●リプレイ本文
●戦うモノ達
空気が痛い。
これから重要な何かをしなければ、もしくは行かなければならない時。動悸が速くなったり、口の中が乾いたり。あるいは、ひどく汗をかいたり。そんなことは誰しも一度は体験したことがあると思う。
―――彼らは、今まさに、そんな状況下に身を置いていた。
テロリストに捕らわれた人質解放の為、潜入する空の部隊の陽動の役割。まかり間違えば、死ぬことだって有り得る。そんな任務を進んで引き受けた8人の傭兵。
「配置についた」
鳳 湊(
ga0109)と皇 流叶(
gb6275)は突入対象の軍事ビル北口に身を潜める。今回は二人一組の4班に分けての多方面同時潜入。それぞれペアを組んでの行動だ。
湊は持参した双眼鏡を覗き、目視できる敵戦力を確認、流叶がそれを無線で仲間へ知らせていた。
「北口、敵は能力者と思われる者が一人、一般人が三人」
「‥‥少ないな」
その報告に南口の御影 朔夜(
ga0240)は呟いた。
「確かに‥‥少ないとの報告は受けていたが、拙者らを迎え撃つには少々不自然な数だな‥‥」
朔夜とペアを組んだ鳳凰 天子(
gb8131)も同意を述べた。どうやら他の進入口の敵の配置もまったく同じのようだった。さすがに誰もが不信を抱くが、やることは、変わらない。
「‥‥はぁ、なんとかなりますかね‥‥」
自分が手にする武器を眺め、鳳覚羅(
gb3095)はため息をついていた。どうやら作戦に合せ予定していた武器を忘れてしまい、別で所持していた武器へ切り替わざるを得なかったようだ。想定していた戦術が使用できなくなり、仲間へ与えるかもしれない迷惑を考えると、多少なりとも応えるものがある。
「鳳さんあんまり気にしないでくださいよ、俺やったら大丈夫ですしっ」
明るい声で今回の相方を励ますは石田 陽兵(
gb5628)。
(「今回は人もいるのか‥‥」)
明るく振舞ってはいるもの、陽兵も人。バグアに対して特別な感情は何一つないが、同じ人類をその手にかけるとあらば、罪悪感を覚える。任務とはいえ、できればそんなことになるような事態は来ない事を祈るのだった。
「よっと‥‥」
西口にいるのは美環 響(
gb2863)と御守 剣清(
gb6210)。
響は剣清と談笑しながら、気分を落ち着かせていた。そして無線機から敵の情報を聞き終えると深呼吸をひとついれ、瞼を開けたときにはそこには先ほどまでおどけて喋っていた少年の姿はなく、一人の『傭兵』がそこにいた。手に持っていた七色の薔薇を瞬時に武器に奇術で変化させ、それをゆっくりと構える。
それを傍らで見ていた剣清が驚いた表情を見せる。
「間近で奇術を見たのは初めてだ‥‥」
響はそれに対してくすりと笑う。
正義感の強い剣清は、だがそれを察せられないように、持ち前の半開きの眼を維持したまま、目標のビルを見据える。彼が戦う理由は、大切な人を護る為。例えその対象が変わっても、傭兵の彼にとっては、助ける為に全力を尽くすだけ。御守 剣清とはそういう強い優しさを身に備えた男なのだ。
全員準備が整った。
「こちら地班。 空班、こちらは間もなく突入する‥‥健闘を祈る」
朔夜は無線機で空の仲間に合図を送る。それ即ち、地の仲間達への合図。
―――突入、開始。
●更に戦うモノ達
事はほんの一瞬だった。
「此方は制圧完了、各班、如何か?」
流叶は膝元に能力者を屈服させ、喉元に武器を突き付けながら無線機へ向けて言い放つ。
北口の制圧は一瞬だった。正面から扉を破り、進入。湊が物陰などを利用しながら姿勢を低くし、狙撃で流叶のフォローを行う。その擁護の下、急所を外し一撃の下で一般兵を無力化、そしてそれは敵の能力者をもあっという間に地面へと這い蹲らせた。
そして他の進入班も、成果は上々のようだった。
「さすがですねー!」
東口担当の陽兵と覚羅。覚羅は経験の割りと少ない陽兵と敵の動きを具に観察し、うまくフォロー入れていた。代用の竜斬斧を大胆に、だが繊細に振り回しながら、あっという間に制圧。しかもその動きの中で、殺さずの箇所を選んで敵を無力化していたのだ。さすがである。
西口も南口も問題なく制圧。特に南口は凄まじかった。一瞬、文字通り一瞬。悪評高き狼、御影 朔夜の二つ名は健在だ。
「御影殿ほどの熟練の戦士に付けば学ぶことも多いだろう。 足手まといになるかもしれんがよろしく頼む」
出発前、そうは言ったものの、その凄まじさを目の当たりにした天子は感嘆の溜息しかでなかった。
「本番はこれからだ‥‥出過ぎるなよ、鳳凰。 援護は余り、得意ではないんだ」
その視線の照れ隠しか、短く、呟いた。彼なりの気遣いだったのだろう。
「‥‥あそこですね」
無力化した敵を傍らに、響は広い階の中央に佇む四角形を見つめる。このビルの徒歩での移動手段はその中央にある階段からのみ。ご丁寧に各階で一度でて、反対側の入り口からはいるという螺旋形状で一気に上まで上がれない仕様になっている、と事前に手に入れた資料でみんな知っていた。
「早く進まなきゃ、だな」
「その通りです」
剣清の意気込みに、湊が重なる。死角に注意しながら、そして見取り図で把握している死角を補える場所へ瞬時に移動できるよう集中しながら、仲間へ目配せをし、一気に非常階段の扉を開き中へ進入する一同。
「‥‥ここでか、いや、その通りなんですけど‥‥」
中へ雪崩れ込む湊は、前転して上を見上げた瞬間悪態を付いた。
視界いっぱいに広がる巨大蜘蛛型キメラ。その周りを覆う、無限の白い糸達。
「尻り込んでる時間はない! みんな、全力でいくぞ!」
流叶は覇気を放ちながら湊の傍らに進む。そう、足踏みしている時間等ないのだ。
「神の剣…受けてみるかい?」
湊の援護射撃を受けながら、疾風を使い文字通り疾風と化す。
思わぬ強敵に思わず朔夜の頬が吊り上る。
「――こうでなくてはな。 そのまま抗えよ、退屈などと思わせるな」
銃を構え、前方を駆ける。
「っ!!」
その後ろを守るように天子も前へ踊り出る。
「容赦しませんよっ!」
合せて、ガトリングシールドを構え一気に巨大蜘蛛へ向けて掃射を放つ響。前衛の猛攻にカサカサと壁を動き回りながらやり過ごすキメラ。だが、巨体故に確実にダメージを蓄積していた。
勝算を確信したその時だった。
キメラは一気に口を動かし、そこから回りに張りめぐる色とは違う色の糸を後方で掃射していた響向け放つ!
――避けきれないっ!
負傷を覚悟したその瞬間――
「させるかっ‥‥!‥‥ぐあぁっ!!」
前方で蜘蛛の足と攻防を繰り広げていた剣清が、その瞬間迅雷を使用し、身を挺して響を守りに入った。だがその攻撃はあまりにも致命的だった。強酸性の糸は剣清の全身をひどく焼き付ける。味方を大事に思い、身を挺して庇う覚悟があった剣清らしい行動だった。
「いい加減にせぇやっ!!」
その隙に石田と覚羅がキメラの背中へと迫る。
「やりすぎ、かな?」
優しい口調とは裏腹に、冷たい瞳を宿し、ベオウルフを強く振り下ろす。それにあわせ、朔夜、湊、流叶も渾身の一撃を放つ。
それらを同時に受けた蜘蛛は緑の血潮を撒き散らしながら、沈黙した。
「‥‥行けそう、ではないな」
朔夜は負傷した剣清に駆け寄るや否や、その傷が深い事を察した。無線機を取り出し、外部へ連絡。作戦終了次第負傷者の回収を依頼。ここまでの敵は殲滅してきている、下手に動かすよりはここにいたほうが安全だろう。
「‥‥すま、ない」
力無く詫びを入れる剣清を優しく寝かせ、できるだけの治療を施す響。
「行きましょう‥‥」
そう、彼らのミッションは敵のひきつけ、止まることはできないのだ。
●それでも、戦うモノ達
「ここから先は、セキュリティシステムの有効範囲、警戒を強めて行きましょう」
湊の提案に皆強く頷き、2Fへの入り口を解き放つ。
「‥‥ようこそ、傭兵諸君」
予想外。
予想外だ。
2Fへ出たところ、少し前方に優雅に椅子に座っている、一人の白衣の青年。とても均整な顔出ち、だがその表情の端々から性格の悪さがにじみ出ている。
「あら、その白髪の子‥‥僕の作ったカマキリ爆弾、どうだった?」
指をさされ、話しかけられた流叶は一瞬なんのことかさっぱりだったが、すぐさま理解する。以前参加した依頼で子供を守って負傷したことがあった。
「‥‥貴様ぁっ‥‥!!」
「あはははは! 怒ってる?怒ってるぅ!?」
次の瞬間、怒りは風となって青年を襲った。
「皇さんっ!」
だが湊の静止は届くのが遅かった。
ドカンっ
小さい爆発音とともに、血反吐を吐きながら非常階段のドアへ強く叩きつけられる流叶。青年が放った回し蹴り、インパクトの瞬間軽く爆発し、それが直撃したのだ。
「僕は、董 世我(トウ セイガ)、しばらくお付き合い願うよ?」
朔夜は無線機で空班へ短く告げる。
「こちらは、少々てこずりそうだ‥‥相手は」
そう
――強化人間だ
「でも僕相手するのだるいし、汚れるし。 相手はこの子達でっ」
そう言うと上階から続々と多種多様の獣型のキメラが次々と降りてくる。
「‥‥おいおいっ‥‥!!」
思わず陽兵は漏らす。それも仕方の無いこと。キメラの数が、尋常ではないのだ。どんどん降りてくる、それこそ、無限と錯覚しそうなほどに。
「全部僕が作ったんだ、結構いい出来だとおもうよ?」
くすっと笑いを零し、手を上げる、そして振り下ろす。
次の瞬間キメラの群れは波となって能力者達を襲った。
「でも、これって、結構ひきつけれてるって、ことだよね?」
キメラの波を陽兵と離れないようになんとか捌いていた覚羅は仲間に聞こえるように言った。だがそうでもないことに、ここにきて気付く。
能力者が、居ない。独りとて、居ないのだ。1Fに居た4人だけ。
「ちっ‥‥」
舌打ちを漏らす朔夜と湊。
「あは、気付いた? 篭城してるんだし、敵が侵入してくることを想定してないとでも思った?」
世我は優越感に浸りながら告げる。
罠か。
恐らくキメラ達と戦ってる間に上階には能力者や一般兵が向かっているのだろう。
「ぐあっ!!」
「石田君っ!!」
キメラの攻撃をなんとか掻い潜っていた陽兵。覚羅の後ろから襲い掛かるキメラを屠った、その僅かな隙を狙って、彼を貫く無数のレーザー。急所は僅かにずれているが、一目で重傷だと判る。
「ちっ!」
舌打ちしながらそれらのセキュリティを狙撃し破壊する湊。
「セキュリティ制圧はまだかなー‥‥!」
自分の傍らに倒れる陽兵を守りながら覚羅は冷静に零す。いかに彼らでも、終わりの見えないマラソンレースのようにキメラと対峙し、更に同時にセキュリティの不意打ちを受けては、そう長くは持たない。
「どうせ、今頃空から進入してきてるんでしょ!? 無駄無駄ぁ、あっちにも強いのが一人、いるからね」
最悪だ‥‥。
セキュリティが中々解除されない理由に合点がいった。強化人間が二人。もっと未確認戦力に注意しておくべきだった、誰もが思いながら、倒しても倒しても増えるキメラと戦っていた。
もう、駄目か‥‥。
そんな次の瞬間。
「‥‥なに!?」
停止を物語る機械音と共に、全セキュリティが停止。セキュリティ室制圧!そんな声が無線機から聞こえた。
「フェルナンデス、あいつ退いたのか‥‥!?」
信じられないと、驚愕の表情を浮かべる世我。
今が好機。
各自、目の前のキメラを次々と倒していく。
「拙者とて、このままでは終わらんっ!!」
天子はここぞとばかりに、スキルを解放、次々とその獲物で血の虹を作り上げていく。新人とは思えないその動きに相方の朔夜も自然と鼓舞される。
「精々、足掻けよ。 逃げるのも構わん――尤も、総て無駄だがな」
その声とともに、傭兵達は持てる力全てを出し尽くす勢いでキメラを屠りにかかる。
「‥‥なめるなっ、人間がぁ!!!」
刹那、朔夜の後方にいた天子が小爆発と共に吹っ飛ぶ。煙をその左手から放ちながら、世我は天子に変わってそこに佇む。それ即ち、朔夜は背後を取られたことになる。
「面白い‥‥!」
「させるか‥‥!」
「やらせないよ」
「阻止しますよ!」
残った四人の声と世我の動きが重なる。世我の指先は朔夜の眼前に。
四人の獲物はそれぞれ世我の急所手前で寸止めされている。自分より下等な相手にここまでされて、彼の怒りは頂点を達しようとしていた。その時。
『セイガ、撤退ですよ』
強化人間の耳元から四人の耳元にもその声は届けられる。
「何を言っている、フェルナンデス!」
納得が行かないのか、声を荒げる世我。だが、その間も片時も隙を見せようとはしない。
『もう十分に義理は果たしましたよ、ここは退くのです』
「‥‥ちっ!!」
その瞬間一気に後ろへ飛び退く。
「あまり、調子に乗るなよ、下等生物‥‥」
そういい残し、その場から姿を消した。
●戦うモノ達の後には
どうやら空班は無事、人質を救出。途中多くの敵勢力の妨害により、人質の一人がその命を落としてしまった。だが結果だけ見れば、大いに成功と言えるだろう。だが、どうしてこう心が晴れないのか。
上空を舞う空班のヘリコプターに地上から手を振る湊。
そう間もなく、UPC軍が突入を開始した。剣清をはじめ、負傷した傭兵は即座に回収、緊急搬送された。幸い、みな一命を取り留めることができた。不幸中の幸いか。
彼らの任務はとても満足に達成せられたものとは言えないかもしれない。尊い犠牲者も出してしまった。
だが、今は、皆の命が助かったことを喜んでも、バチはあたらない。
傭兵達は先ほどまで居たビルを外から眺め、そう思いながら、踵を返した。
その報告を本部で受けた華凛は、安堵の溜息を漏らし、その場にへたり込む。
「よかったッス‥‥本当によかった‥‥」
少し目じりに涙を溜めながら。危険な任務に傭兵達を送り込む役も、なかなか辛いものがあるのだ。
来るべきデブリーフィングに向けて、華凛は早々に起き上がって、歩を進める。
彼らが生きていた、不謹慎かもしれないが、彼女にとってはそれが全て。
いや、世界の人々も一緒のはず。
生きていれば、次がある。
それで、いいのだと。
失った命は決して軽いモノではない。それを胸に刻み込んで歩み続ける覚悟があるならば。
彼らは、歩みを止めることはないだろう。