね。お聞かせ願おうか?」
「今回のバグア部隊ですが、進軍スピードは想像以上に遅いという情報があります。これは、遅いキメラが原因です。これを排除すれば、進軍スピードは一気に向上すると思いますが、如何でしょう?」
緑川の提案はバグア部隊を見守るだけではなく、敢えて移動スピードの遅いキメラを始末。その後逃亡させる事で進軍スピードを向上させようというものだ。情報によればバグア部隊の進軍スピードは人間の歩行スピード程。これを砂漠の真ん中で見張り続けるには無理がある。
「それが良いでしょうね。長時間炎天下に晒されるにも限界があるでしょうから」
ギラギラと照りつける太陽を見上げながら、立花 零次(
gc6227)は呟いた。
4人乗りのジーザリオから機材と屋根を外して無理矢理5人乗せて走っている状態だ。 坂道では一人が降りている事を考えれば、バグアの移動スピード向上は願ってもない提案だ。
「なるほど、その方が良さそうだな」
荊信は吸い殻となった煙草を地面に落として踏み消した。
方針さえ決まれば後は突き進むだけである。
「ラリーたん、久しぶりですよー」
砂漠の中でも天真爛漫な芹架・セロリ(
ga8801)。
ラリーとの再開とあって、いつも以上に元気いっぱいのようだ。
「このクソ暑い中でも元気とは‥‥相変わらず食った分だけカロリー消費しているみたいだな」
「ひっどーい! これでもレディなんだからね!」
むくれるセロリ。
一見、幼く見えるセロリだが、食べる事に関しては能力者以上の力を発揮する。
「へいへい」
「そだ。お酒で水分補給とかはダメですからね! ほいさー」
セロリはラリーに向かってミネラルウォーターを放り投げる。
放っておけば酒ばかり飲んでいるラリーを心配して準備していたようだ。
「おう、悪いな。依頼が終わったら返すからよ」
「ほいほーい。じゃあ、そっちも頑張ってねー」
そう言うなり、セロリはさっさとジーザリオに乗り込んだ。
四人乗りでクーラーの効いたジーザリオは外の砂漠とは別世界。
それに引き替え、ラリーが今から乗ろうとしているのは屋根なしのジーザリオ。走行中の風だけが唯一の冷房機能である。
「‥‥ツイてねぇな」
ラリーはそっと呟いた。
●
偵察部隊はサラーラを出発し、ムカッラを通過。
バグア部隊を迂回しながら一路西へと進み続ける。
「さてさて、一体何処に何があるのかしらねー」
ジーザリオを運転しながら、フローラ・シュトリエ(
gb6204)は笑顔を浮かべる。
砂の中から宝物が出てくるのではないか、という期待感がフローラを笑顔にさせているようだ。
「海岸線に沿う形で動いているから、海岸や海に何かあったりするのかしら?」
「その可能性もあり得るな。
だが、何があっても叩き潰してやるだけだ」
高坂 永斗(
gc7801)はぶっきらぼうに答える。
この付近は砂漠の月作戦以前に実施された強行偵察が行われていない地域だ。
何があってもおかしくはない。
「しっかし、連中の目的地は‥‥やっぱり基地とかですかね?」
双眼鏡で周囲を警戒しながら、セロリは言った。
数少ないバグアが向かう場所――おそらく仲間の元と考えるのが自然だ。つまり、バグアの基地がこの付近に存在しているという推測は容易に立てられる。
「だろうな。
だが、バグアの基地となれば‥‥」
荊信はそこまで言い掛けて、言葉を飲み込んだ。
もしバグアの基地がこの付近にあるならば、そこに居るであろうバグアの増援は多数。基地に近づき過ぎれば、ただの偵察では済まない。
「引き際が肝心、という訳か」
窓の外に視線を送る荊信。
そこには、無限と思える砂の海が広がっているだけだ。
●
「‥‥敵捕捉‥‥」
リズレット・B・九道(
gc4816)は、アンチマテリアルライフルG-141の照準にバグア兵の姿を捉えていた。
照準を合わせながらリズレットと標的だけの世界へと没入していく。
音が消え、背景が消え、意識は標的に注がれる。
「さて‥‥始めましょうか‥‥楽しい楽しい鬼ごっこを‥‥」
そう呟いたリズレットは、ゆっくりと指に力を込める。
瞬間、アンチマテリアルライフルからリズレットの体に衝撃が伝わる。
放たれた弾丸は、遙か前方に居るバグア兵の肩を貫く。
「!?」
何が起こったのか理解できない様子のバグア兵。
肩を押さえるバグア兵。そこへ遅れて響く銃声――それが他の傭兵達への攻撃合図となった。
「行けっ!」
バグア達の側面を強襲する形で、ジーザリオが滑り込んでくる。
ラリーの言葉を受け、次々と飛び出す傭兵達。
「ほらほら、注意しないと電磁波で焼きますよー」
歩行サボテン型キメラに対峙する緑川。
手に握られた超機械「ライジング」は、電磁波をサボテンの周囲に展開。サボテンに棘を飛ばす暇を与えず、サボテンに対して確実にダメージを与えていく。
「バグア兵は後回し、でしたね。一気に殲滅した方が楽なんでしょうが‥‥」
月隠 朔夜(
gc7397)は、龍蛇を片手にサンドワームと肉薄。
サンドワームの口から吐き出された炎をステップで躱しながら、蛇の様なデザインを施された槍をサンドワームの外皮へ振り下ろす。比較的外皮の柔らかいサンドワームの肌を刃が切り裂き、体液を周囲へ撒き散らす。
「どうしました? 本気出さないと、殺しちゃいますよ?」
クスリ、と笑う朔夜。
だが、その後方をアサルトライフル片手にバグア兵が近づいてくる。
「危ないっ!」
立花は魔創の弓で弾頭矢を放つ。
次の瞬間、派手な爆発が発生。バグア兵のアサルトライフルを吹き飛ばす。
「感謝‥‥は、後回しにさせてもらいますわ」
「その方がいいでしょうね。敵の数だけ言えば、向こうの方が上ですから」
魔創の弓から黒耀へ持ち替える立花。
炎天下であまり戦闘を長引かせたくはない。殲滅する事だけが任務ではなく、敵を逃がすところまでが傭兵達に課せられた任務なのだから。
「行きますよっ!」
立花は迅雷で一気にサンドワームへ近づいた。
敵正面から近づく立花。サンドワームも炎を吐き出そうと首を持ち上げる。
「!」
放たれる炎。
しかし、焼かれるはずだった立花は、素早くサンドワームの側面へ移動。
黒耀の刃をサンドワームの体へ突き立てた。
痛みに悶えるサンドワーム。
「敵のキメラはそれ程強くはないようです。これなら5人で戦えば何とかなるでしょう。
問題は‥‥バグア兵の方ですか」
立花は戦場の中でバグア兵の姿を捜した。
バグア兵は他のキメラよりも確実に戦力は上だ。しかし、今回の任務はこのバグア兵を最低一人は逃がさないといけない。偵察部隊が敵拠点を発見できれば良いが、それが出来なかった時の保険としてバグア兵は重要になる。
「厄介な戦いになりそうですね」
立花は、砂埃の舞い上がる中で傷付いたバグア兵の姿を発見した。
「知らなかったみたいですね‥‥初めから貴方達に未来なんて無かったんですよ‥‥」
そう呟きながら、リズレットは手負いのバグア兵に照準を合わせる。
気温の高さや湿度を計算に入れたリズレット。
先程のように肩を狙う気は毛頭無い。
「‥‥さようなら」
何かを感じ取ったのか、バグア兵がリズレットの居る方角に顔を向けた。
次の瞬間、バグア兵の額に大きな風穴が開いた。
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「ん? あれは‥‥」
偵察部隊がジーザリオから降りて徒歩で周囲を警戒していた時、高坂の双眼鏡にある物が飛び込んできた。
最初は廃墟と思っていたが、崖下にひっそりと佇む様子は廃墟らしからぬ雰囲気がある。おまけに周囲には人影らしき物が見え隠れしている。その影が人間のものでない事は、大凡察しが付いている。
「見つけたぞ、奴らだ」
高坂の呟きに、他の傭兵達も反応。
バグア達が目指したと思われる場所へと視線を集める。
「ふえー、バグアがいっぱいだよ」
セロリの双眼鏡にも飛び込んでくるバグア兵の姿。視界に入るだけでも十数の兵が存在している。
「敵の目的地はアデンか」
「え、おでん? 何処にあるの?」
高坂の言葉に、セロリが超反応を示した。
「おでんじゃない、アデンだ。これで敵の目的地は判明したな」
高坂の言う通り、任務の一つは完了したようだ。
あとは追撃部隊と共に逃げるバグアを殲滅するだけだ。
「あんなのに襲われたら堪らないわね。早く、ジーザリオに戻りましょ」
フローラは、ジーザリオに向かって歩き出す。
バグアの拠点近くで敵に発見されれば、確実にバグア兵が押し寄せてくる。気付かれる前に退散できれば、下手なリスクを背負わずに済む。
だが、現実はそこまで甘くはない。
「‥‥いや、手遅れみたいだな」
荊信は、煙草を吐き捨てた。
既にバグア兵に発見されたらしく、慌ただしくバグア兵が動き始めている。
早々にジーザリオへ戻らなくては――。
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「‥‥あとは追撃、ですね。バグア兵が発見できればいいのですが‥‥」
烏龍茶を飲みながら、朔夜は走行するジーザリオに乗っていた。
戦力も少なくなり、バグア兵は逃走を開始。キメラ自体は弱かった為、時間を掛ける事で殲滅する事はできた。
だが、その時間が残されたバグア兵を見失わせた。
慌ててジーザリオを走らせるものの、現段階でバグア兵は発見できていない。
「おそらく、西へ向かっている事は間違いありませんわ。このまま進めば必ず発見できるはずです」
周囲を見回す緑川。
それ程遠くには行っていないはずだが、姿が見えないとなれば焦りは募るばかりだ。
「ところで‥‥偵察部隊から連絡は‥‥ありましたか?」
ミネラルウォーターを口にするリズレット。
先程から偵察部隊からの定時連絡が途絶えた事が気がかりとなっていた。
「ありません。何かあったのかも、しれません」
同じ事を立花も危惧していた。
もしかすると増援に遭遇している可能性もある。危機的状況に陥っているとすれば、偵察部隊のメンバーを助けない訳にはいかない。
「‥‥どのみち、前に進むしかねぇって事だ。
飛ばすぞ!」
ラリーはアクセルを思い切り踏み込んだ。
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「怯えろ! 怯め!
一歩たりとて動けると思うなっ!」
荊信の制圧射撃がバグア兵をその場へ釘付けにする。
拳銃「ブリッツェン」から放たれる弾丸は、増援として迫るバグア兵を押し戻す事に十分な威力を発揮している。
もうすぐジーザリオまでたどり着けるのだが、あと数メートルという地点でバグア兵の一団に追いつかれてしまったのだ。
「狙撃手として何処までやれるのか‥‥試すのも一興か」
荊信の後方で、素早くスナイパーライフルD-713を構える高坂。
本来であればもっと遠距離から敵を狙う予定であったが、敵が迫っている以上は抵抗しなければならない。
荊信の制圧射撃をステップで躱すバグア兵に対して、着地地点を先読み。回避が難しいタイミングを計りながら照準を合わせる。
「ここだ」
スナイパーライフルから放たれた弾丸は、バグア兵の腹部へ突き刺さる。
突然の痛みに地面へ転がるバグア兵。絶命させる事はできなかったが、無効化させるには十分だった。
「ナイス!
‥‥と言いたいところだけど、まだまだバグア兵は居るよ!」
エネルギーガンで牽制するフローラ。
フローラの指摘するように、既に眼前には5体のバグア兵が居る。
1体倒しても、残りの4体はアサルトライフルを構えて近づいてくる。このまま時間が経てば、他のバグア兵もやって来る事は容易に想像が付く。
「あ、後ろからも来るよ!」
セロリが、後方からバグア兵が一体走り寄ってくる。
その後方にはジーザリオの姿もある。どうやら、追撃部隊がバグア兵を発見して追いかけてきたようだ。
「こちらの増援が先か。だが、その前に後方のバグア兵を片付ける必要があるな」
「まっっかせなさーい!」
菫を片手にセロリは、瞬天速で一気にバグア兵まで近づく。
セロリの接近に近づいたバグア兵は、アサルトライフルの銃口を前方へ構える。
しかし、菫の刃の方が僅かに早い。
「一刀両断です‥‥ちぇすとー!」
振り下ろされた刃は、右肩から左腰に掛けて大きな傷を生み出す。
体液が派手に噴き出し、バグア兵は派手に転倒する。
しかし、まだ死に絶えた訳ではなく、バグア兵は転がりながらもアサルトライフルを握り締めてセロリへと差し向ける。
「あ‥‥」
まずい。
その言葉がセロリの脳裏に浮かんだ次の瞬間、バグア兵の頭部に大きな穴が開く。
「‥‥塵芥に還りなさい‥‥」
セロリが振り返ると、遙か後方で追撃部隊のリズレットがアンチマテリアルライフルを構えていた。
ジーザリオで向かっていては間に合わないと察したリズレットが、狙撃で支援してくれたようだ。
「今だ! 全員ジーザリオへ走れ!」
荊信が制圧射撃を繰り出す最中、傭兵達はジーザリオへ向かって再び走り出す。
――その後。
追撃部隊からの支援を受けて、偵察部隊は辛うじて撤退に成功。
しかし、すべてが終わった訳ではない。
アデンで発見されたバグア基地は、依然として健在。
かの基地を放置する訳にはいかない。
アラビア半島からバグアを殲滅するまで、砂漠の戦いに終わりはない。