●リプレイ本文
一面広がる砂だけの世界。
果てしなく続くかのような砂の海に、一台のジーザリオが砂煙を上げながら走っていく。
これから始まる戦闘を伝える男を乗せて。
「また始まるんだな、傭兵達の戦いが‥‥」
広州軍区司令部宣伝部隊所属のクレイトンは、強い日差しを手で防ぎながら砂の大地へ降り立った。
UPC軍が仕掛けたバグアのアデン基地攻略。
本隊の取材を行う事はできなかったが、敵増援の阻止を任された部隊へ随行する事ができた。
「おい、俺より前に出るなよ。死にたくないなら‥‥戦いを記事にしたいなら、な」
神撫(
gb0167)はクレイトンに強く釘を刺した。
聞けば、クレイトンは興奮のあまり戦闘中の戦場へジーザリオを走らせて護衛を困らせた事がある。本人は良い記事を書くために傭兵の活躍を間近で見たかったらしいが、護衛する側からすれば護衛しにくい事この上ない。
「すまない。君の言う通りだ。
死んでしまっては記事を書くことはできない。肝に銘じておこう」
前回の失態を思い返し、素直に詫びるクレイトン。
しかし、神撫が心配する相手は他にも存在していた。
「リゼ姉様、神撫さん。そちらもご武運を!
――行ってきます!」
リゼット・ランドルフ(
ga5171)と神撫へ元気いっぱいに呼びかけたのは、セツナ・オオトリ(
gb9539)。
セツナは神撫にとって友人の弟。大切な預かり物ではあるが、今回の依頼では敵の侵攻ルートを正面から塞ぐ盾となる役目だ。
危険も伴う重要な仕事。
だが、そうした任務へ自ら進んで手を挙げたところ見れば、少しは逞しくなっているのかもしれない。
「今回は近くでフォローできなくて心配ですが‥‥」
リゼットも同じ想いでセツナを見ていたようだ。
その心配そうな声が、長谷川京一(
gb5804)の耳に入る。
「心配すんな。傭兵やってりゃ、こういう事もあるさ」
長谷川は井上真改で所定の位置へと向かう最中だった。
「そうなのでしょうか‥‥?」
リゼットは小首を傾げた。
「ああ。誰かに護られているだけじゃ、進歩はねぇ。自分から行くって行っているんだ。だったら、見守ってやる事も必要だ」
傭兵である以上、このような場面は幾らでもある。
その都度、仲間に護られていては傭兵として先がない。
傭兵として成長する事も、傭兵にとっては大切な事だ。
「まあ、あんたがそんなに心配するなら、俺があいつを気に掛けておいてやる。
だから、あんたはあんたのやるべき事に集中するんだ」
それだけ言い残すと、長谷川も所定の位置へと井上真改を急がせた。
「長谷川さんも助けてくれるそうですから、大丈夫ですね」
Edainの操縦席で小さく微笑むリゼット。
しかし、神撫の心配そうな表情は変わらない。
「いや‥‥俺はお前も心配なんだが。あまり無茶するなよ」
リゼットにそう言った神撫だったが、人の言う事を素直に聞くような相手じゃない。
神撫の心労は増すばかりであった。
●
「このアラビア半島にいつまでもバグアをのさばらせておくのは業腹だしな。
招かれざる客人には、早々に帰ってもらう事にしようぜ」
Anbar(
ga9009)は、手の中にあった操縦桿を強く握り締める。
数ヶ月前より始まったアラビア半島での戦いも、一旦はクウト攻略で集結を迎えていた。しかし、バグア残党がこの愛すべき半島を闊歩し、暗躍しているという。
その事実をAnbarは許す事ができない。
「こちら側面部隊、準備はOK。そっちは大丈夫だろうな?
こっちは暴走記者や飲んだくれの傭兵も抱えて大変だ」
レベッカ・マーエン(
gb4204)が通信を入れてきた。
今回の作戦は、正面部隊がバグア増援の侵攻ルートを塞ぎながら攻撃。攪乱させている隙に側面から強襲をかけて殲滅するという作戦である。
つまり、正面部隊がこの作戦において重要な鍵となっている。
「こっちも準備OKっ! 何とか敵到着までに間に合ったよ!」
明神坂 アリス(
gc6119)の虎斑木菟も所定の位置へとついた。
敵の正面に回るには、少々急ぐ必要があった。だが、バグアをアデンへ到達させてしまっては、アデンで戦う仲間を苦しめる事になる。
現在もアデンで戦う友人を思い浮かべながら、アリスは戦闘態勢に入る。
「そっちの飲んだくれさんにも、働くように言っておいて」
「おいっ! 誰が飲んだくれだ、誰が!」
側面部隊として待機していたラリー・デントン(gz0383)が、怒鳴り声を上げる。
「えー、ラリーの事でしょ? 作戦会議前から飲んじゃったと聞いているよ」
「そりゃー、お前‥‥あれだよ。元気の出るスポーツドリンクみたいなもんだよ」
苦しい言い訳のラリー。
今回はUPC軍艦隊の坂本勘兵衛が祝杯を用意してくれているらしい。
それがラリーのやる気に繋がっている事は、傭兵の誰もが知っている事実だ。
「わかった。今回はそういう事にしておいてやる」
呆れ顔のレベッカが、ため息交じりにそう言い放った。
「おい! いきなり上から目線か? 大体なぁ‥‥」
「みんな、敵が来た! 正面のみんな、頼むよ!」
ラリーの声を遮って、フローラ・シュトリエ(
gb6204)が傭兵達を引き締める。
既に敵は肉眼でも捕らえられる位置におり、タートルワームの巨体がアデンに向かって前進し続けている。
「ぞろぞろと引き連れてきたもんだ。それじゃあ三段鉄砲と参りましょうか!」
正面部隊の長谷川は、同じシコンであるAnbar、セツナへ声をかける。
敵の侵攻ルートを塞ぐ三機のシコン。
井上真改、ルムア、鳳雛。
ストライク・アクセラレータと超伝導アクチュエータを発動、高出力レーザー砲「種子島」の発射準備は完了している。
「こちらは発射準備完了だ。奴らに一撃を叩き込み、早々に戦いを終わらせるぞ」
ルムアの照準は、眼前に迫るキメラの群れを捉えていた。
ゴーレムやタートルワームの間を徘徊するサイのようなキメラだが、この道を通るバグアは一体たりとも通さない。
強い決意で、Anbarは戦い臨んでいた。
「タイミング、合わせます」
セツナは敵と鳳雛の距離に注視する。
ここで打ち損じるような事があれば、作戦そのものに影響を与える。
何より、アデンで戦う傭兵に迷惑が掛かる。
ここで――失敗は許されない。
リゼットに心配されているようだが、男として退けない時もあるのだ。
「‥‥3、2、1‥‥ファイア!」
セツナの呼びかけと共に、三機のシコンから種子島が放たれた。
一直線に伸びる光線が、進路上のバグアを殲滅。
キメラの肉塊をばら撒きながら、光線は止まる気配すらない。
直撃を受けるゴーレムは爆発、巨体であるタートルワームが避けられるはずもない。
「カメラさん、カッコいいとこ撮ってよねっ! んじゃ、集束装置、行っくよ−!」
アリスの虎斑木菟が強化型ジャミング集束装置を発動。
種子島を撃ち放った後のシコンを中心に機動性を上昇させる。
「そら、もう一つ受け取れ!」
井上真改は駄目押しとばかりに、H−112グレネードランチャー を撃ち込んだ。
着弾地点で発生する大きな爆発音。
この爆発音を切っ掛けに、側面部隊も――動き始める。
●
「出番ね! 行きますよー」
リゼットのEdainがGPSh−30mm重機関砲を放ちながら、強襲を掛ける。
種子島の攻撃により、バグア増援は一時的に進軍をストップ。待ち伏せを受けた形となったバグアの一団は混乱の渦へ巻き込まれる。
その群れに向けてリゼットの重機関砲が火を噴いた。
砂と同時にキメラを穿ち、無残な屍が地面を埋め尽くす。
「私も行くよ! 一気に決めてやるんだから!」
フローラのSchneeがEBシステムを発動。RA.2.7in.プラズマライフルを連射しながら、バグアとの間合いを詰めていく。
「!」
フローラの存在に気付いたゴーレムが強化サーベルを片手に斬りかかる。
プラズマライフルの攻撃は、的確にキメラやタートルワームへ突き刺さる。バグアとしては、これ以上被害を抑えなければならない。
「このぉ!」
強化サーベルをフローラは練機刀「白桜舞」で受け止める。
白く輝く刀身が強化サーベルの刃と激しくぶつかり合う。
「フローラさん!」
フローラの鍔迫り合いに気付いたリゼット。
重機関砲でゴーレムの脚部を狙う。
弾丸はゴーレムを膝裏を破壊、ゴーレムのバランスが一気に崩れる。
「今だっ!」
ゴーレムの力が抜けた事を感じ取ったフローラ。
Schneeの腕を捻りながら、白桜舞を下から切り上げる。
強化サーベルは、ゴーレムの腕ごと上空へと吹き飛ばした。
無防備となるゴーレム。
その背後に向かってEdainが迫ってくる。
「時間がありません。これで消えてくださいね」
双機槍「センチネル」が、ゴーレムの体を背後から貫いた。
胸部から伸びるように姿を現すセンチネル。
ゴーレムは力を失い、その場へと倒れ込んだ。
「助かっちゃったよ。ありがとう」
「ふふ、どうも。
でも、まだまだ敵は残っていますねぇ」
リゼットの視界には、タートルワームやゴーレムの姿が残っている。
これらを片付けなければ作戦終了とは言えない。
「よぉ〜し、もう一頑張りさせてもらっちゃおうかな!」
フローラは、白桜舞を握るSchneeを走らせ始めた。
●
「あー、やっぱり突撃したか。まあ、予想通りの展開だな」
神撫は、突撃を仕掛けたフローラとリゼットを見つめていた。
側面から攻撃を仕掛けるこの状況、リゼットが黙っていても前に進んでいく事は火を見るよりも明らか。
そのため、神撫はリゼットの突撃を計算した上での攻撃を準備していた。
「目標確認。これより薙ぎ払う」
神撫のマリアンデールは、ファルコンスナイプ改と掃射モードを発動。
バグアの群れの中衛から後衛に目掛けて5.6高分子レーザーで砲撃を開始した。前面をリゼット達が叩いているのであれば、神撫は固定砲台となって中衛から後衛の敵を遠距離から攻撃しようというのだ。
神撫の行動は、バグア側に更なる混乱を引き起こす事に成功している。現に、神撫の攻撃を避けようとしたゴーレム同士が衝突。敵の連携が乱れている証拠だ。
――グォォォ!
唸り声を上げたタートルワームが、神撫の存在に気付いたようだ。
ゆっくりとした速度ではあるが、射程距離に神撫を捉えるべく2時方向から進み続ける。
「神撫君! タートルワームが近づいてくるぞ」
ジーザリオに乗るクレイトンが叫ぶ。
「分かってる!」
クレイトンに指摘されなくても、神撫は気付いていた。
件のタートルワーム以外にも神撫の存在を発見して近づいてくるゴーレムが10時方向から現れているのだ。固定砲台であるが故、同時に二つの目標を叩く事は難しい。
「なら、僕のジーザリオを囮に‥‥」
「記者の代わりは居るだろうが、命の代わりはない」
ジーザリオの行く手を阻むように、レベッカの竜牙で牽制射撃を行う。
「おお、レベッカ君!」
「他の者にも言われただろう。記者は伝えるまでが記者の仕事だ。無茶はするな」
クレイトンの無茶に振り回されたレベッカは、クレイトンの行動を気に掛けていた。
良い記事を欲するクレイトンの突撃癖。護衛する者にとっては厄介だが、本人も決して悪気がある訳ではない。能力者ではない自分ができる事を、彼なりに考えて動いた結果なのである。
「なら、残るはゴーレム‥‥」
「祝杯の、邪魔なんだよっ!」
ラリーのStampedeが徹甲散弾を発射。
神撫に意識していたゴーレムは明後日の方向から徹甲散弾を直撃。神撫が疲弊させた装甲に大きな風穴を押し広げた後、爆発。派手な炎の柱を築き上げながら、地面へと倒れ込んだ。
一方、タートルワームの方は――。
「オフェンス・アクセラレータ発動!
出し惜しみ無しの一撃だ。遠慮無く喰らうのダー!」
至近距離まで接近していたレベッカの竜牙は、機鎚「ギガース」を片手に接近。オフェンス・アクセラレータを発動させて、最大威力の攻撃を頭部へ振り下ろした。
肉が潰れる激しい音を周囲に響かせ、タートルワームの頭部は呆気なく拉げた。
体の指示系統を失ったタートルワームは、体を地面へと出すように倒れた。
「凄い。前回よりもさらに激しい戦いだ。
これを自分たちの判断だけで遂行するとは‥‥」
クレイトンは、共に居る傭兵達の有能さに驚くばかりだった。
命を賭けるだけじゃない。プライドも賭けた傭兵としての戦い。
そこには経験に裏打ちされた戦術――傭兵同士が持つ独特の連携がそこに存在している。だからこそ、この戦いが圧倒的勝利へと傾いていく。
驚きを隠せないクレイトンに対し、神撫はそっと微笑む。
「何を言っている。これからこれを記事にするんだろう?」
●
こうして、作戦は傭兵の圧倒的な勝利で終わった。
アデンには敵増援が到着する事はなく、本隊の奮戦により作戦は成功へと導かれていた。
――そして。
「‥‥くぅ〜、これだよ!」
準備されていたジョッキに口を付け、一気に飲み干すラリー。
体に流れ込む水分と、炭酸からもたらされる喉越しが快感へと昇華されていく。
一仕事を終えたラリーは、傭兵達と祝杯を上げていた。
「大人はビールでいいんだろうけどさー。僕たち子供にはジュースとかないのかなー。
ジュース、ジュースっ」
ビールを飲めない未成年のアリス。
大人ばかりがビールを飲んで楽しんでいる事に納得がいかず、ジュースを頻りに要求している。
「これだからお子様は‥‥。大人は余裕を持ってビールを楽しもうぜ」
「いや、俺は‥‥」
ラリーに進められたジョッキを断る長谷川。。
「ん? お前は未成年じゃねぇだろ。なんで飲んでないんだ?」
「よせ。日本人は遺伝的に酒が弱いんだよ!」
どうやら長谷川はあまり酒が強くないようだ。
だが、長谷川の言葉を無視してビールを無理矢理飲ませようとするラリー。
その攻防が会場に笑顔を運び、思わず周りの者の顔も綻んでくる。
「‥‥ここ、抑えてくれないか?」
クレイトンは、傍らに居るカメラマンへ撮影の指示を出す。
この笑顔を読者に伝えたい。
戦いから解放された傭兵達は、こんなにも良い顔をする。
一つ一つの表情は読者と何も変わらない。
その事を記者として伝えたい――。
クレイトンは傭兵という存在が更に好きになった瞬間だった。