●リプレイ本文
●誘宴
「思いっきりお酒を飲んで良い依頼なんて‥‥天国?」
ラム酒を抱えたシェスチ(
ga7729)が思わずつぶやいた。確かに本部で見た時に、何度も情報を確認したのだが実際に会場を目にして『どっきり』でも『怪しい裏』がある訳でもない事に感動すら覚えた。
「わははははははは、よーうこそ諸君! 我輩の」
「いらっしゃい、酒宴の祭りへようこそ〜♪」
高笑いをあげた南瓜怪人を遮り、傭兵達を迎えたのは、いつもは本部での生真面目な印象が強いオペレーターの蔡・小紅だった。
顔が、ほんのり、赤い。
「ひょっとして、既に皆さん呑んでます?」
榊 紫苑(
ga8258)が指摘したのは、小紅を含め祭りの運営サイドの地元の皆さん諸々。
「味見、ですよ♪ 榊さん、これは甘酒ですね? 名前は知ってましたけど、呑むのは初めてです♪」
榊の提出した甘酒を小紅は嬉しそうに、受け取る。
♪の飛び散る上機嫌ぶりに、紫苑は答えの真相を知る。
「あ、皆さん。傭兵さんは私が受付しますので、私の方までお酒を持ってきてくださいねー♪」
「ふむ、様は酒盛り重視の宴会と言う訳だね。可愛いお嬢さんが居てくれれば、より文句は無いかな」
男の色気を感じさせるのは、錦織・長郎(
ga8268)だ。
期待するのは、美味い酒と話せる華。
「可愛いかどうかは、好みに分かれますけど、地元のお姉さんも沢山いらっしゃいますよ。あ、でも問題は自己責任でお願いしますね〜」
承知したと、長郎は微笑む。
引き際を弁えてこそ、またの機会が得られるのだろう。
「ねぇ、小紅くん?」
「はい?」
ともあれ、宴は始まったばかりだ。
早くも陽気な会場に、遅れてきた傭兵達も一体化するのは時間の問題だろう。
ゆっくりと空が紅にそまり、たなびく雲が紫の影を落とし幻想的な景色を作り出している。
が、ここに集った者達の大半はそんな事は大した意味は無いのかもしれない。あるとすれば、その光景を肴に杯を干す事が出来る――そんな所だろう。
「‥はぁ‥‥」
そんな祭りの空気に似つかわしくないため息を洩らしたのは、これまた祭りの趣旨には似つかわしくない幼さの残る青年――西島 百白(
ga2123)だ。
彼は、本来このようなお祭り事は不得手なのだろう。曰く、面倒‥‥だから。
それでも、この場に居るのは次の戦闘までの適当な暇つぶしの為らしい。しかし――
「面倒に‥‥ならなければ‥‥良いが‥」
彼の願いばかりは、保証しかねるとしか言いようが無い。
何故なら、面倒ごとの種なら其処彼処に転がっているような状況――そもそも、この祭り事態が面倒ごとの種と言っても過言じゃない気がするのは、きっとキノセイではない。
「おや、おぬしも来ておったのか」
艶っぽい声に振り向けば、其処にはシャモジと、一升瓶を妙に漢らしく提げ持った秘色(
ga8202)がいた。
彼女と百白は同じ依頼を受けた事があったのだ、が。
人付き合いの得意ではない百白としては、彼女のようにフレンドリ〜なのは、勿論の事得意ではない。
「よもや、酒を嗜む訳ではあるまいな? おぬしにはちと早かろう。おぉ、そうじゃ! 南瓜怪人を見なかったかの?」
面倒ごとに早くも掴まったとばかりに、百白は眉を寄せたが、もとより寄せていた為彼の気持ちは伝わらない。
いや、伝わった所で面倒見の良い秘色が引き下がるとは思えないが。
画して、百白は面倒ごとに巻き込まれる。
本人としては、不本意に。周りから見ると、予想通りに。
●絡宴
メイン会場となっているホールは、天井が高く作られ、壁際には朱塗りの柱が連なっており、細部には細かな金装飾が掘り込まれて豪奢なコントラストは異国の情緒を思わせた。
古風にも見える内装は、古代中国の宮廷を意識したものらしい。
が、この場に居る人間の何人がその内装を意識できただろう?
チェスチの言葉ではないが、その種の者にとって楽園に違いない状況――即ち
酒、飲み放題!
この状況をして、美しい内装も、麗しい美酒には敵わない。
あぁ、果たして明日の朝はどうなっているのか。それすら、いとわぬ宴。
僅かに心配する者がいたとても、宴の空気は止められまい。
果たして、酒が朱を呼び趣となる宴が開かれる。
「フフーフ。最近どうもヲタクいことばかりやってたので。ここいらで一発、バーテンダーなシロクマーの事も思い出して頂きましょう」
そう言い、ホールの一角でホテルのバーテンダーも顔負けの手捌きを魅せるのは白熊‥もとい、鈴葉・シロウ(
ga4772)だった。
「白熊さん、あたしに似合うカクテルをお願いしますわ〜」
そこへ、華やかな声がかかる。
持参した薔薇酒をその身から仄かに馨らせ、頬を薔薇色にそめてやってきたのは、シロウの良く知る面々だった。
声をかけたロジー・ビィ(
ga1031)と共に、セシリア・ディールス(
ga0475)と透(
ga6282)も一緒に居た。
「あ、こんにちは」
「わ‥‥凄いですね‥」
ちなみに、こちらの顔色は普通だ。
軽やかにシェイカーを操る姿は、見様によってはマジックのようにすら見える。
「さぁレディース&ジェントルマン。今宵久方ぶりにバーテンダーの腕をふるいますよ? ご注文があればカモン。お任せなら私オリジナルっぽいヤツを進呈だっ」
口調も、何となくマジシャンっぽくも見えるのはエンターティナー故かもしれない。
輝く氷塊を舞台に招き、曲はジンとコアントローが一対一、トニックウォーターの伴奏が揃えば、見るものを魅了する淡く白く染まった一杯が出来上がる。
――アンコールに、カットフルーツも如何?
「どうぞ」
シロウのバーテンダーにあわせて、ウェイター姿で手伝っていたレティ・クリムゾン(
ga8679)がロジーの前にカクテルを置いた。
その間にもシロウの手からは、新たなグラスを取り出し、熱い桃果汁にレモンスライスを載せたものをセシリアと透の為に用意する。
「‥あ、お酒は‥‥」
「だいじょうぶ、ノンアルコールだから」
言いかけた透に、にっこり笑って制したのはレティとお揃いの衣装――こちらはウェイトレス仕様、を着た篠原 悠(
ga1826)だった。
レティと息のあった仕事振りで、シロウの作ったドリンクを運ぶ姿がとても眩しい。とても眩しいので、よからぬ悪戯心を起こした酔っ払い達が尽くレティによって沈黙させられる。
如何にして沈黙に至ったかは、――あえて伏せておこう。
「うふふ、今度はこっちのお酒もいただきません?」
そこへふらりと、ある意味元凶の小紅が数人の傭兵を伴ってやってきた。
「蔡君も、底がありませんね〜」
「飲んでるか? ハッピーか? 愛してるぜー!」
小紅との飲み比べは未だ決着を見ないラルス・フェルセン(
ga5133)と、テーブルの上で踊っていた所を回収されたマクシミリアン(
ga2943)が、それぞれバーテンダーシロウに注文した。
その際に、「お嬢さん、私と踊って頂けますか? ええ、このテーブルの上でです。むしろキスを…」と悠を口説きかけた訳だが、結果は――。
「くすくす、迂闊さんですね〜☆」
ロジーのぴこハンでぴこぴこ叩かれるが、屍と化した海のオトコは動きはしない。あぁ、其処にラヴァーはあるのだろうか。
まぁ、暫くすれば復活するだろう。
「あら、チェスチさん〜。こちらでどうです?」
呑み比べ第二回戦の杯が配られる所へ居合わせたチェスチは、小紅に呼び止められる。その瞳は挑戦的で、ある種扇情的と言っても良いかも知れない。酒飲み的な意味で。
思わず二人を見比べるギャラリー。
何故か一瞬静寂が辺りを包み、カラリと氷がグラスを滑る音が響いた。
チェスチはふっと、一瞬不敵な笑みを浮かべる。
「‥‥やるなら‥良いよ? ‥‥そろそろ撃破スコアも伸ばしたいし‥‥、ね」
相手にとって不足は無い発言に、参加者もギャラリーも、一様に盛り上がる。
「ふふ、今日は思い切り、思い切り飲めそうですね〜♪ えぇ、大事な事は2回言うのですよ〜」
ライスの瞳も危険に輝く。
あぁ、ここにはザルが集う魔境だ。むしろ、枠しかないだろうというその他大勢のギャラリーの心境をよそに、呑み比べ第二回戦の火蓋が斬って落とされる。
その混沌の騒ぎに紛れて、姿を消すものも居た。
セシリアと透がドリンクを持ってそっとその場を離れた頃、ウェイトレスに勤しんでいた悠は何かのタイミングを計って、そわそわしていた。
つい先ほどまでは、程ほどの人数でしかなかったシロウの廻りの酒盛りは、ウワバミだらけの人外魔境となったお陰で慌しさを極めている。とてもじゃないが――『抜け出せない』
そこへ、
「休憩に入っていいですよ、もう随分働きづめでしょう」
何時から気が付いていたのか、それとも偶然なのか。
シロウは注文には無い二人分のカクテルを渡すと、少し悪戯な笑みを浮かべる。
やはり、ばれていたようだ。
粋な心遣いを無駄には出来ないが――人手が足りないのも事実で。
「大丈夫、ちょいと雰囲気は変わっちまうかもしれないけど、お酌と接客なら得意よぅ」
代打を申し出た鳥飼夕貴(
ga4123)の口調は怪しい。
怪しいが、艶やかな日本髪に着物の出で立ちを考えればむしろマッチしたと言うべきか。例え、生物学上はオトコノコでも、美人の酌は美味しいにちがいない。
「折角だし、行こうか?」
さらに、レティから誘われれば悠に断わる理由は何も無い。
嬉しそうにグラスを持ってレティの元へ駆けていく悠を見たロジーが、その後姿に乾杯を捧げた。
「Joyeux Noel! お2人にとって素敵なクリスマスになりますように」
朱宴は続くどこまでも。
この一角もまた、異様な空気を保持していると言えるだろう。
「わははははは、我輩はーこの痛みに反ぎゃ‥‥らめぇーやめてー、仮面は許すのである〜〜〜」
「なにぉう、南瓜くん。君だけ素顔を晒さないのは不公平じゃないか? いや、不公平だ」
依頼で見せた冷静で知的な雰囲気は何処へやら。酔った南瓜に絡むのは鳳覚羅(
gb3095)だ。
既に何処かで、相当呑んできたらしくへべれけ状態で、依頼で共に戦ったパンプキンへ絡みつく。
「よいぞよいぞ、もっとやれ。ほれ、南瓜怪人脇が甘いぞ、敵は一人とは限らぬのじゃよ」
止める所か、煽る秘色は覚羅と連携し、羽交い絞めにしたパンプキンの口に一升瓶を突っ込む。
「おぬしもじゃんじゃか飲めよ、ほれ」
笑い声もくかかと豪快に。
「いやぁ〜、イケル口ですね。パンプキン・オブ・GEISHAくん」
「そういう、おぬしこそ中々やるではないか。パンプキン・オブ・ダーク‥‥であったかの」
妙な意気投合が生まれる。
だしにされた、南瓜怪人は哀れ床で紫色に変わり果てていた。
「‥‥お前も、面倒な奴だな」
百白の言葉がなんとも物悲しく響いたが、その朱宴はまだまだ終わる事はなく、彼が解放されるのもまた、まだまだ先のことだろう。
そして、ここにも朱の気配に中てられた者が――。
「ボクだって女だって言うのに‥‥、どうして恋愛対象に入ってないんだよぅ‥‥男友達はいるのに、それ以上になった試しはないし、告っても『らしくない』とか『冗談だろ』なんて言われるし‥‥」
朱どころか、どんよりと青紫のオーラで酒を煽るのは柿原ミズキ(
ga9347)だった。頬はしっかりと朱色なのだが。
「‥ミズキ姉さん‥‥大丈夫‥?」
イスル・イェーガー(
gb0925)の言葉に頷くも、何に対して頷いたのか定かじゃない。
思わず、姉のように慕うナレイン・フェルド(
ga0506)を見上げるが、ナレインも困ったように微笑んだ。
いっそ、少し心に溜まった物を吐き出させた方が良いのかもしれない。
元々はイスルの誕生日を祝おうと、ケーキまで作って楽しく飲んでいたのだが、何の拍子か『スイッチ』が入ってしまったらしい。
「何が『ミズキなら一人でも大丈夫』だよ‥‥まったく強がってたって、結局はこの心は空っぽで満たされないのに」
はぁ‥どうして分かってくれないんだよボクだって‥‥誰かと一緒に‥‥。
悩める乙女は、いつだって素直になれない。
「ミーは苦労してるんだなぁ‥‥。よしよし。よし、どんどん飲もうぜ。にゃははは!」
そんなミズキをだきゅっとするのは、慰めてるんだか煽ってるんだか解からないエミル・アティット(
gb3948)だ。イスルの従姉でナレインとも姉妹のような繋がりがあり、ミズキとも部隊の仲間でもある。
家族同然の3人は、揃いの鮮やかな群青の薔薇が刺繍されたチャイナドレス姿を纏っていた。
華やかな民族衣装は、会場の現地の人も歓び、大いに沸かせたのはイルスにとってちょっぴり恥しくて嬉しくて嬉しい思い出。
数人の傭兵には、この場に来るまで性別を間違われていた事もこの際、思い出に変えてしまおう。
特別な日なのだから。
とはいえ、――
「いちゃついてるのを観るとさ、あこがれを通り越して、ムカツいてそんな奴ら滅茶苦茶にしてやりたくなる‥本当にクリスマスなんて‥‥ダイッ嫌いだー」
「にゃははははは! イーがいっぱい居るぜ〜!」
右に泣き上戸、左に笑い上戸、両者に挟まれ小さな弟分は困り果て、思わず長姉のナレインに助けを求めてしまう。
くすりと、大切な家族達のやり取りに、ナレインは眦を和ませる。そっとミズキの肩に手を置き微笑んだ。
すると優しい姉の姿にますます瞳を潤ませる。
「ナレ姉ぇ泣きついても良いよね」
「うんうん‥大丈夫、私がそばに居てあげるから、ね」
ぽんぽんと、髪を撫でる手が、優しい言葉が、ささくれた心にホロリと染み渡る。
泣き疲れてうとうとし始めるミズキの元に、三味線が奏でる優しいクリスマスソングは届いただろうか。
見えないだけで、以外に芽はそこらに転がっているもの。
育つかどうかは本人次第。
二人を心配そうに見ていたイスルだったが、
「酒はぁ飲んでものまれるなぁ〜♪ 違うんだぁ、むしろ飲まれちまえぇ〜〜♪」
「‥むきゅぅ‥‥」
妙な歌を歌うもう一人の姉に抱きつかれて、そのまま押し倒される。
――‥‥色々、台無し。
だけど、後から後から笑顔が零れ落ちる。
こんな家族の温かさこそが、きっと何にも代え難い誕生日プレゼントなのかもしれない。
●夜宴
紫紺の空にはうっすらとか細い雲のアクセントと、瞬く星々が散らばり、弓を描く月は星の輝きを邪魔しない程度に控えめに輝いていた。
風が吹き抜ければ、やはり冷たく、宴の酩酊を拭い去り、この場に然るべき高揚感だけを残してゆく。
屋上に設けられた庭園は、見事なホールを持つホテルに相応しい広さと造りで訪れたものを迎える。
昼間に訪れても美しいであろう庭園は、僅かな灯篭の灯りに照らされ何処か、静謐さを感じさせすのだった。
一角に東屋のような休憩処があり、そこでゆったりと過す一組の男女があった。
「すまない。せっかくの一年一度の夜だから、もっと良い場所を予約出来ていれば良かったかも知れないが……」
「お互い忙しい身ですから、ゆっくりとクリスマスを過ごせるなんて思っても見ませんでしたから、お誘いありがとうございますわね、ヒョウエ」
榊兵衛(
ga0388)の言葉にクラリッサ・メディスン(
ga0853)は微笑んで答えた。
気遣いが解かるから、その想いが何より嬉しいから、彼女は心からこの誘いを喜んでいた。
「綺麗な夜空だな。
寒いので少々情緒がないが、酒を片手に眺めるのは良い夜かも知れない。傍らにクラリッサが居てくれるのなら、尚更な」
「本当に綺麗な夜空ですわ。
ゆっくりと星空を眺める時間も最近は取れませんでしたし、こういう時間を取れたのもヒョウエのおかげですわね」
ごく自然に、兵衛はコートの中にやや冷えたクラリッサの体を包み込む。
クラリッサもそれを自然と受け入れる。
開けたワインの薫りを互いから感じる程の距離、少しでも雰囲気を良くする為に未だ好きな日本酒を口にしない優しい人の温もりに、寒さも気にならなかった。
今は優しさを受け取り、後でゆっくりお酌をしてさしあげましょう。
そう思いつつ、クラリッサは兵衛の手を取り立ち上がる。
「ねえ、せっかくの綺麗な夜空ですもの、踊りません? 見ているのは星だけですもの、たまには二人で踊るのも悪くないですわよ」
急な提案に、驚いた兵衛だがくるくると笑う彼女の微笑みに誘われ即興のワルツのステップを踏む。
曲も無く、衣装だってダンス衣装には程遠い、それでも彼らはゆったりと円を描いて踊る。
お互いに穏やかな笑顔で。
「来年も‥‥」
「来年、‥‥」
同じタイミングに、同じ単語を呟き、お互い顔を見合わせた。
きっと心は一緒だ。
気恥ずかしく笑い、どちらとも無く距離を零にした。
『来年も、二人一緒にこうして過したい』
見晴らしの良い、屋上の角地に朱宴から抜け出した透とセシリアの姿があった。
星空のパノラマを一人、いや二人占め出来る分、風が冷たく二人はぎゅっと手を繋いでいる。
見つけたベンチに二人で空を見上げると、暖かいココアが一段を美味しく感じた。
「昔も、学校でこんな夜を過ごしたことがあったかなぁ‥‥夜の屋上で、星空眺めて‥花火とかあげてたっけ‥‥」
星空の美しさに歓声を上げた透の横顔に、寂しさが混じる。
まだ、幸せでいられた時の記憶。
優しくて、同時に残酷。
抱える痛みが解かる――のに。
「‥大切な思い出‥‥ですね‥‥」
かける言葉に迷って、出た言葉はあまりに当たり前の事でセシリアは自分の口下手さに悔しさを覚えた。
伝えたい気持ちは、言葉より雄弁で。
きゅっと繋いだ手を、握る。
「うん‥‥静かな時間で、大切な想い出で――‥今も、だけど‥‥」
伝わる想いは、言葉は無くても、確かに響いた。
ぎゅっと、痛くならないよう配慮のある強さで、でも確かに透は握り返してきた。
取り戻せないものは、ある。
それでも、大切なものはまだ彼の手の中にあるのだ。
きっと、この宴に来た者達に皆言える事なのではないだろうか。
此処に至るまで、何も失わなかった者など居ない。
笑顔で居るのは自分にとっての大切なものを、まだ持っているからなのだろうか。
「そういえば『希望』というワードで何かFAXするんだよね? 考えておいた方が良いのかな‥‥??」
透の言葉に、セシリアも頷く。
もしも、自分が透に何か渡せるものがあるのなら‥‥大切な想い出になれるのなら。
「‥‥そう‥ですね‥。こうして居られる事‥こういう時間‥また過ごせるように‥‥」
こういう時間を大切にしたい。
そう、願う。
「僕も、そうかな。今の時間が――来年も、こんな時間が過せますように‥‥」
そういって、透は柔らかく微笑んだ。
「皆も、そうだといいよね‥‥」
その言葉に、セシリアは無表情な口元をそっと緩ませこっくりと頷くのだった。
この時間は、余りにも壊れやすいものだと知るのだから。
●祈宴
時間は既に夜半を過ぎ、ホールでは既に部屋に運ばれた者も多く居た。
一般人の皆さんも各々、酔い潰れそこらでゴロゴロとマグロ化している。気の良い且つ、余裕のある傭兵に拾われて部屋に運ばれたりもしてる。
そんな中、未だにハイペースでの酒盛りが続く一角があった。
「うぅ〜、流石に酔ったわぁ〜〜?」
「‥‥アハハ、ギブアップかい? まだまだそんなに飲んでないヨー」
頭を軽く抱える小紅に、ケタケタ笑うのは途中までは自分のペースを守り、飲み比べを優勢に進めていたチェスチだ。
彼は確かに強かった。
ただし、反比例するように女性にトコトン弱かったのだ。
まして酩酊の勢いの付いた艶やかな女性陣。
ペースも量も頭からすっ飛んだ結果、酒は飲まれるまえに飲み干すという自論をぶち壊し、見事に酒気に飲まれていた。
自覚があるかどうかは、別として。
ちなみに、紫苑も同様に呑み比べに巻き込まれた挙句、女性陣に絡まれ蕁麻疹と石化のコンボを決め今もまだ、隅で固まってたりする。
「む、紹興酒の瓶が空いちゃいましたね」
こちらはライス、見た所飲み始めから然程の変化が無い。やや頬が上気してる程度だろうか。
「あー、もう勘弁するのである‥‥げふぅ」
「なんじゃ、情け無いのぅ。酒は呑んで吐いて馴れるものじゃ、ほれもう一献」
「シロウくんも呑みなさいよ〜ぅ」
「はは、頂いてますよ」
必然的に、潰れてない者が同じ場所に集まってくる。
いつの間にか姿を消した者は、酔い覚ましに他の場所へ行ったのだろう。
何せ、もはやこの場に居るだけで酒気に酔える有様なのだから。
「蔡さん、僕らも酔い覚ましに行きませんか?」
だから彼が声をかけたのには、深い意味は無いのかもしれない。
「いいですよぅ、何処へ行きます?」
「じゃあ、屋上庭園へ」
彼女を誘ったアーサー・L・ミスリル(
gb4072)の頬はほんのりと朱に染まっていた。
屋上の庭園には、ちらほらと酔い覚ましに上がって来たであろう人が居たが、各々の空気を楽しんでいるのだろう。
特に何も云われず、庭園の一角に落ち着くことが出来た。
風は止んでいたが、その分キンとした寒さがあり火照った体を覚ましていく。
急激な冷却にぷるりと身を震わせる小紅をみて、くすりとアーサーは笑う。
「寒かったら、どうぞ」
どうぞと言いながら、首にマフラーを問答無用で巻くと悪戯っぽくオペレーターさんだし喉は大事にね? と笑ってみせる。
「あの、‥ありがとうございます」
なんとも照れくさい。
「ここは静かですね」
「えぇ、喧騒が嘘みたい。皆さん楽しんでいただけたみたいで良かったわ」
こんな馬鹿騒ぎは、滅多に無いのだから。
「蔡さんも、楽しみましたか?」
ふと、聞いてみたのは、騒いでいたのに、先ほど見せた顔が何処か寂しげだったからかもしれない。
その問いには、にっこり笑って美味しいお酒が呑めましたよ、と小紅は明言を避けた。
いつも、送り出す側に居るオペレーター。
能力者であるのに、現地に赴く事は多くはない。
「僕は楽しめましたよ、蔡さんと美味しい梅酒が呑めましたし」
もしかしたら、気負ってしまっているのかもしれない。
だから、アーサーは自分にとっての事実を伝える。少しでも、彼女の気持ちが晴れるよう。
「‥‥そうやって、ストレートに言われると、その‥‥照れ、ますね」
赤いのはきっと、お酒の所為だけじゃない。
けれどそれを追求するのは、別の機会にしてあげよう。
「事実ですから♪ あぁ、良かったらまた呑みましょうね」
僕はそれ程強くないですけど。
「そうだわ、アーサーさん」
「はい?」
渡せるかは解からなかったけど、と前置きをして彼女は小さな包みをアーサーの手に置く。
「メリークリスマス、アーサーさん。お誘い有り難う、ね? お仕事と重なっちゃったのに、‥‥来てくれて嬉しかったです」
その頃、すっかり泣き疲れて寝てしまったミズキの元に訪れる人影があった。
「ミズキ、そこで寝てると風邪引くぞ‥‥ったく人の迷惑ぐらい‥‥まぁ、いいか」
すやすやと眠る寝顔に、起こすのが忍びなくなった金城 ヘクト(
gb0701)は、起こそうと伸ばした手で髪を撫でるに留めた。
彼女の苦労を知るヘクトは、人一倍頑張る姿を思い出し苦笑する。
「強がるのはかまわないが、無理しても良いことないぞ、一人の身体じゃないんだ。隊長さん」
訳あって、前の小隊を引き継ぎ隊長をするに至ったミズキ。
普段は強気で威勢の良い娘だが、眠る姿はやはり華奢でこの姿を見れば、彼女への暴言も無くなるのだろうが‥‥。
まぁ、気の強い彼女が無防備な姿を晒す方が珍しいのかもしれない。
「イスルすまないが、背負っていくから手伝ってくれるか」
「あ、はい」
イスルの手を借りて、ミズキを背負い三姉弟に挨拶を済ませて部屋へと向かう。
――最初から酔い潰れる気があったのか、部屋を取っていたのが幸いした。
手のかかる隊長さんは、思いの他、いや――思ったとおりに軽く、この体の何処に隊長としての重責を背負っていたのだろう。
――今日くらい、ゆっくり安めばいいさ。背中でよけりゃ、安いもの、か。
「‥‥んにゅ、‥希望、‥‥命‥‥人の傭兵さ‥にお礼‥ムニャ」
背中に載せた振動でか、ミズキが呟くのに再び苦笑を洩らす。
「だったら、少しは体を大事にする事だな。命の恩人に、お礼言う事も出来ないさぁ」
希望ってのは、諦めない限りいつか見つけられるモノだ。
ヘクトは心中で答え、部屋へと急いだ。
その頃、中庭のツリーの前にエミール・ゲイジ(
ga0181)と伊佐美 希明(
ga0214)は居た。
かなり酒気を漂わせた希明がふらふらと前を歩く。
その姿に流石に、呑みすぎだよとエミールが言うと、
「何言ってんの、エミールのせいだぞ。最近、全然会えないから、すっかりのんべぇになっちゃったじゃないか」
くるっと振り返り拗ねた顔で反論した。
自分が忙しく会えなかったのは事実だし、何よりその顔が可愛くて言葉に詰まる。
こういう時の女の子の可愛さは最強なんじゃなかろうか。
そんなエミールの心境など、知る由もなく希明は中庭に飾られたツリーを眺めて目を細めた。
懐かしい記憶が蘇える。
そう、こんな立派なツリーなんて無かったけど‥‥。
「私んち貧乏でさ。服とか兄貴のお下がりで、繕いながら着てた。でもクリスマスの晩にね、下手糞な手作りのサンタ衣装で、親父が服をプレゼントしてくれたんだ‥‥」
笑っちゃうよ。子供騙しにもならないのに、本人は気付かれて無いと思っててさ。ツリーも七面鳥もケーキもなかったけど。――今まで経験してきたクリスマスの中で、一番良い思い出。
それは遠い日の思い出。
あの時確かに、あった温もりは幻のように残滓すら残してくれない。少しずつ、薄れていく。
知らず、瞳に涙が溜まる。
寂しいからなのだろうか、それとも恋しいからだろうか。
真直ぐエミールを見つめ、思いをぶつける。
「だから、さ。エミールの思い出で、塗り替えっっ‥‥」
希明の言葉は最後まで続けることは出来なかった。
エミールの唇がそれ以上言う事を、許さなかったから。
一番の思い出にしたいのは、エミールとて同じ。けれど、それは過去を打ち消す為じゃなく――今の希明の笑顔が見たいから。
どれほど時間が経ったのか、長かったのか短かったのか当人達にも解からない。
「この前のお返しだ。やられっぱなしは性に合わない、ってね」
初めてのキスが希明からだったのは、ちょっとした不覚だったのだ。
これで、イーブン。
そんな少しだけ得意げなエミールに、希明は照れくささと、幸福感が溢れるのを感じた。
あぁ、来年もきっと、いや‥‥来年はもっと一番の思い出をくれるに違いない。
――けれども、そんな幸福な時間は長くは続かない。
「‥‥うっ」
「え? 希明、顔が真っさ‥」
不審な気配に、エミールが声をかけた時既に遅し。
「‥‥ぅうお゛ぇぇぇ!!!!」
素敵な恋人同士の甘いムードは、酢的な香りの泥酔ムードにあっという間に塗り変わる。
まぁ、‥‥酒飲みらしい思い出‥‥と言えなくも無いかもしれない。
サンタより何より、側で介抱してくれる誰かが居る事が、きっと掛替えの無い思い出となるのだろう。
●終宴
「あー、頭痛いわ‥‥」
空はすっかりと明るくなった頃、まだ免疫の無い者にとってはきつ過ぎるほどの酒気の漂うホールに小紅は居た。
後片付けを手伝っているのだ。
空気を入れ替える為に、窓を開け放つと冷たい空気が流れ込んでくる。
「昨日の熱気は何処へやら、じゃの。外は随分と冷えるようじゃな」
「そう思うのなら、我輩のマントを返して欲し‥‥いえ、なんでもないのである」
いつの間にか秘色は、パンプキンのマントを羽織っていた。
どうしてなのかは解からないが、此処は完全に上下関係が完成していた。
「これは昨日ラジオへ送ったFAXかい?」
雑然としたテーブルに置かれた紙の束を、覚羅が拾い上げる。
「あぁ、そうです。ご覧になります?」
紙にはそれぞれの希望の言葉が書かれている。
「‥‥ハーレムルート突入希望‥‥ぇ、エロ?」
「だ、だめだめ! イーになんてもの見せてんだよ」
「くすくす、誰が書いたか判りそうですわ〜☆ ぴこぴこ」
「お、小紅くん。そのマフラーはどうしたのかな?」
「うへぇぇぇ、迎え酒したくなる‥‥」
何処からともなく、次々に人が集まってきて、あっという間に宴と変わらぬ喧騒になった。
――笑いあった数時間後、戦地に立つかも知れない彼ら。
余りに脆い日常を知るから、他愛も無い笑顔を守る為、今という時を大事にするのかもしれない。
「‥‥どうでもいいが、面倒が片付かない。‥‥はぁ」
休養を終えるのは、後もう少しだけ、後になりそうだ。
彼らに、メリークリスマス。
――杯一杯の想い出を。