●リプレイ本文
●友と
空には曇天が広がり、今にも雨が降り出しそうなほど暗く雲が垂れ込めていた。
傭兵達8人がその街に着いたのは昼を少し廻った位の時刻。
目にした古い街並みは、赤い柱や赤い装飾が多く使われ、全体的に赤かった。
その内の一人、幼い風貌の
「赤‥‥。こんなことになっていなければ、きっと美しいのでしょうね‥‥でも今じゃ‥
まるで血のようで‥‥‥怖いです」
朱塗りの柱を見上げ、淡雪(
ga9694)はそっと息を吐いた。
その様子に仲の良い風花 澪(
gb1573)がきゅっと手を握り、心配げに大事な親友を気遣った。
「たぶん大丈夫だと思うけど‥‥住民の避難‥‥気をつけてね?」
少しだけ高い赤い瞳を見つめた淡雪は、自分よりキメラと直接戦う澪ちゃんの方が心配だと言おうとした時、直ぐ隣にやってきた青年が心配ないと微笑んだ。
「俺も一緒ですからね、約束もありますし」
そう言い、早坂冬馬(
gb2313)は、ですよね? と澪にも笑いかける。途端に澪はくすくすと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「そうだよー! 僕は敵陣の真っ只中に突っ込んでいくけど守ってね、笑いの君♪」
笑いの君という呼称を使われ、その名で呼ばないでくださいと冬馬は困ったように苦笑した。
「私も、行きますから‥‥」
二人のやり取りに、ルーシー・クリムゾン(
gb1439)も淡く笑う。
そうだ、無茶をしがちな澪だけじゃなく冬馬とルーシーも一緒なのだと改めて思い、親しい者同士で依頼に当たれた事に淡雪は安心感を覚えるのだった。
●紫煙昇る
「雨でも降りそうな天気だな」
街の人の案内で、街のほぼ中心にある会館の前にやってきた8人を出迎えた傭兵は、歳の若い方が黄、そして屋根の上で天気を心配したのが、やや年配の傭兵ブレンだという。
屋根の上から監視をして、異変のあった所へ急行する。その繰り返しだったらしく、二人は見るからに草臥れていた。
その姿を見た天城(
ga8808)が思慮深く琥珀色の瞳を曇らせた。
気がついた黄は、しっかりと微笑むと、少し高い声で大丈夫ですと答えた。
「貴方がたが来てくれましたから、倒れてなんていられませんヨ」
監視をブレンに任せ、そのまま黄が簡単な状況説明を始めた。
説明にあわせて、8人は用意してきた作戦を説明し、必要な協力を要請した。
「避難と誘い込み、ですネ。避難誘導には俺達と、地元警察の協力‥‥こちらにも護衛について貰えるのですネ」
黄の言葉に頷いたのは、応援メンバーの中では最年長にあたるフェイス(
gb2501)だった。
「遺跡周辺の住民を、学校か公園に避難させたいのですが」
「この雲行きですし、学校が良いかもしれませんネ」
「消防や互助組織の協力も要請できないかしら?」
街の地図を広げ、学校と遺跡の位置を示していた黄に提案したのは、包帯姿も痛々しいエルフリーデ・ローリー(
gb3060)だった。
彼女は、デリーにおける攻防戦で酷い怪我をしたというのに、依頼を引き受けた以上街の人の期待に応える為にも、安全の為に力を尽くすと参加を止める事無くこの場にいた。
そして、自身の言葉通りに痛む身体に時おり顔をひそめながらも、打ち合わせを重ねる。
消防と言う話に、冬馬が火の手が上がった際の協力も願った。これで、火災が例え起きても被害は出来るだけ最小限に抑えられるだろう。
会館の外、屋根の上で紫煙がゆるりと風に流されていた。
「アンタはいいのか、打ち合わせはよ」
煙草を咥えたブレンにそう、問われた彼よりもずっと若い印象の御影・朔夜(
ga0240)は、黒い長い髪を風に遊ばせて薄く笑った。
朔夜は新しい煙草を咥えると、
「私の仕事はキメラの相手だからな、位置関係を実際に見た人間が居ても良いだろう」
そう言って、目礼をしてからブレンの差し出した火で、煙草に火を着ける。
しばしの沈黙。
重い雲が垂れ込めた街の赤は、何処か黒ずんで陰湿さを思わせた。
●護り手たち
8人は二手に分かれた。即ち、キメラを実際に相手にする班と、住民を避難誘導し護る班。
ブレンと黄は、疲労も鑑みて誘導班に協力する事になった。
時間は3時を廻る。雨はまだ、降らない。
「あっだめだめ、こっちだよ〜」
その頃、天城がメガホンで声をあげ住民を誘導していた。
急な避難に、住民たちは一様に不安そうな顔で指示に従っている。
地元の警察や互助組織に協力できたお陰で、大きな混乱は起きずに済んだのが何よりも助かった事だろう。
「あ、出来れば赤い服は上に何か羽織るか着替えるか出来ませんか」
念の為。その一つ一つが、起こり得る惨事を回避する一手かもしれないのだ。
「トイレどこー、おかーさぁーーん」
「何時まで避難しなきゃいけないのかねぇ、晩御飯迄には帰れるのかねぇ」
「わわ‥待って待って‥オロ〜‥‥あ、トイレはこっちです」
とはいえ、大人数の移動は中々に大変で、人見知りをする性分にはちょっぴり辛い事もあるのだった。
天城が先導的な案内をしているのに大して、フェイフと淡雪は個々への対応をする事で、パニックやストレスを抑えるように立ち回っていた。
キメラが何処とも知れず現れる、連日そんな恐怖の中逃げる場所も無く過していた不安は如何程のモノなのだろう。
「お願いですお願いです、助けてください」
震える老婆にフェイフは、勤めて穏やかな笑顔を作って見せた。
「焦らなくて大丈夫、私達がいます」
その笑顔に安心した老婆は、お願しますお願しますと繰り返して、列に並んだ。
少しでも速やかに安全に避難を――
「学校が見えてきましたよ、もう少しです」
そう淡雪が、示した先には街で一番大きな小学校があった。幸い門が赤い程度で、さほど目立って赤い訳ではなかった。
ゆっくりと人々が門を潜っていく中、最後尾で住民を見ていたエルフリーデが、一瞬怪我の影響か躓きバランスを崩しかける。
「我慢できなくなったら遠慮なく言ってくださいね‥‥?」
あわやと言う所を咄嗟に支えた淡雪が、そっと告げた。
エルフリーデは、照れた様な申し訳ない様にはにかんで頷く。
それでも、休んでなどはいられない。人手は幾らあっても足りない位なのだから。
ゆっくりと小学校に入っていく彼女を見送って、ふと振り返り手を胸元できゅっと握り呟く。
「澪ちゃん達‥‥大丈夫かな‥‥」
その視線は遺跡のある方角へ向けられていた。
●鼠の巣
「避難、完了したそうです‥‥」
ルーシーの言葉に、残りの班員――澪、朔夜、雪馬が頷いた。
彼らが居るのは街の南にある遺跡と呼ばれる地域。
赤い石が詰まれて壁のように連なり、奥には本殿、敷き詰められた石もまた赤交じりの石。
そして――‥‥
チュウともギチギチとも付かない音が、あちこちから聞えていた。
準備の時点で、鼠のキメラを何とか誘導できないか、その策が考えられ、幾つか試された。
その一つがルーシーの羽織る赤い着物で、これは地元の人より借りたもの。何より彼女自身が、見事な赤髪をなびかせている。
さらに時間の許す限りと言って、フェイスがペイント弾で誘導線を街に描いたりもした。
そして、当然――
「1匹も逃がすつもりはないよ。ぜーんぶ死んでもらうし♪」
澪の月詠に貫き斬られ、ぼとりと鼠の姿をしたソレが地に落ち、尾の火が消える。
――当然、見かけたキメラは片っ端から切り捨てていった。
幸い、報告通り鼠は弱く簡単に潰せるような強さだった。
黒髪が銀に変じた朔夜も、真デヴァステイターで鼠を瞬時にボロ雑巾に変えていた。
キメラを多く狩る事に、心を躍らせる少女は嬉しそうに刀で舞う。
それでも、潰しても潰しても、沸いてくる。
「笑いの君! どっちが多く殺せるか勝負ー!」
「それはいいですけど、側の河辺へ誘導できないですかね?」
呼称を訂正するのもそこそこに、雪馬が危惧したのは遺跡の本殿が木造だった事だ。
確かに依頼には、遺跡の保護は含まれて居ない‥‥が。
「‥‥私が水先案内します、追い討ちをお願い」
いち早く意図に気が付いたルーシーが、己の赤を翻し駆け出した。鼠がそれに釣られる様に追う。
「どういう事? あそこでぱっぱと皆殺しにしちゃった方親玉も出てくるんじゃないの?」
追い立てるという仕事はしながら、澪が不思議そうに問うた。
話してる間も、鼠が抵抗を見せるのだが殆どを回避できてしまう。
本当に今回は背を護るほどのキメラではない気がしますけどねえ、と心中で呟き苦笑した冬馬はソレとは別の事を告げる。
「あそこで戦うと、遺跡が燃える可能性がありますからねえ」
それが?と表情で促す戦姫に、笑って答えた。
「街に着いた時に、淡雪さんが街がこんな状況じゃなければ綺麗だろうと言ってましたから」
なるほど、それなら是非とも大好きな親友の願いを叶えてあげたい。
冬馬もルーシーも同じ考えに違いないのだ。
●最善を尽くす
「‥‥くちゅんっ」
「わ、大丈夫? 淡雪さん」
突然くしゃみをした淡雪に、天城がきょとんとして心配そうに見た。大丈夫と言う様に首を振って、再び走るペースを上げる。
思った以上に、鼠の誘導が上手く行ったのか殆ど小学校付近には鼠は現れていなかった。
「さて。小細工が上手くいってる‥‥ということだといいのですがね」
フェイスが言いながら、路地に潜む鼠をエルクラインて撃つ。
避難する分には良いが、つまりそれは向こうの4人の所にそれだけの量が居ると言う事になる。
想定以上に、避難場所と誘導場所が離れている為戦いに間に合うかは解からないが‥‥
「急ぎましょうか」
どんな状況にも対応出来る準備をする事が大事なのだ。
淡雪、天城、フェイスの3人は戦う4人の下へと駆けるのだった。
その頃、ブレン、黄と共に小学校に残ったエルフリーデはふとオペレーターから聞いた民話が気になって住民に聞いてみる気になった。
どうしても続きがあるように思えたからだ。
そして、老婆から全く違う物語を聞く事となったのだ。
●赤いモノ
クスクスクスケタケタケタタタ――‥‥
「!」
河辺に着いた彼等の前に――正確には対岸に、ソレは居た。
赤い着物を着た少女のようなシルエット。だが、決して人ではないヒトを模したもの。
「‥あれ、か。古めかしい服装もそうだが‥一目で解るな」
「どうでもいいですが一般的な意味において哂う少女と言うのは可愛いですかね? ‥‥いえ、俺はこういった危うげな感じは好きですが」
朔夜の感想に、冬馬が思わず本音で答える。
チラリと横を見れば、ルーシーが心なし冷たい視線で見ている気がしないでもない。
澪に到っては、呆れとも感じられる顔になっていた。
「ともかく、キメラを退治をしませんとね」
思わず苦笑いをする冬馬に、当然とばかりに澪が武器を構えた。
すると、今まで散発的だった鼠がざわりと統率され個ではなく群の動きになった。
――さしずめ、姫と言うよりは女王だな。
数が居るならばと、朔夜はシエルクラインで弾丸の雨を降らす。
群には一度穴が開く、だがその穴を埋める様に鼠がざわりと増える。
「数で攻めるか。まぁそれも悪くない」
「そう、それなら親玉の首を刈っちゃえば良いだけだもんね♪」
鼠じゃ物足りなかったとばかりに、刀を握り『赤姫』へ駆けようとする澪。
あぁ、本当に無茶をする。
鼠を無視していこうとする彼女を孤立させんと、動く群鼠を妨げるように冬馬が機械刀を構える。その背を守るように。
そして、その隙にルーシーが冷酷な顔つきで洋弓「リセル」をキリリと引いて『赤姫』を捕らえる。
狙うは、脚。
改心の軌跡を描き、鏃が見事に『赤姫』の脚を縫いとめる。
縫いとめられた『赤姫』は、苦しみと憎悪の目をむけ、一抱えもある炎の塊を飛ばし奇声を上げる。
髪一筋、燃やす事無くいなした澪と朔夜が、河を越える。
逃げようにも、見事に射抜かれた脚が思うように動かない。『赤姫』の顔が焦りに歪む。
何かをしようと手を振り上げる――
「足掻くなら足掻けば良い――尤も、全て無駄だがな」
その言葉を、『赤姫』が認識できたかは解からない。
二挺二連射、朔夜のシエルクラインと真デヴァステイターを瞬きの間に至近距離からブチこむ。
無数の弾丸の衝撃を受け吹き飛ぶ刹那、少女を模したキメラは返り血に染まった『赤い戦姫』に首を落とされていた。
「血の雨。英語で言うとぶらっでぃれいん? 簡単に言うと首斬り! たぶん」
再び統制を失った鼠を狩り尽くすのも時間の問題だった。
●今は昔の
白い鼠のお姫様、悲しい悲しいお姫様
魅力的なお姫様、隣国赤の若様は一目惚れ
是非我が妃にとの求婚を、否と答えたその夜に
国は真っ赤に染められた
怒れる赤の若様は、逃げた姫を惑わす妖女と罵って、妖女の国を滅ぼした
全て全て彼女のモノは全て全て赤くして
大事な姫を逃がす為、庇った屍が道に成る
一人一人と家臣が倒れ、たった一人で彷徨い歩く
白い衣は真っ赤に染まり、己を怨んで落ち延びる
彼女が通った後ろには真っ赤な道が出来ていた――‥‥
狂っていたのは赤の若様、狂わせたのは白のお姫様
白は赤に侵されて、歴史の中に消えていく
罪に染まったお姫様
かつての国へ帰り来て、民に尽くして
大地に還る
「本当は全然違う話だったのですね」
エルフリーデは、かつての姫に黙祷を捧げた。
死してなお、バグアに歪められて利用された誤解を解けて良かったような気がする。
報告の時に彼女に教えてさしあげましょう。きっと‥‥喜ぶはずだから。
●鎮めの雫
時計はまだ3時半を過ぎた所だ。
そして、曇天はついに雨粒となって炎に脅かされた街を沈めるように降り始めた。
「思ったより全然あっさりだったね。ちょーっと狩り足りないかもっ」
一応、倒し洩らしや火の元が無いかをチェックして廻りながらも、澪は少しだけ不満げだった。
その姿をみて、冬馬は少し考えてから己の上着を脱ぐ。
そして、雨の中を突き進んでいた少女に被せて、――抱きしめた。
「いつかの宣言どおり抱きしめてみました」
咄嗟の事で、反応が遅れている澪に悪戯っぽく笑って逃げるように離れる。
当然のように怒涛の文句が返ってきたのだが。
ルーシーがそんな二人を、いつものように微笑ましく見守る。
ぱたぱたと駆け寄る足音が聞えてきて、見れば淡雪、フェイス、天城の3人が傘を持って走ってくる所だった。
全てが終わったのだと自覚した朔夜は強烈な、しかし慣れ親しんだ既知感に襲われる。
「――さて、これの結末は何度目だったかな‥全く、度し難いな」
紫煙をふかせて、報告するべき場所へと帰るのだった。