●リプレイ本文
訓練。そう聞いて高知龍馬空港にやってきた能力者達は、ジョエル・バーネット中佐と空港配備部隊司令の谷崎大尉の案内で『訓練に使用する設備を案内する』との名目で管制塔を連れ出された。
「中佐殿のご高名はかねがね。訓練をご一緒出来るとは、大変光栄であります、Sir!」
「そこまで堅苦しくなくて構わない。君達は米軍でも私の部下でもないのだから」
ビシリと敬礼をキメるフェブ・ル・アール(
ga0655)に、中佐はそう返して。
「こんにちは、ジョエルおじちゃん。今日はどんな訓練するの? 前の約束どおり、しっかり協力するよ!」
愛紗・ブランネル(
ga1001)を一度見て「こんな感じがちょうどいい」とばかりの視線をフェブに向け直す。
「所属が違うとはいえ、中佐は士官の階級を持つ方です。任務中は将兵の垣根を持ちたくあります。デートの時ならともかく」
尚も一部例外を除き硬めのフェブ。だが。
「じゃあ、少し付き合ってもらおうかな? 私の訓練という任務の他に、ね」
ちょうど到着した空港職員の休憩室のような部屋で、中佐は苦笑してフェブにそう言ってから、真実を話す。今回の依頼の本当の目的は、この高知龍馬空港と、やって来るガリーニンの防衛であると。
「‥‥この部屋はちゃんと防音されているだろうな? 盗聴器の類は?」
「チェック済みです。表には間違い無く信頼の出来る部下を立たせ、人払いをさせてあります。もちろん、ジョエル中佐と客人の大事な話があるからという名目で。この空港で事情を知っているのは、私と扉の向こうにいる矢幡くん、他、管制塔に2名いるだけです」
大尉のその回答に、ひとまず真田 一(
ga0039)は安堵する。プロの軍人がそんな凡ミスをするはずも無いだろうが、万が一があっては依頼の完遂は難しくなる。
「訓練補助の依頼、私も一緒に色々と勉強するつもりで来たんだけど‥‥急に緊張感が増してしまったね」
「隠密裏での防衛任務。色々と勉強していってくれ」
苦笑するラマー=ガルガンチュア(
ga3641)に意地悪な笑みを浮かべて中佐が手を差し出し、固い握手。
その後ろで、何やらポケットを探っているのは結城 朋也(
ga0170)。皆と同じく訓練だと思っていたこの依頼が実は重要作戦だと知り、自身にとっての精神安定剤でもある甘いものの在庫を確認していたのだ。空港内のうっすらとした暖房と緊張した自分が発する熱で少し柔らかくなっているチョコバーを包装の上から確かめるとホッと一息吐き‥‥自分を見つめる愛紗とラマーにぎょっとする。
2人にお菓子をせびられる朋也をよそに、訓練プランを考えて来ていた鏑木 硯(
ga0280)は中佐に簡単な関節技を折角だからと一つだけ軽く教示し、江崎里香(
ga0315)は早速空港内外の見取り図を谷崎大尉の補足を受けながら閲覧、警戒ポイントを絞り込んでいく。鯨井昼寝(
ga0488)は1人、腕を組んで仁王立ち。窓から外を睨みつけていた。
何だかんだ言っても皆傭兵。急の状況変化にも即座に対応したり順応したり変化無かったり。流石というべきか。
・ ・ ・
状況説明の後、そのまま施設見学である。大尉は案内に、事情を知る一人、南島曹長をつけてくれた。能力者達と中佐、曹長は、『中佐の訓練のため』空港内を歩き要注意ポイントをチェックしていく。
「この窓を開けると、滑走路を狙い撃てるぞ」
一が男子トイレの窓を指して言う。狙撃にはあまり向かないポイントではあるが、万が一を考え潰しておいて間違いは無いだろう。
というわけで。表に出て、兵士の配置を曹長と相談していると。
「ここの警備ははっちーにお願いすればいいんじゃないか? 愛紗」
「そうそう、全部はっちーにお任せ! ‥‥ってそんなのダメ! はっちーは愛紗と一心同体なの!」
フェブの提案を愛紗は却下。そもそも、はっちーを男子トイレの中に配置するなんて破廉恥な! ん? はっちーって男? 女?
●秘密の警備は静かに始まる
管制塔から見下ろす滑走路を里香と一、2機のKVが防空と地上監視のため離陸する。建前では中佐にKVの性能を見せるデモンストレーションのためのリハーサル。ラマーと朋也のKVは地上に待機し、周囲を警戒。KVではカバー出来ない部分を中心に、硯と昼寝が分担して車で巡回している。
そして、管制塔にはフェブと愛紗の姿があった。ここにいる建前としての理由は、フェブが能力者達の指揮官役、そして愛紗が。
「しかし中佐殿、10年眠っている間にお子さんの姿を見違えたでしょう。確か、連れ子でしたか?」
「‥‥連れ子?」
「いやいや、生憎と私は独り身だよ。彼女は私の先輩だ」
まあ当然、皆、愛紗を中佐の子とは思っていない。実際の関係は中佐が言ったように『先輩』で、愛紗は中佐の訓練補助のためくっついているということになっている。
「ところで大尉、この空港への物資搬入その他の予定はどうなっているのですか?」
ガリーニン関係の、とは伏せて問うフェブ。大尉は一度頷いて、それに答える。
「今夜、航空機用の燃料が届く。明日の午後にはラスト・ホープへと運ぶ大型ブースターを積んだ輸送機が三沢から来て燃料補給、明後日早朝に出立だ。詳しい予定時刻はこれを見てくれ」
渡された紙の情報は、時刻を表す数字以外は偽のデータだ。先の大尉の言葉は、実際の意味に変換するとこうなる。
『今夜、ガリーニン用の燃料が到着。明日午後にはガリーニンに追加で取り付ける大型ブースターが届き、それに少し遅れてやってくるガリーニンに装着。作業完了予定の明後日明朝、ガリーニンは作戦行動を開始』
まず集中して警戒すべきは、今夜。
・ ・ ・
雪が舞うにはまだ早い、しかし少し肌寒い四国の空の下を、硯は空港作業車で走っていた。滑走路付近を見ている昼寝とは時間をずらして、着陸帯傍のフェンス辺りを巡回する。上空の里香のKVからの報告では怪しい車両などは確認されていないが、人間が隠れてモソモソ動いている可能性もある。が、とりあえず警備開始から今までは異変は起きていない。
異常無しなのは昼寝の方も同様だ。がらんと広いアスファルトの世界は、春先にど真ん中でお昼寝でもすれば気持ち良いかもしれない。轢き殺されるかもしれない。
完璧な警戒網を用意して敵の襲撃を牽制するのならここまで退屈ではないのだろうが、今回はあくまでバグアのヘルメットワーム等に対しての『通常の警戒』を装った完璧な警備をしなければならない。昼寝は昼寝することも無くちゃんと仕事をこなす。
心配されていた夜の燃料到着時には問題は起きず、警備初日は終了した。
・ ・ ・
(「予定外の来客だったが‥‥特に裏は見えないか」)
自身の持ち場を守りつつ、男は思う。表情を変えず、視線だけを周囲の同僚に向ける。そう簡単に、自分の正体に気付かせてやるつもりは無い。仕事を完遂するまで、気付かれるわけにはいかない。
(「燃料も、事前の情報と違ってF−15用の燃料だった‥‥大型輸送機が来るという話もあったが。ダミー、か?」)
●急転直下の天地襲撃
翌日正午過ぎ。ここまでは何の事件も起きず、一と里香のKVは慣れた警戒コースを最後に一周し、交替のため滑走路へ向かう。
(「このまま、何も起きなければ良いんだけど」)
その里香の思いは、皆も同様に持っていた。しかし。
『こちら管制塔。本空港へ北西より急速接近する飛行物体あり。ヘルメットワーム1機と確認、迎撃願う!』
管制塔から全てのKVとF−15に伝えられる緊急情報。それとほぼ同時に、各機のレーダーも敵の出現を捉えた。
「円盤の相手は俺達が務める、F−15は無理に前に出ずに援護に徹してくれ」
着陸の準備を中断し再び空へ舞い戻る一のKV。その後ろに里香も続き、地上で待機していたラマーと朋也もお菓子を口にひと欠片放り込んでからすぐさま機を空へ走らせる。
F−15が搭載しているミサイルを放ち、滑走路から狙いを変えたヘルメットワームのプロトロン砲がそれを撃ち落として花火をあげると、激しい空中戦の幕が開いた。
・ ・ ・
『気をつけてくれ、そっちでも動きがあるかもしれない』
管制塔からの連絡より早く朋也から状況を伝えられた昼寝は、車を低速で走らせながら双眼鏡で周囲を見回す。空港を破壊するために来たにしては、敵機の数が少ない。しかも、まだガリーニンもブースターも来ていない。
「空中から襲撃、混乱に乗じて地上班が管制塔を破壊、やって来る輸送機にちょっかいを出す。そんなところかしらね。もしヘルメットワームが即落とされても、戦闘直後の隙を突くことだって出来る」
呟いて、管制塔を直接狙えそうな辺りを眺める。すると。
「ちっ、あのバカタレっ!」
空港2階搭乗待合室の真下が白煙に包まれている。その煙の中から巨大なランチャーを抱えて出てくる2人の人間。昼寝は急ぎ車を転回させると、アクセルをベタ踏みする。
急行する昼寝に気付いた2人の男は走って滑走路付近へ出てくると、それぞれにランチャーを担いで発射体勢に入る。狙うは勿論管制塔。トリガーに指がかけられ初弾が発射されたその瞬間。
発射された弾頭は、管制塔を狙う角度よりもさらに高く、かつ別の向きへと飛んでいく。空港の2階部分に激突して爆裂した弾頭は、コンクリの破片を周囲に撒き散らし。
「随分と危ない物を人に向けるじゃないですか。それ当たったら人死んじゃうんですよ、知ってますか?」
男の背後から左肩を思い切り蹴り飛ばした硯が、男達に言って聞かす。昼寝より比較的男達に近い位置にいた硯は、瞬天速を使っての奇襲を食らわしたのだった。
硯が蹴った男は懐から軍用ナイフを取り出して硯に切りかかり、その間に任務を遂行してやれともう一人の男がランチャーを管制塔に向ける。硯は瞬間的に目の前の男を叩き潰したが、しかし弾頭は無事発射された。
直後。弾頭は1台の作業車両と衝突した。爆風で吹っ飛ぶ射撃手。
「あーあ勿体無い。1日半乗り回して愛着湧き始めてた車だったんだけど、どーしてくれるのかしら」
自身は直前で飛び降りて車だけ特攻させた昼寝が、ひっくり返った射撃手に詰め寄って鳩尾に死なない程度に一発、気を失ったそいつを担いで帰還体勢。硯も自分の戦果1人を引きずって、ひとまずは空港内へと移動する。
・ ・ ・
立て続けの爆発が2回。管制塔にいた一同は緊張を走らせたが、しかしすぐスパイを2人捕縛したという連絡が来て安堵する。後は上空の敵機をどうにかすれば一件落着か。ちょうど今、輸送機の到着が近いと連絡もあった。
「よし、では輸送機に連絡。上空の敵機を撃破するまで付近の空域で待機。こちらからの連絡の後、着陸準備に入るように」
「了解しました」
フェブの目の前で、オペレータらが作業を始めようとしたその時。
「いや。すぐに着陸するよう伝えるんだ。さもなくば撃つ」
谷崎大尉から3m離れた所に座っていた兵の一人が、大尉に銃を向ける。瞬時に場の空気が凍りつく。
(「二重三重の準備‥‥確実に管制塔を狙うには、外れるかもしれない狙撃よりも内側から、ってこと?」)
人質を取られるのではないだろうか、と考えていた愛紗の推測は、当たらずとも遠からず。この場にいる部隊のトップを人質に、要求を通すことがスパイの目的か。
大尉に銃を向ける男に、周囲の兵が皆銃を向ける。
(「待て? ここで要求が通らなかったらコイツどうする気だ? 撃つのか? 殺されるぞ? 大尉1人死んでも、管制には影響出ないってのに」)
男は椅子から立ち上がると、大尉に向かって1歩分距離を縮める。
フェブは思案を続ける。
(「私なら。管制に必要な機器をぶっ飛ばす。当たり前だ。何人殺しても予備がいる。なら、代えの利かない物を飛ばす」)
引き金にかけられた男の指に力が入る。
直後。愛紗が高速で接近しその足を思い切り払う。子供だと男が油断していたかは分からないが、男は盛大に転んだ。周りの兵が一斉に銃を向ける。
「撃つな! どけ!」
邪魔な兵を無理やりぶっ飛ばして倒れこんだ男に近づき、その襟首を掴んで立たせるフェブ。続き、管制塔の窓を銃でぶち割ってそこから男を放り捨てる!
皆の視界から消えた男。すぐに、外からの爆発音と黒煙が周囲を満たした。
「あの男‥‥撃たれて自爆するつもりだったのか」
中佐が呟いた。
・ ・ ・
朋也の機が放つレーザー砲が、円盤のすぐ傍を通過する。砲の直撃を避けコースを変えた円盤の軌道に合わせ、今度はラマーと里香のガトリング砲が発射され、集中砲火を浴びせる。敵機は瞬時に回避行動に入ったが避けきれず、多くの弾丸がバリアにぶつかって発光する。
バリアへの着弾の衝撃で一瞬だけ動きが鈍った円盤を、上空から一のKVが襲う。途中変形し、落下しながらのディフェンダーの一撃は、しかしギリギリでかわされる。着地前に変形し、再飛行。
数はこちらが圧倒的に有利。しかし、KVの操縦が初めてで突然実戦に駆り出された者達では、完璧な連携とまではいかない。戦況は明らかにこちらが有利だが、決定的な一撃は加えられない。
光線が朋也のKVの翼を掠めた。着陸してから確認すれば分かる程度の融解が起き、直撃を受ければどうなるかの恐ろしさを後に伝えてくれる傷跡。そんな被撃墜一歩手前の綱渡りを繰り返しながら、4機は戦っていたが。
「‥‥逃げる?」
『どうする? 追いかけるかい?』
ラマーの言葉に一は悩む。戦いは互角以上。追って撃墜出来れば今後の不安が減るが。
『下の騒ぎは収まったみたいよ。防衛対象は全て無事』
『僕は、深追いしない方が良いと思うよ。罠かもしれないし、あくまで僕達の仕事はここを守ることだし』
『そうだね。また来るようなら、修理と補給を済ませて、今度は8機で出迎える方が確実そうだ。‥‥というか正直、ちょっと気持ちが一杯一杯でね。一度降りたい』
ラマーのそんな言葉は、しかし皆も似たことを思っていて。意見はまとまり、深追いはせずに空港へと帰還することになった。
被害は、KVへの軽微な損傷のみ。初陣としては上出来だろう。
●お疲れ様の言葉
無事に輸送機は到着し、敵の襲撃を何とか凌ぎきった。後は直後のガリーニンだが。
『任務ご苦労、谷崎大尉』
UPC本部からの入電。大尉が状況を報告すると、上官の声はそうかと応じ。
『こちらには、無事にガリーニンが到着した。黙っていてすまなかったが、重要拠点のダミーとしての防衛作戦、ご苦労だった』
「‥‥は?」
大尉、その後の言葉が続かない。それは周囲の兵も能力者達も、ジョエル中佐すら同様のようで。
『だが作戦はこれからが本番だ。今回の成功に気を抜かず、より一層の奮起を期待する』
まあ何というか、そういうことだそうです。皆さん、どうかより一層のご奮起を。