●リプレイ本文
●特別講師、着任
「本日、貴様らクソ虫の面倒を見る特別講師を招聘した。この機会を与えられた神に感謝しろっ!」
「Sir、Yes、Sir」
ブラウ・バーフィールド(gz0376)の怒声が周囲に木霊する。
テラー、ピータンと呼ばれる新兵の警護依頼された傭兵たちは、特別講師という扱いで新兵たちへ紹介された。
「まずはレッスン1、俺と握手だ。よろしく」
セージ(
ga3997)は右手を差し出した。
促されるままに右手を前に出すテラー。
「あ、あれ‥‥?」
しかし、右手は空を切って虚空に舞う。
「ああ、気にするな。いつもの事だ」
笑って誤魔化すセージ。
「軍曹さんは、とても、厳しい、方の、ようです、が‥‥とても、凄い、方です、ね‥‥」
たどたどしい感じで話すルノア・アラバスター(
gb5133)。
恋人のサヴィーネ=シュルツ(
ga7445)と同じ任務を受けたとあって、いつもより少々テンション高めのようだ。その証拠に、時折サヴィーネの方へ視線を送ったりしている。「それじゃ、未来ある新兵君のために一肌脱ごうか」
蒼河 拓人(
gb2873)は昔を思い出しながら新兵たちに声をかける。
誰しも通る新人という時間。
通過点に過ぎない時間ではあるが、あれほど濃密で緊張感溢れる時間は少ない。この時に出会った先人の言葉や仕草がとても印象的だったことをよく覚えている。
「んなァ、堅苦しくなんなって。‥‥実戦の空気ってぇのを堪能してくんだなぁ」
拓人の傍らで余裕を見せるのはサキエル・ヴァンハイム(
gc1082)。
堅苦しいのが苦手なサキエルは、力を抜いて余裕たっぷりな挨拶をする。傭兵としての責務を果たす自信があるからこその余裕だろう。
「この四人がお前達をサポートする講師だ。
そして、貴様らウジ虫の尻ぬぐいをするのは4名。貴様らウジ虫に2名の講師がつく事になる」
軍曹は新兵たちの前に歩み寄りながら叫んだ。
「こんにちはっ! 私、天戸るみと言いますっ!」
元気にテラーへ話しかけるのは天戸 るみ(
gb2004)。
綿貫 衛司(
ga0056)と共にテラーの護衛と育成を行う事になる。
笑顔が眩しい天戸の存在に、テラーの目尻は探し始める。
当然、その様を見逃すほど軍曹は甘くない。
「貴様の女は既に手の中にあるだろう!」
テラーの手の中にあるのはアサルトライフル。
軍曹は新兵達に自分の恋人は愛銃であるアサルトライフルであり、女性名をつけて呼ぶよう教え込んでいる。
教えを思い出したテラーは鉄拳制裁が行われる前に、背筋を伸ばして姿勢を正した。
「‥‥ん?」
軍曹は綿貫の前で立ち止まる。
それは軍人特有の匂いを嗅ぎ取った猟犬のような的確な動きだった。
「貴様、軍人か?」
「レンジャー! 自分は日本国陸上自衛隊普通科連隊出身で‥‥」
綿貫が話している最中だが、軍曹は容赦無く鉄剣を叩き込む。
「貴様、口でクソを垂れる前と後には『Sir』を付けろっ! 腹ワタを掴み出すぞっ!」
軍曹の罵声が飛ぶ。
本来、軍曹は新兵にこのような教育を行うのだが、傭兵には行っていない。それでも綿貫にそれを行ったのは同じ匂いを嗅ぎ取ったからなのかもしれない。
「しかし‥‥自分の体にはレンジャー課程で染みついた習性があります」
綿貫は新兵と同じように背筋を伸ばして答えた。
躾けられた者は、そう簡単に躾を忘れる事はできない。軍用犬として育て上げられたのならば、それは尚更である。
国は違えど、新兵を育てる軍曹にはその事が良く理解できていた。
「テラー!」
「Sir、テラー参上しました、Sir」
「今回の任務ではこの傭兵にクソの仕方からきっちり叩き込んでもらえ。この男、根性がある。UPC軍向き‥‥否、海兵向きだ」
「Sir、Yes、Sir」
やや震えながらもテラーは力一杯声を張り上げる。
どうやら、綿貫は軍曹から気に入られたようだ。
「お久しぶりです、軍曹」
叢雲(
ga2494)は、軽く敬礼して再会を祝った。かつて叢雲はサヴィーネと共に軍曹の護衛任務に携わった事がある。
「お久しぶりです」
サヴィーネは静かに挨拶をする。
2人の事を軍曹はしっかりと記憶していたようだ。
「そうか、お前達がピータンの担当か」
軍曹は一人呟く。
サヴィーネから見る限り、ピータンを呼ばれた新兵は眼鏡を掛けた温和な雰囲気を持つ男性だ。
「ふむ。君か、ピータンというのは。よろしく頼む」
穏やかに声をかけるサヴィーネ。
それに対してピータンも負けないぐらい優しく言葉を返す
「はい。よろしくお願い致します」
これで軍人としての腕も一流ならば、申し分ない。
もっとも、それは任務中に見定めてみなければ分からないのだが‥‥。
「二人に言っておく事がある」
任務に出発する前、軍曹は叢雲とサヴィーネを呼び止めた。
「何でしょうか、軍曹?」
叢雲は淡々と、そして失礼のないように聞き返した。
「新兵を‥‥特にピータンから目を離すな」
軍曹の言葉の意味は後で理解する事になる。
●恐怖の問題
「‥‥しゃァ! 一匹仕留めたッ!」
サキエルの拳銃「ケルベロス」が火を噴き、瀕死の狼型キメラの眉間を穿った。
狼型キメラが住み着いていたという廃ビルは三階建て。
一階には五匹の狼型キメラが徘徊しており、強さもそれ程強くない。新兵からすれば格好の練習相手だろう。訓練を行うために、まずは3体を周囲警戒班が排除する。
「そこ、潜んでるっ!」
ルノアがセージの背後に向かって拳銃「ケルベロス」を打ち込んだ。
ルノアはビルの見取り図を事前にチェックし、望遠鏡で位置関係を確認していただけあって、隠れられそうな場所は既に把握していた。
物陰に隠れていた狼型キメラは慌てた様子で飛び出してくる。
「心には余裕を。面には笑みを。過酷な状況でそれを保てる人間が‥‥本物だ」
セージはその言葉が表すように、まったく慌てる素振りがない。
飛びかかってきた狼型キメラを手にしていた刹那で流れるように狼型キメラを切り裂く。その様はまさに踊りながら敵を倒す、破壊と恐怖を呼ぶソードダンス。
「邪魔だ。このまま寝てろ」
動きの鈍い狼型キメラを見つけた拓人は背後からそっと近づき、ゲイルナイフで首を薙いだ。
突然の痛みに慌てる狼型キメラ。
首から血を流して慌てふためくが、思っているよりも傷は深い。だが、狼型キメラも黙っているつもりはない。このまま死ぬぐらいなら誰か一人を道連れと考えたのだろう。手近に居たサキエルへ飛びかかる。
「‥‥とっ、危ねェ!」
狼型キメラを咄嗟に蹴り上げるサキエル。
続けてケルベロスによる強弾撃で攻撃を仕掛ける。
撃ち出された弾丸は狼型キメラの口内を貫き、頭部の後ろに大きな風穴を開ける。
「かーっ、やるねぇ。あたしも」
瞬時に体が動き、狼型キメラを撃退する事ができたサキエルは体を震わせる。
だが、これはあくまでも新兵を育てる環境を作ったに過ぎない。
問題はまさにこれからなのだ。
「‥‥安全装置を外して、それで‥‥」
「危ないっ!」
テラーの覚束ない動きを察知して、天戸の「ブローディアの盾」が狼型キメラの攻撃を防ぐ。テラーは恐怖に過剰反応気味で、戦場でも些か動きが鈍い。新兵としては悪くないのだが、最前線に送られればかなりの確立で命を落とす可能性がある。
テラーは襲われた恐怖から狼型キメラに向けていた視線を逸らそうとする。
「逃げるなっ! 逃げれば、待っているのは死だ」
綿貫はテラーに向かって叫びながらショットガンを数発放つ。
このショットガンで狼型キメラを倒すつもりはない。あくまでも大事なのは新兵に実戦を経験させる事。そのために新兵の射線上へ狼型キメラを追い込んでいるのだ。
「逃げる‥‥」
「テラーさん。自分のやってきた事は決して裏切りません。むしろ、自分をもっと信じて下さい」
天戸はテラーにもっと自分を信じるように促した。
テラーの恐怖の元は、自分に対する自信不審のためだ。軍曹の教育方針が原因かは不明だが、過剰なまでな恐怖心はより自分を貶める事になる。
もっと自分に自信を持つ。
それが天戸から言える新兵に与えられる言葉であった。
「うわぁぁぁ!!!」
テラーの叫びと共に、アサルトライフルの引き金が引かれる。
乾いた音がビルの中に流れ、射線の狼型キメラに弾丸の雨を浴びせかける。
マガジンの弾が尽きる頃には、狼型キメラは既に死に絶えていた。
「まあ、及第点でしょうか‥‥」
毎回マガジンを空にしては困るのだが、一歩前進を感じ取った綿貫であった。
●腐敗の問題
軍曹が言っていたピータンから目を離すな、という言葉。
その意味が本当に理解できたのは、2階の狼を始末する最中だった。
ピータンはテラーと比べて軍人としても優秀。射撃の腕や先を読む能力は軍人としても十分過ぎる程の能力を持っていた。1階と異なり、2階では傭兵の援護を行う名目で後衛を任せる事になったのだが、叢雲もサヴィーネも安心して背後を任せる事ができた。
ならば、軍曹の言葉は一体なんだったのか。
それは2階に潜んでいた4匹のキメラのうち、最後の一匹が瀕死となって横たわっていた時に判明した。
「何をする気だ」
ピータンに対してサヴィーネは語気を強めた。
既に瀕死となり立ち上がる事も出来ない狼型キメラに対して、ピータンはショットガンを突きつけていた。
放って置いても死ぬ事は間違いない狼型キメラ。倒すにしてもわざわざショットガンで顔面を吹き飛ばす必要がない。そもそも2階では援護が任務だったはずだ。それを無視してこのような行為をする事自体、問題である。
「なにって‥‥トドメですよ。先輩」
笑顔を崩さないピータン。
「あなたの行為、褒められたものではありません。感心しませんね」
叢雲は複合兵装「罪人の十字架」を携えながら淡々と言った。
確かにキメラは倒されるべき存在だ。
だが、今ピータンの行動は明らかに間違っている。。
「別に感心されるために戦っている訳ではありませんから。
そもそも、傭兵も軍人もバグアも正義という衣を着た暴力を振るっているに違いはありません。いずれも暴力なら、強さを示しておいた方が利口ではありませんか?」
ピータンの言葉に嘘は感じられない。
おそらく、軍曹の前では従順な新兵を演じていたのだろう。だが、長年新兵を見てきた軍曹にはピータンの心根を見抜いていたようだ。
ピータンはアヒルの卵を発酵させて作られる食品。発酵している事から独特の臭気を持つ食品だが、様々な料理に使われている。軍曹はこの臭気から新兵をそう呼んでいるのかもしれない。
「きみ、戦場では長生きしないな」
「なんですって?」
聞き捨てならない、とばかりにピータンはサヴィーネを睨んだ。
それに呼応して叢雲もサヴィーネに同意する。
「あなたは戦場の生き方をあまりご存じではないようです。よろしければ、次の階で教えて差し上げます。私たちはそのために来たのですから」
戦場の生き方。
叢雲が言い切った言葉に興味を持ったピータンは、軽い笑みを浮かべる。次の階は狼型キメラのボスが居るはず。予定では傭兵達だけで戦う事になっている。そこでなら戦場の生き方とやらを学べるに違いない。
「いいでしょう。先輩方のお手並み、拝見させていただきます」
叢雲とサヴィーネから視線を外さずに、ピータンはショットガンの引き金を引いた。
●戦場の生き方
「生き方ねェ。また面倒な話を‥‥」
サキエルのケルベロスが真紅に彩られたボスキメラの足下に向かって弾丸を発射する。
弾丸の軌道を読んだのか、その場から飛び退くボス。
サキエルの弾丸がそのままでは当らない事は十分理解している。大切なのは、その場から目的の場所へ移動させる事にある。
「新兵の皆さん、よく見て下さい。自分たちの背後に誰が居るのかを!」
ボスが飛び込んだ先に待っていたのは綿貫。
ショットガンで着地地点を読んでいた綿貫は、着地と同時に散弾を発射。避ける暇も与えられないボスは体中に散弾を受け止める。
吹き飛ばされる狼型キメラ。
だが、狼型キメラをこのままで済ますつもりはない。
傷ついた体を無理矢理動かして再度のジャンプ。
叢雲に向かって飛びかかる。
「させませんっ!」
天戸のブローディアの盾がボスの牙を阻んだ。
「参考までとはいえ、有望な新人が見学しています。少しは遠慮していただけませんか?」
天戸が持つ盾の奧から、叢雲の「罪人の十字架」が火を噴いた。
十字架から撃ち出される弾丸は盾に噛みついていたボスを引き剥がし、再び傭兵達の間に距離を生み出した。
ここで攻撃手を緩める程、傭兵達は甘くない。
「戦場、1人じゃない」
ルノアはケルベロスでボスを牽制する。
ボスはケルベロスに阻まれて再び飛びかかる事ができない。
こうして敵を牽制する事も1人では難しいだろう。
「死なないように無茶をする。それが出来れば一人前さ」
飛び退くボスに対して拓人は番天印を発射する。
斉射された弾丸はボスの体を貫き、再びボスを地面へと引き倒す。
自分の身を弁え、役割を果たす。戦いながらも傭兵達は大事な事を傭兵たちに伝えようとしていた。
「分かるか? お前たちには足りない物は多すぎる」
起き上がる直前を狙ってアンチシペイターライフルを打ち込むサヴィーネ。
弾丸は、ボスの脚を吹き飛ばしてボスの体を地面へと叩き付ける。
「今のままでは、自分の意志を世界に刻みつける事はできない。特にピータン、おまえは他の仲間がまったく見えてない」
身動きが取れないボスに対して刹那を突き立てるセージ。
傭兵達にあってピータンにない物。
それは、技術でも経験でもない。
共に戦う仲間の存在を意識しているかどうかだ。今のピータンなら、命令を無視して戦いを挑む可能性がある。それは部隊そのものを壊滅に追いやるかもしれない。
自分一人だけ良ければいいのか。
否、任務達成のために仲間が一丸となって戦えなければ戦場を渡り歩く事ができない。「‥‥‥‥」
狼型キメラのボスはセージの一撃を受けて倒れる。
その様をピータンとテラーは黙って見つめていた。
任務が達成された瞬間、二人に到来していた想いはまったく異なるはずだ。
「仲間だって? 仲間が僕を助けてくれるというのか?
あれだけ僕でストレスを発散してきた仲間が戦場で助けてくれるって?」
傭兵達の言葉に耳を傾けながらも沈黙を守っていたピータン。
その心境にどのような変化を与えられたのかは不明だ。二人にとって良い軍人へ導く事ができたかは――彼らが一人前となって戦場へ立ったときに分かる事だろう。