●リプレイ本文
その日。ラスト・ホープ内ULT本部に二人の不審人物がいた。もしかしたらもっと大勢、本部にいる某女性を狙う不審人物がいるかもしれないが、今回スポットライトを当てるのはとりあえずこの二人だ。
そのうちの一人、奉丈・遮那(
ga0352)が見つめる先にはやはり彼女、リネーア・ベリィルンド。かつて遮那が「友達からでも‥‥」と手紙を送った相手だが、返答が『友達なら』。なので、バレンタインは一緒にいられるのかとか、そもそもチョコとか貰えるのか、気になって仕方ない。
まあ、大方の予想通りリネーアは大規模作戦や他様々な依頼への対応などで非常に多忙そうで、私用に割ける時間など無さそうだった。一言労いの言葉をかけて失礼しようと遮那は決め、リネーアに歩み寄る。
「あら。今日は依頼を受けに来たの?」
いや、バレンタイン。
「いえ、今日はちょっと散歩に。相変わらずお忙しそうですが、無理はなさらず、時にはしっかりまとまった休みを取ってください」
その休みの時には是非‥‥
「ええ。五大湖の方が済んだら、また皆と少しお酒を飲もうかと思ってるわ。それが叶わなくても、部屋で手酌で一杯」
えーと。
さておいて、もう一方。通りかかった男、部下 平に絡んでいるリュイン・カミーユ(
ga3871)。
「おい貴様。軍の人間に会う方法を教えろ」
「え、いや、軍の人その辺に‥‥」
「愚か者め。個人を名指しで呼ぶ方法に決まっておるだろう。時期と空気を読めKYめ! 時はバレンタイン、チョコを確実に渡せる手段を教えろ」
「そう言われても僕ULTの人間ですから‥‥」
「もし知らんとか出来んとか答えようものなら、『使えん男』とラスト・ホープ中に言いふらす」
「えええっ、そんなぁっ!」
「では、我はこれより買い出しに向かう。それまでの手配は済ませておけ」
「はあ? いつの間に僕仲介役に? って無視ですか!?」
意気揚々と去っていくリュインの背中を、ぼうっと見送る部下。そんな彼の肩を不意に後ろから叩く人物。部下の上司、上司 課長。
「災難だな。今回だけは同情しよう」
「そうですよ、ソウジ・グンベ中尉って言ったら、こっちの管轄じゃないじゃないですか‥‥リネーアさんだって、個人の手の届く範囲じゃないのにわざわざ喋ってもらって‥‥」
「しっかり、注意書きはあったのだがねぇ‥‥どうする? 今回はこのまま逃げても私が許そう。珍しく有給休暇として申請しといてやるぞ?」
「いえ、頑張って呼びますよ‥‥無能扱いイヤですし」
「無能なのは事実だがね」
「酷っ!!」
・ ・ ・
さて、舞台は変わってラスト・ホープ内ショッピングモール。バレンタインに配るチョコの材料を買いに来た絢文 桜子(
ga6137)は変な人を見かけた。製菓用チョコを片っ端からカゴに入れる『男』、クレイフェル(
ga0435)。大小種類関係なく(本人は意図があって選んでいるのだろうが)次から次へと棚から根こそぎチョコを奪って行く彼の目は既にチョコ以外を見ていない。
(「どうせ本命貰えるわけないさけ‥‥」)
そんなことを思って、皆を楽しませるためのチョコ菓子作りにシフトしたクレイは、周囲を取り囲むチョコ材料を求める女性陣の突き刺すような視線に全く気付かない。そんな鈍感男への対処に困る桜子はじめ女性陣に、その時救世主が現れた!
「ちょっと。そんなに色々買われちゃ、あたしが買う分が無くなって困るんだけど」
鈍い奴には直球ズドン。ゴールドラッシュ(
ga3170)の一言にクレイは笑って。
「あー、すまんすまん。作りたいお菓子のことばっか考えとった」
「とりあえず、先に必要な分は頂いていくわ。あたしはたくさん作らなきゃならないのよ。1ヵ月後の利益のために」
言って一種類のチョコだけ買い漁るゴールディ。彼女は始めは市販のチョコをばら撒いてホワイトデーのお返しウハウハを考えていたのだが、しかし市販のものでは値段がバレてしまうぶんお返し品の価値もたかが知れてしまう。そのため巨大なチョコ塊を製造し、それを適当に砕いて「手作りだから不恰好だけど」とばら撒く方針に変更したのだ。手作りならば原価もバレない。世の中の『ホワイトデーは○倍返し』を身上とするおろかな男達から大量に物資の略取するには、これが最適だ。
と、ここまでで気付いた方もいるかもしれないが、救世主が出現した割りにはチョコ購入権が一般住民に行き渡っていない。独占が寡占に変わっただけ。
しかし、その状況もクレイの一言と第三者の介入によって一変する!
「あ、そのチョコひとっつでええから欲しいねんけど‥‥」
「どの口がそんなこと言ってるの? あんたは閉店前まで残って売れ残りを漁りなさい!」
クレイが売り場から弾き出され、今度はゴールディの独壇場に。そしてようやく介入して来る彼女! いや彼!
「ゴールディさん、この人だかりは‥‥うわ、たくさん買いますね」
バレンタイン前に専用コーナーに現れてもあまり浮かない男ランキング3年連続1位(当社測定)の鏑木 硯(
ga0280)。彼女、じゃねえや彼は、周囲を取り囲む女性達を見て状況を把握し、手近な目についた商品を一つ持ち、ゴールディを引っ張って売り場を離れる。
「何となく目的と手段は分かりました。けど、一応他の人の分も残しておかないと‥‥」
「そうは言っても今日は戦争なのよ。量が必要なの。楽して稼げるチャンス、そう簡単には逃がさないわ」
「数が必要なら、これを何個か買えばよかったのに」
と硯が見せるのはさっきの商品。
「納豆チョコです。と言っても、チョココーティング納豆じゃなく納豆の形のチョコなんですけどね。これなら一個100cで、70か80粒ありますよ」
つまり、3倍返しでも額は4cくらい。
結論。チョコ売り場の平和はとりあえず守られた(硯がゴールディからパンチ喰らったこと除く)。
さて完全放置してしまっていた桜子だが、無事売り場に接近はしたもののチョコが無い。一部ネタチョコを中心に少しは残っているが、多数をクレイとゴールディが持っていき(クレイは現在ウキウキ精算中)、競争率が高まったところに飢えたグラディエイター達が殺到したのだ。覚醒するのは大人気ないですわねぇと自重した桜子に、チョコを選ぶなど‥‥
「あら? ちょうどいいところに」
桜子が気付いた、その視線の先で動くもの。なんと、チョコ満載のカートを押して歩いてくる店員さんだ! まあ、時期が時期だし在庫くらいたくさんあるよね、当然。
そして、身を挺してゴールディを売り場から引き離した硯には、わざわざパンチを喰らった意味が分からなくなる。
・ ・ ・
太陽の下は平和だ。人工の明かりの下は混沌に包まれていたが、外はいたって平和。争奪戦も起きなきゃ顔面パンチもない。
そんな太陽の下、ガラスのショウケースに並べられている服や装飾品を眺めているのはULT本部から退散してきた遮那。そして彼を後ろから眺めているのは愛紗・ブランネル(
ga1001)。
(「流行のファッション! とかいうコピー、何にでも付いてるからどれを選んだらいいのか分からないんですよねぇ‥‥リネーアさんはどうなんでしょう、恋人のファッションは流行りに合っていた方がいいのか、その人らしさが出る服装の方がいいのか‥‥いやいや、遠くから見ているだけでも満足だと、そう思っていたんじゃないですか僕は。いやでも、色々な面を見てみたいというのは、より近いところにいるリネーアさんも見てみたいということで‥‥」)
「おじちゃん、どうしたの?」
「おじ?」
ストップ愛紗。悩み立ち尽くす男性に声をかけるのは構わないが、彼はそんなに老けてはいないはずだ。
「服見てるけど、プレゼント?」
「え?」
「ほら、彼へのプレゼントに最適ーって書いてあるよ。バレンタイン。女の子から男の子にプレゼントを贈る日だよ」
「いや、自分用の服を探してたんだよ。さすがに僕に彼氏はいないよ」
ま、普通に考えりゃそうだ。何故に愛紗もそんなことを思ったか。遮那は女性には見えない。
「だって世の中、見た目だけじゃ分からない人も多いもん。男の人か女の人か、真実は神のみぞ知る。だよねはっちー?」
それはほんの一部の人にしか適用されない気がする。まあ、かの硯ちゃん、じゃねえ硯くんとお知り合いだったり、性別不詳のはっちーと一緒だったり、勘違いする要素もあるっちゃあある‥‥のか?
「じゃーねー」
行ってケーキ屋に入っていく愛紗。先の言葉は結局勘違いだったのか狙ったジョークだったのかはっちーによる腹話術(ぇ)だったのか、答えは闇の中へ。
●そして折角なので本戦にも突入
数日後、勝負の日のラスト・ホープにズームイン。
頼もう! とULT本部に入ってきたリュインがまっすぐに目指すのは、呼びつけられて待っていたソウジ中尉。今回の獲物。もといターゲット。何か違うがまあよし。
(「製造過程にミスは無かったはず‥‥ふふふ、ソウジの驚く顔が目に浮かぶようじゃ」)
なんと料理は今回のオリジナルチョコ製造が2回目というリュインさん、随分と思い切ったことをしてまいりました。ソウジの前に到着する前に、その工程を振り返ってみよう。
まず、チョコを鍋に放り込み直火にかける。チョコ溶けるといえば溶ける。
鍋にガチガチにこびり付いた分は無視して、熱々のチョコをその辺で発見したプラスチック製のプリンの容器に投入。ここで焦げ臭さに溶けたプラスチックの臭いもミックス。
そして放置。
「さあソウジ、せっかくだから作った。食え」
ずい、と差し出されるプリンカップ。包装の『ほ』の字も無い。
「あ、ありがとよ‥‥」
とりあえず受け取る。一部容器が完全に溶けて穴が開いている。プラスチックと見事に一体化したこのチョコ、さあどうやって食えと言うのか。皮を剥くのか?
困るソウジ。目の前で「今すぐ食って感想言え!」的な目をしているリュインに最早覚悟を決める他は無く。
無事に思い描いたとおりの表情で感想が言えたら、俳優デビューも出来そうな気がする。
さて困ってると言えばこちらも困ってる。硯ちゃん。じゃない硯くん。
バレンタインに良い想い出が少ないという彼女もとい彼。それというのも今日この日が誕生日だから、誕生日とバレンタインのプレゼントをミックスされてしまうという事情があるのだった。が、それに関してはクリスマスとか、正月やお盆とか、兄弟姉妹の誕生日とか、そういったものに被るとご馳走なども混ぜられてしまうという憂き目を見ている人の例には事欠かないのであまり同情はしない。そんなことより重大な困り事が二つ、今の彼女もとい彼にはある。
まず、外見が女の子だから、女の子と勘違いされて「この前見かけて一目惚れしました! これ、手作りチョコです! ‥‥あの、出来たら友達からでもいいので‥‥」とかいう事件がそうそう起きないこと。チョコを貰える可能性の低い男達にとって、非常に小さい確率ではあるが期待を持てるこのイベントが発生しないというのは大きなダメージだ。
そしてもう1件。それはさっきゴールディから貰ったチョコのこと。
「知り合いだから、20倍返しにまけとくわ」
そう言われて押し付けられて逃げられた。負けた。
「まーまー、元気出して? ぱんだちゃんチョコあげるから」
そう言ってニコニコ笑顔で可愛いラッピングのチョコをくれる愛紗。その笑顔が、心の磨耗した硯にはとても心地良かった。
ちなみに愛紗はアメリカのジョエル中佐にもチョコを渡したいと考えていたが、残念ながら現在北米の基地にて大規模作戦準備中。直接は会えなかった。なので、ちょうど本部前にいたソウジ中尉に頼んで、補給物資に紛れ込ませてもらうという手段を採用。ちゃんと保冷剤も入れて準備は万端だ。後は、顔色の悪いソウジ中尉が無事に補給物資へぱんだちゃんを入れられるか、そこだけが問題だ。
さて、愛紗のように日頃交流のある人にチョコ菓子を配っているのはクレイだ。苺トリュフに生チョコ、ガトーショコラ、ココアマカロンなどなど、多くの種類が揃えられたチョコ達は、大好評のうちに皆の手に渡っていく。
これでクレイが女の子だったら、男どもが放っておかないだろう。明るく元気で料理好き。何かのゲームに出てきそうだ。
しかし残念ながら、クレイは性別的に攻略対象ではなく攻略する側(逆のものもあるし、どちらも同性のものもあるけど)。きっと男どもは、卓飲みの時以外は放っておくだろう。
でも大丈夫、きっとそんなクレイだからこそ好意を抱く女性もいるはず。
だからとりあえず気付け!
・ ・ ・
(「気持ち的には大事な方への贈り物なのですけど‥‥世間的にはいわゆる義理チョコに分類されてしまうのでしょうか‥‥」)
自分の兵舎にて大量のフィナンシェを作り、とりあえず完成した第1弾をご近所さんに配ってきた後で。第2弾を取り出しながら桜子はふとそう思う。今取り出そうとしている第2弾は、今度はULT本部まで持っていくものだ。しかし、桜子にとって、特に「この人に」と決めた人がいるから持っていくわけではない。それは、彼女自身としては問題を感じないが、受け取る側としてはどうなのだろう。人によっては喜び、人によっては悲しみ、人によっては大いなる勘違いをするかもしれない。
でも、それはひとまず置いておこう。これらチョコレートは桜子にとっての感謝の気持ち。想いの形。そういうバレンタインでも、問題など無いはずだ。
小さな箱の一つを手にとって、リボンの偏りをちょっとだけ直してやる。そして、それらを持っていざ出発。
と、ふと壁の時計に目が行って。
「‥‥まあ。少し急ぎませんと」
ダッシュ。このままではULT本部でのプレゼントは間に合っても、第3弾、第4弾が間に合わなくなってしまう。
チョコの製作は前もって時間をかけて進めてあったが、しかし最後の最後でのほほんとしてしまった桜子なのであった。
どうぞ、あなたの、あなたの形の、特別な1日を過ごせるよう。
・ ・ ・
ところで余談なのだが、クレイが男性の友人にもチョコを配るような、バレンタイン男と男の友情交換イベント、世の中の男性諸君はどう感じるのだろう。そんな寒いのはごめんだ、なのか、それもアリじゃね? なのか、誰からも貰えないよりは、なのか、是非! なのか。
尋ねてみよう。
遮那、もしリネーアさんが本当は男で、彼からチョコを貰えたら、君は嬉しいかね?
「‥‥‥‥(想像中)‥‥冗談ですよね?」
さあ?
モニターの前の君達も、意中の相手を思い浮かべ考えてみよう!