●リプレイ本文
夜の帳が落ちる。
太陽は地平線の彼方へ消え、闇はすべてを覆い隠す。
間もなく、この街に訪れる。
悪魔のように非情で、冷たい、時間。
逃げ場はこの街の何処にも存在しない。
夜は、やってくる。
――このバラバンキの街に。
「猿退治ねぇ‥‥」
廃墟と化した街に踏み入れた傭兵達。
その一団の中に居たラリー・デントン(gz0383)は気怠そうに遠くの瓦礫に視線を送る。
バラバンキを巡る戦いは市街戦へ突入。
先行したUPC部隊は市街で残存バグア掃討にあたっている。
この戦いの優劣は既に決している。
ならば、今から傭兵が投入される理由は‥‥。
「『バラバンキ内部のバグアを早期掃討』というのが軍のお偉方の希望なんだから、仕方ないでしょ?」
拳銃「スキンファクシ」を握り、風に靡く髪を掻き上げるアン・ジェリク。
バラバンキ市内に残るバグアを早々に叩いてUPC軍管理下に置く事は、デリー解放に絶対必須条件となる。UPC軍は次なる戦いを見据え、バラバンキに時間を割く気はないのだろう。
「お偉方の希望ねぇ」
面倒そうなラリー。
だが、依頼として受けた以上はバグアを掃討しなければならない。
そこに――何が待ち受けていようとも。
●
「‥‥殲滅‥‥せん、め‥‥つ‥‥敵、殺す‥‥」
不破 炬烏介(
gc4206)が放つ炎拳「パイロープ」が猿型キメラの顔面にヒット。
猿型キメラは地面に転がると、それ以降起き上がる事はなかった。
猿型キメラを倒した炬烏介。
だが、気を抜く暇は無い。
「失せろっ!」
炬烏介の後方では、カルブ・ハフィール(
gb8021)がツヴァイハンダーを振り下ろし、猿型キメラを切り捨てる。
吹き飛ばされる猿。
地面に叩き付けられて押しつぶされる猿。
カルブも既に猿型キメラを何匹倒したのかは分からない。
それでも、猿型キメラは瓦礫の影等から現れて、炬烏介やカルブに向かって攻撃を仕掛けてくる。
「猿型キメラの退治だって聞いてたけど、ちょっとサービスし過ぎじゃないですかね?」
炬烏介とカルブの攻撃から逃れた猿を、ナナヤ・オスター(
ga8771)がライフルで狙い撃つ。
強弾撃を発動して放たれた弾丸は、猿の頭部にヒット。
そして――破裂。
レタスを踏み潰したような音が周囲に響き渡る。
どうやら、猿型キメラは傭兵達の姿を見かけた段階で襲い掛かって来るようだが、敵は群れを形成している。そのため、一度遭遇すると数十匹が同時に襲い掛かって来るのだ。
「おいっ、三時の方向。瓦礫の奥にまだ隠れてやがる」
ロジェ・ルドリュ(
gc8367)は、探査の眼で隠れた猿の位置を探り出す。
その情報を聞いたカルブと炬烏介は、ロジェが指差す瓦礫に向かって走り出した。
「‥‥来い、犬コロ‥‥文字通り、犬死にさせ‥‥る。殺して‥‥やる‥‥」
炬烏介は小銃「S−01」で瓦礫付近を攻撃する。
相手が猿ならば、今の攻撃で自分に敵意を向けられた事に気付くはずだ。
そして、猿が取る次の行動は‥‥。
「ギィィ!」
猿は瓦礫の脇から飛び出すと、近づいてくる炬烏介に向かって飛び掛かった。
その両手に生えた鋭い爪を振り上げながら。
「‥‥バグアっ!」
カルブはツヴァイハンダーの柄を強く握る。
バグアによって家族と死別した、グラナダの思い出が脳裏に蘇る。
心に灯っていた怒りの炎は更に大きくなり、カルブに力を与える。
「‥‥殺すっ!」
スマッシュを発動するカルブ。
ツヴァイハンダーは巨大な塊となり、猿型キメラへ振り下ろされる。
塊は、猿に衝突。
同時に猿の上半身を削り取っていく。
塊が通過した後に残ったのは、猿の下半身のみ。
頭脳を失った猿は、そのまま放物線を描きながら地面へと落下した。
「張り切っているわね。これなら、この依頼も余裕かしらね」
猿型キメラへスキンファクシの弾丸を数発叩き込み、猿の顔面を踏み潰すアン。
5人が暴れ回ったのは数分間なのだが、猿の死骸がそこかしこに転がっている。
猿が襲ってこないところを見れば、一つの群れを全滅させたようだ。
「一仕事終えたってところだな」
ロジェが周囲を見回す。
少なくとも視界には怪しい存在は確認できない。
一方、カルブはいきり立った興奮を抑えられずにいる。
「ウォォ‥‥次の獲物、捜す!」
「まあ、少し待ちなよ。こっちにはもう一つの任務って奴もあるんだから」
カルブを宥めるアンが言っているのは、行方不明となっているUPC軍部隊を捜索する事である。優劣が決した戦いで突如バラバンキへ足を踏み入れた部隊から連絡が途絶えたのだ。
今回の任務にはこの部隊の捜索も盛り込まれている。
「夕焼け、闇、そして廃墟‥‥こりゃ、キメラ以外にも何か出そうな舞台装置ですねぇ、あはは」
「暢気な言い方だけど、あたしも賛成するわ。その意見」
傭兵達の心はざわついていた。
明らかに、何かが違う。
普段なら猿型キメラを倒すだけの簡単な任務であるはずなのだが、それだけでは終わる気配のない、何か。
底なしの泥沼へ足を踏み入れたような感覚が傭兵達を襲っていた。
「‥‥ソラノコエ、言う。『警戒、セヨ』‥‥胸騒ぎ、する‥‥ぞ」
炬烏介は、危険を口にした。
しかし、行方不明の部隊を捜索する方針を打ち出していた傭兵達。
生き残りが存在する事を信じ、更にバラバンキの奥へと足を踏み入れていく。
●
二班に分かれた傭兵達。
もう一方の班も、やはり猿型キメラの群れから攻撃を受けていた。
「後方に猿が隠れているよ」
ライオットシールドを構えながら、後方に隠れた猿を捜索するトゥリム(
gc6022)。
探査の眼を駆使して探し当てた猿。
手にはクルメタルP−56が握られ、獲物となった猿を追い求める。
「この辺りに隠れて‥‥」
「ギィィ!」
トゥリムが瓦礫に近づいた瞬間、瓦礫の上から飛び出す猿。
鋭い爪がライオットシールドと接触。
激しい金属音が鳴り響き、猿の攻撃を防御できた事を知らせる。
「お嬢ちゃん、後へ飛べっ!」
トゥリムの後方から声を張り上げるラリー。
トゥリムへの攻撃が失敗に終わった猿は、トゥリムを追撃しようとするもラリーが放つアサルトライフルの弾丸が先に到着。猿の体に突き刺さり、猿の体は後方へ投げ出される。
「大丈夫か?」
「僕は平気。それより、他のみんなは?」
「‥‥ああ、それか。そっちは心配ねぇよ」
タバコに火を付けながら、ラリーは親指で後方を指し示す。
そこでは、数十匹にもなる猿の群れ。
そして――不破 イヅル(
gc8346)とリズレット・B・九道(
gc4816)の姿があった。
「バグアァァァァ!!!」
イヅルの手に握られた双剣「ロートブラウ」。
二刀一対の剣は赤と青のカラーリングが施され、その剣筋は時折美しい彩りを見せる。
しかし、イヅルが生み出す剣の軌跡。
それは猿に取って冥府魔道へと誘う片道切符でもある。
「死ねぇ!」
イヅルの右手に握られた赤い剣『ロート』が、前に立ちはだかる猿を切り捨てる。
その攻撃に生まれた隙を狙うかのように背後から、猿が飛び掛かる。
鋭い爪と牙がイヅルへと向けられる。
だが、猿の攻撃は何れも届かない。
背後に迫る猿の存在に気付いていたイヅルは、青い剣『ブラウ』で突きを繰り出していた。
ブラウは猿の顔面を捉え、深々と突き刺さる。
猿の体から力が抜けるまでにそう時間は掛からなかった。
「‥‥退いて‥‥皆さんの、出番は‥‥終わり。
‥‥消えて‥‥この世から‥‥」
隠密潜行で気配を消しながら、移動していたリズレット・B・九道(
gc4816)。
イヅルが戦う隙に複数の敵を攻撃できる箇所を捜し出し、ベストポジションを見つける。
そして、最高のポジションに立ったリズレット。
猿達がその存在に気付いた時には、リズレットの両手に握られた小銃「FEA−R7」が火を噴いていた。
次々と発射される弾丸の雨。
射線上に居た猿達が撃たれ、悶え、苦悶の表情を浮かべて倒れていく。
イヅルとリズレットの活躍で猿の群れは次第に小さくなる。
「凄い。
‥‥でも、負けていられませんわ」
エリーゼ・アレクシア(
gc8446)は、大鎌「メフィスト」で猿に対峙する。
傭兵として初めての依頼。
緊張するな、という事は無理だ。
だが、自分は傭兵として――戦うべき者としてこの地に立っている。
今ここで猿を止めなければ、自分以外の誰かが傷付く事になる。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
「やあっ!」
エリーゼは、猿の群れに対して大鎌を振り下ろす。
決定的なダメージを与えなくてもいい。
どんな形だっていい。
敵に当てる事を最優先するんだ。
それが、勝利へ繋がる方法と信じて。
――ゴツンっ!
鈍い音と同時にエリーゼの手に伝わる感覚。
どうやら、大鎌の刃で猿を捕らえる事はできたが、他の猿も巻き込む形となってしまったようだ。
刃の無い部分で突き押される形となる猿。
エリーゼはリズレットの攻撃で傷付いていた猿を倒す事はできたが、巻き込んだ猿を倒す事は出来ていない。
だが、猿も本能的に気付いたのだろう。
自分達には、傭兵達を倒す事はできない。
猿は振り返ると狭い路地に向かって走り出した。
「あ、待てっ!」
反射的に駆け出すエリーゼ。
白銀の髪を振り乱して走る。
しかし、瓦礫の小脇を走り去った時点でエリーゼは足を止める。
「え?」
エリーゼの視界に入ってきたのは、人間の死体。
それもUPC軍部隊と思しき姿をした者だ。
「‥‥軍が任務を放棄する訳ない、そう思っていたけど‥‥」
エリーゼの異変に気付いたトゥリムは、死体へと近づく。
死体に手を合わせ、黙祷してから致命傷となった傷を調べ始める。
「これ‥‥あの猿の攻撃じゃないですね」
死体につけられた大きな傷。
右肩から左脇腹に掛けて付けられた傷を見ただけで、猿の爪と牙ではない別の何かで攻撃された事は明らかだ。
「この傷、もしかして‥‥刀傷?」
傷の形を見て推測するトゥリム。
その時、トゥリムのトランシーバーが激しく震える。
もう一つの班からの通信であった。
●
「‥‥お前、か‥‥魂。売った‥‥な‥‥?」
炬烏介は、闇の中に立つ男へ言葉を投げつけた。
黒い着物に長い髪、腰に太刀と脇差しを差した侍。
正直、ランタンを手にしていなければ見落としていたかもしれない。
何故、侍はこの街に居るのか。
何故、侍は闇の中で静かに佇んでいるのか。
「‥‥‥‥」
「何か言ったらどうだい、侍さん。
それとも、私達に何かするつもりなのかい?」
沈黙を守る侍に対し、ナナヤは敢えて語尾を強める。
敢えて挑発的な発言を試みて見るが、侍は一切の言葉を口しない。
――膠着する状況。
だが、この状況を打破するのは、予想外にした事態であった。
「‥‥てき‥‥テキ‥‥敵‥‥敵は‥‥敵は、倒すっ!
グォォォォォ!!!!」
侍から放たれる血を嗅ぎつけたのか、カルブは獣のような咆哮を上げる。
全身に纏う霧を増大させ、狂戦士は戦いを追い求める。
この状況を受け、初めて侍は腰の太刀に手を当てる。
「バグア軍、伊庭勘十郎(gz0461)――参る」
バグア軍。
侍は明らかにその一言を口にした。
侍は敵。
その事を傭兵が意識した瞬間、カルブは迅雷を発動。
侍へ肉薄する。
「‥‥バグア、飛べ」
カルブのツヴァイハンダーが接近するスピードを乗せながら、下から上へ斬り上げられる。
だが、勘十郎は刀の柄を握ったまま、すり抜けるように脇へ逃れる。
攻撃チャンスを得る勘十郎。
しかし、この動きもカルブは感じ取っていた。
「逝け!」
カルブは刹那を発動。
目にも留まらぬ速度でツヴァイハンダーを振り下ろした。
強烈な一撃。
ここで、勘十郎は腰の刀を初めて抜く。
ツヴァイハンダーに比べればあまりにも細い日本刀。
さらにカルブに比べれば細い勘十郎の腕。
それでも、日本刀はツヴァイハンダーの一撃を受け止める。
金属と金属の擦れ合う音が、悲鳴のように周囲へ木霊する。
「ぬ、ぬぅ」
「これより先に進むならば、斬る」
勘十郎は脇差しへ手をかける。
カルブの攻撃を受け止めながら、脇差しで攻撃するつもりだ。
――危険だ。
その思考が、他の傭兵達を突き動かす。
「カルブさん、下がって!」
「‥‥死罰、喰らえ‥‥」
ナナヤが鋭覚狙撃、炬烏介がソニックブームで勘十郎を狙い撃つ。
勘十郎も狙われている事に気付き、素早く後退。攻撃は逸れたが、カルブの危機を救う事はできたようだ。
「コイツとは出来れば殺り合いたく無いね‥‥ヤバイ匂いがするんだ」
小銃「FEA−R7」に貫通弾をセットして勘十郎へ向けて放つロジェ。
この攻撃が当たるとは思っていない。
事実、勘十郎は貫通弾を体の向きを変えて躱す。
だが、ロジェにとってはこの僅かな時間が必要だった。
手にしている閃光手榴弾を使う時間が。
「‥‥じゃあな、時代遅れの侍さん」
ロジェが投げた閃光手榴弾は、放物線を描いて地面へ落下。
次の瞬間、激しい光を放ちながら勘十郎の前へ炸裂する。
「今よ! 撤退して」
アンの言葉に従って、後方へ走り出す傭兵。
危機を脱した傭兵達。
閃光が消えても、勘十郎は傭兵を追いかける事はしない。
踵を返すと北に向かってゆっくりと歩き出した。
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その後、傭兵達は合流。
既にUPC部隊は伊庭勘十郎と名乗るバグアによって殺された事を情報共有する。
「カルブもバグアを倒したいんじゃないのか!?
だったら、無茶な行動はダメだ!」
イヅルはカルブへの心配を口にした。
同じようにバグアへ恨みを持つという共通点を持つ二人。
ここで無茶をして倒れてしまえば、二人が抱いていた復讐の想いを遂げる事はできない。
「‥‥‥‥」
カルブはイヅルの言葉を黙って聞いていた。
明らかに異質のバグア。
このインドに現れた侍が、戦線にどのような戦況をもたらすのか分からない。
「‥‥その殺意‥‥然るべき、時まで‥‥消さず滾らせる‥‥べき、だ」
炬烏介は、静かに語りかける。
カルブの心に勘十郎の存在を残すように。
そして、自身の心にも勘十郎の存在を刻みつける。
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「戻りましたか」
バグア占領地のサハーランブルで勘十郎を出迎えたのは、上水流(gz0418)。
底知れぬ妖艶さと怪しい笑みを浮かべる上水流に、勘十郎は太刀を地面に置いた後に正座した。
「ご指示通り、味方撤退までの時間を稼ぎました。
おそらく、多くの味方が生き残る事ができたはずです」
「ご苦労様。あなたのような有能な子が居れば、ウォン様も安泰です」
上水流は、勘十郎に対して殿を命じていた。
次なる戦いを見据えているのはUPC軍ばかりではない。
戦略的撤退も必要ならばバグアは選択する。
「次のご命令を‥‥」
「いけない子。慌ててはいけません。実が熟すのを待つのです。
収穫は――間もなくですよ」