●リプレイ本文
「さぁ、ステージの始まりだにゃー! ファイヤー!!」
シンガポールの某港で、タッチーナ・バルデス三世(gz0470)が舞台の上で高らかに叫ぶ。
既に舞台前には多くの観客が集結。今から何が起こるのかと心を躍らせて待ちわびている。実はタッチーナは己の隠しても隠しきれないカリスマ性とフェロモンで、一般人を虜したいらしい。
本人曰く、虜にした一般人を先兵として人類に攻撃を仕掛けるそうだ。
「虜にした奴らは朕と同じように紙オムツ着用を義務づける。
朕とマグロに忠誠の誓いを立てさせて指輪の交換をさせるんだにゃー」
やれるものなら是非やってみて欲しい。
馬鹿に付いていく奴は、いないだろうから。
「まずは朕の部下達であるマグロを紹介‥‥」
「良い子の皆はもう少し下がってみて下さいねー」
タッチーナが舞台でイケメンポーズを取っている最中、舞台前ではエルニー・トライリーフ(
gc6660)が市民を誘導していた。
小学生にカツアゲされそうなバグアNo1のタッチーナが相手とはいえ、一般市民を巻き込む訳にはいかない。危険が及ばないように舞台から離すように市民を誘導しているが、その姿は完全に歌のお姉さん。
既に舞台前面に陣取ったお子様達から、絶大な支持を勝ち取りつつあった。
「おいっ! そこの姉ちゃん! 朕より目立つんじゃ‥‥」
「これは、邪悪なるマグロに洗脳された哀れな漁師タッチーナを救う為に立ち上がった、愛と正義のヒーローの姿を描いた物語である」
再びタッチーナの言葉は遮られる。
舞台袖でトゥリム(
gc6022)が拡声器を使って嘘ナレーションを付けているのだ。
ご丁寧に拡声器で増強されたトゥリムの声は遠くまで響き渡る。さらに、舞台がヒーローショーという事になってしまったため、舞台に集まっていた観客からは拍手が巻き起こった。
「にゃ、にゃにぃー!?
何か朕の知らない間に‥‥ってぇいうか、漁師って何だにゃー!」
トゥリムのナレーションに愚痴るタッチーナ。
どうやら、トゥリムの中でタッチーナは『マグロ漁師』という位置づけになっているらしい。
そもそも強化人間はバグアに洗脳されて体を改造された悲しい存在。しかし、タッチーナに関しては別の意味で悲しい存在。異常に衣だけが大きいエビ天に出会ったかのような残念感が、タッチーナをバグアから一漁師に格下げしたのだろう。
「わー、このままじゃ大変なのでっす。助けてー」
完全に棒読みで叫ぶエルニー。
それに釣られて子供達も助けを請う。
そして、困った者が居るならば――当然、救う者も現れる。
「邪悪に魅入られし哀れなマグロと貧相な変態よ、それ以上は許さん!
この『絶闘!ガ・ザーン』が相手だ!」
「天知る、海知る、マグロ知る〜。
海洋戦士『海獅子』参上。海のマグロを改造するタッチーナ、お前を許しはしない。そして、改造マグロ達を倒して海に還す」
ヒーローとして登場したのは、龍深城・我斬(
ga8283)と佐賀狂津輝(
gb7266)。
龍深城はナイト・ゴールドマスクとカプロイア伯爵のマント、佐賀はコスチューム「ヒーロー」にタテガミを付けて颯爽と登場。ヒーローらしく、タッチーナを前に二人で対峙する。
「本当にヒーローっぽいのまで現れたにゃー!? これでは朕が悪役だにゃー!」
バグアなんだから、地球では悪役なんじゃ‥‥と思うだろうが、如何せんタッチーナだけに悪っぽい部分は皆無に等しい。既に観客の一部はコントだと勘違いして笑いが漏れ始めている。
困惑するタッチーナ。
そこへ迅雷で急接近した龍深城がそっと耳打ちする。
「ガ・ザーンニュース。最近、特撮物の美形悪役が大ブーム。奥様方は勿論、世のあらゆる女性にモテモテだっぜ!」
「なんじゃって!? ってぇ事は、マフラー巻いて微笑んでいるだけで、奥様方からの政治献金だけで一財産築くのも夢じゃねぇだにゃー」
ヒーローショーへ持ち込むべく、龍深城が嘘情報を流す。
敵である龍深城からの情報をそのまま信じるバグアは居ないと思うかもしれないが、タッチーナはマグロ漁師扱い。都合の良いように解釈して調子に乗る事は誰よりも得意であった。
「‥‥むわっはっは! 出たな、ヒーロー共!
朕の前で土下座させてレンジでチンしてくれるわー!」
早速悪役っぽく振る舞うタッチーナ。
このまま煽てれば、何でもやりそうな気がしてならない。
「あくのごんげ、たっちーなを倒すため、わららが今参上じゃぞ!!」
正木・らいむ(
gb6252)がレイピアを握り締め、タッチーナを指し示す。
マグロとヒーロー達の戦いが、今――舞台上で始まった。
●
戦いのゴングが鳴り響き、現れたのはタッチーナの部下であるマグロ型キメラ達。
マグロの体に毛だらけの手足を生やしたキメラ。おまけに体臭が酢味噌臭いという特徴を持つ。既に臭いで市民達が顔をしかめているが、これから起こるであろう大立ち回りを前に希望を抱かずにはいられない。
「それ、それっ!」
正木はレイピアを巧みに操り、マグロを海の方へと追い詰めていく。
舞台上で良い子に血を見せる訳にはいかない、という配慮でレイピアの切れ味を鈍らせてある。斬るというより叩くに近い形となったレイピアだが、マグロと対峙にするには十分過ぎる。
マグロの突きに合わせてレイピアの先端をマグロの手元近くまで這わせる。そして、銛を絡め取り銛をマグロから奪い取った。
「これでどうじゃ!」
トドメとばかりに、レイピアで突きを放つ。
マグロの体は、バランスを崩して海へと投げ出される。
「のうのう、かっこいいじゃろ? かっこいいじゃろ?」
格好良く決まった技に惚れ惚れする正木。
その背後では佐賀が、超機械「カトブレパス」で奮戦していた。
「マー ライオン パワーーー」
叫びと共に筋肉質の体を滾らせた佐賀は、練成弱体で弱らせたマグロの体を掴み、海に向かって投げ飛ばした。
慌てふためくマグロであったが、重力には逆らえない。
佐賀はヒーローらしさをアピールしながら、マグロを海へ放り込んでいく。
「剛烈一閃撃っ!」
龍深城は、空に向かってソニックブームを放った。
タッチーナの手勢は陸上のキメラだけではない。マグロの体に鶴の羽を生やした空を飛ぶキメラが存在していた。何故か網タイツを装着して空を飛び回るその姿は、見る者に不快感を与える。
「!」
龍深城が放ったソニックブームは、次々とマグロを海へ叩き落としていく。
そして、海の中には傭兵達が用意した『マグロ』が待機している。
●
(そんな手足を生やした体では、完成された流線型を生かしきれずに自滅するだけですよ)
舞台裏の海中では、通常タイプとされるマグロ型キメラをマグローン(
gb3046)が撃ち倒していた。
あくまでも舞台としてキメラを退治する事に決めていた傭兵達。キメラを倒すには血を見る以外に方法はない。だが、傭兵達は市民に流血を見せないようにするため、敢えてマグロ達を海へと叩き込み、待機していたマグローンがマグロ達を始末するという訳だ。
もっとも、マグローンが水中に居続ける関係上、市民達はマグローンの存在を知る術はない訳だが。
(させませんっ!)
通常タイプのマグロの武器はスピード。
ならば、そのスピードを殺す戦い方をするべきだ。
マグローンはマグロ相手に旋回を多様。直線的な移動を避け、可能な限り小回りを効かせる。マグロのスピードは直線で有効となるため、頻繁な旋回では十分なスピードを出す事ができない。
(今ですね)
隙を見てマグローンは獣突を発動。
マグロが怯んだ隙に試作型水中剣「アロンダイト」の一撃を浴びせかける。
アロンダイトの一撃はマグロのエラを引き裂き、海中に赤い花を咲かせる。身を傷つけないように倒したのは、龍深城がマグロを食べる事を楽しみにしていた為だ。
圧倒的な攻撃でマグロ達を追い詰めていく傭兵達。
しかし、本番はここからであった。
●
「‥‥‥‥さっさと終わらせる」
海面から顔を出したマグロに向かって、援護射撃を発動するトゥリム。
拳銃「パラポネラ」にサプレッサーを装着しているため、銃声は思ったより響かない。
観客は舞台上のヒーローとタッチーナに夢中。流血するキメラなど、見せる必要はない。トゥリムは黙々とマグロを倒し続ける。
――そして。
気付けば舞台上にマグロの姿はなく、敵はタッチーナ一人だけ。
舞台はいよいよ佳境を迎えようとしていた。
「悪は、絶対に滅ぶのでっす! ヒーロー達の活躍を皆で祈りましょう」
「ぶわっはっは。この程度で朕達のマグロが終わりと思っているのかにゃ?
今こそ、マグロの力を結集するにゃー!」
タッチーナは、舞台の上で高らかに叫ぶ。
だが、舞台の上に何かが起こる気配はない。
実は、異変は海中で起こっていた。
●
(‥‥あ、あれは!?)
マグローンの視界に入ったのは一匹のミナミマグロ。
産卵期を迎え、つがいとなる相手を探す雌のミナミマグロである。
我々一般人視点では、そのミナミマグロは、築地辺りで尻尾切られて凍り付いた体を地面に晒す予定の単なるマグロにしか見えない。
しかし、マグローンにとってはボンッキュッボンッの超絶美人。パツキンの姉ちゃんがおっぱい丸出しで南青山をどや顔で闊歩している状態だ。男性――否、雄であるマグローンがおっぱい‥‥じゃなくて、ミナミマグロを放置できるはずもなかった。
(ああ、あの体色はどうだ‥‥身焼けもせず、瑞々しさが溢れている。
その瑞々しさが私の心をそっと癒してくれる。
そして、あの力強く水を蹴る尾ビレ。私の心にも波風を立て、この身を奮わせる‥‥)
自称『産卵期は2ヶ月後』のマグローンであったが、魅惑のミナミマグロの艶姿は罪深かった。
マグロ型キメラとの戦闘中であったが、完全に視線はミナミマグロに一極集中。予定であれば、産卵期には『南国で愛のダンスパーティーを満喫』するのだがマグローンの中にある雄が2ヶ月という時間を超越しようとしていた。
(こんにちは、南のレディ。ちょっと一緒にマツイカでブレークしない?)
我慢の限界に達したマグローンは、ミナミマグロを即ナンパ。
だが、中学生にも敗北しかねないマグロ型キメラが相手だったとはいえ、今は戦闘中。相手に完全な隙を与えてしまった。
(‥‥‥‥!? しまったっ!)
マグローンが気付いた時には、遅かった。
海中で生き残ったマグロ達が一斉に海上へ移動する。
まるで、何かに導かれるかのように――。
●
海中から次々と飛び出してくるマグロ達。
生き残っていた通常型、陸上型、飛行型のマグロ達がタッチーナの前に集結。
そして、組み体操の要領でお互いの体を支えて行く。
「な、なんじゃこれは!?」
正木は、思わず叫ぶ。
そう叫ぶのも無理はない状態だ。最下段に陸上型マグロが中腰で陣取り、その上を通常型が横たわる。さらにその上には、プリマドンナ顔負けのつま先立ちで飛行型が翼を広げてポーズを取っていた。
「見たか!
これぞ、陸・海・空のマグロが力を結集して合体した『アルティメットマグロ』!
貴様らヒーローの命運もここで力尽きるんだにゃー」
説明っぽく力説するタッチーナ。
要するにそれぞれのマグロが合体して強力になったと言いたいようだ。
だが、よく見れば無理があるらしく、特に陸上型の腕は限界が近いらしく腕は痙攣を起こしている。
「‥‥ほれっ」
正木が、レイピアの先で陸上型の腕を軽く突いた。
次の瞬間、マグロ達の組み体操は瓦解。舞台上で派手な転倒を見せてくれた。
「ああっ! ヒーローめっ!
『アルティメットマグロ』の最大の弱点である『戦闘ができない事』を見抜くとは‥‥」
弱点が戦えない、という時点でキメラとして致命的なのだが、馬鹿のタッチーナは本当にこれで傭兵が倒せると思っていたようだ。
「こうなったら‥‥特攻しかあるまい!」
「たたっかえー。僕らの味方ー 海の平和を守るっためー♪」
突撃しようとしたタッチーナにエルニーは、ほしくずの唄を使った。
通常時が混乱状態のタッチーナを混乱させようという試みは、タッチーナ自身の記憶を混乱させた。
「あれ? 朕は何をやっていたのかにゃー。
ミタさん、晩飯はまだかいのう」
完全に呆け老人と化したタッチーナ。
その傍らに佐賀が近づいた。
「マー ライオン パワーーー」
再び筋肉を滾らせた佐賀は、タッチーナの体を掴み、渾身の力でバックドロップを放った。
受け身を取るという記憶すら失っていたタッチーナ。脳天から垂直自由落下、さらに反動で体は海の中へと投げ出される。
「海の平和を脅かし、マグロを改造した悪党は此処に倒れた。しかし海の平和が脅かされれば、海獅子は帰ってくる」
舞台上で高らかな勝利宣言を決める佐賀。
次の瞬間、市民から拍手喝采。
ここで、トゥリムが最後のナレーションを読み上げる。
「今回もヒーロー達は、マグロを退ける事に成功した。だが戦いはまだ終わらない。がんばれヒーロー達よ! タッチーナが、マグロ漁師の心を取り戻す日まで!」
●
(お、おにょれー!)
水中で藻掻くタッチーナ。
海へ落下後、マグローンにも追い立てられ、必死で逃げ回っていた。
(でも‥‥これで朕の元にも奥様の財産が‥‥)
まだ龍深城の言葉を信じているようだ。
しかし、ここで奇跡が起こる。
(あれ?)
タッチーナの腕を、ミナミマグロの雌が噛みついた。
そして、猛スピードで移動を開始する。
どうやら、ミナミマグロの雌に気に入られたらしく、産卵場所へ連れて行かれるようだ。
(ギニャーーー!)
タッチーナの姿は小さくなっていく。
そして、それはマグローンにとってショックな出来事でもあった。
(そんな‥‥君は私を置いて行ってしまうのですか‥‥)
海中で一人佇むマグローン。
失恋はいつだって、寂しいもんだ。
●
地上では倒したマグロを捌いて大試食会が開催されていた。
酒につけて料理をする者も居たようだが、マグロ型キメラを酔わせなければ酢味噌の臭みは消せない。事前に知っていた者が周知をしてくれたようで、処理は万全。
既に様々なマグロ料理が設置されたテーブルに並べられていく。
「くぅ〜、戦闘の後で食べるマグロは最高だなっ!」
佐賀が捌いてトゥリムが調理したマグロステーキを食べながら、龍深城は日本酒を一気に飲み干した。
喉を通過する純米大吟醸。
生きている感覚が龍深城の体を突き抜ける。
「あいつ、定期的に来てくれればいいな。俺らがマグロを食うために」
事実、タッチーナの持ってくるマグロは酒を使えば捌いた瞬間から熟成された優れもの。生きている時の気色悪ささえ思い出さなければ最高の食材と言えるだろう。
再び日本酒を飲み干した龍深城は、密かにタッチーナの帰還を待ち望んでいた。