●リプレイ本文
「軍の仕事は体面の維持だけなのか‥‥?」
印旛沼へ向かう車両の中、神楽 菖蒲(
gb8448)は呟いた。
印旛沼にあった町がバグアに襲撃された一報を受けても、UPC軍はバグアの拠点となった成田空港襲撃作戦を進めていた。
菖蒲からすれば、救うべき人間を見捨てて何が正義なのか。
地図の色を変える事が『勝利』なのか。
そのような想いを込めた一言である。
「本部の事は気にするな。
俺達だけでも、救援に向かっている。今はそれで十分だ」
ブラウ・バーフィールド(gz0376) 軍曹は、車両を運転しながら答えた。
元警視庁警備部第四機動隊の松田速雄と共に印旛沼へと救援に向かっているが、本部の許可は取っていない。おそらく、何らかの処罰が下る可能性は高い。
――だが。
菖蒲の言う通り、窮地に陥った人々を助けずに誰が彼らを助けるというのだろうか‥‥。 その想いが軍曹が命令違反を犯させた理由でもある。
「君達の決定は、あたしにとって当たり前の事よ。傭兵だからじゃない、それがあたしの正義だからね」
狐月 銀子(
gb2552)は、軍曹と松田の行動に賛同していた。
軍人としては間違っているのかもしれない。
しかし、軍人の前に『人間』だ。
この状況において、人間ならば何が正しい道なのか。
一般市民を護るために軍人になったのではないのか。
本部の連中は、今一度己の言動を振り返って欲しいところだ。
「戦略的に見ても、優先順位は印旛沼だろうな」
腕を組みながら緑川安則(
ga4773)は、自らの意見を述べる。
成田空港の防衛を考えた場合、印旛沼の拠点を放置する事は危険過ぎる。
UPC軍が成田空港を襲撃している際に後方攪乱を起こされる可能性がある。。
さらに、輸送部隊がゲリラ戦で潰されたら‥‥。
現実に起こりえる想定だ。
そういう意味では、印旛沼の戦いが戦術的・戦略的にも理に叶っていると、緑川は考えている。
「それぐらい、士官学校で習っているだろうが。階級章は飾りか」
緑川は吐き捨てるように言い放った。
「正論だな。
だが、軍隊という組織は、体面を気にする。
一度出した作戦を再考できない佐官も存在するのだ。‥‥愚かしい事だが、な」
軍曹は、少し寂しそうな表情を浮かべる。
軍という組織は常に意思統一されているとは限らない。
軍曹達を乗せた車両は、予定のポイントへ到達。
緑川ら傭兵達は、所定の場所へと移動を開始する。
救いを求める者達へ救いの手を差し伸べるために。
成田空港基地攻略の前哨戦が――今、始まろうとしていた。
●
「‥‥これは‥‥」
村へ足を踏み入れたリズレット・B・九道(
gc4816)は、眼前の光景に目を疑った。
情報よれば、町がバグアへ襲撃されているとの一報を受けていた。
たったそれだけの情報だが、現地では予想を超えた惨状が広がっている。
「‥‥あれは、人?」
トゥリム(
gc6022)の視線には一本の木があった。
その木の枝から蓑虫のようにぶる下がる物。
それは逆さ吊りにされ、手足を失った死体。胴体には何カ所もの銃痕が刻まれ、流れ出た血は、乾き漆黒に死体を染め上げていた。
「バグアに捕まった人、ですね」
夜咲 紫電(
gc4339)は奥歯を噛み締めた。
単に町民を殺すのであれば、手にした武器で殺せばいい。
だが、バグアはそうしていない。
死体の破損状況から、殺すには不要な傷が多数存在している。
つまり、バグアが町民を嬲り殺した事を意味しているのだ。
恐怖と痛みで泣き叫ぶ町民を、端から見て悦にほくそ笑んでいるバグア。
想像するだけで、バグアへの怒りがわき出てくる。
「これ以上、犠牲者を‥‥出してはダメ‥‥」
今回の作戦で、傭兵達は二班に分かれている。
町の正面からバグアを襲撃する囮役の班。
もう一つは、正面から迂回して町民を救出後、囮役の班と共にバグアを挟撃する迂回班。
リズレット達は迂回班。
可能な限り、隠れた町民を保護しながら敵の殲滅に移らなければならない。
焦りを抑えながらリズレットは、『隠密潜行』と『探査の眼』を発動する。
「‥‥そう。生きている人は‥‥きっといる」
トゥリムは、頭を振って余計な思考を吹き飛ばした。
吊された死体以外にも見回せば、惨劇はそれだけではない。
壁際に寄りかかるように死んでいる複数の死体。
服を引き裂かれ、ほぼ全裸の状態で道端に放置された死体。
下手なホラー映画よりも激しく損傷している死体。
いずれも、生存者が絶望的と感じられる光景である。
それでも、生きている人間を信じて捜索する。任務だからではなく、希望を信じて捜索するのだ。
「これだけの事をして、生きてこの町から出られると思うな、バグア‥‥」
紫電は、風鳥の柄を強く握り締めた。
●
「接敵確認! 戦闘開始!」
囮班の緑川は、照明弾を上空に打ち上げた。
囮役としては、バグアの目を惹き付けなければ意味がない。
上空に照明弾を打ち上げる事で、周囲のバグアを呼び込もうというのだ。
「!?」
緑川の存在に気付いたバグア兵がアサルトライフルを構えた。
発射される銃弾。
しかし、銃弾は緑川の『獣の皮膚』によって弾かれる。
「甘い! その程度の攻撃なんぞ! 突撃仕様の重装甲が自慢なのでな!」
アサルトライフルの攻撃を受けながらも、緑川は『瞬速縮地』で前進。
眼前よりゆっくりと歩いてくるジェネレーションXへ肉薄する。
「グォォォ!」
右手の大剣が鈍い光を放ち、渾身の力を込めて振り下ろされる。
剣は緑川へ届かず、地面に炸裂。
地響きを引き起こすかのような一撃が、一瞬地震が起きたのかと錯覚させる。
「強烈な一撃だ。だが、攻撃が当たらなければ!」
『流し斬り』で側面へ回り込んだ緑川。
イアリスの刃がジェネレーションXの腹部へ突き立てられる。
「ガァァァァ!」
顔を覆った麻袋の奥から悲鳴を上げるジェネレーションX。
町の人間が育てていたと思われる畑で痛みに耐えるかように、激しく足踏み。
巨体が暴れる度に、畑の作物が荒らされていく。
「町民が育てたトマトを台無しに‥‥」
「吼えろっ、SilverFox!」
緑川の後方から銀子と菖蒲が現れる。
囮班は緑川が前衛で突撃、さらに銀子、菖蒲らが後方から支援するフォーメーションを取っていたようだ。
銀子はジェネレーションXとの間に遮蔽物がない事を確認。
『竜の翼』で一気に間合いを詰める。
右手の剣を寸で躱す銀子。
「菖蒲、頼んだよっ!」
銀子は『竜の咆哮』でジェネレーションXを弾き飛ばす。
弾き飛ばされる巨体。
その先には菖蒲が紅を片手に待ち構える。
「飛べ」
一歩踏み込んだ菖蒲は、ジェネレーションXを『天地撃』で斬り上げる。
紅はジェネレーションXの巨体を浮き上がらせ、一時的に地球の重力から解き放った。
だが、その時間は――ほんの僅か。
数秒後には、重力に従い地面へ向かって落下を開始する。
その無防備な状態を見逃す菖蒲ではない。
「お別れよ」
菖蒲は、拳銃「ラグエル」の銃弾をジェネレーションXへ叩き込む。
突き刺さる弾丸。
しかし、巨体のジェネレーションXを葬り去るには少々心許ない。
「‥‥‥‥」
菖蒲への支援射撃とばかりに、最後方から松田がガトリング砲でジェネレーションXを狙い撃つ。
ガトリング砲の攻撃が、ジェネレーションXの体に無数の風穴を作り上げていく。
地面へ落ちる頃には肉の塊となっていた。
「好き勝手やってくれた罰よ」
菖蒲は吐き捨てるように言った。
●
「あの‥‥君は?」
環入 衛人(
gb3415)は、目の前に立つ少女に問いかけた。
金髪を赤いリボンで留め、破れたスカートから白い足が露わになっている。
おそらく、少女の年齢は思春期なのだろうが、同年代の少女と比較して大きく異なるところがある。
一つは地面に倒れたジェネレーションX。
頭を粉砕されており、動く事はもうないだろう。
もう一つは――環入に拳銃「スキンファクシ」の銃口を向けている事だ。
「人に物を尋ねる前に、自分の身分を名乗ったら?」
少女は冷たく言い放つ。
環入は、初の戦闘任務という事で緊張が解けておらず、自分の身分を明かす事を忘れていた。
「‥‥あ、ああ。俺は環入衛人。この村へ救援に駆けつけた傭兵だ」
「救援?」
少女は首を傾げた。
まるで救援が現れる事はないと言わんばかりだ。
「衛人さんと言っている事は本当ですよ。
ですから、その物騒な物を降ろしてもらえないですかねぇ」
傍らから古河 甚五郎(
ga6412)が姿を現した。
「救援ねぇ。だったら、あなた達が火事場泥棒じゃないという証拠でもあるの?」
少女は古河の言葉も信用していないようだ。
ましてや救援を火事場泥棒ではないかと疑う辺り、二人への信用度は窺い知れる。
もっとも、自衛手段としては間違っていないのかもしれないが‥‥。
「その者達は、間違いなくこの町を救うために馳せ参じた戦士だ。それは俺が保証しよう」
アサルトライフルを片手に軍曹がやってきた。
新たな登場人物に、少女は顔を曇らせる。
少女からすれば、三人目の容疑者が現れたといったところか。
「あなたは?」
「俺はUPC軍のブラウ・バーフィールド軍曹だ。彼らは間違いなくこの町の危機を聞きつけて救援に乗り出した者達だ」
「UPC軍? それは嘘よ。やっぱりあなた達は火事場泥棒でしょう?
コスプレまでして、手の込んだやり方ね」
少女のスキンファクシを握る手に力が込められる。
「な、なんでそう思うんだい?」
銃を突きつけられている環入は、焦る心を落ち着かせながら問いかけた。
「この町は、見捨てられた町だからよ」
少女は冷めた表情で答えた。
見捨てられた、という言葉に負の感情が感じられる。
「この町は人間社会から見捨てられた連中が集まって出来た町。
その辺で死んでいる連中の大半は、犯罪者や借金で逃げ出した家族。犯罪組織で死んだ事にされている奴が居てもおかしくないわね。
あたしだって、戦いの日々が嫌で逃げ出した元傭兵よ。こんな所にUPC軍が来る訳ないわ。行くなら成田空港に居るバグアの方でしょう?」
「その通りだ」
軍曹は力強く答える。
「え?」
「本隊は現在成田空港攻略を進めている。だが、俺達はこの一報を聞いた段階でこの町への出発準備を開始した」
「じゃあ、あなたは命令違反を犯してこの町へ来たの?」
「そうなるな」
少女は軍曹の態度に対して呆気に取られる。
命令違反である事をあっさり認め、それでもこの町を助けたいという想いだけでここまで来たというのだ。
少女は暫しの沈黙の後――環入に向けていた銃口を下げた。
「よかった、信じてもらえたんだね。
でも、何だか初めてだらけの依頼だなぁ。
女の子に銃を向けられた事も初めてで、覚醒したのもさっきが初めてだったし‥‥」
「え? あなた、覚醒も初めてなの?」
少女は、息を飲んだ。
環入が戦闘そのもの以前に、能力者として覚醒した事もなかった事に驚いたようだ。
「はい。何か問題が?」
「‥‥まあ、誰にでも初めてはあるわ」
複雑な表情を浮かべる少女。
本当に傭兵として信用して良いのだろうか、という想いが表情から見て取れる。
「見たところ、能力者のようですねぇ。でしたら、ご助力いただけませんかね?」
古河は少女へ協力を願い出た。
ジェネレーションXを一人で倒したところを見れば、それなりに戦力として期待できるはずだ。
「嫌‥‥って言える状況じゃないのはあたしだって分かるわ。
でも、さっきので弾が無くなっちゃって‥‥」
「なら、これをどうぞ」
古河は貫通弾を手渡した。
「あら、気が利くじゃない。遠慮無く使わせてもらうわ」
「喜んでいただけて何よりですねぇ。
ところで‥‥一緒に戦うんですから、お名前を教えてもらえやしませんかね?」
敢えて低姿勢で少女に問いかける古河。
少女は一呼吸置いてから答える。
「‥‥アン。アン・ジェリクよ」
●
「よっと‥‥もう大丈夫。助けに来たよ?」
壊れかけた家屋に顔を出した紫電は、町民に笑顔で微笑み掛けた。
回る家屋は死体だらけだったが、時折恐怖で震えている町民を発見する事ができる。
その度に紫電は笑顔で町民を癒していた。
「これで二人‥‥生存者は想像以上に少ないようです」
リズレットは自らの傍らに居た少年に視線を落とした。
自分たちは最速でこの町に訪れたが、助けられた住民は二名のみ。
他はバグア達に殺されてしまったようだ。
自分自身が無力だからではないのだが、何処か心に空しさが残る。
「二人じゃない‥‥三人みたい」
「え?」
リズレットはトゥリムへ振り返った。
「軍曹達が生存者を一人見つけた。無線で連絡が入った」
「これで三人。
‥‥そろそろ、囮班の方を助けないとまずいですね」
住民捜索で時間を掛けていた迂回班だったが、囮班のみに敵を任せたままにする訳にもいかない。そろそろ合流して予定通り挟撃しなければならないだろう。
「でしたら、リゼの出番‥‥です」
リズレットは、手近の建物の屋根へ駆け上がる。
俯せとなり、アンチマテリアルライフルG−141を構える。
ちょうどこの位置から囮班の戦闘状態を窺い知る事ができる。
(殺された人達の恨み‥‥受けてもらいます)
リゼットは照準を手負いのバグア兵から少し離れた壁へ合わせる。
『跳弾』を狙ってバグア兵を狙撃を狙っているようだ。
脳裏に次の展開を思い浮かべながら、ゆっくりと息を吐き出す。
肺の中の酸素を吐き出しながら、次第に指へ力を込めていく。
そして――。
●
バグア兵と交戦を続ける囮班。
アサルトライフルの銃撃を躱しながら、囮班は前進を続けていた。
「厄介ね、あいつ‥‥」
銀子は舌打ちをした。
バグア兵は、ジェネレーションXと違って的確にアサルトライフルで牽制射撃を仕掛けてくる。
このため、眼前の敵へ集中できない事に苛立ちを感じていた。
「遮蔽物が少なければ一気に間合いを詰めて‥‥」
銀子がそう言い掛けた瞬間、バグア兵後方の壁が崩壊。
そして、手負いのバグア兵が後ろへ投げ出されるように倒れた。
囮班の傭兵が倒れたバグアへ攻撃を仕掛けた様子も無ければ、同士討ちされた気配もない。
「なに?」
銀子は、何が起こったのか分からず周囲を見回した。
次の瞬間、無線機が鳴り響く。
「まだご無事のようですねぇ」
「古河君!」
無線機の相手は古河だった。
「リズレットさんの狙撃、成功しましたねぇ。
それより、生存者の確保が終わりましたのでそちらへ合流します。軍曹が予想外のお客さんを連れてきましたがね」
「了解!
‥‥みんな、迂回班が合流するわ。一気に突撃しましょう」
銀子が他の傭兵達へ呼びかける。
迂回班が後方から現れれば、敵の布陣を突き崩せる。
「これで‥‥一気にケリをつける」
菖蒲は銀子に呼応して、歩みを前へと進め始める。
●
――その後。
傭兵達の突撃でバグア側は全滅。
バグアの前線基地建設も頓挫させた。
成田空港へUPC軍が進軍を開始する以上、新たに前線基地を建設するのは難しいだろう。既存の前線基地を攻略していけば、成田空港は目の前である。
「これからどうするつもりだ?」
軍曹は、荷物を抱えたアンを見据えた。
戦いが終わって町を失ったアン。この場へ留まる理由はない。
この町から離れて隠遁生活でも送ろうというのだろう。
「さぁ? 戦いから逃げた傭兵なんて引き取り手はないでしょう。流れに身を任せてみるわ」
アンが戦いから逃げ出した理由は分からない。
だが、バグアがこの町を襲撃したせいで、アンの居場所が失われた事だけは事実である。
「行く所ないなら‥‥僕達と一緒に来ればいい」
トゥリムは、少女に優しく声をかけた。
トゥリムはアンが自分と同じような境遇ではないか、と感じ取っていた。
だったら、助けてあげたい。
何かできる事をしたい。
その想いが、トゥリムの口から漏れだしたようだ。
「一緒に‥‥か。
ねぇ、軍曹さん。今回の命令違反は軍隊としてまずいんでしょう?
その命令違反した結果、逃げ出した傭兵なんか連れていたら立場はもっと悪くなるんじゃない?」
アンは、鋭く指摘した。
軍曹の命令違反は、成田空港攻略を前にして一時保留となっている。
おそらく、作戦が終了した後で何らかの処分を下すつもりなのだろう。
これ以上、立場が悪くなるような要素を抱え込むべきではない、とアンが言うのも当然だろう。
――だが。
軍曹は命令違反の件をまったく気にしていない。
「命令違反はいつもの事だ。伊達に長年軍曹じゃない。
お前が居場所を望むなら共に来るがいい。今回の戦いを通した後で、傭兵復帰を考えてみるが良い。
‥‥もっとも。
共に来るならば、その分働いて貰う事になるがな」
軽く笑みを浮かべる軍曹。
普段は怒りばかり見せているが、この時は表情に優しさが感じられる。
それに対してアンも釣られて笑みがこぼれる。
「‥‥後悔しても遅いわよ。
悪いけど、返品は効かないから。そのつもりで、ね」