●オープニング本文
前回のリプレイを見る「いやぁ、彼ら思った以上にヤバかった。もちろんいい意味でな。‥‥さて、満足したところで」
「まだ何かやるんですか」
能力者・心技体向上プロジェクト提唱者である上司は、部下の疑問を愚問であると一蹴する。
「心・技・体、3つあるだろう。あと2つやるんだ」
「寿司を食べたいがために、でっち上げただけだと思ってましたよ。で、次は何です?」
「次は『技』だ。競技は棒倒しとする!」
「めちゃくちゃ『体』じゃないっすか!!」
ツッコミを入れようとして簡単に回避された部下は、その場で無意味に一回転。まあ落ち着け、と部下を椅子に座らせると、上司は子どもを宥めるような口調で語り始める。
「棒倒しと言っても、体力勝負では無いんだ。もしそうしてしまったら、能力者とは言え射手や科学者と、白兵戦闘員では差が開いてしまう。だから、技術が重要な棒倒し競技を用意したんだよ」
「はぁ、技術が重要な。アレですか? 一本ずつ棒を引き抜いては積み上げて、倒しちゃった人が負けのゲーム」
「アレは棒倒しではないだろう。倒したら負けなのだから。‥‥これを見ろ。プラン図だ」
何気にまともな発言も交えつつ、上司は一枚の紙(印刷ミスの裏紙で地球に優しい)に鉛筆で描いた図を部下に見せ付ける。そこには1本の木材が、多数の人間に支えられて立っているお馴染みの棒倒しの風景。他には、幾つか読み辛い字で注釈。
「えーと? マネキン?」
「そうだ。能力者のやる棒倒しだ、棒を支えるのが一般人じゃ危ない。だからといって能力者を何十人も集めたら金がかかる。そうだろう?」
「じゃあこの心技体プロジェクトはなんですか」
計画が抱える大いなる矛盾を部下が突くも、上司はさらりと無視する。
「こうして棒を支えているのがマネキンである以上、この棒は通常の棒倒しと比べて相当倒しやすくなっている。この棒を、能力者には芸術的に倒してもらう」
「は?」
「棒を倒す手段は完全に自由だ。押しても引いても食っても、素手だろうが武器を使おうが何のルール違反でもない。その完全に自由な中で、どれだけ芸術的に棒を倒せるかが勝敗を決める。もちろん倒し方の芸術性を判定するのは」
「貴方ですよね」
君も分かってきたじゃないか、と上司は部下の方をぽむ。
「さあ、早速依頼を出してきたまえ。人数は、前回と同程度が良いかな」
「そもそも仕事じゃなくてお遊びなのに‥‥どうして前回は人が集まったんだろう?」
オペレーターのリネーア氏のところへ向かう部下は、道すがらどうしても拭えないその疑問の答えを探す。もしかしたら、こんな疑問を持つ自分の方が少数派だったりするのだろうか。だったら世界とは何と恐ろしいところなのか。
●リプレイ本文
いきなり冒頭からこんな話で申し訳ないが。
棒倒し1番手に選ばれながらも、棒を支えるマネキンの配列に感動し涙を流して跪くだけの鯨井起太(
ga0984)、戦意喪失と見なし強制連行。さようなら。忘れないよ。
さて、仕切り直しだ。
獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)が何やら小さなポーチを持ってマネキンへと近づいてゆく。
「そのポーチに入っているのは何だい?」
「これは、獄門に流れる血の半分『武士道』を込めた棒倒しに必要な小道具なんだねェー。あ、ちなみに前回の半分はゲルマン敢闘精神だけど忘れてないよねェー?」
上司の問いに答えた獄門が、逆に問い返してくる。上司は勿論と即答し、部下は「あぁ、あの総統だけに相当美味しそうな」と覚えてたけど伝わってない感じの反応。
「打倒する相手への敬意‥‥戦国武将が施した死に化粧というものを施そうと思うー! 美しく! 儚く! 命のやり取りをする相手に抱く一種の愛惜とも取れる独特のエロスを表現したいのだよー!」
言いながら、マネキンに塗り絵の如くぐりぐりと口紅を塗りたくっていく獄門。ポーチに入っている数種の色の違う口紅を駆使して、マネキンに赤い瞳が描かれ‥‥あれ?
そして。
「あの、獄門さん‥‥死に化粧を自分にもやってしまったら、獄門さんも討ち取られたことになりませんか?」
ん? と部下の言葉に振り向いた獄門の口元は口避け女のように真っ赤に染められていて。しかも額には『肉』の文字。それを部下が認識すると同時に、歪む視界。上司のピコハンが顔面に直撃する。
「愚か者め、死に化粧は討ち取られてからされるものではなく、自分が討ち取られた時に備えて予めしておくものだ」
「あ、そーなんですか。日本史なんてあんまり興味無かったもんですから」
「「バカモーンっ!!」」
今度部下に見舞われたのはダブルパンチ。上司と獄門の息の合った挟み撃ち。
「これは学問ではないのだー! 愛、情、心意気ー!」
「即ち、戦 士 の 誇 り!!」
言い放ち、がっしりと手を握り合う二人。よく分からないが、間に何らかの連帯感が生まれたものと見て間違いないだろう。
準備が整いその場の皆とこれから命のやり取りをするマネキン達へ一礼。そして。
「打つべしー! 打つべしー! 抉り込むように、打つべしー!」
ハリセンで棒をひたすらベシベシと叩きまくる獄門。ヒットと同時に巻き添えでマネキンが頭を叩かれる度に、後ろから「あうっ」「そんな酷い‥‥」とか聞こえてくるが知ったこっちゃない。
棒がぐらり傾き、大音響と共に倒れる。それを見ることもなく獄門は。
「これが実戦であるならば、差し詰め棒は両断されていたであろう‥‥ふっ」
そして次の瞬間、倒れた棒の勢いで倒れてきたマネキンに押し倒され、唇を奪われる獄門。
「おお! これこそ闘志! 誇り! 刺し違えてでも自らの想いを果たそうとするマネキン!」
「そんなもんなんすか」
とりあえず、マネキンを吹っ飛ばして起き上がり、口紅の赤でぐちゃぐちゃの顔のまま言い放つ矜持!
「例え敵が16体だろうが、屁のつっぱりにもならんですよー!」
敵への敬意、どこ行った?
細身の引き締まった身体に巨大な斧を担いで現れたヴァルター・ネヴァン(
ga2634)は、その得物を暴風の如く振り回して棒へ肉薄する! その勢いに任せ、一撃の下に棒を葬り去ろうと‥‥
スッコーン!
「ぁぁああっ!」
起太の声は以降省略。
ヴァルターの一閃によってぶっ飛ぶかと思われた棒はしかしそこに在り、吹っ飛んだのはマネキンがたった一体。その後も続いて、上司の注目の中マネキンを1体ずつ弾き飛ばしていく。中には空中分解する者も出ているが、彼らは死んでも代わりはいるもの。
「‥‥とどめにおざります」
既にぐらついている棒を一人守るマネキンに接近し、その胴を狙った渾身の一撃! マネキンは腰のところで大きくひしゃげながら棒に突っ込み、勢いのまま吹っ飛ばされる棒。ヴァルターによる、流れるような16連撃。
そして、やって来るヤツ。
「ああ、そんな‥‥よく、よく耐えたね、キミ達。キミ達の創り出す儚く美しき芸術。ボクはしかとこの目に焼き付けたよ。‥‥さあ、戻ろう。今からはボクも仲間だ。さあ共に支えようじゃないか!」
イレギュラー発生。棒を支える16体が17体に。でもそんな事は気にせずに、次の人いってみよー。
二階堂 審(
ga2237)は、開始前に棒へちょっとした細工を施す。小さなものをたくさん繋げたものを巻きつけて、設置完了。
「さて。それじゃあ始めようか‥‥こんな事もあろうかと強化したこのキック力増強シューズで、今日はサッカーボールじゃないものを蹴る」
一人誰にも聞こえぬよう呟いて、視線を上げる。棒を睨みつける眼光鋭く。
覚醒。即座に駆ける。マネキンを自身の射程内に収めると、一番安定していそうな青い髪のマネキンの肩を目掛け跳躍。その肩を蹴り、とぅっ! とさらに高い空へ。
「サイエンティストキィーーック!!」
空に輝く太陽の光を受けてきんきら光っているような錯覚を覚えるシューズをもって、自身の脚力と体重、そして重力の全てを乗せた飛び蹴りを見舞う! 大きく傾ぐ棒からインパクトの際の反動を利用して離れる審。
「これが‥‥俺の科学力だ」
青い奴が必至になって転倒を防ごうとしている棒が、ついに地面に横倒しになる。そして。
設置した爆竹が、一斉に爆発する!
「もう随分とボロボロになってるね、棒。替えはあるんだよね?」
ところどころ黒く焦げた棒を見て聞くマートル・ヴァンテージ(
ga3812)に、上司は勿論だと答え。
「じゃあ、今回は本気と書いてマジと読むくらい真剣に行くよ! 手加減無しだ!」
ドン、と一帯に響く声で気合を入れると、マートルは棒を前に、目を閉じ、静かに佇む。スシケーキ製作でお分かりの通り、色々と大雑把な彼女。だがその過激で豪快な性格、そしてそれを乗せた棒倒しは、余計な雑念を全て捨てて一点集中の純粋な力を生み出す。その力こそが、人々の心を打つ『芸術』。
目を見開く。
(「視野を狭めろ。余計なものは視野の外に流せ。今はただ、目の前のあの棒を倒すことだけ考えればいい!」)
そう、誰かが食うかも知れない巻き添えなんて考えなくていい。
一歩。また一歩。次々に踏み出す足は徐々にその速度を高め、一直線に向かうは垂直に立つ木製の棒。マートルは覚醒し、豪力発現。押し上げられた脚力が、さらに彼女の速度を上げる!
次の瞬間。マートルは空にいた。空中で縦に一回転し、大上段にバトルアクスを構えるその姿はまさにキャッチザスカイ。木、SOS。
「ヴァンテージ流斧術奥義! 豪撃閃裂断―――真っ向唐竹割りぃっ!!!」
ずっごおぉぉぉぉん!! と爆裂音がして、破片を撒き散らしながらほぼ真っ二つに割れる棒。能力者としての全力を乗せたマートルの斧が棒を叩き割り切って地面を叩くと、その衝撃でマネキン達は噴水のように噴き上がった。
・ ・ ・
真っ二つになった棒を取り替えるということで、ここでちょっと小休止。空間 明衣(
ga0220)は別に疲れてもいないしということで、積極的に新しい棒を立てたりマネキンを設置したりのお手伝い。ちなみにこれら作業は明衣の他、部下と、確認済二足歩行マネキンOKITAが行っている。
「ああ、ボクには帰れる所があるんだ‥‥こんな嬉しいことはない」
「そんなに感動しなくたって。こうした準備までやってこそ、終わった時の達成感とか満足感ってのがあるんだから」
きっと明衣がわざわざ手伝ってくれることに感動してるんじゃないと思うが、そこはスルー。再び立てられた棒の周りにマネキンが設置されていくと、同様にOKITAもそこに入隊。
(「大丈夫なのかな‥‥」)
自身が学生の頃は参加出来なかった棒倒し。それに参加出来るという楽しみもあり、競技開始から他のメンバーの挑戦にも声援を送っていた明衣だったが、しかしOKITAが爆竹で跳ね飛び斧で両断されそうになると、さすがに「もっとやれー!」とか言うわけにもいかず、少々困っていた。
「次、私なんだけど‥‥大丈夫なの?」
「ふ‥‥出撃」
答えになっていない上司の答え。まあ、気にせずやれということなのだろう。
「安全確保は飾りじゃないんですが、偉い人にはそれが分からないんですよ」
言っても無駄だということを知っている部下は、諦めざるを得ず。
「‥‥まあ、棒倒しって怪我人が付き物だしね」
その通りだ。豪快にぶっ倒して来い!!
・ ・ ・
捻挫も肉離れもぎっくり腰も無いように、念入りに準備運動を行ったら準備完了。刀を鞘に納め、居合いの構えで時を待つ。
ぱーん、と体育教師御用達の銃から号砲が鳴らされ、明衣は覚醒、元の赤毛よりさらに鮮やかに緋色に染まる髪を揺らしながら走り出す。マネキンに接近したところで抜刀する明衣に、動くマネキンが目を見開く。やられる!?
「紅蓮天翔!」
刀を地面に垂直に突き刺すと、それを足場にして跳躍し、棒の天辺に逆立ちするかのように棒を掴む。明衣がぶつかってきた衝撃で棒は倒れていき、マネキンの数体が地面に仰向けに倒れる。
棒が転倒するまで天辺の位置に残っていた明衣は、倒立前転の要領で地面に足をつくとそこで豪力発現。棒によってマネキンが押し潰されるのを避けるために、思い切り遠くへと棒を放り投げる。棒は少しの間宙を舞って、それから壊れたマネキン置き場に突っ込んで軽く破壊の嵐を巻き起こして。
「ブラーヴォ! 何と、二段構えだったとは!」
「えーと‥‥」
上司の反応に、どう応えていいのやら。
「やあ、参加ありがとう。楽しみにしているよ」
「任しといてや。ごっつぅ泣けるもんを見せたるわ」
上司の歓迎の言葉に、事前準備に余念の無い武田大地(
ga2276)は顔だけ振り返ってそう答える。胴体に『エドワード』と書かれたマネキンに安物では無いスーツをベストまで含めて着せると、小型のテープレコーダーを襟元に仕込む。そして、棒の根元には。
「‥‥やっぱ危険やから、こっちの方がええよな‥‥ちとつまらんけど」
たっぷりたっぷりと、何かを巻きつけたり地面に置いたりする大地。その『何か』は、さっき審の時にも見かけたような気がする。『何か』は、おまけとばかりにエドワードの服にも幾つか仕込まれていく。
そして始まる、棒倒し。開始を前にどこかに隠れていた大地が、血相を変えて飛び込んでくる。
「ここか? エドワード! どこだ、どこにいる!?」
『武田?! お前、先に逃げろと言っただろう』
必死に一本の棒を支えているエドワードを見、大地は全てを悟った。
「まさか‥‥仕掛けられた爆弾の、起爆装置が」
『そう、こいつだ。制限時間が過ぎるかこいつが5度以上傾くと、途端に爆発する。‥‥一般人の退避は、済んだか?』
「ああ‥‥残っているのは自分達だけだ。逃げるぞ。全力で走れば、爆風から逃れられるはずだ」
『いや、無理だ。この爆弾は、半径20mを完全に灼熱の地獄にし、蒸発させる。こいつが少し傾くまでの時間で、逃げられはしない』
「なら‥‥ならどうする?!」
『幸い、この棒は起爆装置であり爆弾そのものでもある。時間は残り少ない。こいつを抱えて、俺はこのビルで一番頑丈な部屋に入る』
「なっ‥‥止せエドワード! 正気か?!」
『止めるな武田、時間が無いんだ。少しでも他へ被害が出ないようにしなけりゃならない。どうせ走ったって逃げられない。どっちみち俺はもう助からないんだ』
「メリッサはどうなる! 彼女を一人にするつもりか!」
『彼女のことはお前に任せる、どうか‥‥どうか彼女を幸せにしてやってくれ‥‥』
「エドワード‥‥エドワアアアアァァアァァァァド!!」
棒を抱えたまま走っていくエドワード。いや、ムーンウォークっぽく向きを変えずに後退する大地。
次の瞬間。
棒の根元に大量に設置された爆竹の山が、一斉に火を噴く。直後、エドワードも服装もろとも爆発し、弾け飛ぶ。
小さな炎と爆裂音、白い煙に包まれて倒れゆくエドワード。
粉々に千切れて風に舞う自前の服の欠片。
静寂の中、ゆっくりと倒れる棒。
大地はただ一人、そこに泣き崩れた。
「何をもって芸術とするかが問題だが、棒を倒すという行動の選択肢はそう多くはないな。自身の拘りを貫くならば‥‥やはり俺は天都神影流で行く」
自らの相棒たる刀を見つめ、自問自答。白鐘剣一郎(
ga0184)はやって来た自分の順番に、厳かに立ち上がる。
競技場に立ち、準備は万全。そして、開始の合図が鳴り響く!
「では‥‥参る!」
覚醒し、走り出す剣一郎。少しの助走でマネキンの近くまで行くと、最も安定していそうな青い髪のマネキンの頭を踏み台にして二段ジャンプ。
「ボクを踏み台にしたァ?!」
はいはい。
ジャンプの瞬間、豪力発現により剣一郎の筋肉が軽く隆起し、その力が剣一郎を棒の頂上よりも高い位置まで跳躍させる。即座に抜刀、豪破斬撃を発動する。
(「‥‥‥‥見えたっ!」)
棒の中心を見抜き、そこに一直線に刀を振り下ろす剣一郎。刃はまっすぐに棒を切り裂いていき、その全てを断ち切ると、引き抜かれる。バックステップでその場を離れた剣一郎が残心の後に刀を鞘へ納めると。
「‥‥天都神影流、降雷閃」
棒が、真っ二つに割れて倒れた。
「少々賭けだったが、上手く行ったようだな」
さわやかな笑顔で、剣一郎が振り返る。棒の片割れの下では、青い髪のマネキンがもがいていた。
●無駄遣いの結果
「ということで、早速順位を発表するぞ!」
上司が自分の手元にある採点表を見ながら、居並ぶ無駄遣い能力者どもに今回のランキングを発表する。
「まず、1位マートル! 決め手は無骨な中にも研ぎ澄まされた精神を持ち、弱者を相手にしても驕ることの無い一撃を加えた点だ。続いて2位は空間! 素晴らしい二段構えだった。そして、空間に流れる緋色の閃光は美しかった。ちなみに次点は二階堂だ。芸術は一朝一夕に完成されるものでは無い。それをよく理解した上での挑戦が、非常に君らしかった!」
とりあえず、そういうことで。
「ところで上司氏、これまでの2種目は知ってるような知らないようなラインをついてきたけど、最後は何だい?」
マートルの問いに、上司はウインクをしてみせて。
「始まってみてのお楽しみだ」