●リプレイ本文
――ビーカネールへの道中。
「‥‥そういや、牛は神の使いとされてなかったか?
まあ、今後を考えれば一体でも多く倒すしかないんだがな」
崔 南斗(
ga4407)は、雲一つ無い青空を見上げた。
バグアに包囲されたデリーを解放するべく、UPC軍は包囲網の外から攻撃を開始。
傭兵達はビーカネールから派遣されたバグア迎撃部隊を叩く事なっているのだが、敵は猛牛型キメラを前面に押し出す作戦を取ってきた。
「猛牛キメラがいっぱい突撃してくるのか。
下手に巻き込まれたら一巻の終わりだね。これは気をつけないと‥‥」
アーク・ウイング(
gb4432)の言う通り、厄介なのは猛牛型キメラだ。
鋭く大きな角で突進する以外に攻撃方法は持たないが、通常の牛よりも二回り以上の巨体だ。それが多数居るのであれば油断する事はできない。
「でもさ、牛の後ろに居るバグア兵さえ何とかできればいいんじゃない?」
フロント部分にロボットのような顔が付いた真紅のAU−KVを撫でる村雨 狼騎(
gc8089)。
バグア兵を片付けられれば、牛を取り囲んで一斉射撃で倒す事ができるかもしれない。
ここで、テイ(
gc8246)がある提案を示す。
「そのバグア兵、生け捕りにするのは如何でしょうか?」
「つまり、捕虜にするという事でしょうか」
初戦闘で緊張な面持ちのまま、一条 薫(
gc7932)はテイに聞き返す。
傭兵となって二ヶ月。今回の依頼でも迷惑にならないよう最善を尽くすつもりだ。
しかし、ここで提案された内容について一条は明確な答えを持ち合わせていない。実現できれば良い事は間違いないのだが‥‥。
「バグア兵を捕らえる事ができれば、猛牛型キメラの行動を停止するように命令できるかもしれないよ。それにデリーを包囲している敵の情報を得られれば、今後の戦いでも有利になるかもね」
アークはバグア兵を捕虜にできた場合のメリットを挙げる。
猛牛キメラを大人しくさせる事もバグア兵ならできるかもしれない。
その上、敵軍の情報を得られたのであればデリー解放に向けて大きな一歩を踏み出せるだろう。
だが、捕虜に対してカルブ・ハフィール(
gb8021)は明確に反対する。
「我は、殲滅のみが目的。キメラもバグア兵もすべて滅する」
すべてのバグアに復讐を誓っているカルブにとって、捕虜という選択肢は当初から存在しない。『バグアを狩る猟犬』にとっては眼前のバグアを大剣で叩き潰す事が最優先される。
「俺も捕虜は止めておいた方がいいと思う」
ラリー・デントン(gz0383)も明確に反対を口にした。
「捕虜にするって事ぁ、相手を手加減して生かしたまま捕らえるって事だろ?
それが現状の戦力で出来るのかが問題だ。全員でバグア兵を狙うなら可能性はあるだろうが、牛の方も倒すつもりなら無理はしない方がいい」
敵を捕虜にする事は、敵を倒すよりも難しい。
おまけにバグア兵はキメラよりも戦闘力は上だ。もし、捕虜になるぐらいなら自爆する事も考えられる。下手に捕虜を狙って負傷するぐらいならば、敵を倒す事に集中した方がいいだろう。
「へぇー。見掛けによらず、ラリーさんって真面目なんだね」
爽やかな笑顔を浮かべながら、平野 等(
gb4090)がラリーへ話しかける。
「『見掛けによらず』ってだけ余計だ。俺はいつだって真面目なんだよ」
「あ、聞こえちゃった? まあ、悪気はないんだけどね」
常時ヘラヘラした笑顔を浮かべている平野。
噂では『死神の玩具』と揶揄されるラリーが、意外にもまともな意見を口にするとは平野も考えていなかった。
この依頼、案外面白くなるかもしれない。
新しい玩具を見つけた子供ように、平野のテンションはますます上がっていく。
そんな二人のやり取りを不破 イヅル(
gc8346)は、黙って見つめていた。
「‥‥‥‥」
「ん? なんだ?」
不破の視線に気付いたラリー。
しかし、不破はそのまま見つめ続ける。
「何か用なのか?」
「‥‥‥‥なんでも、ない‥‥」
明らかにラリーへ興味を持っている節がある不破。
誤魔化すように視線を外すが、その理由は後程判明する事になる。
●
「来ました。敵はこのままキメラを突撃させるものと思われます」
リンドヴルムを着用する一条。
既に傭兵達も臨戦態勢。
バグア達への初手は手筈通りアークと不破が飾る事になる。
「いっくよーっ!」
「‥‥バグアは、滅びろ‥‥」
アークと不破は顔を見合わせた後、閃光手榴弾を猛牛の群れへと投げ込んだ。
放物線を描きながら地面へ落下、数秒後に炸裂する。
閃光手榴弾は、激しい閃光を放って猛牛の目を眩ませる。
「ブォォォォ!」
閃光は暴走を引き起こし、猛牛型キメラを縦横無尽に走らせる。
そして、この暴走を合図に他の傭兵達が一斉に動き出す。
「一斉に走り出したら迷惑だな」
ジーザリオで群れの横へ回り込んだ崔は、番天印で制圧射撃を開始。
眼前で暴れ狂う猛牛キメラへ突き刺さる弾丸。
番天印の叫びは、次々と猛牛型キメラを屠り続ける。
(‥‥なるほど。見掛けよりも耐久力はないって訳か)
崔は猛牛型キメラを倒した感触を確かめていた。
巨体ではあるが、当たり所が良ければ一撃で倒せる事がある。猛牛型キメラはまさに突進以外に恐怖するようなものはなさそうだ。
「ヘイ、カモーン! 牛さんこちらっ!」
疾風脚で牛の群れへ飛び込んだ平野。
暴走する猛牛型キメラに真っ正面から挑もうという平野の行動は、無謀とも言える。だが、平野には勝算があった。
――ガッ!
平野に狙いを定めた一匹の猛牛型キメラが突進してくる。
鋭い角が平野へ向け、徐々に距離が縮まっていく。
「今だっ!」
平野は限界ギリギリの地点で牛の攻撃を回避。
平野の居た場所を角が通過する瞬間、牛の眉間にジ・オーガの爪が突き刺さる。
引き抜かれると同時に鮮血が迸り、数メートル先まで駆け抜けた猛牛。足から力が抜け、そのまま地面へと倒れ込んだ。
「へへっ、どんなもん‥‥!?」
余裕を見せる平野。
だが、そこは猛牛型キメラが暴走する危険地帯。すぐに次の牛が平野に向かって突進を仕掛ける。
「平野さんっ!」
アークも平野に迫る猛牛型キメラに気づき、慌てて叫ぶ。
平野も必死に回避を試みようとするが、気付くのが少々遅すぎた。
「くっ!」
猛牛の角は脇腹を掠め、平野を後方へと吹き飛ばした。
体は地面へ激しく衝突、数メートル先まで転がっていく。
「だ、大丈夫ですか?」
平野の身を案じて駆け寄るアーク。
平野の体は角が掠めた場所以外にも地面と衝突して出来上がった複数の擦り傷があった。
それでも――平野は体を無理矢理引き起こす。
「よいしょー! 平野等は男の子!!」
気合いを入れ直す平野。
多少のダメージは覚悟の上。仲間の攻撃支援や敵の足止め等、やる事は沢山ある。
一度倒れただけで休む訳にはいかない。
「力と根性勝負なら負っけないぞ!」
再び牛に向かって歩き出そうとする平野。
しかし、アークは平野の腕を掴んだ。
「待って」
アークは平野に練成治療を施した。
細胞が活性化し、平野の傷は修復されていく。
「頑張りは認めるけど、仲間に心配掛けさせちゃダメだよ」
優しく微笑み掛けるアーク。
一緒に同じ依頼を受けた縁ではあるが、仲間である事に変わりはない。
ならば、傷付いた仲間を治療する事も当たり前の事だ。
「ありがとう! これならもっと戦える!」
平野はアークに感謝の言葉を表した後、再び牛の群れへと飛び込んでいった。
一方、不破は猛牛型キメラに苦戦を強いられていた。
バグアに肉親を殺害され、バグアの存在を激しく憎悪しているが、想いだけで敵を倒す事はできない。
「‥‥死ね‥‥」
突進する猛牛型キメラの側面に回り込み、すれ違い様に双剣「ロートブラウ」で斬りつける。
腹部から脚にかけて付けられた大きな傷は、血を迸らせながら牛を転倒させる。
弱った猛牛型キメラへ駆け寄った不破は、そのまま両断剣で猛牛型キメラの顔面へ刃を突き立てた。
藻掻く事すら出来ぬまま、猛牛型キメラはその場で絶命した。
「‥‥はぁ、はぁ、はぁ‥‥」
肩で息をする不破。
既に何体か仕留めているものの、猛牛型キメラは数が多い。
仲間も猛牛を倒し続けているが、視界にはまだまだ多くの猛牛が暴れ回っている。
(‥‥力が欲しい、圧倒的な強い力が‥‥)
不破は力を渇望していた。
バグアを駆逐できる程の強大な力。バグアをこの世界から一掃できるならば、悪魔に魂を売っても構わない。
だが、今の不破にそのような能力はない。
――力が欲しい。
バグアに負けぬ絶対的な力が。
「我が名はカルブ・ハフィール‥‥汝らを狩る猟犬なり!」
赤鎧「ネメア」を着用するカルブ。
先の一撃で地面に倒れた猛牛に対して、ツヴァイハンダーを全力で振り下ろす。
斬るというよりも、叩き潰すという具合で放たれた大剣。
牛の顔面は拉げ、既に顔面の原型は留めていない。
「我が前に立つバグアは、すべて滅するのみっ!」
カブルは次なる目標を遠くへ離れようとする猛牛へ定めると、迅雷で一気に接近。
至近距離から円閃を発動。遠心力の加わった大剣は、猛牛と激しく衝突。
牛の側面に大剣をめり込ませた。
おそらく、弱った猛牛へ再び大剣を振り下ろすのだろう。
不破同様、カルブもバグアへ復讐を誓った者。
一切の躊躇は存在しない。
あるのは、復讐心と力だけ。
(‥‥力、もっと力を‥‥)
カブルの戦闘を目にした不破は、更なる力と獲物を求めて走り始めた。
●
「今ですっ!」
テイはバグア兵の隙を狙って天銃「エンジェルF」を撃った。
羽根のようなオーラを纏った弾丸は、テイの存在に気付いていなかったバグア兵の胸部に命中。手傷を負わせる事に成功する。
(本当は穴を掘って隠れながら近づくつもりだったのですが、仕方ないですね)
予定では地面に数カ所穴を掘ってバグア兵へ接近。隠密潜行で牛を回避しながら狙い撃つつもりだった。だが、こちらから攻める状況である以上、事前に穴を掘っておく事はできない。隠れる場所も見当たらないため、隠密潜行でバグア兵に近づく事が限界であった。
「よしっ、トドメを‥‥」
再びエンジェルFを構えるテイ。
しかし、胸部へ手傷を負ったバグア兵は傷を押さえながらアサルトライフルで応戦してきた。どうやら、テイの一撃だけでバグア兵を足止めする事は難しかったようだ。
「チェーンジ、マシンガローガーー!!」
AL−011「ミカエル」を纏った村雨は、怒りの電流フルチャージとばかりに竜の瞳と竜の息を発動。
バグア兵へ一気に詰め詰め寄ると、至近距離からエンジェルFを連射する。
弾丸はテイが傷つけた付近へ殺到、穴を大きく広げる。
腰から下の力が抜け、その場で膝をつくバグア兵。胸部に大穴を開けられ、バグア兵はそのまま絶命した。
「大丈夫かい? ガローガーが居れば安心だよ」
テイに話しかける村雨。
バイク形態で駆けつけた村雨のおかげでテイは負傷せずに済んだ。
「ありがとうございます」
「既に他の傭兵がバグア兵を倒しつつあるからね。もう少しだよ」
村雨の言う通り、戦況は傭兵側へ傾いていた。
バグア兵を狙って早急な対応を見せた事が良い戦況へ繋がったようだ。
「逃がしませんっ!」
一条は竜の翼でバグア兵との間合いを詰めた。
アサルトライフルで応戦中だったバグア兵は、反射的にアサルトライフルを振って間合いを取ろうとする。
だが、それよりも早く一条のスコーピオンが炸裂。
乾いた音が鳴り響き、数発の弾丸がバグア兵へと叩き込まれる。
体を後方へ投げ出す形で倒れ込むバグア兵。
「さて、次は‥‥」
残りのバグア兵を捜そうとする一条。
周囲を見回し、バグア兵の姿を追い求める。
既にバグア兵は数体倒されている。もしかしたらこのバグア兵が最後なのかもしれない。
――パパパっ!
「!?」
突如、響き渡る発射音。
一条はこの音に聞き覚えがある。
先程まで一条が戦っていたアサルトライフルのものだ。
音の大きさから察するにかなり近くから発射されている。
(まさか、さっきのバグアが‥‥)
慌てて自分の体を調べるが、リンドヴルムには傷一つついていない。
「‥‥油断大敵って奴だな」
一条の背後からラリーが現れた。
手にはアサルトライフルが握られている。
「あんたの銃声だったのか」
「礼を言ってくれよ。足下で転がっているバグアがお前さんを狙っていたんだからな」
見れば、先程地面へ倒れ込んだバグア兵は完全に絶命。
手には一条に銃口を向けられたアサルトライフルが握られている。
どうやら、倒したと思ったバグア兵が一条を狙っていたようだ。
「そうだったのですか。ありがとうございます」
「へへっ、出来ればその感謝をビールにしてくれると嬉しいんだがな。
なんせ、あいつに金を管理されてビールすらまともに飲めやしねぇんだから」
戦闘中でも愚痴を溢すラリー。
今まで自堕落な生活を続けてきたラリーらしい発言なのだが、一条は何処か憎めない。
「機会があればそうさせてもらいます」
もし、デリーが奪還できたならば、ラリーと酒の飲むのも悪くないかもしれない。
●
傭兵の活躍もあり、バグア兵は撃破。
猛牛型キメラも大半は始末する事ができた。
少し逃げ出したものも居るが、本隊が残りを掃討する事も容易なはずだ。
「‥‥いい加減な、おじさん‥‥?」
ラリーの顔を見ながら、不破はぽつりと呟いた。
思わずラリーは、ムっとした表情を浮かべる。
「おい、どういう意味だよ!」
「‥‥ん? ‥‥ハンサムなオペレーターさんが言ってた‥‥」
不破の言う『ハンサム』とはジョシュ・オーガスタス(gz0427)の事である。
依頼説明時に何か発言していた事をラリーは瞬時に察知した。依頼開始前にラリーを認めていた理由もジョシュの一言が原因だったようだ。
「あいつめ‥‥」
依頼の報酬を完全に管理されているラリーにとって、ジョシュには頭が上がらない。
文句を言えば、さらにお小遣いが減らされるためだ。
「嫁さん欲しいなら、きちんとしておいた方がいいぜ?」
崔はラリーに助言をする。
離婚経験のある崔からのありがたい言葉だ。
だが、あれだけ自堕落な生活を送ってきたラリーである。言い寄る女性の存在も皆無であるため、結婚などまったく頭にはない。
「うるせー。結婚するにも相手がいねぇんだよ。
今の恋人は酒だけなんだよ‥‥」
強がりと裏腹に、トーンが下がっていくラリー。
齢35にもなって、嫁候補が居ない事が寂しく思えたのだろう。
さすがに崔もラリーの立場が惨めに思えてきた。
「‥‥分かった。酒の一杯ぐらい、おごってやる」
「本当か!?」
酒という言葉を聞いただけで、急に元気を取り戻す。
崔は目の前の男がモテない理由が理解できた気がした。