●リプレイ本文
●てんやわんやの小劇場
それほど広くはない部屋の中を、フラッシュの光が一瞬一瞬、白く染める。坂崎正悟(
ga4498)のデジカメでの撮影に、室内で素人演技をしている一同の演技にもより一層熱が入る。
「アルアのマニュアルを元に、状況シミュレーションなんてどうでしょう?」
(変人が集まったということで)空閑 ハバキ(
ga5172)が提案して始まったこのお芝居は、現在舞台上に六人のキャスト。
アルアの両親の前にやって来た、ソーマとアルア。もちろんどちらも本人。そして、傍らにハリセンを置いて座っている父親役のキョーコ・クルック(
ga4770)に、発案直後の母親役希望が認められたハバキ。
「お父さん」
ソーマが一言口に出すと、キョーコ父が「お前に父と呼ばれる筋合いはない!」と返し、そしてもう一方から「何だ?」と別の声が。キョーコ父とソーマの視線の先には、国谷 真彼(
ga2331)演じるアルアの父親(!?)。ちょっと複雑な事情により登場した、二人目の父親である。当然、アルアの父親は実際には一人だけなのだが。
「何なんだね君は!? 今取り込み中だ、話は後にしてくれ!」
「それはこちらのセリフです。貴方は一体誰ですか。伊達に資料集めと事前調査をしていません、こちらが正しい父親です」
「まあまあ二人とも、こんな時なんですから喧嘩はよしてくださいな」
「「元はといえばお前がはっきりしないからだ!!」」
「そっ、そんなっ!」
えー。
問題の二人そっちのけで繰り広げられる昼メロ。その機会に正悟はカメラを手放さないまでも一応休憩。リゼット・ランドルフ(
ga5171)が持ってきたコーヒーで一息入れる。
リゼットや正悟ら裏方組(?)は劇自体には出演しないが、正悟は劇や日常の色々を撮影して回っているし、リゼットは劇が始まる前に、ソーマへの気合入れとして発声の指導をした。こういった裏方の支えがあってこそ、舞台演劇というものは光り輝くわけで‥‥何か違う気もするけど。
そろそろ観客衆が昼メロに飽きだしてきた頃、ちょうどよく痺れを切らしたアルアが「別にどっちでもいいわー!」と暴れ始めたのを、芝居の批評役クレイフェル(
ga0435)爆笑。いや、止めようよ。
「まあ大丈夫ですよ、いつものことですし」
「そうですね♪お二人ともお変わり無いようで嬉しいです♪」
まったりモードの御坂 美緒(
ga0466)とソーマ。いや、止めようよ。
その時。段々とアルアの両親が戦闘不能になりそうになってきた現状に立ち上がった男がいた!
「こういう時に止めにも行けずに、あなたはアルアさんのファミリーの中に入って行こうというのですか? 不甲斐無いにも程がある。そんなことであなたは、彼女のご両親に「アルアさんをください」と言えるのですか」
翠の肥満(
ga2348)、登場。いや、ここでは彼は彼であって彼ではない。彼は、ソーマの恋のライバル役として出演だ。
「いや、僕はあんまり「アルアをください」とか言いたくないんですよ」
「ほう? では、代わりに僕がアルアさんを口説いてしまってもいいのですか? アルアさんアルアさん、ハバキくんを踏みつけながら真彼くんをネックハングしようとするのは止めて話を聞いてもらえますか」
おっと、無用の喧嘩を止める救世主現るかと思ったら、ソーマは一瞬にして窮地に立たされた。最近フラれたとか言う翠の肥満の告白は果たして?
「僕は、あなたのミドルキックの重さが単なる力学的なものではないと、理解しているつもりです。それに、僕の方が彼よりも夫としての器量・蹴り心地共に上です。今ならなんと乗り換え記念キャンペーンに‥‥」
「あー、ごめんなさい。私ミルク苦手で」
クレイフェル爆笑。つーかさっきから笑ってばかりだね君。
「ならば、お前は一体何のために来たのだ? 自分の好悪だけで言葉の一つも発せられぬようでは、娘を幸せには出来ん」
暴走アルアの襲撃から唯一無傷で生還したキョーコ父がソーマに問う。その父に対して、ソーマは台本には用意されていないセリフを。
「「ください」だと、アルアを物のように扱っているようで嫌なんです。アルアは僕のものでもなければ、ご両親の所有物でもありません。アルアはアルアだけのものです。ですから、僕が言うのは「アルアと結婚することを、祝福しては頂けませんか?」それだけです」
おおー、と美緒が感動し、真彼パパは床に倒れたまま拍手を送る。
「言う時は言うんだねー。後は、ここでダメだって言われた時にぐいっと食い下がる根性かな。ね、クレイフェルさん?」
「ん? あー堪忍、ビンの蓋が開かんで聞き逃した。何やって?」
リゼットの言葉に、炭酸飲料のビンを両手で捻るポーズのままクレイフェルが応じる。こういうとこはちゃんと見ておきなさいな、ってたかが蓋を開けるためだけに覚醒を検討しないのそこ!
「や、冗談やけど」
おーい。って冗談はどっちだ? 聞いてなかった方か、覚醒の方か。
「ダメだな」
しかし、和気藹々ほんわかムードが一瞬にして凍りついた。ここまで一言も発さずに芝居を眺めていた、鯨井起太(
ga0984)。腕を組んで座り込んだまま、ソーマをまっすぐに見つめて口を開く。
「ここにいる者を相手にするなら、感動的なそのお言葉で充分だろう。だがアルアパパが、ここにいる皆と同じ思考回路で動いているとは限らない。古臭く古典的で頑固な古狸だったなら、そんな言葉は右の耳によって左の耳へ受け流される前に、耳毛に弾かれるだろう」
先生、よく分かりません。
「つまりだ。千のマニュアルを用意して相手によって戦法を変えるよりも、どんな局面でも通用する一つの技を極めることの方が役に立つということだ。こんな激しい戦争の最中だ、技が一つでも同じ相手と戦い続けて見切られるということもないだろう?」
「必殺技、ですか。アルアのキックみたいぬはぁっ」
「今のところ必中ではあっても必殺じゃあないでしょ」
「同じさ。例えアルアパパが怒っていても泣いていても、二人でもバグアだったとしても心を打つ技。今日お値打ちプライスでご教授するのは、日本の文化を知る者はご存知『土下座』だっ!!」
なんとなくすごそうな音の響きにソーマとアルアは「おおー」と興味を持ち、純粋日本人その他の方々は首を傾げる。残念ながら、現時点で土下座がどんな場面でも有効に働くという科学的根拠は示されていない。
「でも、土下座ならソーマさんの一生懸命な気持ちがちゃんと伝わるかもしれません。何なら、アルアさんも横に並んで、頭を下げないまでも正座の姿勢から上目遣いでお父さんにねだれば効果的かもしれませんね♪」
美緒の賛同意見に起太は一度頷き、それでは、と構える。何とその構えは、いつもの二倍の誠意、二倍の助走二倍の跳躍三倍の回転によるジャンピング土下座の構え! って何だそれ。
「クリスマスだもの、特別に」
あっそう。それではどうぞ。
ぐっ、だだだだっ、ばんっ、くるくるくる、どん! ずがん!
床に額を思い切り打ち付けて、もんどり打つ起太。クレイフェル爆笑。
放送事故です、しばらくお待ちください。
・ ・ ・
と、いうことで。
「じゃあ早速気合入れて、さっきのジャンピング土下座を取り入れた第二幕にいってみようか? いやー、結婚って色々大変なんだね」
リゼット、それはかなり間違った認識だ。っていうかソーマにもあの放送事故ボンバーをやらせるつもりなのか。それはムチャだ。
「大丈夫だよリゼットさん、きっとリゼットさんにもどんな困難もものともせず愛を貫いてくれる人が現れますよ♪」
「そうかな‥‥将来は私が頑張らなくても頑張ってくれる彼が‥‥」
待て美緒、リゼット。世界中の男性諸君の結婚へのハードルを上げないでくれ。
「じゃあ」
「ソーマ、恐ろしい子っ!」
そこっ、ソーマも安請け合いしない! 真彼も変な衝撃顔になってないで止めなさい。
「よーし、よく言ったソーマとやら。お前の男気を見せてみろ!」
キョーコ父がそう煽ったところで、ソーマが必殺技の構えに入る。そして、普通に土下座。あれ? とアルアをはじめ全員が気抜け。まあ、安全だからこっちの方がいいんだけど。わざわざジャンプする意味も意義も見出せないし。
「お願いします。娘さんと‥‥アルアさんと結婚させてください。そして僕達のことを、どうか祝福してください」
「おばちゃんでいいなら喜んでー!」
お前じゃねぇハバキっ!! その場にいた全員がツッコミをかます。
・ ・ ・
とりあえず、無事にお芝居は終了した。死人が出なかったことか、床や天上に穴が開かなかったことか、何を持って無事とするかは微妙な線だが、とにかく無事終了した。正悟が写真のプリント作業をしている傍で、クレイフェルとキョーコがソーマにアドバイスの言葉を。
「やっぱ最後は、適当な小細工なんか役に立たんと思うねん。ありのままの自分を見てもらうことが、多分一番大切やで。頑張れ!」
「はぁ。まあ、頑張ります」
「あんまり色々と考え込まないで、こういう時はとにかく無心で当たって砕けるくらいの気持ちの方がうまくいくもんだよ」
「砕けたらきっと、僕の破片をアルアが粉々にしていってくれますよ。「おんどれ何失敗しとんじゃボケェッ!」って」
あはは、と笑い会う三人。
しかし、クレイフェルとキョーコ‥‥いや、このパーティーに参加しているソーマとアルア以外の全員は、後に知らされる事の真相について、この時は全く予期していなかったのである。
●パーティーは遅くまで
クリスマスディナーもドリンク類も、皆が予想していたよりも多めに用意されていた。つーかけっこう膨大。それほど大人数ではないのもあるだろうが、料理のメイン担当アルアが料理好きなこと、「きっと男衆はものすごい食べるだろう」と推測していたこと、そして手加減を知らないことの三要素が重なって、この有様となったのだった。起太は一人このチキンが報酬さともしゃもしゃフライドチキンやローストレッグを食いまくり、翠の肥満はその名前どおりの体型になってしまうんじゃないかと危惧されるほどに食べる食べる。決して食べ方は汚くないのだが、皿に乗った料理が片端から消えていくその様はちょっとしたホラー。
「ねーねー、このタレの隠し味って何だろう? 酸味とか風味とか」
「タレですか? 僕は梅干じゃないかと思って食べてましたが」
「梅干かー、コックがアルアさんやさけ、日本のもんが混じってるとは考えへんかったわ」
ハバキと翠の肥満、クレイフェルは普段の生活でも友人ということで、そんなことを話しながら食事を満喫。料理が好きというクレイフェルと飲食をゆっくり楽しんでいるハバキなら隠し味談議があってもおかしくはないが、フードバキューマー翠の肥満が味わって料理を食べているとはっ。
「やっ、楽しんでる? あんたらも一杯どうだい? クレイフェルはノンアルコールのシャンパンの方がいいんだっけ?」
「そーそー、おおきにー」
「真彼さんもお酒、どうですか?」
「あ、じゃあちょっとだけ頂きます。お酒弱いんで」
お酒を持ってやって来たのはメイド服姿のキョーコとサンタ服の美緒。パーティーだしクリスマスだから彼女らの服装は別におかしくはないが‥‥それを見られるパーティー参加者がちょっと羨ましい。
「僕には、そっちのでかいのがいいですね。‥‥どうもどうも」
翠の肥満が自分のコップに注いでもらうのは、巨大なペットボトル焼酎。底の方にはコーヒー豆が沈んでいて、全体的に黒っぽく濁っている。これを先にミルクを適量注いでおいたコップに入れてかき混ぜると、あっという間にカルーアミルクの完成である。
で。そんな安上がり自作酒は置いといて、美緒の興味は全く別だ。この場このパーティーにカップルがいるのか。何故そんな事が気になるのかって? そりゃもちろん、恋に恋するお年頃だもの。恋している人や愛を育んでいる人をウォッチングするのは彼女の目的の一つ。
が、しかし。大騒ぎをしている連中とその中に入って笑って酒を飲んでいるアルアとソーマには、ウォッチング対象の資格ナシ。恋愛の『れ』の字も垣間見えないものどもと、恋人同士の秘密の語らいを披露しないカップルに用は無い。いや普段ならそうでもないが、この日はクリスマスというスペシャルデイだ。普段よりハードル高くたっていいじゃない。でも正悟にお酒を注ぎに行ったキョーコに対する正悟のぎこちない態度くらいしか、美緒のアンテナが反応する物事は無く。
「ちょっと、それ‥‥写真撮ってたのーっ!?」
「隠れて撮っていたつもりはなかったが‥‥気づいてなかったのか?」
あ、そんなにムードを感じる会話じゃねぇや。
もうこうなっては願うだけ。アルアとソーマの結婚式で盛大に見学するのと、来年は自身がウォッチング対象になることを。
ところで。結婚式は呼んでもらって見るだけで構わないのか美緒よ。知人友人として招待されるからには、折角の機会だし参加して何かを創り上げてみるのもまた一興。リゼットは芝居時のコーチ業の分は報酬を貰ってやるわとばかりにデザートを中心に食べていたが、大騒ぎの一団の会話が一瞬途切れた所に入っていってアルアへプレゼント。サンタ仕様のクマのあみぐるみはクリスマスの、そして。
「結婚式の時には、ウェディング仕様のをプレゼントさせてね?」
「うん、ありがと。‥‥何か恥ずかしいな」
そう、結婚式は見るものじゃなく参加し皆で創り上げるもの。イベントをしなくてもプレゼントをしなくても、最高の笑顔と拍手で幸せな空気を。
リゼットとアルアがそんなやり取りをしている裏舞台では、真彼がソーマに話しかけていた。
「ソーマ君。最近、君は彼女に『愛してる』と言ってあげたかい? 真剣な気持ちでね」
別に、酔っ払って絡んでいるわけではない。隠しているが真彼はザルだ。真彼がソーマにこんな話をするのは、真彼自身が過去に味わった喪失の痛みゆえ。
「もし言ってあげていなければ、きっと彼女は不安なんだ。こうして親への挨拶の練習をさせるのも、練習に取り組むイコール結婚の許しを得るために動いてくれると、そう思い込みたいからなんだと思う。‥‥真剣に『愛してる』と告げてあげていてなお、というならばきっと、より一層。君も気付いているんだろう」
「ええ。僕らは二人とも戦うことで食っていますからね。いつ、どちらが、どこで死ぬか分かりません。特にも、僕は最近一度行方不明・生死不明になっていますし」
「それだけじゃない。恋人がいなくなるというのは、死別に限らない。互いの死の覚悟は出来ていても心の距離が離れてしまう覚悟は出来ていない。そんな人は大勢いる。改めて‥‥何度でも、心から、愛してると言ってあげなければ。言葉だけなら何とでも言えるとはいうけど、言葉でしか伝えられないものもあるんだ」
「そうだな。言葉の力というものは、時に無力で、しかしいつも強い」
二人の会話に乗り込んできたのは、一冊のアルバムを持った正悟だ。ソーマの前でパラパラと捲ってみせるアルバムのページには、昼間の芝居中の様子や休憩中の場面、パーティーのひとコマなどが並んでいる。三人で何かを見ている様子に気付いてやって来たアルアが「あ、写真」と呟く。
「言葉は人を変えられる。これはソーマ、あんたの写真だ。アルアが暴れ出した時の顔だな。誰に対してどんな時でも、いつもの口調いつもの表情で振舞える。そんな恋人を見ている時の笑顔。こっちのアルアの写真は、ソーマがジャンピング土下座に挑戦しそうになった時のものだ。自分のためとはいえ目の前で致命傷を負った奴が出たもんに挑戦するかもって、心配した瞬間だ」
正悟はその二枚の写真を抜き取ると、ソーマにアルアの、アルアにソーマの写真を渡す。そして、次のページへ。
「不安な時は、相手から貰った言葉を心に抱け。相手を信じてやれ。二人でいるあんた達はこんなにも幸せそうなんだ。あんた達になら出来るだろう?」
正悟はアルバムを閉じると、それをアルアに差し出す。
「この幸せを今だけのものにしてほしくない。心の底からそう願っている」
その言葉に、ソーマとアルアは深く頷いた。真彼が静かに微笑み、何気に周囲のやつらも心の中で拍手と声援を送った。
●ということで
「はいこれ。頑張ってね!」
リゼットがソーマにお守りを渡して、背中を一発、少し強めに引っ叩く。キョーコもハバキも、皆が二人を見ている。
が、少し微妙な表情のソーマ。緊張しているのだろうか。いや、違う。
「えーと、皆さん誤解なさってるようですが‥‥」
「「「????」」」
「行くのは半年後です。アルアの家」
「「「!!??」」」
「ほら、いざって時に付け焼刃の練習なんか役に立たないでしょ? だから、今のうちから訓練」
アルアが笑顔でそう言い切って、ソーマはそら見ろ呆れられたとばかりの顔。
うんまあ、そんな話だ。
メリークリスマス。そして、ハッピーニューイヤー。