●リプレイ本文
「これだけの長距離偵察は久し振りだな」
白鐘剣一郎(
ga0184)は、流星皇の操縦席で大空を駆ける。
極東アジアにおけるバグアとUPCの勢力図は、一年で大きく様変わりしていた。
北京解放から始まる快進撃は、留まる所を知らない。
しかし、極東アジアすべてが人類へ取り戻された訳ではない。
「今日は偵察と言うことで‥‥あまり積んでこなかったのですよね‥‥」
白鐘と共にミサイルキャリアで偵察を続けるのは、BEATRICE(
gc6758)。
BEATRICEの言う通り、今回の任務は『偵察』。
中国北部の一部には、バグア支配地域と競合地域の二つが存在していた。
西寧市から北上、少数民族が住む山岳地帯が存在する青海省。
もう一つは天水市から酒泉市を経由して敦煌へ抜ける甘粛省。
傭兵達は戦力を二分してそれぞれのコースで偵察を行う手筈となっている。
BEATRICE達は甘粛省のコースを選択。目的地へ向かって偵察を続けている。
「何かあるよね〜、楽しみだね〜」
偵察を続けるオロチ改の中で、ドクター・ウェスト(
ga0241)は少々浮かれていた。
新たな破壊目標を見つけるという望みを前に心を躍らせているのだ。
操縦席で独特な笑い声を上げるウェストであったが、水空両用撮影演算システムを使った周囲の警戒は怠っていない。
「何かある、か。
確かな情報もなく、これ以上の作戦を遂行するなんて正気の沙汰じゃないからな。
何としても成功させねぇといけないな」
Anbar(
ga9009)は、ハナシュの強化特殊電子波長装置γを起動させて敵の接近について警戒していた。
敵が出現する方向を探れば、敵基地の存在が濃厚という証。その周辺を偵察する事で効率よく偵察を行う事を考えているようだ。
「‥‥ん? 何か来る」
早速、ハナシュの強化特殊電子波長装置γが接近する影を捉える。
ヘルメットワームらしき存在が、編隊を組んで進行方向から迫っているようだ。
「けっひゃっひゃっ、来た来た〜! やはり何かあるね〜!」
ウェストは歓喜の声を上げる。
おそらく、敵は偵察部隊だろう。
だが、進行方向から敵が現れたという事はこの先に何らかの拠点があるかもしれない。その事がウェストの心に火を灯す。
興奮状態のウェストは、ヘルメットワームにスナイパーライフルの照準を合わせようとする。
「待て。ここは少し高度を上げてやり過ごそう」
ウェストの攻撃を白鐘が止めた。
白鐘曰く、今回の任務はあくまでも偵察。可能な限り偵察を行い敵拠点の存在を調べる事に加えて、それらの情報をUPC軍基地まで持ち枯れる事が重要だ。
練力消費を抑える意味でも、回避できる戦闘は回避した方がいい。
「同感だな。
偵察はまだ始まったばかりだ。敵の増援を呼ばれて偵察ができねぇんじゃ意味がない」 Anbarは、白鐘の考えに同調する。
自分たちが持ち替える情報が、UPC軍の次なる作戦へ繋がる。
今、収集している情報は人類の明日に繋がる希望でもあるのだ。
「仕方ないね〜、敵も運が良かったね〜」
ウェストは、あっさり折れてオロチ改の高度を上げ始めた。
ウェストとしても、この先にあるであろう敵拠点を撮影するまでは帰投したくない。目の前の戦闘よりも、後に控える大きな戦闘である。
「了解です。こちらも行動を上げます」
他の傭兵達に合わせてミサイルキャリアの高度を上げるBEATRICE。
機体は雲の中へと突入、眼前には純白の世界が広がる。
同時に、BEATRICEはミサイルキャリアの操縦席で独白の一時を迎える。
(航空偵察機として運用される事もある、という機体ですが‥‥機体の能力を私が生かせるのかというのが問題ですよね‥‥)
BEATRICEは、自分自身に問いかけた。
この偵察で、ミサイルキャリアの能力を何処まで引き出す事ができるか。
自問自答を繰り返すBEATRICE。
眼前には何も変わらぬ、純白の世界が広がっている。
●
一方。
青海省の傭兵達は、西寧市へ差し掛かろうとしていた。
「キメラの一団は撃退できたようです」
アルヴァイム(
ga5051)は、【字】のレーダーから敵影らしきものが消えた事を確認していた。
甘粛省を飛行するメンバー同様、無用な戦闘は避けたい傭兵達。
敵影確認後、高度を上げて振り切ろうとしたものの、人間サイズのコウモリ型キメラが追撃。数はそれ程多くなかった事から、傭兵達の力で撃退したという訳だ。
「敵が出てこんかったら、遊覧飛行なんやけどな」
佐賀 剛鉄(
gb6897)は、冗談交じりに言った。
だが、雲より上を飛行する剛鉄達にとって、太陽の光は地上よりもずっと近い。
日向特有の優しい暖かさが剛鉄の体を包み込む。
『遊覧飛行』であれば、もっとゆっくり飛行していたいところなのだが‥‥。
「やっぱり戦闘を全部避けるのは流石に無理でしょうね。仕掛けるタイミングを間違えないようにしないと‥‥」
先の戦闘を振り返りながら、フローラ・シュトリエ(
gb6204)は周囲を警戒する。
戦闘は避けたいところだが、すべてを回避する事は不可能。ならば、早々に戦闘を切り上げてその場を離脱。増援が到着する頃には、既にその場を立ち去っているという寸法だ。
このため、フローラはコウモリ型キメラに対してプラズマライフルを撃ちながら切り込み、エナジーウィングで敵を蹴散らしていた。
「偵察をちゃんと成功すれば、後の人達の行動が楽になるからがんばるの」
カグヤ(
gc4333)は、水空両用撮影演算システム改で西寧市の街並みをチェックを続けていた。
現地の集落や基地等、空から見えるものを注意して記録していく。
集めた情報の何が役に立つのか。
今の状況では、はっきりと分からない。
しかし、この情報は決して無駄にはならない。もし、敵の拠点が存在しなくとも、『存在しない』という情報は存在する。拠点がない分、UPC軍の不安は一つ解消される事になる。
「偵察は順調、といったところでしょうか」
アルヴァイムは、ぽつりと呟いた。
これより先、UPC軍にも明確な情報は存在していない。
仲間達が無事に生還できるか否かは、瞬時の判断が大きく影響する。
(このルート、進路の先で待つのは‥‥)
アルヴァイムの肩に、重圧がのし掛かる。
●
「けっひゃっひゃっ、落ちろ落ちろ〜!」
ウェストの放つレーザーカノンが、コウモリ型キメラを地面へたたき落とす。
天水市を経由して酒泉市へと向かう傭兵達の前に、飛行キメラの一団が登場。回避する事も難しく、強制的に戦闘へと突入していた。
だが、次々と現れるキメラ達の増援に、傭兵達も手を焼いている状況だ。
「やはり、もう少し積んでくれば良かったようですね」
真スラスターライフルで巨大なハゲタカ型キメラを牽制しながら、BEATRICEは後悔していた。
酒泉市へと近づいてはいるのだが、飛行キメラの増援は増しているように思える。いつもならばミサイルで蹴散らしてやるのだが、偵察任務だったために残弾はそれ程多くない。
この先に何が待っているのか不明な以上、ミサイルの使用タイミングは重要である。
「さらに敵影だ! 黙って通してはくれないか」
ハナシュのレーダーを前にして、Anbarは舌打ちする。
このまま戦闘を続けていれば、練力切れも現実を帯びてくる。
そうなる前に帰投する事になるが、偵察としては成功と言える結果ではないだろう。
「諦めるな」
白鐘は無線を通じて、仲間達へと呼びかける。
酒泉市へと近づけば近づく程、キメラが増していく。
つまり、この先に何かある事は間違いない。
本命は青海省の山岳地帯だと見ていたが、甘粛省の方が『当たり』だったかもしれない。
「けっひゃっひゃっ、感じますね〜。新たな目標の気配が、伝わってきますね〜」
ウェストも、戦闘の中で『隠された何か』を感じ取っていた。
敵が増える度に、期待も上がる。
砂の中にある宝石は、もうすぐその姿を現すに違いない。
ウェストは逸る気持ちを抑えながら、オロチ改を前進させる。
「機体性能、引き出してみせます」
BEATRICEは、前面の敵へ意識を集中し始めた。
●
「予定ポイント、到達ですの」
カグヤは、青海省の偵察において目的としていたポイントに到達した事を告げた。
この予定ポイントにおしゃかなさんが到達した時点で、青海省の偵察はほぼ完了した事を意味している。
「敵が施設を作るとしたら、どの辺りになるかと思ったけど‥‥特に何もなかったな」
剛鉄も安堵のため息を漏らす。
途中、飛行キメラやヘルメットワームなどの襲撃を受けたものの、損害は軽微。
だが、これは付近に敵の拠点と呼べるものが存在していなかった事を意味している。戦闘を可能な限り回避してきたとはいえ、もし基地が存在していたとすれば敵の襲来はこの程度では済まないはずだ。
「あっちは大丈夫かしらね‥‥」
フローラは、無意識のうちに甘粛省の方角へ視線を送る。
今のところ、甘粛省の傭兵達から連絡はない。
無事であれば特に心配はないのだが、フローラの心に一抹の不安が過ぎる。
「定時連絡の時刻は過ぎています。何かあったと考えるのが自然でしょう」
アルヴァイムは、そう言いながら脳裏で思案する。
青海省のルートで消費した練力に加えて今から甘粛省方面へ向かうのであれば、予定以上に練力を消費する事になる。助けに向かって練力切れを起こすようであれば、一度基地へ戻らなければならないが‥‥。
「最短ルートで甘粛省方面へ向かいましょう。
練力切れを感じたら、必ず他の方へ声を掛けて下さい」
アルヴァイムは、断を下した。
戦闘を極力抑えて甘粛省へ向かった傭兵と共に戦線を離脱するだけならば、練力切れは起こさないはずだ。
甘粛省へ向かった傭兵達の身を、アルヴァイムは案じていた。
●
「前方っ、何かあるぞ!」
Anbarは、飛行キメラとヘルメットワームの影に怪しい建築物を発見した。
赤みがかった半円状の物体が、地面に聳え立っている。表面に模様らしき曲線が描かれているが、周囲の光景と比較して明らかに異様さが際立っている。
「けっひゃっひゃっ、あったね〜!」
コウモリ型キメラをガトリング砲で肉塊へ変えながら、ウェストは再び歓喜の声を上げた。
ウェストの期待に応えるように、バグアの基地が存在していたのだ。それも少々規模は小さいが、太源と同様にバグアドームと呼ばれるものだ。ドーム付近には前線基地らしき設備も存在しており、新たな攻撃目標として申し分ない。
「敵拠点を発見したのであれば‥‥いきますっ!」
BEATRICEは、退路を塞ぎつつあったヘルメットワームに対して、K−02小型ホーミングミサイルを発射した。
勢い良く飛び出したミサイルは、ヘルメットワームへ突き刺さる。
飛行キメラを巻き添えにしながら墜落。一時的に脱出路がこじ開けられる。
「皆さん、脱出するなら今です」
「そうだな。成果を持ち帰る事が重要だからな」
白鐘もBEATRICEに同調する。
しかし、白鐘はさらに言葉を続ける。
「後ろは振り返らず全速で飛べ。ここは、俺が引き受ける!」
白鐘は、たった一人で殿を申し出たのだ。
新手が登場する恐れを考えれば、殿はあまりにも危険過ぎる。
「おい、待てよ」
Anbarは、語気を強める。
一人で殿を勤めようとする白鐘に、Anbarは率直な気持ちをぶつける。
「俺達に課せられた任務は味方の為に必要な情報を持ち帰る事にある。
それは認める。だがな、任務遂行の為に仲間の安全より偵察機である俺の帰還を優先させる事は、勘弁してくれよ」
Anbarは任務達成の為に、他の傭兵を犠牲にする事は望まない。
帰還するなら、すべての傭兵がUPC軍へ帰還する。それこそが、本当の依頼達成なのである。
「しかし‥‥」
白鐘は言葉を濁す。
Anbarの言いたい事は分かる。
白鐘だって出来るならそうしたい。
だが、多少のリスクを負わなければ、現戦力だけで切り抜けるのは難しい。
白鐘は必死で策を思い巡らす。
――その時。
突如、傭兵達の付近に居たヘルメットワームが爆発。
空中で黒い煙を上げながら、地面に向かって墜落していく。
「な、何が‥‥」
BEATRICEは、爆発の原因を調べるべく周囲を調べる。
そこには、エナジーウィングを広げたSchneeの姿があった。
「みんな、おまたせっ!」
フローラは、元気よく挨拶した。
甘粛省ルートを飛行していた傭兵達が合流する事ができたようだ。
「来てくれたのか」
白鐘は味方の登場に、希望を見いだした。
この兵力であれば、全機帰還する事も不可能ではないからだ。
「今日はあんまり付き合えへんで。礼はあとでたっぷりとさせてもらうわ」
剛鉄の岩梟は、84mm8連装ロケット弾ランチャーを退路と定めた場所へ放った。
BEATRICEが開けた退路を更に大きく押し広げる。
「撤退するなら、今ですの」
カグヤは後方に注意しながら、仲間へと呼びかける。
それに応じて、傭兵達は転進。
一路、重慶のUPC軍基地へ向かって駆け出した。
小さくなっていく、バグアドーム。
次にあのドームを目撃する時は、攻撃する時となるだろう。
「再会を楽しみにしています」
アルヴァイムは、振り返りながらバグアドームへ別れを告げた。
●
傭兵達の偵察結果は、UPC軍でも騒ぎとなった。
中国国内に存在した新たなるバグアドームの存在。
未だ存在理由は明確となっていないが、UPC軍もこれらを放置しておく訳にはいかない。
まずはバグアドーム近くの前線基地攻略に乗り出すようだ。
早急な攻略部隊編成に着手も進んでいる。
一方、酒泉市――。
「偵察部隊、ですか」
上水流(gz0418)は、郭源に背後から声を掛ける。
郭源は上水流に視線を合わせる事無く、椅子へ座ったままだ。
「何をしにいらっしゃったのですか?」
「これは手厳しい挨拶。この基地が発見されたと聞いて、慌てて駆けつけたのですが‥‥」
「不要です。あなたの手は借りません」
上水流の言葉を遮る郭源。
郭源は、中東で支援に来たドレアドル(gz0391)を『客人』扱いして戦わさなかった事を気に掛けていた。軍人として救援に来たのに、軍人として戦う事もできない。ドレアドルとしては屈辱だったであろう。
「いけない子。意地を張るべき場所を間違っていますよ。
やれるなら‥‥やってご覧なさい」
上水流は、踵を返す。
あくまでも郭源に指揮を執られるつもりなのだろう。
だが、当の郭源は最後まで上水流に視線を合わせようとはしない。
「負けませんよ。あなたにも――人類にも」