●リプレイ本文
それは、奇跡だ。
幾百幾万幾億の星達よりも多い命が、この広大な宇宙で邂逅する。
生命と生命の、出会い。
他者と触れる事で生まれる感情。
そして――愛するという事。
たった一人の、特別な人との逢瀬。
出会うことだけで奇跡ならば、これは定められた運命なのかもしれない。
だが。
運命は、時に非情だ。
永久の別れが、刻一刻と近づいている。
●
「‥‥来ましたね」
アリススプリングスス郊外で、上水流(gz0418)はカスタムタロスに乗り込んでいた。
デリー勝利勢いに乗るUPC軍は、東進するバグアを追撃する形でオセアニアへ上陸。進軍を続けたUPC軍は、オセアニア最大のバグア拠点であるアリススプリングスへ迫りつつあった。
(‥‥すべての準備が整うまで、ほんの少しの時間が必要。最善を尽くすには、これも仕方のない事)
バグアの中でも上水流は、戦闘向きではない。策を巡らし、相手を罠に嵌めて勝利する頭脳派と言えるだろう。
しかし。
上水流は、カスタムタロスに乗り込んで、UPC軍の先陣を待ち受けていた。可能な限りの戦力をジャッキー・ウォン(gz0385)の護衛へと回し、最低限の戦力でUPC軍を迎撃する。
無謀。それは百も承知だ。
時間を稼げれば、それでいい。
(無粋‥‥今の俺には、美しさの欠片もありません。絶望という輝きを放つこともできない、哀れな存在‥‥)
絶望的な戦況の中、上水流の心にある感情。
それは、絶望ではなかった。
上水流自身にも理解できない不思議な感情――顔には笑みが浮かんでいる。
そして。
間もなく彼らは、この地を訪れる。
運命に、導かれるように。
●
ユーリ・ヴェルトライ ゼン(
ga8751)の 18−9373【ディース】は、目的地であるアリススプリングススを目指していた。
周囲は砂丘と草原が広がり、まるでこのオセアニアがバグアに奪われる前に戻ったかのような錯覚を覚える。
しかし、今からユーリが行う行為は――戦争。それもバグアからこのオセアニアを取り戻す為の戦いだ。
「へぇ、珍しいね。‥‥あいつが殿、か」
事前にもたらされた情報は、ユーリの心にそっと火を灯した。
アリススプリングススの防衛部隊に、あの上水流が居る。かつてインドのランジット・ダルダ暗殺を画策。中東やデリーでは、UPC軍を翻弄し続けた。同じバグアでも、状況によっては平気で斬り捨てる上水流――そのバグアが待っているのだ。
中東からの因縁を断ち切るため、ユーリはアリススプリングスへ急ぐ。
(さて。‥‥鬼が出るか、蛇が出るか‥‥)
古河 甚五郎(
ga6412)は、バグアの奇妙な動きに気付いていた。
デリーの勝利で勢いに乗っているUPC軍はダーウィン、サウルヘッドランド、パースから上陸。アリススプリングスを半包囲下に置きながら、一斉攻撃を仕掛けようとしている。予定では別働隊がアグリッパの防衛網を破壊して一気にアリススプリングスへ突入する流れなのだが、古河は釈然としない『何か』を感じ取っていた。
(想像以上に抵抗がないのが気になりますねぇ)
オセアニアの戦力はウランバートルの戦力が合流。デリーを包囲していたバグアよりも多いと見られていた。
しかし、オセアニアへ上陸してみてもバグアの抵抗は弱い。
バグアも拠点であるアリススプリングスへ近付けたくないのであれば、激しい抵抗があって然るべきなのだ。
(‥‥罠ですかねぇ。もっとも、その罠を破壊して先に進ませてもらうだけなんですがね)
もう後戻りはできない。
仮に上水流が罠を仕掛けて来ようとも、それを叩いてバグアを追い詰める。
古河は、気を引き締めてアリススプリングスへと向かう。
「アリススプリングスからの砲撃には注意が必要です」
望月 美汐(
gb6693)は、愛機メフィストフェレスと共に周囲の警戒を行っていた。
アリススプリングスはオセアニア最大のバグア基地である。当然、防衛戦力も相応に準備されているに違いない。目前の敵に気を取られている最中に、バグアの遠距離攻撃を受ける可能性も考えられる。
「大丈夫っ! 敵ならマックスと一緒に倒しちゃうんだから!」
山下・美千子(
gb7775)は、元気いっぱいに答える。
明るく元気な美千子の答えは、傭兵達のテンションを引き上げてくれる。これから敵の本拠地を叩かなければならないのだが、そんな大事な作戦が簡単な作戦に感じられるから不思議だ。
「そう、ですね」
望月は、優しく微笑んだ。
この戦いに勝利すれば、アジアにおけるUPC軍の戦力バランスは大きく変貌を遂げる。バグア支配地域の弱体化は必至。それはつまり、人類側が地球という故郷を取り戻す事が夢物語ではなくなる事を意味している。
奪われた故郷を、再びこの手へ戻ってくる。
夢実現のため、傭兵達は意を決して戦いに望む。
「お姉様、周囲の敵は任せてください。――決着を」
ミルヒ(
gc7084)は、ミリハナク(
gc4008)へ力強く答えた。
ミリハナクと上水流の因縁は、中東から始まっている。
戦場という特殊環境の中、何度かの出会いは奇妙な関係を築き上げていた。何度も追い詰め、刃を交わし――いつの間にか上水流はミリハナクを『愛しい人』と呼ぶようになっていた。
「ふふ、ありがとう。
でも、私よりもジャッキー・ウォンが優先だなんて‥‥嫉妬してしまいますわ」
上水流が何かを企んでいる事は、分かっている。
だが、ミリハナクにとって、それはどうでも良い事だ。
己の中にある凶暴性を満たす事ができればいい。
そして、出来る事であれば絶望を好む上水流に『絶望』の味を教えてあげたい。
(貴方が絶望の味を知った時、どんな顔をしてくれるのかしら‥‥)
そう考えるだけで、ミリハナクの心は震える。
おそらく、今までで一番長い『逢瀬』になる事は間違いない。
同時に、これが最後の逢瀬になるであろう事を予感していた。
「貴方の破滅。その想いを遂げさせるお手伝いをしますわ」
ミリハナクは、いつものように微笑む。
上水流への想いをより一層強めながら。
●
別部隊がアリススプリングスへ攻撃を開始。
敵指揮官と遭遇している頃、傭兵達も上水流と率いる防衛部隊と交戦していた。
「単純だけど奥が深いのが突撃だよ」
美千子のマックスが勢い良く前へ飛び出した。
『KV戦闘とは突撃する事と見つけたり』と豪語する美千子らしい戦闘だ。
だが、同時に敵から狙われやすい事も事実だ。
アリススプリングスから放たれたプロトン砲は、美千子へと向けられる。
「そんな攻撃、最初から予想してたんだから!」
機盾「ウル」でプロトン砲を防ぎながら、タロスへと肉薄するマックス。
攻撃が届く距離まで接近して、機剣「ファーマメント」を持ち替える。
「再生する時間なんてあげないんだから!」
マックスの初撃は下段、タロスの足に向けられる。
ファーマメントで足を薙ぎ払おうとしている――その攻撃に反応してタロスは下段の攻撃を躱そうと体を捻る。
だが、マックスはここから強引な手段を用いる。
「それっ!」
マックスは体を無理矢理跳ね上げ、太刀筋を曲げる。
軌道を変える太刀筋は上へと向けられ、タロスの胴を強襲。さらに斬り上げられた刃は、再び斬り口をなぞるように振り下ろされる。
二段攻撃――まさに言葉通りに再生が追いつかないダメージを与える事に念頭に置いた攻撃だ。
残る一体のタロスは、古河とミルヒの二機で追い詰めていく。
「敵機、後退を開始。追い詰めるチャンスですねぇ」
古河は他傭兵とデータリンク。ビーストソウル改で支援攻撃を行いながら、戦況を逐次報告していた。
敢えて敵の失点や戦力喪失を強調、上水流にも聞こえるように通信を入れるには訳がある。劣勢へと追い込まれる上水流を精神的に揺さぶり、バグア軍が敗走する事を印象づける事でバグア実験派の真意やバグア派閥事情を引き出そうという狙いがある為だ。
もっとも、上水流が罠を仕掛けている可能性もある。
周囲を警戒しながらの揺さぶりになっているのだが‥‥。
「了解」
ミルヒの【白】は、クァルテットガン「マルコキアス」を連射。弾幕を形勢しながら、タロスを近付けない作戦だ。
その射撃に呼応するかのように、古河のビーストソウル改も3.2cm高分子レーザー砲で支援。タロスを圧倒する射撃は、容赦なく機体へと突き刺さる。
傭兵達は敵戦力を確実に、追い詰めていく。
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「さて、まずはその砲を潰させてもらいますね」
望月のメフィストフェレスは、クァルテットガン「マルコキアス」でタートルワームを狙いながら所定位置を目指した。
アリススプリングスからのプロトン砲を回避しながら前進。タートルワームの動きはタロスと比較しても遅く、障害らしい障害も見当たらない。
「そうね。確かに、あの亀は邪魔ですわ」
ミリハナクは望月の移動を支援するため、高分子レーザー砲「ラバグルート」でタートルワームを狙い撃つ。
薔薇の名を持った高分子レーザー砲は、高い威力と長い射的距離を誇る。ミリハナクの容赦ない狙撃は、タートルワームの体を直撃。激しい痛みを受けるタートルワームは、その身を大きく奮わせる。
――そして。
「頃合いですね。支持架展開、リミテッドリリース!」
望月はメフィストフェレスの機体を滑らせながら、試作型「スラスターライフル」を構える。同時に超限界稼働とサブアームを機動。メフィストフェレスの最大火力がタートルワームに向けて放たれる。
強烈なエネルギーの塊は、タートルワームの体を貫いた。
体に大きな風穴が開き、タートルワームは地面にその巨体を横たえた。
「見事ですわ」
「このまま支援射撃を続けます。
‥‥お目当ての人が、いるのでしょう?」
望月は、ミリハナクへ前進するよう促した。
ミリハナクが上水流の存在を気にしていた事は知っていた。二人にどのような因縁があるのかは知らない。
だが、二人の決着がこの戦いの先にある。
ならば、邪魔をするのは野暮というものだ。
「ふふ、感謝致しますわ」
ミリハナクのぎゃおちゃんは、機盾「ウル」を構えながら前進を開始した。
上水流が待っているあの戦域へ。
「さぁ、お出でなさい。まだ完成形ではありませんが、私の立体殺法『奴奈比売』を披露して差し上げます」
望月は、試作型「スラスターライフル」を引く。
ミリハナクを送り出す為に。
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「バグア指揮官は、逃げ回るのが得意なのか?」
ユーリの18−9373【ディース】は、上水流のカスタムタロスと交戦していた。
R−703短距離リニア砲で攻撃を仕掛けてみるが、上水流は回避ばかりで攻撃を仕掛けて来ない。言ってみればユーリから逃げ回っているのだ。
「あなたは、いけない人ですね。‥‥本当は、気付いているのでしょう?」
上水流の言葉を、ユーリは理解していた。
上水流の行動は、明らかに時間を稼いでいる。攻撃を仕掛けずに回避を繰り返す行動は、戦場において明らかに異質。
何を企んでいるのかは、分からない。
しかし、このまま上水流の時間稼ぎに協力するつもりは――毛頭無い。
「ああ。時間稼ぎも、ここまでだ」
18−9373【ディース】は、盾を構えたまま一気にブースト。
カスタムタロスへと肉薄する。
「この位置でプロトン砲を撃てば、上水流も巻き込まれるだろう?」
「聡い人‥‥戦いを繰り返す中で、戦い方を学んだ訳ですか」
ユーリは、アリススプリングスからのプロトン砲を回避するために、敢えて上水流へ接近した。
この位置ならば、プロトン砲の支援砲撃は上水流のカスタムタロスも巻き込むはずだ。バグア指揮官機を巻き込んで、敵が支援砲撃を行うとは考えづらいからだ。
ユーリは至近距離から52mm対空砲「ギアツィント」で攻撃を仕掛ける。
「‥‥ですが、少々バグアを見くびっているのではありませんか?」
上水流は、カスタムタロスの中で笑みを浮かべる。
それを受けてか、プロトン砲の砲撃がユーリと上水流へ向けられる。
そして――砲撃。
プロトン砲の一撃はユーリと上水流の間で炸裂。地面を穿ち、衝撃が二人の機体を奮わせる。
「正気、なのか?」
自分もろともプロトン砲に砲撃させるなど、正気とは思えない行為だ。
事実、カスタムタロスもダメージを受けたように見受けられる。再生能力でダメージは回復するだろうが、上水流の無謀な行為に呆れるばかりだ。
「ご期待に応えられませんが、正気です。
これ以上、UPC軍を進軍させる訳には参りません」
ユーリは機体バランスを立て直し、上水流と距離を取った。
上水流は、覚悟を決めている。
そう感じ取ったからこそ、ユーリは上水流を警戒した。
もしかすると、ユーリの機体を巻き込んで自爆する可能性を察したからだ。
「‥‥どうしたのですか? 時間稼ぎには協力いただけないのでしょう?」
挑発する上水流。
ユーリも、敵の動きに警戒せざるを得ない。
しかし、膠着状態は上水流が望む状況。このままで良いはずがない。
ユーリは、生唾を飲み込んだ。
「ですが‥‥限界は、近いようです。時間稼ぎも、ここまででしょうか」
ユーリの緊張と裏腹に、上水流は呟いた。
次の瞬間、ユーリの傍らに別の機体が現れる。
「敵指揮官へ突撃っ!」
美千子のマックスが滑り込んできた。
どうやら、タロスを片付けて上水流撃破の支援へ駆けつけたようだ。
さらにもう一機――。
「あちらに何があるのかしら? 貴方を無視して急ぎ進軍したら、絶望してくれそうねぇ」
ミリハナクのぎゃおちゃんも、上水流に対峙していた。
ミリハナクの挑発的な言葉に、絶える事のない笑み。
上水流に向けられた想いが、そこにあった。
「愛しい人。ついに、ここまで来てしまいましたか。
絶望の名の下に、導かれたあなたの輝き。今の私には眩しすぎる存在です」
三機のKVが、カスタムタロスの前に立つ。
それでも、カスタムタロスに撤退の意志は感じられない。
最後まで時間稼ぎを、狙うつもりなのだろう。
(‥‥らしくないわねぇ)
上水流と対峙したミリハナクは、率直にそう感じていた。
そして――上水流との逢瀬は、終焉を迎える事になる。
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「始まりました」
ミルヒは、【白】の中から事態を見守っていた。
既に周囲の敵は倒し、残るは上水流のカスタムタロスだけ。
今まで多くの人に絶望を振りまいていた上水流も、追い詰められている事はミルヒにも分かっていた。
「別部隊の動きは、如何でしょう?」
望月はUPC軍へ戦況を確認していた古河へ話しかけた。
別部隊が優勢であれば、吉報がもたらされても不思議ではないからだ。
「どうやら、防空網の破壊には成功したようですねぇ」
古河がUPC軍から入手した情報によれば、目標の防空網破壊は成し遂げたようだ。
しかし、アレン・キングスレー(gz0472)と村松咲がUPC軍と交戦。傭兵も善戦しているようだが、まだアリススプリングス陥落の一報は流れて来ない。
「あちらの戦場にも、敵指揮官機が進軍を妨害しているという事ですか」
「あの‥‥実験派は‥‥ここで何の実験をしていたのでしょうか?」
唐突に、ミルヒは問いかけた。
バグア実験派というぐらいだ。ここで何らかの実験をしていたと考えたのだろう。確かに噂ではバグア実験派は人類に対してヨリシロの育成に熱心らしい。このオセアニアの地で良質のヨリシロを育てていた可能性もある。
「さぁ? 自分にもその問いの答えはありませんねぇ
ですが、その答えはこの戦いの後で分かるんじゃないですかね?」
古河は、そう答えた。
バグアには、まだ謎の部分が多い。
この戦いで少しでも手掛かりを引き出せれば良いのだが‥‥。
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「突撃っ!」
美千子のマックスは、上水流のカスタムタロスへ突撃を敢行した。
機盾「ウル」を構え、アリススプリングスからのプロトン砲を警戒しながらカスタムタロスとの距離を縮めていく。
「あなたのような前だけ進んでゆく戦法‥‥嫌いじゃないですよ。
単純で御しやすいですから」
上水流は、ユーリの時同様にカスタムタロスをサイドステップで躱して距離を置こうとする。
先程まではユーリ一体だったから逃げ回る事ができたかもしれない。
しかし、今は状況が大きく変わっている。
「いいのか? こっちに逃げて‥‥」
サイドステップの先に居たのは、18−9373【ディース】。
52mm対空砲「ギアツィント」が再び火を噴いた。
再び放たれたギアツィントの弾丸は、カスタムタロスの左胴体部分に突き刺さる。
「くっ! ‥‥ですが、この位置なら」
上水流は、ユーリと接近した状態からアリススプリングスの支援砲撃を要請する。
「望月さん、プロトン砲の位置を送らせてもらいましたよぉ」
上水流がプロトン砲支援砲撃に頼る事を予期した古河は、プロトン砲が設置場所を捜索。設置場所と思われる座標を望月のメフィストフェレスへ情報を送信していた。
「了解です。プロトン砲を沈黙させます」
受信した座標を元にメフィストフェレスは、試作型「スラスターライフル」を発射。
全長6.2メートルのKV用ライフルから放たれた弾丸は、上水流の後方にあった建物を貫いた。数発の風穴が出来上がった後――爆発。建物は吹き飛び、爆炎が上がる。
「もう少しです‥‥もう少し時間が‥‥」
「もういっちょっ!」
後方の爆炎を見て焦りを感じていた上水流。
その隙をついて、美千子のマックスは機盾「ウル」を構えたまま突撃。
シールドアタックの衝撃は、カスタムタロスのバランスを大きく崩した。
「お姉様、今です!」
ミルヒは、叫んだ。
その声に呼応したかのように、ミリハナクのぎゃおちゃんはオフェンス・アクセラレータを発動。さらにブーストを全開させてカスタムタロスの背後へと回り込む。
「さぁ‥‥絶望の時間よ」
ぎゃおちゃんのディノファングが、カスタムタロスを頭部から食らい付く。
ぎゃおちゃんの口の中では炎が上がり、上水流の操縦席では計器の爆発が次々と起こる。
「絶望の味は如何かしら? いずれ貴方のご主人様にも味合わせてあげますわよ」
「絶望? ふふ、何故絶望する必要があるのです?
時間は‥‥目的はたった今、果たせたのですから‥‥」
不敵な笑みを浮かべる上水流。
同時に古河のレーダーに異変が起こる。
「アリススプリングスから複数の敵影‥‥上空へ何かが飛び立ちますねぇ」
古河の声に従って、傭兵達が空を見上げる。
そこには複数のビッグフィッシュが空高く舞い上がろうとしていた。その周囲には数多くのヘルメットワークが護衛を務めている。
「あれは‥‥」
「何とか宇宙への脱出が間に合いました」
「ねぇ、どういう事なの?」
ミリハナクは、微笑みを讃えながら声をかける。
その声に怒気が孕んでいる事は、その場に居た誰もが気付いた。
「バグア実験派は、オセアニアを放棄して宇宙へ脱出したのです。
俺は、その脱出の準備が出来るまでの囮です」
今からUPC軍本体がアリススプリングスへ向かったとしても、到着する頃には既にジャッキー・ウォンは宇宙へ脱出した後という訳だ。
何故、実験派はオセアニアをあっさり放棄してしまったのか。
その疑問が、古河の脳裏に浮かび上がる。
「何故、放棄したのか。教えていただく訳にはいきませんかねぇ?」
「ふふ、あなたは面白い人ですね。
バグアには派閥が存在します。強硬派、穏健派、そして我々実験派。
強硬派と穏健派は人類への対応で、牽制しあっている状況。ブライトンの後任が決まらない理由もそれでしょう」
「その派閥争いのキーマンが実験派になる、という訳ですかねぇ」
「ええ。実験派は規模としては二つに比べて小さい派閥です。
ですが、実験派の協力を取り付ければ、二つの派閥の戦力バランスは大きく崩れるでしょう」
宇宙を主戦場に強硬派と穏健派が睨み合いを続けているという情報は、古河にも入っていた。
上水流はその睨み合いが長期化した際、実験派の存在が重要になると考えているようだ。
最悪の場合は警戒した双方の派閥が実験派を見捨て、人類に始末させる可能性もある。彼らの主戦場である宇宙へ拠点を移す事で、存在感を誇示する狙いがあるのだろう。
「つまり‥‥地球を、再び奪えるという自信があるのでしょうか?」
ミルヒは、問いかけた。
派閥争いに存在感を誇示する為に拠点を移した事は分かった。
その上で、オセアニアをあっさり放棄できた理由――それは派閥争いが終われば再び地球へ拠点を戻すつもりなのだ。
「鷹は、舞い降りる。
厄介事が片付けば、またバグアはこの地球へ戻ります。それまでの辛抱です」
「そんな事、させると思っているのかしら?」
ミリハナクのディノファングは、こうしている間にも上水流のカスタムタロスに深く牙を突き立てる。
カスタムタロスが爆発を起こすまで、そう時間はかからないだろう。
「愛しい人。仮に俺が人間であれば‥‥違った出会い方ができたのでしょうか?」
死を目前にしながらも、目的の達成感で絶望する事ができない上水流。
そんな上水流は、ミリハナクへ話しかける。
怪しく艶めかしい声はいつもと同じだが、その言葉は今まで聞いた事のないものだ。
しばしの――沈黙。
そして、ミリハナクは、口を開く。
「らしくないのよ」
「‥‥‥‥」
「私が人間で、バグアの貴方に戦場で出会った。
これが現実。貴方が人間だったら、なんて架空の話‥‥どうでもいいですわ」
ミリハナクは傭兵として戦場で上水流と出会った。
因縁は、幾度も二人を遭遇させた。
そして、その因縁も間もなく終わりを告げようとしている。
これが、ミリハナクにとっての現実。
上水流がバグアであり、ミリハナクの凶暴性が招いた出会いなのだ。
「ふふ、そうですね」
上水流は、自嘲的に笑った。
そして、いつもの調子を取り戻したかのように言葉を続ける。
「あなたの持つ狂気が、いずれあなた自身を滅ぼすでしょう。
その時、あなたが絶望する瞬間を‥‥楽しみにしていますよ」
「‥‥そう。それで、いいのですわ」
ミリハナクは、ディノファングの牙を強めた。
同時にカスタムタロスの機体は、最後の断末魔を上げる。
「さようなら‥‥愛しい人‥‥」
上水流の声を遮るように、カスタムタロスは爆発した。
消え去っていく上水流の命。
途切れた因縁を前に、ミリハナクはいつもと同じ微笑みを浮かべていた。
●
アリススプリングスは、バグア実験派の主力部隊が宇宙へと脱出した事からUPC軍が奪還に成功。オセアニアは予想外の形で人類の手に取り戻されたものの、すべてのバグアがウォンと共に宇宙へ逃れた訳ではない。一部のバグアはオセアニアへ残って東進。未だUPC軍へ抵抗するものと見られ、追撃部隊の編成が進んでいる。
「そうですか。上水流が死にましたか」
ウォンは大型軌道衛星「アポロン」で、上水流が破れた事を知った。
だが、ウォンはそれ程、驚きを見せない。
まるで他人事にのように、報告を聞いていた。
悲しむ事も、怒る事もない。
興味すら抱く事もなかった。
(UPC軍も、バグアも、このアポロンの存在のもつ意味に気付くでしょう。
そして、ドレアドル(gz0391)も‥‥)
眼下に広がる星の海を前にして、ウォンは物思いに耽る。
人類とバグアの戦いは、大きな局面を迎えようとしていた。