●リプレイ本文
上下の感覚が希薄となった漆黒の海原。
操縦席から見えるのは周囲の星々と、仲間の乗ったKV。
この場に居る者以外、何も存在しないかのような錯覚が襲ってくる。
しかし、その錯覚を乗り越えて果たさなければならない。
巡洋艦『オニキリマル』を含む三隻の戦艦を、大型封鎖衛星ヘパイストスへと導く役目を。
「むー、宇宙は戦いづらくて嫌ですわね。それにもうちょっとこう、殺風景な風景もどうにかしてほしいものですわ」
ミリハナク(
gc4008)は、ぎゃおちゃんの中でぼやいていた。
延々と広がり続ける星々の海は、単調で変化に乏しい。これからバグアとの交戦が待っているのだが、周囲の風景に気を配れる程、ミリハナクの意識は落ち着いているようだ。
「なるほど。殺風景と言われれば、そうかもしれません」
スカイフォックス隊隊長のズウィーク・デラード(gz0011)は、ミリハナクの意見に同調した。
最初に宇宙へ上がった時には星を見ながらビールを愉しみにしていたのだが、何処を見ても星の海ばかりで変化がないのは少々味気ないと感じていた。
「皆さん、間もなく会敵します。周囲の警戒を怠らないようにお願いします」
silberner Drachenのヨハン・クルーゲ(
gc3635)は、前方を見据えるように呟いた。
今回の任務は巡洋艦『オニキリマル』を含む三隻の戦艦を護衛する事。
そのためには進路上に現れたバグア部隊を撃退する必要がある。
「作戦任務遂行のためにも、ここで艦隊戦力をすり減らす訳にもいきませんしね。何としても護り切らなくてはなりませんわ。微力ながら最善を尽くさせて貰います」
クラリッサ・メディスン(
ga0853)は、自分へ言い聞かせるように言った。
大型封鎖衛星は、これまでUPC軍が破壊し続けてきた。そして、残りも僅かとなっている。この大型封鎖衛星が完全に破壊されれば、人類を地球へ縛り付ける存在は消え失せ、更なる戦力を宇宙へと送る事が可能となるのだ。
「敵は数こそ多いが、敵指揮官機を除けばこのメンバーとスカイフォックス隊で対処できない戦力ではないな。ともかく、削れるだけの敵を削るしかあるまい」
榊 兵衛(
ga0388)は、進路上のバグア部隊を冷静に分析する。
敵指揮官機以外は戦力的にも倒せない相手ではない。問題は敵の数が多い事から、撃ち漏らせば巡洋艦へ攻撃を仕掛けられる可能性がある事だ。デラード以外のスカイフォックス隊5機が巡洋艦の護衛に専任しているため、ある程度の敵は彼らが撃墜できるだろうが‥‥。
「敵指揮官機、か‥‥」
飯島 修司(
ga7951)は、独り言を漏らす。
先日交戦した黒いティターンから変わった言葉を聞いた記憶がある。
信念。
ティターンに乗ったバグアが、何故その言葉は発したのかは分からない。
おそらく、この言葉に何らかの執着を持っているのだろう。
もっとも、仮にそのティターンが飯島の前に現れるならば、バグアの拘りが何であろうと叩くだけなのだが。
「敵指揮官機はデラード軍曹に任せる。彼我の戦力差がこれだけあってはさすがに手一杯だからな。俺達も手が空き次第、増援に回るからな」
榊はデラードへ指揮官機対応を打診する。
最優先すべきは巡洋艦の護衛。ならば、指揮官機を抑えている間に他の敵戦力を撃ち倒していく事が有効だろう。その役目をデラードへ任せようというのだ。
「分かりました。やるだけやってみます。
それに、向こうも俺を待っているかもしれませんから」
「へぇ、何やら怪しい関係?
なら、お姉さんもご一緒させてもらおうかしら。ちょっとは期待してもいいのでしょう?」
ミリハナクは、怪しく微笑む。
大型封鎖衛星ヘパイストス付近の宙域は、熱気を帯び始めていた。
●
「来たか、人類」
漆黒のティターンに乗るダークミストは、これから始まる戦いに心を躍らせる。
傭兵と呼ばれる強者が持つ心根の強さ――信念。
それを教えた男は、おそらくこのティターンに向かってやってくるはずだ。
まさに、絶好の機会。
この愉悦なる一時を、何者にも邪魔されたくはない。
その疑問が脳裏に浮かんだダークミストは、各機へ指示を出した。
「後方の戦艦を最優先目標にする。眼前の敵は無視しても構わん」
敵は戦艦の護衛に戦力を割いている。
ならば、人類は戦艦を守る為に戦線を突破したバグアを追いかけてまで倒そうとするはず。その中で、わざわざ指揮官機に対応しようとする機体は、相応の強さを持っているに違いない。
ダークミストは強者を選別すべく、敢えて最優先目標を明確にしたのだ。
「さぁ、来い。己の力を過信した愚か者ではなく、真の強者よ」
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「艦に因縁のある相手がいるようですが、私達のやる事に変わりありません。迅速にご退場願いましょうか」
silberner Drachenの中で、ヨハンは前方へ意識を集中させる。
デラードがティターンを対応している間に、敵部隊のタロスを最優先で片付ける。そのためには初撃を的確にヒットさせておいきたい。
「敵、12時の方向より接近。
‥‥敵のスピード、弱まりません。もしかして、こちらを通過するつもりでしょうか?」
Habichtの複合ESM「ロータス・クイーン」で敵部隊の動きをチェックしていたクラリッサは、傭兵が間近へ迫っているにも関わらず、タロスのスピードが減速しない点に気付いた。
つまり、タロスは傭兵を通過してまっすぐ巡洋艦へ攻撃を仕掛けるつもりのようだ。
「私達を無視するつもりですか‥‥舐められたものです」
飯島は、ディアブロの対空機関砲「マジックヒューズ」で迎撃。命中力の高いマジックヒューズの砲弾がタロスに炸裂。数体のタロスを足止めする事に成功。
しかし、10機のタロスすべてを止めるには、時間が足りなすぎる。
「ターゲット捕捉。ラヴィーネ、ファイエル!」
ヨハンは水素カートリッジを使ってECミサイル「ラヴィーネ」を発射した。
爆発するエネルギーがタロスの前方へ展開。爆発に巻き込まれる形でタロスにダメージを与える。
完全に足止めする事は難しかったが、傭兵の攻撃で大半のタロスはこの場に釘付けする事ができそうだ。
そう判断したクラリッサは、早々にオニキリマルへ通信を入れる。
「爆発を逃れたタロスが数機、巡洋艦へ接近。オニキリマル、防衛部隊へ対応を打診願います」
「ちっ、敵も必死って訳か。面倒くせぇ。
大場、待避行動に入れ。蛙は、お嬢ちゃんからの観測データを元に砲撃準備。
防衛に回っているスカイフォックス隊にも対応させろ!」
オニキリマル艦長の土橋 桜士郎(gz0474)は、矢継ぎ早に部下へと指示を出していく。
戦線を抜かれてはいるが、巡洋艦の兵力で対応できない相手ではないはずだ。
今は、各機が確実に敵を仕留めていく事を優先しよう。
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オニキリマル急襲を狙ったのは、タロスだけではなかった。
「墜ちろ!」
忠勝から放たれたK−02小型ホーミングミサイルが小型ヘルメットワームを巻き込んで爆発する。
榊は的確に敵を倒すため、ミサイルを一気に対して二機ずつ放っていた。
仮に抜かれたとしても、巡洋艦の方で対応できる範囲ならば問題はないはずだ。
「次は、何処だ?」
「3時方向です。今から向かえば追い付きます」
クラリッサの情報を受け、榊は忠勝を旋回させる。ブーストで小型ヘルメットワームへと迫っていく。
「‥‥あれか。行かせん!」
忠勝と小型ヘルメットワームの距離が縮まり――交差。
小型ヘルメットワームの機体を忠勝のウィングエッジが接触。先に与えていたミサイルのダメージ箇所を切り裂き、小型ヘルメットワームの機体に大きな風穴を開かせた。
音無き爆発。
光が溢れ、そして――再び元の闇の世界へと戻っていく。
「‥‥ヒョウエが居るだけで安心感がだいう違いますわね。
頼りにしていますわよ」
榊を後方支援していたクラリッサは、軽い安堵を漏らす。
安心できる存在だと分かってはいても、戦場においてはいつも心の何処かで心配する。
今回の戦いも無事に乗り切れそうだ。
「戦況は?」
「タロスの数機が巡洋艦へ行きましたわ。だけど、スカイフォックス隊なら問題はないはずです。あるとすれば‥‥」
「ティターンの方か」
クラリッサの言葉に、榊はデラードとミリハナクが交戦している宙域へ視線を送った。
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「もう少し、ここで待っていただきたいのですがね」
飯島はディアブロのスナイパーライフルで、タロスを攻撃する。
タロスの再生能力対策として攻撃を常に一機へ集中。被弾箇所を狙い撃つ形で、タロスを確実に一体ずつ撃破へ追い込んでいく。
その方針はヨハンも同様であった。
「回復されると厄介ですからね。集中して攻撃させていただきますよ」
ヨハンは高分子レーザーライフル「プレスリー」で遠距離攻撃を仕掛け、敵が接近した段階で練機刀「白桜舞」を使って確実に敵戦力を減らしていく。
「これでタロスの方も概ね片付きました」
先程、オニキリマルの方からも被害は軽微、作戦遂行に支障はないという連絡が入っている。
スカイフォックス隊の防衛があったおかげで巡洋艦に被害はなかったようだ。
「小型ヘルメットワームの方も片付いた」
飯島とヨハンに榊からの通信が入る。
こうなれば、残る目標は一つとなる。
「敵指揮官機、ですね」
「俺は今から指揮官機支援へ向かおう。今から間に合うのか分からないが‥‥」
同時刻――敵指揮官機を巡る攻防に決着がついていた事を、傭兵達は後から知る事となる。
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「何か黒くて速いのがいますわね。ゴキと名付けましょう、うん」
翼竜姿のぎゃおちゃんは、漆黒のティターンを視認。
電磁加速砲「ブリュ―ナクII」を早々に放つ。
「‥‥なるほど、挑発か」
射程の長いブリューナクIIを長距離から使っていた事もあり、ダークミストはティターンを後退させて攻撃を回避する。
「挑発? ゴキをゴキと呼んで何が悪いの?」
ダークミストに言葉を浴びせかけるミリハナク。
先程のブリューナクIIによる攻撃も回避される事は想定済み。牽制と嫌がらせでミリハナクへ注意を惹く事が目的だ。指揮官機まで巡洋艦へ攻撃を仕掛けられれば、作戦に支障を来す可能性もある。
「見え透いた挑発は不要だ。ここで俺を留めようというのだろう?
安心しろ。俺は挑んできたお前達に興味がある」
ダークミストは再びミリハナクと対峙する。
ここへ来るまでの間に、すれ違うバグアの軍勢にK−02小型ホーミングミサイルとコンテナミサイル「管狐」を放ってダメージを与えながら突き進んできた。敵戦力の差を弾幕で埋め、敵の進撃を止めた方法は有効だった。
だが、その行為はダークミストへ自分の存在を主張するには十分過ぎたようだ。
「貴様も強者のようだ。なら、貴様の信念を示してみろ!」
ティターンはプロトン砲を放った。
ミリハナクはぎゃおちゃんの機体を回転させてプロトン砲を回避。
だが、そこへシールドを構えたティターンが突進してくる。
「所詮、俺の敵ではないな」
「それは‥‥どうかな?」
側面から強襲する形でデラードのS−02リヴァティーが接近。
突進するティターンへデラードがG放電装置を発射する。
「ちっ!」
ティターンはG放電装置をシールドでガード
ほんの一瞬、デラードへ意識を向けたダークミストに隙が生まれる。
その瞬間をミリハナクは逃さない。
「いやぁ! 宇宙ゴキが迫ってくるわ! こっち来ないで!」
悲鳴にも似たような叫びを上げたミリハナク。
だが、その行動は言葉を相反していた。
オフェンス・アクセラレータを発動。攻撃力を高めた上で、至近距離から電磁加速砲「ブリュ―ナクII」を放った。
既にG放電装置をシールドで受けていたダークミスト。
シールドを構え直す暇もないと判断。ブーストで逃れようとするも、間に合わない。
「‥‥信念? 愉悦に身を委ねることかしらね? 貴方は‥‥私を愉しませるには役者不足かしら」
ダークミストの拘っていた信念に、ミリハナクなりの返答を示す。
信念だけでここまで人類は来た訳じゃない。
強さの理由は、傭兵の数だけ存在するのだ。
「くっ‥‥なるほど、そうか‥‥」
爆発の後で再び機動するティターン。
しかし、ティターンは既に半壊に近い状態。体を捻って直撃を逃れたものの、左腕と腰部の一部は失われていた。
「あれで生きているとは‥‥参ったな」
デラードも未だ機動するティターンに向けて愚痴を溢す。
漆黒に染め上げられていただけあり、機体性能が向上していた為だろう。
「しつこい男は嫌われるって言われた事無い?」
「無いな。
それより、俺は傭兵を見くびっていた。強さの理由は一つではない。
ならば、俺はさらに激しい戦いを引き起こして強さの理由を探すとしよう」
そう言い残して、ティターンは反転。
ヘパイストスから離れる形で加速していく。
この時点で、ダークミストはヘパイストスへの増援を断念したと判断すべきだろう。
「激しい戦い、ですか。これで終わるとは思ってませんでしたが、ヘパイストス攻略には問題なさそうですね」
ため息を漏らすデラード。
その傍らでミリハナクは、ダークミストから入る通信に耳を傾けていた。
既に通信状態も悪化しており、クリアな音声ではない。
だが、ミリハナクにとって、実に理解不能な言葉が飛び込んできた。
「‥‥‥‥一つだけ‥‥分かった‥‥ある。
‥‥‥‥お前は‥‥‥‥いい女だ」