●リプレイ本文
●
その日の空は穏やかながらも、高地としては珍しく、温く重い風が吹いていた。
簡素な村に起きた謎の失踪事件、その原因究明の依頼を受けて集まった傭兵は8名。
事態が不明瞭なだけに、出来るだけの可能性を考えて現地へ乗り込むことになった。
山の木々がざわりと揺れ、水場の香りを運んでくる。
村の位置が山間だった為に、傭兵達を運ぶ高速艇は村の傍には適切なスペースが無かった為、傭兵達は物資を背負って山道を行く事になった。
救援と言う事を鑑みて、飲料水と少量の固形食糧が本部より用意された訳なのだが、村人全員分――それも、調査日程の3日分の量を背負っての山道となったのだ。
とはいえ、能力者である彼らにとってはさほどの苦にはならず、台車を分担で押して山道を登っていく。
山道の直ぐ脇を流れる水面にそれを見つけたのは、セシル シルメリア(
gb4275)だった。
「あら、あれって」
キラキラと澄んだ流れに、ぽつぽつと浮かぶ――黒い花弁。
路を進むにつれ、小河に浮かぶ花弁の量が増える。それが意味する所は一つ。
程なくして、名の刻まれた石と門が見えてくる。
「ここが、芝水」
河沿いを歩き、村の入り口までやってきた所で、夏 炎西(
ga4178)は感慨深い声音をあげる。
同じく山奥の小村である彼は、村の佇まいに故郷が思い出す。
愛する故郷、小さな村では村人全員が家族のようなものだ。共に喜び、共に悲しむ。
そして、この村で既に3分の1の村人が行方不明になっている事に一層の思いを抱く。
――必ず、原因を突き止めます!
隣で台車を押す手を強く強く握る炎西を見て、新条 拓那(
ga1294)が肩を叩く。
はっとして見ると、拓那が人懐っこい笑顔で言う。
「頑張ろうぜ、こんな事件とっとと解決しないとね」
「はい、そうですね」
ちょっとしたやり取りで、炎西の緊張が程よく解けたのだろう。笑顔で拓那に同意する。
日程は3日。
調査としては長くない時間、けれども張り詰めっぱなしで居るには長い時間なのだ。
(と言う事は、村人はそれ以上の苦痛を強いられているということか‥‥)
この依頼を初任務に選んだ、月城 紗夜(
gb6417)は、救援物資を見て内心で呟く。
とはいえ、拓那のような気の使い方は得意な方ではない。まして、経験も少ない。
――我等は任務を行うのみ
任務とは即ち、事件原因の究明であり、村人を脅威から守る。そう定めると、彼女は最初の任務地に足を踏み入れたのだった。
●
村の中に入ると、視界が一変した。
「静かな‥‥良い村じゃねぇか」
思わず声を上げたのは、紗夜同様にこの依頼が初任務となった、ピアース・空木(
gb6362)だ。
傭兵の依頼と言うからにはもっと殺伐とした現場を予想していたのだろう。
だが、彼の予想は外れた。
水路が村を縦横に走り、澄んだ水の流れが独特の静謐さと郷愁を誘う。、
風に舞い踊る小さな墨色の花弁は、幻想的な光景を作り出していた。
「これが芝水の花?」
「染まっているというのは、やはり芝水の花の事だったようですね」
セシル シルメリア(
gb4275)がひらひらと舞う一片を手に乗せると、仲の良い友人同士であり、共に店で生活する雪待月(
gb5235)も一緒に覗き込んだ。
薄い花弁は水に溶いた墨の様で、可憐と言うよりは物悲しい風合いに感じる。
そこに何かを感じたのか雪待月が、きゅっと形の良い眉を潜めた。
「何とか、祭りが再会出来るようにしたいですね、雪お姉さん」
「えぇ‥‥そうですね」
人の心痛に敏感な友人を思い、セシルが務めて明るく言うと雪待月も優しく頷くのだった。
やって来た傭兵達を出迎えたのは青年と老夫婦の3人だけだった。
一瞬最悪の事態を予感した傭兵達だったが、青年の話で最悪の事態ではない事だけは解った。
「すいません、皆‥‥外には出たがらなくて」
青年は申し訳無さそうに言う。その顔は、げっそりとこけおち、憔悴の色が濃く出ている。
彼の両親だと言う老夫婦も同様だ。
「大丈夫です!」
かける言葉に迷った傭兵達の中、真っ先にそう言ったのは、小笠原 恋(
gb4844)。
「3日以内に必ず私達が原因を究明して解決して見せます。不便でしょうが3日間だけ我慢して下さい」
強い言葉を発するも、恋にも確固たる確証はない。
だが、彼らを励ましたかった――自分達は希望を届けに来たのだと。
「うち達も、できれば、微かな希望でも‥‥」
――行方不明になった人に生きて居て欲しい。その気持ちは同じだと。
言葉を詰まらせ、それでも強い意思を持った瞳で、不知火 チコ(
gb4476)も青年達に訴えた。
「遅くなってすいません、皆さんを助けに、来ました」
「宜しく‥‥、お願いします」
最後に結んだ炎西に、応えた青年の声は酷く疲れていたが、それでも僅かな安らぎが宿っていたように見えた。
それは、傭兵達の願いかもしれないが。
●
傭兵達は3班に分かれ、それぞれ、水路廻りの調査をA班とB班が。村人への聞き込みと、緊急時の避難をC班が請け負うこととなった。
小さな村ではあるが、密集している訳ではないので炎西の案が採用され、一度A、B班は別れる。
しっとりと湿気を帯びた風が芝水の木を揺らし、墨色の花弁が舞う。
「ホントに何も残さずに消えたらそれは神隠しだよね」
拓那が無造作に水路を覗き込む。
「何かみえた?」
「いえ、こういう時こそ私の目が役に立つはずなんですけど‥‥」
水路に身を乗り出したままの拓那の問いに答えたのは恋。
その瞳には幾何学模様が輝き、上着から覗く両腕にも同様に幾何学模様のラインが浮かび上がっていた。
「水路が怪しいのは、間違いないのですが」
『囮役』である拓那に、何か無いか警戒していたチコも軽く落胆の意を示す。
彼ら3人が村の右を担当するA班だ。
青年に詳しい話を聞くことが出来た為、彼の家も水路を引き込む形式の造りだと判明した。
つまり、水路に何者か――原因が潜んでいる可能性が強くなったのだ。
下流から上流へ向けて丁寧に調べていく訳だが、水路が思った以上に細かく分かれていた。
「そろそろ3時間になってしまいますね」
「今日の分はこの辺で引き上げかな」
チコと拓那は、漸く覚醒を解いた少女を労った。
「大丈夫?」
「はいっ! この位、村の人達に比べれば」
元気のいい答えに、拓那は笑顔で頷き他の班との連絡を取りA班のこの日の作業は終わった。
やや時間は溯る。
村の左側の調査警戒を担当していたB班は芝水の花に注目していた。
「サンプル、回収‥しておくか?」
「えぇ、そうですね。念の為に、一日置きの花弁と湧水を」
了解と頷いてピアースがパックを用意する。
その間、周囲を警戒していた紗夜だが、手元の時計がソロソロ撤収の時刻が迫っている事に気が付いた。
「今日は空振りに終わりそうだな」
「そうですね。ですが、こうして私達が居るだけで失踪を防げるのであれば、無意味では無いですよ」
花を付けた枝葉と、土、それに水路の水を回収した炎西が紗夜と、ピアースに微笑む。
「水源まで行けるでしょうか」
不測の事態が起こる可能性を考えトランシーバーで他班と連絡を取ると、水源に向かった。
水路の上流に、一際芝水の木が盛られたように密集している場所に出た。
そこは、村の一番高い場所にあり、山を背にした小さな池の畔のようだ。
「ここが‥‥水源か?」
「いや、まだ先が在るようだ」
紗夜が指を指したのは水面の奥、山の斜面の一部がぽっかりと穴が開いていた。
「この小屋から先へ進めるかもしれません」
直ぐ横に建てられていた小さな小屋の様子を伺っていた炎西が、貼られた呪術めいた札を指して言う。
「何と?」
「水神の護符‥と、書いてるようですね。聖域を護るような意味じゃないでしょうか」
慎重に開いた扉の先には、無数のお札と冷たい水気を含んだ空気が満ち、その先にぽっかりと暗い洞穴が広がっていた。
青年と共に、村人への事情説明に廻っていた雪待月とセシルは村人を必死に励ましていた。
幸いな事に、戦いを感じさせない温和な雰囲気の少女二人であった事と、青年に協力をお願いしたお陰なのかキツイ対応は殆ど無かった。
ただ、無気力とでも言うのだろうか。
未知の恐怖に、身を小さくする事しか出来ない――それが一番近いのかもしれない。
「お前さん達、無理する事は無い。子供を連れて逃げてくれないか」
そう頼んだのは、村ではもう一人しか居ない、小さな子供が居る家の老女だった。
「そんな事出来ません、お子さんだって‥‥ご家族と一緒が一番幸せなんですから」
「必ず、元の祭りが出来るように原因を突き止めます」
だから、安心して欲しいと、そっと祖母の震える手を取ると、祖母は声も無くぼろぼろと涙を流した。彼女の娘で、子供の母は、今回の事件で失踪していたのだ。
――村はこんなにも疲弊している。
奉納祭の話を聞いた時の、懐かしそうな顔。そこに、平穏な頃の素顔を垣間見たような気がして、雪待月は心を痛めたがそれ以上に、解決したい想いを強めた。
飲料水を渡し、家を出てから、聞く事の出来た祭りの詳細を伝えるべく、セシルがトランシーバを手にする。
と、その時丁度B班からの連絡の声が入ってきた。
祭りの詳細でも出てきた、水源に続く洞窟の話を聞くと、A班から今日はこれで終わらないか?と提案が来た。
見れば既に空は茜色に染まっている。山間の黄昏は早い。
程なく真っ暗になるだろう。――そして、探査は翌日に持ち越しとなった。
●
夜間の予定を全く決めていなかった傭兵達に、青年の案内で空き家に泊まる事になり、1日目の調査結果をお互いに照合した。
「‥どうにも、水源が‥くさいな」
ピアースの言葉に一同が頷く。
「明日はそっちに足を伸ばしてみるよ」
A班の拓那が提案すると、炎西はしばし考えた。
まだ村の水路に何者かが潜んでいる可能性もある。B班は新人が二人居る事も考えるとそれがベストに思える。
そして、二日目の方針は決まった。
「水源の洞窟は、それほど深くないそうです」
「皆さん、どうかお気をつけて」
セシルが村人から聞いた情報で作った簡単な地図を手渡すと、その横で、雪待月も心配そうな顔で言った。
元凶があると思われる水源、一番危険があるかもしれない。
「何があるか解りませんから、くれぐれも無理はしないように」
「問題が起こったら、‥知らせろよ」
「解りました。ひょっとすると行方不明になった方が居るかもしれませんしね」
チコがサンプル回収用のパックを受け取ると、B班は洞窟の中に入っていった。
昨日の晩、休めたお陰で回復した恋が、先頭を行く拓那の後ろから、探査の眼で警戒しながら進む。
最後尾には、念の為と用意したランタンを持つチコがついた。
洞窟に入ると、微かに風の抜ける音、横を流れる水源からの水の音、そして土を踏む音が反響して不思議と聖域とされたのも、何となく納得できた。
彼らが30メートル程進んだ所で、広い地底湖に出た。
「ここが、湧き口かな。化け物の住処としちゃあここの水は綺麗過ぎるけど」
そう、拓那が呟いた瞬間――
「危ないっ!!」
恋の警告に、反射的に拓那が半歩後ろへと下がったのとほぼ同時に地面に水の痕が付く。
覚醒した傭兵の目には、地面を叩いた『それ』が水面に沈むのを捉えた。
それを追う様に、水面に飛沫が上がる。
言葉を発するより先に、ライフルを構えたチコが射撃したものだったが手ごたえは無かった。
「姿は見えないですけど、複数居ると思います」
直ぐにA班に連絡を入れるが、その間も水面からの攻撃が続く。
『聞えますか、こちらも戦闘中です』
そこへ、A班からの応答が入る、
『2匹‥だけどな、スライムみたいな奴だ。そっちも気をつけろよ』
『問題無い、こちらは我等だけで処理しよう』
同時に戦闘とは間の悪い。だが、考えようによっては一気に形が付けられるとも考えられる。
「なら、こっちもこっちで片付けよう。水路に逃げられたら厄介、だ!」
言葉の途中で繰り出された『それ』を瞬き一つで身体を捻って回避する拓那。
そこへ狙い済ました恋の銃弾が水面を撃つ。
一瞬光が弾ける――FFの光。そして、じわりと湖面を染める黒いものと、腐敗臭。
「これが村人が消えた元凶ですか‥‥」
波立つ水面に、ぬらりとした物体を認め恋がその眉を顰めた。
恐らくはスライムと呼ばれる物に近い。
湖面から透明なゼリー状の塊が5つ浮き上がる。悍ましきは、その中心。苦悶の表情を浮かべた人のような影が見えた。
「まさかっ、村人のっっ」
チコは気がついてしまった。
地底湖の水底に――人影が沈んでいる。
「許せないっ!」
怒りを気迫に換え、恋と拓那の攻撃がスライムを、叩き潰す。水中に逃がすのを許さない。
「テメーみたいなのはドブ川の方がお似合いだ。とっとと帰んな!」
水中に居る人影に、もう一度祭りを見せる事は適わないのだろう。
せめて魂だけでも安らかにあるように、彼らは聖域で刃を振るった。
「これで‥‥最後だ!」
ピアースの攻撃に、ぐずぐずとスライムの反応が無くなった。
「残り、一体!」
「任せてください」
紗夜の掩護を受け、炎西の槍がスライムを深々と貫く。
同じく溶ける様に手ごたえが無くなったのを確認して、3人は息を吐く。
「こちらに残って正解だったな」
昨日探した時は居なかったが、夜の内に徘徊していたのかもしれない。
この分だとまだ居るかもしれないと紗夜が言うと、暴れたり無いとピアースが不敵に笑う。
●
芝水で二日目の夕暮れを迎えていた。
「原因は全て排除しました」
セシルと雪待月は青年に報告しに、青年の家を訪ねた。
「妹さんの事、申し訳なく思います」
「いえ、‥‥これで妹もうかばれます」
水源に沈んでいた遺体は、判別が出来ない程に崩れたものが多いなか、少女の遺体は驚くほど綺麗なまま、水に沈んでいた。
その綺麗さに、もう少し早く発見していれば助かったのでは無いか? と思ってしまう程だった。
他にも数人、死後余り時間が経って居ないような遺体も見つかったので尚更だ。
「銀花を、贈らせてくださいませんか? 妹さんへ」
どうか彼女が安らかにあるよう、真白な芝水の花に抱かれて眠れるよう。
「後味‥悪ぃな」
「‥‥任務は達成した」
ピアースと紗夜は、初任務で何を思ったのだろう。
「被害は食い止められましたよ」
苦い顔をする炎西は、パックに収めたサンプルを彼の良く知る隊長に渡すつもりらしい――植物に影響を与えるキメラ、何か新しい事が解るかもしれない、そう考えて。
風が花弁を散らす。
悲しい色をした、喪に服した花が村を包む――来年は、真白な花の中、祭が再開されれば良い。
傭兵達は、せめてそれを願ったのだった。