●リプレイ本文
クリスマスという一大イベントを終えたカップル達は、年末年始という次なるイベントに向かって動き出す。
新しい年を、幸せな二人が一緒に迎える。
夢と希望を信じて、歩み出す。
しかし、そこに忍び寄る黒い影。
二人の幸せな時間を脅かす面倒存在。
それは確実に、そして着実に迫りつつあった。
「ひゃっほーい! 今日も朕の獲物がいっぱいだにゃー!」
黒い影――タッチーナ・バルデス三世(gz0470)が、マグロ型キメラ『オトモマグルー』を引き連れて、カップルが多数現れるショッピングセンターへやってきた。
未だクリスマス雰囲気が残り、大きなクリスマスツリーも撤去前。そんなモミの木の下で、ダンボールでその身を護るタッチーナがそっと潜んでいる。
「朕はタッチーナじゃねぇだにゃー。
タッチーナ直属恋人破壊工作部隊『カップルハンター3G』にゃー。そこんところ、間違えたらいかんにゃー」
上半身が黒のブラジャー、下半身は大人用紙オムツというイカれたファッションセンスはタッチーナ以外あり得ないと思うのだが、本人がそう言い張るのだから仕方ない。せめて傭兵に撃退されるまで、頭の中だけでも幸せに浸っていてもらおう。
「早速、獲物をハンティングしてラブい品々をゲット。工作して新たなる武器を‥‥」
「ちょっといいかにゃ」
タッチーナの背後から声を掛ける者が一人。
馬鹿でも危険を察知するらしく、タッチーナは派手に前転を決めてその場を緊急回避。手にしていた『軽いボウガン』を背後の者へ構えた。
「だ、誰にゃー。朕の緊急回避には無敵時間が存在しているので、屁を浴びせかけても大丈夫‥‥」
「カップルを粛正するんだよね? だったら、ボクも参加させて欲しいにゃ」
攻撃の意志がない事を明確にしているのは、白虎(
ga9191)。
一部では有名な『しっと団』の総帥を名乗る者だ。ちなみに『しっと団』とは、カップル撲滅、桃色撲滅を掲げる傭兵集団。
『恋人なら、もう手の中で居るぜ。俺の恋人は生涯M16だけだ。こいつの銃声だけが愛の囁きだぜ、ハニー』
という脳筋集団ではなく、ラストホープで馬鹿騒ぎするテロっぽい存在なのだ。
早い話、モテない傭兵達が嫉妬を元に生き霊と化してカップルへ嫌がらせする者達である。
「‥‥つまり、朕のハンティングに協力すると?」
「相手がカップルなら、『しっと団』としても見過ごす訳にはいかないにゃ」
「むぅ。
フィールドで思わぬ仲間をゲットするとは‥‥やはりハンティング生活は侮れねぇにゃー。
よかろう。朕の威光を笠に着る事を許可する。カップル達のラヴい空気を、寒い芸人が滑った空気に一変させてやれにゃー。
ぶわっはっは!」
思わぬ味方をゲットしたタッチーナ。
ここに『しっと団』と『カップルハンター3G』がカップル殲滅の為に共闘するという事態が発生。
だが――白虎の策略は未だ始まったばかりである。
●
「‥‥また、あのタッチーナですか」
ショッピングセンターの階段でタッチーナの姿を見かけた緑川 めぐみ(
ga8223)は、思わずため息をついた。
今まで数度タッチーナと遭遇しているが、大半がタッチーナの下らない作戦は傭兵の活躍を受けて失敗。依頼完遂自体はそれ程難しい事ではない。
だが、タッチーナが相手の場合、緑川の精神的疲労が酷い。
馬鹿が相手なのだから仕方ないのだが、今日もあの変態を目にした事から体の奥で悲鳴が上がる。
「しかも、今度はカップルいじめ?
迷惑ですわ。それも、せっかくレアリティ高いヴァイオリンを使わせて貰ったコンサートの帰りに遭遇するとは。
神様は意地悪なのか‥‥それとも試練でしょうか?」
つい先程まで素晴らしいヴァイオリンを使ったコンサートで、優雅な一時を満喫していた緑川。
それがタッチーナという歩く猥褻物陳列罪を見た段階で空気は一変。
高級感溢れる一時は、遠い彼方へと消え去ってしまった。
だが、ここで見逃せば恋人達の幸せな時間も台無しである。傭兵として、人として、タッチーナを野放しにする訳にはいかない。
「仕方ありませんわね」
再び大きなため息とついた緑川は、タッチーナの後を追いかけ始めた。
●
同時刻。
反対側の階段でも、エルレーン(
gc8086)がタッチーナを発見していた。
「ぬ‥‥!
あ、あのバグア! あのかれーまにあさんだ!」
エルレーンもまた、タッチーナと依頼で対峙した事があった。
その時は『アメリカをカレー塗れにすればインドになる。そうすれば世界地図が滅茶苦茶になって混乱。その隙をついてバグアが世界制圧』という馬鹿にしか思いつけない作戦を実行したタッチーナを止める依頼だ。
このため、エルレーンはタッチーナを『かれーまにあ』と認識していたのだ。
今回もダンボールの鎧を作っている時点で悪巧みの可能性が高い。
「早く止めなくちゃ‥‥ん、でも‥‥」
階段を下りようとしていたエルレーンは、足を止める。
よく考えれば、タッチーナはまだ何もしていない。
つまり、『悪いコト』をしていないのである。
「まだ出てきただけで悪いコトしてないのに、お仕置きするのはよくないね‥‥」
正義感溢れるエルレーンは、タッチーナの行動を監視する方向へ切り替えるようだ。
処罰に十分な状況証拠が揃った段階で一気に叩き潰せば良い。
エルレーンの中にある正義が『それでOK!』とサムズアップしてくれている。
「ふふ。そうと決まれば、かれーまにあさんを追跡っと‥‥」
タッチーナにバレないよう、エルレーンはゆっくりと移動を開始する。
●
「それっ!」
広場の噴水近くにあった木の上から、白虎はカップルに向けてタライを落下させる。
重力に引かれたタライは、カップルで一つのアイスを食べ合う男性の頭に激突。
周囲に鈍い金属音が鳴り響く。
「‥‥ぶっ! だ、誰だ!!」
頭に衝撃を受けた男性は怒り心頭で立ち上がる。
所構わずラブラブビームを放つカップル。
おまけに相手は一つのアイスを男女で食べ合うバカップル。
しっと団総帥として、この異空間を何としても破壊しなくては‥‥。
「桃色退散!」
素早く木から下りていた白虎は、ベンチを足場に大きくジャンプ。
落下と同時に男女の額にお札を貼り付ける。
そのお札には『桃色退散』という言葉が刻まれていた。
「モテない男女の前でイチャつく非情なる行動。見過ごす訳にはいかないにゃ」
白虎は立ち上がり、ゆっくりとバカップルへ振り向いた。
しっと団はカップルを本気で別れさせるのではなく、カップルを弄って遊ぶのが目的。この程度の行動ならば、カップルがイチャつく場所を気にしてくれる程度で済むはずだ。
そう考えていた白虎だったのだが――カップルの災難は更に続く。
「てぬるいにゃー、しっと団」
背後から現れるタッチーナ。
白虎という協力者を得た為なのか、心なしか大物気取り。
葉巻を加えた上、右手でブランデーグラスを揺らしている。
持ち上げれば天狗になる。馬鹿な上に器も小物のようだ。
「どういう事にゃ?」
「ふふ、オトモマグルーの皆さん、やっておしまいだにゃー!」
タッチーナの指示を受け、オトモマグルーは手にしていた小型のタルをカップル近くへ投げつけた。
タルは地面に炸裂。中に入っていたカレーが派手に飛び散る。
カップルの服にもカレーのシミが付いてしまった。
「な、なにこれ!?
カレーなの? うわ、臭い‥‥」
「にゃはは、これで貴様らの服はクリーニング送り確定だにゃ。
そして、朕自らがトドメを刺してやるにゃー」
手にしていた軽いボウガンをカップルに向けるタッチーナ。
引き金を引いて打ち出される弾丸。
弾丸には分かりやすく『かくさんだん』と平仮名で書かれている。
この弾の中身――それは茶褐色にその身を染め上げた虫。長期間の飛行ができないが、素早い動きで地面を移動する地の王者。
彼らが満載された弾が再びカップル近くの地面に炸裂する。
「きゃー!! ゴキ‥‥」
大量に発生した虫が女性の体を這い回り、顔面近くに来た段階で卒倒してしまった。
一方、男性の方はオトモマグルー二匹に捕縛されていた。
「は、離せっ!」
「獲物の分際で言葉を聞くとは生意気な。
オトモマグルーの皆さん、フォーメーションAですにゃー」
タッチーナは再びオトモマグルーに指示を出す。
一匹が両手両足を押さえ、残る一匹は男性の顔面に跨がる形でスタンバイ。
オトモマグルーの尻の穴が鼻先近くまで存在している。
「や、止めろ!」
「ほほぅ、止めろとな?
ならば、二度とラブい空気を撒き散らさないと誓うかにゃー?」
ニヤニヤと笑みを浮かべるタッチーナ。
もし、男性が逆らえばオトモマグルーの尻がどうなるのか。
それは男性にも容易に想像がついた。
「わ、わかった!
彼女とは別れる! だから‥‥」
「あーん? 獲物の言葉は分からねぇにゃー。
はーい、当エレベーターは下へ参りまーす」
タッチーナはわざとらしく答える。
つまり、タッチーナは最初から男性の言葉を聞く気などなかったのだ。
呆然とする男性。
しかし、オトモマグルーの尻は無情にも男性の顔面へ‥‥。
「ぎゃーーー!」
叫び声を上げる男性。
臭いと嫌悪感に見舞われながら、男性は意識を失ってしまった。
(なるほど。これが『カップルハンター3G』のやり方‥‥)
白虎はタッチーナの行動を改めてチェックしていた。
所詮はバグアと人間。相容れるはずもない。
ならば、次なる行動へ移るべきだろう。
「では、次の場所へ移動するにゃ。ボクが良い場所をしっているにゃ」
「ほほう。ならば、朕を案内せい。
新たなる獲物を仕留めてやろう。ぶわっはっは」
ご満悦のタッチーナ。
まさにこの世の天国を味わっている。
●
「‥‥この騒ぎ、何かあったみたいね」
ミシェル・オーリオ(
gc6415)は、『Mary New year』と書かれたカードが添えられた包み紙をベンチの上へ置いている最中、ショッピングセンターが騒がしくなった事に気付いた。
雑貨店で買ったペンやファイルを購入、ショッピングセンター側と相談しながらカップルが落ち着ける場所を確保していた。目立つ場所でイチャつかれれば、タッチーナに発見されてしまう。少しでも多くのカップルに幸せな時間を過ごして欲しい、というミシェルの配慮であった。ついでにカップルに対してささやかなプレゼントを置いていた。
結果、ミシェルの予想通りに妨害者が出たという訳だ。実際、静かで落ち着く場所を求めたカップルは、ミシェルの狙い通り目立つ場所から待避してくれたようだ。
「やはり、バグアかねぇ。連中も馬鹿な真似を考えてくれるよなぁ、ほんと」
道化卑恵呂(
gc8493)が呆れ気味に言葉を漏らす。
ミシェルと共にカップルの誘導を行っていたが、嫌な予感は的中したという訳だ。
「カップルは気にくわないけど、それをどうこうするのはお門違いよね?」
ミシェルだって、カップルが目の前でイチャイチャしているのは気にくわない。
だが、それを実力行使で妨害。ましてや他人を別れさせるなんて言語道断。
そう考えたミシェルの体は、自然と騒ぎがあった方へ向いていた。
●
「‥‥アホくせぇ‥‥」
それが赤槻 空也(
gc2336)が抱いた素直な感想だった。
テンションが上がらない。
一体、何故自分がこのショッピングセンターに居なければならないのか。
――まったく分からない。
だが、それ以上に分からない事がある。
「なぁ、星威‥‥なんだって俺ぁ年越しに変態の相手してんだ?」
「だって、かっぷるはんたーってワルモノでしょ?
ワルモノにはオシオキしないとね」
空也と正反対に火霧里 星威(
gc3597)は元気いっぱい。
空也を頼りになる兄代わりとして慕う星威だったが、今回の一件においては空也を無理矢理依頼へ引っ張ってきた形となった。空也はトラブルメーカーの弟分に連れ回されているという訳だ。
だが、そのトラブルメーカーに巻き込まれた者がもう一人――。
「‥‥あ、あぁあのあのあの‥‥何ですか、これ‥‥。
どうっ! どういう事なんですか‥‥?
どうして私まで、ここに居るんですか‥‥!?」
大慌ての無明 陽乃璃(
gc8228)は、事態が把握できずにパニック寸前であった。
社交的ではあるが、控えめで少々臆病な性格の無明。半ば強引に星威が連れてきたのだから、パニックになるのも無理はなかった。
「ほら、相手はカップルを狙っているって聞いたからね。
空にぃと手を繋いで歩いたらオトリになるんじゃないかな、って思ったんだ」
タッチーナがカップルを狙っているのであれば、オトリを立てるのが有効。
そう考えた星威の作戦は、空也と無明が手を繋いでオトリ役になるという物だった。
しかし、当の二人はこの場所へ連れてこられた以上のショックに見舞われる。
「‥‥ブッ! おま‥‥っ! 必要ねぇだろ!」
「星威くん、もう何を言って‥‥え? 手を繋ぐ?」
一瞬だけ顔を見合わせる空也と無明。
だが、気恥ずかしさからすぐさまお互いの顔から視線を外した。
まさか星威が、カップルのフリをさせる為に連れてきたとは思わなかった。
いや、それ以上に二人で手を繋いでショッピングセンターを歩くなんて想像もしていなかった。
相手を意識すればする程、無言になる二人。
「そ、そんなあのその‥‥一組のオトリが居たって、ショッピングセンターには沢山のカップルが居る訳だし‥‥。
それに‥‥」
急激な展開の流れについて行けなくなっている無明。
今すぐこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいになっているようだ。
しかし、ここで星威の脳裏に妙案が浮かぶ。
その妙案が悪魔の囁きだと理解しながら――。
「あぁあ! お姉ちゃん危ない!」
真顔の星威が後から無明を突き飛ばす。
バランスを崩した無明の顔にとんっ、と温かい壁が触れる。
温かい吐息が空也の胸にそっと触れる。
自然と無明の心臓の鼓動が早まっていく。
「いやーもうっ!」
無明は反射的に空也との間に両手を突きつける。
突如発生した急接近。
パニックは最高潮と達し、無明が作り出したパワーがすべて空也の体へと伝えられる。
――そして。
「おわぁ! 池!
池ぇええええっ!」
空也は後方にあった噴水へ頭からダイブ。
幸せだった一時は一瞬、空也は頭から噴水の中へ落ちてしまった。
「ああ、赤槻さん!」
「‥‥ざ、ざびぃ‥‥」
服までずぶ濡れとなった空也。
寒さが厳しい噴水に突き落とされたのだから仕方ない。
これも重度の『女難の相』を持つが故なのだろうか。
●
「さてさて、獲物は何処かにゃー」
白虎がカップルが狩れる新しい狩り場として案内した場所は、屋上庭園。
確かに階下の騒ぎを知らないカップルらしき男女が数名、ベンチに座ってくつろいでいる。もし、ここをカップルが訪れていれば逃げ場を無くして一網打尽。カップルを狩り放題という訳なのだが‥‥。
「ここなら安心してカップルを粛正できるにゃ。
‥‥ところで、その格好で寒くないかにゃ?」
「ふふ、朕は欧州の職人が仕立てた馬鹿には見えない高級ブランド服に身を包んでいるにゃー。もしかして、お前にはこの服が見えないのかにゃー?」
馬鹿に馬鹿にされた気分になる白虎。
誰かがタッチーナを騙して服を着せたつもりにさせているのだろうが、そもそもタッチーナなら風邪を引く気配は皆無だ。だって、タッチーナだし。
「では、早速カップル狩りの開始だにゃー。
まずはあのベンチに座っているカップルを襲撃。返す刀で店員のお姉ちゃんにセクハラし放題だにゃー」
オトモマグルーを引き連れて全力で走り出すタッチーナ。
目指すは男女で一つのベンチに腰掛けるカップル。
「ぬぉぉぉ! そこのカップル!
朕がバグア本星に変わって粛正‥‥‥‥ぶげぇ!」
調子に乗って突撃するタッチーナの顔面に男性の拳がクリーンヒット。
己が走り寄った結果、タッチーナの体は進行方向へ投げ出されて派手に地面へ激突する。
「な、何ぃ‥‥獲物は正面から行ってはいけないボスクラスの獲物だったのかにゃ?」
「なるほど、こいつが噂の変態か」
タッチーナを殴った男――権兵衛・ノーネイム(
gc6804)は、改めてタッチーナの姿を間近で目撃する。
上半身はブラジャーのみ、下半身は紙オムツ。
バグアが何を考えてこんな強化人間を生み出したのかは理解できないが、依頼通り始末する他ないだろう。
「権兵衛・ノーネイム、キメラも一緒だわ。退治するよ」
カップルの女性、ジェーン・ドゥ(
gc6727)は眼前に立つオトモマグルーを見つめながら立ち上がった。
噂通り、酢味噌の香りがする奇妙なキメラだ。
こんな連中がカップル達の邪魔を続けていたと思うと寒気がしてくる。
「ま、まさかお前ら傭兵かにゃー?」
ようやく事態を飲み込み始めたタッチーナ。
しかし、タッチーナの不幸はまだ始まったばかりだ。
「タッチーナ発見!」
誰が見ても明らかな変態を発見して駆け寄ってきたのは、佐賀 剛鉄(
gb6897)。
珍妙なタッチーナの姿を改めて目視するが、理解に苦しむというのが率直な感想だ。だが、剛鉄の興味はタッチーナが強化人間として如何ほどの実力を兼ね備えているのかという事だ。
「ゲゲェ! 新たなボスクラスの登場かにゃー!?
しっと団、朕を護るんだにゃー」
「やれやれ、仕方ないにゃ」
白虎はため息をつきながら、100tハンマーを構える。
だが、タッチーナは今も傭兵達がこの屋上庭園へ集まりつつある事を、まったく知らなかった。
●
「うわぁ‥‥なーにアレ‥‥気持ち悪いの‥‥」
屋上へやってきた星威達だったが、星威の目に飛び込んできたタッチーナの姿で気持ち悪くなってしまった。
なにせ、何処を取っても理解できない異常な姿。
こんな存在をまともな思考の人間が見れば‥‥。
「あ、陽乃璃ねぇは見ない方がいいかも‥‥」
「‥‥や‥‥いやぁああっっ!
赤槻さんっ! 赤槻さんっ!」
星威が心配して無明へ声を掛けるが、時既に遅し。
タッチーナの姿を目の当たりにして、大騒ぎ。
かつて出会った事のない生粋の変態。依頼の過酷さを無明は改めて味わいながら、傍らに居た空也へ必死に縋り付く。
「だ‥‥大丈夫だ‥‥な、なんどがずる‥‥それ‥‥より‥‥俺が‥‥じ、死ぬ‥‥」
「あれ? あれぇえっ!?」
無明は縋るついでに空也の襟元を締めていたようだ。
このため、空也は首が絞まる形となり、敵と交戦する前に死にかける状況へ陥っていた。
「お楽しみのところ悪いんだけど、彼が回復するまで少し離れた方がいいんじゃない?」 カレー避けの合羽を手渡しながら、一時後退を促すミシェル。
既に屋上へ居たカップルも、戦闘が始まると同時に階下へ逃れていた。ミシェルが迅速に誘導してくれたおかげだろう。
「そ、そうさせてもらいます‥‥」
空也を支えながら、無明は現場から少し距離を置く。
戦う前から瀕死になるとは、空也の女難も相当なものである。
「さーて、ボクはあのマグロと戦って来ようかな」
元気な星威はオトモマグルーとの戦闘へ参戦するつもりのようだ。
「星威くん、大丈夫なの?」
「うん。大丈夫だよ、あんなの」
無明の問いに、星威は自信たっぷりに答える。
マグロからおっさんの手足が生えたキメラである。おまけに攻撃方法で負傷する可能性も低い。余程の事がなければ大丈夫だろう。
「そんなに心配なら手伝ってあげるわ。カップル誘導も終わったから、援護ぐらいできるから」
ミシェルは伊達眼鏡を持ち上げながら、相手を品定めしていた。
●
「それっ!」
エルレーンが繰り出す魔剣「デビルズT」の禍々しい突きは、オトモマグルーを防戦一方へ追い込んでいく。
そもそも、オトモマグルー自体が見る者に嫌悪感を与える以外に脅威らしい脅威はない。その上でエルレーンがファング・バックルで攻撃力を増強させているのだから、オトモマグルー程度では相手にならない。
「やっぱり、悪を退治するからには手を抜けないの」
「ほう。なら、こっちも手助けしてやるか」
権兵衛はジェーンに目配せを送り、ハーモナーとしての能力を発揮する。
ジェーンも権兵衛が対象としたオトモマグルーとは別個体を狙って意識を集中させる。
「いくぜっ!」
権兵衛とジェーンは、子守唄、呪歌、ほしくずの唄を順番にオトモマグルーへかけていく。
抵抗できない程貧弱なオトモマグルーは、子守唄の効果で強い睡魔が襲ってくる。
しかし、ここで悲劇が起きた。
「‥‥あれ?」
増援にかけつけた星威を越えて大きく弧を描くのは、オトモマグルーが投げ損ねたカレー入りのタル。
その星威の後方には走り寄ってくるミシェルの姿がある。
そして‥‥。
――バシュ!
地面の上で壊れるカレー入りのタル。
タルは砕け、中からカレーの汁が周囲に激しく飛び散った。
その一滴が、ミシェルの顔にぴとっと付着する。
「‥‥‥‥」
「どうしたの?」
振り返る星威。
そこには先程とは顔つきが変わり、怪しい笑みを浮かべるミシェルの姿があった。
「‥‥ふふ。覚悟はいいわね‥‥?」
些細な攻撃ではあったが、ミシェルにとっては攻撃に他ならない。
この一撃が、ミシェルの黒い部分を引き摺り出す。
ガトリング砲を構え、強弾撃と豪力発現を施された弾丸を打ち出し始めた。
「後悔しても‥‥遅いですわよ」
黒い笑みを浮かべながら、狂乱のミシェルがオトモマグルーに向かってガトリング砲を掃射。子守唄の効果はガトリング砲の砲撃で失われているが、呪歌の影響で穴を掘って逃げる事もできない。
全身に弾丸を受ける他、何もできないオトモマグルー。
「面白そうっ! ボクも呪歌やってみようっと」
「私も負けられません! 行きますよ!」
ミシェルの動きに合わせて星威とエルレーンもオトモマグルーを仕留めるべく動き出す。
――どうやら、大方の予想通りオトモマグルー2体は傭兵達によって倒される事は間違いないようだ。
●
一方、残りの変態の方と言えば‥‥。
「あれもこれも‥‥全部テメェの所為だぁああ!」
呼吸困難に陥っていた空也はタッチーナ撃退を試みていた。
瞬天速で一気に接近、空也の渾身の力を込めてタッチーナを殴り飛ばす。
「ぶべらっ!」
恨みが込められた一撃はタッチーナの体を後方へ吹き飛ばし、顔面から幹に激突。肉が叩き付けられる鈍い音を発した後、ゆっくりと地面へと落下していった。
実際、空也の女難はタッチーナが居ても居なくても発生しているのだが、空也にしてみれば今までの鬱憤を晴らせればそれでOKなのである。
「どうだっ!」
肩で息を切らせる空也。
だが、その傍らに居る緑川の面持ちは暗い。
「甘いですわ。
確かにその物体は紳士を自認しながら、やっている事はただの変態です。ですが、今まで何度叩きのめされても悪事を働く理由があるのですわ」
「え? あの変態さんは、普通の変態さんじゃないんですか?」
無明は緑川の言葉に首を傾げる。
それに呼応するかのように、地面へ拉げていたタッチーナの体が再び動き出す。
「ぎゃぉぉぉん!
朕は変態じゃないにゃー! 優雅にして華麗なバグア界の紳士。右投げ右打ち永久欠番のチェリーボーイですにゃー!」
顔から血を流しながら、タッチーナはゆっくりと起き上がる。
「その変態は、回復能力だけは超一流。噂ではブーストをかけたKVの攻撃でも生きていたそうですわ。
頭の方は三流以下ですが、倒すとなると想像以上に厄介ですわね」
今まで依頼でタッチーナと対峙してきた緑川の説明。
それは強化人間にして超回復を手にしている事。如何なる傷も再生を始め、瞬く間に復活してしまうという。ただ、頭の方が残念すぎるため、タッチーナが傭兵の脅威となる事は永遠に訪れないだろう。
「こうなれば、朕の軽いボウガンで‥‥」
「き、きゃーーー!」
無明は思わず悲鳴を上げた。
顔面から流れ出る血を拭かずに復活したため、顔面の半分以上が血まみれになっている。スプラッター映画であれば間違いなくB級作品的な映像である。
「‥‥ん?
ああ、失礼。紳士とした事が、レディーの前で朕のブラジャーがズレていたにゃー」
無明の悲鳴を受け、タッチーナは背中に手を回してブラジャーを直し始める。
前の空也に見られないように、意識しながら直す様は傭兵達をイラつかせるには十分過ぎた。
「さて、それでは気を取り直して。
朕の軽いボウガンで拡散弾をお見舞いしてやるにゃー」
緑川に向かってタッチーナはボウガンを構える。
今から打ち出す弾を予告してしまう時点でタッチーナの頭が悪い証拠だ。
だが、緑川はタッチーナを前にして静かに笑う。
「ふ‥‥ふふ‥‥女の子にG入りの拡散弾。せっかくのドレスをカレー塗れにしようという魂胆‥‥。
不死身の回復力、持っている事を後悔させてあげます」
繰り返される女性への蛮行に、緑川の怒りも限界に達していた。
電波増強を施し、超機械「ライジング」を片手にタッチーナへ正面から挑む。
「へっ。朕に正面から挑むとは。
朕は超エリート。下級戦士などに負ける理由は‥‥ぶべっ!」
「あ、ゴメンにゃ」
軽いボウガンを片手に格好つけるタッチーナの後頭部に衝撃が走る。
見れば、白虎が100tハンマーを振り回した際にタッチーナを攻撃してしまったようだ。
「な、何するにゃー! 朕はバグアでも大切な国宝級の存在。
某球団も最高金額で入団交渉する程の‥‥」
緑川に背を向けて喚き散らすタッチーナ。
戦闘中とは思えない、緊張感のまったくない状況。
だが、今日の緑川は怒りに震えている。
面白いキャラクターでも容赦する気はまったくない。
「‥‥怒りは今、ここへ、憎しみは集まっていく。愚行を止めるために、恋人達の怨嗟、貴方へと届けと」
「うおっ!」
緑川の呪歌がタッチーナの動きを封じる。
さらに緑川の手に握られていた超機械「ライジング」が唸りを上げる。
強力な電磁波がタッチーナの周囲に発生、タッチーナに激しい衝撃が伝わる。
「如何です、恨みの込められた攻撃は?」
「うぉぉぉ! 止めろ、傭兵! ぶっっとばすぞぅ−!」
動きを封じられて電磁波を浴びせ続けてみるが、タッチーナは意味不明な言葉を繰り返して気絶する気配もない。
これでドMであれば快楽によって焦点させる事も可能だったのかもしれないが、残念ながら性癖までは変態に染まりきっていないようだ。
「‥‥くっ、これでもダメとは思いませんでしたわ」
「あ、かれーまにあさんで困っているの?」
オトモマグルーを片付けたエルレーンがタッチーナ退治の手伝いに来たようだ。
「ええ。ですが、攻撃しても堪えない始末で‥‥」
「ああ、それなら大丈夫ですの」
エルレーンは動きの封じられたタッチーナの背後に回り込む。
そして、渾身の力を込めてタッチーナの尻を蹴り上げる。
「私からの‥‥プレゼント、ですの!」
「‥‥ぎゃぉぉん!」
エルレーンの単なる蹴り。
だが、タッチーナの反応は予想外のものであった。
「‥‥い、いや‥‥やめて!
そこは‥‥入れる事じゃ‥‥きゃーーーー!」
悲鳴を上げてのたうち回るタッチーナ。
緑川には訳が分からない。
「どういう事ですの?」
「私も聞いた話だけど、以前かれーまにあさんを襲っちゃった人が居たらしいの。
それ以来、あの人はお尻のダメージに対してトラウマを抱えているらしいの」
つまり、過去の事件でタッチーナを抱いた豪傑が居るらしい。
その結果、タッチーナは尻へのダメージを受けた時点で過去の思い出がリフレイン。泣き叫ぶ程の精神的ダメージを与えられるという訳だ。
正直、タッチーナを襲って抱いた人物がどんな者なのかを想像したくないのだが、弱点を作ってくれたのはありがたい。
「なら、うちの出番やな!」
弱点が判明した段階で、剛鉄はタッチーナに向き直る。
「なんかやべぇにゃー。
しっと団、また朕を護るにゃー」
「嫌だ」
タッチーナの申し出をあっさりと拒否する白虎。
「なにぃ!? しっと団とカップルハンター3Gは手を結んだはずだにゃー」
「まだ気付かないとは、つくづく馬鹿だにゃ。
お前の仲間になったフリをしてここに連れてきたにゃ。他の傭兵達がここへ集まってきたのもボクが呼んだからだにゃ」
白虎はこの屋上庭園へタッチーナを連れてくる事を目的としていた。
仲間のフリをして油断させ、一気に逃げ場のない場所へ追い詰める。すべてはタッチーナを罠に嵌めるための行動だったのだ。
「大体、お前みたいなのと一緒にされたくないわ!」
「は、謀ったにゃ! しっと団!」
「ふふふ、お前の語尾を呪うがいいにゃ。
口調が被っているんだにゃ。お前みたいな変態と一緒とか、どんな罰ゲームだっ!」
「しっと団だけに、まさか朕の語尾にまでしっとしていたとは‥‥。
恐るべし、しっと団!」
白虎の言葉を理解していないタッチーナであったが、馬鹿を説得するのは疲れるだけである。
白虎は、剛鉄へ道を空ける。
「それ、いくでっ!」
瞬天速でタッチーナの後方に回り込む。
そして、両手に装備したディガイアに対して急所突きを発動。初撃で左手のディガイアが紙オムツもろとも尻を引き裂く。
同時にタッチーナの体に痛みと恐怖がわき起こる。
「ぎゃ! 朕の、し、尻ぃぃぃ!」
「まだまだ!」
剛鉄の左腕が手首の位置まで到達した時点で引き抜くと、今度は右のディガイアが動き出す。鋭刃で加速した攻撃が再びタッチーナの尻に突き刺さる。
「トドメやっ!」
右手を引き抜くと同時に、タッチーナの足を払って転倒させる。
「い、いやー! やめてー!
朕のチャームポイントを、取らないでー!」
転倒したタッチーナからブラジャーと紙オムツを奪う剛鉄。
さらに仰向けにして何度も股間を踏みつける。
――男性諸君なら恐怖以外の何物でもない行為をご理解いただけるだろう。
だが、女性の剛鉄にはこの恐怖は理解できない。
蹴りの速度はどんどん上がっていく。
「ま、こんなもんやろか」
一汗掻いた剛鉄。
その足下には泡を吹いて気絶するタッチーナが横たわっていた。
●
戦闘後。
帳が落ちて周囲に誰もいなくなった屋上庭園。
この場所に権兵衛とジェーンの姿があった。
辺りは、静寂が支配。
音がすべて消え失せてしまっている。
その世界に、権兵衛とジェーンは確かに存在している。
アダムとイヴ。
そう想えてしまうのは、この奇妙な空間のせいなのだろうか。
「誰も居ないか‥‥じゃ、始めるか」
「ええ」
ジェーンはたった一言だけ答える。
それだけで十分だ。
何故なら、二人の邂逅はこれから始まるのだから。
「いくぜ」
権兵衛はジェーンに視線を送った後、己の熱き魂を歌にして吐き出した。
その歌に乗せてジェーンが演奏。
空気が震え、世界に再び音が舞い戻る。
それも、静寂から激動へと変化して様々な音が生まれる世界。
権兵衛とジェーン。
二人は、僅かな間に世界の創造主へと変わっていた。
●
権兵衛とジェーンが屋上で演奏を行っていた頃。
もう一つのカップル+1は――。
「ナンか食べよーよー! もう年越しだよぉ!
おソバ! おソバ!」
星威が無明と空也に年越しそばをねだる。
もうすぐ、年も明ける。
ソバを手繰るのも悪くはない。
「そうだな。せっかくだから、ソバでも喰っていくか」
「やった! 空にぃのおごりだ!」
「え?」
ソバを食べていく事には賛成したが、ご馳走するとは一言も言っていない。
星威が勝手に話を進めていく事に危機感を覚えたが、既に取り返しのつかない状況となっていた。
「あ、あの‥‥ありがとうございます。ご馳走になりますね」
無明が空也へ謝意を述べる。
こうされてしまっては、今更自分のソバは自分で払えとは言い出しにくい。おまけに先程星威に突き飛ばされて密接してしまった二人だ。下手な心証は持たれたくない。
「あ、ああ‥‥。せ、折角だから食べてくれよ」
必死に冷静を装う空也。
前を進む星威と無明を見ているだけで、何となく微笑みが生まれている事には気付いていないようだ。