●リプレイ本文
緑川 めぐみ(
ga8223)は、遠くを見つめながらため息をついた。
今回の依頼はタイのクルンテープ市内にある巨大ショッピングモールに出現したキメラの掃討。
この依頼文だけ読めば、他の依頼と何も変わらない。
悩むことなく、普通にキメラを探し出して倒せばいい。
しかし、緑川の前に立つキメラは――。
「いいですねっ! その気持ち悪さに、その変態さに愛を感じます」
未名月 璃々(
gb9751)は、目の前に立つマグロ型キメラを撮影するのに必死だ。
様々な角度から撮影を試みるが、マグロの流線型に生える毛だらけの手足が背筋に悪寒を走らせる。
「あの‥‥そろそろ戦闘しても宜しいかしら?」
「え? ああ、もう少し‥‥」
緑川の言葉に空返事に未名月。
未名月は『変態キメラコレクター』と呼ばれ、変態キメラ全集を作成する事を目指している。目の前のマグロ型キメラの気色悪さは今まででも突出。ファインダー越しでも気色悪さが伝わってくるのだから、ここで気色悪さを是非とも後世に伝えなければならない。
未名月が撮影を行っているため、いつまで経っても戦闘に入る事ができない。
だが、緑川の懸念はこれだけでは終わらない。
(あのキメラが居るという事は‥‥やっぱり、アレもここに居るのでしょう)
アレを思い出して、緑川は再びため息をつく。
マグロ型キメラだけでこの騒ぎなのだ。アレと遭遇すれば未名月がどのような行動を行うのか。
考えるだけでも精神的疲労が蓄積していくようだ。
「なぁ、もういいだろう? やっちまおうぜ」
ビリティス・カニンガム(
gc6900)が緑川に視線を送る。
未名月の撮影もそろそろ五分を経過しようとしている。情報によれば、巨大ショッピングモールは地上8階、地下2階。そこへ2000もの店が出店しているのだが、この巨大な建物からマグロ型キメラを探し出さなければならない。最初の一匹から躓く訳にはいかないのだ。
「そうですわね‥‥戒めの鎖を、あなたの手足に。我らの願いは留まること。だから、私は歌い続ける。私のそばにいて欲しいと‥‥」
ビリティスの要望に応え、緑川は呪歌を発動。
マグロ型キメラは、その場で動きを止める。
微動だにしないマグロ型キメラに対して未名月は、更に撮影スピードをアップする。
「そのポーズいいですね! ここから二の腕に溜まったセルロイドで気色悪さが倍増です」
「な、なんか良く分からねぇが‥‥さっさと片付けさせてもらうか」
ビリティスはマグロ型キメラの口にウォッカを注ぎ込む。
45%以上のアルコールを持つウォッカがマグロ型キメラの体を駆け巡り、マグロ型キメラは呪歌で身動きを止められたまま酔い潰れてしまった。
「普通に喰ったら酢味噌臭いのに、酒飲ませたら旨くなるんだよなぁ。本当に変なキメラだぜ」
ビリティスがウォッカを飲ませたのは、マグロ型キメラを調理して地元の人に振る舞う為だ。近づいただけで酢味噌臭いのに、酒を飲ませれば黒マグロに匹敵する上質のマグロへと変貌する。
何故このような生き物なのか。
それはさっぱり分からない。
「へぇー! それはまた変態なキメラですね。一体、何処の誰がこんなキメラを考えたのでしょう?」
必死にメモを取る未名月。
その傍らで緑川が、ぽつりと呟いた。
「そのキメラを作ったバグアは、遭遇できますわ。すぐに」
●
走れ! 走れ! 走れ!
エルレーン(
gc8086)は、ショッピングモールを一人で走り回っていた。
何故、そこまで走らなければならないのか。
マグロ型キメラを倒すため? ――否。
依頼を早々に完遂するため? ――否。
すべてはエルレーンの心の底から沸き出した一つの『欲求』が起因している。
(こっ、こうしちゃいられないの。行かなきゃ‥‥行かなきゃ!)
エルレーンの心がざわめき、速度はより一層上がる。
自分でも何故その欲求が沸き上がったのかが分からない。
強迫観念――そう表現しても差し支えない。
とにかく、その命令を遂行しなければならない。
拒否権は、ない。
今すぐ、それをしなければならないのだ。
(かれーまにあさんの‥‥お尻を蹴らなきゃいけない。そんな気がするの!)
尻を蹴る。
その行動に如何なる意味があるのか。
それは、エルレーンにも分からない。
●
「今回の依頼、よく分からないのよね‥‥」
クレミア・ストレイカー(
gb7450)は、倒したマグロ型キメラの傍らで呟いた。
超機械「魂鎮」でマグロ型キメラを発見次第撃破しているのだが、驚く程に弱い。
本来クレミアは、リボルバー式の拳銃を得意としている。今回、可能な限りショッピングモールの不要な破壊を避けるために超機械で戦っているのだが、マグロ型キメラは呆気なく倒されていくのだ。
慣れない兵器で不利を強いられるかと思っていたが、拍子抜けとはまさにこの事だ。
「この弱さ‥‥キメラとして問題じゃない?」
「んー‥‥ボク、よく分からない」
レガシー・ドリーム(
gc6514)は、可愛らしさを強調しながら答えた。
マグロ型キメラを電波増幅された超機械「ビスクドール」で攻撃していくのだが、本当にあっさり倒されていく。
これなら、仮にクレミアとレガシーが重傷を負っていたとしても、マッチ棒一本で倒せてしまえるかもしれない。
「でも、こんな可愛い子と二人きりならいいか‥‥」
「え? なんですか?」
クレミアの独り言にレガシーが反応する。
まさかクレミアにとって、童顔の15歳少年と一緒である事が至福の一時だ、とは答えられない。女装して女性らしい口調ではあるものの、希に見せる体のキレにドキっとさせられる。
もし、レガシーが半ズボンを履いてクレミアの胸に顔を埋めてきたら――。
「どうしたのです?」
首を傾げるレガシー。
クレミアは平静を装いながら答えた。
「いや‥‥何でもない‥‥。
それより、このキメラを生み出した奴は‥‥どんな奴なのだろうな」
●
マグロ型キメラを生み出した元凶。
それはこの巨大ショッピングモール地下1階で、叫んでいた。
「探すにゃーっ!
尻の強化は間違いなく、ここにあるはずだにゃー!」
タッチーナバルデス三世(gz0470) は、ファーストフード店の前で一人威張り散らす。
カイゼル髭に、黒いブラジャー。紳士の嗜みで紙オムツを装着する強化人間。バグアの手違いで生まれたものの、返品も効かず野に放たれた変態。琵琶湖辺りならばブラックバス同様に環境破壊の元凶として指定されそうな存在だが、こんな馬鹿でも弱点は存在していた。
「あの憎い傭兵達を見返してやる為にも、ケツを強化するにゃー。謂わば、『タッチーナ・バルデス三世2』として爆誕してやるにゃー。
あ、今なら前売り券予約でタッチーナ特製生ハムメロンが付くにゃー」
三世なのに2へ爆誕と意味不明な事を言っているが、タッチーナを理解しようという方が無理なのだから仕方ない。
ちなみに、タッチーナはある人物に尻を掘られてトラウマを抱えていた。超回復だけが取り柄の変態だが、この弱点を克服したいらしい。このビルに尻を強化する秘術があると信じて襲撃を掛けたようだ。それ、尻の強化ではなく、単なる穴の拡張なんじゃ‥‥。
「あっ! 居たっ!」
地下1階で最初にタッチーナを発見したのは、未名月であった。
「な、なんにゃ!?」
「尻を下さい。とりあえず、貴方は私のモデルですよー」
尻を要求した上でモデルだと告げる未名月。
普通ならば、未名月を怪しがるだろう。だが、相手は頭の方が残念過ぎるタッチーナ。勝手に言語の脳内で変換してくれる。
「ほほぅ。つまり、朕のファンという訳かにゃー?
ついに朕の魅力はフェロモンとなって人類を侵略。地球全土を朕のファンで埋め尽くすハルマゲドンが発動したと見たっ!
よかろう! 美の女神も嫉妬してBLゲーにのめり込んでしまう朕の魅力を堪能するといいにゃー」
「‥‥遅かったようですわ」
後から走ってきた緑川とビリティス。
突然未名月が走り出した為、嫌な予感がしていたのだが、その予感はしっかり的中したようだ。緑川とビリティスの心配をよそに、未名月はインタビューを開始した。
「まずはお名前を」
「タッチーナ・バルデス三世。字は拡散プロトン砲。好きな食べ物は梅きゅうのきゅうりを食べ終わった後に残された梅だにゃー」
「右側ですか、左側ですか?」
「右投げ右打ち。世界を制するサウスポーだにゃー」
「三世という事は、二世や一世もいらっしゃったんですか?」
「二世や一世は朕に力を与えて死亡。悲しみを力に変えて人類と戦っているにゃー」
「ハッテン場ではどのような恋人を募集ですか?」
「ドリブルでセンターを突破できるだけの個人技を持った恋人が必要だにゃー。パスで繋いでいくだけでは世界に勝てないにゃー」
未名月とタッチーナの間で交わされた会話。
まったく意味不明なのだが、その意味不明ぶりが未名月の中でタッチーナの変態度合いをアップする。強化人間なのに変態キメラ全集を巻頭カラーで飾ってしまうかのような勢いだ。
褒められたと勘違いしてご満悦のタッチーナ。
しかし、ここから傭兵達の攻撃が開始される。
「はぁ、はぁ‥‥み、見つけたなのっ。‥‥私の、おしり!」
エルレーンがタッチーナを発見。
駆け寄って間合いを詰め、体重を乗せたミドルキックを尻へお見舞いする。
――だが。
タッチーナの尻から放たれた音は、軽い金属音。
タッチーナの尻が改造されたのだろうか。
「な、なに?」
「ふふ、こんな事もあろうかと朕は紙オムツの下にフライパンを仕込んでおいたにゃー。」
ドヤ顔のタッチーナ。
どうやら、何処で知識を得たのか、紙オムツの下に物を挟んで安心感と爽快感をゲット。このショッピングモールでマグロに探された知識なのだろう。馬鹿なりに生意気ながらも智恵を付けたようだ。
「ぬわっはっは!
朕の防御は鉄壁。毎回尻を叩かれると思ったら大間違い‥‥」
「なら、これは如何でしょう?」
緑川はタッチーナの尻に向けて超機械「ライジング」を使った。
電磁波ならばタッチーナの尻にフライパンがあっても関係ない。それどころか、フライパンも熱を持ち、タッチーナの尻が電磁波と熱のダブルパンチ。
「あちーっ! このままでは朕の尻がこんがりきつね色なんじゃにゃー!」
慌ててフライパンを紙オムツから取り出す。だが、それが鉄壁の防御が崩れた事を意味する。
「くっ‥‥こいつ‥‥」
そこへクレミア達も駆けつける。
タッチーナの気色悪さに一瞬怯んだクレミアであったが、レガシーは敵を発見して素早く行動に移る。
「見るのも、おぞましい。ヘンタイは滅菌です」
男の娘は変態じゃありません。
確立したジャンルです。
そんな否定が何処かから聞こえてくるかのようなレガシーは、味方へ練成強化。さらにタッチーナへ練成弱体を施す。
瞬く間にタッチーナから力が抜けていく。普段なら一般人の不良中学生に負けそうな雰囲気を持つタッチーナだが、今なら元気なトノサマバッタにも敗北しそうな顔つきに変貌する。
「今だっ!」
再び鋭い蹴りを放つエルレーン。
まるで沖縄の海に向かってシュート練習するサッカー選手のような気迫。
その気迫は虎のそのもの。尻をボールに見立てて幻のゴールに向けてシュートを放つ。
「ファイヤーーー!!!」
強烈な一撃がタッチーナの尻に炸裂。火の玉のように吹き飛んだタッチーナは顔面から地面へダイブ。地面を擦りながら滑っていく。
ずりずりずり。
床に赤い血痕を付けながら吹き飛ばされるタッチーナ。
普段ならこれで終了なのだが――今回ばかりは違った。
「‥‥気持ち、いい」
「え?」
クレミアが一瞬、たじろいだ。
練成弱体で弱体された上に尻へ受けた攻撃。
トラウマを抱えていればこれで沈黙するはずなのだが、そのセリフはクレミアに嫌な予感を抱かせた。
「ふっっかーつっ! 朕へ快楽を与えて籠絡するとは、これは新たなる作戦!? 否、朕の魅力に翻弄された傭兵達の暴走!?」
超回復で立ち上がるタッチーナ。
快楽を与えた気が毛頭ないのだが、勝手に快楽へ変換してしまったようだ。
「タッチーナ、とうとう別の世界へ旅立ったのですか?」
一抹の不安を抱えながら、緑川は超機械「ライジング」で電撃を加えていく。
普段なら黒こげにした後、頭頂部の毛がアフロになってしまうはずだが。
「ぬわわわーー!
さては、朕を快楽で調教しておかしな玉に収納しようとしているにゃー!? そうはいかないピカー!」
痺れながらも訳の分からない事を口走るタッチーナ。
言葉通りならば、緑川の懸念通りタッチーナに新たな属性『マゾ』が付与された事を意味する。痛みを快楽に変換。さらに超回復で復活するというのであれば、天然サンドバック。おまけに気色悪いオプションも標準装備。変態度合いがレベルアップした事を意味している。
「マゾもこの場で覚醒!? 何と言う変態成長度!」
未名月はタッチーナの傍らで撮影に必死。
今までなら呪歌をたまに付与してくれたのだが、タッチーナの変態ぶりに大興奮。巻頭カラーどころか、特集ページを組んでOL達に配布しそうな勢いだ。
「どうする? これ」
最早、呆れ顔のクレミア。
クレミアの銃で脳天を撃ち抜く事も可能だが、相手はKVのパンチでも生きていた変態。脳天に叩き込んでも生き返ってくる可能性が高い。
「仕方ねぇな」
ビリティスは近づくとタッチーナの尻にドライヤーを最大にしてスイッチオン!
突如として襲い掛かる強風のドライヤー。しかも、拾ってきた店が違法な匂いがするショップだったのか、改造されて通常よりも強い熱風を噴き出している。おそらく、タッチーナの紙オムツの中では尻の毛が縮れていくような熱風が吹き荒れている。
「‥‥ぎゃー! 朕の尻が熱いっ! でも、この熱風が、気持ち‥‥いい! 堪らねぇにゃー!」
熱風を浴び続けたタッチーナは、尻の毛を燃やしながらドライヤーの熱風を浴びて悦びの叫びを上げつつ走り去った。
Mっ毛をゲットしたタッチーナは変態度と気色悪さをゲット。
人気ランキングを行えば断トツ最下位のポジションをゲットしたタッチーナを前に、緑川は頭痛を覚えた。
「‥‥最低ですわ」
その後。
マグロ型キメラはすべて撃退。
ビリティスが付近住民にマグロ料理を振る舞い、傭兵と住民の間で囁かな親睦会が開催された。気色悪いマグロ型キメラだったが、姿を見ていなければマグロとしては上質。珍しい食材に住民は舌鼓を打っている。
「どんどん食ってくれよー!」
ビリティスが網の上でマグロを次々と焼き続けている。
香ばしい香りが周囲に流れている。
Mっ毛を与えた上、いつの間にかタッチーナに逃走されてしまったが、傭兵と住民の間で素晴らしい一時を過ごせた吉宗‥‥じゃなく、傭兵達であった。